先日の日経新聞に小さな記事。

「中国の安信証券は中国国家統計局が発表した1月の消費者物価指数について実際の上昇率はもっと高かったというレポートをまとめた。この数字については算出方法に問題があったのではないかとの疑念がくすぶっている。」(要約)

この数字は市場予測が5%台半ばだったのに統計局は4.9%で発表したというものです。

僕は13億の民と巨大な国土を抱える中国のサイズを考えると統計を一定時間内にまとめるというのは至難の業だと思います。もちろん、人を総動員して行えばできない事もない訳ですが、統計の様な数字は定期的なデータの積み上げですからその時々で力の入れ方が変わってしまっても困ります。

興味深いことに四半期GDPの発表などは日本より早いのです。日本が遅いという見方も出来ますが、発展途上にある中国にとって諸外国向け統計の発表は「健康状態のバロメーター」ともいえるわけですからほんの小さな数字でも敏感になり政治的判断の可能性も考えなくてはいけません。早く発表するというのは「俺達のシステムは完備している」というメッセージに聞こえます。

中国共産党のヒエラルキーは有名で共産党党大会で並ぶ序列が昔から注目されたりしています。共産党幹部は序列が上になる為に「功績」を残さねばなりません。そのためにさまざまな「考慮」をすることは当然考えられます。

また地方の共産党幹部も更にその下の党員も皆、同じ判断基準があるとするとどうなるでしょうか?出来上がるものは「砂上の楼閣」ですよね。

その「考慮」が恣意的か偶発的かは分かりませんが、少なくとも数字に「揺れ」が生じやすいということは考えておかねばなりません。

日本人は実に素直に信じやすいタイプです。いや、欧米の人たちも信用できる国家が発表した数字なら大丈夫だろう、と思いがちです。ですが、ギリシャ問題はうそにうそを言い続けた結果でした。そして欧州危機の引き金になりました。

僕は時として物事に対して「斜に構える」ようにしています。それは物事を一面だけで捉えるとあれっと思うことが多いからです。

統計数字は特にそのマジックを使うことが簡単なのです。あるところを強調し、あるところには注目せず、見ぬふりをするということです。更に生データよりも数字に対して講釈がついた形で公開するケースが多いのですから人々はその講釈にどうしても目が行ってしまいます。

上のケースで行くと「へぇ、物価は予想したほど上がらなかったんだね」と思ってしまうわけです。それが統計をベースにした方向付けというものです。一旦方向付けされるとなかなかその方向転換は出来ないものです。そして統計に影響を受ける当局もそれをしたがらない。

だから僕はなるべく多面的にそして全体を俯瞰しながら「一つの数字」という捉え方をしています。それは中国の数字だけではなく業務でも生活シーンでもあらゆる面において数字の「揺らぎ」をバッファーとして吸収する様にしています。

こんな考え方もあるのだ、ということがご参考になればと思います。

今日はこのぐらいにしましょう。

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ではまた明日。