外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2015年10月

一人っ子政策撤廃の行方4

中国がついに一人っ子政策を撤廃したことに様々な意見が寄せられています。遅すぎた、今さら撤廃しても意味がない、人権問題の解決だなど切り口はいろいろです。

中国が一人っ子政策を開始したのは70年代後半で増え続ける人口に一定の共産主義的思想に基づく「コントロール」を図るというものでした。ところが、中国は男尊女卑が根付いており、一人しか作れない子供が男の子なら幸せだが、女児だった場合、不幸な話が数多く存在します。その為、戸籍に残す子供が男児になるよう様々な対策が施され、「黒孩子」(ヘイハイズ)と称する戸籍上認識されない女児も数多く存在するのです。

また、通常、男女比は女100に対して男102-107人があらかた標準とされますが、中国の場合、118人程度にまでその「格差」が広がっています。これは男性社会をさらに増長させるのですが、儒教的思想に於いては許されるということなのでしょうか?

つまり、一人っ子政策は総人口数こそ抑えられたものの、人口ピラミッドが歪になったばかりではなく、奇妙な男女比、そして表に出ない黒孩子の問題など山積しているのです。中国政府は2013年にその政策を一部、緩和しており、今回の完全撤廃はその流れを汲んだものであります。

人権問題としてはこの撤廃は喜ばしいものであります。

ところが、私が疑問に思っているのは中国がこの一人っ子政策撤廃を中国の長期にわたる繁栄の為、つまり、安定的な経済成長を目論んでいるのならことはそう簡単ではないという点です。

経済が一定水準に到達し、戦争などの動乱が起きない限り、出生率は下がりやすい傾向があります。かつて、世界で高い水準の出生率があったのは「種の保存」の原則が効いているからであります。例えば、平均余命が短い、疾病や伝染病が蔓延している、健康管理が十分ではない、食生活や衛生面が不健全といった理由は種の保存の原則で出生率を高めます。また、戦争は子供をたくさん作らないと家系が途切れる可能性がありました。更にはイスラム教は教徒を増やすことによりその影響力を誇示する考えがあり、数十年後にはキリスト教信者を抜き、世界で最大の宗教となります。

ところが、現代社会ではそのほとんどの問題を克服しつつあり、特に先進国では平均余命は伸び続けています。つまり、中国においては70年代後半はともかく、90年代後半以降だけ考えれば否が応でもその出生率は下がることが予見できたはずなのです。

宗教観が近いアジアでみると2013年の合計特殊出生率ランク200カ国、地域で最下位から台湾、マカオ、香港、韓国、シンガポールの順で日本は下から14番目であります。つまり、世界の中でアジアの低出生率は突出しているのです。では肝心の中国の出生率ですが、本当の答えは分かりません。公表されているのは1.67でランク的には156位なのですが、中国の都市部における出生率は1.00を下回っているのではないかとされています。つまり、いつものようにあてにならない統計と同時に都市部と農村部に於いて相当離れた統計的傾向となっている可能性があるのです。

そういう意味で中国の今回の決定は遅すぎたということに繋がるのでしょう。

さて、一般には人口は増えた方がよいというのは経済学的に成長を考えるからでしょう。正に規模の経済です。が、敢えて私は一つの疑問を差し込んでみたいと思います。人口が増えることが経済成長に繋がるとは断言できない時代がやってきた、という考えです。即座のご批判があるかと思いますが、あくまでもこれが良い、悪い、ということではなく、一旦、一呼吸おいて考えてみる必要がある、と思うのです。

現代社会に於いて機械化の進化は止まりません。機械と人間の戦いに於いて単純労働のみならず、高度な水準の作業も機械がこなす時代になりました。これが意味するのは「食えない国民の増大」をもたらす、ということです。経済的幸福度はGDPよりも一人当たりGDPで見た方が実感が出るわけで人間が機械の上にいかに立つか、という視点に立てば必ずしも数や量の理論にはなりません。

もちろん、地球儀ベースでの政治力、影響力という点では数が大いに越したことはありませんが、それにより国家財政が厳しいものなることとの比較ということも考えなくてはいけないでしょう。

一人っ子政策はある意味、なくなっても実質は変わらない、これは中国に限らず、アジアの宿命なのかもしれません。

では、今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

産業業界は総力結集しないと世界に勝てない4

以前、不動産的発想で街は西に伸びる、という話をしました。では技術革新はどうでしょうか?少なくともイギリスの産業革命からアメリカでの規模の拡大、日本での高い技術の提供、そして、韓国経由で今、中国が再び、規模の拡大に乗じて力を見せようとしています。

自動車の場合、一昔前、イギリスには名車とされるブランドがたくさんありました。ロールスロイス、ベントレー、ジャガー、アストンマーチン、ランドローバー…まだまだあります。それらの中でいくつかは既に何らかの形で本国を去りました。

アメリカは三大メーカーが規模の追求、また、バイアメリカン主義で数を伸ばしました。特に1920年代に単品種大量生産のT型フォード、そしてGMの多色化やGMACといったファイナンス会社のローン付与が爆発的販売量といった流れで「自動車はアメリカ」というイメージを作り上げました。

その後、日本勢が高品質の小型車攻勢で世界の注目を浴びます。今でもハイブリッドや燃料電池車など世界の最先端をいっていますが、価格で勝負した韓国車が80年代初めにカナダ売れ始めてから世界での販売台数を増やしました。今ではまだ誰も信じない中国車の国際戦略も遠くない時期にアフリカなどで市場を席巻するようになるのでしょう。

クルマの場合、部品数が多く、それぞれの領域で高い技術力を提示しなくてならず、日本のポジションがすぐにどうこうすることはないかもしれません。その証拠に日本にはまだ、乗用車メーカーだけでも9社もあります。私が大学の時、既に3社しか生き残れないと言われていたのですから驚きです。どの会社も頑張れた理由はその複雑、高度化する技術において各社、微妙な特色を打ち出し、最先端を常に追い求めた研究開発の賜物でありましょう。

ところが電機となると話は別です。80年代初頭、証券会社はこぞって電機メーカーの株を推奨しました。事実、当時の株式欄を見ると電機メーカーのその上げ方は他の業界と明白に差があり、建設や繊維などは2桁の株価が並ぶ中、電機は多くが4ケタの株価をつけ、目を見張るものがありました。

ところが83年に野村に入った友人から「電機はそろそろピーク」と囁かれます。その意味は国内に同業メーカーが多く、成長の限界と淘汰がちらっと見えたのでしょうか。そういう意味では当時の野村の調査能力は見事だったとしか言いようがありません。

何故電機は先に淘汰の道を歩んだかといえばキーになる技術が比較的限定されており、韓国、中国で模倣しやすいということだったかと思います。考えれみれば秋葉原で自作の電機製品を作るキットがたくさん売られていたわけで、その素養は確かにあったと言えるのでしょう。

IBM。コンピューター業界の巨人と言われたその栄光を覚えている人も多いでしょう。ところが同社はパソコンを中国のレノボに売却し、ソフトやサービス、法人向けビジネスに特化します。が、同社にかつての輝きはありません。売り上げは14四半期連続で減少し、新興国のみならず、アメリカでも低迷しています。

日本は重電と弱電メーカーがなんとなく区切りがついたのがこの20年の流れでしょうか?また、オーディオ関連などで株式市場から退場した企業もあります。家電の御三家、ソニー、パナ、シャープはそれぞれ生きる道を選びましたが、シャープの道はより細く茨が続きます。

日経に中国が液晶部門に於いて2018年に韓国を抜き、世界一になると報じられています。キーは成熟しつつある液晶技術故に今、投資をすれば技術のライフが長い、ということだろうと思います。思い起こせば日本と韓国は次々と新型で大型の次世代パネルの投資を続けました。正に体力勝負で技術競争をしたのですが、その汗だくでへとへとになったのを横目に中国が美味しいところを全部横取りする構図であります。

これはIBMがレノボを売却したのも同じです。2004年の買収の際、レノボの代表の楊元慶氏はろくに英語も出来ず、非常に苦労していました。今では流ちょうになったと聞きますし、それ以上にレノボ社の業績の伸びを見るとIBMはどう思うのでしょうか?

シャープはその液晶部門の売却先について台湾の鴻海とジャパンディスプレイの筆頭株主である産業革新機構からの援助の2方針を持っているとされます。将来、日本の電機、日本の液晶、メードインジャパンのテレビを守るなら産業革新機構とのディールが正しい選択のように思えます。

電機業界はもはや多数の国内メーカーでは戦えなくなりつつあります。特に技術革新のサイクルが早い液晶はもはや国策として生き残りを演出しなくてはいけない時代に入ってきたともいえそうです。そしてそれは電機業界だけではなく、広くモノづくりで励んできた日本の産業界に体質改善を促すことになりそうです。

では、今日はこのあたりで。

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イエレン議長と黒田総裁の同床異夢4

10月のFOMC(アメリカ連邦公開市場委員会)で明白に打ち出されたのはFRB(アメリカ連邦準備理事会)はハトではない、タカのような強い姿勢を見せることもあるのだ、という威嚇でしょうか?

私は数か月前からFRBは利上げに踏み切りたくてしようがない、だけど、そのタイミングがなかなかない、というイラつきを言葉の端々に感じていました。また、FOMCで投票権のある委員あたりからも時々、タカ派的なジャブが飛んでいるのを見て、FRBはFRBとしての能力の高さを利上げすることにすり替えているな、とも感じていました。

今回の声明で注目されるのは雇用はもはや、十分に改善し、あとはインフレ率だけという点であります。これは日本も全く同様でここまでくると毎月発表される雇用統計で20万人のプラスを維持し続けることは困難で15万人とか、10万人台前半でも十分改善しているとみて良いはずです。これは現在の5.1%の失業率に対して健全なる失業率を4.9%と設定しているためです。

ちなみに完全雇用とは何%か、といえば数字としてはゼロ%と思われるかもしれませんが、これは間違いです。大体、学術的には3-5%程度となります。理由は二つあり、一つは一定水準を下回ると賃金の無限大の上昇を招くこと、もう一つは雇用の質が無限大に下がることであります。極端な例で言えば猫の手も借りたいのにその猫に時給2000円を払うような状態になるのです。

よって、日本もアメリカもほぼ、雇用に関しては満足しうる状態にあるのですが、インフレ率が上がりません。その為、日本では金融緩和をさらに推し進めるのではないかという期待の声が、そしてアメリカでは経済は十分に回復路線にあるので利上げしようという真逆の政策を打ち出そうとしているわけです。

この違いはどこにあるのか、と考えるとイエレン議長と黒田総裁はそれぞれ目的が違うのだということに気がつきます。アメリカは金利が健全な水準にあるべきであり、FRBはそれを目指す金融政策を施すという考えでした。よって、前任のバーナンキ議長の時も常にその視線に立っており、経済が一定の体力を回復すればいつでも金利を上げるよ、と警告をし続けていたのです。

ところが黒田総裁は就任当時から目的が「デフレからの脱却」「2%のインフレターゲット」でありました。やろうとしている政策が違うことで当然ながらその金融政策には相違が出てしまうのでしょう。

さて、アメリカで市場関係者の期待を裏切って12月の利上げのオッズ引き上げに貢献したFOMCの声明にやや、戸惑いがあるようにも見えます。「本当かい?」これが本音でしょう。

私はECBが猛烈なプレッシャーをかけるとみてます。ECBのドラギ総裁は既に12月に何らかの検討を行うと発表していますが、「有言実行のマリオ」ですからしかるべき金融緩和を打ち出してくるだろうとみています。その欧州代表団からはIMFも「アメリカは利上げはしないで」とラガルド専務理事あたりの声も聞こえてきます。

これは基軸通貨ドルと最近中国寄りの欧州の微妙な軋みにも見えます。また、中国が着々と金を買っていることにも着目すべきでしょう。いわゆるドルはずしの動きがなんとなく見て取れます。

よってイエレン議長は自国の金融政策だけに着目していると思わぬところから足を引っ張られる可能性があることだけは注意した方がよいように思えます。

では、今日はこのぐらいで。

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貯蓄より投資4

トマ ピケティの「21世紀の資本」では資本による収益が労働による収益を上回るという点がフォーカスされています。別にびっくりする内容ではなく、当たり前の内容ですが一応、それを経済学的に論理性をもってまとめたという点が評価されているのでしょう。

最近、私のカナダの会社での資金運用に頭を悩ましています。大手銀行証券部を通じた投資はほとんどが安全度抜群の国債などを組み合わせた商品です。当然ながら利回りは1%に達しない状態ですが、クレームをすれば「当社はジャンクは推奨していないのでそちらをお求めの際は別会社のネット証券を通じて好きな銘柄をお買いください」と返されます。会社の資金運用ですからリスクは取りたくないものの年間の運用目標はあります。ところがこの2年ぐらいで半分以下に下がった投資利回りにもはや耐えられず、総額の10%程度を新たにリスク商品にシフトしています。

当社は他社の不動産事業などにも融資しているのですが、リスクのある土地取得時の融資はガチガチの担保を確保したうえで大体8-10%程度のリターンを要求します。かつてはもう少し取れたのですが、今、これ以上求めると投資家からもっと安いオファーが入ってしまいます。事実、一度10%で貸していた不動産開発事業資金が他の投資家に「乗っ取られ」、早期返済となり、残念な結果となりました。いわゆるリスクに対して投資すれば高いリターンを求めるのは当然なのですが、低金利下でそれすらもなかなか競争激化ともいえましょう。正直、今、一番まともなリターンはアメリカのREITへの投資で、ある銘柄は配当は12%にもなります。つまりこのペースが維持されれば9年足らずで投資額元本が全額回収できるという旨みがあります。

貯蓄より投資というのはお金にお金を稼がせることであります。汗水たらして働いている間も寝ている間も旅行している間も稼いでくれるのが投資であります。正に24時間お金に働いてもらいます。人間が8時間しか働かないとすれば投資はその3倍の時間があるわけですからこの点からしても投資が労働より上回るということはお分かり頂けるでしょう。

さて、多くの方は「投資なぞ、とても、とても」とおっしゃると思います。だから銀行にお預けになり、預金が1000万円まで保証されている安全手段を選んでいます。ところがお金を預かった銀行は融資なり国債投資なり人のお金を使って投融資に回っています。それは正にリスクマネーであり、預金者に代わって銀行がプロとしてそれを運用しているわけです。そしてそこで銀行は巨額の利益を生み出しているのです。

これを考えると皆様の預金を株式やプロが運用する投資信託やREIT(不動産投資信託)などに回せば当然ながら可能性は開けてきます。ところが多くの庶民の方は「お金が無くなるのでは」「何を買ったらよいかわからない」「下がったらどうするの」といった不安要因が先に来てしまいます。手っ取り早いのは高い配当金や株主優待がある銘柄で将来性のあるもので買うタイミングさえ間違えなければさほど深い傷を負うリスクは少ないかもしれません。正に投資をすることでピケティの論理を自分で実証することになります。

但し、株式は右上がり一直線、あるいは右下がりで果てしなく下がるということはなく、必ず、息をします。つまり、相対的に底値圏にあるものを選ぶ、これがコツだと思います。

私は自分の得意分野ということでこの夏からかなりの金関連銘柄への投資を行っています。2-3年ぐらいのうちに大幅な上昇があると見込んだのですが、これはあくまでも個人の判断。よってこれを真似されると困るのですが、要は長期間にわたり特定の分野、産業を見続けそのサイクルを掴むということだろうと思います。投資もタイミングが全てです。そして絶対的自信があれば目先の多少の上げ下げは全く気にならなくなります。

日本は庶民の財産をお上が守ってくれるという発想があると思います。お隣の中国、台湾、香港は明日はどうなるかわからない、自分の身は自分で守るという明白な姿勢を持っています。また、投資をすれば世の中が違った目で見えてきます。

そういえば日本に来てメガバンクの前を通るたびにどの銀行もショーウィンドウの使い方がへたくそだと思います。まるで魅力がなく、銀行のセンスを疑ってしまいます。一等地の前にありながら何も訴えたいことはないのでしょうか?そういう意味では銀行はショーウィンドウへの投資をしてみたらよろしいかと思います。

では、今日はこのあたりで。

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地方に再配分される税4

政府は企業の法人住民税を一旦プールし、その一部(3兆円のうち1兆円とされる)を地方に再配分する検討を進め、法制化する準備を進めるそうです。地方活性化政策の一環であります。

1989年、バブルの真っただ中、時の首相、竹下登氏は「ふるさと創生事業」として地方交付税の交付団体である全ての市町村にそれぞれ1億円をばら撒き、使途を問わないとしました。当時、相当話題になった政策です。私の記憶が正しければ使い方に相当ばらつきが出て批判を受けた市町村もずいぶんありましたが、それ以上にこんなばら撒きは政策として正しいのか、という議論の方が盛り上がりました。

その後、2009年のエコポイント政策では国民レベルでの一種のばら撒きをしたわけですから日本は時として「餅まき」的大盤振る舞いをする国だともいえましょう。根本発想は「広く、薄く」だと思います。東京や大阪など都市部だけではなく、北海道から沖縄まで皆が同じ餅が食べられるようにするのが日本の流れであるとも言えそうです。

今回の安倍政権の打ち出した餅まきはかつてのやり方よりはるかに洗練されています。潤う都市には交付されず、資金を必要としている地方にそれを分配することで経済活性化を図るという手法は珍しくありません。

カナダでは国家を代表する連邦政府と高い自治権を持つ州政府という二階建ての仕組みです。理由は国土が広く一律の政策は有効ではないからであります。連邦政府が集める税の一部は各州に再配分されますが、ここでも富める州には配分は少なく、開発途上の州により多くの資金が配分されるような基本システムが構築されています。

日本も細長い地形の中、気象条件など一律の政策を押し付けにくい性格を持っています。ところが県レベルでの自治権は限定されるため、当然、中央政府が一定の配慮をすることが必要となります。江戸時代、徳川政府が長期にわたった支配を続けることが出来たのは参勤交代などを通じて地方を疲弊させ、クーデターが起きないようにしたこととされます。今、日本は疲弊化ではなく、活性化ですから地方に有効な援助をすることは理に適っていると言えそうです。

但し、援助にもいろいろあります。そして今回の安倍政権が提案する法人地方税の再配分は竹下元総理の一回だけのボーナスやエコポイントの餅まきと違い、継続的な政策であります。よってその使い方を一歩間違えれば「中央からお金が降ってくる」という発想に変わりかねません。

ある地方で国民宿舎の建て替え話があるのですが、その背景は中央から様々な交付金が出る、地方銀行も活性化の為に融資を積極的に行わなくてはいけない、だから資金的援助が受けやすいので建て替えるというシナリオです。民間企業ならその地に宿泊設備を作った際、需要があるのか、投下資本はどうやって回収するのか、でまずありきです。ところがハコモノに集る一部の早耳筋がそういう事業をぶち上げ、地元建設会社などが潤うことに重点がかかり、出来上がった箱をどう運営するかは二の次になっています。これでは過去の教訓が生かされないでしょう。

私がやるなら過疎地の集約化による高齢化社会への対応でしょうか?天災の度に土砂崩れなどで取り残される集落のシーンはお馴染です。集落そのものも自治が難しくなっていると共にそのインフラを維持するコストもバカになりません。むしろ地方活性化とは減りつつある人をひとところに集め、共同体として再活性化させる発想もあると思うのです。先祖代々の土地という気持ちは徐々に薄れてきています。その変化をくみ取ることも大事ではないでしょうか?

今回の再配分される法人地方税の発想そのものは賛成ですが、その使い方はどうしても施設の建築などに向かいやすくなります。地方が再生という超長期のプランを描いたうえで今、何をすべきか考え、その審査方法についても高い透明性、市民の声の反映、国策との整合性などを含め、無駄のないものにしてもらいたいと思います。

では、今日はこのぐらいで。

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金利はもう上げられないのか?4

リクルートの会長だった故江副浩正氏が2007年に「不動産は値下がりする」という本を出版され、そこそこヒットしたと記憶しています。江副氏が不動産は下がるとしたのは主に二つ理由があり、規制緩和、埋め立て、用途変更などで新たなる不動産が次々生み出されていること、もう一つは何時かは金利が上がる局面がやってくるから、というものでした。

一つ目の理由についてはその通りで納得できるのですが、二つ目の理由は違う、と思い続け、既に8年が経ちました。江副さんは正にバブル時代に繁栄と地獄を見ているのですが、金融引き締めがトラウマになっていたのでしょうか。

欧州中央銀行の政策会議でマリオ ドラギ総裁がインフレ率の低下を理由に12月に金融緩和にむけた検討方針を示しました。相も変わらず、喜んだのは資本市場でダウや日経平均は大幅に上昇しました。

日本も30日に日銀政策会議で金融緩和の期待がまだあるようです。私は期待の問題ではなく、これ以上、泥沼に足を突っ込まない方がよいと考えますが、黒田総裁は何か一本気というか、頑固な感じの上にあまのじゃく的なところもあり、日銀の王道人事を変えた安倍首相の選択は正しかったのか、もう一度考えなくてはいけないかもしれません。

榊原英資氏。90年代「ミスター円」として金融市場で知らぬ者はなく、今は青山学院の教授の肩書をベースに活動されていますが、氏の近著、「中流崩壊、日本のサラリーマンが下層化していく」は時代が移り変わり、経済の「転換期」に入っていることを指摘しています。ここから類推できるのは今までの常識が非常識になることもあるわけですから歴史的正統派の経済対策から新たな時代にマッチした政策に切り換えなくてはいけないともいえそうです。

ところが巨大な国家や国家の集まりの経済政策、特に金融政策に於いて非常識な手法、全く新しい手法を取り入れることは実に難しいことであります。政策会議が合議という中で委員の過半数が新しい手法を理解し、賛同しなければならないからです。

榊原氏の同書に先進国の長期的なインフレ率の推移の表があるのですが、これをみると一目瞭然ですが、いわゆる高金利時代は82年ぐらいに転換しています。それまでの二ケタ台だった政策金利は一気に2%-6%程度に下がります。その後も緩やかな下落を続け、リーマンショックの時、更に一段下げて今日に至ってます。

私は以前から何度も繰り返していますが、金利は上がり下がりするものですが、今の時代、先進国で5%もの政策金利が適用されることはもうあり得ないと考えています。

実はその理由のもう一つに所得水準が上がらないという点があります。榊原氏によるとアメリカの男性の手取り給与のピークは1973年の50000ドル弱で今日に至るまで40年以上ほとんど変わっていないとのことです。日本でもバブル崩壊後から手取りは着実に減っているのはご承知の通りです。ですが、皆さんが「貧乏になったか?」といえば周りの物価も下がったので大多数の方は生活の不自由さまでは感じていないはずです。(貧困率が日本やアメリカで高いのはその大多数からどうしてもこぼれてしまう層が出来てしまうからでしょう。)

ポイントはここにあると思うのです。生活に不自由はしてない、だからそれを受け入れてしまう、これが今の世の中なのではないでしょうか?ファーストフードやコンビニ弁当を食べている人が「いつかは高級フレンチ」という夢はさほど気がします。(時としては食べたいでしょうが、定常的には勘弁とおっしゃるはずです。)

ただ、私が懸念しているのは先進国のみならず、新興国でも金利低下傾向が顕著であるという点です。中国は人件費増加と共に海外企業からの発注量が張り、輸出が伸び悩むというシナリオでした。金曜日に再び利下げを発表した中国ですが、人件費も上昇しなくなる問題が生じるとみています。韓国ではすでにそれが起きています。

長期にわたる低金利化と人件費の伸びを欠けば、新興国は何時かは先進国になれるという前提が崩れてしまう可能性を示唆しているともいえます。これを見るには一人当たりGDPは良い尺度だとは思いますが、為替次第でどうにでも変化するこの数字もあまり過度な信用はいけないのでしょう。

今は一国内の貧富の差、格差問題が議論のテーブルにありますが、数年もすれば国家間の格差問題に発展するとみています。「富める国、病める国」であります。正にトマ ピケティの話になってしまうのですが、少なくともグローバル化と真逆の内需振興策が今後のキーになる気は致します。

では、今日はこのあたりで。

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ビジネスの見栄え4

北米でもっとも事務所に金をかける業種といえば弁護士事務所、会計士事務所、金融関係かもしれません。エレベーターで上がると広いフロアの受付で恭しく応対され、待合の高級革張りソファーで他の会社よりもやや、長く待たせる気がします。受付嬢から「お水でもお持ちしましょうか?」と言われれば水を飲むほど待たされるのか、と思ってしまうのはひねくれすぎでしょうか?

受付が立派な会社は大体、建物も一流のオフィスビルにあり、窓からの眺望も素晴らしいものばかりです。私の会社の顧問弁護士事務所では自分の仕事部屋を「偉い人から好きな場所を選ぶ」ルールがあるそうで、だだっ広いコーナールームでも確保すればそこで寝泊りすらしたくなる気がします。

そう思うと逆に貰った請求書の1-2割はこのバカ高い事務所の家賃を負担しているのだろうか、ということになります。私は法律や会計のことを相談に来たわけでそこに眺望は求めていません。思うに日本の外資系企業は派手な場所に事務所を構える傾向がありますが、特に六本木周辺にそれが多い一つの理由は職住接近の物件が多いからでもありましょう。丸の内などでは住宅が許可されにくいのですが、六本木はそれが可能であり、六本木ヒルズのレジデンスとの一体開発が話題になったのは好例であります。

弁護士、会計士、金融の三つに共通するのは「信用」であり、よい事務所に入ることはその成功=信用の表れである、というのですが、少なくとも私の好きな表現の仕方ではなさそうです。

日経ビジネスにヨドバシカメラの特集があります。その中で目を引いたのは「同業他社からは『ヨドバシは謎の集団』と揶揄される」という点でしょうか?同社の創業者が1960年から苦労しながら一歩ずつ業容を拡大し、50年で売り上げ6000億円を達成しても浮足立たないところに唸らされるところがあります。

本社は駅から10分歩く中古マンションの中、そして常に客目線でよい商品、良いサービス、顧客のニーズを満たすということを心がけています。「売り上げは必然的についてくる」という発想は多くの企業が売り上げを上げるために経営努力をする、というシナリオのさかさまである点に意味があります。同業他社が皆、上場しているのに非上場を貫き通す理由はにわか株主が目先の数字で経営に首を突っこませないぶれない経営を貫いているということでもありましょうか。

起業家とは往々にしてドケチな場合があります。私の大学同期の会計士は親が独立の会計士事務所を経営していたこともあり、財布の紐の堅さは天下一品であります。大学の時、男4人で中古のセリカで北海道に行くのに燃費効率を上げるため、夜中に時速80キロを維持して定速で走ることを強要され、仲間から相当の不評を買ったのを覚えています。クルーズコントロールがない時代でしたから運転も苦労しましたが彼の財布は今でもしっかり締まり、着実に稼いでいるようです。

ビジネスの目標とは何か、と考えると往々にして売り上げや利益、市場占有率といったほうに目が行きます。私のレンタカー部門もその点からすれば稼働率を上げるといったことが本筋ですが、私はそれは結果だと思っています。「レンタカーを借りる人が気持ちよくドライブしてもらうにはどうしたらよいか?」、これがこの部門のテーマです。だから、車の内部をよく掃除する、車のコンディションには気を使う、何かあってもすぐに対応できる、といった当たり前のことをきちんとこなすことで少しずつ「ワード オブ マウス(口コミ)」で客が広がっています。当然、結果として数字がついてきますが、それは数字をあげるためにやったのではなく、リピーターや評判を高める努力の成果とも言えるのです。

テレビドラマでちょっと成功した人が派手な金遣いをするシーンが時々ありますが、日本では似合わないスタイルでしょう。目立たない人ほど案外、しっかり稼いでいる、それが日本の本当の金持ちかもしれません。

ビジネスは見栄ではできません。毎日、今日の汗をかくことで良い結果が生まれると信じるべきでしょう。

では、今日はこのぐらいで。

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