ジュリアス シーザーを読んでいると紀元前の話にもかかわらず英雄、独裁、暗殺という欧州の戦争の歴史のエッセンスを感じます。いわゆる戦争とは武器の進化こそあったものの多くの兵士を動かし、領土を占拠するスタイルが主であり、将軍様の実力と民の圧倒的忠心の中で世の勢力は決まっていたといっても過言ではないでしょう。これは日本の歴史でもほぼ同じことが言えます。

ところが第二次世界大戦で原爆が使われ、核の脅威が叫ばれるようになると圧倒的な支配力がなくても勝負ができるという新たなる時代の幕開けになりました。更に進化したのがテロリズムだろうと思います。ごくわずかの人間が民を恐怖のどん底に追いやることがごく普通にどこでも起きる時代となったのです。自爆テロのニュースはあまりにも頻繁で人々の関心も薄くなっています。

そんな中、最近、新たなる手法が世の中で急速に芽生えています。一つはフェイクニュース、もう一つはサイバー攻撃であります。

フェイクニュースは選挙などの際に相手方を貶める手法としてごく一般的に使われるようになりました。アメリカ大統領選でもフランス大統領選でも何らかのフェイクニュースによるマインドコントロールがあったようです。

日本ではキュレーションサイトが問題になりましした。私が思うこの問題のポイントは受信者側の「お手軽感覚」なのだろうと思います。急速な情報化時代で人々が目にする情報量はかつてないほどになり、処理不能状態になっています。そのため、人々は多くの情報を「端的に」「要点だけ」欲しいと思うようになります。細かい内容や条件は無視し、「結局どういうことよ」という結論を急ぐことがフェイクニュースで騙される結果に繋がっていると思われます。

現代社会において情報とは人間の基本欲求に新たに加わったなくてはならないものと化しています。私を含め、一日たりともネットがつながらなければ仕事もできず、イライラし、不安になる人は多いでしょう。電車の中でどれだけ多くの人がスマホをいじっていることでしょう。エレベーターの中で必死にテキストする人は洋の東西を問いません。

ではサイバー攻撃。これも入り口があってのサイバーであります。かつて城は相手から攻められにくく作りました。これは入り口をコントロールするという意味です。ところが今のサイバー攻撃とはとにかく多数に一斉に攻撃を加えることにより入り口を見つけ出すという考え方です。つまり、防御するにも限られた入り口だけを監視する時代からすべての関与者が同等の管理レベルを持たねばならないのです。ところが人間、クローンではありませんから必ず隙はあります。わきが甘く、うっかりしており、まさかと思うことが年中起きるでしょう。敵はそうやって城の中に入るのです。

かつての戦争とは軍人が軍人としての紳士協定の中で戦いが進みました。それがいつの間にか、非軍人をも巻き込む形となり、現代では一般大衆がサイバーやフェイクニュースという戦争の危機にさらされているといってもよいでしょう。

IoTなどが普及すればサイバー攻撃をする側としてはより破壊する機会が増えることになり、世の中を混乱に陥れ、資金を得、より凶暴になってくるかもしれません。

これを防ぐ方法は何処にあるのか私には即答出来ません。但し、自己防衛することは可能です。ネットと繋がっているIT機器と繋がっていない機器を別々にして「情報の金庫」を作る方法もあるでしょう。

フェイクニュースはどうするのか、ですが、私はレベルの高い情報を取捨選択することなのだろうと思います。そして自分で考えることだろうと思います。最近のネット情報はいかに短時間ですべての情報が習得できるか様々な工夫が施されています。そうなると時間をかけて分厚い図書を読まずして誰でも評論家になれるでしょう。しかし、それは情報に踊らされているとも言えるのかもしれません。良質の情報を自分できちんとかみ砕いて吸収することこそ、自己防衛の基本中の基本なのでしょう。

人を欺くことを欺瞞(ぎまん)といいます。我々は騙されやすい新たなる戦時下にいることだけは認識しておくべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。