外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

英語、語学

大学入学試験改革、その英語テストについての私見4

2020年に大学入試に於いてセンター試験から大学入学共通テストに制度改革されるにあたり、英語の試験も大きく変わります。今まで「読む」と「聞く」だけにフォーカスしていた試験内容が「読む、聞く、話す、書く」の4技能評価になります。

また試験も2023年までは大学入試センターが作成する試験と外部業者の英語試験の選択になり、それ以降は外部業者の英語試験となります。英語圏で仕事をする者から見たこの新制度について少し考えてみたいと思います。

まず、4技能評価になるのは大きなジャンプアップだと思います。海外に於いて今まで日本人が英語で苦労するのは「話す、書く」でした。ただ、「聞く」も正直言うとかなり難しいのは事実です。理由は英語は世界共通語と言いながら各国でかなり表現や発音が違い、日本人の若者は海外にきて「こんなのは英語じゃない」と面食らうからでしょう。

私の初めての海外は19歳の時の英国でしたが、いわゆるブリティッシュイングリッシュなんてそれまで聞いたことがなかったため、かなり自信喪失したものです。日本でのリスニングの授業や試験はアナウンサーのようなきれいな発音のアメリカンイングリッシュなのでそれ以外の音は異音に聞こえるのです。

その後、アメリカに行ってNYで黒人の英語やアメリカ南部の「サザンアクセント」にも苦労しました。会社に入って英語研修の先生はオーストラリア人でしたのでオーストラリア英語でかなり発音が違い、やり取りがスムーズではなかったのを覚えています。それ以外にシンガポールやインド、香港、フィリピンなどの英語も違います。一種の方言のようなものでしょう。正直、こればかりは試験勉強では絶対にこなせないレベルです。

さて、その「話す、書く」ですが、これは英語だけの問題ではないと思います。「話す、書く」に共通しているのは表現力です。日本の入学試験制度の最大の問題は4択問題が多いということでした。これを全体的に改革して記述式などを増やすのが今回の目的で、英語もその一環ということになるのですが、世の中はむしろ表現を簡素化する方向にあります。

例えば人とのやり取りはスマホ経由の短文のテキストです。ツィッターもしかり。だから最近の若い人と話していると何を言っているのかわからないことがあるのです。略しすぎていたり、前後関係が理解できないケースなどがあります。逆に長くしゃべると「だから何?」と言われたりするのは聞く方も話す方も表現を求めていない時代なのかもしれません。そんな中で英語の試験は表現力を要求される「話す、書く」です。これは今の中高生にとって堪えそうな試験内容になりそうです。

「書く」に於いてはもう一つ苦労があります。私が経営する塾で見ていると子供たちの字があり得ないほどへたくそなんです。漢字なんて象形文字かと思うほど醜い!鉛筆を握って文章を書くボリュームが圧倒的に少なくなっているので指先が上手く動かないのです。変な例えですが、北米で大の大人に字を書かせたらろくな文字にならない人は結構います。それは普段、タイプしかしないのでペンで文章を書く習慣がなくなっているからでしょう。

さて、英語の試験については外部試験が選択できます。ざっくり9種類ぐらいの中から選択します。どの試験が有利かといったお受験対策の調査が進学塾あたりで行われていることでしょう。私が将来のことを考えてお勧めするのはIELTS(ブリティシュカウンシル)です。英検の資格は海外では全く通用しません。TOEICは最近、評価が落ちていますし、少なくともカナダでは大学留学や海外就職等ではオフィシャルになりくくなっています。IELTSは比較的海外での汎用性があります。

どうやったら英語がうまくなるか?これは机の上では無理です。実際の会話から学ぶしかないと思います。では流行のスカイプなど通信技術を使って画面を通してレッスンを受ける場合はどうか、といえばまだよいと思いますが、私からすれば半分。なぜなら相手方は上手ではない英語を聞こうと努力してくれるからです。こちらでは普通、そんな努力はしてもらえないから「はぁ?」と言われることもあるでしょう。

そんなこと言ったって海外に行けないよ、と言われるなら訪日外国人が3000万人も来るのだから向こうから来た人とどうにかコミュケーションをとる術を考えるのは一案ではないでしょうか?外国人向けボランティアというのもありじゃないでしょうか?そうすると京都と大阪の人の英語が急にアップするかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

英語を奏でよう!4

カナダと日本を往復しているとキャビンアテンダントの英語能力を嫌でも感じてしまいます。バンクーバーには日系2社とカナダの航空会社3社が乗り入れており、私は見境なくその時の都合でこの3社の飛行機を乗り分けています。カナダ系はともかく、日系の航空会社2社についてはA社の英語能力は全体的に安定して高めなのですが、B社の方は英語に品格をあまり感じず、時として何を言っているかわからなくて周りの非日本人が「あの人、何て言っていたのかしら」と囁かれることもあります。

最近、乗ったA社のフライトではブリテッシュアクセントで「うますぎる」と思わせたCAがいたのですが、その理由は原稿読み調ではなかった点でしょうか?明らかに言うべきことをきちんと意の中でまとめて表現しています。下手なアナウンスは大概、棒読み的で抑揚がないため聞き取れないのです。

英単語のアクセントを一生懸命勉強されている方は多いと思います。学校の授業ではアクセントがどこにあるか、という問題は必ず出てきます。ですが、私に言わせれば英単語一つひとつは音楽の音符一つなんです。つまり、英語の文章や節を通じてどの様に奏でるか、これが通じる英語になるかどうかのポイントではないでしょうか?よって一つひとつの単語も重要ですが、全体が音楽になっていないととても音痴な英語になってしまうのです。

よく外国人はカラダで喋ると言います。強調したいところはカラダが勝手に動いてくる、あるいは音楽ですから指揮者のごとく、手が動くのです。

ところが日本語は基本的に抑揚が少なく、口の中でもごもごしゃべることもできます。日本人はシャイですから、カラダを使って熱弁を振るうこともまずありません。英語がうまくなるかどうかはこのあたりからして違うということかと思います。

日本では訪日外国人が増えてきたこと、あるいは来年のオリンピックに向けて英語を覚えようという機運がまた高まっているようです。公立小学校でも週に1度は外国人の先生の授業があるところもあります。ただ、週に一度、しかも一人の先生に生徒30人ぐらいいるわけですから授業中、生徒一人ひとりが英語をしゃべる機会などほぼゼロで政府の掛け声は無駄な気がいたします。

個人的には高校や大学で英語のみのクラスを大幅に増やし、英語の能力を試すのではなく、英語を下地にして学科を習得するというレベルに引き上げるべきかと思います。(誰がやるのか、とご批判を頂くかもしれませんが、英語を母国語とする人に大量に就労してもらうしかありません。逆立ちしても日本人教師には無理です。)いつまでたっても単語帳から抜け出せず、前置詞がInかOnかで迷うのではなく、間違った英語でもしゃべらなくてはいけない環境に置くことが最重要でしょう。

今の時代、生英語を聞くことはいくらでもできます。一番良いのはYouTubeで自分の好きな分野のビデオを英語で見聞きすることでしょうか。好きな分野だから一生懸命聞き、画面も見ます。なんとなく、こういうことかな、ってわかってくるでしょう。

もう一つ、外国人に理解してもらうのに重要なのは何が言いたいのか、初めにズバッと言ってしまうことでしょう。多くの日本人の英語は能書きが多く、I think... but....がやたらに出てきてさっぱりわからないこともよくあります。thinkとbutで打ち消してしまうので結論がなんだかわからないのです。このもやもやっとした言い方が日本独特で日本語でしゃべる場合、(特に顧客対応では)その微妙なニュアンスが重視されますが、外国では違います。

英語なんて恥ずかしがらずにデカい声でしゃべったものの勝ちです。そういえば欧米人は大阪がお好き、と言われます。はっきりモノ申すからでしょう。東京人は格好をつけすぎです。

せっかく増えた訪日外国人を受けて英語のレベルをもう少し上げらえると日本の国際化にも役立つと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

留学生との交歓会で思ったこと4

私の大学の母校から当地のブリティッシュコロンビア大学(UBC)に4名ほど交換留学生が毎年来ます。私は母校の校友会の支部長を長年やっているのですが、数年前からこの交換留学生と校友会との接点を通じて双方に刺激ができる仕組みを展開しています。

日本では定期的に大学の学長にも会うので大学の国際化の一環として海外に散らばっている校友と留学生との接点は極めて有効ではないかと何度か力説し、学長も事務局にそれを伝達してくれて水平展開が進むようです。

さて、年に3回ある留学生とのイベントのうち、今期の第一回目の交歓会を行いました。今年も粒ぞろいですが特に全員平均して高いレベルの印象を持ちました。話をしている途中でなるほど、としっくり来たのは全員帰国子女。それも皆アジア絡みで中には単身赴任しているお父さんにはたまにしか会わないという方もいました。二人は高校も私と同じですので話も盛り上がるというものです。

今年のUBC選抜は8名応募があり、競争率2倍だったようですが、帰国子女が有利だったという結果になるほど頷くものがあります。というのは昨年までも抜群に秀でていた人は帰国子女で、そうではない普通の学生は学業でかなり苦戦されていたのです。

何故帰国子女は強いのか、といえば英語力もあるのでしょうけれど外国人との接点の持ち方を身をもって感じてきたということかと思います。「日本人だから」という肩に力の入ったスタンスで臨まず、ナチュラルにだれとでも話ができる癖をすでに体得している点が大きいのではないかと思います。

もう一つはプレゼン能力を自然に身に着けているのかもしれません。自分をきちんと表現する、また考え方を自分なりにまとめていて主張もするし、相手の主張を聞く耳も持つ、というバランス感覚を感性として作り上げているように感じます。

スイスの調査機関が発表した88か国/地域の英語を母国語としない人の英語能力で日本は49位、5段階で下から2番目と発表されました。年々下がっていると評されていますが、そうではなくて参加国が年々増えていく中で日本が取り残されているというのが正解です。つまり、日本人の英語能力は何年たっても全く上がっていないということであります。

私が留学するにも帰国子女が有利というのもご納得いただけるのではないでしょうか?

ではなぜ、日本人の英語はダメなのか、ですが、英語教育の根本が違うのだろうと思います。日本は英単語を1対1で覚えようとします。readは「読む」、getは「得る」ですし、How are you!は「お元気ですか」となります。これがそもそもの間違い。英語と日本語は対の関係にならないケースが多く、フィットした訳はその場で全然違ってきます。英語圏の赤ん坊が5歳までにペラペラ英語をしゃべるのは感性で英語を身に着けるからです。

私が26年以上当地にいて英語が変わったとすれば単語と表現の使いまわしかもしれません。年齢による英語、教育レベルによる英語、習った英語、生まれつきの英語、ビジネス英語に仲間内の英語など混在するものを聞き分け、使い分け、そこに対応するやり取りをする癖を少しずつ身に着けているということでしょうか?

金曜日の夜、当地の繁華街を歩いているとアジア系の若者のグループが大挙して歩いています。聞こえてくる言葉は韓国語と中国語ばかりで日本語は時折、という感じでしょうか?海外に出ている若者は10年、20年後に花が咲きます。日本の若者が海外に出なくなって久しいと言われています。カナダへの日本からのワーキングホリディも毎年申請枠は一杯らしいのですが、それを本当に行使する若者は案外少ないとみています。(若者は掛け持ちで色々な国に申請を出すため、実際には申請枠と実入国者に乖離が出るマジックは誰も指摘していない事実です。)

英語がうまくなる方法、国際人になる方法、これはずばり外に出るしかありません。私も海外に出た瞬間、日本で習った英語が全く役に立たないことを実感し、ゼロからのやり直しで本当に苦労しました。少なくとも帰国子女がリーダーシップをとることで日本の若者全体への刺激になってもらえればと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

学校教育の英語が使えない理由4

長年バンクーバーで日本の若者の英語を端で見ているのですが、日本人の英語がどうにも下手であります。(そういう私もうまいとは言いませんが。)最近、若い中国人の英語能力は上がってきているな、という感じがしますし、韓国の若者もうまくなってきています。何がいけないのでしょうか?

先日、日本の大学である会議に出席していて「日本人の国際化」について議論が及びました。大学側は学生を海外に送り出す努力をしていますが、海外留学できる学生など1%にも満たない学生数です。日本の最高学府で大半の学生にとって英語の授業は単位を取るだけの「消化試合」になっているのです。

英語を学ぼうとする特別の意思を持たない限り高校生までに学んだ英語など大学4年間でほぼきれいに「忘却の彼方」となってしまいます。私も最近でこそ少なくなりましたが、かつては日本に1-2週間いて、バンクーバーに戻ると英語が通常状態になるのに1-2日かかってました。

日本では文法を中心として日本人の先生が教科書に沿って英語を教えています。複数のS、不定冠詞、時制、前置詞…などは誰もが習った記憶はあるでしょう。しかし、その文法をマスターしたとしても英語をしゃべることはかなり難しいはずです。

もちろん、どのレベルの英語を必要としているか次第です。ハワイのホテルとレストランで困らなければいいというのか、最近増えた訪日客の相手をするのに結構まともな英語を必要とするのかでまったく要求されるレベルは違います。

私は地方だから、という方もいます。先日、ある放映を見ていたらニセコのラーメン屋は英語だらけ。店員さんも英語で対応を余儀なくされていると見受けられました。20年前にだれがニセコで英語を必要と考えたでしょうか?

日本人の英語が伸びない大きな理由は二つあると思います。一つは英語は手段であり、それだけ学んでも要求レベルの英語は出来ても交渉レベルにはならない、であります。コミュニケーションは双方の文化や着想、会話の展開の仕方など様々な相違点を踏まえなくてはいけません。

つまり、日本人の先生が英語を教えても上達しないのは外国人が聞いてくることが日本人にとって「えっ」と驚くような展開だったりして詰まってしまうのです。ましてやその外国人と十分な説明、説得、交渉、合意に至るのは至難の業なのであります。

二つ目は英語に限らず、コミュニケーションの能力そのものが落ちている点であります。スマホ世代でやり取りはLINEにフェイスブックですから短文による書くことによるやり取りになっています。最近はちょっと面倒な話になると「悪いけど、メール、送っておいてくれる?」になります。

今回、日本の住宅事業でフランス人の方がご入居頂くことになったのですが、説明や交渉で約1時間、その間、7割は私がしゃべりました。フランス人にとってわからない国で住宅を探すのですから容易ではありません。あらゆる説明を施し、交渉成立です。ちなみに日本の住宅事業で私が直接会って交渉した外国人に限って言えば過去4年間、100%口説き落としています。

なぜでしょうか?それは外国人を心地よくさせる術があるからなのです。これは外国でビジネスを通じて磨き上げないとなかなかできません。しかし、それぐらい英語を駆使するのは難しいのであります。

最近は翻訳も通訳も機械で簡単に処理できます。しかし、これらは要求英語なのです。議論し、双方が分かち合うには実際にコミュニケーションをしないと満足する結果は得られないことに気が付いてもらいたいと切に感じています。

では今日はこのぐらいで。

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小学校からの英語は成果が期待できるか?4

文科省が新学習指導要領案を提示し、2020年度以降英語が小学校5年から正式教科となり、小学校3年生からその導入教育を行うことになりました。英語の授業時間は今の3倍になり、中学校で教える英単語は現在の1200から1600-1800程度まで増やすそうです。今の小学生からはため息が聞こえてくるかもしれません。果たして本当にワークするでしょうか?

本気で取り組めば相当伸びる学校も出てくると思います。これは学校単位の指導次第で相当差異が出ると思われますので子供のレベルというより学校のレベルが決め手になるとみています。私なら英語だけの成績を取り出して小学校ごとの英語水準を公表させてしまえばよいと思います。これでプレッシャーを感じるのは生徒やその親ではなく、学校になるからです。少子化が進んでいるので小学校の越境入学も増えるかもしれません。学校も質による差別化を図るべきで先生の指導が画一的ではなく、いかに創造性を引き出すか、公立でもその個性が問われる時代になるかと思います。

ではどのような取り組みが生徒の英語力を高めるでしょうか?今、検討されているケースとして毎日15分ずつ必ずレッスンするというのはよい取り組みでしょう。英語は毎日触れて記憶に植え付けることで覚えるものです。但し、学校の教室で先生が生徒に向かって一方的に教えるのでは子供に覚える動機付けが出来ません。

わたしなら英語劇や英語のプレゼンテーションをさせ、カラダを使って人前で英語を喋る癖をつけさせることがポイントになると思います。多くの学校や英語塾では子供向けには教材を見せながら「これは英語で何という?」的な教育が多いでしょう。そうではなく英語教育はクラスという狭い枠組みから学校単位まで広げるべきだと考えます。優秀な子供は全校朝礼などの際、スピーチさせ、小学校1年生から「英語喋られたらいいな」「格好いい」という学校全体の雰囲気を作り上げることが大事ではないでしょうか?

日本人は英語がどこまで出来なくてはいけないでしょうか?企業によっては英語公用化が進んでいるところも増えてきました。それに対して賛否両論があるのも事実です。私は賛否の前に大学まで出れば10年近く英語を学ばねばいけないのにさっぱり英語が出来ない教育体制を改善すべきで英語公用化の賛否そのものが議論の対象になるべきではないと考えています。できて当たり前、それを企業がどう取り込むかは企業の自由裁量だと判断すべきです。

一週間ほど前、日本の外資系人材派遣会社に勤めるアメリカ人と話をしました。「どんな企業からの需要が多いですか?」「ほぼ全業種」「日本人に推薦できる英語能力を持った人は多いですか?」「極めて少ない」と返答されました。つまり需要と供給のバランスが全く取れていない状態であります。

この事実は真摯に受け止めるべきでしょう。それこそ先日のこのブログの話題ではないですが、東京に金融都市を持ってくる最大のハードルは英語なのであります。ではイギリス人やアメリカ人のような流暢できれいな英語を期待するのでしょうか?シンガポールやインドは癖のある英語です。ある意味、オーストラリアでもわかりにくい英語です。しかし、注意して聞けばわかる英語でもあります。ところがわれわれ日本人のそれは英語というレベルではなく、せいぜい「英単語並べ」である点、大人がどうこう言う前にもう少しまともな教育をして、もう少し喋れる子供を育てる体制を築かねばならないでしょう。

文科省もコマ数を増やしたから英語がうまくなるはずだと考えず、なぜ日本人の英語は下手なのか、もっと研究してアプローチを検討しなくてはいけないでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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日本人は世界に挑めるのか?4

先日バンクーバーである日本の高校の修学旅行生、約100人向けに講演をさせていただきました。一方的な講演よりもアクティブ ラーニングスタイルを目指していたのですが、残念ながらアクティブにならないのが玉にキズです。以前も同様に高校生向けにやらせていただいたことがあるのですが、その時もいくら質問を振っても返事がないのです。アクティブ ラーニングは答えがない授業のようなものですからそこにいる人が皆、参加することに意味があります。今回はかなり易しくかみ砕いたつもりですが、「おとなしさの壁」は破れませんでした。

講演が終わった後、何人かの生徒さんが私に個別に質問をしてきたのですが、一人の男子生徒が自分は今住んでいる田舎町から出たこともないし、出るつもりもなかったけれどそれでよいのだろうか?という悩みのような質問をしてきました。私はふとアメリカの田舎娘がブロードウェイのステージを目指して頑張るシーンを思い出し、一歩踏み出す勇気の話をさせていただきました。

産経新聞に感動する記事がありました。「世界の旅行者が認める栄誉 長野・白馬村の小さな温泉旅館が支配人部門最高賞に」であります。わずか18室を家族4人で廻す典型的家族経営型旅館ながら、世界最高の栄誉に輝いたその理由の一つは支配人の「発信力」のように思えます。ホームページやSNSなどを5か国語で発信していますが、想像するにフォローがしっかりしているからではないかと思います。記事には客の8割は外国人とありますが、外国人客ほど口コミが有効なところはありません。

白馬の小さな旅館の支配人の経歴に私はなるほど、とうなずきました。遊園地のテーマパークのアトラクション係5年でホスピタリティ習得、オーストラリアのワーキングホリディで世界目線のリゾートを体得、帰国後外資系のスポーツジムでトレーナーをしながら英語習得という経験が目覚めさせたようです。私が時々いう「履歴書美人」とは相反する経歴ですが、そこには試練と積み上げがあり、目的をもって時間を過ごされたと感じさせます。

我々が80年代に「地球の歩き方」をもって世界を旅行した時、そこに書かれているレストランや宿泊施設のわずかな情報は実に有益でした。まさに旅のバイブルであったわけですが、この「しろうま荘」にくる外国人はありそうで余りない本当の情報がそこにあり、コミュニケーションを通じて満足できたことがその栄冠の背景ではないでしょうか?

英語や中国語、韓国語のウェブサイトを備えている会社や案内はいくらでもあります。電車に乗れば3か国語のアナウンスが聞こえてくることもしばしばです。しかし、あれはテープです。では廻ってくる車掌に英語で質問したら答えが帰ってくるかといえば、笑って手を横に振ってごまかされるのが関の山。つまり、日本はやっぱり英語が通じない国なのであります。日本は英語による発信力が弱いこと以上に発信に対してのフォローができないともいえそうです。

黒木登志夫東大名誉教授の著書「知的文章とプレゼンテーション」では学術発表は英語がスタンダードと指摘しています。日本語は素晴らしいが、世界で通じるかどうかと考えれば英語を駆使せざるを得ないにもかかわらず、日本人の英語能力はあまりにも低すぎると警笛を鳴らしています。残念なことにこの通りであり、多くの日本の若者は「俺は海外になんか出ないし」と自分で自分の将来に制約をつけてしまっています。

高校生向けに講演をしていた際にふと思ったことは「英語でやり取りをしようというのではなく、日本語で聞いているのにそれでも何ら会場から声が聞こえてこないのは英語の問題ではなく、日本人のメンタリティの問題かもしれない」という点でしょうか?たぶん、日常接している先生ならばいろいろ声を上げるのでしょう。しかし、私のように初めての人が相手となると固まってしまい、貝のように口を閉ざしてしまうのです。

これはコミュニケーション能力そのものの欠如だろうと思います。人前で自分の考えを述べる、主張する、説得するといった訓練がほとんどなされていない気がします。塾は「個別指導」でどんなおとなしい子にも易しく対応し、心を開かせるというスキルが大流行しています。ほとんどの塾の看板には「個別指導」の文字が並びます。グループ指導がワークしない弱点そのものではないでしょうか?

日本人が世界に挑めるのか。確かにノーベル賞はたくさん頂いています。それ以外の部分ではどうでしょうか?外国に新天地を求めるチャレンジャーは少なくなりました。日本の就職状況が良好だからでしょう。その心地よいぬくもりに反逆精神を持つブラッドを育てないと20年後に日本が引き続き輝いているか、大いに心配するところであります。

では今日はこのぐらいで。

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これでは小学生の英語はうまくならない4

学習指導要領が改定になり、小学校5年生から英語を正式科目にし、英語をより年少な時から親しませる取り組みとなるようです。今では幼稚園の一部でも英語に取り組むところがありますし、小学校の低学年でも時折外国人の先生が来て教えてくれる学校もあります。また、子供向け駅前留学も盛んですが、なぜ、今、英語教育がそこまで注目されているのでしょうか?

一つにはグローバル化があるでしょう。訪日外国人が増え続け、外国人と接することが日常的になってきており、国際化が進むニッポンとして対応していくこともあるでしょう。海外に出る日本人ビジネスマン。英語は本当に下手くそです。英語以前に論理思考と表現力がないため、喋り方の基本がなっていません。そんな現実を受けて政府も躍起なのでしょう。少なくとも学校側は英語を子供たちに教えるために悪戦苦闘している様子が手に取るようにわかります。

正直申し上げますが、学習指導要領の変更の効果はほとんどないと断言します。小学校5-6年で年70時間程度の英語教育ということは学校がある時期(春夏冬休みを除く期間)に週2コマの指導ということになります。それで英語が喋れるようになれば日本人は天才であります。

私は実は日本で学習塾事業を支援してほしいと依頼を受けており、その調査、研究をしているところです。先日、その塾で受験を控える中学生3年生の数学を後ろから眺めていたのですが、何十年ぶりに見る受験問題、しかも図形の面積問題で遠い記憶の奥底から細い糸を辿るようにして「こうだったな」「あぁそうそう」と思い出したりしながらもまだ中学生なら大丈夫だという気になりました。

数学だからこそ思い出せたのは考え方で記憶しているからで例えば記憶主体の化学記号などはもう無理でしょう。実を言うと日本史も小中高と勉強しているにもかかわらず細かい記憶が定かではありませんでした。しかし、大人になり歴史の書に接したこと、テレビの歴史もので画像を通じて理解したこと、日本の観光地(城や銅像、記念館など)で体験することなどしてストーリーとして自分の日本史を体系化して今日、生かしています。

では英語。これは一つの方法として使わないとやり取りできないというギリギリの状態に置くことで記憶の埋め込みがしっかりします。例えば私はある時、ブラジルのサンパウロで一人でちょっとした仕事をしなくてはいけなくなったのですが、ブラジル語(ポルトガル語の変形)は全くできなかったのにどうにか付け焼刃の勉強をしてやり取りできたのはやらざるを得ない状態にしたからであります。但し、連続性、反復性がないため、今ではすっかり忘れてしまっています。ドイツ語もロシア語も勉強し現地では役に立ちましたが今では使わないため、忘却曲線を絵に描いたような状態であります。

子供たちが英語を伸ばすベストの方法はゲームなどを通じてSNSで英語でやり取りさせたら早いでしょう。小学生なら半年程度で英語のやり取りがスラスラになるはずです。なぜならゲームを通じて世界の対戦相手とどうしてもやり取りしないといけない状況になるからです。

日本の若年層向け英語教育は教科書にでてくる動物、果物などを英語で言う、という内容からスタートします。しかし、これが週たった2コマで30-40人の子供たちに教えるのが不可能なのはそれこそ小学生でもわかります。無駄とは言いません。が、せっかく、世の中ITを通じてつながるようになったのですからこれをうまく利用しない手はないと思うのです。どれだけ英語がネイティブで優秀な外国人の先生を連れてきても一人の生徒との接触は一コマで1回あるかないか。しかも英語塾に通っているようなちょっとできる子供が先生を独占しがちになり、出来ない子はよりできない差別化を増長する結果とならないでしょうか?(私の時代には少なくともありました。)

最近、日本の高校が修学旅行や夏休み期間の希望者だけのホームステイプログラムなどを取り入れています。日本の学校側からは厳しい監視体制で安全、安全、また安全で集団行動が主体となっています。せっかく外国に来たのにクラスメートとくっついて英語なんて喋ることはありません。もったいないと思いますが、学校側は子供たちに何かあったら大変、という気持ちが先行しています。

バンクーバーの若い日本人で英語がめきめき上達する人は非日本人とルームシェアしている方に多い気がします。否が応でも英語を話すからでしょう。大学留学もそう。英語でレポートを提出し、ディベートをします。大変でしょう。そんな苦しい時を乗り越えないとほかの言語は身につきません。

小学生に本当に英語を教育したいのなら通常の授業を英語ですること。これが一番です。先生が足りないのならIT化を進めたらよいでしょう。あるいは、学校にカリキュラムの自由度を持たせて例えば時差の問題がないオーストラリアやフィリピンの学校とスカイプ授業するとか、一コマ40分から45分のコマを15分とか20分の短いものを毎日繰り返すなど抜本的に発想を変えた方がはるかに効果は上がると思います。

では今日はこのぐらいで。

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