ある程度の年齢の方には信じられないことだと思いますが、今の若者は電話が極めて苦手です。もちろん、友達同士は問題ありません。それ以外の方ときちんとした会話ができないのです。これを受けて日経の3月7日付には「電話は嫌い、非通知出ない 人事も驚く今どきの就活生」と題した記事が出ているほか、春の新入社員入社後の「たまげた話」に必ず出てくるのが「電話が鳴ってもでんわ」であります。

イライラする上司や先輩に対して新入社員はオロオロするばかり。なぜここまで電話で会話が出来なくなったのでしょうか?

この答えはほぼこの一点に収まると思います。スマホが生み出した副作用であります。

かつての家電(イエデン)は家族全員でシェアしています。そこにかかってくるのはお父様の仕事の関係の方もあるでしょう、お母様宛の近所の方からの電話もあるでしょう、家のことやセールスの電話もあり、自分あての電話は何分の一かの確率です。当然ながらその際には構えて電話に出ます。丁寧語も使うでしょう。つまり、自分宛以外の電話に対する訓練がなされています。

ところがスマホになった瞬間、まず、自分あて以外の電話はありません。そしていやなセールスは取らないので、番号非通知は無視、知らない番号も取る人、とらない人、いろいろです。電話番号さえ登録していれば相手が誰だかわかるので電話への緊張のハードルがありません。

これが会社になると新入社員の場合、自分あての電話はまずありません。次に電話の相手が顧客、取引先、納入業者などなど様々で一定の丁寧な対応を要求されます。また、電話をかけてくる方も普通の人ばかりならいいのですが、そうでもないケースは多いものです。焦っている方、怒っている方、上から目線の方、早口で何を言っているか分からない方…いろいろです。

電話の相手がいないと当然、メッセージの依頼を受けることになります。ビジネスベースの電話は社名から残します。私の場合は社名の「ブルーツリーの…」となるのですが、ここが8割の確率で通じません。「社名をもう一度お願いします」「ブルー何ですか?」、酷いのになると「ブルース リーさまですね」で言われたことがあります。先方は真顔なのでしょうか?

しかし、若者が電話を取れないというのは会話そのものが出来ないという意味であります。臨機応変な言葉の使い方、相手に説明したり、理解、納得してもらうことなどできるわけがありません。「テキストならできるのだけど、電話で喋るとなると何と言ってよいかわからない」は人間が人間としての能力の一つである言葉を発するという基本的動作が退化しているともいえるのです。

かつてギリシャではディベートが盛んでそこから弁論術が生まれプラトンやソクラテスの弁証法等につながり、アリストテレスの著書になっていきます。あるいはシンポジウムという言葉の語源は「一緒に酒を飲む」であり、それぐらいフランクに討論を通じてコミュニケーションを図ることを人間の持つ誉れ高き能力と考えていたわけです。

電話嫌いの若者への対策ですが、基本的にしゃべらせる訓練をするしかないと思います。また知らない人に自己紹介をしたりそこに交じって会話に入りこむなど、守られない自分の環境に入り込み、言葉を通じて攻守を覚えていくほかないでしょう。NPO活動や異業種交流会で自分の意見を言うなどが大事だろうと思います。

就活の面接試験もディベート方式を何らかの形で取り入れるべきでしょう。特に官僚になるような方、超一流企業の面接では人の話を聞く力、自分の意見を言う能力が一般知識よりも重要であることは言うまでもなく、またその人の将来の成長も占うことになるでしょう。

就職試験でしゃべることを取り入れれば学生は否が応でもディベートの練習をするようになります。世の中、そのように目標をセットしてやり、軌道修正を図って行かねばならないのではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。