外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2016年04月

失敗するビジネス4

私も様々なビジネスを通じていろいろな世界を見てきました。その中で一般個人がビジネスで失敗するケースを考えてみたいと思います。

私のところのかつてのテナントさん。5000万円かけて立派なスパを作りました。ロシア人のご夫婦で奥様がホッ ト ストーン スパの有名な先生でしたが自分の店を初めて持つので店舗づくりもこだわりぬきました。猫足の石造りの風呂はエジプトからの特注。天井にはプラネタリウムのごとく星がきらめき、そのバスタブに赤ワイン注ぎ込む極楽の世界の器まではできました。が、建設費用が嵩み過ぎ、運営費用が残っていなかったのです。

このご夫婦が開店後、わずか6か月で夜逃げ屋本舗する直前に御夫婦を捕まえ、物件は全部差し押さえて書類にサインさせこちらの被害を最小限に食い止めました。

次の事例です。金持ちの台湾人と香港人の若者2人がペットショップを開きます。が、数年後、店の運営に関して二人の意見は合わず、一人は役員を降りました。残った一人は事情があり、カナダの東に引っ越します。店は、というとアルバイトを雇いながら店が開いているだけの状態。挙句の果てに売り上げは盗まれるわ、商品は消えるわ、で、これもギブアップです。

彼らは小銭があり、ペット好きという趣味感覚で店を開けたのが失敗の始まりでした。乗っていた車はベンツから中古のアメ車に変わり、ストレスを溜めてかわいそうな状態でありました。しかし、ビジネスの世界はシビアなのがこちらの世界。その場合にはいかに早く諦めるか、これが重要でその思いっきりがその人の将来すら左右します。

日本人による海外起業も往々にして失敗が多いようです。まず、ビジネスの世界に対する情報量が圧倒的に欠如していて日本人の間だけの知識に限られてしまっている場合が多いようです。ところが世の中は深く、思わぬ落とし穴はあちらこちらに開いており、そこに落ち込んだ日本人起業家は数知れず。

もう一つは起業に関する全体的なビジネス知識が圧倒的に少ないと思います。かといって、自分の専門以外の分野を専門家に依頼するととてつもない費用がかかることもあります。特に弁護士代は最近、尋常ではありません。私も先日、ある契約書を2件依頼しただけで200万円以上かかりました。ふざけた金額です。そうなるといかに弁護士を使わずにリーガルドキュメントを作り上げられるか、これにかかってくるのです。

また、仕事上、私もパパスママス(父ちゃんかぁちゃんビジネス)のオーナーさんとも付き合いますので彼らに「オタクの顧問弁護士は」と聞いても「はぁ?」となるし、弁護士代などまず払えません。そうなると私がこう言う場合はこうなんですよ、とイチイチ説明していかねばなりません。

こちらで大きな不動産事業をやっている会社はショッピングモールなどの出店に関し、「素人さんお断り」となるケースが大半です。何故か、といえばパパスママスではビジネスレベルのやり取りができないことが最大の理由です。賃貸借契約書だけでも4-50ページとなり、かなり厳しい条項が並ぶ中でぱっと読んでそれが理解できる一般人がいたら驚きです。難解な言葉とその裏に隠された法律的意味合いを理解するのは並大抵ではなく、逆にそれが出来る水準の人しかビジネスの相手をしてもらえないとも言えるのです。

私も大家として賃貸借契約の標準契約書は準備しています。ざっと5-60ページでしょう。ですが、テナントのひとつ、カナダトップクラスの銀行とのリース契約は銀行の標準契約書を押し付けられています。つまり、彼らは「お前のところの契約フォームなど使えるものか」という姿勢が端からあるわけです。そしてその契約書のトリッキーなこと、よく注意しないと落とし穴だらけで穴が開くほど契約を読み、理解しないと大家がドツボにはまる仕組みになっています。

こう考えるとビジネスはいよいよ難しく、要求されるレベルも發なってきています。昔は信用金庫からお金を借りてビジネスをスタートさせる、という話もあったのですが、ビジネススタンダードと起業者に求められるレベルが格段に上がった今、いくら低金利時代でも銀行からお金を借りるところまで行けないというのが本音なのです。お偉い役人はこう言うギトギトしたビジネスのど真ん中の雰囲気をほとんど理解していません。

では新しい起業はもう無理なのか、といえば知恵を出せばよいのだと思います。専門の知識をもった人たちがなにかあれば助け合えるグループをつくればよいのだと思います。台湾には起業できる資金援助のグループがあります。今はお金も大事ですが、法律、会計、財務、人事、許認可、マーケティング、販売、アフターサービスや瑕疵保証など本業に付きまとう付随知識の範囲が異様に膨れ上がっています。昔はそれでも力づくでできましたが今それを一人でやるのは不可能に近いと思います。

これでは日本を含め、起業の夢は遠い彼方に、ということになりかねません。

起業者の為の仕組みづくり、これが日本でも海外でも一番必要な支援である気がします。私が所属するNPOでもこのような方向性を長期ビジョンとして打ち出すことを提言してみたいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

ゴールデンウィークに突入しましたので北米は週末ではないのですが、「今週のつぶやき」をお届けします。

まずは「逆サプライズ」だったのが28日の日銀の政策会合での「緩和見送り」。そんなのは市場の勝手な論理、と言われればそれまでですが今回、市場の期待を思いっきり持ち上げたのが22日、ブルームバーグの「金融機関にもマイナス金利適用か」の記事でありました。

さすがあまのじゃくと言われた黒田総裁だけあります。「マイナス金利の効果を見極める為」追加緩和は今回は見送り、としたのであります。これが案外、海外にもショックを与え、翌日のNY市場は株が売られ、代替の金が消去方式で買われました。

ところで私が注目していたアメリカ1-3月GDPは年率換算0.5%アップと市場の期待に届かずでした。日本も5月18日に1-3月の速報が出ますが、予想は微妙な水準となっています。また、インフレ率が再び弱々しくなっていることも気になっています。黒田総裁はいまだに2%達成は出来ると強気ですが、達成時期に関して今回4回目の先送りとなりました。こういうのをオオカミ少年の遠吠というのでしょうか?

さて、個別企業で見ると心配なのがアメリカのアップルと日本の三菱自動車であります。アップルについてはカール アイカーン氏がアップル株を全部売却したとのニュースで28日も3%強の下落となり94.83ドルとなりました。これでチャート上の節目、92ドルが見えてきました。これを下に抜けると次の大きな節目は55ドルまでありませんから機関投資家を含め、週明け以降の動きに注目されます。また、日本ではアップル関連を含めたスマホ関連の部品メーカーの決算が一様に冴えず、アップルショックとなりはしないかと気がかりです。

もう一つの心配ネタ、三菱自動車ですが、90年代初頭からの不正で国土交通省も「三菱を信じない」という姿勢を明白にしました。私の懸念はそんな三菱がどうこうというよりすそ野の広い自動車メーカーの不祥事は地域経済に圧倒的な影響を与える為、今後、部品メーカーの倒産などが起きやしないかと思っています。また、同社が極めて厳しい状況に陥った場合、中国企業が触手を伸ばす可能性は大いにあると思います。理由はインドネシアやオーストラリアなど海外拠点を含む販売網などのインフラであります。(ある意味シャープの時と同じような発想かと思います。)

アメリカ大統領選ですが、どうもトランプ対クリントンの決戦となる気配が濃厚となってきました。下馬評はクリントン氏有利ですが、トランプ氏の戦い方はかつての選挙戦略とは違うため、余り楽観視しない方がよいかもしれません。可能性としてトランプ氏がサンダース氏支持層のハートを射止める戦略をとるとクリントン氏は厳しい闘いとなるでしょう。またクリントン氏は鉄の女のような強さを見せていますが、案外、もろいところがあります。トランプ氏は狡猾ですからそのあたりは容赦なく突いてくるでしょう。

余り想像したくないのですが、トランプ氏が大統領となった場合、アメリカは大紛糾する気がします。それこそ、金持ちはジム ロジャーズ氏ごとく、海外移住するかもしれません。基軸通貨ドルの大暴落のシナリオすら有り得ないことではないでしょう。その際、世界を誰がどうコントロールするのか、特に同盟国の日本には重い負担がありそうな気がします。

最後に、ゴールンウィーク前の昨夜、西新宿に繰り出しました。このあたりから新大久保にかけて恐ろしいほどの飲食店の数々に誰が入るのだろうと、興味本位で店の中を覗き込みましたが、安さを競う店と品質勝負の店で完全な格差、そして中途半端な店には客がまばら、というのを改めて感じました。価格帯によって入れる客、入れない客が明白に分かれています。経済の原則からすれば若いうちは安い居酒屋でもいい歳になればそこそこの店に入れるぐらい懐が温まるはずだったのが昭和の時代でした。今は安い店に入る人はずっと安い店で終わってしまう格差というより「分離化現象」が生じているように見えます。

私がお邪魔したお店は有名店らしく、カウンター席の隣の方から「初めてですか?」と聞かれ、「この店は常連でほぼ満杯なんですよ、良く予約が取れましたね」と。見ていると客が精算する際に「次の予約」をして帰る客が多く、思い起こせば私が気に入っている店は何処も常に一杯であります。良いものを提供すれば客はついてくる、ということでありましょう。

逆に言うと経営者は手抜きできないとも言えるし、経営者が変わり経営方針が変わると常連が逃げるとも言えるのでしょう。買収して更に良いものにすれば勝ち抜けますが、カネで顧客を買っても顧客は逃げやすいことを肝に銘じるべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

マネーマーケットは何処に向かいたいのか?4

マネーマーケットは何処に向かいたいのか、これに100%の答えが出来る人はいません。仮に3日先まで予想できても1か月後は違う動きかも知れないし、1年後はまた違うかもしれません。予想とはどこの未来を指して言うのか、それがポイントなのですが、読み手はそれを案外きちんと理解せず、勝手なフレーバーや尾ひれをつけたりします。

アメリカのFOMCが27日、ほぼ想定通りに終わった一方でオーストラリア、ニュージーランドでは利下げの可能性も取りざたされ、今日の日銀の発表も控える中、このテーマは書きづらいのですが、視点を変えて大所高所から市場の行方を覗いてみたいと思います。

今年に入って明白になっているトレンドは何でしょうか?

米国経済は改善が進むものの思ったほどではない
日欧は金融政策で市場に刺激を与え続けるがどこまで効果があるか不明
中国は臭いものに蓋をした
石油は予想通り、価格が上昇し続け今日はNYでも45ドルを超えた
金も底打ちし、現在、三角持ち合いを形成、上抜けしそうである。 
資源価格は全般底打ち完了
米ドルは思惑通り下がっている

では政治の流れはどうでしょうか?

アメリカ大統領選ではトランプ氏が想定外の快進撃を続けている
安倍首相は安泰でもかつて程のキレがなく、アベノミクス議論も活発、ここにきて消費税問題も抱える
イギリスは国を割ってのEU残留かどうかの議論が進み、6月には国民投票
欧州大陸はメルケル首相在任のラストスパートにかかっており、今後の統制リーダーが見えない
オバマ大統領から恩赦を受けたイランは元気と取り戻す半面、中東和平に新たなる切り口
ルセフ大統領の弾劾裁判でオリンピックどころではないブラジル

これ以外にも中国、ロシア、北朝鮮など幾らでもあるのですが、これら全般に言えることは先が読みにくいファクターがあまりにも多い点であります。

読めない時の人間の行動は基本的には保守的になりやすく、マネーなどは安全志向が強まりやすい傾向は出ると思います。アメリカも大胆な金融政策は打ち出せず、政治は動きません。アジアに目を向けても韓国は先日の総選挙での与党敗北で朴大統領も大胆に動けず、中国では習近平国家主席に対する風当たりが出てきた感じもします。日本は野党はないようなものですから安倍さんがダメなら誰々がいるという動きにしかなりそうにもありません。

ところがマネーマーケットで活躍するファンドマネージャー達は一定の成果を常に上げ続けないと「おまんまの食い上げ」ですからそれでも年間10%とか20%といった成果を無理繰り生み出すため、市場には奇妙な作用が加わり、小さいネタを大事にしてレバレッジをかけるような事態が生じているのでしょう。ちょっとした悪材料には思いっきり売り崩します。去年の8月には350ドルの高値をつけていた世界的製薬会社バリアントが不正疑惑で30ドル台まで急落したのも行き過ぎだと思うし、アップルの将来に暗雲となればファンドはこぞってアップルはずしをすることになるでしょう。ここにレバレッジがかかるわけです。日本なら悪材料が出ている三菱自動車がその対象になるのでしょう。

つまり、世界的なベクトルとしてぱっとしない中、マネーを扱う達人たちが独演会で踊り続けると言ったらイメージを持っていただけるでしょうか?

但し、個人的には悲観するような状態にはないと思っています。低成長時代とはこんなもの、という達観さえあれば後は目先の動きにとらわれ過ぎないで1年後を見て行けば良いでしょう。市場とは必ず落ち着くところに落ち着くのですが、今は1分1秒のマネーゲームに翻弄されやすくなっていることに一般人が巻き込まれないようにすることが大切ではないでしょうか?

今日のマーケットはゴールデンウィークを明日から控え、日銀の発表を踏まえる午後、大きく動くと思いますが、その瞬間の動きに惑わされては今の市場にはついて行けそうにありませんね。

では今日はこのぐらいで。

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ではまた明日。

最高裁、ハンセン病謝罪について思うこと4

4月25日、最高裁は調査報告書を発表し、最高裁が1948年から25年間に渡り、ハンセン病患者が被告になった裁判について裁判所で行わず、「特別法廷」と称し、隔離施設で行っていたことについて正式に謝罪しました。

非常に重要なニュースだとは思いますが、メディアの取り扱いを見る限り横への広がりはありませんでした。思うにハンセン病そのものが現代日本に於いてほぼ理解されていない過去の産物となっていることがあるでしょう。ハンセン病そのものは伝染病とされますが、その感染力は極めて低く、現代日本では治療方法が出来たこともあり、発症者は年間1人程度ともされていますが、1955年には1万人以上が隔離されていました。

ハンセン病がなぜ特殊な扱いを受けていたかといえば皮膚などに感染することで差別意識を産んだともいえます。

この病気を扱った代表作品が松本清張の「砂の器」であります。お読みになった方も多いと思いますが、昭和の小説として私は代表作品の一つだと感じています。ところが、この「砂の器」を2004年にTBSが中居正広氏の主演作品にして放映したドラマで観た方にはハンセン病の「ハ」の字も出てこないため、あれっと思っている方も多いでしょう。

公共性の高いテレビでハンセン病の差別意識を煽る内容はご法度であるため、その最重要部分を全く違う理由である村八分に対する報復で31人殺しをして逃亡生活を送るというシナリオに書き換えてしまっているのです。これに気が付いている人は案外少ないかもしれません。

但し、「村八分」も日本古来からの差別意識の代表格であります。村八分という言葉も今や知らない人が多いでしょう。いわゆる部落など共同体生活に於いてペナルティを課せられた人間およびその家族が虐げられた生活を強いられるというものです。但し、二分である火事と葬式は共同体は面倒を見るというものですが、その二分についての解釈もいろいろあります。火事は自分の家に延焼しては困ること、葬式は二度と会わないから、との意味合いだとする説明もあり、結局「村十分」なのかな、という気もいたします。

ではハンセン病患者にしろ村八分にしろ差別意識はなぜ起きているのか、と考えると学術的には奈良時代からあった「穢れ」の思想であり、日本だけではなく、世界どこにでも似たような差別はある、とされています。その差別意識の代表格である士農工商とその下に続くエタ、非人については明治時代に入り国がその意識を止めようと努力しましたが、結局、昭和の中ごろまでかなり明白に存在していましたし、部落解放運動などは今でも時折取りざたされています。

ところがそれがある程度沈静化してきた今日になって代わってできたのが学校や会社でのイジメであります。ハラスメントも一種の差別意識ですし、池井戸潤の「七つの会議」に出てくる題材では社内での差別扱いを根底としたものもあります。つまり、社会に於いて人との差別意識はその題材は変われども常に存在し続けているのであります。

また、差別に於いて重要なもう一つの視点はそれが回復可能なのか、「宿命」なのか、という点でありましょう。宿命とは「もって生まれたもの」であり、穢れとはその代々を含め、全てを否定する恐ろしい発想であります。これは西欧で言う「いけにえ」の発想とも近いような気がします。

人はなぜ、差別を行うのか、といえば平等社会の中における不平等が生んだ歪みなのだろうと考えています。つまり、社会制度やコンプライアンスや法律がどれだけ平等を訴えても実社会ではもっとギトギトしたものが横たわり、上流と下流が混在する結果を作ります。その際、下流の人たちが自分たちより更に下流で常に「踏み台」になる代替を求めている意識が根底にあるのではないでしょうか?逆説的な言い方になりますがこの宿命的差別対象がないと下流の人たちが救われないリスクを精神構造の中で育ませてしまうのでしょうか?

ここまで書いてくると自分でも恐ろしくなってきたのでそろそろ止めることにしますが、一つだけ。江戸時代に差別意識が作り出された一つの背景は確か、朝廷と幕府の闘いの結果であったはずです。多くの差別的扱いを受けた人はもともと朝廷に於いて天皇に遣えて仕事を頂戴していた人たちが江戸幕府の時代になり、差別的扱いの対象にした背景があったと以前、読んだことがあります。つまり、差別意識は政治的背景があって人為的に作り出されているとも言えるのでしょう。

最高裁が謝罪した特別法廷についてもその差別意識をもって被告を被告と判断しやすい環境に陥れた政治的配慮があり、判決ありきになりやすい状況を作り出していたとすれば長きに渡り裁判所としての独立性と中立性を維持できていなかったことを認めたともいえます。これを機に裁判所の中立性という問題提起につながればよいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

ビジネスは産みだすもの4

日本電産の永守重信氏は私の好きな日本を代表する経営者の一人であります。氏が日経ビジネスの「賢人の警鐘」で「財務戦略がないからマイナス金利を生かせない。資金を使い切る仕組みを。」と寄稿しています。思わず、わが身を振り返ってしまいました。これは言葉にすると簡単ですが、実際にやれと言われたらなかなかできるものではありません。

私はこのブログで日本は成熟社会、だから消費力は衰えていく、と述べてきましたが、ガーンと頭を殴られたような気がしております。そしてその寄稿の一番最後にこのようなくだりがあります。「投資先がない、金利が下がっても使い道がないなどということは経営者は絶対に言ってはならないことだろう」と。これで二発目のパンチであります。

世の中、様々なビジネスの背景や状況があります。安定ビジネス、成長ビジネス、インキュベーション(新規起業)、多大なる借入金で自転車操業のビジネス、無借金で左うちわの会社…。それらを一括りでこれが正しいという答えはなかなか出てきません。

例えば投資をする人は投資をして攻めたてる時と守りに入るときがあり、まるで潮の満ち引きのようなものですからいざ、そのチャンスが来る時に備えて資金を準備しておくことは重要な戦略でしょう。製造業の場合には新規工場建設や工場内の設備投資は常にあり、キャッシュフローとのにらめっこかもしれません。ホテルオーナーは原則3年目と7年目の改装で多額のキャピタル投資をしなければなりません。ですが、工場にしてもホテルにしても今年すべき投資を来年に延ばしても目に見える差がないこともしばしばです。そうなると日本が経験した失われた○年の時の様に一流ブランドの会社の製品やサービスのはずなのに陳腐化した機械や薄汚れたカーペットのホテル、であったりするわけです。

永守氏の場合、更に突っ込んでいるのは自社の強みとする「モーター」事業を自身が起業した当時から「廃れないビジネス」として捉えているところに先見の明があったのでしょう。家庭用だけ見ても冷蔵庫、洗濯機から掃除機、換気扇、デスクトップのパソコンにもモーターが必須です。勿論、自動車はモーターです。そのパソコン用のモーターの需要が落ちてきてどうするのかと思いきや、今にドローンの時代が来る、としてそれに備える準備を着々と進めているというのです。

アマゾンが実験で進めているドローンによる宅配がいよいよ本格化すれば世界でのドローンの需要は想像を絶する数になるでしょう。そしてそこには必ずモーターが存在するのです。

永守氏の場合、ビジネスの創造力と10年、20年先を見る先見性が極めて優れている経営者だと思います。そしてこの経営者がなぜ、他の経営者と一線を画するか、といえば会長兼社長でも現場の第一線で実務家として辣腕をふるえることであります。言い換えれば、「課長兼経営者」であるのです。

私はしがないマイクロ企業の社長ですが、今だかつて社長然としたことは一度もありません。個室に入ったこともなく、従業員が多かった時代でも部屋の真ん中で各部門の声を聞きながら一緒になって考え、実務をしてきました。世の中、課長ほど重要なポジションはなく、下からのボイスと上からの方針のアンコになりながらいかにうまくことを運ぶことが出来るかに立ち向かう「操縦桿を握るパイロット」なのであります。

永守氏がいつまでもシャープなのはその前線に立ち続けているからでありましょう。それは膨大なるインプットの中で元気がない部門、伸びている部門をきっちり把握し、週末を思考の時間に宛てているからでありましょうか。永守氏は三度の飯よりビジネスが好きなのです。

需要は造るものである、そしてそこに新たなるキャッシュを投入し、新たなる産業を掘り起こす、そうなれば世の中の新陳代謝が起き、古いスタイルに縋りつく者はドンドン振り落とされる、ということでもありましょう。

こう考えると経営者の賞味期限も出てくるのかもしれません。何十年もトップに君臨するのは組織の活性化が進まず、ビジネス展開が一方向になりかねません。永守氏の様に極めて優秀な経営者ばかりでしたらよいのですが、世の中、そういうわけにはいきません。更に多くの企業は海外の無限に広がる人材と企業の嵐の中で戦わねばならないのです。

私も日経ビジネスを20年以上、毎週欠かさずに広告以外は完読していますが、このような記事を通じて刺激をもらうと購読料も購読に要した時間も全く苦にならないと思います。今回も下手な講演会に行くよりうんと為になる記事でありました。

私も身を引き締めて需要を創造してまいります。

では今日はこのぐらいで。

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無印とユニクロ4

あるカナダ人の情報通の人との話から無印良品がバンクーバー地区に3店舗オープンする準備が着々と進んでいることが確認できました。無印良品は世界展開を進めておりますが、カナダに於いてはトロントにまず、出店、その経営状況は社内の目標を上回る好調さを維持しているため、出店地域の拡大に踏み切るとのことで、かねてから噂のあったバンクーバーにも店を出すことで本格始動しているようです。

一方、好対照にあるのがユニクロ。この情報通の方となぜユニクロはうまくいかないのか、という話になった際、彼は出店計画がまずかった、と述べています。特にニューヨークの旗艦店についてはユニクロ側は売り上げが伸びているとし、いかにも好調である印象が感じ取れますが、これらの巨大店舗は賃料が高すぎていくら売っても賃料に追いつかない状態だとされています。

事実、米国ユニクロの事業はボロボロで赤字は増える一方です。店舗閉鎖も行い(会社側はスクラップアンドビルトと称していますが、多分、スクラップが増えていく気がします。)会社としては相当のテコ入れをするつもりのようです。当然、一昔前にあったユニクロがバンクーバーにも上陸か、という噂は今は宙に浮いています。

無印とユニクロ、非常に似たセグメントのビジネスですが、ここにきて勢いの芽は無印に軍配が上がりそうな気配がしてきました。

まず、無印は扱っている商品が幅広く、衣料、健康、フード、文具、インテリアなど狭い店舗にこれでもか、と商品が満載されています。例えばシャツを買うつもりで店に入ってもあれやこれや見ていて楽しくなり、つい、これも買ってみようか、という気にさせる商品構成であります。

一方、ユニクロは逆立ちしても衣料店の域を出ることはありません。東京の巨艦店に行っても欲しいもののところに直行し、あとはそれほど見ないことがほとんどであるのはいつものあの商品がそこに飾ってあるという想定を覆すことが出来ないからでしょう。いわゆるサプライズ感や発見する楽しみが欠けてきていてワクワクすることはあまりないのだと思います。

ではH&Mならどうでしょうか?バンクーバーにも沢山あり、ごくたまに冷やかしで入るのですが、なるほど、へぇ、こんなファッションの服があるのか、と思わず手に取ることもあります。ファストファッションとしてデザイン的に面白いものが多いという点ではH&Mの方が期待感はあります。

品質についてはどうか、ですが、これはユニクロは圧倒的に良いと思っています。個人的印象は、無印より上でしょう。ここは確かに衣料店としてのプライドは出ていると思います。

ユニクロは決算が冴えず、価格戦略も急遽、変更しました。実質的値下げであります。柳井会長の苦渋の選択だったと思いますが、これは非常に危険な判断だったと思います。「中途半端な金額を止める」として1990円、2990円という価格を軸にするようですが、これはマクドナルドの元社長の原田氏が陥った罠と同じ感じがします。つまり、売れ行きが落ちたことを過去の2回の値上げを理由とし、値下げすれば良いのだろう、という安直な価格戦略のブレは将来の価格戦略が見えなくなったことを意味します。

ブランドイメージとは恐ろしいものでいったん消費者についたイメージを払拭するのは並大抵ではありません。更にユニクロはもう少しアッパーを目指し、GUとの差別化を図るつもりが実態として顧客の食い合いを生み、ユニクロがGU側に引き下げられてしまいました。

通常、アッパーブランドを作り出す場合、全く違うブランドを立ち上げることで差別化を図るのが王道とされています。トヨタとレクサスでもそうですし、多くのメジャーホテルチェーンが推進するホテルの質によるブランドの細分化はその典型であります。

ユニクロの場合、アッパーブランドを買収により作り出そうとしましたが、決して上手くいっていません。また、ハイブランドとのコラボも挑戦していますが、こちらもイマイチでしょう。私なら全く違う社内の部隊が全く違う店舗でアッパーブランドとしてゼロスタートさせるべきだと思います。が、ユニクロは運悪く、多店舗展開を図っているため、どうしても既存店舗の中に新ブランドを突っ込むやり方をしています。これがそもそもの間違いだと私は強く感じています。

ユニクロの「低価格、ベーシック」のイメージは取れることはまずありませんし、そうなっても困るでしょう。ここで値上げしたいのであれば、それは違うものを作るしかありません。ちなみに無印はユニクロよりも若干価格は強気ですが、それでも溢れる若い女性客は確実に新たなる主流となるでしょう。このままでは主役交代があってもおかしくありません。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

仕事とプライベートの垣根4

暖かくなってきたこともあるのですが、最近、バンクーバーの勤め人の仕事着がかなりカジュアルになっています。私は大きな雑居ビルに入居しているのでエレベーターにはさまざまな人が乗ってきますが、見ている限り、男性のスーツ姿や女性ならカチッとした靴にオシャレなデザイナーズバッグをもってくる人はかなりマイナーだと言ってよいでしょう。

男性はジーンズにシャツが圧倒的ですし、女性も歩きやすい靴で鞄もトートバックの場合が多く見受けられます。

銀行のテラー(窓口で応対する人)もジーンズなどカジュアルでジャケットを羽織っていない人も良く見受けられます。制服はもちろんありません。私が仕事を頂戴しているスターウッド系のホテルも男性のネクタイは2年前からなくなっています。私もスーツを着たりネクタイをするのは年に数回になってしまいました。

確かにウエストコースとは昔からカジュアルであり、イースト(ニューヨークやトロント)に行けばもう少しカチッとしているでしょう。それでも服装は明らかに緩くなってきています。当地のビジネス街でランチタイムになるとノーネクタイのスーツ姿の人もそこそこ見受けられます。

私はこれが単にファッションの変遷だとは思っていません。仕事の仕方が変わってきているのだろうと思います。

1980年、ドリーパートンの「9-5」という曲と共に同名のドラマが全米で大ヒットしたことがあるのですが、当時は24時間を3分の1が仕事、3分の1がプライベート、3分の1が睡眠というカチッとした分け方だった気がします。そこから仕事とプライベートの垣根が下がってきて一部で融合し始めているのが新しい職場のスタイルになりつつあるようにみえます。勿論、仕事中は仕事に集中していますが、その中でいかにプライベートの用事をうまくはめ込むか、これが以前に比べやりやすくなった気がします。

こちらの仕事は成果ベースであることも多く、例えば顧客にある期限までに引き渡さなばならないものがあればそれこそ残業でも休日出勤でもいとわない半面、例えば託児所に預けた子供引き取るために一定の時間に必ず帰るとか、自分の家に業者がくるからちょっと家に帰って戻ってくるという技は職住接近だからこそ出来る環境でありましょう。

それと共に人々が公私共忙しくなり、必然的にカチッとした垣根で分けられなくなってきたこともあるかと思います。これが逆に仕事にも適度な刺激となり成果が案外上がったりするのかもしれません。つまり、9-5で機械の様に働くスタイルは今や流行らず、1日の中にいかに刺激をはめ込んでいくのか、これがポイントとなりそうです。

最近は週に1-2回、家から仕事をしているという方も時々お会いするようになってきましたが、オフィスで仕事モードにするというスイッチのオンオフがかつては一日一回だったのが今や年中オンオフを繰り返すともいえます。

私が入居しているシェアオフィスは眺めが素晴らしい広いランチスペースがあります。コーヒーなどは飲み放題ですし、大きな冷蔵庫が備えてあるため、ランチミールを家から持ってきて冷蔵庫に入れておき、昼になると電子レンジで食べる人もかなりいます。ランチスペースでいろいろな人との接点も生み出すことが出来、これも刺激なのだろうと思います。先日伺ったかなり大きな企業の事務所は完成したばかりの高層オフィスビルで4フロアを占有するほどの会社です。案内してくれた方が「我々の自慢はこのランチルームです」と絶景のその部屋を見せられた時、これは昼よりも夕方、ビールでも飲みながら仕事をした方がよさそうですね、と思わず冗談が出るほどでした。

皆がカジュアルな中でスーツ姿の人がいると我々の想像は「この方はシリアスビジネスをしている」「何か重要な会議でもあったに違いない」「偉い人?」という壁を感じてしまい、案外話しにくくなったり、話し言葉が丁寧になったりして思わず、「Sir」などと声をかけてしまうのです。

多分ですが、そのうち日本もかなり仕事着のカジュアル化が進むとみています。今の濃紺のスーツ姿一辺倒からジャケットに変り、パンツはジーンズになる日もそう遠くはないとみています。それは濃紺のスーツではないと不真面目であると考える比較的高齢の方々の考え方の影響が薄れてくるからであります。

特に日本は梅雨時から夏、残暑と4か月ぐらいはかなり暑いわけですからネクタイこそしなくてもなぜ、濃紺のスーツを着なくてはいけないのか、不思議といえば不思議であります。そして私は単に暑いからスーツを脱ごう、と言っているわけではなく、もっとカジュアルにそして、自分の中に壁をつくらずナチュラルに接することが出来る社会人が増えてもらいたいと思います。

日本はいまだに名刺の社名と肩書が最重要な国であります。個人の名前は最後に来ます。こちらは個人の名前が先にきてそれから肩書で社名はロゴの中に納まっていたりします。○○銀行の部長さんとか○○商事の課長さんが偉いのも社内の序列であって会社を一歩出ればただの人、辞めてしまえば過去の栄光だけ、ということをもっと認識し、自分自身に磨きをかけるべきでしょう。その為には身も心もリラックスできるカジュアルスタイルは決して否定できない流れではないかと思います。

では今日はこのぐらいで。

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