外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

日本人論

退路を断つと成功するのか?4

「退路を断つ」とは「退却する手段や道筋をなくすこと、どうやっても後に退けない状況にすることなどを意味する表現」(Weblio)とあります。ビジネス関連の書籍には退路を断つべき論と絶たなくてもよいという両方の指摘があります。

どちらが正しいのでしょうか?

日経ビジネスの編集長インタビューにキリンの磯崎功典氏が登場、サブタイトルに「退路を断つから変われる」とあります。積み上がった過去のしがらみを切り取ることにまい進し、その結果、自分が将来OB会にもゴルフや飲み会に誘われなくても構わないという趣旨のことを述べられています。

退路を断つという本来の意味からすると自分の社内交友関係の退路を断ってでも事業の改革にまい進するという解釈になるのでしょうか?

個人的には人間関係ぐらいは切っても構わない、いや、切れてしまうことは往々にしてあると思っています。切れたらまた作ればいいのです。これは再生可能です。

私がサラリーマン社長から起業した時、それまでの社内の人間関係は一瞬にして失いました。ゼネコンですから「同じ釜の飯」が大好きな業界です。そこから飛び出して起業したので私の周りの社員たちは決して良い思いをしませんでした。ただ、起業して5年ぐらいしてから少しずつ人間関係が戻り始め、今では1年に一度のOB会にはお誘いを頂いており、時折参加すれば当時の幹部職の方とそれこそ同じ釜の飯の話に花が咲きます。

人間関係はそれまでの人たちと切れても不思議と新たな別の世界の付き合いが急速に広がるものです。その時に「あぁ、自分は違う土俵に立っているのだ」というのを実感するわけです。こうなると過去を断ち切り、事業にまい進するしかないのです。企業内のしがらみ人事や派閥、友好関係から解き放たれるとかなり大胆な経営ができるでしょう。

社長にはいろいろなタイプがいます。猪突猛進型、独善型から調整型と称する若手社員とのランチや終業後幹部社員と社内で一杯酌み交わし「食べニケーション」や「飲みニケーション」をする社長さんなど様々です。

個人的には調整型社長になると英断がしにくくなるとみています。英断をしなくて済むような成熟業種で安定経営ができる会社ならよいですが、私のような野武士のような性格には合わないかもしれません。

さて、退路の話ですが、経営において本当の意味での退路は持つべきでしょう。上記のキリンの社長の退路を断つ担保は人的関係であり、会社を潰すかもしれないほどの勝負をするとは言っていません。退路を持たないのは特攻隊と同じようなもので、会社の代表者が突撃隊で戻る燃料もなく飛び出す経営が正しいわけがありません。経営者は一定の事業プランを実現させるドライバーであります。そこに至る選択肢は多数ありますが、どれを選ぶか、そしてそのゴールに到達できるかが経営者の腕の見せ所となります。

が、負け戦もあります。戦国時代や戦争時代の小説を読むと「引けー!」というシーンが出てきます。これは退路なのです。これ以上進めば兵力の消耗で何も残らない場合は引くしかありません。もちろん、ここでいくら損をしてでも新しい資金を投入できるという期待があるなら別です。しかし、無謀な勝負はすべきではないというのが私の経営スタイルです。

一つ言えるのは起業したら3年間は赤字でも耐えられるプランだけは持つことでしょうか。これは水攻めで籠城してもそれぐらいは持つだけの兵糧を持つということです。一部の起業家たちは起業したその月から儲かるぐらいの気持ちを持っていることもあります。そんなことはまぐれか、よほどのビジネスでそうそうあるわけではありません。

退路もどの退路を断つのかによって意味合いが違ってくると思います。仲間なのか、事業なのか、自分のポジションなのかによっても違います。ただ、退路を断つぐらいの気持ちでぶつからないと成功するビジネスがないことも確かでしょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

日本で宗教テロの意識が低いのはなぜか?4

スリランカで起きた連続テロは日本人を含む300名以上の命を奪いましたが、そのテロの理由がニュージーランドのモスクで起きた銃乱射事件への報復と報じられています。日本の宗教テロに対する一般的報道は事故の規模や被害に対する惨状は報じますが、背景の深堀は興味がないのか、解説はやや少ないような気がします。

ISの活動が活発だったころ、日本もテロの標的であるというようなことが言われました。幸いにして現在に至るまで目立った事件は起きていません。宗教テロは日本で起きにくい理由があるのでしょうか?

我々日本人はたいていの場合、神道と仏教を適宜組み合わせ、更にキリスト教をフレーバーに利用したりします。多くの人は新年に神社にお参りに行き、死ぬときは仏教に委ねます。その仏教も真言宗や浄土真宗などいろいろ宗派がありますが、それが話題になってもせいぜい「オタクは?」ぐらいでこの原因で喧嘩したという話は聞きません。

ここまでくると日本人にとって宗教とは着せ替えができるファッションとも言えそうです。結婚式のプランニングで「式はどのような形に?」「キリスト教式でお願いします!」っていうのは食事のコースを選ぶがごとく自由選択性であるこの国ほど不思議なことはありません。

なぜこうなったのか、といえば神道における「八百万の神」の考え方が浸透しているからでしょうか?つまり、すべてのものには神が宿るという考え方に基づき、神様が無数にいるのだからいろいろな神と対等に接することができるという発想であります。

よって日本でも宗教団体によってはとてつもない寄付やお布施を行うところがあります。大組織化し、政治団体と化し、巨大なる資産を築く団体もあればオウムのように極端な思想に走るケースもあります。オウムはアレフと改名し、現在でも活動が続いていますが、目立った社会問題を引き起こしていないこともあり、信者もそれなりにいるとされています。

それ以外にも様々な新興宗教や宗教的団体もありますが、他人がそれに対して苦情をいう事態にはあまりならないと思います。それは信仰の自由という以外に何を信じても相反発する理由がないからでしょう。どの様な宗教でも悪事を働かない限り信じるのは自由、そしてそれを侵害する必要もないというのが日本人の基本スタンスだと思います。

宗教的には日本は多神教と言われ、学問的にはユダヤ、キリスト、イスラム教などの一神教に比し原始的宗教と考えられています。その理由が経典(教え)の存在とそれを伝える役割を担う人、牧師や伝道師、ウラマーがないことがあるでしょう。例えば道端に座る地蔵様にいくら問いかけても何も教えてくれません。この地蔵がこんなことを言っているという聖職者もいません。

これは日本人のすべての人に神が宿るものの一定の解釈は特になく、よってもめごとの対象にならないのでしょう。

ところが一神教は教義に戒律があります。この教えを究極的に追及していけば相反する相手をはじく、という発想が出やすいのは自明の理でしょう。これがいわゆる原理主義と称する人たちで現在の宗教テロを引き起こす思想犯の背景であります。

ここまで考えると日本人は教えがないのに一定の道徳心と公共心をもって万人が平等に暮らせる仕組みを持ち続けられる世界でもまれにみる崇高な人種なのかもしれません。

日本で宗教テロが起きにくいとすればその理由はどんな宗教も否定しないからである、と言えないでしょうか。原理主義に染まったテロリストは無差別殺人というより宗教戦争を通じて相手ある戦いをしています。ただし、的の絞り方がおおざっぱで無関係の人も巻き込むケースが多発していると考えています。

もちろん、日本でも宗教的テロはあまりなくても極右、極左を含む思想的テロは存在します。よってテロと無縁ではないこと、また世界の隅々にまで進出したり観光したりする日本人が今回のように巻き添えになるリスクは今後も大きいということは肝に銘じた方がよいのでしょう。そういう意味では日本人は「宗教の縛り」にあまりにも無頓着なのかもしれません。

では今日はこのぐらいで。

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現代人はなぜ、せっかちなのか?4

パソコンやスマホでネットを見る際になかなか画面が上がってこなくてイライラしたことがある人は多いのではないでしょうか?あるいは、電車に乗ろうとしたら駅のアナウンスで「5分遅れです」と聞いた瞬間に舌打ちをしている人もいるでしょう。我々はなぜ、我慢できなくなったのでしょうか?

日本人は几帳面な性格といわれています。これは言い換えれば決められたことは決められた通りに実行されないといけない、というインプットが気持ちの中に組み込まれるとも言えます。例えば新幹線の運行は1分の狂いもなく、世界に誇る正確性がある、と我々は自負しています。JRの職員だけではありません。顧客がそう信じているのです。そのため、トラブルで数分遅れるだけで気分を害します。社内アナウンスでたかが数分の遅れでなぜこれほど謝っているのか、と疑問を持つ外国人は多いでしょう。しかし、1分と違わないことに慣れると許容範囲はうんと狭まるというトリックがそこに存在します。

飛行機、特に国際線の運航時間の正確性は航空会社の評価の重要なポイントであります。最近は多くのケースで時間通り運行、ないし、早めの到着が多くなっています。なぜでしょうか?もちろん、航空会社の様々な努力もあります。が、運航スケジュールそのものにバッファー(ゆとり)があるのです。飛行機は安定飛行に入ると気流を別にすればスケジュールに影響することは少ないのですが、離着陸に思わぬ時間を食う時があります。それはその時次第ですし、飛行場によっても混雑具合は変わります。それをスケジュールの中でうまく吸収できるようにして結果として定刻運航をしていると見せています。

このように日本人がせっかちになったのは一つには日本人の正確無比という面が根本的にあると考えています。

次いで時代の要請があると思います。実は私はケチなんです。お財布というより時間にケチなんです。90年代から00年代にかけて「効率化」ということが叫ばれました。私は社会人として当然、その洗礼をうけます。そして、パソコンが社会に普及した時期と重なります。世はバブル崩壊後、もがき苦しんでいる中、会社ではリストラと称し、人減らしはごく普通に行われました。

これは時間が無限にあると勘違いするような時代からこの日、この時間をどう過ごすのか、という自己啓発をさせたのであります。本田健氏の「〇〇代にしておきたいこと」はずいぶん売れた本だと思いますが、彼は10年スパンによる人生の一定目標を設定してくれたのです。あるいは、「時間術」の本が当時無数に出ましたが、これも世の中の趨勢であったのです。

私の学生時代、雀荘がなくなり始めました。それは時間がかかり、それこそエンドレスでやるゲームに「馬鹿々々しい」と思い始めたからです。パチンコも同じです。ともに時間が掛かることは現代人は嫌なのです。

私は会社員なりたてで社会人ゴルフをさせられました。理由は上司の送り迎え、運転手役だからです。朝4時に東京の家を出て、横浜の上司の家に行き、一緒に栃木のゴルフ場で8時から接待プレーをし、終わって風呂に入り、お客さんと「いやいや、お疲れ様」といって皆さんがビールを飲んでいるのを横目にコーラで満たし、そのあと、また逆コースで家に帰ると夜8時。ふざけんじゃない、と思いましたよ。今ならさしずめ、「ゴルフハラスメント」と言われるのでしょう。

お金がない時代、私が自由になるもの、これは24時間の使い方しかない、と思い始めたのは我々の世代が育った社会的背景が強烈に背中を押している、とも言えます。では、せっかちになって、24時間をどう過ごすのか、これは人それぞれです。睡眠時間を除き、どれだけ、充実した生活をしているかは個人差があります。

電車に乗ってもかつてほどぼーっとしていたり、寝ている人は減ったように感じます。。カナダでもオフィスのエレベーターに乗るとほとんどの人はスマホをいじっています。10秒足らずの時間を惜しむようになっているのです。

現代人はせっかちなのか、といえば確かにそう見えるのですが、人間、怠惰になることもあります。友人ととりとめのない話をすることもあるでしょう。私なんか、1日一歩も外に出ず、本を読み続けることもしばしばあります。かつては最短時間で最大リターンを求めるフィットネスの効率化などと考えたこともありましたが、最近はスポーツ自転車で2時間ぐらいカッとんでくることも増えました。

時間を独り占めできるようになった現代社会がわがままを生んだ、とも言えそうです。

では今日はこのぐらいで。

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前澤友作氏と堀江貴文氏4

ゾゾの前澤友作氏。話題を振りまき、経営者としてはメディアへの露出度はトップクラスかもしれません。前澤氏の生き方はユニークであると思います。早稲田実業高校時代にはバンドに夢中になり、出席日数ギリギリ、大学に行かず、音楽活動をしようとした青春時代から幕開けします。23歳でゾゾの前身となるスタートトゥディなる会社を作り、9年半で上場させます。

そのビジネスモデルは洋服をネットで購入するという誰もやったことがないブルーオーシャンへの挑戦でした。この市場を開拓したという意味では前澤氏の功績は極めて大きいと思います。前澤氏のスタイルに様々な色が出てくるのはこのあたりからです。会社は6時間勤務で午後3時に退社できる仕組みを取り入れる、給与均一制とフラットな社内組織、商品のつけ払い制度、ゾゾスーツで採寸してゾゾのプライベートブランドの服を販売する計画、さらには18年末にメンバーシップ制度を発表、会員になれば洋服は自動的に10%引きで買える、といったアイディアを次々と実行してきました。

誰もやったことがない様々な改革案は批判もあるし、必ずしも成功しているとも思えないものも多いのですが、失敗を恐れない点において前澤氏が現代社会において注目を浴びる一つの理由であると思います。

私が堀江貴文氏と前澤氏を並べてみたくなったのはある意味、似たところがあるからです。それは現代社会のしきたりを破る、ということでしょうか。堀江氏のことは私はライブドアの時代から妙に応援をし続けてきました。バブル崩壊後、若者に閉塞感が漂う中、「面白いことをやってみよう」という精神はハッと思わせることばかりでした。

ライブドアを作る、情報発信するというベースビジネスに野球球団の買収を試み、フジテレビの買収にチャレンジ、はたまた国会議員への挑戦とどれも分厚い障壁があるものにカラダからぶつかる異色の展開を図ってきました。その後の証券取引法違反で堀江氏のイメージは悪化するのですが、塀の中でも常に自分の中でもがき続け、なかなか飛ばないロケットに夢を託し、現在は著作業やビジネス系タレントとして活動しています。

前澤氏と堀江氏、ともに言えるのは圧倒的な基盤ビジネスの成功とその後のめげないチャレンジでしょうか?とはいえ、堀江氏が最近フライしないのは基盤ビジネスを失ったあと、大ヒットビジネスが出てこないからでしょう。ということは前澤氏も自分の基盤ビジネスをしっかり固めないとそのレピュテーションは大きく剥離する可能性があります。

事実、ゾゾスーツの失敗から会員制度に対する大手アパレル会社の反逆、さらには批判も多かった100万円お年玉は個人的にはややつまらないつまづきだと思っています。人々は手のひらを返すことを容易にします。そしてその先陣はメディアであります。つまり、メディアが反ゾゾスタイルになった瞬間、ビジネスも前澤氏のレピュテーションも逆回転を起こしやすく、とん挫することもあり得るのです。

これがアメリカだったらどうでしょうか?イーロンマスク氏は批判にさらされながらもどうにか、モデル3を世に送り出し、出荷台数を確保しつつあります。人々は本業での成果とプロセスを見ています。それゆえ、彼は難局を乗り越えたとみています。そのマスク氏は派手な生活をしているという話は聞きません。これが肝だと思うのです。堀江氏も全盛期を含め、派手な生活という感じはしませんでした。常にB級を突き進んでいました。

その点、前澤氏は派手すぎるところに大きなリスクがあるとみています。会社の広告塔であり、多くの従業員とアパレル会社、顧客を抱える中で打ち上げ花火的な目立つことではなく、ビジネスでもっと本気度を見せてもらいたいと思います。

ひと時の話題の人だったのか、と思われないよう若者達への夢を作ってほしいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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文化の違い4

最近、今更ながら世界との文化の違いを感じさせることがありました。

私が東京で運営する共同住宅の一つの隣地の方からある日、「お宅の住民の方がうちのごみ箱にごみを捨てている」とクレームがありました。思い当たるベルギー人のテナントさんがいたのでその方に再度、ゴミ捨て場を説明したところ、すみません、次回からはちゃんとやりますと。

それからしばらくしてたまたまお会いしたところ、「ちゃんとごみを捨てたと思ったら管理人らしき人にこっぴどく怒られた」と訴えるのです。「どこに捨てたの」と聞くとどうやらすぐそばにあるマンションのごみ置き場にごみを置いていたようです。そこでようやく私は気が付きました。外国にはごみを電信柱の下に置く習慣はなく、ゴミ箱を必死に探したのですね。つまり、ごみの回収車が決められた曜日の朝に回ってくるからその時間までに指定された路上にゴミ袋を置いておくという発想は外国人には全くないことにようやく気が付いたのです。

私のように海外に人生の半分近くいる者でも案外気が付かないことは多いものです。それは生活習慣については自分なりにすでに理解しており、使い分けもできることもあるのでしょう。

カナダに来たばかりの頃、自分の庭の手入れが悪いと隣家から怒られる、という意味が分からなかったのですが、そんなことは住宅街における基本中の基本のマナーだということはすぐに学びました。日本なら「俺の家のことに何、口出ししやがって」というところでしょう。こちらでは違うのです。そんな小さな学びをずっとし続けるとふるまいはこちらの人とまったく同じ水準になれるものです。

その振る舞いや行動は日本のそれとは明らかに違うことも多いので日本に向かう時には成田や羽田についたとたんに日本モードに切り替えるよう努力しています。特に気を付けているのがしゃべり方。声のボリュームを落とし、あまり自己主張せず、押し付けず、語尾を断言調にしないなどの工夫をしています。

それが日本のコミュニティの中で「目立たず適度に埋もれながらもうまくやっていく」方法であるからであります。あの人は変わっている、やっぱり外国に住んでいると違う、と思われて日本でビジネスがうまく進まないことが間々ありました。だからこそ、イメージ戦略をより大事にしています。

カナダにいれば逆に色濃く出さないと存在価値が埋もれてしまい、日常茶飯事の様々な交渉に勝ち抜けなくなります。懐柔したり、プレッシャーをかけたり、ディールしたりとあの手この手でやり取りするしかないのです。

アメリカに行くとこれまた違ってきます。結構、人間対人間の関係構築は双方のコミュニケーションからという感じもあり、目と目を合わせ、ガチンコでトークしたりすると案外、トランプ大統領のように「お前はいい奴だ」と思われたりします。

ではカナダとアメリカはどうでしょうか?訴訟が大好きなアメリカ人もカナダではそう簡単に「訴えるぞ」とは言えません。何故ならカナダの訴訟で「完勝」することはほぼなく、手間暇も大いにかかるからであります。

先日、昔の事業の関係で最高裁まで行っていた6年越しの裁判で和解成立をしました。もともとは当方は被告ではなかったのですが、ディスカバリー(事実関係の確認)のプロセスで新事実が次々と明らかになり、原告と被告が増え、双方、入り乱れ、誰が何だかわからないほど複雑になってしまいました。その中で当方は一応、被告側になり、総額数億円規模のクレームを受けていました。これもアメリカに長くお住まいだった方からの訴訟でした。和解の結果、原告はクレーム総額の10分の1ぐらいしか取れず、当社の負担はそのまた10分の1ぐらいで収まりました。

好む好まざるにかかわらず、日本在住の方も外国人と隣り合わせの生活が当たり前になってきました。外国人が日本の文化伝統習慣をどこまで理解しているかはなはだ疑問です。が、私の知る限り、多くの外国人も「郷に入れば郷に従え」の精神は持っており、どうにか日本のやり方を理解しようと努力していることは事実です。

そんな外国人もカルチャーギャップで汗をかいているかもしれませせん。我々は教えてあげるという気持ちを持つことが大切ではないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。

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否定から入る日本人4

人の話を聞いて「でも…」「だけど…」「それもそうだが…」といったように相手の話を打ち消して自分の主張をすることはかなり多いのではないでしょうか?そういう私もその傾向はあります。なぜでしょうか?

私の場合は単に素直ではない、あるいは自分の方が経験が勝っているのでそのまま、はい、そうですね、では引き下がれない、という強情さかもしれません。皆さんの場合はどうでしょうか?

案外、女性は「そうなのよね」「そうそう」「ほんとねー」といった具合に割と肯定から入る方は多いのではないでしょうか?こう言ってしまえば男女の違いは確かにあるのですが、日本は全体的に否定調で入るケースが多いようです。

日本の新聞が国際報道について肯定調か否定調か、中立的かという調査があるのですが(GNV 2015年)肯定調が15.6%、否定調が37.6%、中立調が46.8%となっているそうです。ざっくり否定調が肯定調の2倍ということになります。また、新聞報道はそれなりに色がついているということも言えます。

ではなぜ、否定調なのか、ですが、一つにはニュースそのものに事件性が多く、否定されやすいトピックスが多いことがあるでしょう。それがこの調査では補正されていないようですのでそのままうのみにはできないのですが、日本人に否定論調が多いのは保守的性格である点は否めません。

農耕民族として育った日本人は土地への属性を含め、基本的に変わらない生活を求めています。終身雇用もそうだし、一度買った家は「永遠の住家」です。また自分の住むところは「おらが町」として町おこし、祭り、郷土料理といったお国自慢でさらに保守性を高めていきます。

そうなると自分や住むところに何らかの変化が伴うようなことには大きな反応を示し、そのために異物反応となるのではないでしょうか?まずはいったん否定、だけど自分が信頼を置いている人が「こうする」といえば「俺はあの人を信じているからそれについていく」という形で同意が進む、ということかもしれません。

北米に来て一番初めに学んだのが「ポジティブシンキング」つまり、肯定的に物事をとらえよ、であります。これは移民国家らしく多くの先人の努力を見習い、自分たちも開拓精神をもって創造に励め、と言われているようなものです。これは日本と違い、集団統治性がなく、個人がそれぞれ自由な動きをしやすい環境にあるため、自分の足で立たないとおまんまの食い上げになる、という意味でもあります。

冒頭、男性は否定から、女性は肯定から入りやすい、と申し上げました。実は女性の方がはるかに保守的であるのです。女性は特有のグループ化により所属意識が男性よりはるかに強く、また男性が複数のグループに所属することに抵抗がないのに対し、女性は単一のグループのみに所属する傾向があるという調査があります。これは女性が「でも…」「だけど…」と否定から入ると仲間外れにされるというリスクが高いため、同意から入らざるを得ないという背景があると考えています。

言い換えると多くの日本人が所属しているグループとの結合性とそれに対抗する発想、行動、計画への抵抗が否定表現につながる、ともいえるかもしれません。

日本人はポジティブに開拓しなくても道はある、ということなのでしょう。私のように長く外国にいるとそんな色はよく見えるし、果たして世界の中の日本は大丈夫なのかしら、と余計なことかもしれませんが、心配になります。

では今日はこのぐらいで。

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不快だった旅行会社の外国人社長のインタビュー4

旅行関係の予約サイトを運営するエクスペディアの日本法人社長のインタビューは物議を醸してもおかしくない気がします。

「日本人の目線でモノを考えてはダメだ。福岡の魅力は食と言われる。だが正直言って欧米人には脂っこいラーメンも内臓系の肉も、メンタイコなど、なじみのない魚介もウケない。イカの生き作りに至っては、残酷な印象すら抱く。こうしたメニューは食文化の近いアジア向きで、欧米人には水炊きや和牛の方が賢明だろう。海外の目線について、我々はアドバイスができる」(日経)

他にもこの社長は日本をガラパゴスと称し、数々の「指摘」をしています。言わんとしていることは分からないでもありませんが、福岡市と連携を結んだインタビューとしてはかなり放言し放題だったと思います。

日本がユニークな文化を持ち合わせているのは国内外でそれなりに認識されています。そのユニークさが逆にアジアの中できらりと光る興味深い国とも言えます。

私はカナダ人に「東京ってどんなところ?」としばしば聞かれるので「アメリカの中のニューヨークを思い浮かべたらよいでしょう。東京はアジアのニューヨークのようなところ」と答えています。この意味はニューヨークだけはアメリカの中でも独特で個性豊かな文化発信をしているところで他のアメリカの地域とは明らかに違うのと同様、東京もアジアと欧米に強く影響を受けた独自性がある、と考えています。

では日本のほかの主要都市、地方都市はどうか、といえば「地方自慢」といってよいほど「おらが街」のテイストが出ています。福岡、大阪、仙台、札幌それぞれ語れるでしょうし、名古屋においては天下一品、名古屋文化の本が出るほどであります。

つまり、ディープなカルチャーの宝庫が日本なのに「欧米受け」しないから変えろ、というのは論外でしょう。これでは福岡人は怒ります。

福岡発のラーメンチェーンに「暖暮」というのがあり、バンクーバーにも店があります。最近その店の行列は本当に長く、近くにある旭川発祥の「山頭火」を凌駕するほどです。福岡のラーメンをこの社長の個人的感覚でいわれたくはないでしょう。

旅行とは非日常経験であって、試してみることに意味があります。やっぱりステーキとかハンバーガーがよいとなれば、そういう店だっていくらでもあるはずです。それは最終的に旅行客が決めることなのです。

バンクーバーのある日本食レストランで馬刺しを提供しています。しかし、この店の英語メニューには馬刺しはなく、日本語メニューだけに存在します。理由はカナダ人にとって馬を食べることは「とんでもない文化ギャップ」があるからでしょう。しかし、熊本県で馬刺し用に育てる生きた馬はカナダのアルバータ州から来ているという事実を知るカナダ人日本人もほとんどいないはずです。文化とは奥深いものなのです。

この旅行会社の社長さんは土曜日の宿泊が取れないのは日本人の国内旅行が多いからだ、とか1万円の宿泊料金は決して高くない、などかなり自己都合な発言が多く、記事を読んでいて心苦しくなりました。日本人は日本のそれぞれの地方文化を愛し、保存したいと考えています。そしてそこに魅力があるゆえに週末に旅行するのです。

私はカナダ国内の一泊旅行はしばし行っていません。ごく一部を除き、魅力がないからです。観光施設も賑わいもアトラクションもありません。ホテルの人に「見るところはありますか?」と聞けば「ハイキング」と言われます。そんな外国から見れば日本は北海道から沖縄まで本当に面白いところだらけです。旅慣れた訪日外国人はよりディープで日本人すら行かないところを開拓し続けています。

旅行にワールドスタンダードを求めるならアフリカには誰も行きたがらないでしょう。でも多くの欧米の旅行マニアはそういうところに進んでいくのは何故でしょうか?旅行会社は発掘することをお手伝いするのが役目です。そしてまた行きたい、と思っていただくことが大事ではないでしょうか?

その点、日本は世界の中でもトップクラスの観光立国であることは断言します。そしてより進化を遂げると期待しています。

では今日はこのぐらいで。

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