外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

経済一般

米ドルは基軸通貨を維持できるのか?4

米ドルがこのところ他通貨に対して弱含みになっていることで米ドルの覇権が揺らいでいるのではないか、という見方が一部であります。本当でしょうか?少し検証してみましょう。

ドルの相場と言えばドルインデックスがその代表的指標になると思います。ドルインデックスもいろいろなものがありますがその違いは比較対象とする他国通貨の種類の数であります。代表的なインデックスの一つ、DXY指標で見ると概ね93程度。これが今年の3月に102のピークを付けてから下落しているのでドル覇権への疑問の始まりだと思います。

リーマンショックの時、ドルインデックスは71ぐらいまで下がっています。よって現在の93は決して他通貨に対して極端な弱含みではありません。リーマンショックでドルが弱くなったのは利下げと長期にわたる低金利へのコミットメントに対する市場の衝撃があったものと思われます。今回、インデックスが93まで下がっているのもFRBが長期にかつ、インフレが2%程度を安定的に維持するまで利上げをしないといっていることでドルの価値が下がっていることは要因の一つだと思います。

ただ、ドル覇権への疑問がわくもう一つの理由は米中関係の悪化に伴い、中国が元のデジタル化の実用にむけて準備を進めていること、経済のデカップリングが仮にある場合の貿易等のやり取りで仮想通貨へのシフトが考えらえるなど、代替通貨の利用が進む可能性があるからです。

例えば香港問題が起きた今年、仮想通貨でステーブルコインのテザーは9月半ばには時価総額が年初から4倍の150億ドルになったとされます。なぜビットコインではなくテザーなのか、と言えば同通貨がUS砲了饂困鮹簡櫃砲靴芯眠澆世らとされています。(それを疑問視するアメリカなどでその事実関係の調査が進んでいます。)事実、テザーの相場はごく一時期を除き、ほとんど動かない相場です。この1年を見ても1%動くのはまれで概ね0.5-0.3%程度に収れんしています。ある意味、世の中で最も安定している通貨の一つとも言えます。

ではなぜ、テザーが今年急激に取引量を増やしたかと言えば香港や中国からドルを含む他通貨への移動にこれを介したとみる向きが大きいようです。中国元はかつてのブラジルの通貨のように厳しい持ち出し制限がある通貨であって国内専用通貨のようなものであります。となれば元を流通可能通貨に換えるプロセスでテザーが利用されたのは至極当然の流れのように思えます。

専門家は米ドルの覇権に疑問はつくが、それに代わる通貨が今のところないとほぼ口をそろえて言います。それは特定政府の信用通貨という枠組みから発想が抜け出せないからなのでしょう。かつて金や銀が通貨としての役目を果たしていました。これは世界の中で政府信用という発想がなかったため、世界で共通して価値があると認める金や銀を国家間の信用の媒介手段に使ったわけです。

では現在の政府が発行する信用通貨は本当にリライアブルかと言えば疑問は残ります。コロナの支援対策でアメリカの財政を含め各国は自国の財政に傷がつくどころか国によっては血まみれになっています。一方で財政の信用性がない国々、南米やアフリカ、東アジア諸国では自国通貨とドルを使い分けています。途上国ではホテルなどの支払いをドル建てにしているのは外貨獲得が国策として求められているとも言えます。ところがそもそものドルは本当に健全か、と言えば今のところは口にこそしないけれど基軸通貨と言えるほど絶対安全性が保証できないかもしれません。

その理由の一つに株式市場における狂気の沙汰の時価総額があります。GAFAやテスラをはじめ先週上場し一度も黒字になったことがないスノーフレーク社に時価総額7兆円という数字が付く現状を見てハイテクバブルというより米ドルの物価が壊れているとみた方が正しく、ドルが不健全にまだ高すぎるという傾向が見て取れるのです。

なんでこのような事態になったか、と言えば基軸通貨のバトンを英国からもらったアメリカが製造業をことごとくあきらめ、資本主義でもその悪影響が出やすい部分、投資や投機を促進させ、国内産業の育成よりも高度な会社運営、税制やマネーを技術的道具にすること、世界の頭脳の集約、情報の集約などに特化しすぎたことで過剰な価値創出に一躍買ったのだろうと思っています。

本質的には世界がもっと水平展開すべきところが垂直展開し、アメリカだけが特定の部分を牛耳ってしまったことが問題なのです。例えば本来であれば他の主要国が金利を2-3%引き上げたらドル価値は崩落するはずです。アメリカはインフレになるでしょう。ただそうならないのは他の主要国が金利を引き上げられる自国経済のファンダメンタルズすら十分ではない垂直展開という名の従属状態になっていることなのでしょう。

一番怖いのは仮に通貨のデカップリングが生じ、中国元がデジタル元も含め、世界で流通するようになればこの脆弱性がみられる基軸通貨ドルの覇権は崩れやすくなるという点です。よって個人的には西側諸国が通貨バスケットによるデジタル通貨を至急、作り上げるしかないと考えています。各国の信用ではなく、信用の持ち寄りによるバスケット方式でステーブル通貨を作り上げれば世界貿易は為替リスクも極端に少なくなり全く違う世界が生まれることになるはずです。これは断言しても良いと思います。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

新しいビジネスの枠組み4

我々は会社が当たり前に存在すると思っています。雇う側は良い人材を確保し、会社が目指す事業を推進、拡大し、最大限の利益を得、できれば従業員や株主にもその配分をしたいと思っています。そのためには組織を強化し、連携し、最強集団を作ることを良しとしました。この考え方に誰も疑問の余地を挟まないでしょう。

私は会社という組織がなくなってもよいと思っています。いや、無くなるかもしれないと思っています。それは会社という枠組みで才能を引き出せなくなっている社員が多く存在することを現代社会においてほぼ誰も気が付いていないからです。

私が20年間に及ぶゼネコン勤務をしていた際、国内の建設現場では日常的にジョイントベンチャー(JV)という企業体が組成されていました。そもそもは地方自治体が発注する公共工事において全国区のゼネコンと地場の建設会社の間で技術力の格差があることからそれを埋め、啓蒙を進めるためというお題目がありました。が、実態はそうではなく、全国区のゼネコンがおいしいところを吸い上げるばかりではなく、地元にも利益を還元させるために名もない小さな地場の建設会社と誰でも知っている大手ゼネコンがJVを組んでいたわけです。(昔のODAのタイドローンもそんなものでしょう。)

その後、この発想は民間にも取り込まれます。横浜のランドマークタワーの建築は私の記憶する限り、十数社ぐらいのJVだったと思います。私が勤務したゼネコンもその一社に入りました。ただ、おかしなことに営業本部が受注するまでそれを想定していないという珍事が起きたのです。秘書だった私は社長から「おい、これどうなっているんだ。誰が営業したか探してくれ」と言われ「もしや?」と思ったらいつも一匹狼で仕事をする営業の顧問氏の一人舞台でありました。

民間企業が多数の企業をJVにする理由は当時は営業上、特定会社だけではなく、あちらこちらに「餅巻き」をするという発想でした。そういう意味では昔のJVは表向きの理念と違い、もっとマネーというニンジンをぶら下がっていたものだったと思います。

1990年代に入り、世界ではPPP(ないし3P=パブリックープライベート-パートナーシップ)が注目され始めました。ただ、個人的には公共事業の効率化推進するために民間の発想を取り入れる、あるいは民間の資金を入れやすくするといったどちらかと言えば官が主体の事業に民が乗っかるという感じであります。現在も件数は増えていますが、正直、欧米では不正など様々な問題も提起され、発展的に増えているという感じはしません。

そんな中で私が会社とは何か、と考え始めたのは才能ある社員、有能な社員が会社という枠組みに縛られるのはこれだけIT化が進んだ社会において無意味ではないかという気がしてきたのです。

会社経営に於いて新たな事業を立ち上げる時、才能と情熱を注入できる人材が主導し事業形をつくります。いったん立ち上がるとそれを安定成長させるための違う能力が必要になります。飛行機でいうTake-off(離陸)はパイロットに頼るところが大きいですが、安定飛行になると自動操縦になるのと同じです。そして安定飛行はITやAIが作り出す技術でより着実で安定的に運営する手段が構築されつつあります。

ならば様々な人が持つ才能と才能を掛け合わせることでもっと壮大なものが生み出せる組み合わせが可能ではないか、そしてその環境が整ってきたと思うのです。

私は長年経営者として自分の会社に取り込む=買収するという形態により自分の事業範囲をより大きくすることが王道だと思っていました。今、これは大きく変わるかもしれないと思い始めています。つまりパートナーシップ(PS)という形態こそ、これからビジネスを推進するポピュラーな手段ではないかと思い始めたのです。

私はカナダの事業ではPS形態で長くやってきたこともあり、その実務やコンセプトはそれなりに理解しているので今度手掛ける新規事業はPS形態にしました。これにより自分が持つ能力x相手が持つ能力で足し算ではなく掛け算ができると考えています。

ホンダとGMの提携がより深化しそうですが、それは双方が持っている能力を掛け合わせることで今までできなかったポイントに行く、つまりブレイクスルーを達成することができるとも言えます。日本型経営はブラックボックス型なので外との交流がとても下手であります。

一方、日本のハイテク企業もシリコンバレーあたりに事務所や研究施設を設けているところが増えているのはそこに知能や最先端を行く人たちの情報や考え方が集まっているからでコラボをすることで思わぬ事業展開に発展することを探るためなのです。

新しいビジネスの枠組みとは「取り込む」から自分の手持ちカードを切り、「同じテーブルに乗る」になってきているように感じます。例えば私は将来、AI技術をどうにか活用したいと思っています。それは過去の情報分析というAIではなく、考えるAIで必ずしも大企業だけではなく、極小企業でも展開できるようにならないかと考えています。AIの専門家は自分たちの技術をどういうシーンで活用できるか、そこが分からず、もがいていることはほとんど知られていない事実なのです。

こうやって切り口を変えていくところにビジネスの面白み、醍醐味を感じるのです。あぁ、経営者をやっていてよかったと思う瞬間です。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

日産自動車が新型フェアレディZの試作機を公開しました。ゴーン氏が君臨していた頃、GTRを発表し、高性能車の日産というイメージづくりに貢献したと思います。一方、北米ではかつて「a poor man's Porsche(ポルシェを買えない人の代替車)」とも揶揄されたフェアレディZですが、自動車各社が各種スポーツタイプのクルマを売り出している中、差別化ができるのでしょうか?新型車のフロントデザインを見るとライトの形状はやや優し気で精悍さに欠ける気がしないでもありませんが。

では今週のつぶやきです。

9月の市場は荒れたのか、荒れなかったのか?
9月の初めにアメリカ ナスダックに上場しているハイテク銘柄が下落に見舞われ、すわ下落相場の開始か、とも言われた株式市場ですが、その後、小康状態は保っています。ただナスダック市場には雨が降り続いています。ナスダック指数は9月2日のピークからほぼ1割下げています。ただし、個別銘柄を見るとアップルの下げがピークから2割を超え、アマゾンやグーグルも17-8%下落するなど厳しい銘柄もあります。

一方、物色される銘柄が明白に変わってきており、今まで日の目を見なかった銘柄が安値放置のお宝として急浮上していますし、一部の資源株は暴騰に近い上げを示しています。これは経済回復を背景に各種ベースメタルの価格が大きく上昇していることがあります。木材などの価格の上昇も目立っています。金価格も調整完了が近いように見えます。

東京市場は当初から持ちこたえそうだといわれていましたが、その通りになっています。ということはもともとの読みの通り、買われすぎたハイテク銘柄の調整で上げ底部分が剥げてきている一方、大統領選挙の年の株式市場は強いというジンクス通りの展開なのでしょうか?9月に入ってS&Pは概ね7.3%下落、ダウは5%下落程度にとどまっており、来週あたりにはこちらも調整完了となりそうな気配があり、個人的には日米とも9月の市場はナスダックを別にして乗り越えられそうな気がしています。

発足! 菅内閣
いやというほどニュースが出ているので私のつぶやきなんて誰も耳を貸さないかもしれませんが、一言だけ。菅さんが官房長官時代は実務取りまとめ役だったせいか、政治家や官僚の「課長クラス」である「仕事人」たちを登用したかな、という気がしています。つまり、一定の実務をして、その功績があった人を引き上げる人事を行っていて、過去のやり方だった派閥と当選回数に基づく割り当て人事ではないように感じます。

その点では面白い布陣です。閣僚級ではやはり河野太郎氏を重用している感がありありとわかります。(ひな壇の席次でも河野さんはNo2です。)菅さんは河野さんを自分の後継の一人として育てる気が見えます。主要どころはスライドさせ、副大臣級に面白いメンバーをそろえています。また、首相秘書官は今井氏が抜けるなど経済産業省冬の時代の幕開けとなりそうです。

一説には外交実権を外務省が取り戻したともいわれますが、一方で小泉元首相のキャッチ「古い自民党をぶっ壊して政治経済の構造改革を行う」ではないですが、「古い縦割りをぶっ壊して」構造改革に取り組んでいるようにもみえます。菅さんの改革意識は本気ですね。問題は岸田、石破両名の処遇でしょうか?岸田さんは将来、二階さんの後釜の芽はある気がします。石破さんは党を割って出るかもしれません。もう自民党にいても仕方がないと思います。小沢一郎氏と同じ運命のような気がします。

懲りない韓国、待遇問題の根幹
本当に懲りない人たちだと思います。文大統領が期待をした長顱淵船腑哀)氏は法務大臣を1カ月で降りました。その次に任命されたのが口がひときわ悪いとされる秋美愛(チュミエ)氏。そしてその秋氏の息子の兵役の際の処遇問題で上を下への大騒動となっています。韓国ではこの二人の法相に限らず歴代の右派、左派大統領がほぼ全員不遇の人生を送るなど、韓国社会に蔓延したこの独特の傾向はどこから出てきたのでしょうか?

見方はいろいろあると思いますが、私は儒教と朱子学が生み出した層状の社会と身分の明白な相違、更に上の身分には絶対服従が当たり前になってしまったことが根幹だと思います。日本で体育会系の学生は「4年神様、3年貴族、2年平民、1年奴隷」と揶揄されたことがありますがこれが韓国ではすべての日常社会で潜在意識的身分層として残っていることかと考えています。かの国の差別意識は日本同様表向きはなくなったとされますが、人々の意識は全く変わっていません。両班がかつてのエリートなら今は財閥系企業勤務やスポーツや芸能で圧倒的地位を築くことでエリート意識が醸成され、周りがそれをもてはやす悪循環が起きています。

韓国人には身分のステップが一つ上がるとちょっとぐらい許されるという風潮が見て取れます。ところが近年の情報のディスクローズ化で次々とそれらが暴かれるというわけです。我々がもはや話題にもしなくなった韓国の不正問題は改善、改革意識が全くなく、身体検査をしても必ず何か出てくる社会に辟易としているということです。もちろん平民が一番割を食っているわけでそれがボイスとして、あるいはSNSを通じて暴力的なまでにエスカレートしてしまうのが私の研究している限りの分析です。

後記
TikTok問題が佳境に入っています。個人的には米中両国政府が後ろでしっかりコントロールし、TikTokやオラクル社は舞台の上で踊らされているだけでしょう。個人的には中断でボツにしてしまう公算が5割以上あるとみています。TikTokはそもそも高度セキュリティ問題を内包するのかという疑問がついて回る一方、このアプリなければ誰かが似たようなものをすぐ作れるので市場から消え去った方が新たな競争が生まれて面白い展開になる気がしています。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

逃げるサンマ、獲れるカツオ 温暖化が変える社会4

アメリカのデスバレーで今年8月に54.4度を記録、世界最高気温ではないかと騒がれました。その後、アメリカ全体として今までで4番目に暑い夏だったと発表されています。54.4度となると「暑い」ではなく「熱い」と表現したくなるような状態です。

2020年のサンマの漁獲量が不漁だった昨年をさらに下回る状況で魚売り場には一尾800円なる値札もついているところがあります。あの有名な目黒のサンマ祭りは当初9月20日に開催予定でしたがコロナの影響でそもそも開催が中止になっていました。主催者はむしろ中止になってほっと胸をなでおろしているのではないでしょうか?

一方、カツオが豊漁になっています。海水が1度ほど高いことなどで相模湾あたりでは入れ食い状態になっていると報じられています。

気候変動が地球規模で確実に起きていることは今や疑いの余地がないのですが、私にはその変化のスピードが加速してきているように感じるのです。例えば暑い夏はエアコンをつけっぱなしにしないと命に関わるといわれますが、そのエアコンからは地球温室効果を促進するフロンが発生します。都市はどんどん開発が進み、コンクリートや舗装されたエリアが増えることで都市熱が生まれます。一方、コロナで公共交通機関に乗りたくないという人たちの車の使用率が高まり、コロナ前の交通渋滞が既に日常的に戻ってきています。

地球温暖化を防ぐため、EUは温暖化ガスを2030年に1990年比で55%の削減目標と当初の目標の40%から引き上げました。切実な問題ではありますが、我々の生活、そして経済の基盤と裏腹の関係にあることからこのような長期の目標しか設定できないのが現状であります。将来はCCSと称される新技術で二酸化炭素を地底の奥底に押し込めるなどの対策ができるようになるのかもしれませんが、少なくとも目先の話ではありません。

地球温暖化の敵と言えば自動車ですが、世界には一定の規制基準があります。日本は「CAFE」、カリフォルニアは「ZEV」、中国は「NEV」といった名称で様々な厳しい基準を策定し、確かにその地域を走る自動車だけ見れば確実に改善する方向にはありますが、片手落ちのような気がします。

例えば日本やアメリカの中古車は東南アジア、南アメリカ、中東、アフリカなどで「第二の人生」を送っているわけですが、それらのまき散らす排気ガスはコントロールされていません。例えばインドやバングラディッシュ、パキスタン、インドネシアといった国では鉄道網が発達していないので自動車が市民の足となるため、極端な渋滞が発生しています。そしてこれらの国は環境規制などは優先度が必ずしも高くないのです。

東京の街並みを見ているとカナダに住む私からすればコンクリートジャングル以外の何物でもありません。そして次々に建物が建ちますが、開発業者に温暖化対策の義務を課した役所はほとんどないのではないかと思います。例えば東京常盤橋に計画される日本一の高層ビル「トーチタワー」の敷地にどれだけの緑地計画があるでしょうか?雀の涙ほどの様です。64階建の建物に出入りする想定人口に対する一人当たりの緑地面積を義務化すべきでしょう。

方法はいくらでもあります。例えば敷地内に必要緑地を確保できない場合、デベロッパーは東京都に不足分のお金を払い、東京都はその資金で土地を買収し、緑化整備費用に充てるのです。こんな手法は世界では当たり前です。

カナダでは建物の屋上緑化をはじめ、公共公園の提供など厳しいバランスがあって都市計画が進んでいきます。そのあたりは小池さんを中心とする東京都の都市計画の根幹が国際スタンダードと比して社会の変化に対応していないとも言えます。

北米西海岸で大規模な火災が発生しました。暑かったことも原因の一つとされますが、問題は森林が燃えると何十年も待たないとその森林は戻ってこない点です。私が温暖化は加速すると主張するのは計算上の温室効果ガスは今の現状が続く場合の話であって、暑くて森林が燃える、エアコンは命の綱、コロナで自動車はマストのアイテムといった付随の変化の計算が反映されていない点です。

「逃げるサンマ、獲れるカツオ」とは結局、温暖化対策をしながらも我々は環境変化に機敏に対応し、何が求められるのか、もっと柔軟にならねばならないことなのでしょう。サンマは庶民の食卓の代名詞だったというならニシンはとうの昔に消えています。我々を取り巻く社会は確実にそしてスピードを上げて変わっているし、我々も認識をどんどん変えなくてはいけないのだと感じます。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

低金利が招く所得格差拡大4

アメリカの中央銀行に当たるFRBがその政策決定会議、FOMCで2023年末まで、かつ2%のインフレが起きるまで低金利の長期化を打ち出しました。一方、低金利下の中、世界で所得格差が浮き彫りになったのも事実です。所得格差と低金利の関係について考えてみましょう。

アメリカが本格的な超低金利になったのはリーマンショックの衝撃の最中の2008年11月でした。同年1月には政策金利は3.00%であったものの徐々に下がり、同年秋に世界経済が激震に見舞われた際には金利もつるべ落としとなり、11月には0.25%になりました。その後、この0.25%という超低金利は実に7年も続き2015年11月にイエレン議長(当時)がようやく金利を上げ始めたのです。

ところがその上げ基調をイエレン氏からバトンを受けたパウエル議長が更に継承したもののトランプ大統領から烈火のごとくその金融政策に不満をぶちまけられ、19年5月までの2.50%をピークに下げに転じます。そしてコロナとなった今、再び、0.25%という「振り出し」に戻り、リーマンショックに始まった長期超低金利時代の第2幕が切って落とされているわけです。

低金利となるとなぜ、所得格差が生まれるのでしょうか?一言でいうと銀行預金から生まれる金利収入がなくなる一方、ある程度余裕資産がないと株式投資などに入り込めないからです。

日本の場合をみると30代の方の金融資産のポートフォリオは78%が現預金と保険資産です。株式は15%程度。40代や50代になると金融資産の80%以上が現預金と保険資産で株式は7%程度しかありません。ほぼ金利がゼロの時代に8割近い資産を全くお金を働かせずに大事に抱え込んでいるのです。

この背景にはいくつか理由があります。一つにはそもそもの金融資産の絶対額が少ないことがあります。平均では30代で530万円、40代で700万、50代で1200万円程度とありますが、中央値で見ると30代は240万、40代が365万、50代が600万円という水準です。

会社勤めをされている方の場合、その人の生涯収入額は社会人になった瞬間から概ね見えています。あとは支出との兼ね合いで増やす方もいますが、それでも絶対額はどれだけ会社で優秀な成績を収めても同期よりゼロが一つ多い収入を得ることは100%ありえないのです。

となるとある程度の年齢になると生涯設計を立て始めますので余計コンサバになり、しっかり貯めて老後に備えるという行動に出やすくなるのです。「アリとキリギリス」の話ではありませんが、自分だけはキリギリスにならないように、と思うわけです。

ここで4-50代で株式の割合が7%程度と30代の15%から半減しているように見えますが、総金融資産額がほぼ倍増しているので実は絶対額でみると変わらないということになるのです。かつて、日本では投資を増やそう、という働きかけが何度となく行われましたが見事に失敗していることが分かると思います。なぜか、といえばリスクマネーに資産をアロケートするほど月々の家計収支が十分ではないのです。ならばリスクを取るより減らない銀行預金の方がまだましと考える人が圧倒的に多いのです。

アメリカには古い格言があります。株式などの投資に充てる金融資産の割合は「100マイナス自分の年齢」の%を仕向けるというものです。例えば30歳なら70%が株式、70歳なら30%が株式とされます。ところが最近の低金利下で100ではなくて110-120にするべきという声があります。とすると30歳なら8-9割を、70歳なら4-5割を投資に充てよ、というわけです。かなり無謀ですね。しかし、仮に収入の絶対額が大きければ生活に必要な家計収入の額(=家計の固定費)の比率が下がってきますので投資に仕向ける余力が増えるのです。

ダウ平均を超長期で見ると途中で凸凹はありますが確実に成長しています。一方、日経平均は89年のピークからいまだに4割近く下回るのです。これでは投資に対する姿勢はそもそも違いすぎるというものです。

次になぜ、低金利が所得格差を生みやすいか、です。皆さんに今から100万円貯めてください、というとそんなに簡単にできないというかもしれません。では手持ちの100万円を200万円にしてくださいと言われたらどうでしょう?2倍です。日本で金利収入だけで達成するには数万年ぐらいかかるかもしれません。では1000万円を1100万円にと言われたらたった1割です。1割ぐらい増やすなら株式市場でスキルがある人がその気になればせいぜい1カ月もあれば達成できなくはないレベルです。つまり、株式市場に投入できる元手があるのとないのでは増え方がまるで違うのです。

金持ちがどんどん金持ちになる理由はその多くは事業家であり、自分の会社の株主だったり、金融資産や401Kで株式を大量に持っているケースが多いと思います。それらの増え方は%は同じでも絶対額の増え方が加速度的になることもあります。ここでいう加速度とは複利的運用をするという意味です。例えば上述の1000万円を一か月で1100万円に増やした場合、その増えた100万円を更に運用すれば同じ10%/月でも2カ月目は1210万円になり、10万円余計に増えるのです。それは逆に言うとじっと持っていてもだめでどんどん売買を繰り返していく必要があるともいえます。

低金利とは本来であれば企業の投資を促し、消費者に消費を促すものです。ところが実際には企業の投資には機能していますが、消費者は欲しいものが飽和しているので投資に回りやすくなり、持てる者がどんどん資産を増やす一方、そもそも景気が悪いから金利が低いわけで、資産や収入が少ない人は欲しいものが買えないどころか、仕事にありつくのが精いっぱいということになるのです。

その点からすれば世界で続く低金利政策は格差が更に増すのは摂理ともいえるわけで、今後、その開いたギャップが社会の中でどう捉えらえられるかが着目されるところになるでしょう。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

日本の弱点、再興の道筋4

9月14日号の日経ビジネスの特集は「働き方ニューノーマル」」。実はこのところ、同誌の特集が概ねコロナ対策と回復の特集ばかりでやや食傷気味であります。「再興ニッポン 今、私たちにできること」「大廃業加速」「百貨店は終わったのか」「コロナに勝つ工場」「もうやめるノルマ、コロナ時代の営業新常識」「中国のコロナ後」「アフターコロナ資本主義」「コロナで見えた優良企業と幻滅企業」...とこの数カ月はコロナオンパレードであります。

日経ビジネスだけに限らず、多くのメディアが取り上げるのはコロナ後の世界、変革の時代、元には戻らないコロナ後といった話だらけであります。もちろん私もそれを主張してきたし、そうあるべきだとは思います。論じられている内容についても概ね賛同できるのですが、さて、それが本当に現実的であるのだろうか、と私は思うのです。

全国の観光地、有名寺社を思い浮かべてみるとあることに気がつきます。伊勢神宮でも福井の東尋坊でも福岡の太宰府天満宮でもその道筋には同じような店がずらっと並んでいます。団子や土産物店を売る店が同じような商品を同じ価格で販売しています。なぜでしょうか?商圏に入り込むことで一安心し、そこから先は足並みを揃えるという行動規範が第一主義なのであります。

たまにデパートの紳士服売り場に行くとブランドごとに専門店化していますが、2-30あるであろう専門店はどこも同じものを飾っています。秋になれば秋物を、冬になれば冬物を飾りますが、カジュアルやビジネス用途といった違いがあってもどれも似たようなものばかりで結局、デパートに行って気迷いし、何が何だか分からなくなって手が出なくなったということはよくあります。ところが街を歩いていてふと見るとしゃれた服が飾ってあったりして「あぁ、これこれ」という具合で買ってしまうのです。

我々は韓国や中国のことをモノマネと言いますが、日本にもその傾向はずっとあります。ライバル社が新しい商品を出し、それが売れているとなれば「わが社も同じものをぶつけましょう」という戦略」はごく当たり前。しかも「わが社のそれはより品質が良く、価格も安い」という日本が最も得意とする「改善版」「改良版」を打ち出すわけです。ビールや飲料各社はその典型です。

日本企業は国際化したか、と言われれば否です。かつてはそれでも中小企業が売り上げ増進のために海外視察や海外のトレードショーに出展したりしましたが近年、その影は薄くなりました。昨年でしたか、ある地方都市の視察団20数名がバンクーバーにいらっしゃって懇談会をしたのですが、結局、北米のハードルが彼らには高すぎて手も足も出ないという感じのようでした。

私は今、バンクーバーを拠点に戦っています。29年間のカナダ事業で日本人向けビジネスは全売り上げの1%に満たないと思います。例えば昨年末に買収した日本語の書籍販売事業ですら8割がローカル向けなのです。教科書も日本語学校向けなどは別として主力の大学向け教材は対象が全員非日本人ですし、一般書籍や雑貨も日本人は少ないのです。日本人向けにビジネスをしてもよいのですが、成功しないのです。その理由は販売ボリュームが違うことと日本人は価格から入ることでビジネス対象として非常に難しい相手なのです。

以前、500室以上ある高級ホテルの経営に携わっていた頃、総支配人から「日本の旅行会社への卸売りを止めたい」と申し出がありました。日系の旅行会社からの価格や条件の要求が尋常ではない上に宿泊客と文化的ギャップが埋まらず、スタッフも苦労しているのがその理由でした。そこで「客単価がよく、やり取りもスムーズなアメリカ人向けに振り向けたい」というのです。その数、年間数千室規模ですが、日本向けを止めたとたん、業績が急拡大したことがあります。

日本の弱点、私から見れば「世界から相手にされにくい」であります。確かに個別の商品やサービスはよいものがあります。しかし、それを生かせていないし、売る方法も違う気がします。ネットで何でも売れるかと言えば売れるときもあるし、ターゲットに届かないこともあります。欧米は思った以上に人のコネクション、そして信頼関係の樹立、さらにはリファレンスが重要だと思います。

半年ほど前、役所との事業許可の折衝に於いて難しい条件を付されて「これは飲めない」と拒絶したことがあります。しかし、どうにか解決しなくてはいけません。悩んでいたとき、ふと、何年もやり取りしていないけれどかつてその役所の担当のトップだった方を思い出し、連絡を入れました。するとすぐに議員を紹介してくださり、その議員を介して折衝した結果、その条件が外れたのです。なぜ、そんなことが起きたかと言えば元役所のトップだった人と私はその昔、街角で井戸端トークをする関係で双方をよく知り合い、信頼関係が構築されていたことは言うまでもありません。

冒頭の日経ビジネス、9月7日号の「再興ニッポン」で柳井正氏が「世界はコロナで変わったんじゃない。うわべだけのものが全部ばれ、本質的なものが要求されるようになった」と述べています。その通りなのでしょう。本質とは何か、その本質を売るのは誰か、どうやってアプローチするのか、それはネットでどれだけ検索しても出てきません。人と積み上げる関係の中でこそ育まれるものです。

我々はネットで何でも解決できると考えがちなっています。これはとても危険で落とし穴が待っています。ネットは便利だけれど顧客は浮気性。絶対的関係はそんな生半可なものでは生まれないでしょう。お互いの信頼とは一歩ずつ築くのは今も昔も変わらないはずです。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。

今週のつぶやき4

全米オープン。大坂なおみが再び決勝の舞台に上がります。私が今回見た彼女の強さとは圧倒的な安定感かと思っています。我々の周りにはコロナでメンタルが非常にセンシティブになっている人が大変多く、私の周りにも「どうしちゃったの?」という方は複数どころか両手で足りないぐらいいらっしゃいます。そんな時、圧倒的な自己コントロールで自分に課せられた仕事に集中できる彼女は強いと思います。自分の足でしっかり立っています。きっと良い結果をもたらしてくれるでしょう。

では今週のつぶやきをお送りします。

見えにくいマーケットの色
私は日本の株式市場についてはある専門家の日々の解説と予想を参考に読んでいるのですが、この1年ほどさっぱり当たらなくなっています。株価の動きが今までの経験とは相反した展開になっているのでしょう。投資家の心理、プログラム売買、デリバティブ更にAIが投入される市場で勝負する投資家は何をもって正とするのか、答えが見つからない状態になっています。

私は「人の行く 裏に道あり 花の山」という言葉を中学生の時から叩き込まれています。市場が熱中しているところには手を出さないというわけです。もう一つ、「頭と尻尾はくれてやれ」という格言もあります。1000円の株が1500円に上がるなら、間の300円抜ければ大成功、上と下の部分を狙う必要はないという発想ですね。今、コンピューターやAIは10円とか10セントといった小さな金額のギャップを狙うテクニカルなやり方が目につきます。システムが「木を見て森を見ず」の状態になっているのでしょう。

投資というのは社会を見、経済を見、企業を見、その株価の妥当性を見、そして判断するものです。アメリカは経営が短期志向なので結果が出やすいので参加する投資家も増えてきます。そして最近の特徴はオーバーヒートし、その直後に概ね半値の調整が入る感じでしょうか?株価が10%上げるような好材料が出れば翌日には5%下げるという感じです。それは市場参加者がテクニカルになりすぎているためで本来の投資とはかけ離れてしまっています。これが見えにくいマーケットの色なのでしょう。西海岸はカリフォルニアからバンクーバーまで山火事で空の色がどんよりしていますが、今の市場はそんな感じすらします。

枝野幸男は踊れるのか?
枝野さんが(新)立憲民主党の党首に選ばれました。枝野さんの名前が日本全国に知れ渡ったのは東日本大震災の時、官房長官としての仕事ぶりだったと思います。あの精力的な姿勢は時の首相、管直人さんを超えていました。震災ニュースがストリーミングで流れる際「枝野やるねぇ」と応援が多かったのも覚えています。そういう意味では悪い印象はないのです。でも、今は何か違うのです。

枝野さんが(旧)立憲民主党を立ち上げたのが2017年10月。個人的には面白い野党ができそうだと期待してたのです。ただ、今回の合流後の代表選を見ても枝野氏の対抗馬が旧国民出身の泉健太氏という形だけの選挙だったこともあり、報道もたんぱくでしたし、新しい立憲が何をしたいのか、数だけは増えたけどそれで、という感じなのです。

多分、そう思わせる一つの理由は立憲も含め野党はこの7年半ずっと「打倒、安倍」だったのです。旧立憲のスローガンは「安倍政権の横暴を許さない」なのです。首相が代わるわけで、新首相が横暴かどうかわかりません。ではなにをスローガンにするのでしょうか?野党はいつも「反対、反対、また反対」しか言わず、何をしたいのか聞いてみたいのです。原発反対はわかりましたがそれが今の中心課題ではないでしょう。枝野さん、もっとセンターステージで踊ってみませんか?スポットライトが当たるか、昔の期待を裏切らないのか、見てみたいです。

ドコモ口座、そもそもどーでもいい口座
日本人はブランドネームに弱いところがあります。宣伝に踊らされ、「今はやっている」と言われるとそうなのか、とつい手を出します。北米にいると流行はハイエンドから降りてくることが多いのですが、日本の場合は子供が母親に影響し、母親が父親に影響するという真逆のルートとなることも多い気がします。中高生は流行に敏感な上に友達同士でそれを使わないと「いけてない」と仲間に入れてもらえないこともあり、ある意味、強制力すらある世界です。

ではこのドコモ口座、この不正問題が生じるまでにこの口座の存在を知っていた人はどれぐらいいたのでしょうか?利便性は何だったのでしょうか?ドコモは「資金移動業者」としての許可を貰っている中での業務です。決済はできず、右から左へお金を動かすインフラ的役目です。その基本的発想は電子マネーというお財布の派生ビジネスです。ところがAからBへ移動が伴えばハッキングされたり不正利用されるリスクは当然高まります。

では人々はなぜ電子マネーに資金移動しなくてはいけないのか、ここが日本の不思議なのであります。そもそも銀行かクレジットカード会社がサービスを拡充すればよかっただけの話です。北米はそれです。当地でQRコード決済はアジア系の店では見かけますが、それを使わなくてはいけない事情はないのです。クレカか銀行のサービス、送金は無料のInteracがあって他の業界が参入する余地は今のところないし、逆に不正利用の話も少ないと思います。私には電子マネーの勃興を許した日本の銀行システムとクレジットカード会社の出遅れが背景だと思っています。

後記
レイバーホリディが終わり、ビジネスに少し活気が戻ってきました。入居するシェアオフィスにも人はだいぶ増えてきました。道路は渋滞がよく起きていますし、人々は外に出ています。カナダは住宅市場が活況で原油価格がいまいちでも景気は順調に回復しています。ホテルにも客が増え始め、USとの国境がそろそろ開くのか、微妙な判断のところにありそうです。日本も緩和策が打ち出されていますが、そろそろ外国から来る人の2週間の隔離を撤廃し代替案で対応できるところにもうすぐ到達できる気がします。難しいかじ取りですが、管理する方法はあると思います。

では今日はこのぐらいで。

ブログの応援もお願いできますか?クリックをするとブログランクアップにつながります。

北アメリカランキング

また明日お会いしましょう。
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

QRコード
QRコード
Archives
記事検索
Recent Comments
  • ライブドアブログ