外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2018年01月

物価高への処方箋4

日本のスーパーマーケットで買い物をしていた際にふりかけコーナーのところで気が付いたことがあります。丸美屋の主力ふりかけ商品がその店ではどれも同じ価格だったのですが、内容量が違うのです。多分、消費者でそこまで見る人はそうそうはいないでしょうからみなさん、何気に買い物かごに入れてしまうのでしょう。私は内容量と価格を比べて「すき焼きふりかけ」がお得なんだ、と自己納得していたのですが、こんなこというと「細かい奴」と思われるでしょう。

デフレマインドから飛び出せないのはお金がないからではなくて「コスパ」がこの27年の間にしみついてしまったのだろうと思います。

バンクーバーに有名な日系の弁当屋があります。一日1000食以上売っているはずです。私も時々お世話になっていますが、最近値上げしました。それまでは4-6ドル(360円から540円)程度だったものを2割ぐらい引き上げたため、一部からブーイングが聞こえています。経営者の代替わりがあったこともあるのでしょうが、値上げするためのステートメントがなかったことが影響しているかもしれません。

その先代の経営者を存じ上げていますが、1セントでも安くするためにキャベツの葉っぱ1枚すら大事にして価格を守り抜いた努力家でありました。その守り抜いたポリシーを価格が「時代に見合わない」という理由でポンと値上げするのは消費者の納得を完全には得られないのでしょう。

例えば値上げする代わりにコメの品質を上げましたとか、素材にこういうこだわりをするようになりました、といった方針変更をきちんと顧客に伝わるようにする一種のギブアンドテーク関係を作ればよかったのでしょう。値上げとはそれぐらい難しいのであります。

ここバンクーバーはラーメン店のメッカであります。どんどん新しい店もできるし、クオリティも悪くありません。多くの日本人のお勤めの方はこのラーメン屋にランチにせっせと通っているようでアニメキャラの「小池君」も真っ青なぐらいの方もいるようです。(多分、日本と比べ、ラーメン以外の選択肢が少ないということもあるのでしょう。)が、彼らはそれで毎日1500円ぐらいを払い続けているのですが、私には「そこまでしてラーメンを食べる理由がわからない」のであります。

物価高への処方箋とは自分の収入とそれに見合った支出計画を立てることです。ところが、それがなかなかできないもので、「八百屋のざる」状態になっている人も多いのでしょう。ここをもっと意識して改善するとお金は生きてきます。(「八百屋のざる」とはゴム紐が付いたざるに売り上げを入れ、仕入れのお金をそこからとり、光熱費を払い、今夜のおかずを買い、残ったお金が儲けという古き良き時代の話です。)

先日、知り合いの若い女性の方と話をしていて「すごい!」と思ったことがあります。日本にいた時から海外留学を長く計画していて日本で就職した際に貰う給与から留学資金分の貯金をまず差し引き、残りのお金で生活をしていたそうです。そして今、晴れて当地で留学をして勉学に励んでおり、こちらで就職したいと夢を語ってくれました。チャンスがあれば私が雇用したいと思っています。それはお金の使い方をきちんと管理し、メリハリをもってお金を使う重点がどこなのか、分かっているからです。こういう方はビジネス管理もできる才能を持っています。

言い換えれば多くの方は惰性でお金を使う傾向があります。もちろん、自分で稼いだお金ですから好きに使って構わないのですが、「ずいぶん無駄な使い方」をされる方もいらっしゃいます。お金を身に着けるのか、お金が羽を生やして飛んでいくのか、日々のマネーの管理の仕方で全然違ってくるでしょう。また、その意識を持てばどんな物価高にも対応できる能力を備えることにもつながると思っています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

海外のリスク4

コインチェックが流出させた仮想通貨は海外からの不正アクセスが原因だった、と報じられています。安全対策に甘さがあったとされる同社を見抜かれていたといってもよいでしょう。

江戸時代、日本は鎖国をすることで純粋培養の日本を作り、平和が長期に続くことを良しとする発想が生ました。その間、外の世界ではもっとドロドロして激しい覇権争いがあったことに気が付いていませんでした。突如の黒船に日本は大揺れになります。結果として日本の扉はこじ開けられたのですが、開いた途端に多くの知識層や政権上層部はこぞって海外留学や視察に行きます。そして多くは驚愕の経験から日本は変わらなくてはいけないと考え始めます。これが明治初期。ちなみに西郷隆盛は海外に行ったことがありませんでした。これが政権とのズレを生んだ可能性は無きにしも非ずだったかもしれません。

インターネットは国境なき世界であります。もちろん、中国のようにネットでさえも国境を作る国もありますが、原則ないと考えてよいでしょう。そこは完全なる国際レベルでの運用が求められます。その時、「まさかこんなことはしないだろう」ということが起きるのも海外であります。

私の会社はこのところ、泥棒対策に追われています。昨年の夏はプロの窃盗団が弊社の駐車場などに連日のように入り込み、窃盗を繰り返しました。関係者が一丸となり、対策を取りますが、プロの仕業は本当に「そこまでやるのか?」というレベルです。

鍵や扉をぶち壊すのはお手のもの、ちゃんと目当てのブツをゲットして悠々と監視の目を潜り抜けていくのです。もちろん、我々も手をこまねいているわけではありません。ある日、午前4時に窃盗団が侵入したことを察知し、警察を呼びます。その頃は警察も威信をかけて本件に取り組んでいましたから即座に20人もの警官や刑事、捜査犬がやってきて、犯人たちは御用になります。

それが収まったのもつかの間、次はマリーナの船に窃盗犯が現れます。これまた連日のようにやってきてはクルーザー荒らしをします。クルーザーは実は安全対策という意味では脇が甘い乗り物でその気があれば簡単に忍び込めます。ただ、今まで大きな問題にならなかったのはクルーザーの中に大したものがないという固定概念があったからでしょう。

マリーナへの窃盗は地上からのルートと小舟で侵入する場合の二通りがあり、その侵入ルートを見つけ出すところからスタートしなくてはいけません。特に霧の深い日は監視カメラも十分には機能しないため、往生するのです。現時点で侵入ルートは判明し、入れないよう改良をしています。もちろん、警察ともタイアップしています。

昔、ゼネコンにいた時、ブラジルで金採掘事業を行っていました。しかし、実態は無謀の極みであったと聞いています。アマゾンの奥地での採掘は地元の荒くればかり。採掘した金をポケットに忍ばせる輩は当たり前。それをとがめるのが監督の役目ですが、時として命さえ危ない思いをするため、拳銃を忍ばせていたという話を聞いたところで「そこまでするのか」と若き日に海外事業にあこがれてこの会社に入った夢は危険との背中合わせだということを認識しました。

こんな海外、もう嫌だ、と逃げ出すことはできません。訪日外国人は日本の僻地にまでやってきます。海外と向かい合わねばならない時代にまず、やらねばならないのは「日本の常識は海外の非常識」ということかもしれません。我々が持っている固定概念を捨て去り、国際スタンダードは何なのか、きちんと向かい合うことから始めなくてはいけないかと思います。

仮想通貨流出の事件はほんの一例にすぎません。また、表に出ない国際間のトラブルも相当あるはずです。日本の省庁に「国際事業省」なるものがないのが不思議です。日本のビジネスを海外から守る、という視点はもっと強化すべきではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

変わりつつある中国人4

バンクーバー空港のそばにリッチモンドという街があります。ここは比較的新興の街でかつて香港系移民がこぞって住み、元祖「ホンクーバー」が生まれ、このあたりの中華料理は香港を凌駕していると言われた時期もあります。今でもその名残は強いのですが、時代とともに住民は香港系から中国本土系にバトンタッチが進み、今では本土系のチャイナタウンを作り上げています。

私はダウンタウンに住んでいますが、たまにこのリッチモンドに行くと楽しくなってしまうのです。なぜか、といえばアジア的賑わい、それがネオンであったり、商品を売ろうとする姿勢であったり、群がる人々に感性的に同調できるものがあるのです。

そんな街を長年見ていてある気づきを感じています。いわゆる香港系の方は比較的身なりがしっかりしているのに対して本土系はかつては「それは寝間着じゃないか?」と思われるダサい格好をしている人が結構目立ったものです。女性の場合、化粧や髪形などが「西洋社会に全くなじまないタイプ」の人もずいぶんいらっしゃったのですが、最近は一皮も二皮もむけ、おしゃれになってきました。

モールの駐車場に行けばここは車の品評会かと思わせるような高級車がずらりと並びます。日本車ならレクサス以外ダメ、という感すらあります。肉屋に行けば100gで5000円程度の神戸牛が売れていくところです。

海外に住む中国人はかつての「カネだけ持っている田舎者」から明らかに教育が身について来ているように感じます。つまり、少しずつ洗練されてきているということです。これは中国本土でも同様でかつての汚いイメージで中国を想像すると全く違う世界に驚きを感じてしまうことになります。

この状態をマズローの要求5段階説に当てはめると生理的欲求、安全欲求を経て社会的欲求段階に入りつつあるとみています。このレベルになると地球の中で中国人が自分たちの立ち位置が見えてくるはずで自らの長所短所が自己判断できるようになるはずです。

海外に居住する中国人の場合、中国人同士のビジネスでは成長の限界があるため、ローカルを取り込んでいかねばならず、国際化する中国人は当然増えてきます。時間はかかりますが、この流れが進んでくれば例えば、くそみそに言われている中国のインフラ輸出ビジネスのような問題は徐々に改善すると考えた方がよさそうです。

何を言わんとしているか、というと多くの日本のビジネスマンは中国は遅れている、失敗だらけだ、と軽んじた見方がまだ多い中、私はあと5-10年もすると中国人の国際化はさらに進み、日本と対等勝負するようになるとみています。それは時代の主流がより近代化された中国で育った子弟たちが主導権を握ることも一つの理由でしょう。

考えてみればかつての海外における日本人も褒められたものではありませんでした。英語もしゃべれないし、日本方式を当たり前のように強要していました。それが時間とともに改善され、今はローカル社会に溶け込む能力を備えたのは経験を通じて教育、体得されたためであります。

一つだけ確実に言えることは中国人のビジネス感覚はユダヤ人並みの根性が据わった強さがあります。昔、北米で言われていたことがあります。どんな田舎町に行っても必ずあるのが中華料理屋だと。当時は街のはずれにぽつんとあったのですが、今、街の真ん中にどんと構えています。

中国という国家と中国人は別々に考えるべきです。個人的に中国人の商魂のたくましさは日本人にはないものがあると思っています。ときとしてえぐいほどですが、それぐらい食らいつく気持ちがないと日本は負けます。世界の街は中国人がどんどん席巻しています。その危機感を日本はほとんど持っていないことにやや危惧しております。

では今日はこのぐらいで。

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見られて磨きをかけよう4

モデルさんがなぜ美しいか考えたことがありますか?もともとが美しいからというのもあるのでしょうけれどモデルという見られる商売をしているから美しくならねばならないという自己管理が機能する点は無視できません。あるいは歌手が声の出方を気にして歌う前には様々な自己コントロールをするのも上手に聞かせたい思いからでしょう。

衆人環視という言葉があります。たくさんの人たちが周りを取り巻いて見ているという意味です。見られると緊張感が漂います。そしてよく見せようとか、恥ずかしいことはしたくないという気持ちが生まれます。これは人間の本能であって、使い方次第で大きな刺激となるのではないでしょうか?

会社で事業のプレゼンをすることになったらわかりやすい資料をそろえ、何を言いたいのか、明白しないとその意図することは会議の参加者に伝わりません。「衆人」とはたくさんの人という意味ですから会議に出席している人は様々な意図がそこに内包されています。自分の味方ならいいですが、敵もいて上げ足を取ろうと虎視眈々とそのチャンスを狙っています。それに打ち勝つだけの準備をした者がプレゼンで高評価を得られるのです。

私が小学生のころ、学校の先生が「日記を書きましょう」とよく言っていたのを覚えています。日記をつけるのはとても良いことで、「継続して積み重ねる」「何があったかを思い出し、自分の言葉に落とす」といったプラスの面があります。しかし、日記ほどプライベートなものはなく、兄弟の間で「私の日記見たでしょ!」という兄弟げんかがあったのは古き良き家族の時代でした。それは日記が人に見られるという前提に立っていなかったからです。

今はブログやSNSで衆人環視を好んで行う人が増えています。私もそうなのかもしれません。こんなことをつらつら毎日綴っていると当然反論も多いし、炎上することもあります。ただ、昔ほど炎上しなくなったのは炎上スイッチがどこにあるかそれなりに体得したからでしょうか?

ではブログという衆人環視が社会生活でどう生かされているかといえば物事をまとめ上げるのにどこに気を配ったらよいのかがよくわかるようになることでしょうか?

タバコを止めるのに人に宣言する、という方も結構いらっしゃいます。「俺たばこ止めたから!」というわけです。これは自分一人のマインドだけのコントロールは心許ないので人に言うことで支援してもらうという見方もできます。

衆人とはたくさんの人という意味ですが、それが限られた人でも効果を発揮することはあります。

独り者の人の「料理はしない」という理由の一つは料理とは人に食べてもらうから一生懸命作るのであって自分の分だけなら何でもよい、という手抜きが生じてしまうからです。あるいは、家にお客さんがよく来る家はきれいに掃除され、整頓されています。しかし、誰も来ない家は家の中が荒れ放題ということもしばしばあるのは人の目が如何に意味あるものかを如実に表しています。外出がちの人はファッションチェックしたり、身だしなみに気を配ります。それは外出先の道中の衆人のみならず、会うべき相手への印象を気にするからです。そこに人より良いものを身に着けたいという気持ちが育むのは「見栄」というこれまた人間本来が持ち合わせている感性が働くからでしょうか?

「一歩踏み出せ」というのは「人の目にさらす」ということでもあります。それによって目標や人生の張り合いなどプラスの効果は多いと思います。籠りがちな人も多いと思いますが、まずは自分の扉を開いてみることが大切ではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

東京からこの「今週のつぶやき」を書かせていただいていますが、なんといっても成田に降り立った瞬間に「寒い!」であります。道路にも雪が凍り付き、さいたま市ではマイナス9.8度を記録したとのこと。寒いはずのバンクーバーは今年は比較的マイルド。その上、暖房が建物全体を温める方式に対して日本の住宅は個別の部屋だったり足だけのこたつだったりします。何処が寒いって?トイレです。笑

では今週のつぶやきです。

今年も始まった謝罪のニッポン その1 仮想通貨

金曜日の夜中に伝わった仮想通貨NEMの流出事件。その金額は580億円で2014年のマウントゴックスの470億円を上回る史上最高額。若い社長さんはやり手で目立つタイプだったようです。出る杭が打たれたのでしょうか?

私はこの流出事件を驚きません。仮想通貨はまだ法的整備も安全対策もほとんどできていない中、次々と新しいものが生まれてきます。かつてのゴールドラッシュと同じですが、そこで本当のゴールドを手にできた人はごくわずかです。

ところでIBMが量子コンピューターの実用化にめどをつけています。日本でも量子コンピューターの開発が進み、IBMが予想する8-10年後の普及は前倒しになる可能性があります。この量子コンピューターが普及すると現在のブロックチェーンの暗号鍵は全部解読可能になるはずです。つまり、今、世に出回る仮想通貨は根本的改良を加えない限り存続不能になるとみています。

それよりも「イージーマネー」とか簡単にビジネス成功者になれたというたやすさが私にはもっと懸念材料であります。

今年も始まった謝罪のニッポン その2 はれの日
行方をくらましていた着物レンタルのはれの日の社長が破産で記者会見をしました。冗談抜きに「嵐の日」となったわけですが、更生ではなく、破産というのもずいぶんな話です。2011年に創業し、4店舗まで増やし2016年9月期に売り上げ4.8億円まで拡大(日経)という成長は確かに早いペースです。

社長は将来100店舗構想をぶち上げ、とても信頼できる良い人だったというコメントを見る限りにおいて人は見た目ではわからないともいえるのかもしれません。

事業を急速に拡大させるのはニュービジネスやニッチビジネスにおいて需要が急激に高まり、経営者は追い風に乗りどんどんリスクを取って行くところに落とし穴があるのに気が付かないことが多いということでしょう。追い風とは凧揚げで風が吹くうちはどんどん凧は上がるけど、風がやめば凧は落ちます。ニュービジネスには必ず時間の経過に伴い、制約、競合、コスト高、投資過多など様々なリスクを伴います。ところがアマゾンの成長を見ると「ここを我慢すれば…」になるのですが、資金力が違うこととビジネスの切り口やビジネスの成長深度の違いを勘違いしているケースが多い気がします。

私も5年ぐらい前にシェアハウスのビジネスに参入していますが、需要は高いのは分かっていますが、石橋をたたきながら常に新しいスタイルに変えていく変化球を投げながら急がないビジネスを展開しています。世の中、宝くじが当たるようなそんなうまい話はないということを物語る謝罪2話でした。

コンパクトシティ、じわりと。

あまり目立たなかったのですが、日経の23日の一面トップは「まち機能、一段と集約 中心地面積10%以下、支援厚く 国交省、コンパクトシティー誘導」となっています。なんだか単語の羅列みたいですが、意味合いはお分かりいただけるかと思います。

先日、四国、高松の叔母と電話で話をしていたのですが、叔母の住むのは高松駅から徒歩圏の瀬戸内海に面するマンション。その周りの再開発がどんどん進み、マンションは瞬く間に完売の状況になっているそうです。駅近く、目の前は瀬戸内海とそこに浮かぶ島々、スーパーや病院などは全部徒歩わずかのところとなれば申し分ありません。

高松市の郊外でかつて市街化調整区域をなぜか外して郊外型の住宅開発が進んだ経緯があります。道路が訳もなく増え、街のサイズと成長性に全くリンクしない無意味な都市計画をした典型であります。またかつて繁栄した駅そばのアーケードのあるショッピング街は日本を代表する賑わいだったものの今は一地方都市の普通の商店街と化しています。

が、住む人は寄り添うことを求めるようになったのでしょうか?広い高松市に人が集積しつつあるという事実は興味深いポイントだと思います。日経ビジネスで「家族」をテーマにした特集が年末年始号に組まれていたのですが、私は家族とともに人と人のつながりを太くするという流れを作れればコンパクトシティは自然に生まれてくるとみています。

後記
白根山が水蒸気爆発しました。そういえばインドネシアのバリ島でも火山が爆発していますし、フィリピンのマヨン山も今年、爆発しました。火山活動の活発期に入ったとも言われます。本来であれば自然と向き合っているはずの人間の歴史は近代化ですっかり忘れそうになっています。その戒めなのでしょうか?

では今日はこのぐらいで。良い週末をお過ごしください。

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ドナルドトランプの「風説の流布」4

風説の流布という言葉をご存知でしょうか?「有価証券の価格を変動させる目的で、虚偽の情報を流すこと」(ウィキ)とあります。日本でも株式市場では時々この風説の流布で逮捕者が出たりします。

国家首脳の発言は経済や市場にレバレッジが効いた形で影響を及ぼします。地震に伴う津波のようなものでとんでもなく遠くにまでその影響がおよぶこともあります。特に為替市場においては安定させるのが財務当局や中央銀行の役割でそれは輸出入などを含む広範囲な影響を極力避けるためであります。

アメリカは為替は市場が決定するものであり、それを人為的に動かしてはいけないという強いポリシーを持っています。よって世界の通貨担当者の間では協調介入をしなくてはいけないやむを得ない事態が生じた場合を別として介入はタブーになっています。日本もこれを受けて表向きの為替介入をしたのは震災直後の2011年頃までさかのぼらないとないかもしれません。

通貨の流通量が比較的大きな円はしっかりしたポリシーを持っていますが、例えば韓国ウォンなどは弱小でマイナーな通貨ですので韓国の通貨当局は世界の目がどうであれ何の気にもせず、介入を重要な通貨防衛手段として行っております。

このような正当な介入に対して通貨当局者が「我が国の通貨は上がるべき(下がるべき)」というような為替のベクトルを明白にするような発言を「口先介入」と言います。これは日本では財務省あたりからやった、やらないという噂が時々出ます。表現次第では微妙な時もありますが、麻生大臣は巧妙な表現がお得意ではないので何度か「やっているな」という記者会見があったのを記憶しています。

さて、今回、アメリカはトランプ大統領とムニューシン財務長官が「ドルは強くなりすぎている。最終的には害をもたらす」(トランプ大統領)とかなりストレートな表現でドル高をけん制しました。これで動いたのは円だけではなく、ユーロなどほかの通貨も全面高になったのであります。

仮にこの二人がこのような発言をすると5分前に知っている人がいたらその人は1日で億万長者になれるぐらいのインパクトある発言であります。これは明らかな通貨誘導でECBのドラギ総裁は怒り心頭で「国際通貨基金(IMF)加盟国間の合意に反している」と述べています。

ところがトランプ大統領はその舌の根の乾かぬ内に「ドルは強く強くなるだろう。私は強いドルがみたい」と語っています。つまり180度転換しているのです。もちろん、前日の発言による市場の、特に通貨当局から激しい非難が上がったことから打消し発言に走ったものであります。

これをトランプ大統領の「素人臭さ」と片付けるべきなのか為替は有価証券ではないものの、風説の流布である確信犯なのか、実は微妙な感じがするのです。それはトランプ大統領がスイスのダボス会議に出席するため、世界の影響力をもたらす人がほぼすべて集まるこの会議で様々な人と会い、さまざまな刺激を受ける中で踊らされているようにも感じるのです。

例えばTPP11は「安倍首相のおかげで…」とカナダのトルドー首相から感謝されながらカナダの内諾を取り付け、3月に署名することがほぼ確定的になりました。これを受けてNAFTA再交渉が頓挫している北米ではアメリカ側がやや焦ったとみる方が正しいと感じています。これは私がなにか証拠を持っているというより25年両国の間を見てきた中での肌感覚です。

そこで今度はトランプ大統領が「条件さえ良ければTPPに入ってやってもいいぜ」と態度を軟化させます。多分、NAFTA交渉も同様なことになるでしょう。つまり、「自国回帰主義」を貫くと言いながらも実はそんなに簡単ではないということをトランプ大統領は少しだけ学び始めているという気がします。

言い換えれば初めはTPP11の成立が見えたため、アメリカとしてはドル安政策にしなくては輸出競争力を無くすと考え、あのような発言を確信的にしたのでしょう。(アメリカで売られているものの少なからずの部分はカナダとメキシコが作っています。よってTPP11でアメリカの優位性は失われる可能性があるのです。)

歴史的にアメリカがアメリカでいられるのは基軸通貨たるドルの発行国であるからでその覇権を取ってしまえば単なる一国家になり下がり、マネーも人もアメリカを目指さなくなるかもしれません。つまり繁栄が衰退に代わり、ユダヤ人のシナリオには書かれていない異常事態になるのです。トランプ大統領はユダヤと非常に近いわけですから「ドル安万歳」などといえばユダヤからとんでもないバッシングを受けることになるはずです。

ドラギ総裁は「為替相場を動かす要因として景気改善のような内的なものと当局者の発言のような外的なものがある」としています。口先介入は内的要因である景気の先行きをおもんばかるともとられないことになります。

トランプ大統領の軽さにも困ったものがあります。

では今日はこのぐらいで。

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苦渋の選択、安倍首相の平昌出席への前向き発言4

やや驚きをもって聞いた方も多いのではないでしょうか?「安倍首相、平昌オリンピック、開会式参加へ」という報道です。この見出しだけを見るといかにも決定事項のように見えますが、私は最後の最後まで分からないと思っています。

安倍首相は「事情が許せば、平昌五輪の開幕式に出席をしたいと考えています」と答えているだけで自分の意志と事実は異なるかもしれないという判断余地を残しています。ここに安倍首相の苦渋が見えるのですが、この記者会見に至る判断材料を考えてみたいと思います。

まず、安倍首相を参加にかきたてた理由として以下の3つが思い浮かびます。
1 北朝鮮による韓国と日米関係の分断作戦に対処すること
2 ペンス副大統領や欧州首脳も参加することで東京オリンピックへの売り込みと同時に国際社会へのアピアランスを示すこと
3 文大統領に勝負を挑みに行くこと

もちろん、安倍首相は選手の応援に行きたい、と言っており、それも重要な理由でありますが、今回のオリンピックがあまりにも政治化してしまい、普通の視点で判断できないところまで来ているところにポイントがあります。

北朝鮮はわがままを言いたい放題です。それに対してことごとくYESと飲み込む韓国という構図でそれまでの文大統領支持派とされた人々の反感も買い始め、一部では金正恩委員長が描かれたものを焼き払うなどのかなり刺激的行為も見られます。韓国国内では対北朝鮮への配慮をめぐって国民感情が大きく揺れ始めています。

それを受けて北朝鮮は「いつでも参加は取り止める気がある」という強気の姿勢を貫き、最も弱腰の文大統領が「まぁまぁ」という形になっています。言い換えれば文大統領はとにもかくにもこのオリンピックが北朝鮮と仲良くできて無事に終わることを第一義に考えています。

そこに安倍首相が「日韓合意の件で話をしにいく」といえば文大統領は嫌に決まっています。何もこんな時にそんな話をしに来なくてもいいだろう、と内心思っていることでしょう。安倍首相の外交的強みは「攻め入る」姿勢を持っていることです。自民党内部ではこの判断に大荒れになっているようですが、安倍首相は日韓合意の話を理由に韓国を揺さぶれると考えている節はあります。

もう一つは韓国が対北朝鮮に対する制裁を行っている中でグレーゾーンに入り込まないよう監視する姿勢を見せるということもあるでしょう。すでに北朝鮮団(それは選手に限らず、音楽団も含め)に対して誰がその資金を出すのか、あるいは無償提供という形の贈与をするのか、それが国連の北朝鮮制裁の違反にならないか、厳しくチェックするという見方もできます。

では安倍首相の記者会見はなぜ「出席する」と言い切らなかったか、ですが、不測の事態が起きかねないことを考慮しているのだろうと察します。例えば文大統領が安倍首相と首脳会談を拒否するとか、北朝鮮が無謀な行動に出てオリンピックそのものをぶち壊しにするなど常識では考えにくい事態はいくらでも考えられます。

第三者的見方をすると韓国政府の今の姿勢はほぼ完全に北朝鮮に取り込まれており、北朝鮮に制裁を決めた世界各国も「おいおい、当事者の韓国が弱腰外交か!」と判断しているはずです。ならば、今後、北朝鮮制裁に真剣に立ち向かわなくなる可能性があります。「勝手にせい!」であります。その時困るのはミサイルが飛んでくるかもしれない日本が矢面に立たされるわけで安倍首相が「そこまで必要か?」と言われたバルト3国など6カ国訪問で北朝鮮の脅威を訴え続けたのはその緊張感を維持するための苦心だったとすれば辻褄はあうでしょう。

本件、政府と自民党の誰よりも緊張感を持っているのが安倍首相であります。河野外相を除き、ほぼ他の閣僚と議員は外野と言い切ってもいいでしょう。ドライバーである首相のハンドルさばきに期待するしかないという状況であります。霧は深く、難しいところですが、ここは首相の判断に期待しましょう。

では今日はこのぐらいで。

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