外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

海外生活、ビジネス

カナダの日系ビジネスは強化できる4

カナダの日系のビジネスが地盤沈下して久しいものがあります。バンクーバーに限って言えばホテルは7-8つを所有/運営していましたし、不動産開発事業者もずいぶんいろいろ建てて競いあったものでした。ところがこの20数年ですっかりそのイメージは消え去った上に、街中に溢れるほどいた日本人のワーキングホリディに学生、ツーリストもひっそりとしてしまいました。

ワーホリの人が見えなくなったのは数が減ったというよりダウンタウンのアパートが高くて住めないという理由が大きいようです。レンタカーを借りに来る若者もはるか彼方から電車やバスに揺られてやってきます。ツーリストからは「物価が高い」と嘆きの声が聞こえてきます。ある意味、日本のガラパゴス化とは物価水準でも異次元となっているのかもしれません。

さて、北米における日系ビジネスは一部の飲食業を除いて衰退の一途をたどっています。先日もロスアンジェルスで豆腐を北米に広めたあの方(NHKで8月に彼の特集番組がありました)とご一緒していた際、「新規進出はラーメン屋ばかり」と嘆いていました。

ずばり、北米における日系ビジネスの弱点はBtoBや規模の大きなBtoCが少ないのです。日本に親会社をもつ企業が当地でビジネスするのを別枠とすれば現地に根を張って法人相手のサービスをする日系の会社は少ないと申し上げてよいと思います。

私はVendor(取引業者)はなるべく日系を優先しているのですが、ある程度の規模の電気やプラミング(水回り)を扱う業者は一つもありません。結局、韓国系に頼んだりするのは価格が安くて割としっかりした仕事をしてくれる業者がいくつもあるからなのです。

先日、日本の某大手製薬会社から日用雑貨をカナダに卸したいが、ルートを探しているという相談メールを頂きました。私はよろず屋ではないのですが、困っている方にはできる範囲でお手伝いするようにしています。

その方に回答を書きながら思ったのは当地には日系のスーパーは規模が小さいものが一つしかないのです。では現地の日本人はどこで買い物をするか、といえばそこよりも大型の韓国系スーパーか、もともと台湾系だったスーパー(現在はカナダ最大資本のスーパーに買収されています)で購入するかのどちらかでしょう。

その意味は一定規模の資本を投入した日系のローカルビジネスがないということに尽きるのです。

日本でも人手不足の折、何を言っているのだ、とおしかりを受けるかもしれません。しかし、草の根で育て上げた商売というものは強みがあるものです。何十年と継続する力は大きいものです。階段を一歩ずつ登れば20年で20段上るのです。それでよいのです。

ところがバブルの崩壊は資本のみならず、人の引き上げも伴いました。そのため、現地企業の芽を日本は摘んでしまい、いわゆる世代間断絶を経てしまい、資本投入を伴うビジネスのきっかけを失ったといってよいでしょう。韓国人は逆に97年危機で韓国ではだめだ、という人たちが当地でビジネスを立ち上げ、今では立派に育っています。

当地に住む日本人は夢が小さい方が多いように見受けられます。平和でストレスが少ない気楽なライフがしたい、と。同じ北米でもアメリカには日系のビジネスで売り上げが何十億円規模以上のものがゴロゴロあります。アメリカで成功している日系の方はまず一つに根付き、英語を駆使し、コミュニケーションを絶やさず、そしてアメリカンな大きな目標を持っている感じがします。

バンクーバーの日系では英語をほぼしゃべらずに生活できます。それはモザイク文化が薄い壁となっているために乗り越えない限り、侵入してこないという独立性を保てるカナダ独特の社会構造がそうさせるのでしょう。

カナダにおいてBtoBはニッチだらけです。その気があり、一定の資本を投じればほぼ無限に仕事は生み出すことができます。あまり変わったことをしようと思わなくて結構。それより着実に歩を進める方がこちらでは成功します。日本の最先端のものを持ってきて逆に論理的説明ができず、苦労しているケースは散見されます。ジャンプしすぎないアイディアの方が受ける、そしてそれ以上に信用第一というのが私が26年ここで根を張ってきた限りの印象です。

次世代につなげるために、若者や熱い人、もっと集まってくださーい!と声を大にしたいです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

アルコールでつながるカナダと日本4

産経新聞に「大阪市の酒造会社『堂島麦酒醸造所』が英国ケンブリッジシャー州フォーダムに日本酒の醸造所を完成させ、14日に開所式が行われた」と報じられています。記事によると欧州での日本の酒醸造所は初めてで20億円とのこと。千本限定の4合瓶は14万7000円だそうです。腰が抜けそうな値段です。

外務省は日本を海外に紹介する一環で長年日本酒に力を入れてきています。その成果もあり、輸出量は8年連続で過去最高を更新しています。ただ、個人的には日本の若者が飲まなくなった日本酒を海外にどう売り込むのか、ここからは工夫が必要だと思います。ワインのような市場に何故育たないのか、いろいろ意見はあると思います。料理の合わせ方もあるし、アルコール度数がワインと比して高いということもあるでしょう。日本酒にはワインのような酸味が出せないというプロの視点もあります。

北米では昔、知的白人層に日本酒を飲む方が多くいたのにびっくりしたことがあります。ビジネスランチで相手のカナダ人から熱燗を飲もう、と言われたこともしばしばです。ところが酒税の関係で価格が高い上に日本食レストランでの提供に限られていたこと、日本からの輸入には一定量ないと持ち込みにくいという制約もあり、当時はわざわざシアトルまで日本酒を買いに行くということもありました。

ここに目をつけ、BC州産のコメで作った日本酒ならそんな税金はかからない盲点を突き、当地で日本酒造りをしている方がいます。私もよく知った方で、田んぼと醸造と行き来しながら日本酒の啓蒙に走っています。当地ではなんとバンクーバー日本酒協会なるものも発足しています。大したものです。

日本酒と言えば次はビールでしょうか?実はカナダと日本のビールメーカーは熱い関係です。アサヒが北米の代表的ビールメーカー、モルソン クアーズ社と関係があり、スーパードライをバンクーバーのモルソン社の工場で生産、アメリカ向けに輸出しています。

また、サッポロはカナダ第3位のスリーマン社を買収しているため、北米向けのサッポロビールはカナダで製造されていることはあまり知られていないかもしれません。

当地で居酒屋に行くと生ビールの選択肢がアサヒかサッポロの二者択一のケースが多いのは両社がカナダに足掛かりを持っているからなのです。また酒屋にいけばサッポロビールのロング缶はセール対象になることも多く、ひと缶2ドル(170円程度)を切っての入手が可能です。

バンクーバーにはもう一つ忘れてはならないローカルビールの会社があります。パシフィック ウエスタン ブルーイング社といい、90年代初頭、倒産の危機にあった同社を日本人女性の方が買収、再建しました。その方はお亡くなりになりましたが、現在でも日本人が持つローカルビールメーカーとして酒屋にも缶ビールなどが並んでいます。

アルコールでつなぐカナダと日本でやはり手薄なのがワインとウィスキーであります。カナダのワインは良いものを作るのですが、製造量が少ない上に国内消費主体に回す為、輸出に手が回らないというジレンマがあります。日本人で当地のワイナリーで苦労されて仕事をされた方もいらっしゃいますが、日本人所有のワイナリーがカナダには生まれないのが残念です。(カリフォルニアのナパバレーにカプコンの辻本憲三氏がお持ちのワイナリーは「別格」とされるまで育っています。)

最後にウィスキーですが、世界5大ウィスキーを御存じでしょうか?スコットランド、アイルランド、アメリカ、日本、カナダであります。カナダの場合、ライ麦のウィスキーで日本のスーパーマーケットで「カナディアンクラブ」の名称で安売りしているのを見かけた方も多いでしょう。あれはハイボールにするとうまいです。

このウィスキー市場に上述のお亡くなりになったビール会社の女性経営者が目をつけ、病床の中「次はウィスキーをやる」と述べていたことを人伝いに聞いています。目の付け所が違うな、と感心しました。5大ウィスキーなのにライ麦ウィスキーはまだまだ市場が開拓されていないという盲点から日本の投資があれば面白いビジネスになると思います。

日本人はアルコールが好きな国民で歴史小説を読んでいても戦のさなかで酒盛りをしていた話はごまんとあります。そんな酒好きな国民がカナダといい、英国といい、ジンビームを買収しアメリカで幅を利かせるサントリーなどアルコールで思った以上に繋がっているというのも割と知られざる世界なのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

海外の日本人社会4

バンクーバーで日系コミュニティに以前にも増して接する機会が深まり、海外における日本人社会がほかの国のコミュニティとどう違うのか、改めて考えています。海外でも日本人の特性はある程度見て取れます。

バンクーバーの日本人は居住エリアで不思議なことが起きています。それは「群れない」のであります。今の日本の社会でも群れないのかもしれませんが、海外ではもっと顕著に表れる気がします。

かつての海外生活は日本人にとって様々なチャレンジであり、老若男女、協力し合って一体感がありました。ところが、情報化社会になり、海外生活について「先人」から習わなくてもネットで検索すればわかる時代になったことで海外日本人の「独立化」は進んだと思います。

もう一つ、うがった見方かもしれませんが、なぜ、海外に好んで住むのか、という原点に立った時、日本の社会にうまく溶け込めかった人は多少いるのかもしれません。私の周りにも人数的にはさほどでもないのですが、強烈な個性をお持ちの方はいらっしゃいます。あまりにも強すぎて私でも引いちゃうタイプです。

次いで世代間ギャップを乗り越えられなくなってきたことがあります。日系社会の歴史が長いハワイ、サンフランシスコ、ロス、それにバンクーバーにはある程度共通した日系社会の分類ができると思います。いわゆる日系人で日本のパスポートではない方々、起業型移民した人や国際結婚された女性、それにごく最近、こちらに来るようになった2-30代の方たちでしょうか?それらの世代間のギャップは思った以上で、若い方たちには「日系社会」なんていうことを考えなくなりつつあるのは気になるところです。

では、ほかの国のコミュニティとどう違うか、ですが、一般に日本人には自己満足型の方は多い気がします。なぜ、海外に来たか、といえば基本的に自分を幸せにするためでした。家族かもしれないし、自分のビジネスかもしれません。が、そこから外へのコミュニティに向かわなくなってきています。

他国のコミュニティ活動はびっくりするほどしっかりとした連携関係があります。例えば当地のインド人やイタリア人社会も相当の規模ありますが、毎年、コミュニティが主体となって巨大な規模のお祭りをします。中国人コミュニティはカナダ政府から巨額の資金をもって活動するNPOがありますし、ドラゴンレースや旧正月の祝いなどは街を挙げてのイベントになっています。イスラムの恒例のイベントには寄付金がその日だけで多い時には10億円も集まります。(ちなみに私も業務上出しています。)

一方、日本のコミュニティも桜まつりや夏祭りはありますが、規模からすると格段の差だと思います。また、関心が薄いのか、日系全体の盛り上がりに繋がらないし、日系社会の分派、分裂が年中起きて、同じようなグループが相反するケースもあります。

日系からは現在、議員が一人も出ていません。これではボイスが外に届きません。カナダ社会から日系にはどこに声を掛けたらよいのか、と言われます。その為、ビジネス部門に関しては10のビジネス団体の連合会を結成して窓口を作っています。日英版のウェブもつくり、改善に努めています。

海外の中で日本がほとんど存在感がなくなってきていること自体、危機感を持っています。かつてなら「Are you a Japanese?」と聞かれていたのが、いまじゃ、ニーハオと声をかけられ、チャイニーズ?、コリアン?、オー、ジャパニーズと言われる始末です。

日系コミュニティは日本より早い高齢化が進みます。連携の欠如、コミュニティ参加意思の希薄化にどう太刀打ちするか、悩み続ける今日この頃です。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

変質化する海外の日本人社会4

「タテ社会の人間関係」という日本人論の名著があります。東大の教授をされていた中根千枝先生が1967年にお書きになったミリオンセラー本ですが、今読んでもまったく違和感なく日本人社会について見事に描写しています。

その中で海外における日本人社会に触れているところがあります。「(海外における)日本人コミュニティの場合、その成員の大部分が近代的な仕事に従事している代表的日本のインテリにもかかわらず、昔の日本農村部落によくみられた特殊性がいかんなく発揮されている」としています。

また、「所属機関の日本社会における評価に従った格付けや滞在期間の長短によって成員間に一定の格付けができていること、いろいろなことがその寄り合いで決められていること、その集団の常識を超えるような行動を個人がとった場合、つよい道徳的批判がグループから出されること、個人の生活にお互いが異常なほどの興味を持ち、好きでもいがみ合っていてもみな常に接触していることである。」とあります。海外生活をされている方が読めば思わず、笑ってしまうほどツボを押さえています。

確かに海外にいる日本人の場合、「ここにきて何年?」が一つのヒエラルキーの決定要因であり、20年、30年といる長老は敬われ、日本人会の責任者に奉られることが往々にして起きてきました。

また、数多くいる海外日本人の長老たちは自分と主義主張が合わない人の下では組織の従属関係を結びたくないため、日本人の趣味の団体が細胞分裂のごとく増え続けたのが今日に至る海外の日本人社会であります。これらは正式団体として登録せず、単なるランチや時々のイベント程度で集まる軽い関係の集団であり、そこでは小さい集団化が進みます。

これは海外にいる日本人というゲマインシャフトの中で出身地、趣味や思想といったゲゼルシャフトが育まれるという実に特殊な世界が展開されているといってよいでしょう。平易に言うと北海道から沖縄までの各地の出身地の人が駐在員から起業独立、国際結婚、留学、リタイア層など立ち位置が全く違う者同士が日本人というだけの共通の枠に一旦、入れれたものの居心地が悪くなって枠から飛び出す、ということでしょう。

ではなぜ、海外ではこってりした日本人社会が勃興したか、といえば海外生活においていろいろ困ることがあるため、助け合い精神がもともとの趣旨でありました。私が所属しているNPOも海外で起業をするという趣旨のビジネス団体で30年続いています。

ところがこの海外の日本人団体、最近、崩壊の足音が近づいてきたように感じます。いくつか理由があると思います。一つには若い世代の新移住者がこのような寄り合いに興味を示さなくなったこと、二つには情報はいまや、どこにでも転がっていること、三つ目には新天地でもフェイスブックなどSNSで繋がりやすいこと、四つ目に各団体の趣旨に創設者の意思が強く残るものの、現代社会にマッチしなくなっていること、五つ目に団体の長をやりたがる人がいなくなってきていることがあるかと思います。

たぶん、若い方にとって「在住〇〇年の長老」の上から目線の発言がうざいのだろうと思います。事実、ここバンクーバーでも各団体の長になられる方は悲惨なほど無理を強いられている状況で、「いやいや感」以外の何物でもありません。では潰してしまえばよい、とすれば「歴史があるのにそれは無責任だ」とか「ほかに知恵を出すべきだ」という批判が押し寄せます。

個人的にはスクラップアンドビルトすべきだと思っています。どの団体が本当に必要なのか、もう一度見極め、英断をする思いっきりが必要かと思います。組織には必ずDNAがあります。しかし、その祖先がいた時代背景と明らかに変化する中で組織という名だけが残るような体制はあまりにも古典的すぎるでしょう。

政治の世界をみれば政党は消え、合併し、新党ができ、整理され続けています。企業も合併をします。コミュニティがなぜできないのか、それは座り続けたソファーは居心地がいい、ということなのでしょう。新しいソファーも悪くない、という発想が海外日本人社会を持たないと明らかに後退してしまう気がする昨今です。

では今日はこのぐらいで。

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郷に入っては郷に従え、海外業務のイロハ4

初めて海外赴任する直前、海外主計の課長さんが私に一言、「どんなことがあっても税金の納付期限は守り、税はきちんと払えよ」と。課長さんのその言葉の背景は各地の海外事業で問題になっていた税金をめぐるトラブルだったと思います。日本の感覚で税金を払わない、あるいは税金査定を甘く見た結果、当局からお咎めや訴訟があり、あちらこちらで頭痛のタネになっていたからでしょうか?

そう言われながらある時、カナダの関連会社で固定資産税の納付を手続きミスで期限から数日遅れて払ったらしっかり10%のペナルティが来ました。ほかにも小さい納税ミスで罰金を何度か納付させられた記憶があります。その後、税務当局から各種税務監査が4-5年、立て続けで入り、会社の経理書類を徹底的に調べられました。

幸いにして意図的な税金隠しはなかったのですが、日本企業独特の社員への福利厚生や人事関係費用の一部が否認され、追徴を払わされました。これは本社が決めたルールに基づくものだったため、あとで本社とひと悶着になったのを覚えています。

特に多くの企業が採用する駐在家族の2-3年に一度のホームリーブ(日本への一時帰国費用)は全部否認されました。理由はカナダで働くビザを持つ本人の家族が日本に一時帰国する費用をカナダの会社が負担し、税務控除対象とする理由はないとするものでした。たぶん、今でも多くの日本企業がこれを取り入れているはずですが、国によってその捉え方は全然違うのだということでしょう。

私は業務の関係でカナダ赴任後、2-3年は契約関係の仕事が主だったため、机の上は法律の書類で埋め尽くされていました。それゆえ、契約社会の発想、着眼点をずいぶん学ばせてもらいました。そのポイントはあらゆる事象、ケースを考え、フローチャートのごとく、こういう時はこうする、という帰着点が示されているものでした。一方、日本の法律図書は「双方疑義が生じた場合には甲乙誠意をもって協議決定するものとする」で逃げてしまっているのです。つまり、北米の契約図書が異様に分厚いのに対して日本の契約書は主たる部分をこの一言で流してしまっているのです。

ではこれを実務に照らし合わせると実は東芝など多くの日本企業が陥ったわなを見つけ出すことができます。まず、日本企業は仕事欲しさに業務にかかるリスクテイクをしすぎるきらいがあります。東芝でも原発建設会社のもつリスク査定を誤ったか、わかっていてそれに目をつぶったかのどちらかのはずです。(私は後者だと思いますが。)

次に契約書を誰も読まない点でしょうか?確かにちょっとしたものでも4-50ページ、大きい契約なら数百ページに及ぶ法律図書はただでさえ疲れるのに英語となれば1ページも読めないという社員が多いのは同情します。が、あっと驚くその文言はその膨大な法律図書の僅か1行だけ記載されているケースも多く、「後の祭り」になることが多いのです。

つまり、実務が分かる人が契約図書を読み込み、リスクがどこにあるのか、把握しないととんでもないことになるのです。私が今でもプレーイングマネージャーならぬ「プレーイング プレジデント」であるのは自分のビジネスの契約図書を完全に読み込んでいるか、自分で作成しているため法律の穴まで知り尽くしていることもあるのです。

私が日本企業の国際化が遅れていると思うのはそういうことなんです。そして日本人社員でできないのならローカルのしっかりしたアドバイザーを抱え込むべきでしょう。(日本人ではなく、現地人のアドバイザーです。日本人のアドバイザーは往々にして力に限界があります。)大きなビジネスだけではなく、レストランや小規模ビジネスをしている日本の方がこの手の問題に引っかかり、泣きを見たケースは枚挙にいとまがありません。

外国には日本の常識が通じないことを肝に銘ずるべきでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

海外で見る日本の若者4

カナダでレンタカーのビジネスをやっているといろいろな客に接することになります。国籍、レンタカーの目的などそれこそ人間模様の縮図を垣間見ることも可能です。ホテル業や航空業界も同様のことがいえるかと思います。例えば、飛行機を降りるとき、周りの席を見ることは多いと思いますが、意外と汚いものです。ゴミ、新聞に毛布まで散らかっていると、その人の家での生活が飛行機に座った後だけでも大体想像がついてしまいます。

では私のレンタカービジネスを通じた最近の日本人の様子です。

正直申し上げると私の知る限りでは一番厄介なのが日本人のお客様です。ゴミを残し、食べ物の袋は散乱し、ドライブしながら食べたであろうお菓子のカスは座席や足元に散らかっています。何故だろうと思うのですが、運転しながらモノを食べ、飲む人は日本人に多い傾向があるように思えます。多分、ローカルの人は車を移動の手段と捉えているのに対して、日本の方は車の空間を食べ物、飲み物を媒介にして楽しんでいる、ということなのかもしれません。もちろん、車を掃除するのは我々の仕事。ですので喜んできれいにするのですが、ほかの国の方々は割ときれいな状態で返却されるのが私の実感です。

本当の問題点は若い日本人のお客様の無謀振りであります。

タイヤをバーストさせて予備のタイヤを付けて戻してきたあるお客様の車からは異音が。出入り業者に持っていくともう一つのタイヤも空気が入っているのが不思議なほど傷だらけでタイヤは使用不能。そして車の底をみると明白に何かにぶつけています。しかしながら借りた人からは何ら申告なく、知らんぷり。

別のケースです。このお客様は車を返却された際に「突然、車から異音がするようになった」と自己申告。業者に見せるとこれも車の底を強打し部品が脱落しかかっています。その修理をしてしばらくしてからハッと気が付いたのは後輪の二つのタイヤが新品の中国製にすり替わっています。バックでなにかに乗り上げ、両方バーストさせたのでシラッと直して知らないふりをしたのでしょう。

スピード違反で車を7日間取り上げれらたケースもあります。46キロオーバーした彼が初めに発した言葉は「この車、166キロも出るのでしょうか?」。没収されたのはバンクーバーから300キロも離れた小さな街。車の回収は車の所有者しかできないので私がグレーハウンドの長距離バスに乗りクルマ回収させられました。その間、詫びの言葉は一切なし。

「あっ、おばさん、車ある?」ある若者が車を借りに来た際の言葉です。「前、おっさんから借りたんだよな。」というその相手は私です。言葉遣いの低レベルさは天下一品であります。

こういう話が延々と続くので正直、萎えてしまうこともしばしばです。

では韓国人や中国人はどうか、といえばローカルカナダ人並みにまともです。近辺に韓国人コミュニティもあるので若い人たちが借りに来ますが、まず、車の運転がきちんとできます。徴兵の良さでしょうか?態度もしっかりしているしルールはきちんと守ります。では中国人。当地に居住している人は金持ちが多いこともあり、お金のことを問わず、一番良いクルマを3日、5日と借りていき、走行距離もわずかなものが多いです。

走行距離といえば当社は距離無制限なので若い日本人がバンクーバーからカナディアンロッキーまで土日で行くケースもたまに見かけます。二日で2000キロ近く走られるとゲッと思います。そんな中、「1週間借りたいのですが」という問い合わせに「どこまで行くのですか」と聞けば、オーロラで有名なイエローナイフ。道中寝袋車中泊で行く計画だったようです。往復6000キロあると思いますが、丁重にお断りさせていただきました。クルマも痛みますが、それより事故リスクが高すぎます。

日本人は中韓に比べて優秀である、という自負はわかります。私もそう信じていますが、いざ、ビジネスを通じて直接比較すると思わず、うーんと唸ってしまいます。

なぜこうなったのか、ですが、最近の日本の若者のレベルの低さにかつて私がアメリカで感じたことと同じ現象が起きてやしないか、という気がします。私の知るアメリカは一部の優秀な人材とまともそうに見える中流層とその子供たちであります。その子弟達があほらしいことをやりつくすのは私が通算半年ぐらい東海岸でホームスティした際、様々な付き合いを通じて思ったアメリカの若者の印象。そのDNAを日本の若者が今、引き継いではないでしょうか?

これは親に原因があると思います。当時のアメリカは世界の中心であり、親に自負がありました。経済的にも恵まれ、無限の可能性がありました。しかしながら家庭不和も多く、子供は勝手に大きくなっていったケースも多かったのではないでしょうか?

時代をスライドさせて日本の若者に合わせると大体これは一致します。つまり、日本が経済躍進を謳歌した時代の子供たちは家庭内教育が十分ではなく、結果として子供が世の中の常識を学んでおらず、学校にその責任を押し付け、モンスター化し、クレーマーの親を見てきた子供たちは何を学んだのでしょうか?

私が杞憂するのはこれでは海外における日本のレピュテーションが下がりやしないか、ということであります。ホームレスと仲良く会話して事件に巻き込まれるという話を聞いてカナダ人はどう思うでしょうか?事件としては悲しいですが、一方で情けない気がします。

ルーザーという言葉があります。人生の敗北者という意味です。私が25年、カナダにいる間に数多くの日本人の国際結婚や恋愛を見てきました。しかし、その中にカナダ人のルーザーを相手にするケースをしばしば見かけます。そしてその多くは割とすぐに関係が破たんしています。当たり前です。

日本人はもっとレベルが高かったのではないでしょうか?学力もあり、世界からもリスペクトされているはずではなかったでしょうか?私が長年の経験とビジネスを通じてみている限り、今のままではこれを維持できないかもしれないと不安感がよぎります。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

ファーガソン黒人射殺事件を考える4

ミズーリ州のファーガソンで今年8月に起きた白人警察官による18歳の無防備の黒人少年が射殺された事件で白人警官が大陪審で不起訴処分とされたことに伴い、同地を中心にアメリカ各地で黒人の暴動が起きています。また、今月22日にはオハイオ州でソフトエアガンを持っていた12歳の黒人少年が駆けつけた白人警察官に射殺されています。その際、このエアガンをもった黒人を警察に通報した人に警察が「犯人は黒人か白人か?」と二度にわたり確認している録音も公開されています。

アメリカにおける黒人と白人のトラブルは根本解決にはまだ距離が残っていると言わざるを得ないのですが、この問題を考えていると果たして「色」の違いがことの本質なのだろうか、と疑問に思うことがあります。

人は必ず防衛本能を持っています。もしも危険にされされるような事態、予想がつかない状況に陥ると冷静な時には考えられないような行動に出たり、大きなリアクションをしたりするものです。例えば森の中でクマに出会ったら誰でも冷静さは失うでしょうし、逃げると同時に自己防衛として何か武器になるものを手に取るでしょう。

私にはファーガソンの事件はこれと同じことのように思えるのです。一昨日、この白人警官がテレビ番組のインタビューに出ていたのを見たのですが、司会者が「撃つ以外に手段はなかったのか」との質問に「絶対にない」と言い切っているのが実に印象的でありました。白人警官にしてみれば黒人が武器を持っていて自分に向かってくるかもしれないという先入観と恐怖が自己防衛本能を出したのであろうと思えます。

アメリカの銃社会が再三再四、問題になりますが、行動予見できない相手が来たら即座の対応をする為に必要である、という一部の政治家の強い押しもあり、どれだけ悲惨な事件が何度起きようともこのルールを変えることはないのであります。

この防衛本能は白人とアジア人の間にも当然存在します。これも「色」の違いの為、と言われますが、そうではないような気がします。カナダで白人とアジア人のやり取りを第三者的に見ていると途中でまどろっこしさを感じる時があります。それは英語という言葉の問題ではなく、言葉そのものに含まれる定義と常識観がかなり違うことによる認識の不一致であります。

アメリカのWASP(ホワイトアングロサクソンプロテスタント)はなぜあるのか、といえばWASPにとって楽だからであります。私もWASPと言われるエリアで数年仕事をしたことがありますが、都市部に比べて大きな違和感を感じました。同質化しにくい理由の一つに相互理解が欠如しているからでしょう。よそ者が来た、という噂は瞬く間に広がる点においては日本の農村部でも同じはずです。都会に出ている子女がたまに実家に帰ると数日後には集落のひと皆が知っているのと同じです。

では、このよそ者感覚はコミュニケーションをすることで解決するのでしょうか?する場合もあるし、ない場合もあると思います。例えば私が20年来仕事で付き合ってきたあるカナダ人は大のアジア人嫌い。同僚でも顧客でもアジア人だけは避けるぐらいの人ですが、なぜか私とは仕事をし続けました。理由は相互理解ができているので私はアジア人でもOKにしてもらっているのです。つまり、例外的扱いであります。

この問題の根本原因の一つは宗教による本質の相違が大きいと思います。歴史をさかのぼれば宗教の相違を理由にした戦争は何度起きているでしょうか?最近ではアメリカとイスラム過激派の相違が目につきますが、これはコミュニケーションだけでは乗り越えにくい問題である気がしています。

黒人についても同じで「行動が読めない、だから射殺する」という非常に簡単な図式が何度でも起きてしまいます。これを解決するには二つしか方法がありません。一つは日本の様に民族をほぼ単一にし、心地よい社会を維持する方法、もう一つはカナダの様にモザイクの移民国家を作り上げ、相互理解を深め、個の尊厳をより高めるとともに「マジョリティ」の支配がない世界を作ることでしょうか?

私は両方の国を行き来している中でカナダのシステムは非常によくできていると思っています。日本がこのような国になることは何百年かけても難しいだろう、と感じます。それは覇権という発想もあるのかもしれません。カナダでも東部に行けばイギリス系フランス系の問題はかつて大きく盛り上がりました。ここ西部はカナダ政府がヒンターランド(後背地)としての扱いをしたため、歴史的に開発が非常に遅れたことやアジアからのゲートウェイとして急速な発展をしたことで独特の街づくりとなっています。

但し、一つのコンドミニアムにさまざまな国籍の人が住む中で管理組合の運営はどうなっているか、といえばなぜか、白人が主体性を持っているのはキリストの教えを通じて社会貢献するという発想なのかもしれません。

人種間の問題の根は深く、その解決は容易ではないのですが、少なくとも「色」の違いによる理由というのはあまりにも短絡的な発想である気がします。ファーガソンの事件を見て「ならばなぜ、警官は防弾チョッキをいつも身に着けないのか?」という反論も可能でしょう。日本人に作らせたら薄くて軽く、弾丸を通さないチョッキが開発できるかもしれません。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
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