先日NHKの番組で自給自足に近い生活に挑戦する人が増えているという趣旨の番組がありました。テレビに出ていた方のインタビューを聞いていてちょっとびっくりしたのは「(いろいろなことが起きる)世の中にもう振り回されない生活をしたい。」

数年前、僕の知り合いの日本人家族はそれまでの仕事を辞めてバンクーバー近くのある島に自給自足ライフをするため家族ともども引っ越していきました。引っ越す直前に彼と会った際「何故」と聞いたところ、「自然にかえり、子供の教育のことも考えたい」と。しかし、この島、南国の島ではないし、教育などのオプションも知れています。「自給自足って聞こえはいいかもしれないけれどそんなに簡単なものではないと思うよ。」と伝えたものの
ネットなども無いせいか、残念ながらこの家族の音信は聞こえてきません。

ちなみにNHKの番組にでていたお母様も結局のところ、「現金」無しでは暮らせない、ということでどこかに働きに出ているようですが。

NHKの番組の趣旨は本当は違うのかもしれませんが、結果として混沌たる世の中から距離をおく行動にでる人が少なからず増えているというメッセージに聞こえました。

学校を卒業し頑張った人には大学、良い就職口、そして潰れないであろう立派なその会社で定年まで勤め上げるのが20年前までの規定路線でした。団塊の世代以降の親は右上がりの社会の中をまい進し、その子供たちは「俺も、私もエスカレーターで右上がり」を期待したのかもしれません。

しかしどうなのでしょう?団塊の世代からブーマーぐらいまでの方々はものすごい努力をしませんでしたか?勉強にしろ先輩にしごかれるにしろ、礼儀やマナー等も出来なければ雷が落ちるのは当たり前でした。その結果として右上がりのエスカレーターに一緒に乗ることができました。

林真理子氏の「下流の宴」ではお母さんが自分の息子は自分達夫婦が作り上げたプライドある家庭のもと、「家の名」に恥じない子孫を育てることを「当たり前のように」期待していたものの息子はフリーターとなり、「変な女」と同棲してしまうのです。

今の若い世代の人をあえてを言うなら「要領よく生きている」人が増えた気がします。それは社会が進歩した結果でもありますし、悪いとは言いませんが、現実直視型の日本の世相を反映したとも考えられませんか?

昔の勉強は資料を探すために図書館に朝から晩までこもることは当たり前。それだけ苦労しても手戻りの作業は当たり前、という環境でした。今の時代はそれに比べればはるかに楽に勉学も仕事も生活も出来るようになっています。ですから、本来なら昔の10倍の効率で物事が捗ってもいいぐらいです。しかし、しがみつくようにがむしゃらになる人は少なくなったのではないでしょうか?

逆境に弱くなると逃避したくなります。精神力という言葉がありますがこれは精神の筋肉であります。つまり、普段からトレーニングしていないと精神力はつきません。2011年の日本は本当に苦労の連続だったと思います。天災は続き、景気は悪く、社会から不安感を取り去ることは出来ませんでした。それゆえに精神力が弱くなっていた人たちは苦境に陥ったことでしょう。

日本人は元来、我慢強く、精神力は強く、雨嵐が過ぎるのをじっと待つことが出来るはずです。前向きな意味での自給自足社会は良いのですが、今の社会から影響を受けない自分の世界のための自給自足は僕には余りにも後ろ向きでやるせないものを感じます。むしろ、僕のほうが不安を感じてしまいます。

今日はこのぐらいにしておきましょうか?

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ではまた明日。