時々お伝えしている東芝問題。なぜ、私は飽きもせずにこれだけネタにするのかといえば他人事ではない気がするからです。巨大企業の経営、そのかじ取り、取締役会と経営判断、会計士、銀行、提携ビジネス、リストラなどこれほど多くのエッセンスが詰まった問題はそうあるものではありません。

そしてあれだけの大企業にあちらこちらクラックが入り、崩れていく様子は自分が経営者ならどうするだろうか、というシュミレーションを含め、学問的にも意味がありますし、それ以上に日本企業が同じ間違いを繰り返してもらいたくないが故の継続的スタディ案件だと思っています。

さて、12日の「今週のつぶやき」でもお伝えしたとおり15日に東芝は17年3月期決算概要を監査法人のお墨付きなしで発表しました。決算短信もありません。決算短信とは自主的なもので監査人のお墨付きを必ずしも要するものではありません。但し、投資家の利益を考え、上場会社としてなるべく簡潔でエッセンスとなるものを一定様式のもと、発表するものです。今回はそちらをなぜか省いています。

形の上では昨日の決算概要発表が直ちに東証の規定に反するものではないにせよ、由々しき事態であることには変わりありません。そして会計士関係でいえば有価証券報告書だけは6月末までに出さねばなりません。(たしか一度だけ延長が許されているはずですが。)しかし、ここまでくると相撲でいえば土俵際まで追いやれています。そして単なる押し出しで済むどころか、下手をしたら土俵から落ちて悪いところをぶつけてしまう危険すら出てきています。

確定していることは8月1日付で東証2部降格です。そして上場廃止になるシナリオは現時点で2つ。一つは18年3月期の決算で債務超過を解消できないときの一発退場。もう一つは前回の不正時から特設注意銘柄としてその経営等の是正とその改善プランの提出を求めていましたが、それがクリアできず、3月に管理銘柄になり上場の妥当性について審査が進んでいます。この審査で上場維持が不適切であると認められた場合でも上場廃止になります。

多分、メインバンクは上場を維持するため八方手を尽くしているはずです。メインバンクという意味は東芝本体はそれに尽力するどころではなく、分業しないと手が回らないとお見受けできるからです。

少なくとも上場廃止リスクを低減させるため、東芝の半導体部門(東芝メモリ)を第三者に高値で売却したいところでありますが、協業関係にあるウエスタンデジタル社からちゃちゃが入りました。ここでも余計な労力を使わねばなりません。オマケにうまくいっていた同社との関係が改善不能なほどの不信感となってしまいましたが、これほど八方ふさがりの会社も珍しいものであります。

まだまだ東芝の抱える問題は多いですし、今後も出てくると思われます。攻めの経営がほとんどできず、守りを3年ぐらい続け、その間の崩壊を止める術もありません。

何故、ここまで経営が崩れてしまうのでしょうか?そもそも大企業経営とはこれほど柔なものだったのでしょうか?同社には多くの優れた経営者と社員が集まっていたはずではないでしょうか?

私が思うに根本的な「愛社精神」がなかったのではないかと思います。社員は東芝という傘だけがほしく、一定水準以上の給与をもらい、安定感を堪能することで本当の意味での「チャレンジ」を忘れてしまったのでしょう。役員になれば上に上がるための派閥や保身にも精力を傾けるでしょう。では誰が会社を守ってくれるのか、といえばメインバンクと株主という甘えがあったとみています。

メインバンクとはいざというときに一緒に汗を流してくれる銀行のことです。東芝の金屏風である銀行への過度の依存体質は否定できないでしょう。そして見せかけだけの功績の連続です。なぜそうなるのか、といえばサラリーマン社長のはかなさなのかもしれません。

日本独特の取締役会での決議という集団合議性は極端にそれが強くなると決定する内容が丸いものになりやすい上に派閥間の事前の根回しなど大変な準備が要求されます。一方で銀行も人事ローテーションの中で任期中の数年を無事過ごせればよいという責任転嫁型のスタイルが見受けられます。何かあっても「私は関係ない」と言い切ることが銀行での世渡りであります。つまり私からみれば企業も銀行も実に面白くない経営をしているように見えるのです。

私が時々名前を挙げる孫正義、柳井正、永守重信氏らはカリスマという名の圧倒的経営指導能力を持っている点が強みです。一方でその経営者がいなくなったらどうなるのか、という弱みも持ち合わせます。その代表例が自動車のスズキの鈴木修氏やセブン&アイの鈴木敏文氏らのようなカリスマ経営者が辞した後の経営の行方であります。

それ故に企業は強い後継者を育てなくてはいけません。ただ、日本の場合「創業者の意図」が社風として脈々と引き継がれる点において強い後継者を望まないところがあります。ユニクロの社長に一時君臨した玉塚元一氏との確執が好例でしょう。出光のトラブルもそうです。

日本型の経営はある意味、大変革をしないといけない気がします。まずは名刺の順番である社名、部署名、肩書、氏名を欧米のように逆さに出来るよう、社員一人ひとりの自覚を植え付けなくてはいけないと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。