外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2018年04月

もう一つの大型ディール、孫正義の転機4

孫正義氏にとってアメリカ通信大手スプリントの買収はあまりうまみがなかったと思っているかもしれません。孫氏の頭脳で描いていた当初の青写真は同業のTモバイルを買収し、アメリカ通信業界のトップグループに食い込むシナリオでした。

それは日本が通信大手3社という激しい競争の中でソフトバンクが着実に果実を手にしたその経験則と重なっていたこともあるでしょう。しかしながら日本国内では通信事業は飽和状態。そこで次の拡大戦略地域をアメリカにしたところに孫氏の野望が見て取れます。

一般的企業ならアジアやインドあたりに行くのが普通でしょう。事実NTTはインドに傾注しました。それは経営のビジョンの違いでもあります。新興国であれば市場拡大の余地があり、ビジネスチャンスがあり、投資の定石であります。これは取締役会や株主、銀行に最も説明しやすいパタンとも言えます。

一方、孫氏がわざわざ成熟市場のアメリカに向かったのは通信を介してIOTなりAIなりゲームなり次の展開を図るための試金石であったのでしょう。つまり、スマホの機能の圧倒的成長を目指し、誰も追いつかないビジネスモデルを確立させる野望があったと私は想像しています。

が、ライバルのTモバイルの業績がその頃から急激に改善します。Tモバイルの株主はドイツテレコムでドイツの威信もあり、孫氏が率いるスプリントに対峙します。当然ながら孫氏が仕掛けるTモバイル買収交渉も苦戦します。その上、当時、オバマ大統領がその合併に難色を示したとされます。理由は「(携帯会社間は)3社ではなく4社のより健全なる競合状態が望ましい」ということでした。

ところがトランプ大統領に代わってからこのスタンスや若干変化します。つまりアメリカ連邦通信委員会を口説き、合併承認を取れる機運ができたのでしょう。これは孫氏の「仕掛け」が影響しています。孫氏が主導する10兆円ファンドのうち5兆円をアメリカに投資し、5万人の雇用を創出すると囁くために大統領就任前のトランプ氏に16年末に会談したのは衝撃的でもありました。私はここでチャンスを与えられたのではないか、とみています。

そこで17年にTモバイル買収の第二回目交渉に臨みますが、これも失敗します。もうだめか、と思われた今回、孫氏はまさかと思った経営権にこだわらない合併を提示したとされます。いわゆる譲歩案です。ブルームバーグの憶測記事では合併新会社においてドイツテレコムの持ち分は42%にもかかわらず議決権は69%を持つ、となっております。つまり、ソフトバンクは経営に一定の口出しはするが、持ち続けることによる果実を得ることに舵を切ったように見えます。

個人的には孫氏はアメリカ携帯事業については一旦、経営を任せ、その間に孫氏がもっと注ぎ込まねばならない案件に傾注するというスタンスではないかと思います。孫氏はあらゆるところに種まきをしていますので様々な案件の芽が出てきている可能性はあります。となれば、即座の戦略的経営を臨むのはスプリントではなく、ほかの新規案件ということでしょう。勿論、トランプ大統領との「お約束」もあります。

これを日経などメディアがどう評するか、これが私にとって楽しみなところであります。希望を言わせていただければ「押し引きの絶妙さ」とポジティブに書いていただきたいと思います。皮肉にとれば「瀬戸際ディール、孫氏の譲歩」とも書けますが、これはビジネスを知らない人の評論家論調です。

事業においていつも100点が取れるわけがありません。70点が及第点だとしたら赤点が2-3割はあるものです。80点もあれば90点もある、それが事業であって落第点を及第点に改善する努力をする選択もあればその単位を捨て、落としてしまう、というのも選択もあります。超優良企業とはほとんど全部95点以上で主席卒業ですが、孫氏はそんなことは考えていないと思います。ギリギリの卒業単位で足りたその成績表はAAAやB、Cもあるけれど強みは絶対に譲らないことでしょう。

このゴールデンウィークはディール真っ盛り。中には富士フィルムのゼロックス買収が暗礁に乗り上げる衝撃ニュースも入ってきています。ビジネスゲームファンとしてはしばし目が離せない状態になりそうです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

任せる仕事、主導する仕事4

サイバーエージェントの藤田晋社長は私と同じ青山学院卒業で、いわゆるヒルズ族の代表的存在であります。彼の人生前半の苦闘を描いた自伝「起業家」は同じ系統のブラッドを持っている人間として大いに共鳴した書でありました。そんな藤田氏が数年前から前のめりになっている事業がAbemaTVであります。

海外在住者にはAbemaTV発信の無料動画配信ニュースをYouTubeを通して見ている方もいらっしゃるのではないでしょうか?TVではなくストリーミング形式でパソコンやスマホで動画配信を見るようになった方も多いと思います。ヤフーJapanのGyao(もともと、USENの宇野康秀氏が始めた画期的なプログラムでした。)もあるのですが、個人的にはヤフーJapanに買収されてからつまらなくなったと思います。TV離れが言われて久しいですが、若者はどんどん違ったコンテンツを探し求めているのであります。私もネットフリックスには入っていますので時としてはまってしまうことはあります。あれを契約するとTVは見ていらなくなります。

サイバーの藤田さんもそんな時代の変化に目ざとく感じるものがあったのでしょう。ところがその事業部門はいまだに大赤字。本業の黒字をAbemaTV部門が食うという状況が数年続いています。サイバーもいろいろな事業をしていますが、前述の書「起業家」ではブログの「アメーバ」を立ち上げる際の苦労話になかなか感動します。苦労して乗り越えたハードルは逆に壊れにくさを持っています。それゆえに藤田さんは安定軌道に乗ったビジネスは他の社員に事業を任せ、自分は10年後のビジネスを創造し新しいものに挑戦しているのでしょう。AbemaTVもその野心の一つの現れであります。

記憶が正しければ日本電産の永守社長も次々と企業買収するたびに自分が自ら現場の最前線に向かい、その会社の問題点を探り、解決方法も見出すという泥臭いビジネスをされているはずです。そして買収した会社が再建に向けた安定飛行になると部下にそれを任せ、自分はまた、狩りに出るということを繰り返してきました。

一人の経営者が全部の仕事を均等に管理するのは不可能であります。例えば8つの管理エリアがある場合、週40時間を5時間ずつ均等に分配して仕事をするかといえばまずそんなことはありません。優先度の低いものは極端な話30分だけという配分になります。(カナダの移民局が移民申請審査の優先度を仕分けし、優先度が最も低いカテゴリーは金曜日の午後だけの作業にしているという例もあります。)

私も現在、ホットで力点を入れる業務と定常業務や安定事業に仕分けしており、定常と安定業務は書類のチェックしかしません。あとは全部お任せです。但し、例えば安定事業であるマリーナ事業は1年に一度の契約更改の際、私が全ての契約更改のやり取りをします。60名近いボートオーナーとコミュニケーションラインを維持しておくことは極めて重要だからです。全てのオーナーと契約更改の交渉は約2カ月かかりますがそれが終われば後はスタッフにお任せです。ボトムラインは何か起きても自分は顧客を知っていて即座の対応が取れるのであります。

このような仕事の管理をしていると必ず、何処かで自分の時間ができるようになります。なぜならば注力しているプロジェクトや事業がどこかで安定化するからです。それを見越してまた新しいことを探します。この繰り返しが私の年輪のような仕事になるのです。そして、多くの創業型経営者も同じようなやり方をされているのだろうと思います。

言い換えれば一つの事業に成功し、銀座で美女に囲まれ美酒に酔っている暇はないのです。起業家の足は止まることはありません。その場合、誰に任せるのか、その番頭役を探し出すのが起業家にとって最大の悩みではないでしょうか?

かつての番頭さんとは商家の頭のようなものでご主人の利益を最大限守るべく、小僧をきっちり管理し、保守的で踏み外さないようにするのが名番頭でありました。山崎豊子氏の小説には番頭にスポットを当てたものがいくつかあり、主人を守り、自分を守るスタイルがよく描かれています。(ちなみに番頭という発想は海外にはあまりなく、日本独特のものでありますが最近の海外のCEOとCOOの違いを見るとCOOは番頭ではないかと感じることもあります。)

そんな番頭には十分な報酬と権限が与えれており、絶対的な主人との信頼関係を築いていることが重要であります。しかし、番頭役にふさわしい人が従業員の中にそうそういるわけではなく、番頭として育て上げることも重要です。それを多くの起業家は忘れてしまい、全部自分で掌握しようとするところに成長の頭打ちがあるのではないでしょうか?

仕事をする全ての人に言いたいのは「やらせる仕事」「自分しかできない領域」をきっちり仕分けし、なるべく任せるぐらいの器量を持ってもらいたいと思うのです。多少のへまをしたぐらいで部下を叱り飛ばし、委縮させるのではなく、なぜ間違ったのかその原因と問題解決の究明に力を貸してあげることです。任せられなければいつまでたっても自分から仕事は手離れしないという自業自得の世界に気が付くと変れるものではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

日本はいよいよゴールデンウィークに突入となり、国内、海外と大移動が始まります。考えてみれば盆と正月という日本の休暇の慣例は伝統に基づくものですが、なぜ、くそ熱い時、底冷えして雪が深々と降るときに休暇を取らねばならないのか、という疑問は誰も声に出しません。ゴールデンウィークとはそういう意味で気候的に最も優れています。私が日本にいるなら尾瀬に行きたい、です。

では今週のつぶやきです。

南北会談

捉え方としては南北会談が朝鮮半島自体のことをメインテーマに、米朝会談が核問題をテーマにし、多分、中朝会談が経済支援ではなかったかと察しています。日本がないじゃないか、という声がありますが、もともとメインではないし、日本から今の時点で何か提案できる状況にないので止む得ないでしょう。

今回の会談で年末までに平和条約締結が目標に上がったのは報道以上に大きなインパクトがあるとみています。秋に文大統領が平壌で二回目の会談をするとなっていますが、個人的には三回目の会談が年末にソウルで開催され、平和条約締結という流れを想定しているように感じます。

その場合、国交正常化、人的、物的交流の再開、貿易および開発案件など「朝鮮半島の第二の奇跡」というのがベストシナリオになります。あくまでもシナリオであっていつどこで崩れるか、というリスクも大いにあります。これは金正恩氏の独裁である点において彼の「ご機嫌次第」であるからです。

多くの日本人は「ふーぅん」という感情ではないでしょうか?絵にかいた餅かもしれないし、大どんでん返しがあるかもしれない、と。冷静な視点からはその通りですが、一応海外の反応は「ほっとした」というトーンが強く出ると思いますので逆に周りがムードを作り、神輿を担ぐかもしれない気はします。

目覚める大企業たち
武田薬品によるシャイアーの買収交渉は大詰めを迎え、5月8日の期限までにまとまる可能性はかなり高いとみています。その場合、7兆円近い買収額で日本企業としては世紀の大買収となります。ただ、経営陣は社長を含めほぼ非日本人であって周りが言うほど私は懸念していません。

次に任天堂の社長交代。カリスマ時代を作った創業者、山内氏、そして急逝した岩田氏からバトンを引き継いだのが現社長で銀行出身の君島氏。そのたすきは46歳の経理マン、古川氏につながれます。大幅な若返りとともに躍動感を感じます。社長交代といえば日本電産の永守氏も性格が永守氏のクローンではないかと思われる吉本氏に変ります。変わり方はそれぞれ。企業のブラッド伝承が新しい鼓動となるのでしょう。

三つ目に銀行の大変革。メガバンクを中心に新卒採用を3-4割も絞り込み、自然減を含めて社員数のスリム化を掲げます。その中で三菱UFJは窓口のある店舗を半減させる計画を発表しました。何が起きるか、といえば駅前のぶさいくな銀行の店舗が変わるということです。もはや、銀行窓口は路面店である必要はないのでしょう。マネーの在り方は確実に変わり、我々の生活にも大きな変化をもたらすはずです。

なぜ、これらの例を挙げたか、といえば眠れる大企業がようやくお目覚めになるという可能性が出てきたことを指摘したかったのです。この数年、新興企業に成長というお株を奪われてきた日本の名門企業が遅まきながら刺激を受け始めたその理由は何か、といえば世代交代という時代背景とともに企業業績が良好で変化するには絶好のタイミングだという点は見逃せないでしょう。「やるなら今」というのが私の直感です。

情報開示時代の恐怖

何が怖いか、といえば世の男性の悪事はばれる、ということであります。よくもこれだけセクハラのネタが尽きない、と思いますが、一方で本ブログで「有名人は気をつけろ」とも申し上げました。

TOKIOの山口サンの一件もこんなこと言えば文句を言われそうですが、一昔前は話題にもならなかったかもしれません。今から十数年前、日本を代表するあるグループのメンバーの醜聞ありました。当時、話題にもならなかった証拠の音声をネットで聞いて「こんな事実があるのにマスコミは取り上げないんだ」と思ったことがあります。多分、そんなことを取り上げて「業界からの締め出し」をくらうのを恐れたのだろうと思います。

それが変わった一つのきっかけは「文春砲」だったと思います。業界の秩序が完全に崩壊し、あの手この手で特ダネ探しに必死になり始めたのが現状であります。その背景には「のぞき見趣味」が強い日本人の性格ががっちりサポートしているのだろうと思います。

「のぞき見趣味」とはスケベな意味というより「家政婦は見た」系の話です。日本はほぼ単一民族で差が少ないライフをその特徴としていますが、一方でちょっとした差が気になって仕方がないのです。隣の人が新しい車を買ったり、家を改築したり、子供の友達が〇〇のお稽古事をはじめるとすぐに「あそこがそうしたからうちもしましょうよ」という展開です。つまり、「覗く」ことが一種の文化なのかもしれません。

勿論セクハラの場合、市原悦子風に「まぁ、あんなことして!」という感じなのですが、知ることに異様な情熱を燃やし、正義のボイスをあげるのが流れでしょうか?今は世の男性がターゲットになっていますが、女性が逆にやられる時も来るかもしれません。おー怖!

後記
珍しくアメリカのことも市場のことも書きませんでした。書かないということは落ち着いているということです。為替については北米の専門家の見方はドルがもう少し強めになると見ています。ゴールデンウィーク明けの110円台、そして日本の株式市場は堅調で23000円を目指す展開に期待しています。

ではよいホリディーをお過ごしください。

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また明日お会いしましょう。

野党の野望、審議拒否4

日本の野党が足並みをそろえてモリカケ日報問題であれこれネタを探し続け、与党を揺すり、「真実の究明を」と叫びます。この姿勢は分からないでもないのですが、真実究明と審議拒否という結びつきが私には理解できないのです。勿論、戦術という意味は知っていますが、野党がこのピンポイントの問題を究明した後何をしたいのか、そこが全く見えてこないのです。

仮に野党の言うように麻生さんを辞任に追い込み、安倍総理の三選を危ういものにしたらそのあとどうしたいのでしょうか?野党がその時、一体感を持って連立政権を作ろうというのでしょうか?

折しも希望の党は分党、一部は旧民進党と合流し、国民民主党となり、一部は希望の党として新たに歩み始めます。さらに立憲民主党もあるわけで本来であれば一枚岩にならねばならないところがどんどん小さなサル山政党が生まれてきます。国民からすれば政党の名前が覚えられてもそれぞれの政策の違いなどもはや全く分からないし、誰がどの党に所属しているか正確に述べよと言われても正解率は10%もいかない気がします。

かつて「アラブの春」でムバラク政権を倒したエジプトの民衆。この時、民意とは「ムバラクを倒せ!」で一致し、その結果、大衆の強大なボイスで政権を倒すことには成功します。が、その後、倒した後どうする、という青写真がなく、エジプトの政治は混とんとし、何度もスクラッチからやり直しを強いられました。イラクもある意味同様だったと思います。

「アラブの春」では目先の明白で単純な目的を達成するためのSNSという点ではチカラは見せつけました。ですが、国の運営とはそれほど単純で単一的なものではなく、重層的で複雑に絡み合う様々な歴史、利権、思想を解きほどき、正しい方向に引っ張らねばなりません。いざ、政権打倒という目的を達成したところで「俺がやる」「こうすべきだ」という意見が百出しまとまりを欠いたというのが実情でしょう。明白な方向性を国民の支持のもとで着実に歩を進めるしっかりした与党がいかに重要か、ということが実証されたよい例だと思います。

そういう点で私は野党が何をしたいのか、さっぱり理解できないのです。おまけにこの時期において分党、新党です。首相や財務大臣を辞めさせてどういう青写真を持っているのか、そこのボイスはただの一言も出てきません。

ところで野党の議員も給与を貰っています。野党政党の運営も税金からねん出されます。つまり、国へのサーバントである点については変わらないわけです。ではその方々が出席しなくてはいけない審議に集団欠席するとしたらどうでしょうか?「仕事をさぼって給与だけ貰うのか?」というボイスがなぜ、国民から出てこないのでしょうか?

言い換えれば日本では日々刻々様々なことが起き、それに対応するよう政治家は国を運営しなくてはいけません。そのために様々な建設的意見を交わし、法律というルールを制定するのが政治家の役目であります。それなのにある一点の問題についてうじうじとし、仕事のサボタージュをする野党を放置してよいのでしょうか?なぜ、メディアは公平な目でこんな野党にボイスアウトしないのでしょうか?

モリカケ日報問題は専門の委員会でも作って延々と審議したらよいでしょう。それとは別に本来の国会運営はあるべきです。にもかかわらず、党利党略ばかりで国民が待ち望む多くの法案が空転することを許してよいのでしょうか?

私のようなボイスをもつ野党の政治家はいないのでしょうか?こんなことをしていれば野党の存在価値そのものを否定する以外の何物でもありません。国対委員長ばかりがメディアに出てくるこんなバカげた政治は見ていて恥ずかしくなります。

では今日はこのぐらいで。

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キャッシュレス後進国の汚名挽回を4

先日、バンクーバーで日系のイベントに顔を出しました。数多くの出展者と飲食店が並び、どこも長蛇の列で大賑わいです。私も列に並んでふと財布を見ると現金は10ドルしか入っていません。「そうだ、ここはクレジットカードもデビットカードも使えないんだ」と気がつき、財布の現金全ての10ドル分だけ購入しました。これが中国のイベントならキャッシュなんていらないのだろうと思うとキャッシュレスへのインフラに日本は感性として遠い気がします。

日本で多くの人が普通に使うSuicaですが、なぜチャージするのに現金がいるのか、と考えたことがある人はいませんか?いや、確かにビューカードというJR東が発行するクレジットカードなら使えるらしいのですが、そんなマイナーなカードを持っているわけありません。

ここバンクーバーのバス電車はコンパスカードというSuicaに似たカードシステムを導入しています。が、便利なのは無くなりそうになればコンパスカードのウェブにアクセスしそこから自分のコンパスカードにクレジットカードを通じてチャージできることでしょうか?コンパスカードがなくても駅で一回ごとの支払いですらクレジット払いがOKです。つまり、ここカナダもキャッシュレス社会はごく普通となっています。(トロントは前世紀的なシステムですが。)

日本のクレジットカードの特徴はマーケティング手法として提携クレジットカードによる顧客の囲い込みでしょうか?自社が提携運営するカードにポイントなど優遇措置をする手法を導入しているため、多くの方が数多くのカードを所有し、キャッシュ以上に厚みを増す財布の中のカード群ということになります。

例えばセゾンカードはたまったポイントを東証株価指数やアメリカのS&P500株価指数に連動させてポイントを「投資して増やす」という曲芸的マーケティングを発表しています。ここまでくると常軌を逸しています。これでは顧客目線ではなく、自社のためのマーケティングという感が強く、素直にうなずけません。結果としてこれらはキャッシュレス時代の次に来るべくカードレス社会に進みにくくしているようにみえます。

システム的に最もやりやすいのは銀行カードから直接チャージできることだと思いますが、今さらカードを財布に何枚も持つということ自体が前世紀的でいけていません。支払いはスマホでさっさと終わらせるという時代だと思います。多くの方は電車に乗る際にSuicaなどのカードを財布やカードホールダーに入れていると思います。つまり、利便性を考えるとそれを「持ち運ばなくてはいけない」という不便性がそこに内在しているのに誰も文句を言わないわけです。

日本のスーパーマーケット。自動支払機が普及しているため、レジ係の人はバーコードを読み取るだけであとは自分でその横にある機械で精算する方式が普通となっています。そのデザインは相変わらず現金払いが前提です。ちなみに私がバンクーバーで経営するマリーナも駐車場もレンタカーも現金は一切扱っていません。駐車場事業においてかつては現金を扱っていましたが、現金だけで一日数千ドルを管理する手間は思った以上に不便かつ非効率でありました。

日本が中国に大きく後れを取ったキャッシュレス社会ですが、今からでも間に合う対応策は仮想通貨の普及ではないかと思います。それも多分、三菱UFJが今年にも発行するような相場が固定化されたものであります。なぜかといえば日々刻々相場が動く仮想通貨は払う側も受け手も「相場変動リスク」を負うからで、システマティックにしにくいからであります。

よってビットコインが仮に生き残るなら、三菱UFJのコインのような価値が固定されている仮想通貨とビットコインの交換レートを提示し、価値に流動性があるビットコインを固定価値の仮想通貨に一旦「両替」したうえで使用するということになるのではないかと思います。その際三菱UFJなどの「金融機関」が通常の為替取引と同様の交換手数料でがっぽり儲けるというシナリオはありではないかと思います。

政府としては現金の電子化は早く進めたいでしょう。アンダーグラウンド経済の温床とも言われますし、相続逃れの最大のそしてもっともやりやすい手口であります。今や約100万円を超える現金をもって無届けで国境すら越えられなくなっています。つまり、円は別の意味でのローカルカレンシーと成り下がっているのです。財務省も紙幣の印刷が減ればコストは大幅に削減できます。銀行も商店も現金がなくなればもっと効率的に仕事ができます。出来ればついでに神社の賽銭もスマホでピッとやるのでしょうか?香典も葬儀会館でピッ、結婚式のお祝いも式場でピッとやるのが結構クールかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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中国、歴史教育の矛盾4

中国では1839年のアヘン戦争から1945年の第二次世界大戦終結までの約100年間を「屈辱の100年」と称し、その悔しさを絶対に忘れないとし、英国や日本が如何に悪いことをしたのか、脈々と伝え続けることに大きな意味合いを持たせています。

中国が歴史問題で「しつこい」のはそれを記憶させることで子孫にまでその嫌な思いを植え付けるためであります。そのために教育に留まらず、銅像であったり碑をあちらこちらに建立し忘れさせません。韓国が慰安婦像をやたらと世界に拡散させたいのも同じ思想からきていると考えています。

日本もそれに近い発想はあります。広島の原爆の日、終戦記念日、はたまた東日本大震災や阪神淡路大震災、更には日航ジャンボ機墜落の日などには必ずニュースになるような偲ぶイベントが開催され碑も建立されています。しかし、日本の場合は関係者が主体でそれを海外など外部に強要することはありません。

日中戦争の際の「南京事件」があったことは事実であろうと思いますが、今でもはっきりした被害者の数は分かりませんし、専門家が断片的情報を繋ぎ合わせても断言できる結論には至っていません。ただ、中国はこれを30万人と設定しました。これは南京裁判、東京裁判時の中国側の主張がそのまま維持されています。被害者の人数の議論はここではしませんが、この事実を浸透させ、日本は悪い奴だ、と辱め反省を促すわけです。

例えばカナダ、オンタリオ州では中国系議員が懲りずに再び南京記念日制定のための法案を提出しています。昨年、法案としては可決しなかったために再度挑戦するということなのでしょう。中国系の議員が非中国系議員に賛同を求める「草の根的根回し」でその事実について洗脳していくスタイルです。

同じことを言えば日本の原爆記念日や10万人亡くなったとされる東京大空襲を海外の全く関係ない都市で記念日にしてもらうという発想と同じであります。そんなことをすれば極端な話、365日全ての日がなにがしかの記念日になってしまいます。記念日というのはそれなりに市民や国民に影響する背景があるべきで特定の民族のインタレストのための制定は違うと思います。

ではその中国、自国の辱めについてはどうなのでしょうか?日経新聞が興味深い記事を提供しています。「中国、薄れる文革の記憶 新歴史教科書で記述半減 習氏の意向反映か」とあります。記事によると2018年3月から使われ始めた教科書において文化大革命についての記述が以前の2000字程度から1000字程度に縮小され、「毛沢東の誤った認識」という表現は消え、ニュアンスとして「四人組」の主導とも取れる扱いに変えているそうです。つまり、自らの汚点はより薄く見せないようにし、相手の非だけを責めぬくという姿勢が明白になっています。

文化大革命をご存じない方も多いと思います。中国の近年の歴史において1966年から76年までの10年間は「消えた10年」と称され、その被害者数は1億人とも言われています。(それこそ南京事件の30万人同様、人数はよくわかりません。)習近平国家主席ですらその被害者の一人であったはずですが、自らはその苦渋を決して表明せず、どちらかといえばそれでも新しい中国の創設に燦然と輝く毛沢東氏をいつか抜く、そのためには毛沢東氏を悪者にして自分を神聖化するより着実に自分の評点を伸ばして勝利をつかむというスタンスに見えます。

中国は国内に様々な問題を抱えています。民族問題、環境問題、一人っ子政策の余波、経済問題、言論統制、情報操作…上げればきりがありませんが、それらはすべて封じ込み、より論陣を張りやすく中国側が人民から同意を得やすい「敵」を作り、そこを国家が主導しながら攻め込むのであります。

昨年、中国は韓国を徹底的に苛めました。THAAD設置の恨みであります。観光客を送らない、飛行機をキャンセルさせる、中国内の韓国系事業者に打撃を与えるなどあらゆる工作を行った末に起きたのは韓国人の中国への従順なる姿勢でありました。

「自分のことは棚に上げて」とはこのことなのでしょう。中国の歴史教育とは何なのか、自己都合のストーリーの何物でもないと強く感じます。

では今日はこのぐらいで。

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定期預金と投資について考える教育を。4

こんな金利でも定期預金に預ける理由は何だろうと考えることがあります。日本では一番金利が良いものでも年0.2%ほど。カナダでは年2.0%ぐらいでしょうか?私もカナダで投資(株式)と定期預金はある程度一定比率で持っています。会社の資金は半分半分、個人の資金は投資が7割、定期が3割ぐらいでしょうか?

会社の資金の場合、良い案件があった場合に即時に資金を投入できるように2カ月定期を毎月満期が来るように組み合わせています。一方、個人の場合、さほど緊急性の資金が発生する見込みがないことから投資の組み込み比率を増やしています。

定期預金のメリットは元本に対するリスクがないか、極めて低いことにあります。但し、日本においてはほとんど増えないというデメリットがあります。物価もたいして上がっていないから構わないという発想もありますが、現金を金庫に入れて寝かせているようなものでしょう。

日本人が投資に対するアレルギーがあるのはバブルの時の手痛い経験があります。そしてその後のデフレと景気低迷で労働者の給与は引き下げられ、投資をする余裕がほとんどなくなったことで20-40代の世代において貯金、投資という発想そのものがほぼ消え去ってしまったことがあります。言い換えればほぼ全世代において投資に消極的なポジションにあると言えます。(ごく最近、仮想通貨という投機対象が生まれましたが。)

その後、政府や証券会社が投資を促すようなプログラムの様々打ち出しました。NISAはそのよい例でありますが、元祖といえば2001年から始まった日本型401kと言われた確定拠出年金でありましょう。これは個人型と企業型、更に企業型にマッチング拠出というのもあります。これは第三の年金とも称され、自分の将来は自分で守るというスタンスであります。当然ながらその運用も自由で定期預金でも株式運用でも選択できたわけです。ところがその多くの運用のデフォルト設定(初期設定)は定期預金でありました。今般、りそな銀行グループがこの初期設定を投資信託に変更、また野村證券なども追随すると報じられています。

私はカナダで似たようなプログラム、RRSP(一種の老齢年金)を15年ぐらい前から7-8年ほど続けてやりました。選択はオール株式であります。7-8年しか掛けなかったのは資金の縛りに興味がなかったためです。結果はどうなったかといえば大体2倍ぐらいになっているかと思います。このリターンがよいか悪いかのご判断はお任せしますが、全く何もしないで勝手に銀行金利よりはるかに良いペースで増えていっていることは確かです。

私がなぜ、株式投資(ないし、投資信託)が長期的には魅力的と考えるかといえば、といえば企業は成長するのが前提であり、ファンドマネージャー(投資信託運用者)は当然運用のプロであり、より成長しそうな企業の取捨選択を行っているからであります。勿論、四半期ごとの運用成績表で低調な時期もありました。今年の1-3月もマイナスの成績でしたが長い期間で均すと良い結果を生んでいます。

ただ、日本の投資信託の場合、投信の乗り換えを促す傾向があり、その手数料稼ぎをする金融機関というイメージがあります。金融庁の森長官はこの慣行を厳しく非難していました。カナダの場合、私はこの15年、一度も乗り換えたことがありません。いくつかある信託そのものも清算されたことはありません。

定期預金と投資信託を一言で比較すると定期の利率は日本の成長ベース、投資信託は企業の成長ベースと考えたらよいでしょう。日本の成長は少子高齢化の上に物質的には飽和状態にあり全体では高い成長はないでしょう。一方、企業は多くが海外にその稼ぎ先を求め、日々切磋琢磨していることで全体の成長率が年率で2桁になることも珍しくありません。このあたりが運用結果に反映してくるのでしょう。

私はりそなや野村證券が投資信託を初期設定としたことは英断だと思います。運用者は顧客に何を提供するのか、単なる貸金庫的な定期預金を勧め、顧客も銀行も面白くない思いをするのか、投資信託でウィンウィンにする勇気があるのか、という決断だと思います。

私は東京の市場を見ていて投資家層の厚みが薄いと感じます。NY市場の場合、市場参加者の思惑が入り乱れ、売りと買いが交錯し、結果として一方方向の株価の動きが割と少ないものです。日本の場合、どうしても海外投資家が主流で国内の投資層の思惑は比較的同一方向にあり、結果として大きな株価の振れ幅が生じやすくなります。

年金のような長期的資金は目先の株価変動にとらわれないため、様々な投資家の存在は日経平均の安定化にも繋がり、結果として顧客がより安心できる株価形成が生まれることになります。

日本の国会等を見ているとGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用結果に対して野党からマイナスになったとか成績が悪いという質問を時々耳にします。GPIFのような長期運用をしているところは10年スパンで見ないといけないのですが、野党はセンスがないなと思わず苦笑いすることもあります。

日本に投資の芽をもう少し育てるには学校時代からの投資に関する教育が必要なのかもしれません。今は英語教育第一義という感がしますが、他にも教えるべく内容はいろいろ残っているということではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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