外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2013年01月

日本、イスラエル、イギリスの共通点4

安倍晋三、ベンジャミンネタニヤフ、デヴィッドキャメロン。この三人に共通するのは強い愛国主義かもしれません。

イスラエルの総選挙で再選されたネタニヤフ首相はイランやパレスチナに対して強硬な姿勢を貫き通しています。そしてやられたらやり返す、という非常に明白なポリシーはイスラエルの歴史が物語る自己防衛と言ってしまっては軽すぎるかもしれません。

一方、イギリスの首相キャメロン氏は会見がアルジェリアのテロ事件で当初予定が狂ってしまったものの、EUとの関係に対して国民に問うとする方針を示しました。つまり、2017年に国民投票を行い、その結果次第ではEU離脱というシナリオに可能性が出てきたのです。

私がいつもやりとしているトロントのトレーダー氏。最近数ヶ月の質問は決まって日中間を巡る「島」の問題。トレーダー氏がなぜ、この問題にそこまで固執しているのか私の感覚ではやや疑問だったのですが、どうも北米のその手のビジネスをしている人からすると尖閣の問題が講じて何らかの戦争が起きれば世界経済に大きな打撃になるという懸念は我々の想像以上のものなのかもしれません。

それは世界の歴史を見れば領土問題を巡る部分戦争は割とよく起きているものですが世界に強い影響力がある国同士となると次元が違うということなのでしょう。

日本、イスラエル、イギリスの三つの国のかしら文字をとってJibsと命名したアメリカのイアンブレマー氏のその意図するものはそれぞれの地域で建設的な役割が果たせない国ということのようです。

三つの国の歴史を考えてみると確かに他国とチームワークをうまくとりながらやってきた、というより強い自負のもと、独自路線を歩んできました。そして、今、その独自路線を更に強固なものにしようとしているのが三人の首相なのかもしれません。

日本の場合には20年におよぶ経済低迷、その間に世界の中の日本はジャパンpassingとかジャパンnothingと揶揄されました。日本にはもう、日は昇らないとも言われた中で今、日本の存在感を強く打ち出しているのが安倍首相です。たぶんですが、世界の評価は今までの1年ごとに変わる首相とは違う、という評価は出てくるものと思います。が、同時にその外交を含めた施策に「ひとり、突っ走る日本」という印象を与えつつあるのも事実です。

イスラエルは常にアメリカのバックをもとに強気の外交を展開してきました。というよりユダヤ人はごく単純化すればイスラエルとアメリカに大多数が居住しているという中でアメリカはイスラエルの見方をするのが前提であったともいえます。その中でアメリカ自体の立ち位置の変化に伴い、イスラエルは自分が強くならなくてはいけないという気持ちがより一層深まっている気がします。

イギリスもEUという枠組みの中で大陸組に完全に溶け込めない歴史は相変わらず引きずっています。

地域における建設的な役割とは何かと考えればそれは日本、イスラエル、イギリス共にアメリカというバックグラウンドがあっての地域であります。アメリカは80年代に世界のリーダーとしてその主導権を日本にバトンタッチできるか前向きに考えられたこともあったとされています。それはアメリカがいつまでも世界のリーダーシップは取れないということがわかっていたからだ、と説明された記憶があります。

いま、アメリカの力は絶対的でなくなった以上、本来であればJibsがアメリカの意図を汲み取り、地域内での強いリーダーシップをとることがいよいよ求められていますが、必ずしもそういう風にはなっていない、というのが現状かもしれません。

それは三国とも余裕がない、というのが真相かもしれません。アメリカという強力なバックアップがあったからこそのJibsだったとしたらJibsは生まれ変わるぐらいの変革が必要かもしれません。今の日本、イギリス、イスラエルに地域をまとめる能力はまだまだ足りていないような気がします。

今日はこのぐらいしておきましょう。

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ではまた明日。

報道との向い合い方4

安倍首相の進める金融緩和、日銀への積極介入姿勢に対して海外の要人がいろいろコメントしているようですが、往々にして日本のメディアは海外からのボイスについて比較的軽い取り扱いのような気がします。慶弔とか事故については海外からの声も割ときちんと報道しているのですが日本の政策といったようなもっと大きいピクチャーのものについては報道されにくくなっています。「島」の問題でも相手国がなぜそのように主張しているか報道を通じて知っている人は案外少ないでしょう。

多分ですが、記者は、国の方針や政策、プロパガンダに反するまずいことを書けば記者会見室出入り禁止を食らったり、上からの圧力などがでてくることで書きたいことも書けないという体質をずっと続けているのだろうと思います。日本のメディアの体質は政策に対する控えめな書き方のみならず、産業や個別企業のニュースもある程度相手の顔色を伺いながらということになりやすくなっています。これは広告主といったことが影響するわけです。

古い話ですが、第二次世界大戦中、日本の新聞はほとんど、大本営の言いなりの記事を書かされていました。言論の自由などはなく、真実をきちんと知らされない国民は騙され続けました。社会主義や共産主義への流れを止めるためのさまざまな嫌がらせもあったし、戦後でもマッカーサーのレッドバージといった弾圧もあったわけです。

私が学生の頃、新聞の論調に関する講義に接することがあり、新聞社の主義主張などに基づく傾向の違いを学びました。それまでは家で購読していた新聞のニュースを鵜呑みにしていた私にはかなりショックでした。昔からよく言うのがサラリーマンの朝日新聞、自営業の読売新聞。私の実家は読売でした。今では朝のワイドショーなどで新聞各紙の紹介をよくやっていますが、事実だけ捉えるならいまや、どの新聞でもたいした差異はなく、社説やコラムにようやく新聞社の個性が見えたりするぐらいです。

ところが肝心な意見や海外からのコメントなど本来もっと正面から取り上げるべき課題にはどの新聞も触れらなかったり、さらっと流したりして読者に気がつきにくくしたりすることもあります。海外の新聞と比べても論説、コラムは少ないと思います。

私の今日のポイントは情報は各方面から取らないと正しい判断は出来ない、ということです。日本のメディアが「良い子」でいる限り、読者は偏った判断を下すこともありえるのです。ガッツのある方は海外のメディアをインターネットで読めばよいでしょう。各国にはいわゆる高級紙がありますからこちらを原語で直接読むことがベストの選択になります。それが無理、面倒だ、ということになれば統制を受けにくい雑誌とか、ブログがよろしいかと思います。勿論、信憑性の問題はありますが、意見のひとつとして読んでおくには損はないはずです。

例えば、安倍政権の方針は本当に正しいのだろうか、ときちんと報道しているメディアは割と少ないと思います。賛成、反対という短絡的な結論の話ではなく、話の筋道、各方面の意見、選択肢などはもう少し提示してもよいと思いますし、メディアが右寄り、左寄りというより日和見的なところが多いことにやや、閉口するときもあります。

報道もやや、斜めに構えて読むと案外、別の色が見えてくるかもしれません。

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ではまた明日。

ブランドって何?4

日本にたまに行くとニッチなマーケットで市場シェアを確立している商品をよく目につきます。大手が手を出さないとか、市場原理や効率性を無視したビジネススタイルがワークした例などもあります。その結果、ブランド名を確立することで売り上げが飛躍的に増大するのだろうと思います。今日はこのあたりについて考えてみたいと思います。

以前、私のいとこと車の話になり、「とどのつまりは普通に乗るならどの車も一緒。日本車ならメーカーの違いで性能が特段劣るということはない」ということに帰着し、「では何が市場シェアとなって表れるかといえばセールスとマーケティングの力」という結論に達しました。車の場合は用途やスタイルによって個人の好みが出てきますが、例えばパソコンとなってくるとヘビーユーザーはともかく一般の人が使いこなすには差異はもっと出にくくなるのではないでしょうか?

私が以前、ロードバイクを買おうと思ったのですが、30万円と10万円の自転車の差は何か、といえばついているパーツや軽さ、硬性、耐久性などの差ではないでしょうか?ですが、速いスピードで走るには何が大事かといえば結局脚力と体力が7割であってプロのレーサーが競技で1秒を争う話をしているわけではありませんので基本を満たしていればどちらでもよく、それより頻繁に乗って体力増進をしたほうがよいわけです。まったく同じことはゴルフクラブにも言えるわけである程度の技量の人がある程度の水準のものを使えばどれも差はない、と感じるのは私だけでしょうか?

それでも人はなぜ、高い価格のブランド商品を買うのかといえばそのブランドを持つことによる優越感、商品価値、満足感、安心感なのだろうと思います。そしていかに多くの人にブランド力を共通にシェアしてもらえるかがポイントということになりそうです。

ブランド力は圧倒的な市場支配力が伴い、何が何でもこれ、と思わせることだとすればそれは性能、品質よりも確立されたイメージ先行という気がしてなりません。私がブランド力と思う例としてバッグならルィヴィトン、シングルモルトウィスキーならマッカラン、時計ならロレックスがぱっと浮かぶのですが、それは迷ったときはこれにしておけば間違いないという意味でもあります。

ではもう少しくだけてみましょう。知らない外国の街で食事をする際にどこに入るかといえば案外、マクドナルドを選んだりする人は多いものです。コーヒーならスタバ。なぜなら失敗せず、価格もわかっているという安心感がそれらのブランド力の根源です。ハワイに行って案外、マックばかり行っていた、という人が多いのをよく耳にしませんか?

更に日本のもうひとつのブランド力は地方の駅弁や銘菓、食材ではないでしょうか?仙台に行けば牛タン弁当を食べないわけにはいかなくなるのは仙台にしょっちゅう来るわけではないのでそれなら一番有名なものを食べるということなのです。あるいは同じ仙台の土産なら萩の月は避けて通れないわけです。なぜなら土産で渡すともらった人が「これ、おいしいんだよね」と嬉しそうにもらってくれるからです。知らない銘菓ですとせいぜいありがとうで終わってしまいます。

つまりブランドは自己満足のみならず、相手がその価値をわかってくれているということではないでしょうか?つまり失敗がないという非常にコンサバなポジショニングともいえると思います。

ではマクドナルドと吉野家ではなぜ、ブランド力が違うのでしょうか?それは取り込む市場の大きさが違うということです。マクドナルドはかなり幅広く、性別にかかわりなく、そして地球規模で顧客を拾いこむことが出来ます。一方、吉野家は男性のひとり客主体という狭さが大きいと思います。店のゆったり感もないですよね。最近のマックは店内がおしゃれになりましたし心地よく長居も出来るよさがあります。一方、吉野家で30分粘るのは厳しいと思います。

昨年の紅白でトリは昨年もSMAPでしたがなぜ今でもSMAPなの?という話になり、結局、非常に広い年齢層からの支持があるからと結論しました。50歳のおっさんがAKBのファンというのは恥ずかしいといったらお分かりになっていただけるでしょう。SMAPはそういう点ではブランド力なのだろうと思います。

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ではまた明日。

尖閣、事なかれ主義は日中間の問題再発を招く4

少し前ですが、岸田外務大臣が国務長官として日本のテレビに放映されるのはほぼ最後と思われるクリントン氏と共同会見、岸田氏は尖閣について一歩も譲歩しないというかたくなな姿勢を示し、クリントン長官もそれをフォローする形を表明しました。ある意味、日本にはうれしい響きであり、中国には厳しく感じるでしょう。

案外日本の多くの方が認識されていないと思うので改めて記させていただきますが、アメリカは尖閣について日本側に「施政権」はあるとしているものの「主権=所有権」があるとは現在に至るまで一言も言っていません。

ところがこの部分がメディアはあまりはっきり取り上げないので注意深く読まない限り普通は読み落としてしまいます。島に関しては日本のメディアは日本に有利になることは書き立てますし、歴史的バックグラウンドを各方面からきちんとした形で諸説ある意見をまとめて書き出すところは少なく、断面を捉えた論調になりやすいのですが、いろいろな見解はあるものです。私の各「島」の主権のあり方については今の時点ではあえて、コメントを差し控えます。

では尖閣問題はどう取り扱ったらよいのか、という点において反面教師が竹島問題の韓国の姿勢であるとしたらどうでしょうか?竹島に関しては韓国は「問題そのものが存在しない。」という姿勢を貫き通しています。日本は何に怒っているかというと竹島の主権問題よりも韓国の姿勢にある気がします。

もうひとつの島、北方領土問題についてはどうでしょうか?ロシアが実効支配しているこの四島について1956年の日ソ共同宣言以来、何度も両国間でこの島の問題について話し合いがもたれました。そしてもめている理由は日本のかたくなな「四島一括返還論」であります。そして首相レベルで交渉の骨を折る失言が何度も繰り返されています。

なぜでしょうか?

それは言うまでもなくロシアと日本との温度差です。その原点のひとつは1951年のサンフランシスコ平和会議における吉田茂首相の発言であります。吉田氏の発言は基本的に2+2の発想です。爾来、ほとんどの北方領土交渉は2+2か4かという流れに見えます。麻生氏が総理だったとき、面接按分というアイディアもありましたが私には論理性がないと思います。そんな話、ロシア国内で反対派をロジックで押し返せるわけがありません。

日本が三つの島の問題で考えなくてはいけないのは主権をあくまでも主張すべきか、外交的に「うまい解決方法を見出すのか」ということであります。強硬な主権論者には軟弱外交と言われると思いますが、日本において戦時中を含め、強硬論はたいがい失敗しております。それは日本独自の論理であることが往々にしてあるからです。

もうひとつ、国際間の問題を国際司法裁判所(ICJ)で解決する方法があります。個人的にはこれは最悪の結果をもたらすと思っています。裁判というものに対する経験の少ない日本人にとって裁判がもたらす冷たい判決の響きがその後、原告と被告の間でどれだけ厳しい関係を作るか考えたことはあるのでしょうか?それは想像超えたものだと思ったほうがよいでしょう。ICJに訴えるというブラフを戦略として使うのは結構ですが、本当の裁判は稚拙ではないでしょうか。

では、どうすればよいのでしょうか?

私は対話しかないと思っています。尖閣については中国側は過去、日中関係を構築するため本件を封印してきました。今両国に必要なのはドアを締めてしまうのではなく、相手を招きいれ、言い分を聞く姿勢だと思います。北方領土問題は対話を通じた歴史があったからこそ日ソ、日露間の劇的な関係悪化は招かなかったと認識しています。

同じことは竹島問題もそうで、これは韓国がドアを開けなくてはいけないのです。主権なのか、施政なのか、はたまた漁業を含めた経済的便益を共有するなどオプションは多くあるはずです。もちろん、外交的戦略はもっと重要な位置づけになるはずです。

そういう意味では岸田外務大臣の今回の発言は中国を刺激するだけだったようにしか思えません。本件はもっと慎重に取り扱うべきだと思います。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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重大局面に入る北朝鮮問題4

北朝鮮の金正恩氏が国家的重大措置へ決意したと報道されています。これが何を意味するのか、憶測を呼んでいますが、三度目の核開発実験の推進ではないか、と見られています。仮にそうであればこれは極めて憂慮すべき事態になると思われます。

また、別の報道では金正恩氏が朴槿恵韓国次期大統領と面談をしたいと非公式に申し入れているが朴氏側はこれを断っているとされています。既に政権末期となっている李明博現大統領は北朝鮮に強硬な姿勢を示し、両国間の関係が悪化したとされています。政権発足当時は李大統領は北との対話をする方針でしたが、途中から強硬姿勢に転換しています。

仮に北朝鮮が核開発に進むとしたならばそれは前回の弾道ロケット打ち上げ成功に気をよくしたということでしょう。金政権において就任後一年経て目だった功績が挙げられず、国内人事でもさまざまな噂が絶えませんでした。その為、金正恩氏としては多額の資金を投入するロケット打ち上げを一年の間に二度も行うという無理を重ねました。二度目が成功だったからよかったものの、失敗すれば政権の屋台骨を揺るがす問題に発展しかねない状況でした。そういう意味では大きな賭けだったわけです。

ここでとりあえずの功績を作ったので、次のステップとして核に進む、というのは軍事的強化による国内外のコントロールをする場合にはある意味、ナチュラルな流れであります。しかし、核に対しては世界中がアレルギーを持っているわけで前回のロケット発射とは次元が違います。当然、周辺国を中心にその対応については単独から集団合議に移ってくるでしょう。韓国の朴次期大統領が面談を断ったというのは正解だと思います。

では、6カ国の対話を通じて金政権がおとなしくするかといえば、功績が欲しいわけですから金氏はかなり強硬な姿勢に出るのではないかと思います。彼の若さもあるし、実績や経験がまだまだ浅いという点からも想定外の展開すらありえるのかもしれません。

今まで北朝鮮にてこ入れしていた中国についてもその習近平氏の発言から距離感が出ている状況を踏まえれば北朝鮮の重大なる決意は非常に危険な状況になる気がしております。仮に力と力の勝負になった場合には以前、アメリカの専門家が3日で片付く、とコメントしていました。事実そうかもしれませんが、問題はそうなれば崩壊する政権に対し、誰がどうやって支えるのか、という経済、社会、政治的問題がなだれのように襲ってくるわけでその直接的影響を受けるのは韓国と中国北東部であります。

もともと北朝鮮の現体制が未来永劫続くものではない、と思っている専門家は多いはずで、それがいつどのきっかけで異変が起きるのか、というタイミングの話とみているのではないでしょうか?北朝鮮の危険な賭けはいつまでも勝ち続けることはない、というのが私の見方であり、関係国も含めて考えればどういう結果になろうと勝者はいない戦いである気がいたします。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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中国の限界4

1月7日号の日経ビジネスに中国の出生率が極端に低いという衝撃的記事が掲載されています。それが本当なら中国経済と中国の立ち位置については長期的に大きく見方が変わるかもしれません。

記事は津上俊哉氏という現代中国研究家が寄稿したもので日経ビジネスのトップページを飾っています。氏の指摘する中国の合計特殊出生率は本来「正」とされていた1.8ではなく、わずか1.18だというのです。また2011年、中国国家統計局は生産年齢人口の総人口に占める割合が史上初めて減少に転じた、と発表しているそうです。

まず、合計特殊出生率が1.18というのは主要国では最低水準で低いといわれる韓国やシンガポールをも抜き去る低さということになります。日本などはまだまだ高いほう、ということになってしまいます。

なぜ、そうなったかといえば中国の二つの特殊性がそうさせたと思います。

ひとつは記事にも指摘されているように1979年から始まった一人っ子政策が長く続いていること。これは今でも原則継続されているわけで政府の施策として人口を抑制させようとしています。79年からですから今、その第一期の人は既に34歳になっています。人口ピラミッドを見ると確かにその時代からピラミッドは狭くなる(=人口層が減少に転じている)のがよくわかります。そして、それは加速しているようにも見えます。

二つ目は極端な男女比の悪化。中国はもともと男の子を大事にするため、女子が生まれたら里子に出してしまうなどかなり無謀なこともそれなりに行われていたようです。おまけに一人っ子政策ですから結果として「正規の」男性の比率が大きくなり、このところ改善されたとされるものの2011年で男女比はまだ117.76:100になっています。一般的に正常な比率は106−107と言われていますから明らかにまだまだ歪んでいるということです。

このいびつな人口動態は中国当局が今度は簡単に止められなくなっているということもあるかもしれません。
それは都市部の更なる出生率の低下であります。たとえば韓国がなぜ主要国で世界最低水準の出生率かといえば生活水準の向上の結果、若年層が人生をエンジョイし、金銭を自分のために使うようになったため、子孫繁栄のプライオリティが下がったから、とも言われています。

同じことは中国の都市部にも言えるはずです。特に物価高騰が激しい場合、子供を作る余裕がなくなるというのは日本でも同じ経験をしたと思います。香港やシンガポールでは家が極端に狭いため、子供部屋がないという切実なる問題が存在するとすれば中国の場合、不動産バブルが講じた少子化とも言えなくはありません。勿論、韓国ソウルでも同じです。

仮に1.18という数字が極端で、もしも本当はそれより高い水準だったとしても人口が今後、急激に減少していくことは免れないと思います。となれば中国経済は今後、消費の伸びは思ったほど上がらなくなるかもしれません。つまり、中国経済の成長は思った以上に早かったけれど衰退も早くなるというファンダメンタルな要因が存在していることになります。

勿論、この話は短期的には影響がありませんから我々が気にすることはない、と言えばそれまでですが、国家の位置づけという意味では重要な意味をなすと思います。

今日はこのぐらいにしておきましょうか?

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ではまた明日。

忘れ去られたギリシャ問題4

一年前ぐらいまではギリシャはユーロ圏から離脱する、スペインやイタリアも破綻寸前、など大騒ぎだったのですが、マリオドラギ氏がECB総裁についてからは「消火活動」が想定以上にうまく進み、ユーロの貨幣価値もずいぶんリカバー、対円では2割も上昇しています。

恒例のダボス会議が開催されています。ダボス会議とは世界経済フォーラムが年1回この時期にスイスのダボスで開催するもので、世界中の経済・企業のトップ、学者、政治家が集まり、経済、社会に関して数多くの会議や講演、イベント行うものでその内容は世界が注目します。

昨年のダボス会議では悲観論者が作り上げた「ギリシャの悲劇」のシナリオに多くの注目が集まりましたが、今年はそれら悲観論者の「言い訳」が注目されています。特に日本の経済誌も大好きなヌリエルルービニ教授は最近の雑誌や新聞への寄稿では明らかにトーンダウン、敗戦の弁に近い形のコメントを述べています。

但し、ギリシャ問題が片付いたとは誰も思っていません。問題の先送りである、というのが正しい位置づけであり、先送りしている間にヨーロッパ、特に南欧諸国が力を回復できるかどうかが注目されているのですが、スペインあたりの失業率を見る限り経済の基盤そのものが崩れているとしか思えず、一生直らない糖尿病患者のようにも思えます。

アメリカのように2006年夏の住宅バブルのピークアウト、或いは2008年のリーマンショックから5−6年経てようやく経済に明るさが見えてきたのを見ると時間経過は痛んだ経済を治癒すると思いたくもなるのですが世の中、それほどうまくいくものではありません。ヨーロッパの場合は特にドイツの一人勝ちといわれながらもこのところのユーロ高でドイツの輸出産業の利益率も圧迫されています。ユーロ圏内の労働移動の自由に伴う失業率の改善は経済学者が考えるような論理性ではなく、ユーロシステムはいまだ、机上の理論と現実の社会に大きなギャップを抱えたままであると見られています。

アメリカやカナダの連邦と州のシステムのようなものがユーロ圏にも導入されればという願望もあるのでしょうけれどアメリカはひとつの国、そして、ひとつの歴史ですが、ユーロ圏はあまりにも複雑で長い個別の歴史を抱えています。つまり一枚岩ではないということです。

今、有力な道筋を出せない経済学者への風当たりは厳しいと聞きます。それは経済の仕組みが複雑になり、グローバル化により経済を動かす因子があまりにも増えたことが理由のひとつであろうと想像できます。いまさらリカードの比較生産費説を持ち出すつもりはありませんが、ユーロ圏、或いは南欧が特化して圧倒的強みがあるのは何なのか、と考えれば中国という影が常について回る欧州において私はギリシャ問題は単に忘れ去れていてちょっと昼寝をしているだけのようにみえて仕方がありません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
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