外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

2019年10月

日産が後押ししたフィアットとプジョーの合併協議4

フィアット クライスラー オートモービルズ(FCA)とフランスのグループPSA(PSA)が合併する方向のようです。早ければ明日にも発表されるとされています。これに一番驚ているのはルノーの幹部と日産ではないかと思います。「逃げた獲物は大きかった」かもしれません。

FCAは亡くなったカリスマ的経営者だったマルキオーネ氏の遺志をジョン エルカン会長が引き継ぎ、積極攻勢をすべく展開をしていました。欧州自動車再編についてはFCAが台風の目で当初PSAとの合併話があったのですが、一旦流れ、その後、ルノーグループとの交渉に入りました。これは大きく報じられていたのでご記憶にある方と多いと思います。

仮にFCAとルノー/日産が一緒になれば販売台数だけを見れば世界ダントツの一位となるところでした。ところが一般に言われているのはルノーを持つフランス政府が主導権を取りたかったことでFCAが嫌がったということになっています。本当でしょうか?ならば今回のPSAについてはどう説明できるのでしょうか?

PSAの株主はプジョー家、フランス政府、中国の東風自動車がそれぞれ13.68%持ちますが、フランスのフロランジュ法で2年以上株主なら議決権2倍ですからこの3者がほぼ経営をコントロールできます。こうみるとルノーとFCAの幻に終わった合併劇の破談は日産との確執に主因があったとみるべきでしょう。

あの破談劇の後もFCAとルノーは水面下で再交渉を探っているとされており、それはルノー/日産/三菱の確固たる体制と各社の経営の見込みを分析していたとみられます。その間、日産は西川氏をゴーン体制の名残として切り、山内康裕氏を暫定CEOとします。その間、経産省の天下りの豊田正和氏が委員長の指名委員会で新経営陣の選定を行いました。ゴーン体制なら絶対に経産省の天下りがそこに入り込む余地はなかったはずです。

その結果、新CEOに内山誠氏、新COOにアシュワニ グプタ氏を選任、1月からこの体制で行うと発表しました。エルカン会長がPSAとの交渉を進めることを決めたのはこの人事を見たのだと思います。

申し訳ないのですが、内山氏は全く無名で業績についてもサラリーマン的出世街道です。同志社神学部卒業、日商岩井に12年勤め、その後、日産に移りルノーサムソンに出向したり近年は東風日産に籍を置いていました。また、COOのグプタ氏はルノーの在籍は短いのですが、一応、ルノーからのお目付け役ということなのでしょう。FCAはこの人事で苦境の日産は復活しないとみたのではないでしょうか?

日産はこのところ、一人負けの状況にありますが、それは新型車が出ない点にあります。売れ線だったエクストレイルもトヨタのRAV4に食われました。(来年にエクストレイルのE-Power版が出るので回復するかもしれませんが。)技術の日産としてスカイラインに先端技術の盛り込みましたが、今、スカイラインの時代ではありません。近年は月に200台程度しか売れなかった車に今更スポットライトを当てるマーケティングがさっぱりわからないです。

要するに自動車会社がMaaSの時代においてハードからソフトにシフトしていく中でそのピクチャーを描ける大役を新経営陣が担えるのか、これが見えない中、ルノーと日産の綱引きが水面下で引き続き行われることをリスクと見たとも言えるのでしょう。

世界の自動車会社は新たなる再編に向かう可能性はあります。それは時代の変化が業界の在り方をそっくり変えるからです。例えばテスラを評価するかといえば車自体の性能ではなく、人々の電気自動車への認識を変えたという点で画期的なのです。日本にいる方にはあまり感じないかもしれませんが、北米ではテスラがあまりにもプレゼンスが大きいのです。

自動運転もコネクティビティもそれは進化の一環でそれらが組み合わされてどこでどのような最終形を示すのか、模索しているのが現状です。それに向かうには自動車会社の地球レベルでの影響力をより広く、深く持つことで生き残るという選択肢は正しいのでしょう。ならば今回のFCAとPSAが仮に合併すればルノーは次の戦略をすぐに打ち出さねばならないということになります。その時、日産が主導できるか、それには車が売れ、利益出て、配当ができる力が必要です。今の日産にはそれには5年以上、後塵を拝しているという感じがいたします。

では今日はこのぐらいで。

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イスラムのテロは終結するのか?4

ISの指導者、アブバカル バグダディ容疑者が死亡しました。アメリカの特殊部隊が突入して追い詰めたものです。その作戦にはロシアもトルコも支援したということですから、いがみ合っている同士でも案外、協力体制はあるものだということも見せつけました。

トランプ大統領は10月7日にシリア北部からの撤退を主張し、アメリカの一部の議員からは強力な反対意見が出ていました。想像ですが、トランプ大統領はこの時点でバグダディ容疑者の隠れ家を見つけたこと、そして掃討作戦が近々行われることを知っていた上で北部撤退を指示、一部の反対層の声を想定した上で作戦の成功がそれ以上の政治的効果があることを計算していたとみています。

言い換えれば来年に選挙を控えるこの時期に「外交的勝利」を見せつけることはトランプ大統領が圧倒的有利な立場になるとも言えます。トランプ大統領が上手だと思うのは基本的に駐留軍は金の無駄で安全保障も確保できないという選挙民の同意を得やすい考えを持っており、アメリカがそこにいる必然性はないという基本方針が明白に貫かれている点でしょうか?

今回の作戦成功を受けてシリアについては監視体制こそ引き続き維持するもののロシア、トルコとの協調関係を持ちながらアメリカ軍の関与を薄めていくのではないかとみています。もちろん、イスラムのテロがこれで終わるとはほとんどの専門家は考えておらず、何らかの新たなる芽はどこかから生まれてくることでしょう。しかし、過激派が支配することがいかに難しいかということをはっきり見せつけ、わざわざ「犬のようにおびえて」という表現を使うことでどれだけみすぼらしいものかを強調し過激派の戦意を喪失させるつもりだったとも言えます。(それが効果的かという反論の声があるとは思いますが、正攻法ではあります。)

さて、興味深いのはシリア北部の次の動きであります。「国家を持ったことがない3000万人もいる世界最大の民族」クルド人がどう出てくるか、であります。米軍はIS掃討作戦でクルド人と協力体制を敷いていました。

一方、隣国のトルコはクルド人勢力の膨張に対しては歴史的嫌悪感を持っています。もともとはトルコがオスマン帝国から現在の形になってから以降、いわゆる民族闘争としてクルド人と延々とぶつかり続けているため、犬猿の仲であり、一定の和平関係を設立しないとこの戦いは終わることがないと考えられています。

ならばシリア北部のクルド人自治区を再度確保し、その地からでる石油資源でクルド人をより自立させ(願わくば独立国)、トルコとの歴史的闘争に一定の敷居を作るという発想は誰も言いませんが、狙いとしてはあり得るのではないでしょうか?もちろん、ロシアもトルコもイランもイラクも反対するでしょうが一定の抑止力は必要だと感じます。併せてシリアににらみを利かせることも可能で、アメリカにとっては都合がよい流れです。(クルド人がなぜここまで嫌われるのかは別途考察する必要がありそうです。)

イスラムのテロの根源には一つにイスラムの貧しい国や人々と貧富の差が根底にあると考えられます。また、宗教的問題というより主義主張と民族的問題、更に石油の利権などが絡んだ複雑怪奇な世界を作り上げています。とすれば中東が石油依存体制にあったことが過ちの背景とも言えます。今後、脱化石エネルギーが進む中で中東がどのように工業化を進め、国家計画上、長期的に発展しうる道を見出すのか、そして欧米諸国がそれをどうアシストできるかが中東安定とテロの撲滅への一歩なのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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デパートは高級ブランドが全てではない4

前回訪日した時、東京の某デパートで物産展をやっており、たままたそこを通りかかったのですが、週末だったこともあり、黒山の人だかりでした。まるで昭和のデパートを見ているようで、ある意味なつかしさすらこみ上げてきました。ところが他の階に行くと集客できているフロアとできないフロア、あるいはニトリやユニクロなどがテナントで入っているところにはそこそこ客がいるものの他のエリアは概して閑古鳥が鳴いている感じでした。

9月末で三越伊勢丹が二つの地方店を閉めました。都心の一等地ですら閑古鳥が鳴くのですから地方のデパートは閑古鳥すらいない状態だったのでしょうか?日本百貨店協会が発表する百貨店売上統計の中に地区別というセグメントがあります。9月は消費税駆け込み前で前年同月比2割増とあまり比較検討できないのですが、8月を見ると10大都市は5カ月ぶりにプラス、それ以外の地方都市では28カ月ぶりプラスとあります。これは10月以降再び落ち込むというパタンになるのだろうとみています。特に地方のセグメントで28カ月ぶりプラスが消費税増税前の駆け込みの特需ならば増税がなければ統計上はもっと悲惨なことになっていた可能性もあります。

私にとってデパートとはかつてのショーウィンドウというイメージがあります。デパートで買い物をしたか、といえば時々はしましたがなぜか手が伸びにくかったのは価格が高かったことがあると思います。デパートではなくても他にも店があるという選択肢が生まれ始めた時代だったのでしょう。それ以前はショッピング=デパートという等式が成り立っていた時代でした。そう考えると消費者と販売側の多様化に対してデパートとの立ち位置関係が40年前からギャップが生まれ、徐々に大きくなっているともいえます。

デパ地下ブームなどでその場しのぎを続けてきたもののここにきてオンワードが大量閉店に動くなどデパートの特権が薄れてきています。私がデパートで買い物をしなくなった理由は々すぎて歩くのが面倒くさいこと、∩択肢が多すぎて選びきれないこと、E弘がうざいこと、ぅ妊僉璽箸了翅泙いけていないこと、ゲ然陛メリットが少ないことでしょうか?(私が秘書時代にはつけ届けは高島屋で、と決まっていました。包装紙の価値が一番高かったからです。)

ダメ出しばかりで申し訳ないのですが、デパート自身が百貨店というより不動産業としてテナントへの場所貸し業と化したことで「歌を忘れたカナリア」ならぬ「売るのを忘れた百貨店」状態なのだろうと思います。デパートの友の会は聞いたことがあると思います。そこはシニアの集まりです。確かにシニアはお金を持っているかもしれませんが、活気には程遠い状態です。

ターミナル駅の一等地にあるデパートの再生は日本の消費を楽しくさせるかどうかの大きなカギを握っていると思います。冒頭紹介したように物産展などイベントをすると人は集まります。ならば各フロア、もっとイベントだらけのデパートにしたらどうでしょうか?ファッションショーでもインテリア教室でも着こなし術を教えるイベントとか、いろいろあるでしょう。ものをモノとして売る時代は終わりました。ものをエンタメに載せながら売る時代です。なぜそれを買うのか、買う理由を売り手が後押しするのです。そして参加者に共鳴させることではないでしょうか?

例えば行列店には自然と行列が長くなるようになっています。これは人の心理でそれはお得だろうと勝手に思うからなのです。そういう活気づくりが百貨店には欲しいのですが、残念ながら百貨店経営者が高級店へこだわりすぎてプライドが邪魔しているように感じます。あたかも若者の来るところではない、と拒絶しているような店づくりなのです。でも人が集まるのは物産展とニトリとユニクロなんです。経営者は顧客を正視していないのではないでしょうか?

本筋であれば地方の百貨店ほど残しておきたいコミュニティの集まり場所かもしれません。知り合いに会うのは病院の待合じゃ元気も出ないのではないでしょうか?一等地の活かし方、別に高級ブランドが全てではないと思います。

では今日はこのぐらいで。

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なぜ守れない社会のルール4

チュートリアルの徳井義実氏の個人会社「チューリップ」が1億2000万円の所得隠しをしていたことで徳井氏に猛批判が浴びせられています。単なる所得隠しというより会社を作ってから何もしていなかったという唖然とした状態であったことが今回大きなニュースになりました。

会社を作った理由は経費で様々なものを買えるお得感だったわけであたかも給与を貰うより断然うまくやったと自負したわけです。しかし、会社とはメンテするのが実に面倒で様々なルールに縛られます。(日本はまだいいですが、カナダなどは納税以外にも会社法に基づく年次報告などやらねばならないことはもっと多いです。)

なぜルールを守れないのか、これは大まかに3つの理由が考えられます。1つは単にルールを知らなかったこと、もう1つは捕まりやしないという自己流の勝手な解釈であります。3つ目が捕まるかもしれないけれど止められないという負のサイクルに陥った場合でしょうか?徳井氏の場合は2番目のケースだったのではないでしょうか?

マクドナルドの財務担当者が会社の資金7億円を個人のFXの損失補填に充てていたという報道がありました。7億円も金が動いたのに同僚がその人物の怪しい動きに気が付くまで誰もわからなかったのも唖然とする話ですが、この引き出した担当者は捕まりやしないとは思っていません。しかし、損失補填に対して背に腹は代えられない強迫観念に陥っていたと考えられます。想像するに捕まった瞬間、終わったと同時にほっとしたのではないかと察します。

問題はここで背に腹は代えられないならば何をしてもよいのか、あるいはそれができる環境や抜け道があるのか、という疑問であります。徳井氏の場合、一体だれが会計士だったのか、という疑問が出ています。会計士という資格を持つ人間である以上、自分に与えられた職務として会社の会計報告を所定日までに行うことは明白な義務であり、それを放置できないはずです。想像するに会計士が毎回、変っていたのではないか、という気がします。その上、会計の基礎資料すらなかったので作りようがなかったという気がします。

芸能界では黒い交際が時々話題になります。宮迫博之氏らの闇営業が問題になった時も「わかっているけどおいしいし、断れない」という自己都合の論理に走ります。煽り運転も同様でしょう。「自分の前で邪魔するものはどけ」という心理です。認知が入っているかもしれない高齢者が交通事故を起こすのも目線が社会の中の自分ではなくて天動説的な自己中心論理が主体となります。

上述の例だけを取り上げても自分の会社、担当する仕事、闇とのコネクション、自動車に人格を転移させること、あるいはそこに車のカギがあるというきっかけとそれに対する自己ルールの設定が間違いのもとだったわけです。

社会はこれらの事故や事件を大きく報じ、厳しい処罰を行います。多分、刑事上の罰以上に社会的制裁の方がはるかに大きくなるでしょう。多くの場合はその人の築き上げてきた人生の城を一瞬にして瓦解させることになります。

1992年にアメリカのマクドナルドのドライブスルーでコーヒーを買ったおばあさんがそのコーヒーを足の間に挟んだところ、こぼれてやけど負った事件があります。かの有名なマクドナルドコーヒー事件で、懲罰的罰則で約3億円を支払えとの判決が出たことがあります。(その後和解で支払いは5000万円ぐらいになっています。)この懲罰的罰則はマックのような社会的主導的立場にある企業がやるべきことが十分ではないという点において「有名企業罰則」であったとも言えます。同様なケースはマイクロソフトも経験しています。

今の世の中、刑事罰より怖いのが社会的制裁であります。飲酒運転をして死亡事故を起こしたあの福岡の事件は強烈な制裁だったと思いますが、その後も止まらない飲酒運転事故に対して警察は本気の取り締まりを行いました。それはあまりにも高い罰金と免許の取り上げであります。ここBC州でも異様な超過速度で運転していた数千万円もする高級車が強制的に取り上げられ、オークションにかけられたことがあります。

ごめんなさい、では済まない後始末は人生設計を全部振り出しに戻してしまうとも言えます。社会はルールががんじがらめになりつつあり、自分だけの論理はもはや通用しないということを大人として学ばねばならないのでしょう。徳井氏のニュースは改めて考えさせられるものがありました。

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50代は会社で邪魔者か?4

日経ビジネスに「トヨタも悩む新50代問題、もうリストラでは解決できない」という特集があります。50代は給与も高いのに人に仕事を押し付けるのが上手、なのに自分では何もできない、あるいは評論家タイプが増えて具体的な解決策や改善策を自らがリードしながら進めていくとなると「おい、君がやれ!」ということなのだろうと思います。

50代問題は日経ビジネスだけではなく、いろいろなところで取り上げられる問題であり、その内容については批判も多いと理解しています。なぜ、こんなことになってしまったのか、日本の人事、教育にその理由を見出すべきなのか、考えてみたいと思います。

先日、ある勉強会で思わぬ意見が出ました。「人や世の中の言うことに従い、自分で考えない世界ほど楽なものはない」というのです。いわゆる受け身人生のようなものです。これは、どの年代、男女を問わず、主流派なのだろうと察します。

会社に於いて受け身型人生を当てはめると常に上からの指示待ちで「言われたからやる」ということになります。企業が自然災害や事故、不祥事で大きなトラブルがあった時ようやく「これは改善しないと」という対応をしますが、事前にそれを解決しようとしないのは「やらなくても大丈夫だろう」という意識があるからです。つまり、日本は往々にして積極対応ではなく、事後対応なのです。

会社人事でいえば20代から60代までの年層による特殊性はない、と考えてよいでしょう。経営者や経営幹部が会社の方針を考え、社員はその方針に向かって受け身として働くわけです。もちろん企業ですから洋の東西を問わず、それに従う点においては日本の独自性ではありません。ただ、海外では経営方針が合わなくて辞めた、という話は頻繁に聞きますが日本ではあまり耳にしないでしょう。従順という意味では20代から40代はある程度サクサク対応するのに対して50代は勝ちルートから外れた残存組という意識がより明白になり、方針に対して評論的になりやすく、会社からすると余計、使いづらいことになるのでしょう。

つまり、今の人事制度では20代から40代の層も50代から上になれば全く同じことが起きるとも言えます。これでは労働人口が減っていく中で日本の経営は成り立ちません。というより、いつまでたっても労働生産性がOECDの中で低位安定しているのは人事制度にあるのではないかと思うのです。

私は社員に経営参加型の癖をつけさせることは大事だと思います。さまざまな新ビジネスや改善のアイディアを社内公募し、発表することによる刺激です。次に企業が巨大化するなかで人事の一本化そのものが違うのではないかと思うのです。若い時から同期との出世競争にさらされるのはいいのですが、勝負が明白になる30代後半の「負け組」社員にやる気を醸成するのは難しいでしょう。ならば商社のように割と早い時期から専門分野(食品、資源、紙パ、新規事業…)ごとに人事も分けてしまうのもありです。そうすると出世街道は1本ではなく、分野数だけ増えることになります。

もちろんこの色合いがあまりにも強いと三菱重工や川崎重工のような縦割り統制で身動きが取れなくなるケースもあります。これは何らかの解決策を考えねばなりませんが、50代のやる気を出させるには30代からその仕組みを作り上げないと直せないと思うのです。

50代に突然、餌をぶら下げられてもごく一部の人しか反応できないでしょう。それはサラリーマン生活30年を迎える中で個々それぞれに「働き方」が固まってしまっていてフレキシビリティがないから、とも言えます。

もう一つはおおむね家族持ちは子供が大学生ぐらいになり私生活のゴールが近づいていることもあります。住宅ローンもだいぶ減ったか、払い終わっている方もいるでしょう。自らが幕引きの時期にあることを内面的に認識しているのです。ですが、私は時々主張するように人生二毛作、60歳からあと15-20年は現役で行けると考えています。

50代の方にあえて言えることは60歳からの明白なビジョンを作ること、そして自分がどれだけ前向きな人生を送れるか考えることだと思います。北米で当地の人と話をしていると「30年同じ会社に勤めた」というと社長や役員など幹部にでもなっていれば別ですが、なかなかその人生観を理解してもらえません。

自分の人生を持ち上げ、楽しむには若いうちから自己啓発が大事だと考えています。

では今日はこのぐらいで。

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今週のつぶやき4

千葉から東北にかけて再び大雨で河川氾濫も各所で発生しているようでお住まいの方にとってはやりきれないお気持ちだろうと思います。心よりお見舞い申し上げます。復興については政府を中心として真剣に考えるべきでしょう。温暖化が理由で東日本への影響が高まっているように思えますが、防災の弱点エリアは相当ありそうです。個人的にはかつて洪水だらけだった利根川系河川は強化すべきと思います。また東北にかけて地形的特性で川が氾濫しやすいこともあるのかもしれません。(山から太平洋に急に注ぎ込むという意味です。)早めの対策が待たれます。

では今週のつぶやきです。

元気な株式市場はいつまで
10月17日付ブログで株式市場について「日本の株式市場は基本的にはプラスだと考えています」「下を向く必要はないと個人的には思います」と書かせていただきました。今週は5日間の立ち合いはすべてプラスとなっています。ニューヨークが今週は比較的「ヨコヨコ」の動きに対して東京市場はしっかりしているように見えます。特に日経平均の計算上、影響力があるソフトバンクGの株価が冴えないことを考えればかなり強いと感じています。

個人的にはこの基調はもう少し続くのではないかとみています。7-9月の決算開示が始まりましたが、先行するアメリカの企業は事前予想を上回るところが7-8割になっており、安心感を誘っていることもあります。一方、高い成長期待で買われていた銘柄、例えばBeyond Meatなどは高騰前の株価に戻ってしまい投資家がより現実を直視するスタンスに変ってきているように見えます。

日本も新興市場より東証一部が堅調なのもそのあたりの変化ということでしょう。もちろん、間接的にはソフトバンクのウィワークへの投資失敗が大きいとみています。この問題は以前から申し上げたように「成長企業の青田刈り」を進めていた同社が生み出したバブルであり、それが急速に収縮していると申し上げておきます。ただ、全面的なバブル崩壊のような連鎖反応はないとみています。

菅原経産相の任命責任
今回の内閣組閣の際、菅原氏を経産省という要職の大臣に据えたことに大丈夫かという危惧を持っていました。それは菅原氏が「疑惑のデパート」だということは比較的知れていた話で週刊誌や野党の格好の餌食になることは見えていたからです。そして決定的瞬間を文春に握られたわけです。

菅原氏が任命された頃、韓国では曹国(チョ グク)氏も疑惑の中、法務大臣の任を受けましたがほとんど仕事もできないまま辞任に追い込まれました。個人的には非常に似たケースだったと思っています。

菅原氏の場合、菅官房長官の押しだった点において菅氏にかけた迷惑以上に菅氏のポジションに微妙な影響が出てこないか見ておく必要はありそうです。安倍首相は菅氏には一歩譲るところがあるようですから菅氏のかなりの押しで経産大臣という「A級大臣ポスト」を用意いただいたという内部の力学にどのような変化が出るのか、注目です。

東京モーターショー開幕だけど…
2年に一度の東京モーターショーが始まったのですが、メディアのカバーが異様に少ない気がします。自動車専門系はともかく、一般メディアにほとんどニュースが出ないのはめぼしいものがないということを如実に表しているように感じます。

もちろんクルマ好きにはたまらない点もあるのだと思いますが、最近何度かモーターショーをみて感じたのは「結局どれも同じような車」で差別化が難しく、驚きをもって接することが少ない点でしょうか?また車がよりエレクトロニクス化している点で世界各地で開催されるモーターショーより毎年1月にアメリカ、ラスベガスで開催される国際家電見本市での自動車の進化を見る方がはるかに期待感と驚きがあります。

もう一つは車の進化する方向がつながり(C)、自動化し(A)、シェアし(S)、EV化する(E)というCASEの方向にあることはある程度興味ある人は理解しています。人々のマインドにはそこにどれだけ近づいたかという開発競争の大きな枠組みが既知感としてあるため、より評論家的な形になるのかもしれません。つまりワクワクドキドキがないのです。そういう意味でも豊田社長の焦りはとても理解できます。人々は何に夢を抱くようになるのでしょうか?

後記
即位の礼が終わりました。その前まではラグビーの日本チームの活躍がありました。今年は5月の皇位継承の儀式と10連休もあり、イベントがてんこ盛りになっています。そして、その有終の美がオリンピックとなるのでしょうか?世界を見渡してもこれほどいろいろある国はありません。これは誇りにしてよいでしょう。同じ成熟した国家において欧米とアジアの融合という点を含め、日本の立ち位置がより国際化し、リーダーとして君臨してもらいたいと思います。

では今日はこのぐらいで。

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韓国不買運動と香港民主化運動の共通点4

韓国の日本製品不買運動はピークを過ぎた感がありましたが、ユニクロのコマーシャル中止事件は再び、眠れる子を起こしたような感じがあります。一方香港の民主化運動も予想以上に長期戦になっていますが、この「粘り」はどこから来るのでしょうか?

両運動に共通しているのは若者主導、そしてSNSであります。また、情報化が進む中、その運動の成果の「目に見える化」が進んでいることがあるのでしょう。韓国と香港の若者には共通する悩みがあります。それはエスタブリッシュ層とそうではない人の明白な二極化であります。香港では高騰する不動産価格でどれだけ頑張っても50屬僚斬陲手に入れば凄いと思われるでしょう。韓国では一流大学を出て一流の財閥系に就職できた人とそうではない人に明白な差が生まれ、取り残された若者は就職すらできず、将来の不安を抱え込んでいます。

一昔前まではそれら取り残された若者は世の中の枠組みの中で甘んじるか、政府に声なき声を発するといった抵抗にもならないむなしさと悔しさを抱えていました。当然、それはストレスとなって溜まります。

かつての日本を考えてみましょう。60年安保の時、日本はデモの嵐でした。それは日米安保が国民への十分な理解が浸透してなかったことが直接的引き金です。しかしそれ以上に当時、日本国民が疲弊していたのではないでしょうか?戦後10年ちょっとの間の激動、GHQがあって朝鮮戦争があって思想は180度転換し、戦後の焼け野原からの復興という点でへとへとになっていた国民という背景があったことは見過ごせません。そこに日米安保は国民を不安に陥れたということだったのではないでしょうか?

今、香港と韓国の若者が抱えている問題は自分の将来が見えないという不安にどう向き合ってよいかわからないということなのかもしれません。

では政府に何か言ってどうにかなるのでしょうか?韓国の場合、文政権は経済改革では全く成果を上げていないどころか、最低賃金の引き上げ政策が余計景気を悪化させてしまいました。文政権がどこに向いて何をしたいのかさっぱりわからなくなっている中で若者は目先のわかりやすく、やりやすい標的を目指したとしたらどうでしょうか?これは中国の尖閣をきっかけとする反日運動とほぼ同じ構図です。

ユニクロのコマーシャルが炎上したケースを見てみましょう。98歳と13歳の二人の掛け合いで ”How did you used to dress when you were my age?” ”Oh my god, I can't remember that far back” でした。ところがこれに韓国語の字幕で「80年以上も前のことを覚えているかって」となっているのです。字幕を入れたユニクロの見解は歳の差を明白にするためにわざわざ80年を挿入したそうですが、その80年前は当然戦時中です。これは無神経なユニクロの完全な手落ちなのですが、こういう刺激を今、韓国に与えてはいけないのだろうと思うのです。

慰安婦像の時も若者が主導していました。この若者たちは慰安婦の話を自国の立場に立った教育と親などからの話で刷り込まれてしまいました。一旦思い込んだらそれを変えるのは容易ではありません。同様に、今回の日本の輸出管理規制もほとんどテクニカルな問題で一般人が騒ぐ内容ではなかったのですが、それが様々な自己都合の解釈を作り出すわけです。この問題の当初、私は安倍首相や世耕経産省大臣(当時)の発言が一般市民向けに火をつけたのは余計なことだったとこのブログで指摘させてもらいました。政治家は喋ることが仕事だと言いますが、時には黙ることも仕事だと分かってほしいのです。

運動する人間にとってそれが成果があるかどうか、これが一番重要です。暖簾に腕押しなら脱落しやすくなるのです。つまり、運動に対してメディアも世間も反応しないこと、これが最大のクスリだと考えています。

香港と韓国の若者は好きで運動をやり続けているわけではありません。きっかけがあればやめたいと思っています。そのきっかけは案外、すごく小さなことでSNSで拡散させることで収まることもあり得るでしょう。

心理には心理で対抗せよ、ということではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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