外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

安倍首相

2020年 日本展望4

2020年12月に発表される今年の10ニュースの1位は天変地異がない限り、「五輪開催、世紀のイベントに熱狂」だと確信しています。これは日本が極めて安定していてサプライズがないという意味でもあります。世界を見渡せば明日がどうなるかわからないところもあります。香港では自分の人生を国家に頼ることができない危機感が見て取れます。一方、今の日本で海外移住せざるを得ないという方はまれだろうと思います。これは日本にとって実に喜ばしい事なのであります。

日本は島国でかつては鎖国もしていたこともあり、外で起きている激しい戦いや社会の変化を情報としては知っていても肌で感じることは少なかった歴史があります。そのギャップは海外から見ても同様で、日本が神秘の国であり、日本を理解できず、摩擦が生じたこともしばしば起きました。しかし、ヒトとモノとマネーと情報が国境を超え、海を越えてきます。日本には年間3000万人もの外国人が訪れます。それは日本の独自性のベールが剥がされ、日本も国際社会に同調しやすくなるのは否定できない事実であります。

我々がこれから直面することはこの世界とのギャップをどうとらえていくかであります。ギャップを埋めるのか、我々は独自の道を歩むのか、大きな問題に直面するでしょう。私はその両面をうまくとらえて日本らしい立場から国際社会の中で畏敬の念を抱いてもらえるような国家と国民になれればと考えています。

そのためには教育を見直すべきです。日本人故に日本をもっと知り、歴史をしっかり勉強する気持ちを持ってもらうべきだろうと思います。それが国際人への第一歩なのです。

さて、2020年の日本はどう展開するでしょうか?

経済についてはマインド設定がとても悪い気します。オリンピックに全ての焦点が当たっていて、秋から腑抜けになるようなイメージすら持たせるメディアもあります。オリンピックはわずか2-3週間のイベントであり、東京近辺での経済的便益が中心です。気持ちと経済は別物であり、日本経済が低位ながらも安定成長を続けるという前提に立ち返るべきであります。

多くの企業はオリンピック後の投資を考えています。(建設コストの問題です。)新たな取り組みも数多くあります。万博だってあります。20年代という新たな10年のスタートが8カ月後に萎んでしまうような老体の訳がありません。

政治は面白いかもしれません。都知事選がオリンピック直前に行われますが、現状からすれば小池百合子氏の都知事再選はほぼ確実だとみています。個人的にはその後、彼女は首相を狙う可能性があるとみています。つまり、安倍首相の後継者は岸田、石破、菅…といったありそうでなさそうな候補者各氏ではなく、安倍首相の後継狙いの筆頭になりえます。これは今年ではありませんが、小池氏がオリンピックを成功裏に終わらせ、都政に一定の道筋をつければこれほど強力な対抗馬はいないでしょう。

安倍首相の憲法改正を前提とした衆議院解散もあると思います。オリンピックが終わった後ならいつでもあり得るでしょう。ただし、憲法改正論議がほとんど盛り上がっておらず、オリンピックまでは余計メインテーマにならない内容だけにタイミングの取り方は難しいかもしれません。

社会は年齢ギャップの時代を迎えます。8050問題が話題になっていますが、私はあえて言うなら724212問題だと思っています。72歳は団塊の世代の中心年齢、42歳が団塊ジュニア世代、そして12歳がFoorinのメンバーの中心年齢であります。つまり、元気で社会に前向きに溶け込んでいるそれぞれの世代がどうやって社会を回すかに社会的焦点が集まってくるとみています。レコ大を取ったこの子供たちのグループはオリンピックと相まって大きな未来と夢を植え付けるかもしれません。その親である42歳の世代はある意味、72歳世代と12歳世代のつなぎをいかにうまくできるかにかかっていると思います。

最後に外交的に世界の中のニッポンを意識するのも今年だと思います。中国習近平氏が4月に来日します。北朝鮮問題も引き続き重要です。そして隣国韓国との距離感がどう変化するか、ここも重要なテーマになります。アメリカとの関係よりも東アジアの中の日本が否が応でもフォーカスされる年になると思います。

平和の中に夢と希望と将来への期待が持てるそんな日本の2020年代の夜明けの年になってくれると強く信じています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

安倍首相の次4

安倍首相の在職日数が2887日を超えて歴代最長の首相となりました。かつてカレンダーのごとく、毎年首相が変わっていた一時期に比べ安倍首相のやり遂げてきた功績は数えきれないほどあり、安定感とその存在感は日本のみならず、世界で久々に名前を憶えられた日本の首相として誇りに思います。

「記録は破られるためにある」と言いますが、そんな長期在職日数もどこかで記録は途切れるものでもあります。王貞治さんのホームラン数やイチローさんのヒットの数が永遠に伸び続けるのではないかと応援する気持ちとそろそろかな、と思う一抹の不安はある時期になると同居するようになります。

政治や企業の世界ではスポーツの個人記録と違い、次に繋いでいかねばならないという使命があります。会社の社長は創業社長や創業家を別にすれば6年前後で交代することが多いのは会社を取り巻く環境の変化に同じ社長では時としてうまく対応できないことがあるからでしょう。

安倍首相がいつかはその座を誰かに譲るとき、きっと3000日を超えるであろうその在任期間に作り上げた骨格を次の首相が崩してしまっては意味がありません。政権の方針によって突然、舵を大きく切られると国民も振り回され、混乱するのであります。

換言すれば、国民は本質的には企業の経営方針の変化対応のような柔軟性は持っていません。私が北米にいて頻繁に政権交代を肌で感じている中で保守と革新が常に拮抗しているのは政権交代を繰り返すために国民に「好み」が出来、それが際限のない政争となり、時として国民は置いてきぼりになるように感じます。

安倍首相がどんな首相であるか、といえば「質実剛健」の「剛健」と感じています。「質実」の部分は異論がありそうです。祖父の岸信介氏は60年安保の際、ドラマのような壮絶な結末を乗り越え信念を貫きました。そんな祖父の血を継ぎ、熱い想いを政治を通じて日本国の将来を考えた安倍首相の生きざまは歴史に残ることでしょう。

ではどんな次期首相なら日本が幸せになるのでしょうか?ネットの検索で「安倍首相 次」と入れてもせいぜい候補に挙がる人たちの名前が取りざたされるだけでどういうタイプの首相が国民にとって待ち望まれるのか、という大所高所論はあまり出てきません。

日本では首相を選ぶというプロセスをまるで評論家のようにあれこれ言うだけで何をどうしたいという部分が欠落してしまってきています。そこには昔から言われる「政治は政治家が決める」という国民そっちのけ論もあるでしょう。一方で「士農工商」から明治以降「士と民」という明白なる断絶を作った部分も無視できません。時として役人に「それはあんたの仕事でしょ」と食って掛かるのをみるとそんな仕事をする役人を選んだのは国民という意識は薄いと思わざるを得ません。

次の首相も「剛健」が良いのか、調整型で安倍首相の後始末をするタイプが良いのか、はたまた、独自の道を作れる「宰相」が出るのでしょうか?同時に、10年後の日本をどうしたいのか(時として成長と安定は逆の意味となります。)、そして多くの国民がその首相に期待を持つベクトルを維持できるかが重要かと思います。

政治家は時として心地よいことを掲げ国民の心を揺さぶりますが、我々国民も飴玉をもらって喜ぶのではなく、しっかりと託すという気持ちを持たねばならないでしょう。

安倍首相にひとつお願いするとすれば引退後は院政を敷くなということでしょうか?次の首相には好きにやらせるだけの器量を持ってもらいたいと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

安倍首相の次を見る内閣改造4

安倍首相がG7の閉幕の際に9月の内閣改造に言及しました。首相としては現状、ちょうどあと2年残す中での内閣改造は第3コーナーに差し掛かり、政策と運営において最後のストレッチが見えつつある中での改造です。その点、今までとは違った意味合いがあるかもしれません。

自民党の組織を会社で例えるなら安倍首相が社長、菅官房長官が副社長総務担当、麻生副総理が副社長財務担当、二階幹事長は監査役といった具合でしょうか。党幹事長は重職ではありますが、内部での実権であり、対外的となると別なので監査役でもよい気がします。今回の内閣改造とは閣僚、つまり役員、監査役の入れ替えであります。誰かが取締役から退任し、誰かが新任になるわけです。

今の時点で聞こえてきているのは麻生副総理、菅官房長官ら主要幹部は留任で他の閣僚ポジションで大幅入れ替えを図るのではないかという点です。

入閣の期待組は小泉進次郎氏で今回の内閣改造の目玉かもしれません。自民党には衆議院当選回数5回以上、あるいは参議院当選回数3回以上の「閣僚適格候補者」がなんと70人程度もいる(産経)というのですから層の厚さが大企業的であります。こうなると自民党で当選しても大臣どころか十分な主張もできないと思い、非自民に飛び出す政治家志望の人もいないとは限りません。(もっとも非自民ですとそもそも政権が取れないといえるのですが。)

もう一方、二階幹事長が年齢的にも、そして幹事長職3年と長いこともあり、そろそろ肩たたきではないか、とみる筋もあります。

各派閥では当選回数から「次は〇〇さんを」という年功序列型の主張をするようですが、もうそんな時代でもないでしょう。西欧諸国で40代で国家元首、閣僚となっているのは選挙民の平均年齢、中心年齢からみる閣僚候補と選挙民との距離感だろうと思います。一方、アジアでは儒教的思想が残っており、年長者が上という発想ははっきり存在しています。ところが、逆に年寄りばかりの閣僚となれば若い人が政治に興味を示さないという見方はできるかと思います。

今回の内閣改造において安倍首相に着眼してもらいたいのは日本は大きな時代の転機を迎える点です。2020年のオリンピックが決定した時、私の周りでは「それまで生きているか」という第一声があちらこちらから聞こえました。ある意味、1964年の東京オリンピックから今回のオリンピックは日本が戦後の復興を遂げ、世界の中の日本として大きく成長した時であります。

2020年以降の日本には新しい夢と希望を打ち出さねばなりません。ただでさえ高齢化が進む中で現役世代が日本を背負っていくための丈夫な足腰を作らねばならず、これが内閣の顔となって表れてきます。失言したり大した仕事もできない古株ではなく、もっと若い世代が共鳴できるような内閣改造を望みます。

幸いにしてオリンピックに向けてスポーツ界では大活躍する選手が増えてきました。まさに2020年代、30年代を背負う若者たちです。そのエネルギーに乗じるというのもアリなのだろうと思います。どうせ閣僚の後ろには重鎮が居座るわけですから日本が間違った方向に進むとも思えません。

期待しましょう。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

協調しない世界4

香港で「人間の鎖」が行われ、13万5000人、約60キロの長い輪が出来たと報じられています。この香港での「イベント」は1989年、バルト三国が当時のソ連からの独立を訴えて行ったことから30年たったことを祝したものでその時の鎖は200万人600キロだったとされます。

なぜ、中国は香港を強力にコントロールしようとしているでしょうか?一国二制度は名ばかりのものとなりつつあるのでしょうか?たぶんそうでしょう。私がよく指摘する中華思想は当然、香港にも及びます。中国本体が全ての中心であり、そこにがっちり組み込まれるのが冊封という考え方です。それに対して香港市民は体を張っての抵抗を続けます。どこに落としどころがあるのでしょうか?中国本土は一歩も引くことはなさそうです。なぜならそれは中華思想の敗退を意味するわけで共産党のメンツどころの話ではないのです。私は厳しいバトルが続き、香港市民が諦めるまでやり続ける気がします。

週末開催されたG7。開催前からその成果が危ぶまれていましたが、結局当初の見込み通り首脳宣言はなく、たった1ページの成果文書が出ただけです。トランプ大統領は「なぜG7に参加しなくてはいけないのか」と述べたとも報じられています。

なぜG7が機能しなくなったのでしょうか?トランプ大統領のパワーもそうですが、私は欧州のバラバラになりつつある連携に根本理由が存在するのではないかとみています。つまり、10年前の一体化する欧州でPIIGS問題を切り抜けたあの苦労を分かち合う体制が無くなったことです。ゼロなのです。

理由の一つに本来では厳しくなりつつあるのにどこの国も経済的危機感が欠如しているのです。欧州危機が叫ばれた時、一部の国の国債は売られ、ギリシャは厳格な規律を課したドイツを中心とするEUから厳しい条件を突き付けられました。ただ、あの時のEUの結束力は問題解決に向けた一致性が見られました。

今、スペインの10年物国債はざっくり利回りが0.143%、ポルトガル0.175%、イタリア1.221%、ギリシャ1.949%のレンジです。一方のアメリカは1.535%なんです。イタリアがアメリカより低り利回り?そんなバカなことは信じられませんが、これが現実なんです。

10年前の危機を乗り越えたところで国家元首も国民も10年間の回復の歴史の中で各々色を出してきました。それは概ね10年前の否定であります。あの時のあの問題を反省した上で我々は違う国を目指す、というボイスが出てきます。これは「EUにおける地域主義の勃興」と言ってもよいでしょう。

このバラバラ感がG7における力の均衡を壊してしまったと見たらどうでしょうか?私はトランプ大統領がなぜ、これほどの強権を持てるようになったかといえば逆に他国のベクトルが一致せず、唯我独尊に陥り、好き勝手なことをし始めたからだと考えています。トランプ現象は起こるべくして起きたとみています。

もう一つは世界をコントロールする仕組み、ガバナンスが異様に複雑、かつオープンな状態になり、かつてのような国家運営とは全く違い、他国との連携、協調、更には情報の交錯など複雑化してしまいました。その先鞭が国境なきマネーであり、世界は金融緩和という劇薬に翻弄され、マネーに引っ張られる形で世の中のぎくしゃく感がどんどん大きくなってきた、とも言えないでしょうか?

とすれば「協調しない世界」が生まれた背景はリーマンショックからの約10年に起きた世界の無理な連携、そして金融緩和という雪崩のようなマネーで押し流された国境が生み出した国民と国家のエゴなのかもしれません。

北朝鮮は「俺も仲間に入れろ」とロケットを飛ばし気を引こうとします。韓国は右往左往して腰が宙に浮いてしまっています。習近平氏は自身の体制を盤石にした瞬間に難題続きで苦悩の日々を送っています。プーチン大統領は明らかに賞味期限が過ぎて国内を抑えるが精いっぱいになっています。新興国は大国の日々の動きに振り回されています。

この世界が今後、どうなるのか、予想しがたいものがあります。ただ、安倍首相がG7で「多角的な自由貿易体制が課題に直面している」と評した点において本質を理解し、世界をまとめられる唯一のG7メンバーだと感じてます。トランプ大統領とうまくやっていけるのも安倍首相です。すり寄るのではありません、猛獣使いです。首相には引き続き世界を引っ張ってもらいたいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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両国にとってメリット、日米貿易交渉大筋合意4

日米貿易交渉はワシントンで開催されていた閣僚レベル交渉で大筋合意し、それを受けてG7が開催されたフランスで会談した安倍首相とトランプ大統領がにこやかに握手をしました。安倍首相の笑顔が印象的でした。国内では譲歩し過ぎたのでは、という声も出るかもしれませんが、私は総合的に考えてこの決着でよかったと思っています。

もともと日米貿易交渉なるものが出た背景はアメリカの対日貿易赤字が中国、メキシコ、ドイツに次ぐ4番目で18年が676億ドルになっていたことに対する不満であります。トランプ大統領としてはこれを解消するために各々、個別交渉を進めてきています。その中で日本についてはもともとTPPとして交渉が進んでいたもののトランプ大統領の一流の嗅覚で多国間交渉には利がないと思ったのか、その枠組みから離脱します。そこで日本が中心となって残った11カ国でCPTPP(いわゆるTPP11)を締結、発効させました。

これにより一部農産物についてアメリカ産とTPP11加盟国の間に大幅な関税差が生じてしまっていました。その点からすると今回の日米貿易交渉はTPPを脱退したアメリカがTPPが発効されたものと同等のプレビレッジを二国間交渉として締結するというものでありました。

今回、日本側にフォローの風が吹いたとすればそれは米中通商交渉のバトルで中国側が農産物を買わないなど厳しい報復策を打ち出したことでアメリカの農家が農産物を売るところが足りない、という事態となっていた点でしょう。

これはトランプ大統領にとって2020年の選挙対策としては非常にまずいわけで農家をトランプ大統領側に引き付けておくにはどうしてもその代替案が必要でありました。日本の交渉団は当然ながらそのあたりは読み込んでいたはずですし、想像するに双方の交渉団に阿吽の呼吸に近い流れが出来つつあったのではないかと察します。これが比較的スムーズに進んだ背景かと思います。

では日本は自動車関税など譲歩し過ぎたのではないか、という点ですが、それは否定はしませんが、日本にとって致命的とも思えません。日米関係をどの切り口で見るのか、それとも大局的で総合的な判断をするのか、という点に立てば今はアメリカとの蜜月を重視すべきタイミングはないと考えています。

その直接的案件は対朝鮮半島対策になってくると思います。トランプ大統領は日米韓という括りが上手くいってくれればそれに越したことはないと思っていますが、厳しい日韓の事情を鑑みれば今、無理して何かしても効果はないとみている節があります。トランプ大統領が両国間の仲裁、という話もありましたが今回、安倍首相がそれをトランプ大統領に依頼したとも思えません。個人的には放置プレーが続くのかと思っています。

朝鮮半島問題に対面していくにはアメリカとの連携は不可欠であります。それを考えれば全く畑の違う通商問題で多少妥協をしたとしても全体のバランスからすれば日本には大きな利益となるのではないでしょうか?

また、株式市場を含め、疑心暗鬼になっているのは積み上がる不安材料でありました。日米貿易交渉も当然その一つであったわけです。これがクリアになりそうだ、というのは日本経済にとっても霧が少し晴れるニュースになるとみています。

今回の日米貿易交渉が大筋合意したことは木を見るか、森を見るか、という見地に立って考えれば私はウィンウィンになるのではないかと考えています。

では今日はこのぐらいで。

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ハンセン病家族裁判、やむを得ない国の控訴断念4

ハンセン病患者の家族が差別を受けたことで国を相手取り損害賠償請求をしていた裁判で国側が控訴を見送り、原告の勝訴が確定しました。安倍首相の談話も重々しいものでしたが、新聞の見出しの「首相 異例の判断」というのがやけに印象的でした。

私が過去読んだ本の「これぞ10冊」の一つに松本清張氏の「砂の器」があります。悲劇小説は洋の東西を問わず、星の数ほどあると思いますが、この小説の背景であるハンセン病差別は読んだ時、あまりにも衝撃的でありました。(それぐらい私には無知無縁だったということです。)何度か同小説がテレビドラマになった際にはハンセン病差別を取り上げられないため、違うシナリオになっていました。

らい病とも称されるこの伝染病はそばによるとうつるという風評と共に政府の隔離政策がそれを後押しする形となりました。「無人島に押し込み、隔離しろ」という暴力的な発想もあったと聞いています。特に戦前戦後の話ですから情報網はほとんどなく、どこからともなく聞こえてくる話に尾ひれがつき、村の中でささやきあう、そしてそれは本人だけではなく、その家族も同類であるという冷たい仕打ちが控えていたのです。

日本には江戸時代、士農工商とさらにその下の穢多非人という身分がありました。明治になりそれをすぐに撤廃したものの人々の内心でそれが簡単に消去できるものではなく、そういう言い伝えを親から子、子から孫に繋いでいく中で何らかの印象が残ってきたことは事実でしょう。それ以外でも日本人は人種などを含めた差別意識があったことは事実です。このハンセン病患者やその家族においても同様でしょう。

もちろん、人間が持つ差別意識は日本人だけが持つものではありません。インドのカースト制度の名残もひどいものでカーストの最下級である「奴隷(シュードラ)」の下に不可触民(アチュート、ダリット)と呼ばれる人が2億人もいるとされています。もちろんカースト制度はすでに廃止されているものの現実社会ではそれは意識の中にあります。

100万部売れたレティシア コロンバニ氏の「三つ編み」はフェミニスト小説というカテゴリーでありますが、不可触民として生まれた女性の生き方は強烈な印象を与えてくれます。私もむさぼるように読みました。

日本の場合、ほぼ単一民族という括りが逆に微妙な差別意識を形成するようになります。現代における差別意識とは職業や子女の学校、居住地といった経済的、教育的差異を意識させるようなものであったり、学校のいじめといった形で表れます。それは「単一民族=皆同じ」という等式が当てはまらず、人は必ず、個性、境遇、宿命といった背景を持つ中で優勝劣敗や優越感のような意識を持とうとするところにあるのでしょう。

ではこのハンセン病家族の控訴断念がなぜそれほど意識せざるを得ないものだったのでしょうか?

ハンセン病に対する隔離政策はその伝染性はさほど強いものではなく、また、完治する手法もずいぶん前に確立されているにもかかわらず政府が長年その隔離政策を謳った法律を廃案にしなかった無策にありました。小泉首相の時、ハンセン病患者による同様裁判が起き、その時、国が裁判で敗れ、首相は控訴をしなかった経緯があります。

今回の裁判は患者のみならず、家族も同様の風評被害を受けていたことに関し、政府として争いをせず、賠償金を支払うという姿勢を見せたのであります。

これは日本に残る差別意識を解消する中でのステップであり、当然の流れであります。新聞の「首相 異例の判断」が厚労大臣と法務大臣の三者で控訴しないことを決めたことが異例なのか、国が裁判所の判断に不満であるのに控訴しないことなのか、国が勝訴している同様の裁判の最高裁判決を待つ中でその争いを放棄するような行為を異例とするのか、はたまたその全部なのかわかりませんが、私はこの裁判で国は争ってはいけないと考えております。

もちろん、あまりにも人権問題で寛容な姿勢を示すと似たような問題を次々と問題提起されるリスクはあるわけで政府として「特例的配慮」を強調しておく意味合いはあるのでしょう。

ある意味、ハンセン病差別問題がまだ残っていたということすら私には驚きであり、多くの方にとっては何だったのか、という話でしょう。若い方には親御さんや祖父母に聞いていただかないと分からない話なのかもしれません。日本の別の一面であります。一応の決着を見てよかったと思っております。

では今日はこのぐらいで。

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G20 安倍首相の通信簿4

G20が終わりました。これほどの重要会議の議長を務めた安倍首相への注目度は否が応でも高まっていました。難しいと思われた共同宣言である「大阪宣言」も盛り込みました。総括して通信簿をつけるなら私は85点を差し上げます。

20か国の我儘が先鋭化する中、それをどう取りまとめるか、むしろ、19か国が安倍首相に気を遣ったようにも感じます。つまり、あしげく外遊に勤しみ、外交で必死に落としどころを求め続けてきた安倍首相への遠慮もあったかもしれません。

日本は基本的に外交姿勢はバランスを保つスタンスを取り続けてきました。理由は小国で資源もない中、敵を作らず、うまくやっていくことを至上課題してきたことがあります。時の首相によりそのバランスは多少、右寄り、左寄りの時もあります。が、安倍首相の場合、就任当時に比べて明らかに等間隔外交が強まりました。それは逆に相手との関係に厚みを増す中でどちらも立てなくてはいけない状況になるからでしょう。

その例としてプーチン大統領との首脳会談は26回目を重ねていますが、その外交成果が十分ではないのは人間関係が先に構築されてしまったからともいえます。トランプ大統領とのゴルフ外交も双方の理解度が進み、最悪のケースは避けられるものの最良のケースもあり得ないともいえるのです。

ではそれに対して辛口筋が「甘い!」「失望だ!」「あれだけ外遊しているのになぜだ!」といった声を上げるかもしれませんが、日本の立場を考えた場合、今のバランス外交がうまく機能するプラス面はマイナス面よりはるかに大きいのかもしれません。色濃い外交を将来するのであればそれはその時の首相のリーダーシップに担うものであり、安倍首相の持ち合わせた外交能力は以前にもまして角が丸くなったと言わざるを得ません。

その丸い外交の成果は二国間外交にも表れ、安倍首相を真ん中に左右にトランプ、習近平両氏が座るサミットの開会はその流れを象徴するものだったのかもしれません。注目された米中首脳会談も非常に中庸で予想通りの結果となりました。この件に関し、一点だけコメントを付け加えるとすればトランプ大統領の強面戦術はそろそろ薬が切れそうだ、という点でしょうか?アメリカはもっと論理的戦略に立ち戻らないと中国との通商戦争は尻切れトンボか中途半端な成果に終わる可能性があります。

主要紙の社説は日経、読売、産経、毎日が米中首脳会談を取り上げ、安倍首相にスポットを当てませんでした。一方、朝日の社説は見るに耐えない安倍首相への批判というより非難に近く、まったくもって公平性を欠いている内容であります。まるで野党の遠吠えと同じであります。

マスコミが議長への敬意を一つも示さなかったことは最低のマナーすら守れなかったとも言えます。

もし私が首相で難題山積の中、こんなバランス外交を通じて将来への可能性を繋げる議長が出来たなら自分への褒美を上げたいところであります。では最後になぜ15点減点があったか、ですが、大阪宣言に数値目標を設置したのはプラごみ対策だけだった点でしょうか?もっと具体性が欲しかったというのが正直なところでした。

では今日はこのぐらいで。

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