外国に住むようになって驚いたことはたくさんありますが、そのうちの一つに「誕生日」とか「結婚記念日」といった個人の「記念日」に対する盛り上がりでしょうか?こちらの従業員は誕生日の日に会社を休む人が時々います。私の元従業員も何人か休んでいました。「なぜ?」と聞けば「誕生日まで働きたくない」と。この感覚はさすがの私も「うーん」と唸ってしまいます。

記念日とはあくまで当事者にとっての意味合いであって第三者には基本的には関係ないものです。例えばクリスマスは欧米では当然の祝日ですが、それはキリスト教信者が決めたルールであるからであり、日本はキリスト教がメジャーではないので祝日になりません。ユダヤもイスラムも関係の深い国ではそれなりのお祝いをしますが、それ以外の国では場合によりその存在すら知られていません。

戦争に関してみると11月11日のリメンバランスディが世界的には比較的知られた祝日です。これは第一次世界大戦の終結を記念する日でカナダでは特に胸に赤いひなげしの花のバッジをつける人が目立ち、ボーイスカウトの子供たちらがスーパーマーケットの入り口あたりで募金活動をするのも年中行事であります。日本は形の上では第一次大戦の戦勝国でありますが、このリメンバランスディは全くと言ってよいほど知られていないと思います。

では日本で誰でも知っている8月15日、更には広島の原爆が落ちた8月6日を世界の人がどこまで知っているか、といえばこれまた疑問であります。つまり、記念日とは当事者、当事国の感性に訴えるものの世界的広まりという点では割と少ないものであります。

その中で中国も様々な形の記念日を制定しますが、「忘れられない日」として記憶にとどめようとするその動きは日本のそれよりもはるかに強力、かつ国家的行事として推進する傾向があるようです。

例えば日中戦争の発端となった1937年7月7日は盧溝橋事件があった日です。この日を中国では盛大な式典で盛り上げ、「日本が中国の歴史に傷をつけた初めの日」として忘れ得ぬ日とするよう国家行事として毎年、繰り広げています。今年は81年目でありましたが、昨年は習近平国家主席も参列しました。今年は日本との関係改善を顧み、刺激しないよう、蔡奇政治局員がトップだったようです。が、彼も習近平氏と一枚岩の関係故に中国からすれば対日関係は表向きの繕いというところでしょう。

カナダでは南京事件の記念日問題で盛り上がっています。今年の秋にかけて日本でも確実に話題になるはずです。南京事件は1937年12月13日の南京陥落をその記念日と称しています。当時、中国は蒋介石の国民党の国であり、その首都が落ちたという意味で中国にとっては重い意味があると考えられます。但し、それが何人虐殺されたとか、多大なる暴行が行われたというストーリーが主眼となってしまい、人権擁護派が吠えまくるというのが実態であります。

本質論から言えば盧溝橋事件と南京事件は対の関係で本来であれば台湾で盛り上がるならともかく、国民党を一掃した共産党が台湾以上に盛り上がるというのはやや不思議な気がしないでもありません。

カナダで南京事件をその人権問題の切り口から捉える為に余計ヒートアップしてしまうのであって、単に首都陥落という捉え方で中国なりで国内の記念日として捉えれば良いのではないかと考えています。勿論、カナダでは関係がない話で人権問題は日本を蔑むためにすり替えられたストーリーと思っています。

記念日は個人、家族、国家、社会、宗教など様々な基準のもとに時として主観的にも決められます。その記念日をチアー(Cheer, 喝采)するイベントはよくあります。アメリカで野球場やイベント会場でサプライズのプロポーズをすることに対して観衆がやんやの喝采をするのはOKです。バンクーバーの日系居酒屋で客が誕生日会をする場合、店の電気が突然、消え、スタッフ全員がその人にハッピーバースディーを歌うところがあります。これも喝采の一つです。「良かったね」「おめでとう」という素直な気持ちです。しかし、それ以上でもないのです。

記念日とはそれを他人に押し付ける趣旨があります。そういうふうに思い込ませるという意味です。皆さんもそれは困るでしょう。記念日の制定を「なぜなのだろう」と考えると実に奥深いものがあると思います。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。