外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2019年04月

平成とはどんな時代だったのか?4

このところ、平成を振り返る、といった特集が目立ちましたが、多くの方は自分なりの平成の時代の定義があると思います。私は平成のほとんどを海外で過ごす結果となり、まさに「外から見る平成」でありました。どんな時代だったか、私の感想は明治維新と終戦が外からの衝撃による大変革であったのに対して平成は中からの矛盾や不満など鬱積したものが爆発し、大変革がおきた時代だったと思っています。

今思えば失われた10年とか15年、はたまた20年といった平成の暗いイメージはこの大変革を起こしていた時だったと考えればさほどネガティブにならなくてもよいのかもしれません。

明治維新の際、明治政府が出来て突然近代日本が出来上がったという印象が強いのですが、そんなことは全くありませんでした。弱小の政府であり、薩長と朝廷が手を結んだものの、財政も人材も脆弱、おまけにキーパーソンたちは長期の外遊で国の中は空っぽであった時期もありました。そんな時、西郷隆盛の征韓論から始まった西南戦争を経て西郷が亡くなり、そのあと、大久保利通も西郷を追うように亡くなります。このあたりからようやく明治政府は落ち着き始めたというのが実態でしょう。学校の教科書では全くそのあたりのニュアンスは教えません。

終戦後もそうでしょう。闇市があり、殺人事件や暴力事件が頻繁に起きました。国鉄を背景にした三大事件(下山、三鷹、松川事件)などもありましたが、こちらが収まり、日本が再成長の道筋を見出すのはGHQの管理下から外れたあとしばらくたってから、であります。

平成も昭和の最後を飾るバブル景気で壊れた日本の再構築に時間がかかっただけでそれが無為な時間であったわけではありません。

日本を内面から変えるのは外敵衝撃よりも大変だったと思います。それはいくつもの矛盾や変革が時間差で訪れたこともあるでしょう。個の時代になり、軽薄短小、少量多品種といった消費の変化、契約社員制度の登場や終身雇用制が大きく変革した雇用の在り方、「インフレさん、さようなら、デフレさん、こんにちは」もありました。大企業一辺倒から新興企業や若者の起業が新たな起爆剤となりました。少子化となったのは人々の価値観の変化が背景にあったことは否めません。高齢化の波はジワリと攻めてきて、この傾向は当面、収まることはありません。

海外から見ると日本の存在が突如小さくなりました。中国の躍進もありましたがそれ以上に日本が内向的になってしまい、Japan Passing とかJapan Nothing と皮肉られました。

これらが全てネガティブだったのかといえば案外、次の時代に向けた「もがき」なのではないかと思います。日本しかできない技術、考え方、食文化や伝統、開発能力はいまだに健在であり、その新たなる成長に向かっています。

今、テレビを見ない若者が相当増えています。その代わり多くの若者が自分の好きな情報の深堀をし始めています。10年もすればそれらが社会にどのような変革をもたらすでしょうか?画一的な日本人から個性の日本人になるかもしれません。濃紺のスーツを着たサラリーマンが電車から吐き出されるシーンは減ってくるのかもしれません。

そういう意味では平成とは日本が令和をはじめとする次の時代への飛躍に向けた大事な基礎作りの時代だったと考えればとても前向きな30年だったと思えないでしょうか?

ただ、思い出に浸っているばかりでは次がありません。明日に迫った新しい時代の抱負は何なのか、どこに向かっていくのか、その目標づくりはきちんとした方がよいと思います。ただやみくもに令和の時代を迎えるのではなく、令和はこういう時代にしたいという希望はあるべきでしょう。そのような意見はまだまだ少ないと思います。我々はどんな時代をむのか、それをどう築くのか、じっくり考えていこうではありませんか?

10連休、遊びほうけるのも結構ですが、一人ひとりがちょっとでも考えてもらえるとよいのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。明日のブログでは令和の時代を考えてみます。

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また明日お会いしましょう。

私案 日本の住宅政策4

総務省が5年ごとに調査している空き家率。18年10月の時点で全国平均で13.6%、846万戸となり、5年前の前回調査に比べて26万戸ふえていることが判明しました。また総住宅戸数は6242万戸で、これも前回比で179万戸も増えているというのです。

人口は減っているのに住宅は増える、これではどう考えても間尺に合いません。

ちなみに総世帯数調査は5年ごとの国勢調査が基準となりますが、2015年の数字は5333万世帯で国立社会保障人口問題研究所の分析調査では2023年に5419万世帯で頭打ちになるとみられています。

この数字を総務省の調査に当てはめると現時点で単純計算で900万戸の余剰ないし二つ目の住宅の所有者がいるということになります。これは上述の空き家戸数846万戸と若干違いますが子供が大学などに通うために住宅を借りる場合や単身赴任のケースでは一つの世帯で2つ借りることになる一方、シェアハウスなどは統計上住宅戸数としては1戸としてカウントされていると思われ、プラスマイナス双方のファクターがあることを考えれば整合性はあらかた取れるものと思われます。

もう一つの読み方は上記研究所の国勢調査分析からすれば2015年から2023年まで世帯数はネットで86万戸しか増えない計算です。これは年平均10.75万戸です。住宅需要は通常世帯数の増大とともに増えるものですから極端な話をすると住宅の過不足のみを考えた実需はたった年間10万-11万戸程度しかないことになります。これは何を意味するかといえば多くの住宅会社、住宅系デベロッパー、建築会社の淘汰を意味します。

もちろん、実際にはこんなことではなく、古い住宅を壊し、新しくする、あるいはマンションに移り住むという需要はありますが、少なくとも現在のように年90万戸も新規住宅を供給するシナリオはなりたちそうにありません。日本総研による将来予想は2030年が新規住宅着工件数86万戸程度と緩やかに下落すると予想しているようですが私はおかしい気がします。

これは1つには住宅取得意欲が新しい世代においてかつてほど盛り上がらないこと、2つ目には欲しくても住宅ローンを組みにくい仕組みがあることが考えられます。

住宅取得意欲とはいわゆる物欲時代の流れですが、今は車はなくても当たり前の時代になっており、住宅もシェアハウスなど新しいライフスタイルがごく普通に浸透しています。では老後はどうするのか、といえば新しいものでなければ安く入手できる仕組みが生み出されるとみています。

その一案を紹介します。

まずデベロッパーが既存の中古住宅を取得、住宅を改修後、上物だけリースする方式です。例えば私が都内で取得したある20坪足らずの中古物件は骨組みのところまで解体し、ほぼすべて作り直しました。一部腐っていた基礎もやり替えていますので実態としては新築と同じです。改築の場合、建築確認がいりませんので図面の精度などは格段に下がりコストは大幅減です。あとは業者価格で建物を建てて総額1100万円で2階建て50屬僚斬陲完成しました。

仮にこれをリース案件にすれば新宿区のこの土地の物件では単純計算で月83000円ぐらいで提供することができます。リースですから土地の所有権はありません。しかし、今時、土地を持ちたいという欲望の意味は薄れていると思います。マンションを購入する人が土地の持ち分にこだわったという話は何一つありません。一定期間、自分の自由になる不動産さえあればあとはライフスタイルに応じて転々とできるそんな仕組みを作ればよいだけなのです。

老後の安心と言いますが年を取った時、今の住宅に住み続けるのかどうかはその時にならないと決められません。病気になる、怪我をする、認知になる、連れ合いに先立たれる、階段の上り下りができないなど今の住宅に「我慢を強いる生活」の要素はいくらでもあるのです。なぜ、我慢してでも自分の持ち家に執着するのか、この考え方は2-30年で確実に変わるでしょう。

住宅ローンの考え方も古いと思います。銀行は不動産の担保価値という固定概念に捉われすぎていることがそもそもの発展性のなさでしょう。その結果、中古住宅に対する銀行ローンは極めて難しい状態です。

しかし、銀行の本質的な担保とは毎月の給与所得です。ならば不動産価値はいざという時の保証のようなものだと考えれば給与と「居住権ローン」を紐づけにする仕組みを作り、仮にローンが払えない場合住宅は差し押さえられますが、不動産の居住権を銀行経由で第三者に転貸しやすくできれば銀行リスクは抑えれる仕組みはできなくないでしょう。要はものの視点なのだろうと思います。

私は不動産に関して世界でも注目されるバンクーバーに住んでいますが、この国、この街は毎年、人口の1%を移民で増やすという政策を維持しているからこそ、不動産が右肩上がりで上昇するのです。需要がずっと増え続けるからです。

一方、日本は人口がどんどん減る国ですから不動産価値は本質的には下がるはずです。一方、一人当たりGDPは今後も緩やかに増えると思われますのでローンや賃料といった不動産への支払い余力は改善するとみるのがナチュラルです。言い換えれば何千万円もの住宅ローンを抱えてひーひー言っていた時代は過去の産物になるだろうとみています。これは不動産を取り巻くすべての常識観が変化していくことにつながるでしょう。

所有しなくても老後まで安心に暮らせるスキームは作れます。それをやらないのは大手不動産業者がその変化を怖がっているからかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

人のグローバル化、飛行機が足りない!4

連休が始まり、空港は大混雑だと報じられています。しかし、最近の混雑は日常的で国際線に乗るたびに不便を感じるようになっています。まず、思った飛行機の便がとりにくくなり、価格が以前に比べてかなり上昇、空港の混雑は都心のターミナル駅並みなのです。

今回、成田からバンクーバーに戻ってきた際、チェックインで30分(カナダの移民権者は日系の航空会社の自動チェックイン機が使えません)並び、荷物検査で15分、お土産屋でお菓子をひと箱買うのに15分並ばなくてはいけません。飛行機は満席でバンクーバーにつけば入国審査のところで20分、荷物をとるターンテーブルはどこも荷物があふれ、ターンテーブルが明らかに不足しています。

平日でこの有様ですからこの連休は驚異的な混み方で相当早く空港に行かないと焦ってしまう人も多いことでしょう。

航空運賃はダイナミック プライシングという実質変動相場ですので必ずしも早く予約した方が安いわけではなく、時として直前なのにあれっと思うほど安くなる時もあります。しかし、5月連休の日本発の国際線のみならず、7−8月の夏休み価格も昨年に比べ1−2割値上がりしている感じがするのは需要と供給のバランスをビックデータが判断して自動値付けしているためだろうと思います。

飛行機の需要については今後20年で4万2千機、金額にして700兆円の需要(サービスまで含めると1600兆円)があるとボーイング社は予想しています。世界の航空輸送量は年4.7%伸びるとみられています。この需要は中国、アジアや中東、アフリカなど新興国などで所得水準の上昇とともに人の動きが増大していること、人々が国境を越えて居住するようになり、観光ではなく、定期的な航空機利用の需要が増えていることもあるでしょう。工場も地産地消となり、国際的企業の従業員の移動も以前にも増して動きがあることも要因かと思います。

個人的には成田のキャパシティが厳しくなっていると思います。一般には滑走路の利用具合をそのキャパとみなしていると思いますが、空港内のインフラそのものがそれ以上に全然追い付いていません。

例えば海外では今、セキュリティチェックは1つのレーンで4人同時に手荷物を載せる作業ができるシステムが導入されていますが、成田や羽田は依然旧式の一人ずつ手荷物をベルトコンベアに乗せるやり方です。なぜ、新型システムを導入しないのでしょうか?また免税ショップエリアも一等地に構える一流ブランド店は閑散としているのに、人があふれる一般のお菓子などの土産店は狭く、大行列を放置しています。

また成田では飛行機が動き出してから実際に飛ぶまで2-30分かかることも珍しくありません。これは滑走路に出るまでのルートが長い上に離陸渋滞が起きているからです。

個人的にはこのままの状態では日本の飛行場は発着がいくら増えても実質的にパンクして使いにくい空港になるとみています。羽田は都心上通過ルートの開拓により国際線枠が3.9万回増えます。成田も第三滑走路を10年以内に完成させるとしていますが、ボーイング社の需要予想と日本政府の4000万人という強気の訪日外国人計画を踏まえれば空港そのもの混雑にどう対応するのかそこが見えてきません。

関西ですら3つの空港がある中で東京には2つしか飛行場がないこと自体にも無理がある気がします。私は茨城空港を都心の第三空港として活用すべく高速鉄道路線の新設を含めたプランを立てるのも一案ではないかと思います。

ところでこれだけ航空機の需要が膨らむ中で三菱航空機のMRJが過去3年間新規受注ゼロとなっています。3年間ゼロ!です。海外において「新発売モノは気をつけろ」といいます。不具合が多いのが常識だからです。いくら日本製だといってもその不安感はぬぐえないものです。ある程度期間運航し、実績を積まないと厳しいのでしょう。あのボーイング社ですらエラーを起こすのです。三菱航空機がこの過酷な戦争に参入し、勝ち抜けることができるのか、これまた別の意味で注目しています。

人のグローバル化で日本に来る外国人は圧倒的に増えました。しかし、日本から海外に行く人の伸び率は緩やかです。過去10年で23%、つまり単純計算で年に2%強、実質では年2%以下の伸び率です。海外旅行物価についていけないという旅行者の声も聞こえてきます。なにやらこちらもグローバル化からは見放されてしまっているのでしょうか?

ちょっと寂しい気がします。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

こんな言葉、あるのかね、と思わせたのが「上級国民」。池袋の暴走事件の「犯人さん」は上級国民だから逮捕されないという奇妙な論調が世を駆け巡り、逮捕要件にはいろいろある、と説明する警察との温度差がありました。官庁勤めで民間企業でも副社長になり、勲章ももらったから「偉い!」と思っているのは外から見ている人の忖度。かつて「下流の宴」とか「下流社会」といった本が売れたことがありますが、上下差を嫉妬するような気持ちの表れが総中流だった日本の社会の新たな特徴であります。あぁ、嫌だ、いやだ!

では今週のつぶやきをお送りします。

平成相場の大納会
終わってみれば7950円(26%)安、これは昭和比であります。当時から株をやっている人にとってはエベレストのようにそびえる38915円をなぜ超えられないのか、と問答し続けてきました。私は40年以上相場を見続けていますが平成は企業も投資家も萎えていた、の一言であります。

株はばくちと同じで「やっちゃいけません!」とお母様に叱られているような逃げ腰の投資家と成長を忘れた企業ばかりで何をどうしろというのか、という印象は強かったと思います。

令和の初日の相場つきがどうなるか、さぁ、これから10日間、何があるか次第ですが、私は特段ネガティブな材料が出ない限り数百円から500円ぐらい上昇するご祝儀相場があるかもしれないとみています。企業決算は決して褒められた状態にはありませんが、日本人はあまりにもネガティブでコンサバティブに物事を捉えすぎる傾向があります。ケセラセラ(なるようになるさ)ぐらいの感じも時には必要です。10日間の休みだって欧米の投資家達はそれぐらいの夏休みやクリスマス休暇は毎度、取得しています。大丈夫です。

出そろったアメリカ民主党の大統領候補者たち
ほぼ出そろった候補者は現在20名。最後の大物と言われたジョーバイデン氏に注目が集まりますが、彼、76歳です。若いマインドを持つアメリカでこの年齢では支持層が偏るでしょう。結局、アメリカの民主党とはマイノリティの集まりと化してきており、個々好きなことを主張するバラバラの組織との印象を強めました。

この20名は本格的大統領選になるまでに5名程度に絞られるでしょう。そのプロセスにおいて民主党支持者に妥協が生まれます。本当はA候補がよかったけど辞退したからB候補、あぁ、この人も辞退か、じゃあC候補…、となり、民主党を支持しているのは共和党が嫌だから、というごく単純な理由だけがその背景になってしまいそうです。ここが民主党の最大の弱点。つまり、統一感あるポリシーがなくなるのです。

オバマさんが好むG20のような「みんなで仲良くしましょう」というスタイルは聞こえはよいのですが、結局何も決められない組織を生み出しました。日本でもそうでしょう、野党は批判は上手ですが何も生み出せないのです。今回日本の野党のどっかの党が合併したそうですが、ヤジの声の大きさ以上の効果はないと思います。

ゲームはクラウドで
私はゲームをしませんのでご批判はあるかもしれませんが、「ゲームはクラウドで」の時代は確実に来るとみています。グーグルがこれを発表した時、いろいろな反応がありました。任天堂やソニーなど従来型ゲーム機の経営へのインパクトが強い企業ほど「コアなファンが支える!」という意見は強かったと思います。

グーグルが今、クラウドでゲームに参入する理由は5Gという環境を背景にしています。これにより早い動きや臨場感などが再現できるめどが立ったのです。多分ですが、3年ぐらいで明白にその優勝劣敗は出ます。私はビジネスのライフはより短くなってきている、と申し上げてきました。

ゲーム機器だっていつまでも同じスタイルが続くわけがないのです。経営側もそんなことは重々承知のはず。ソニーは営業利益の3分の1をゲーム部門が稼ぎ出します。その影響力を考えればグーグルには負けられず、次世代型ゲーム開発へ挑戦し、更なる費用を投じるようです。こうなるとゲーム内のバトルではなく、ゲーム会社の本当のバトルがこれから始まることになりそうです。

後記
いよいよ始まった10連休。使いたくないお金が羽をはやして出ていくと思う人、どこに行っても人、ひと、ヒトで辟易と感じる人、休みは書き入れ時で忙しいばかりとうれしい悲鳴を上げる人など様々な人間模様もありそうです。10日というまとまった日をゲットするなら10日間でやり遂げるプロジェクトもアリでしょう。ペンキ塗りとか全集を読むとか、東京なら9大庭園に全部行くといった達成感を感じるものにぜひともチャレンジしてみたらいかがでしょうか?

素敵な休暇をお迎えください。

では今日はこのぐらいで。

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ロ朝会談は何かをもたらすのだろうか?4

25日、8年ぶりのロ朝会談がウラジオストックで行われました。当初24日に歓迎夕食会が催される予定でしたがこれがキャンセルされ、25日には文化公演を踏まえた夕食会が開催されることになっていましたが、両首脳はそちらに参加した模様です。

まずプーチン大統領はなぜ、1日遅れたか、ですが、その理由について2つの報道にずれがあります。産経は東シベリアで発生している大規模な火事の対策のため、チタに立ち寄ったためと報じています。一方、韓国中央日報はサンクトペテルブルクで海軍艦艇の進水式に出席のためとあり、チタに行ったのはトルトネフ露副首相兼極東連邦管区大統領全権代表だったと報じています。

もともとプーチン大統領の時間管理はほとんど無茶苦茶な方ですが、海軍の進水式を優先したというのが正しいなら露朝会議への力の入れ方にはやや疑問符がつきます。あるいは端から25日の一本勝負のつもりだったかもしれません。というのはプーチン大統領は26日には中国で「一帯一路フォーラム」に出席し、習近平国家主席と会う予定になっていますので時間の効率化を図ったかもしれません。

さて、会談の内容ですが、断片的に聞こえてくるのを勘案するとまずまずだったという感じでしょうか?具体的に何か決め事があったわけではなく現在の北朝鮮がおかれている立場をどうとらえるか、ということと認識しています。アメリカ主導の制裁ではなく、「国際社会は『鉄拳制裁の法則』から離れ、国際法順守に立ち返ることが重要だ」(スプートニク、元のボイス オブ ロシア)とロシアは主張しています。

これは言い換えると力による抑え込みではなく、段階的非核化を含めた救いの手を差し伸べようではないか、ということでロシアによる北朝鮮取り込みの姿勢にも見えますが、プーチン大統領がどこまで本気なのか、私にはやや懐疑心があります。翌日に習近平国家主席と会う中で単なる中ロ同調路線というより中ロによる北朝鮮権益の確保についての探りあいのようにも見えるのです。理由はロシアにとって北朝鮮が経済的メリットのある国かどうか微妙だからでありましょう。

かつての戦争時代を振り返ればロシアは南下政策があり、不凍港を求めて朝鮮半島の支配権がどうしても欲しかったのですが、今の時代にそれを背景とした北朝鮮支配に手出しするかといえばNOだろうと思います。現時点では満州あたりに北朝鮮労働者を受け入れて単純な労働力の提供者としての位置づけ以上のものはないように感じます。

一方、金正恩委員長から見れば現状の厳しい経済制裁をどうにか緩める算段を図る交渉ルートとしてプーチン大統領とのコネクションを作ったという成果はあります。しかし、あくまでもこれはルートの開拓にとどまり、プーチン大統領が期待した通りの行動をするか、金正恩委員長の思惑通りになるかといえばこれははなはだ疑問であります。

中ロが今般の経済制裁に対して比較的距離感を置いているのはアメリカや西側諸国との対立軸を深めるほど北朝鮮が魅力的ではないこと、および金正恩委員長個人の魅力と行動規範を見ているのだろうと思います。何度か会合した習近平氏はその後、金正恩氏に傾注しているとは感じません。プーチン大統領も今回の会合で金氏の「人となり」を見たはずです。ある意味、それを踏まえて習近平氏と同調した意見に達したら金正恩氏にとってはむしろマイナスの結果すら出かねない状況にあるかと思います。

なぜ、距離を置くのか、といえば金氏のアメリカに対する低俗な罵り方に気が引けたのだろうと思います。いみじくもアメリカ側の交渉者のことを間抜けだ、担当を変えろなどと公式に言うのは子供のたわごと以下であります。習氏、プーチン氏がこの状況は救えないと思ったら金王朝はもうしばし、冷や飯となる気はします。

ロ朝会談は何かをもたらすのか、という点に関しては長期的には可能性を生み出したが目先の展開にはつながらないだろう、というのが個人的見解であります。一言でいえば北朝鮮を取り巻く国々は韓国以外、誰も熱くなっていないというのが正直な感想であります。

では今日はこのぐらいで。

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なぜ盛り上がらない日本の株式市場4

日本の株式市場が盛り上がらないとされています。約7割は海外からのマネーで市場が形成されており、残りは機関投資家、各種法人、そして個人投資家であります。端的に言えば外国から魅力的だと思われなければ日本の株式市場は全般に盛り上がりにくい構造になっています。

ではアメリカなどでは株式指数が史上最高値をつけるなど全般的に好調とされる中でなぜ、日本株だけが取り残されているのでしょうか?

一つには日本企業の特殊性があります。24日に発表されたファナックの3月期決算で同社の純利益は15%減、20年3月期予想は60%減を見込むという衝撃的数字であります。ファナックは一般の方にはなじみがない会社かもしれませんが、高収益企業として日本を代表する会社でありますが、同社が10年前の利益水準まで落ち込むほどになったのはスマホ関連のロボマシーン事業が振るわないからこともあるという解説が日経にあります。

日本の経営特徴のひとつに全般的に儲かる事業に多くの企業が同じように勢力を振り向け競争激化による利益率の低下傾向が強いこと、また、エンドユーザー向け製品の事業や企業が振るわなくなった半面、高技術力を背景にした部品製造で圧倒的市場シェアと利益を保ってきたことでしょうか?これは儲かるときには皆が潤うが、サイクルから外れるとガクッと落ち込む傾向があるともいえます。

あらゆる産業のディファクトスタンダードが5-10年単位で変わっていきます。その中で変化にうまく対応できない企業が儲かると期待する「本業に集中」するため、事業そのものがより小さくまとまる傾向にあります。これは今はいいけれど先は見えないよ、という意味であります。例えば、東芝が東芝メモリを売却しましたがこれなどはリスクを取りたくない銀行出身のトップが取りがちな最も弱みのある経営姿勢の好例でした。

次に外国のマネーはボラティリティ(株価の振れ幅が大きいこと)はあまり好みません。出来れば中期安定がよいわけです。ところがこのところ、やりにくい株価が形成されている銘柄が散見されます。

例えばユニクロのファーストリテイリングですが24日終値ベースでPBRは6.83倍、PERは39.8倍と一般的なPBR1倍やPER15倍程度から比べるととんでもない高株価となっています。誰がここまで買い上げたかといえば日銀であります。買い上げすぎて市場で流通する株が少なくなり、株価が飛び跳ねる状態になっている典型的例であります。海外筋は論外なこの株価に冷たい視線を送っています。これは同社に限らず日銀が日本の上場企業の4割で大株主になっているという事実はあまり知られていません。

このような日銀のPKOともとれる政策が市場原理があるべき日本の株価形成をいびつにしてしまった点は否定できないでしょう。そのため、好材料、悪材料のたびに大企業であっても株価が10%、15%と動くこともあり、海外からは投資対象外になりやすくなるのです。

日本企業の財務的問題もあります。平成の時代に起きたことの一つに企業は銀行に頼らない自衛本能を持ち、とにかく、懐にお金を貯めこみました。これは財務体質がよいという見方と表裏一体である「企業として資金をうまく活用できないダメ経営」という言い方もできるのです。その結果、物言う株主たちが「うまく使えないなら株主に還元せよ」と迫るわけです。

日本の経営者は基本的におっかなびっくりの経営をしています。それは価格や品質、納期に対する日本の顧客要求が高いからであります。一方、海外は価格も納期も「できないものはできない!」という体質で「嫌なら他を探せ!」と言われます。ならば海外で「のびのび経営」をすればよいのに、といつも思うのですが、海外に基盤も地盤もノウハウもない企業だらけというのが実態でしょう。日本企業が海外で稼ぐ、と言っても大半が東南アジア。世界の全方位で頑張る企業などは知れています。

市場と対面している私から見ると日本の株式市場が盛り上がらないのは日本企業そのものの体質と日銀が生み出した泥沼でしょうか。日本企業にきらりと光る会社が少なくなったことも海外の投資家がスルーする最大要因になりつつあるかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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日本で宗教テロの意識が低いのはなぜか?4

スリランカで起きた連続テロは日本人を含む300名以上の命を奪いましたが、そのテロの理由がニュージーランドのモスクで起きた銃乱射事件への報復と報じられています。日本の宗教テロに対する一般的報道は事故の規模や被害に対する惨状は報じますが、背景の深堀は興味がないのか、解説はやや少ないような気がします。

ISの活動が活発だったころ、日本もテロの標的であるというようなことが言われました。幸いにして現在に至るまで目立った事件は起きていません。宗教テロは日本で起きにくい理由があるのでしょうか?

我々日本人はたいていの場合、神道と仏教を適宜組み合わせ、更にキリスト教をフレーバーに利用したりします。多くの人は新年に神社にお参りに行き、死ぬときは仏教に委ねます。その仏教も真言宗や浄土真宗などいろいろ宗派がありますが、それが話題になってもせいぜい「オタクは?」ぐらいでこの原因で喧嘩したという話は聞きません。

ここまでくると日本人にとって宗教とは着せ替えができるファッションとも言えそうです。結婚式のプランニングで「式はどのような形に?」「キリスト教式でお願いします!」っていうのは食事のコースを選ぶがごとく自由選択性であるこの国ほど不思議なことはありません。

なぜこうなったのか、といえば神道における「八百万の神」の考え方が浸透しているからでしょうか?つまり、すべてのものには神が宿るという考え方に基づき、神様が無数にいるのだからいろいろな神と対等に接することができるという発想であります。

よって日本でも宗教団体によってはとてつもない寄付やお布施を行うところがあります。大組織化し、政治団体と化し、巨大なる資産を築く団体もあればオウムのように極端な思想に走るケースもあります。オウムはアレフと改名し、現在でも活動が続いていますが、目立った社会問題を引き起こしていないこともあり、信者もそれなりにいるとされています。

それ以外にも様々な新興宗教や宗教的団体もありますが、他人がそれに対して苦情をいう事態にはあまりならないと思います。それは信仰の自由という以外に何を信じても相反発する理由がないからでしょう。どの様な宗教でも悪事を働かない限り信じるのは自由、そしてそれを侵害する必要もないというのが日本人の基本スタンスだと思います。

宗教的には日本は多神教と言われ、学問的にはユダヤ、キリスト、イスラム教などの一神教に比し原始的宗教と考えられています。その理由が経典(教え)の存在とそれを伝える役割を担う人、牧師や伝道師、ウラマーがないことがあるでしょう。例えば道端に座る地蔵様にいくら問いかけても何も教えてくれません。この地蔵がこんなことを言っているという聖職者もいません。

これは日本人のすべての人に神が宿るものの一定の解釈は特になく、よってもめごとの対象にならないのでしょう。

ところが一神教は教義に戒律があります。この教えを究極的に追及していけば相反する相手をはじく、という発想が出やすいのは自明の理でしょう。これがいわゆる原理主義と称する人たちで現在の宗教テロを引き起こす思想犯の背景であります。

ここまで考えると日本人は教えがないのに一定の道徳心と公共心をもって万人が平等に暮らせる仕組みを持ち続けられる世界でもまれにみる崇高な人種なのかもしれません。

日本で宗教テロが起きにくいとすればその理由はどんな宗教も否定しないからである、と言えないでしょうか。原理主義に染まったテロリストは無差別殺人というより宗教戦争を通じて相手ある戦いをしています。ただし、的の絞り方がおおざっぱで無関係の人も巻き込むケースが多発していると考えています。

もちろん、日本でも宗教的テロはあまりなくても極右、極左を含む思想的テロは存在します。よってテロと無縁ではないこと、また世界の隅々にまで進出したり観光したりする日本人が今回のように巻き添えになるリスクは今後も大きいということは肝に銘じた方がよいのでしょう。そういう意味では日本人は「宗教の縛り」にあまりにも無頓着なのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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