世の中、何故だろうと思うことはたくさんあります。その中の一つに銀行はなぜ、駅前の一等地に立地しているのか、ということがあります。確かに駅前のATMの前には金曜日の夕方となればずらっと行列をしていることもありますが、窓口に行く人がどれぐらいいるか、といえば昔ほどではなく、繁忙時間は以前に比べて限定されているのではないでしょうか?だいたい手形主流の時代は終わりましたし。
銀行によっては一階の店舗部分を全部ATMにして窓口業務は2階から上というところもあります。その上、多くの法人や個人はインターネットバンキングで日常の振込等はこなせますし、クレジットカードによる支払いもあるので「Youは何しに銀行へ」ということになるのかと思います。
では地銀ですら従業員数千人抱えている状況の中で彼らは何をやっているのか、といえばひたすら書類のダブルチェックにコンプライアンス順守の作業なのでしょうか?日本企業の非効率性がよく言われますが、銀行には大きな改善余地があると思っていました。
そこに口裏を合わせるように飛び出したのがメガバンクの長期計画という名のリストラであります。みずほが業務量の削減を2021年までに8000人分、26年までに19000人分と全従業員の三分の一ぐらいの戦力をカットする方針を打ち出しました。三菱UFJも今後15年で9500人分の業務量削減を目指すと発表しています。興味深いのは「業務量の削減」という表現を使っており「人員の削減」とは言っていない点でありますが、これは体のよい言い方であって要は人減らしであります。
ではこれは日本独特のものかと言えばそうでもありません。欧州では銀行員数が2008年から14%減ったという調査があります。また、ネット銀行の最大手とされるスウェーデンのノルデア銀行が先週従業員の1割に当たる6000人カットを発表し、インタビューで同行CEOが「『今から10年後の銀行がどうなっているか』と問われれば、人員が『現在の半分ということは大いにあり得る』」(ブルームバーグ)と述べています。そのキーワードはデジタル化であり、同様のことは三井住友銀行も推進するとしています。
かつて、機械化が進むとどの職種に最も影響があるのか、という話が盛んに取り上げられました。弁護士のような仕事が一番影響を受けるとされていますが、それは報酬が高いという意味での影響だろうと思います。一方、銀行員は就職の受け口として極めて大きな存在でありますし、学生の就職においても大量採用するのが銀行というのが相場であります。(大量採用するという意味はそれだけ辞める人間も多いという意味です。)その銀行がリストラこそしなくても採用数を絞り、自然に抜け落ちる人材の補強をしないというスタンスをとればみずほや三菱UFJが言う長期的なスパンでのスリム化は可能でありましょう。
銀行業務がなぜデジタル化に対応しやすいか、といえばマニュアルの塊のような業務体系だからでしょう。こう申し上げては失礼だとは思いますが、私は日本の銀行の方とやり取りするのが苦手であります。仲よくなれば別なのですが、そうでない場合は判で押したようなやり取り、あるいは機械を相手にしゃべっているような感じで人間味がほとんどないのであります。ある意味、かわいそうだとも思います。
ではそんな銀行員はそれでもまだ高給取りなのか、といえば薄給だとお客様のお金に手を付けるから、というのがかつての理由であります。(今はそんなこと表立って言えないでしょう。)ですが、最近はお金もデジタル化が進んできます。つまり、ATMに行列しないでカードやデビットカードでちゃっちゃと支払うのがより浸透してきています。普及した一つにはクレジットのポイント機能は大きいでしょう。現金引き出しても銀行のポイントはつきません。とすれば現金を扱う銀行というイメージが今後より薄くなるわけです。10年後にはずらっと並んだ銀行のATMに利用客はぽつぽつという時代に変わっているかもしれません。
では銀行員は転職可能か、といえば個人的には難しい方が多い気がします。それは現業の実務を担当しておらず、汗をかけないのであります。では数字を扱うのがうまいから企業の財務ができるのかと言えば世の中、そんなに甘くはありません。マニュアル漬けで自分の判断力を養う訓練をしていないため、結局潰しが効かない銀行員になってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか?
一発奮起して経理を勉強しよう、などというのも短絡的です。経理も経理ソフトでちゃっちゃと作業できます。そろばん、電卓は不要の時代なのであります。
デジタル化と共に人材が溢れ出る業種と不足する業種のミスマッチはまだまだ続くような気がします。
では今日はこのぐらいで。
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北アメリカランキング
また明日お会いしましょう。
銀行によっては一階の店舗部分を全部ATMにして窓口業務は2階から上というところもあります。その上、多くの法人や個人はインターネットバンキングで日常の振込等はこなせますし、クレジットカードによる支払いもあるので「Youは何しに銀行へ」ということになるのかと思います。
では地銀ですら従業員数千人抱えている状況の中で彼らは何をやっているのか、といえばひたすら書類のダブルチェックにコンプライアンス順守の作業なのでしょうか?日本企業の非効率性がよく言われますが、銀行には大きな改善余地があると思っていました。
そこに口裏を合わせるように飛び出したのがメガバンクの長期計画という名のリストラであります。みずほが業務量の削減を2021年までに8000人分、26年までに19000人分と全従業員の三分の一ぐらいの戦力をカットする方針を打ち出しました。三菱UFJも今後15年で9500人分の業務量削減を目指すと発表しています。興味深いのは「業務量の削減」という表現を使っており「人員の削減」とは言っていない点でありますが、これは体のよい言い方であって要は人減らしであります。
ではこれは日本独特のものかと言えばそうでもありません。欧州では銀行員数が2008年から14%減ったという調査があります。また、ネット銀行の最大手とされるスウェーデンのノルデア銀行が先週従業員の1割に当たる6000人カットを発表し、インタビューで同行CEOが「『今から10年後の銀行がどうなっているか』と問われれば、人員が『現在の半分ということは大いにあり得る』」(ブルームバーグ)と述べています。そのキーワードはデジタル化であり、同様のことは三井住友銀行も推進するとしています。
かつて、機械化が進むとどの職種に最も影響があるのか、という話が盛んに取り上げられました。弁護士のような仕事が一番影響を受けるとされていますが、それは報酬が高いという意味での影響だろうと思います。一方、銀行員は就職の受け口として極めて大きな存在でありますし、学生の就職においても大量採用するのが銀行というのが相場であります。(大量採用するという意味はそれだけ辞める人間も多いという意味です。)その銀行がリストラこそしなくても採用数を絞り、自然に抜け落ちる人材の補強をしないというスタンスをとればみずほや三菱UFJが言う長期的なスパンでのスリム化は可能でありましょう。
銀行業務がなぜデジタル化に対応しやすいか、といえばマニュアルの塊のような業務体系だからでしょう。こう申し上げては失礼だとは思いますが、私は日本の銀行の方とやり取りするのが苦手であります。仲よくなれば別なのですが、そうでない場合は判で押したようなやり取り、あるいは機械を相手にしゃべっているような感じで人間味がほとんどないのであります。ある意味、かわいそうだとも思います。
ではそんな銀行員はそれでもまだ高給取りなのか、といえば薄給だとお客様のお金に手を付けるから、というのがかつての理由であります。(今はそんなこと表立って言えないでしょう。)ですが、最近はお金もデジタル化が進んできます。つまり、ATMに行列しないでカードやデビットカードでちゃっちゃと支払うのがより浸透してきています。普及した一つにはクレジットのポイント機能は大きいでしょう。現金引き出しても銀行のポイントはつきません。とすれば現金を扱う銀行というイメージが今後より薄くなるわけです。10年後にはずらっと並んだ銀行のATMに利用客はぽつぽつという時代に変わっているかもしれません。
では銀行員は転職可能か、といえば個人的には難しい方が多い気がします。それは現業の実務を担当しておらず、汗をかけないのであります。では数字を扱うのがうまいから企業の財務ができるのかと言えば世の中、そんなに甘くはありません。マニュアル漬けで自分の判断力を養う訓練をしていないため、結局潰しが効かない銀行員になってしまう方もいらっしゃるのではないでしょうか?
一発奮起して経理を勉強しよう、などというのも短絡的です。経理も経理ソフトでちゃっちゃと作業できます。そろばん、電卓は不要の時代なのであります。
デジタル化と共に人材が溢れ出る業種と不足する業種のミスマッチはまだまだ続くような気がします。
では今日はこのぐらいで。
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北アメリカランキング
また明日お会いしましょう。

結論から言いますと、今までの東大生は必要なくなりますね。エリート官僚、公務員、銀行員といった業種は「AI(人工知能)」で良いのではないでしょうか。
つまり、いままでのような受験勉強や偏差値教育は必要なくなります。あっても良いですが、それ以上に人が考えないような視点をもつことです。
人工頭脳では失敗を重ねることで、様々な成功体験をするのではなく、最初から成功するような(最初から間違いをおこさないような職種)に配備されるでしょう。 絵画やばらつきの多い嗜好性の高い分野はAIは大の苦手でしょう。
日本文化の中で、落語や絵画もそうですが、どこかに落ちといいますか、意図的なアクセントをどこかにつけるようです。
つまり、完全なシンメトリックな美は好まないところがあります。西洋の美学とは一味違うところがあります。
和歌や俳句をAIで作っても、どこまで人間を満足させる作品になるか? この辺りが日本文化の深さのような気がします。
間違いだらけの「美」というのも、粋なものです。前にも書きましたが、粋は米に卆とかきますから、米を食べる日常から卒業すること。
つまり、浮世離れといったところでしょう。ここには独特の美学、価値観があります。AIの踏み込めない世界ではないですかね。
偏差値教育の弊害は「金太郎飴を大量生産をしてきた事です」英語で言えば「Cookie-Cutter」お定まりの・・同じ型を何個でも作れるからです。
今、日本の人口は減少してます。金鉱や公務員が仕事が減り、新しい分野の仕事になるトレードオフが流れが促進されます。良い事ではないですかね?
これは何も日本に限った事ではありませんが、日本の今の環境は悪くはないと思います。
大量の人口を抱えた国は大変だと思います。中国はどうなるんでしょうかね?