外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2017年10月

銀行員、受難の時代4

世の中、何故だろうと思うことはたくさんあります。その中の一つに銀行はなぜ、駅前の一等地に立地しているのか、ということがあります。確かに駅前のATMの前には金曜日の夕方となればずらっと行列をしていることもありますが、窓口に行く人がどれぐらいいるか、といえば昔ほどではなく、繁忙時間は以前に比べて限定されているのではないでしょうか?だいたい手形主流の時代は終わりましたし。

銀行によっては一階の店舗部分を全部ATMにして窓口業務は2階から上というところもあります。その上、多くの法人や個人はインターネットバンキングで日常の振込等はこなせますし、クレジットカードによる支払いもあるので「Youは何しに銀行へ」ということになるのかと思います。

では地銀ですら従業員数千人抱えている状況の中で彼らは何をやっているのか、といえばひたすら書類のダブルチェックにコンプライアンス順守の作業なのでしょうか?日本企業の非効率性がよく言われますが、銀行には大きな改善余地があると思っていました。

そこに口裏を合わせるように飛び出したのがメガバンクの長期計画という名のリストラであります。みずほが業務量の削減を2021年までに8000人分、26年までに19000人分と全従業員の三分の一ぐらいの戦力をカットする方針を打ち出しました。三菱UFJも今後15年で9500人分の業務量削減を目指すと発表しています。興味深いのは「業務量の削減」という表現を使っており「人員の削減」とは言っていない点でありますが、これは体のよい言い方であって要は人減らしであります。

ではこれは日本独特のものかと言えばそうでもありません。欧州では銀行員数が2008年から14%減ったという調査があります。また、ネット銀行の最大手とされるスウェーデンのノルデア銀行が先週従業員の1割に当たる6000人カットを発表し、インタビューで同行CEOが「『今から10年後の銀行がどうなっているか』と問われれば、人員が『現在の半分ということは大いにあり得る』」(ブルームバーグ)と述べています。そのキーワードはデジタル化であり、同様のことは三井住友銀行も推進するとしています。

かつて、機械化が進むとどの職種に最も影響があるのか、という話が盛んに取り上げられました。弁護士のような仕事が一番影響を受けるとされていますが、それは報酬が高いという意味での影響だろうと思います。一方、銀行員は就職の受け口として極めて大きな存在でありますし、学生の就職においても大量採用するのが銀行というのが相場であります。(大量採用するという意味はそれだけ辞める人間も多いという意味です。)その銀行がリストラこそしなくても採用数を絞り、自然に抜け落ちる人材の補強をしないというスタンスをとればみずほや三菱UFJが言う長期的なスパンでのスリム化は可能でありましょう。

銀行業務がなぜデジタル化に対応しやすいか、といえばマニュアルの塊のような業務体系だからでしょう。こう申し上げては失礼だとは思いますが、私は日本の銀行の方とやり取りするのが苦手であります。仲よくなれば別なのですが、そうでない場合は判で押したようなやり取り、あるいは機械を相手にしゃべっているような感じで人間味がほとんどないのであります。ある意味、かわいそうだとも思います。

ではそんな銀行員はそれでもまだ高給取りなのか、といえば薄給だとお客様のお金に手を付けるから、というのがかつての理由であります。(今はそんなこと表立って言えないでしょう。)ですが、最近はお金もデジタル化が進んできます。つまり、ATMに行列しないでカードやデビットカードでちゃっちゃと支払うのがより浸透してきています。普及した一つにはクレジットのポイント機能は大きいでしょう。現金引き出しても銀行のポイントはつきません。とすれば現金を扱う銀行というイメージが今後より薄くなるわけです。10年後にはずらっと並んだ銀行のATMに利用客はぽつぽつという時代に変わっているかもしれません。

では銀行員は転職可能か、といえば個人的には難しい方が多い気がします。それは現業の実務を担当しておらず、汗をかけないのであります。では数字を扱うのがうまいから企業の財務ができるのかと言えば世の中、そんなに甘くはありません。マニュアル漬けで自分の判断力を養う訓練をしていないため、結局潰しが効かない銀行員になってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか?

一発奮起して経理を勉強しよう、などというのも短絡的です。経理も経理ソフトでちゃっちゃと作業できます。そろばん、電卓は不要の時代なのであります。

デジタル化と共に人材が溢れ出る業種と不足する業種のミスマッチはまだまだ続くような気がします。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

アメリカ、スペイン、英国、その共通点4

スペインのカタルーニャで独立反対派の100万人のデモが繰り広げられたと報道されています。つい先日まで独立賛成派が9割だと主張していたそのステートメントは何だったのでしょうか?投票率43%の秘密とはやはりこういうことだったということでしょうか?

国を二分する論戦がやけに目につくようになりました。アメリカの大統領選挙、英国のEUからの離脱を問う国民投票、フランスの大統領選挙も極右を掲げるルペン候補が最後まで戦い抜きました。日本でも先の衆議院選挙で見たのは民進党の分裂でありました。そこには双方が譲れない明白な線を引こうと運動家が野心をたきつけます。

もちろん、歴史の中でおなじことは繰り返されてきたはずですが、最近の極論に走るその姿は尋常ではない気がするのです。まるでコンピューターの0と1の世界のように二者択一の世界が繰り広げられ、その分割された世界には近所の人、仲間、更には家族の中ですらバトルが繰り広げられると聞きます。なぜ、人々はそこまで踏み込むようになったのでしょうか?

私が思う一つの理由は人々の情報過多が故の消化不良ではないかと思うのです。

人間の情報吸収能力は人により千差万別のはずです。高い人もいれば低い人もいます。ところが世の中、あまりにも多くの情報が飛び交うことで人々はその詳細を読むことに疲れてきてしまいました。その結果、どぎついヘッドラインのニュースが数多く読まれる傾向が強まり、書き手や編集者はより刺激度の高い内容へと偏重します。が、その場合、内容をしっかり精読すればその真偽やふくらまし方はある程度分かるのですが、ほとんどの人はリードだけをさっと読み、かつ、それに反応したコメントをむしろ丹念に読むようになります。

コメントはそれこそ賛否両論が入り混じるわけでそれぞれの主張が脈絡なく続きます。当然そのコメントにも強い言葉が並び、時として本文とは関係のないところまで踏み込んだりしています。ここで第三者の読み手は本質ではなく、二次情報というより「加工情報」をあたかも事実だと思い込み、マインドの中に深く刻み込んでいるのではないでしょうか?

私は危険な時代が到来したと思っています。それは人々の思想の支配は案外、たやすくできるのだろう、ということであります。

先の大戦の特徴の一つに全体主義があったと思います。個人は全体(国家)に従属するという考え方であり、ある一つの思想が国民を一時的に支配してしまう状態でありました。今、起こりつつあるのは一つが二つに分離した状態を生み出してしまったようです。これはこれで国家の成長を年単位で後退させる要因となりかねません。

英国はそのEU離脱に関して苦労しています。メイ首相の支持率も厳しい状況になっています。それは国民投票をした時から人々は考え、新たなるインプットにより考え直し始めてしまったからです。

こんな時代を乗り切るにはどうしたらよいのでしょうか?

私はいらない情報は断ち切る勇気が必要なのではないか、と思います。つまり、何もかも知らなくてもいい、自分の知るべき分野だけを知り、わからない世界は判断しないという発想です。

インターネットとSNSで世の中の人は急速に耳年増が増えたと思います。私もそうかもしれません。しかし、多くの人はその深堀をすることなく、一定の印象だけを記憶して終わってしまうのです。これではアップデートしないウイルスソフトと同じでその知識そのものが存在することが弊害すら起こしかねないのではないでしょうか?

これは現代に突き付けられた大きな試練だと思っています。我々人間は英知でこれを乗り越えることができるのでしょうか?

では、お前はどうするのかって?私はスマホ中毒にならないようほとんどスマホいじりをしないようにしています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

運動家主導の慰安婦、南京事変問題4

若い方に慰安婦問題や南京事変のことを聞いても「あぁ、ニュースで見たことある」「戦争中のことですよね」「あまり詳しく知らないけれど…」という反応が大半でありましょう。なにか遠い世界の話のように聞こえるからであります。同様に中国と韓国の人に同じ質問をしても似たような返事が来ると思います。私も事実、こちらで中国、韓国の方に聞きましたが、希薄な反応でありました。

一方、この1週間でこれに関連して三つのニュースが一部を賑わしました。

1. サンフランシスコの中華街の私有地に建立された慰安婦像と日本を辱める碑文。この私有地及び像や碑文をサンフランシスコ市に贈与されることを市が受け入れることになりそうです。市が所有する像や碑文となればそれは公のものでありその意味合いは格段に変わります。同市と提携関係にある大阪市はこれに強く反発、提携関係の見直しを進める方針です。

2. カナダのトロントを含むオンタリオ州議会で南京事変に関して12月13日を「南京大虐殺記念日」とする動議(Motion)を可決しました。当初、Billとして法制化する動きすらあったのですが、法的効力のない動議にとどまりました。ただ、運動家およびこれを支持する議員らは更に圧力をかけ、法制化を進める可能性が高いとみられています。また、そのような博物館を作る動きもあるようです。

3. ユネスコはその記憶遺産に関して申請のあった「慰安婦関連の資料」の登録を見送る公算があると一部で報じられました。もともと10月下旬にその発表があるとされていたものですが、実務レベルであるユネスコの国際諮問委員会がそのスタッフレポートで登録を推挙しないのではないかとのリーク情報であります。歴史的事実関係が確立されておらず、不明瞭なものが登録されれば国家間の紛争を招くという方針がユネスコで先々取り入れられる予定ですが、今回、その方針の先取りをするのではないか、というものであります。

これを見ると1,2は残念な結果に、3はとりあえず踏みとどまりそうな雰囲気、ということかと思います。但し3については近日中と思われる正式発表を待たねばなりません。

「歴史戦」と称するこのバトルでは日本側は学者や研究者が様々な資料を元に研究を進めています。中韓が主張する慰安婦問題と南京事変の被害規模は誇大表現で裏付けられる事実と大きくかい離しているとされます。但し、研究者によりその数字は大きく異なるため、あえてここでは具体的な数字は出しませんが、感情と数字の独り歩きとプロパガンダ合戦に巻き込まれていると申し上げてよいかと思います。

冒頭、この問題に興味を持っている人はごく一部ではないか、と申し上げました。それは逆に世論の間隙を抜うということかと思います。多くの方が興味ある事象であれば論戦バトルが繰り広げられるのですが、サンフランシスコにしろ、オンタリオにしろ、慰安婦も南京事変も直接的にはあまりにもかけ離れた場所で唐突にそのインプレッションを押し付けるのは問題意識を煽り、論戦の真空地帯であったからでありましょう。

例えば広島の原爆ドームのコピーを世界に建立しようとすれば案外難しい気がするのです。理由はほぼ世界中の人がこの事実を十分に知っているからあり、それを第三国の地に建立する政治的意義が問われる可能性があるからです。

さて、これら日本を辱める記録と記憶を世界に拡散しようとするグループは意外にも日本に端を発している場合もあります。慰安婦問題そのものは日本から韓国に拡散しましたし、カナダやアメリカで暗躍するそれらグループにも日本人がしっかり入っています。思想の自由と言ってしまえばそれまでですが、自虐を増長させる一方で日本人同士の討論にはまず出てきません。潜伏し、活動するのです。

一方、日本の保守系からは外務省の脇が甘い、という声がかなりあるのも事実です。これは外務省全体というより外交官の資質なのだろうと思います。日本の省庁で外務省と法務省だけは官僚機構とは別世界で行動がバラバラと指摘されています。私が認識している限りでは結局、海外で起きるこれらの事象は首相官邸が当事者意識を持って情報を集約させ、対策を取るという形になっています。

この辺りは日本側の体制も盤石ではないということかと思います。ユネスコ問題については力技という感がありますが、カナダやアメリカで起きているこれらの問題は氷山の一角でいつどこでも同様の問題が連鎖的に起きないとは限らない点で留意し続ける必要があると強く感じております。

地下に潜伏する運動家たちが表舞台で活躍する議員やユネスコを巻き込み引き起こすであろう国際和平の攪乱は一部の関心ある人だけの問題と放置できる事態ではありません。そしてその運動家たちの根っこは何処なのか、絶対的確証がないのも事実であります。

では今日はこのぐらいで。

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今週のつぶやき4

玉石混合、これが今週のつぶやきを書くにあたり思い当たる言葉であります。良い話、悪い話様々でしたが、これが吉と出るか、凶と出るか、もうしばらく様子を見ないことには何とも言えないような気がします。

吉といえば株価でしょう
多くの投資家は「なんでだろー」と呟いている気がします。バブルのあの狂乱株価を知らない方には株価分析ソフトからは過熱感警告となっている今の株価はサポートできないはずです。株価は誰が形成するのだろう、と言えば「コンピューター」と答えるのが今の主流ではありますが、投資をするのか、しないのかの最終判断は人間がします。その人間は欲の塊。「おい、このコンピュータープログラム、壊れているだろう!」と機械のせいにする方もいらっしゃるかもしれません。

東京市場はついに22000円台をつけました。確かにスピード違反のペースですが中期的、根本的にはまだ過熱しているとは思えません。本当の過熱とは主婦と学生が株に狂い始めた時です。1929年のウォール街の株式大暴落の時、象徴的な話として出てくるのがNYの靴磨きの坊やが客の靴を磨きながら株の情報を入手して株に手を染めるというのがあります。今の時点ではまだまだ市場参加者が限定されているようでそういう意味でのバブルではないでしょう。

但し、市場という魔物はある時、突如、牙をむきます。それがどういうタイミングかですが、個人的にアメリカ、日本、中国の中央銀行総裁人事には気をつけています。これが長期的な金融政策の方向性を裏付けるからであります。アメリカはパウエル氏とテーラー氏が筆頭候補とされます。まるで違う二人です。日本は黒田氏再任の公算が噂されます。中国はわかりません。バブルにおける大衆とはちょっとした悪材料なら「見えないふりができる」特徴があったのですが、今はまだつまずき易いので気を引き締めたほうがよさそうです。

凶といえば「スバルよ、おまえもか」でしょう
日産に続き、スバルも無資格者の検査が30年以上も行われていたと発表され、25万台を検査リコールすると発表しました。30年間気づかなかったルールって何でしょうか?ルールを設定した役所が悪いのか、ルールを設定した後、それが順守されているか確認しなかった当局が悪いのか、それとも知っていてもあまりにも慣例的に破られていたのでほったらかしにした自動車会社が悪いのか、私にはわかりません。

一つ言えることは日本のルールは細かすぎてついていけなくなっている、ということかもしれません。設計思想を現実の社会に落とすというプロセスに疲労が起きているということでしょうか?わかりやすく言えば新国立競技場は当初、設計したザハハディト氏の案で決まりましたが、実際にそれを建築するため実施設計やら施工を検討したらとんでもない建物だった、という「事件」がありました。

それと同じで理想郷とは理想にして現実にあらず、であり、届きそうで届かない虹のようであるとも言えるかもしれません。日本とカナダを往復していて思うのは日本は小さな堅い枠にはめられたガチガチの世界、カナダはゴムのような伸縮可能なゆとりの世界。両方とも一長一短です。が、25年間、外から見ていて日本の入っている箱が小さくなってきて人々はとても窮屈そうです。

同じ凶でも元凶扱いといえば…
あの都知事選、都議選の勝利の際の勝ち誇った顔が思い出されますが、これほどあっさりと小池百合子氏の評価が崩れてしまうケースも珍しいでしょう。ちなみに敗因とされるあの「排除」という言葉ですが、あれは記者会見の際、ある記者が質問で「排除するのか」という言葉で質問したので「排除する」と答えてしまった言葉のあやがあったのはあまり紹介されていないようです。

人の評価とは一朝一夕ではありません。何年も積み上げてこそ、その人格はより強くなり、信頼も深まるというものです。小池氏のケースについては私は何度も何度も言い続けました。都政に邁進すべきだと。また、彼女の弱点は決められないことです。まるで決めないことを良しとするステートメントすらしばしばありましたが、決めないトップは民間では絶対にありえない発想であります。

もう一人、前原誠司氏は終わってしまいました。そう、終わりです。同志たちは彼の再三再四の失敗をずっと温かく見守ってきましたが、彼は政治家の器ではないような気がします。生まれ変わった際は違う職業の方が向いています。昔の番頭さんのような堅い仕事ですかねぇ。

ついでにもう一人。豊田真由子元議員ですが、秘書暴行の件で書類送検されてしまいました。泣きっ面に蜂とはこういうことでしょう。傍目で見ていて山尾さんがぎりぎりながら当選し、豊田さんが全然票を集められなかった個人的感想ですが、豊田さんは感情を殺せなかった点で政治家に必要なポーカーフェイスが出来なかった点が敗因です。彼女はあまりにも表情豊かで自己コントロールができない点が秘書への暴力や暴言にもつながっています。一方の山尾さんは心臓が毛だらけのものすごい太い女性です。彼女こそが政治家向きでしょう。

後記
今日、さわりでも入れようかと思った南京記念日問題とユネスコ慰安婦問題、書きたいことがたくさんあるので明日に回します。こちらも玉石混合。バトルは続きます。

ではよい週末をお過ごしください。

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自動車の未来4

東京モーターショーが始まりました。私は今年はいけませんので様々なニュースを拝見しながら会場の様子を想像しています。

さて、メディアのヘッドラインに並ぶのは電気自動車のEVと人工知能のAI。そして自動車の雄、トヨタは2040年代までにガソリンないしディーゼルのみで走る車の全廃をする方針と一部メディアで報じられています。(この報道はやや不思議感があり真偽は要確認です。)一方で、マツダを中心として従来型ガソリン車への徹底的こだわりも見られます。これは電気自動車普及期を迎えてもガソリン車の需要はそう簡単になくならないとみていることが大きいのでしょう。

英国、フランス、中国が目指す2040年(代)の内燃機関の自動車の全廃目標はメーカー側として発表しているボルボをも巻き込み、自動車新時代の目標設定としてパラダイムシフトを起こすのかもしれません。しかし、2040年頃に起きるのは従来型内燃機関の自動車の販売の停止であり、それまでに乗っている人はそのままもうしばらく乗り続けるのでしょう。そういう意味での完全なるシフトはそれを積極的に掲げている国ですら2050年から2060年ぐらいまでかかり、そうではない国は今世紀いっぱいかけても無理なのかもしれません。

EVの最大のハードルはインフラなのだろうと思います。ここカナダでは新築の集合住宅にはEVの充電ができるように指導されていますがそれまでに建築された集合住宅にはそれら充電設備は全くありません。

私の住む集合住宅の管理組合長は英国系某自動車販売会社の社長を長年されていた方ですが、氏と立ち話をした際、「このコンドにはEVの電源を欲しいと要求する人は一人しか住んでいない。その人のためにインフラを管理費のコストで整備するのは間尺に合わない」と基本的に集合住宅内にEV充電設備の設置は当面承認しない方針を打ち出しています。

仮に将来、世の中の車の3割から5割がEVに変わったとします。その際、集合住宅の駐車場でその半分の車が一斉に充電をするとすれば一体いくつのコンセントや充電器を置かねばならないのか、そしてその電源の供給はどうするのか、これは面倒な話です。私は電気の方はさっぱりですが、あまり増えると電気の設計使用量を超え、場合により大掛かりなシステムの入れ替えすら必要になるかもしれず、一筋縄ではない気がします。

では内燃機関系は盤石か、と言えばこちらも20年後は非常に大きな不安要素が残っています。一つはガソリンスタンド、もう一つは自動車整備士であります。両方とも希少価値になる可能性があります。ガソリンスタンドは新設するのが難しくなっていますが、理由は環境問題。古いスタンドでは地中にあるガソリンタンクなどを通じて土壌汚染がしばしばみられることから当局があまり積極的はないことがあるのでしょう。それ以上にガソリンの需要が減っていることがあります。

では自動車整備士。こちらはもっと厳しい気がします。日本でEV普及が加速するとすればこちらがトリガー(引き金)になるとみています。将来なくなるかもしれない整備のために若者が勉強してそれを目指すわけありません。

こう見ると内燃機関系もEVも現時点ではどちらかに急速にシフトするのが難しく、結局、もっとゆっくりとした変化になるような気がします。

ではAIですが、こちらは私はもっと進むべきだろうと思います。それはたびたび耳にするブレーキとアクセルの踏み間違い事故。先日は踏切のところで渋滞に巻き込まれ電車と自動車が衝突する事故がありました。これらは人間の判断や動作が甘い為におきた「人為的事故」であります。

AIも様々な研究がおこなわれていますが、一番フォーカスすべき点は事故が起きないような車のAIを早急に確立することでしょう。それこそ高速道路でいちゃもんをつけて追い越し車線で止まるような馬鹿な運転者を排除すべきAIが待ち望まれます。

近辺の車と車の情報がリンクし、例えば数台先の自動車の運転状況から自分の運転を判断するとか、トンネル内の通信設備を通じてトンネル内の事故をあらかじめ察知し、事前に止まるなどAIもコネクト側の整備を進め、事故の予見、ないし、未然に防ぐシステムが何より待たれます。

もう一つ、懸念されるのは20年後にAI自動車と通常自動車の混在社会が到来した際、事故を起こす確率が高いかもしれない人間が運転するマニュアル車(ギアのマニュアルではなく自動運転との対比です。)の存在を社会的に否定する事態が生じないとは絶対に言えない点は誰も指摘していないこととして申し添えておきます。

それにしてもモーターショーで紹介される自動車のスタイルはいつみても芸術だと思います。それらがどう発展していくのか、こちらは本当にワクワクさせてくれます。

では今日はこのぐらいで。

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習近平の中国、その2期目にみえるもの4

5年に一度の共産党大会が終わり、7人の政治局常務委員が発表されました。一言でいえば習近平体制の圧倒的確立ではないかと感じます。この人事体制は次の芽を感じさせないことから長期政権を視野に入れている可能性もありそうです。

まず噂されていた栗戦書 党中央弁公庁主任が67歳で常務委員入りを果たしました。栗氏は習近平氏の側近中の側近で日本でいう官房長官をしてきました。

次に王滬寧中央政策研究室主任も外交を中心に習近平氏を支えてきた人です。彼も栗氏とともに習氏の外遊にはほぼ同行しており、側近として考えられるでしょう。

習氏と首相の李克強氏以外の新たに選任された5名を見ると地方で長年頑張ってきた苦労人が多いように感じます。栗氏は地方が40年間、汪洋副首相は中学卒、韓正上海市党委書記は30代半ばで夜学を出た苦労人と記されています。(日経)

これは習氏が求める腐敗撲滅運動の中で「汗をかけ」「たやすい生活を求めるな」という戒めを強く押し出したものを感じます。こう見ると案外、泥臭い政治を推し進める気がします。つまり建国の精神の原点に立ち返り、社会主義の本質的あり方を推し進めるという感じでしょうか?

一方で、自己の神格化を図るのもこの第2期に行うと見ています。つまり2022年までの任期において圧倒的支持を得れば更なる長期政権を担い、歴史に残る大国家主席を目指すのではないかと思います。

ここまでお読みになってあることに気がついた方もいらっしゃるかもしれません。それは世界の代表的指導者の任期が長くなっているのであります。ドイツのメルケル首相は12年目、プーチン大統領は2期合わせて14年目、安倍首相はもうすぐ6年になります。習近平氏も6年目に入り10年の任期に向かっていきます。

一方、欧州では短命のトップが見られますが、往々にして政治的に不安定な様相が存在しています。英国のメイ首相はその典型でイタリアも年中変わります。韓国やフランスも変わったばかりです。

現代の政治社会を抑えるには強いリーダーシップを持つ人が長期政権で大きな力を発揮することを必要とする時代に入ってきたと感じています。それは世の中の動きが余りにも早く、情報が交錯する中で一定のポリシーを持って国としてのビジョンを外交の中で具現化するのはたやすいことではない、ということでしょうか?

かつて日本の首相が一年ごとに変わり、外国からは「首相の名前が覚えられない」と言われていました。それは名前の問題以上に深い議論に展開できず、トップ同士の信頼感が生まれず、ディールがやりにくいという弱点を生みます。

例えば外相が岸田さんから河野さんに代わっても安倍首相が首根っこを押さえているので実務上は全く問題なく動ける点で河野さんは非常にやりやすいはずです。

今回の中国トップ7の人事は不仲が囁かれる李克強氏を首相としてスライドさせ、実務を慣れた人に託したという点で盤石感を出したとみています。

個人的には中国政府の強い指導力が末端にまでいきわたり、中国の向かうべきベクトルがより明白になるとみています。言い換えれば国家成長戦略、経済成長、外交も以前にも増して積極的にまい進する体制を敷いたように感じます。

日本も選挙が終わり、安倍首相を中心とした我々も安定感抜群で外交にも強みを持つ体制を堅持しました。今後、日中関係は協力できるところは協力し、言うべきは言う体制を築くのが正解だと思います。この中国を敵に回しては非常にやりずらいでしょう。日本の国益を守るという点で譲れない点は強くその姿勢を貫き通すことが重要ですが、安倍首相ならきっとできると思っています。

では今日はこのぐらいで。

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なぜブラック企業になるのだろう4

ブラック企業が問題になります。それがSNSを通じて増幅し、「俺はブラックの中で苦しんでいる」という心理を生み出し、最終的には社会問題すら誘発します。何故止まらないのでしょうか?

私の周りの経営者はキチガイが多いような気がします。何時寝ているのか分からないほど働く経営者もいるのですが、皆元気です。経営者ということもありますが、もう一つは抜くところは抜いているからでしょう。休みなんて不定期でいつあるかわかりませんが、ふと1-2時間自分の時間があるとそこで一気にストレスを抜いています。メリハリなんでしょう。

私も週末の完全オフはあまりなく、あってもせいぜい、月に2日。私の周りのキチガイ経営者に比べればよい方かもしれません。例えば再来週、私はトロントに出張に行きますが、土曜日の朝8時の飛行機で戻りは日曜日の夜8時。ところが私にとってこの出張は楽なんです。この36時間のうち、仕事をするのはせいぜい7-8時間でしょう。残りの時間は全部自分のものです。こんなうれしい出張はありません。

事務所仕事の場合は概ね分単位の作業になりますから気が抜けず、トイレも我慢するような状態なので飛行機に乗るような移動日はストレスを抜く絶好の機会であります。

これは私だけではなく従業員も結構それに引っ張られて働くことになりますから世間一般でいう長時間労働となります。(それでもせいぜい12時間ぐらいでやめています。集中力が続かないからです。)ではその対価はどうしているのか、といえば私はボーナスで払うことにしています。年間の様々な目標が数字で設定されており、その一つひとつをクリアすればその何%をボーナスで払う、と明記されていますので頑張った分が複合的に直接、自分に跳ね返ります。今年は成績が良かったのでとんでもないボーナスが支給されるはずです。

飛行機に乗るとき、私はマイルのポイントを使わない限り100%エコノミーです。某航空会社の支店長からあなたがビジネスに乗らなければビジネスに乗る客がいないと言われるのですが、機内ではコーラしか飲めないし、テレビは一切見ない私には往復20万円も余計に払う価値を見出せないので乗りません。その分、会社の経費を節約してボーナスに反映させた方が好きに使えるからいいと考えています。

ビジネスクラスに乗れるのは大手企業のサラリーマンの方が多いと思います。福利厚生などを厚くし、つなぎとめておかないと離職されたりモチベーションが上がらないからでしょう。私は企業が株主に配当する割合(配当率)や分配すべき役員報酬がある程度設定されているように従業員にボーナス設定をしたら良いと思っています。経常利益が〇%増えたら増えた分の〇%全額をボーナスの原資にする、というわけです。全社員、必死に働きます。100%保証します。

ブラック企業と言われてしまうのは「働かされている」という受け身になるからです。この言葉には「いやいや」というニュアンスが含まれています。これを「好きで好きで頑張って働いています」に変えれば社内の雰囲気は全く変わります。

ではどうやるのか、ですが、上述のようにボーナスというインセンティブは重要だと思います。一方、もっと本質的な点としては上司や同僚がいじめのように仕事を嫌な奴に押し付けない社風を作ることでしょう。これぞ私の見る「いやいや」の原因です。

私が「体育会系企業」という言葉を時々使うのは日本の会社ではしばしば自分の仕事を他人にやらせるという「権限の超越」があることが問題なのだろうと思っています。それを放置する上司や会社はそれこそリストラ対象にすべきでブラック企業の撲滅とは案外、会社の消灯時間といった子供騙しのような手法ではなく、嫌がらせなど陰湿な性格の社員に原因があるように思え、元から変えなくてはだめではないかと考えています。

仕事は好きにならないと効率も上がらないし、会社の為にもなりません。私は就職は結婚と同じぐらい重要なウィンウィンの関係を作り出すべきだろうと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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