任天堂やソニーで販売しているいわゆるゲーム専用機は根強い人気があるのでしょうけれど、マクロ的には凋落傾向であることを否定するのは難しいでしょう。理由はスマホなどを通じたSNS型ゲーム。

数年前、誰でも一台、二台と持っていたデジカメ。最近、街で使っている人を見かけなくなりました。その代わり、スマホでパシャ。撮って、すぐ友達に送れます。デジカメではその場では出来ませんね。

シャープは電子図書リーダーとして開発したガラパゴスシリーズをスクラップアンドビルトすると共にツタヤとの提携を解消する事態となりました。背景にはタブレット型はアップルの独走で他社がビジネスとしての一定規模を確保できず、赤字だということでしょう。思うにシャープはエグジットプランを探していると思います。

ノートパソコンを否定したのはスティーブ・ジョブズ。パソコンを作った張本人ながらスマホ、タブレットの時代となりあなたのノートパソコンはもう古いと言っています。

これらに共通していえるのは据え置き型や専用機はもはや時代遅れとなり、一つのディバイスに多機能を取り込んだスマホなど「多用途適応機種」でしょうか。いまや、新聞もスマホで読めるし、スタバの支払いもスマホで出来ます。

ここで思うことは二つ。
一つには日本の携帯電話はアップルが市場を席巻する前からこのコンセプトをほとんど取り込んでいたのではないか、ということであります。お財布携帯は自販機でもモノが買え、ワンセグでテレビが見られるなどのコンセプトはある意味スマホの原点であったはずです。

しかし、僕も含め、日本の携帯をガラパゴスと呼び、世界標準ではないと意見しました。いや、確かに「ガラケー」というぐらいですから日本独特のものに違いないのですが、日本の通信、電機会社が作り出すと異質文化であり、ジョブズが作ると天才だ、と褒め称えられるこの違いは何であろうかと思わず考えてします。

二つ目として人々は多くのものを持ち歩きたくない、だけど、今まで以上に便利になりたい、と思っているようです。今までは携帯がジャケットのポケットに、デジカメが胸のポケットに、という方も多かったでしょう。このわずらわしさから解放されます。財布の中のスタバのカードもスマホに移し変えれば財布は軽くなり、スタバからはプロモの案内がスマホに送られてきて得することもあるでしょう。

そこにあるのは「集約」と「中途半端なものの脱落」以外の何者でもありません。あと5年もすればデジカメは一眼などその専門性に特化したものを除き市場からなくなってもおかしくありません。

そのうち、クレジットカードだってスマホにビルトインされるかもしれません。あなたの首からかけているセキュリティカードもスマホにビルトインすればわずらわしさから解放されます。

その応用は無限に広がるでしょう。そして、日本がお財布携帯を維持したければその機能を維持すればよいだけの話です。日本のお店からキャッシュレジスターがなくなる日は遠い先でしょうけど大いにありうる話だと思います。「昔はみんな、お財布を持っていたんだよ」と子供に教えるのかもしれませんね。

一方でそこには極度な効率化が待ち構えているといってもよいでしょう。企業ベースでみれば人員の削減の可能性であり、中途半端な製品の市場からの抹殺である、といっても良いでしょう。スマホの将来は明るいですが、社会全体が明るいか、これは僕には今の段階では想像し切れません。

今日はこのぐらいにしておきましょうか?

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ではまた明日。