外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2014年01月

進化に終点はない4

ES細胞からiPS細胞、そして今回新たなる万能細胞「STAP」なるものをマウスの実験を通じて成功したと発表した理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダー。iPS細胞の生みの親、山中伸弥京都大学教授は「重要な研究成果が日本人研究者によって発信されたことを誇りに思う。今後、人間の細胞からも同様の手法で多能性幹細胞が作られることを期待している」と述べ、今後のさらなる成果を期待しているコメントを発しています。

このSTAP細胞は「刺激」による再生細胞に注目されたそうでここまで来るのに5年の歳月がかかったとのことです。山中教授のiPS細胞でのノーベル賞受賞で小保方さんチームの開発へのパッションを高めたかもしれません。

私にはまったく無縁のこの世界であまりにも急速に科学の究明が進んでいく中での発表に「生物界の常識を覆す」という表現が最も刺激的であり私も「気持ちの再生」ができそうな気がいたしました。

もうこれ以上の改善はないだろう、と言われることはよくあります。例えば人間の寿命は何歳だろう、考えてみるといわゆる常識的な数字から80歳とか、自分たちがもっと歳を取った時は医療が発達しているからあと5年ぐらい延びるかな、ぐらいは想像できる範囲でしょう。何年か前に読んだ記事に細胞が活性化したままならば論理的には200歳まで生きてもおかしくない、というのがあったことを思い出しました。100年から150年生きる亀をも凌駕するかもしれないその寿命の長さに対して人々は「そんなに生きたくない」「老後が長すぎる」「太く、短くが格好いいのだ」などある意味、その可能性を否定し、自分の中でその発想そのものを消化できないコメントが並んでいた記憶があります。

しかし、この数十年の間に疾病の治癒の能力は圧倒的に進みました。今や、エイズ患者も世界で急減していますが、エイズが発見された時、まるで人類の終わりぐらいのトーンで世界を驚愕させたことはもはや、ほとんどの人の記憶の片隅にもないかもしれません。

世の中では常識を覆すことは科学だけではなく、社会でも経済でも常に起きています。我々は常識という過去にとらわれ、その枠の中で発想をしがちになります。なぜかといえばそれは発想そのものを既存の論理や事実と比較する立ち位置にあるからかもしれません。私は「過去の前例に基づき…」という言葉を聞くと表情が曇ります。それは前例主義ではなくその場、その時の背景をベースに価値観を刷新しなくてはいけないと考えているからなのです。

法律を学ぶ人は判断材料として過去の判決を非常に重視します。しかし、その過去の判決があった社会事情と今日の社会事情は大きく違っていることもあるでしょう。とすれば、我々はあまりにも過去に振り回されて過ぎているのかもしれません。

考える力、創造する力とは自分の頭で常日頃から思い描くことだろうと思います。他人の何かをみて刺激をもらうのもよいのですが、発想の原点は自分で生み出すという気持ちを思い続けることが大事ではないでしょうか?

私がユニークだと言われるとすればそれは他人に感化されにくいからかもしれません。いつまでコートを着るのか、と問われ、周りのひとが脱ぎ始めてるまで、ではなく、寒さが和らぐまで、が正解ですが、案外、人の動向を気にするのが人の性というものです。ちなみにこの冬、私は半そでのポロシャツに薄手のセーターやベストという格好をちょくちょくしていたのは暖房がよく効く事務所では半そでが一番心地よいというのが私なりの解であったようです。

今回の生物界の常識を覆す発想は我々の気持の常識も覆すようになるのでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。

都知事選、もう一つの見方4

週末の東京、池袋。がなり声の主は小泉純一郎元首相。その横に立つ細川護熙候補を応援演説する声は大勢の聴衆を前にアピールかと思えば30人ぐらいいる警官らが「立ち止まらないでください」。その声に押されそぞろ歩きの人々は表現が悪いですが「上野のパンダを見る大行列」のようなものでしょうか。そこから漏れ聞こえる声は「これじゃ聞きたくても聞けないよな」。

2月9日の投票を前に選挙戦も中盤に入ってきていますが、都民にとって知事選の持つ意味がやや食傷気味になっている気がします。

今回立候補した16名のリストを改めて眺めて思うのは「年寄ばっかり」ということでしょうか?一番若い候補者が35歳、次が一気に飛んで55歳、57歳と続き、あとは全員60代から上。80代も3名おり、最年長はドクター中松氏の85歳であります。仮に氏が勝利すればいったい何歳まで知事をやるのかと思うとこれ以上、想像したくなくなります。

東京で日中にバスに乗れば高齢者のオンパレード。都内の一軒家の所有者、商店街の店主はことごとく高齢者でこの世界にいるとある意味、気持ちが滅入ってきます。区営の健康センター。少子化の結果、余った小学校をスポーツ施設に作り替えたもので新築の施設はさぞかし気持ちがよいだろうとそのフィットネスセンターに行きましたがもう二度と行かないと思います。それは施設利用者が高齢者主体で心が元気にならないのであります。同じ区の息のかかるスポーツ施設でも池袋に行けば平均年齢は30歳ぐらい若返りそうで私もこの若者たちに負けないようトレッドミルで走る!という気持ちで燃え上がります。

仕事の関係で六本木のアーク森ビルに行ったところ、「おぅ、こんなにたくさんの若者が働いている!」と躍動感に奇妙な感動をしてしまいました。一方でここで働く若者の多くは都内の居住者ではないかもしれません。安くなったと言っても「腐っても鯛」である東京の高価な不動産は高齢者の住むマッチ箱のような古い住宅で埋もれ、ある意味10年後にまだ光り輝いているのか、心配になるのであります。

1300万人の東京都を支える力とは何でしょうか?原発、防災、福祉、五輪が主なる争点とされていますが、私は高齢化の進む東京においていかに主導権を若い人にバトンタッチしていくか、これも大事なのではないかと思います。確かに立候補者からすれば数の多い高齢者受けする政策に偏りがちでありますが、結局、それを支えるのも若者を含む現役組であるということがどうもぼけてしまっている気がします。

まるで農家の票田を取り込む選挙スタイルと重なるところも無きにしも非ずで何か違う、と感じている人は多いかもしれません。つまり、争点は五輪を別とすればもっと夢や希望が感じられるものはないのか、というのが私の持つ印象であります。

年齢だけの話をすれば個人的には50歳前後の方が本来であれば知事にはふさわしいかと思っています。それは現役組とリタイア組が両方見える位置にある、ということです。若すぎれば高齢者の思いは通じず、その逆もしかり、ということです。ところが立候補者には見事にその年層がほとんどいないという現実を考えると他県の人からすれば冷やかな目線も感じるこの都知事選、空虚な思いを感じるのは私だけではないでしょう。

投票率は案外低いかもしれません。その場合、投票率何%という数字ではなく、どの年齢層が何%という分析を通じて都民の本当の声を見出すことが必要かもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。

苦渋の選択か、新興国の利上げ4

新興国が通貨安を利上げで対応するところが目立ってきました。インドに次いでトルコは4.25%という大幅利上げを打ち出さざるを得ないのは1年で2割前後も下がる自国通貨の価値に対して防衛手段が限られるということでしょうか?

日本はかつて円高対策でドル買いという介入を通じた通貨防衛を行いました。これはその後、欧米から強い批判を浴び、実質的に介入はほとんどされることはなくなりました。一方、韓国は通貨防衛を介入という手段で比較的最近まで行っていたとされ、昨年あたりもそのニュースはちらほら見かけました。通貨防衛、つまり自国通貨安に対して防戦となればとなれば当然、国家が持つ大量のドルを売るという算段に出ねばならず、自国内のドル準備資金の流出につながります。

金本位制度があった時代、金の国外流出が各国の頭痛の種でした。日本でも井上準之助日銀総裁(当時)が欧米の流れに合わせ、浜口政権下のもと、金解禁を行ったところ、金が流出、日本経済が大混乱になり、高橋是清大蔵大臣(当時)がそれを中断し、止血したという戦前経済の著名なストーリーがあります。

また、中国においては清の時代、金ではなく、銀が地域間、および、貿易決済として主に使われていたのですが、この銀の流入、流出が清時代の経済を大きく左右したというのも当時の経済史からは見て取れます。

つまり、金にしろ、ドルにしろ、世界で交換可能な政府などにより裏付けされた貨幣ないし、それに代わる交換手段をもつ者よって世界経済は完全に牛耳られているいうことが改めて検証されたということでしょうか?

ドル流出を望まないのであれば自国の金利を引き上げることで「魅力的」にするしか方法はないのですが、新興国通貨はしょせん、流通量も使える範囲も限られ、あたかも金利という化粧で塗り固めるということ以外の何ものでもないのです。

確かに金利が上がることで自国通貨の一時的な下落防止措置になります。それは多くの新興国が頼る輸入製品の価格が安定することで国内経済の不安感を抑えるということであります。

一方でトルコは政策金利が12%となったわけで国内経済を考えればローンを組むという発想は難しくなるでしょう。インフレ率も8-10%ありますから実質金利は確かにそれほどでもないとも言えますが、経済の健全性からすれば疑問符が付きますし、内需の拡大には大きな逆風となります。同じことはインドといった大国でも見られるわけで新興国の行方に今後大きく注目せねばなりません。

折しもアメリカではFOMCが二日間の日程で始まっていますが、北米の銀行からのコメントは予定通り縮小を継続するのでは、ということでした。新興国が相次いで利上げに向かったのはその結果次第で再び大きな衝撃がやってくるかもしれないという事前防御策であったともいえます。

アメリカの量的緩和縮小はまだ始まったばかり。これから1年近くかけて行うであろうその縮小プランに新興国は戦々恐々とし続けなくてはならないかと思うと「たまらない」と叫ぶ声が聞こえてきそうです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。

簡単に縮まらないビジネスの距離感4

テレビを見ていたところ東京で活躍していたあるファッションデザイナーが郷里に帰り、町興しやその地域発の服を作るというニュースを目にしました。彼曰く、家から最初の信号まで車で15分という田舎に戻り、東京のように満員電車によるストレスから解放された、とありました。

彼の郷里での活動は素晴らしいものでありましょうし、彼の決断を批判するつもりは全くありません。ただ、このニュースを見てヤフーが在宅勤務禁止を決めたことが頭をよぎったのです。当初はクラウドなどの最新ITを駆使して、どこでも仕事が可能であることをベースに個人の時間の有効性を尊重したものでした。しかし、多くの社員がクラウドにアクセスしておらず、情報の共有化が図れなかったことから2013年の6月に禁止となったのです。

ここで、件の彼がファッションの最先端である都心から距離的に離れ、他のデザイナーとのつながりの薄い場所で続けていくことがはたして可能なのかと疑問に思ったのです。

そこで、今日はビジネスと距離について考えてみたいと思います。

私が20代後半、本社の不動産開発本部で都内周辺の開発案件を担当していたところ、大阪から不動産担当者が足りないので人を出してほしいと要請がありました。私の名前も候補で挙がったのですが、部長が一言、「関東から出たことがないお前がまるで違う世界の大阪に行って不動産の仕事ができるわけがない」と人事部意見を一蹴したことがあります。

その部長の言う意味は不動産に従事している人ならすぐにわかるはずです。地域の特性は街のにおい、人、生活など感性から捉える部分が非常に大きいのです。まさにネットや付け焼刃では対応できない例なのです。

もう一つの観点は現場と事務所の物理的な距離の隔たりと同じぐらい心理的距離感も重要だということでしょうか?心理的距離感はコミュニケーションが薄くなりがちです。メールでやり取りできる範囲は事実に基づく交信ですが、そこにどこまで言うべきことが内包されているのか、これが分からないのです。

Aと言われればA以上の事実を知ることは出来ません。これが事実誤認のプロセスかもしれません。農薬を混入させた従業員が普段、会社の不満を口にしていたことは周りの従業員は知っていたわけですが、幹部とは心理的距離があったのでしょう。これがビジネスにとっての決定的な打撃となってしまったことは大きな意味があります。

現場の人にとっては些細なことだから報告しなくても良いと思ったことが実は顧客のニーズの表れであったとき、経営側はそのようなことがあったことすら知らず、結果として改善策なり新たなサービスの提供に繋がらなくなるのです。ですから、私は現場で何が起きているのか、あらゆる手段を講じて理解するように努力しています。

話は少しずれますが、先日、美容院に行きました。美容師の方々はそれぞれ別の学校を卒業されたわけですが、タオルをどう巻くのか、ケープはどのタイミングかマッサージの仕方まで作業がみなさん同じでした。これは、そのお店の基本的前提が徹底していたことの表れだと思います。そこには従業員の作業をしっかりと追っているオーナーの目がありました。

コミュニケーションをとる前に、お互いがなにを前提にして話をしているのかが分からなければ、対話は生まれません。これには全従業員が共通の認識を持っていることが不可欠だと考えています。

ビジネスを成功させるには、経営陣−従業員−顧客間の物理的、心理的な距離をどれだけ縮められるかが重要なのではないでしょうか?

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。

今こそ変動型通貨バスケットを作るとき4

先日、ビットコインについてブログを書かせていただき、その中で金を担保にした仮想通貨も面白いと意見しました。現実的ではないというご意見を頂戴しましたが、それは常に付きまとう流通量にリンクするからでしょうか?ドルがなぜ基軸通貨として好都合かといえば輪転機を回せばいくらでも作れるからです。ビットコインは発掘するのにパソコン1台でやるなら1年ぐらいかかるといわれる代物。金は産業用としての需要もあることからストックがオリンピックプール4杯分ぐらいからなかなか増えず、埋蔵量を考えればせいぜい、あと1杯分とも言われています。(もっともこれは原油が枯渇するのにあと○年という話が延々と続いているのと同じで金はそう簡単に枯渇しません。都市鉱山もありますので。)

その話をしている最中にアルゼンチンで通貨の暴落が発生、新興国通貨安の問題がまたしても発生してしまいました。折しもアメリカFOMCの会議が28,29日に予定されている中、その行方に固唾を飲んで見守る人も多いのではないでしょうか?

昨年5月、バーナンキ議長が量的緩和からの脱却を目指す旨の発言が波紋を呼び、新興国通貨は大きく売られ、世界的混乱を招きました。バーナンキ議長はそのあたりを勘案したうえで、12月に低金利をより長く続けるというコミットをしながら量的緩和は徐々に脱するという妙案でうまく切り抜けたと思われました。私もなるほど、と感嘆しました。

ですが、どうもコトは簡単ではなかったようです。アルゼンチンの場合、通貨防衛するドルがないともされているわけですから、基軸通貨ドルを持たずして国家は成り立たず、という方程式が鮮明に打ち出されたとも言えそうです。ならば、この図式は今後、世界の新興国、途上国のどんな国にも当てはまる共通の問題となるのでしょう。

通貨価値は原則、一国の経済力をベースに相対的に基準が決まります。原則、絶対評価ではないところがミソです。ならば、どこかの国の通貨が高くなれば他が安くなるというシーソーゲームであることは自明の理なのですが、それは主要通貨を構成する先進国の暗黙の了解であると言えるのかもしれません。つまり、米ドルはアメリカが世界の国々の経済を隅々まで面倒見るというバックボーンがあることでワークしているとしたらどうでしょうか?

今、アメリカの弱体化が各方面から指摘されています。弱体化というより自己完結型アメリカと言った方がよいでしょうか。政治も外交も防衛もそして、経済もすべてアメリカがアメリカの自国内利益を優先するスタンスにあります。これはしばらく変わらない気がします。とすれば、通貨もドルはアメリカのローカルカレンシーであり、基軸通貨としての機能を今後期待し続けるのも難しいというロジックも成り立ちます。

とはいえ、世界の決済で6割以上がドルを使う現状を鑑みればすぐにこの体制が変わるとは思えません。これを、通貨バスケットという形ならば通貨Aが上がっても通貨Bが下がるという特性に鑑み、バスケット内の価値が比較的安定するという特性を利用し、国際決済機能を持たせるということが対応策として考えられます。

通貨バスケットそのものはロシアや中国などが取り組んでる固定相場であります。これを固定相場化せず、変動相場とした通貨バスケットを作ってはどうかと思うのです。単純に考えれば投資信託のように銘柄を複数絡ませ、リスクヘッジを行う発想と同じです。アメリカは基軸通貨の権力は維持したいと思うだろうし、それはユダヤの資産を守るという意味でも重要な使命でしょうからもちろん、現実的ではないかもしれません。

しかしながらアメリカの経済が引き締まる一方で新興国が通貨というマジックを通じてがたがたになるというのは一国の努力による経済運営能力を凌駕しているとも言えます。少なくともドルの比重を少しずつ下げながら代替通貨を生み出す仕組みを作り、G20あたりの議題にすることも真剣に考える時がそう遠くない時期にやってくるかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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コーヒー屋の苦悩4

コーヒー屋の苦悩とは正直自分の経営するコーヒーショップであります。いろいろ努力してもなかなか成長しない理由はなぜなのだろう、と考えた時、様々な理由が思い浮かんだのですが、これかもしれないと思うことが浮かび上がります。

私の経営するコーヒーショップはいわゆる高級コンドミニアムが立ち並び、居住者は既にリタイアないし、セミリタイアしている層が中心のエリアです。一部屋1億円では購入できないようなコンドミニアムが集まるエリアにおいてなぜ、人々はコーヒーを買いに来ないか、それはここにも時代の流れがある様な気がします。

日本も同様ですが、この数年、自宅でうまいコーヒーを飲むというのが流れになってきています。立派なコーヒーマシンを購入する人もいますし、ネスレのようにカプセル式のコーヒーマシンが急速に普及していることもあるでしょう。最近のバンクーバーの新築コンドミニアムには家庭サイズのエスプレッソマシーンが住宅に標準装備というところもあります。素晴らしい眺めの部屋でゆったりとソファに座りながらコーヒーを飲めるとすればわざわざ外まで行ってコーヒー屋で行列を作り、紙コップを片手に家に帰る必要はありません。

つまり、繁華街、学生街、ビジネス街のようにコーヒー屋を友人やビジネスのトークの場として使うわけでもないエリアにおいてわざわざコーヒー屋で時間を過ごさねばならない理由が少なくなってきている気がします。一方、同じバンクーバーでも例えば20代や30代の独身者が好むエリアではコーヒーショップが大繁盛しているのですが、それはコーヒーショップにいるおしゃれ感覚なのだろうと思います。ノートパソコンやタブレットを持ちこみながら同じような人たちと「時を分かち合う」という空気が見て取れます。

コーヒーのメッカと言えばシアトルですが、ここバンクーバーも地理的に近いこともあり、メッカといっても過言ではないと思います。そのコーヒーが今後どう進化していくのか考えると案外「ワイン化」していくのではないかという気がしております。

ご存知の通りワインの種類はそれこそ星の数ほどあるわけで、その一つひとつに特徴を持たせてあります。人々は長年の生活の中で食事や話題、集まる人々に応じて最もふさわしいワインを見つけ出す術を身に着けてきています。ただコーヒーについては日本のサイフォンコーヒーのような豆そのものにこだわる人は北米ではそう多くありませんでした。

しかし、近年、次々と出来るコーヒーハウス、そして焙煎技術、更には豆とそのブレンドの仕方は大きく進化してきています。それはスターバックスというリーダーが作り出したコーヒーのスタイルから派生化が始まったということかも知れません。

こだわりのコーヒーを求めてさまざまな焙煎を求めている人々は私の周りにも明らかに増えてきた気がします。そういう人たちはそれこそハウスワインならぬ「ハウスコーヒー」では満足できず、スペシャリティを提供しなくては顧客を満足させられない時代になってくる予感もします。

「コーヒーをください」といえば「どのブランドにしましょうか?」といわれる日も遠くないのかもしれません。となれば、コーヒー屋もより専門的にそして顧客のニーズに耳を澄ませないとビジネスとして淘汰されることになるのでしょう。時代の進歩はこんなところにもありそうです。私の苦悩はまだまだ続きそうです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。
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ではまた明日。

ビットコインに代わるもの4

一部の世界で話題になっているビットコイン。仮想通貨の一つでありますが、その中で世界で最も知名度があり、「流通」しているものだろうと思います。ところがこのビットコインも昨年来、いろいろ噂され、「相場」が急騰したと思えば急落し、その安定性についてはほとんどない状況にあります。その上、最近では犯罪に使われたり、マネーロンダリングへの転用のリスクまで指摘されています。

もともとビットコインが便利だと思われた理由は異通貨間の取引において為替手数料や両替の手間がなくて良いこととされていますが、むしろ新興国に於けるインフレ対策という見方が強いかと思います。

我々が海外旅行する場合、主たる支払いはクレジットカードであとは現地通貨にて払うことが多いかと思いますが、新興国や途上国に行けばドルの方が喜ばれることも多く、国によっては両替しないで米ドルだけで通してしまうこともあります。また、カナダでは多くの店で米ドルを受け入れており、アメリカコインもそのまま使えます。更に公衆電話でもパーキングメーターでも使えてます。(両替レートは1:1ですが)。また、多くのリテール、酒屋からスーパーまで(もちろん、私の店や経営する駐車場でも)米ドル紙幣は両替レートは悪いですが、使えるのです。

今時、多額の現金を持ち歩くのは日本人などアジア系の一部の人か、クレジットカードを作れない人ですから、大半の決済はクレジットカードになります。その場合、一番嫌なのがあとで見る請求書。そこにはなんでこんなに為替レートが悪いんだろう、あるいは手数料を取られるのだろうという疑問だろうと思います。

ビットコインが普及する素地はアメリカが世界の輪転機となったといった理由以外にもそんな現実的な問題が存在していたのだろうと思います。更に今後、5年以内にスマホ決済が確実に主流とになると見込まれる中で誰がディファクトスタンダードを作るのか、という乱世にも背景があるとも言えそうです。

では私なら何を考えるか、ですが、ズバリ金を担保にしたスマホ通貨を作ってみたらどうでしょうか?金はまず、世界でその価値を認識しています。また、相場も立っており、歴史もあります。金を担保にしたネット上の仮想通貨を作り、所有者は当該為替レートでいつでも通貨や金に替えられるほか、スマホを通じた決済機能を通じて世界のどこでも使える、という発想です。ビットコインの場合、中央銀行がないという弱点がありますが、例えばこれを世銀あたりがコントロールするようなアイディアはおもしろいかと思います。

我々先進国に住む者にとってはそのありがたみは分からないと思いますが、新興国、インフレ国、政情不安定国などにおいてはドル以外の基準が欲しいのではないでしょうか?また、送金などもビットコインと同じような発想であればワークするのではないでしょうか?フィリピンやメキシコなどは先進国に出稼ぎに来て本国に送金するという流れは非常に大きく、それで国家が成り立っていると言っても過言ではないケースすらあります。

一方、ドルの一方的な基軸通貨への反発は常について回りますし、通貨供給量とはだれがれの為に行っているのかという疑問があります。つまり、一方が立てば一方が立たず、ということではないでしょうか?

金は昔から通貨になったり外されたり、という歴史を辿っています。それがまた、繰り返されないという保証はどこにもありません。決済方法がスマホという世界になることを前提に考えた時、ビットコインの弱点はその担保とコントロールということではないかと思っています。金は持ち運びに不便とされますが、金塊を家にため込む人は少なくなってきていると思います。つまり、実態に裏打ちされた仮想通貨という点ではもっともふさわしいもののように思えます。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
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