外から見る日本、見られる日本人

バンクーバーの日本人社長ヒロが仕事、生活を通じて感じた経済、経営、社会、日本人観などを綴っています。

老後

老後のための不動産学4

不動産は墓場まで持っていくことはできません。が、死ぬ時まで後生大事に抱え込むのも不動産です。私は不動産の仕事を30年もやっていますが、以前から日本では不動産所有がそこまで絶対的ではないと言い続けています。そして住宅に限れば一部の場所を除き、日本の不動産が今後も健全で安定的な上昇をするとは考えにくく、資産としての目減りがあると考えています。つまり、不動産が主導するデフレであります。

居住用不動産は経理で考えれば貸借対照表の固定資産であります。戸建て住宅を買った際の経理の仕分けは例えば土地3000万円、建物2000万円と表記します。なぜ分けるかといえば土地は減価償却しないけれど建物は木造なら22年かけて償却し、日本の経理基準ならば22年後は2000万円が概ねゼロになるからです。

もちろん、実態はゼロではなく、多くの方が築〇十年の家にお住まいです。ただし、第三者への売却価値となるとゼロなんです。住める住めないという問題もありますが、買い手からすれば住宅ローンがつかないうえに家の間取りを気に入ってくれるかどうかという点もあります。

2000万円の家が22年でゼロになることを経理的に考えてみましょう。年間約90万円ずつ家の価値が下がる、月に直せば76000円なんです。更に固定資産税や管理費、住宅ローンの金利がかかります。これらの費用は経理の損益計算書のコストに反映されます。ざっくり均して月十数万円が所有する不動産のコストとして消えていくのです。居住用不動産からの収入はゼロですから初めの22年間は毎月それだけのお金を垂れ流していることになります。22年を超えると確かに月々のコストはガクッと減ります。多くの方は「それでも自宅は持っていたいよね」というのはこのことなんです。

老後のための不動産学と述べたのは健康で通常の生活がいつまでできるかという保証がないことを前提に考える必要があるからです。例えば階段や段差がだめ、という方も出てくるでしょう。老人ホームに入居することもあります。あるいは健康なときは駅から15分の距離も問題なかったのに今じゃとても駄目、という人もいます。

先般の台風で武蔵小杉のマンションで水害が発生し、エレベーターが機能せず、高層階を徒歩で行き来しなくてはならない事態が発生しました。その時、地元のホテルはすぐに満杯になったと報じられていました。「とてもそんな階段、登れない」であります。今はよくても何が起きるかわからないのが人生と天変地異であり、それに対して不動産は換金しにくい資産なのであります。

マンションの場合はもっと面倒です。なぜなら管理費が持ち続ける限り発生するからです。ざっくり屬△燭200円ぐらいでタワマンだと250円ぐらいでしょうか?100屬覆2万円から2万5千円です。また修繕積立金が屬△燭150円、タワマンで200円ぐらいですから1万5千円から2万円です。つまり、月々3万5千円から4万5千円プラス固定資産税がかかるということです。

不動産所有は実は金食い虫ということを認識する必要があります。

次に不動産は一生に一度の買い物ではなくなってきている点を考えたいと思います。仮に35歳で戸建てを買ったとすれば償却は57歳で終わります。80歳まで健全でいるとすればあと23年あるんです。平均余命が伸びている時代です。同じところに45年住むかという話です。私の周りではリタイア後に戸建てから駅近のマンションに引っ越す人がぽつぽついるのですが、ライフスタイルの変化に合わせているとも言えそうです。

三番目に不動産を誰に継ぐのか、であります。ただでさえ少子化、かつ、子供たちは自分の住むところを確保しているとなればかつて「いつかはお前にやるからな」と偉そうに言っていたお父さんは息子から「そんな不動産いらんよ」とそっけない返事にがっかりすることになります。

まだ都会の住宅ならともかく地方で山林田畑となれば都会に出てしまった子供たちにとって近寄りたくもないという話はいくらでもあるでしょう。山林など「あの山のあのあたりがうちの山だ」というのは山崎豊子の小説にもあったと思います。「そんなものいらん」と思っている人が中国人あたりに破格の金額で売ってしまい、はっと気がつけば北海道の山林は中国人が買い占めていたというのが実態です。

もともと日本が土地の所有権放棄を認めていなかったためですが、今度これが見直される機運が高まっています。当たり前です。国防上重要な課題なのに国も随分おおらかだったと思います。

不動産を取り巻く環境は大きく変わっています。そして日本の独自性故、不動産価値が海外のように高値で維持できなくなっています。海外では不動産投資は健全なる資産分散化として評価されますが、日本では仕組み的に難しいと考え、資産ではなく消費財(コモディティ)としてみておいた方がよいと思っています。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

勤め先と年金と老後問題4

10月4日の日経一面に「企業年金70歳まで加入」とあります。これを読んでぱっと何を意味するか、説明できる方は年金についてしっかり理解している方だと思います。

ご存知の通り、日本の年金は3階建て方式です。1階部分は国民年金で20-60歳が全員加入、2階部分は厚生年金でお勤めの方が加入、3階部分が企業年金と言われるものですが、一定年齢以上の方には厚生年金基金という言葉の方がなじみがあると思います。

厚生年金基金はバブル崩壊後、運用成績が悪化、解散するところが相次いだため、それに代わる3階部分として確定給付企業年金と確定拠出年金という二種類が出来ました。特に確定拠出年金は日本型401kとして知られていますが、この3階部分の加入者は1700万人強にとどまります。国民年金の6745万人、厚生年金の4430万人に比べて少ないという感じがすると思います。

こう見ると実はお勤めの方は個人事業主より老後の安定感という意味ではかなり楽な設計で更に一流企業で頑張った人はもっと楽になるという仕組みになってきています。というのは3階部分の企業年金は同じ会社に勤めていることが前提であり、子会社出向はダメなんです。その条件の中で今回、70歳までそれを延期するということは転籍せず、本体企業で70歳までずっといる場合ということになります。

これ、実態に即しているでしょうか?金融機関にお勤めの方あたりからはNOという声が聞こえてきそうです。

日本の年金の仕組みを見るとつくづく、真面目に(できれば同じところで)ずっと働き通すことで年金というご褒美を頂けるということかと思います。また、そのお勤め先はやはり、一流であればあるほど老後の生活はゆとりがある、とも言えそうです。ある意味、時代に逆行する設計とも言えます。

では派遣社員はどうでしょうか?派遣でも一定条件を満たせば厚生年金には入ることになるのですが、定年退職するまでずっと派遣社員の人も少ないでしょう。自営業においてはもってのほかで私の周りからも「国民年金だけでどう暮らせというのか」という声はあります。

つまり、1階部分だけを考えれば年金は生活費の足しにはなるけれどそれまでに貯えを持っておかないといくら何でも厳しいということになります。また国民年金は60歳までしか積み上げられません。(任意の65歳までの加入制度は積み上げ期間が足りない人用です。)なぜなんでしょうか?70歳までにすればいいのにと思います。

街中でほとんど売れていなさそうな商店が今でも潰れずに営業しているのを見かけることがあると思います。なぜかといえば年金を貰いながら小遣い稼ぎで自宅兼用の店舗で月に数万円でも売れればそれでよし、ぐらいの商売で生活費の足しをするからです。

ところで老後の対策として生命保険も一時期はやりました。大黒柱が死んだら残された妻子が食べていけるように、という触れ込みだったと思いますが、最近はあまり聞かなくなりました。実は私も生命保険を途中で馬鹿々々しくなって解約してしまいました。理由は死亡保険額が加入の時に比べ、今の物価水準に見合わないほど少なかったこと、いざ病気になっても高額医療の自己負担限度額があるので医療費だけを見れば生命保険がなくてもある程度底が知れていることからであります。

「老後をどうするか」ですが、老後になってから慌ててももう遅いというのがポイントであります。学校でどれだけ勉強し、しっかりした会社に入るか、そして会社に飽き足らない場合は起業して大きくなるもよし、同じ会社でしっかり仕事をするもよし、というシナリオは20代前半である程度方向が出てきてしまうというのが社会の現実なのだと思います。

もちろん、ぷー太郎が一大発起して成功するビジネスを立ち上げるという話もまれに聞きますが、それは運やまぐれに拠るところもあるでしょう。

この歳になってつくづく思うことがあります。人生って積み上げなんです。若い時から年齢と共にコツコツと階段を一つずつ上っていくと70段目でようやく一息つけるという仕組みだと。最近の若い方には貯金ゼロ、その日暮らし的な感じの方も多いと聞きます。50年後に霞を食べて空腹をしのぐのは切ないでしょう。人生設計とは本当によく言ったものです。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

金融庁レポート「老後2000万円必要」のトリック4

金融庁が金融審議会 市場ワーキング・グループによる「高齢社会における資産形成・管理」という報告書を6月3日付で発表し、老後には2000万円必要とするそのレポートの趣旨に野党が気勢を上げ、麻生大臣や菅官房長官が一部表現に不適切なものがある、と非を認めました。

私もその40数ページに及ぶレポートをさらっと拝見しました。第一印象としては多くの統計的資料を基に平均的所帯の在り方を平均数字の上から決めようとしたところにこのレポートの欠陥を見て取りました。

ハーバード大学、個性学研究所所長のトッドローズ氏の著書に「ハーバードの個性学入門、平均思想は捨てなさい」 という本があります。内容が堅い本で読みづらいと思いますが、研究者の視点から極めて重要な指摘がなされています。

それは世の中は平均値を全体の特性だと認識する傾向があるが、世の中、平均値に当てはまるケースはほとんどないというものです。ごく簡単な例を出すと学校の成績に於いて各科目ごとの平均点にすべての教科の成績が一致する人はいますか?まず、そのような生徒はいません。得意、不得意は必ずあり、平均に収まらないはずです。

平均値絶対主義はかつてテイラーシステムが全盛のころの話であり、いわゆる標準偏差の中に収まることこそが優良の証とされたわけです。ところが上述の通り、そんな平均的な人はいないわけで平均値をもって物事を判断するのはおかしいのではないか、というのが本書の趣旨であります。

ではこれが上述の老後の話とどうつながるか、であります。

レポートを読んでいて一番ダイレクトに響いたのが収入と支出の平均像であります。平均実収入が209198円に対して平均実支出が263718円かかるので月々54520円不足すると計算し、これをラウンドし月5万円x12カ月x退職後平均余命30年で約2000万円足りなくなるというのです。

この計算にはいくつもの仮定があります。まず、平均実所得はどこから出てきたのでしょう?サラリーマンと個人事業主は全く違います。またサラリーマンでも大手に長く勤めれば厚生年金に厚生年金基金の3段構えになりますし、小さな会社なら厚生年金まで。一方、個人事業主は国民年金のみです。

263718円という実支出の内訳も面白いもので、老夫婦二人で食費が64000円、飲食25000円、その他の消費54000円、中には家具家事用品が9400円というのもあります。こんな平均的生活をする人はまずいないでしょう。質素だけど旅行する人もいるし、外食が大好きな人もいます。要するに支出の263718円というのは平均であり、十分な収入がない人は当然ながら支出は絞り込む行動に出るはずです。

更に言えばここには経理でいう損益計算書だけの判断で貸借対照表の資産を十分考慮していません。この個人の資産の部分のうち、例えば株に投資し、未実現の利益があるケースや将来相続するかもしれない期待資産があるかもしれません。固定資産である住居は非流動性の資産と考えていると思いますが、リバースモーゲージを組めば景色は全然変わります。

もう一つ、30年という単純な掛け算です。これも人生100年設計という前提がそこにあるのでしょうけれど無職が30年続く人もいれば家賃収入のようにずっと収入がある人もいるでしょう。もちろん、30年生きない人もいます。

つまり、この老後2000万円という数字は確かにいろいろな統計をもとに平均値を積み上げていかにも理論的帰着点のように見えるのですが、ほぼ現実解ではないと断言してよいと思います。ところが2000万円という数字だけが独り歩きしたのが今回の顛末でしょう。

私ならばこんなレポートは作りません。まず、高齢者のセグメントを作ります。例えばサラリーマンがそれぞれ65歳、70歳退職でその後、年金以外無収入になるケース、自営業で75歳まで働くケース、国民年金が満額もらえる人、年金がない人など主だったパターンだけでも最低7-8通りぐらいあるはずですのでそれぞれのケースで実収入、実支出をはじき出す丁寧さが必要だったと思います。

なぜ、様々な人々のライフがある中でたった一つの平均値でレポートをまとめようとしたのか、レポートに関与する21名の立派な肩書のワーキンググループの方々がなぜ、そんな簡単なことに気がつかないのか、私にはさっぱり理解ができないのであります。

ひょっとすると日本人がほぼ単一民族だからケーススタディも一つでよいと考えた、なんてことはないですよね?

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

最後の一日までをどう楽しむか?4

人生には必ずエンドがあります。そのエンドはある日突然来る人もいますし、徐々にその日に近づいていく人もいます。徐々に来る場合、まだ大丈夫、という気持ちがある時に乗り越えられなくなり、一気に老け込む方もいます。

私は不動産開発事業を通じて人々の生活の基盤を提供するという仕事を長年やってきました。それはまだ働き盛りで夢も希望もある方々を顧客とし、その人たちが幸せなライフを居住空間を通じて営んでいることを見守り続けることを生業としてきました。衣食住と言いますが、その中で住空間だけは10年、20年と長く付き合い続けるわけですから引き渡して「はい、さようなら」というビジネスではないのです。そんな事業もひと段落した今、次のことを考えています。

「最後の一日までどう楽しむのか?」であります。健康なまま、最後の一日を迎える人はほとんどいません。複数の病気を抱え、薬漬けになっている方、カラダが自由に動かず、家の中を移動するにも苦労する方、認知になってご家族がへとへとになっているところもあります。

バンクーバーのラジオからは訪問介護の会社のCMが年中流れています。急速に伸びているこの会社はやはり高齢化社会を迎えているカナダにおいてごく当たり前に成長しています。しかし、顧客である老人の要求は千差万別。ましてや人種のモザイクのようなカナダにおいて個々人がもつ人生の背景を知る由はありません。また、訪問介護をする側も時として客を選びます。そうするとどうなるか、来てもらいたくても誰も来ないことすらあるのです。

日本からも聞こえてきます。90歳代同士の夫婦が外部のサービス提供をなかなか受けられず、不自由同士が苦労して日々を過ごしている話もあります。訪問介護などのサービスを受けたくても元来子供がいなくて相談したり介護士のアレンジをお願いできない人もいるでしょう。

居住空間を提供する仕事に携わってきた私としては最後の日まで快適に過ごせる空間を作ることがどんなに高級でしゃれたコンドミニアムを開発するよりも重要だと思っています。

ではどのような居住空間が求められるのでしょうか?日本の老人ホームではお年寄りが集まって体操したりAIロボット君と対話をしたりというシーンがよく見受けられます。しかし、これらは受動的でしかありません。決められた時間に決められた作業をやらされることによる刺激です。そうではなく、個々が持っている潜在意識を覚醒させ、自立し、それを引き出せる環境を作りたいのです。

私の良く知っている認知症の90過ぎのおばあさん。この方は実は料理が上手。洗い物も普通にできます。しゃべっていると昔のことを昨日のことのようにつらつらと語ります。ですが、現在のことはどんどん忘れるので10分経つと一緒にご飯を食べていても「あなた食べたの?」と聞かれるのです。

可能ならばこのおばあさんはずっと料理をし続けたらよいと思うし、他人との協調がもっとできればまだずっと元気で楽しく過ごせるでしょう。しかし、カナダの施設に入った今、何もやらせてもらえないのです。いや、むしろ、食べ物だけは不自由しないほど与えられ、ちょっと太ったぐらいに感じます。これが本当の幸せなのか、私が最後の一日まで幸せに暮らせる居住空間を作ってみたい、と思うようになったきっかけです。

とはいっても多分、試行錯誤で失敗だらけかもしれません。時間もかかるし、初めはパイロットケースのような形で進めざるを得ないと思います。

医学の発達で平均寿命は大きく伸びるとみられています。がんの克服もさほど遠くないのかもしれません。しかし、どれだけ寿命が延びても楽しくない人生はいくら長生きしてもいやでしょう。寝たきりで何年も過ごしたくもありません。最後の日までハッピーに暮らすというテーマに向けて新たな改革が出来たらと思います。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

どう思う、老後の一人暮らし4

どう思う、老後の一人暮らし、と言われても選択肢がないじゃないか、と言われそうです。好きで一人暮らしをしていないともお叱りを受けそうです。一人暮らしを推奨している著名人もいらっしゃる中、私の思うところを期してみたいと思います。

最近、下重暁子さんの「極上の孤独」という書を手にしました。下重さんはNHKのトップアナウンサーを経て作家活動をされています。現在、83歳ぐらいでしょうか?前述の書籍は今年の春に発刊したものですが、読んでいて思ったのはこの方は強い方、とお見受けしました。日本自転車振興会の会長も歴任されているのですが、人生、一人で生きていくことに慣れていらっしゃったと言い切ってよいと思います。

私の周りにもそのようなかくしゃくとした80代ぐらいの方々は数多くいらっしゃるのですが、まず、信念を持った生き方をし、行動一つひとつをよくわきまえていらっしゃるように見受けられます。つまり、人生、年輪を重ねるごとに逞しくなる、という表現がふさわしいでしょうか?

個人的にそのような老後生活には憧れますし、敬服します。人はどこかの時点で一人になりやすくなります。その時、しっかりした気持ちを持てず、思った以上に短命で終わってしまう方も中にはいらっしゃいました。特に男性に多く、奥様に先立たれ、家事や日常のことが出来なくて荒れ放題の生活になっている方もいらっしゃいます。

頼る人生、頼られない人生、どちらを歩んできたか、これは健康で幸せな生き方を解くカギかもしれません。

下重さんの「究極の孤独」を読んで思ったのはこの方は決して一人ではない社会的背景をお持ちである、という点です。今でも執筆活動をし、「つれあい」がいて、社会やビジネスを通じて様々な人と接点を持ち、刺激を受けたり与えたりしている点でちっとも孤独なんかではないのです。

同様に上野千鶴子東大名誉教授も同様にお一人様生活を推奨されています。私もお会いしましたが、決してこの方もお一人様の生活などしていません。日々忙しく、学会や講演会で飛び回っています。つまり、一人にさせてなんてもらえない生活をしているのです。

言い換えれば一人生活を推奨する方は一人なんかではありません。では何をもって「孤独」とか「おひとり様」なのかといえば判断をするのが一人だ、ということではないかと思います。それこそ、今日何をしようか、何を食べようか、旅行に行くか、この服を買うか、集まりに出席するかまで全部自分で判断する、これがおひとり様のだいご味なのであります。

ではお題の「一人暮らし」はどうなの、と言われればその方の性格にもよりますが、基本的には一人暮らしになると内向きの生活になりやすくなり、外に出るのが億劫になります。これを防ぐことが老後の生活をよくするキーではないかと思います。

日本には多数の老人ホームや高住専があります。そこにはヘルパーさんとの接点はあっても他の人との接点は割と限られたりします。ここを改善し、積極的に外に出やすくすることが重要ではないかと考えています。

現在、若者のシェアハウスは多いのですが、高齢者向けシェアハウスはまだ十分展開できていません。確かに若者に比べて管理運営上、難しい面はあります。しかし、否が応でも接点を持たねばならない生活を営むことは高齢者への刺激を含め、重要なプロセスだと考えています。

私も6-7年前、日本で高住専開発を試みましたが、日本の厚労省と国交省間のルール仕分けに柔軟性がなかったこともあり、参入を思いとどまった経緯があります。ただ、このアイディアは私の中で生きています。いつかは実現できればと考えております。

では今日はこのぐらいで。

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ではまた明日。

老後の1億円、作れますか?4

日経ヴェリタスに「資産1億円への道 富裕層700人調査、『投資』『堅実』カギ」とあります。1億円、遠いようで近い人もいるでしょうし、宇宙人の会話のように思う方もいるでしょう。何で1億円なのか、そのあたりの設定も気になります。老後のことを考えるといくらあっても不安は消えないとおっしゃる方もいらっしゃいます。どうやったら1億円に到達できるのでしょうか?

記事の中身は投資による収入と浪費をせずに資産を減らさないということがキーワードになっています。この手の記事にはつきものでどれも当たり前の話で秘術があるわけではありません。ただ、私がいつも思うことはこれを見てまず8割の人は支出の制限にだけ走ってしまうことです。

無駄を省くのは日本人にはお手のもの。いわゆる活用術は主婦の日々の工夫からスタートしたとも言えます。余りもので食事を作るのも風呂の浴槽の余り湯を洗濯に使うといった昔からある工夫や倹約は日本独特のものとも言えます。

それゆえにお金のことも貯める=使わないという等式が出来てしまいそうになります。ではお金を使わないとお金がたまるのか、といえば私はこの図式が必ずしも正しいとは言えません。お金を使うことでお金が帰ってくることもあるのです。

例えば人との集り。「お付き合いはお金が出ていく」とされます。では一切合切お付き合いをやめるべきかと言えばウィンウィンの関係を築ける人との接点はお金をかけてでも維持すべきです。それは「自分よがり」からの解放でもあります。一方でほどほどにしておかないといけない付き合いは「クレクレ星人」達であります。人のことを持ち上げ、いい気にさせて浪費させたり、御馳走させてしまうようなタイプは価値がないだけではなく時間の無駄であります。

やみくもに1億円を貯めるという価値観は私にはなくてこのまま90歳から100歳まで生きた時どんな生活をするのか、その自活にはどうしたらよいのか、まずこう考えます。老人ホームに入らない、あるいは1年でも遅く入居する努力はしていますか?それは健康で人とのほど良い接点を持ち続け、張り合いがあるライフを送ること、実はこれが最大のお金の節約方法だと思っています。

美酒美食、暴飲暴食を続けていれば不健康になります。それらは自制心の問題でまず自分をコントロールすることが結果としての1億円への近道ではないでしょうか?

次に投資ですが、株にしろ為替にしろ、普通の人が普通にやっているだけではまず儲かりません。ビギナーズラックで初めの数回儲かって調子に乗るとその倍返し、10倍返しが待っています。北米でカジノで遊ぶ場合でも初めの30分で大儲けして調子に乗っているとあっという間にすっからかんになるのと同じです。

つまり、小手先のサイドジョブは宝くじを買うようなものだという割り切りが必要でしょう。それよりも自分のプロフェッショナルな領域をもっと磨き上げ、独立できるぐらいの勉強をしたほうが良いと思います。それこそ週末起業ぐらいの感じの方が着実なメリットを享受できると思います。これは老後も専門を生かしたちょっとしたアルバイトが可能になるとも言えます。

次に持てる資産の活用があると思います。例えば私は商店街のシャッター街の店舗を活用したらよいと思います。「腐っても鯛」といいますが、商店街に面した不動産は一階にあり潜在価値は非常に高いのです。住居の一部だから、と思っている方、ちょっとした設計で切り離して賃貸にだすことが可能な場合は多いものです。

住宅街の人でも例えば昔取った杵柄で自宅で教室を開くこともできます。それこそ今の若い人は作法を知らないのですからお茶やお花、更には料理に掃除の仕方まで「教室」として教えてみたらどうでしょう?結構いけるはずです。

しかし、こう提案しても必ず反発があります。「人を家に入れるのはおっくうで」「後で文句を言われたら嫌でしょ」。才能を活用しないのはもったいないと思います。何もプロフェッショナルでトップを目指す教室を運営するわけではないのです。右も左も知らない人には初歩が重要です。あるいは一緒に同じものを学ぶ仲間感覚が楽しいという時代です。

こう考えると老後に1億円というよくわからない目標を設定されてうろたえるより80歳になっても張り切って生きています、という方がよっぽど健康的ではないでしょうか?1億円は貯めるものではなくてついてくるもの、こう考えた方がすっきりする気がいたします。

では今日はこのぐらいで。

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また明日お会いしましょう。

老後への備え4

先日、著名な税理士先生を交えてお食事をする機会がありました。その席で出た話題が老後の自己管理。
元気なうちは全く関係ない話だとしても病気や怪我、衰えはある日突然やってくるものです。そしてその下り坂は正に加速度がついて転げ落ちることすらあるのです。だからこそ、元気なうちに一定の準備をしておくことは重要なのであります。税理士先生が指摘されていたのは成年後見人の需要が増えているとのことで今後、この需要は更に伸びていくとみられています。

成年後見人とは判断能力が欠けてきたときにその人に変わって財産管理を家庭裁判所の許可のもと、行う人であります。通常、夫婦であればどちらかが病気になってもどちらかが残り、次いで、残された人は子供たちに面倒を見てもらうという一連の流れがありました。「ありました」という過去形になっているのは今や、その流れは必ずしも当てはまらないからであります。

まず、少子化で子供が減っていることがあります。次に子供も転勤や嫁ぎ先などの事情で親のそばにいないことはごく普通の状態になっています。一方、上野千鶴子氏の説ではありませんが「息子夫婦に『同居しましょうか』と言われることほど苦痛はない。なぜなら、嫁と姑の関係が逆転するからだ」(嫁が親の住む場所にやってくるなら自分の城で采配を振るえるが、姑が嫁の家に行くと肩身が狭いの意)となり、結局、おひとり様が最も心地よい老後のライフスタイルということのようであります。

しかし、ひとり身になってどんな元気な人でもいつかは終末を迎えるわけでその過程において頼る人がいないということが発生します。そこに成年後見人の制度があり、その需要が急増しているということなのです。

私も独り者の叔母に財産信託を何年か前に勧めました。人の財産は決して容易い流れではなくあちらこちらに預貯金、有価証券、財産や債務までもが散らばっているものです。銀行口座やクレジットカードが財布の中にたくさん入っている人も多いと思いますが、人間しがらみの中で生きていますから本人しか分からない世界が必ず存在するのです。そして場合により複雑怪奇な迷路のようなその財産のポケットは頭がはっきりしているうちに何らかの形で開示しておかないと永久に開けられないパンドラの箱になってしまうのかもしれません。

バンクーバーである身寄りのない日本人のお年寄りが亡くなり残された財産が1億あったそうです。その行方はカナダの国庫だとすればそれはちょっと寂しい話ではないでしょうか?また、歳をとると突然現れる「親戚と名乗る会ったこともない人」。明らかなお目当てを想像するに、実に見たくない世界だと言えましょう。

一方で成年後見人といえどもどこまで信用できるのか、という不安も付きまといます。お金は人の心を狂わせるというのは世の常です。更に逆のケースも存在します。実質後見人を長年してきたある私の知る「ご近所さん」はその方が亡くなる際に投資用アパートを一軒プレゼントされました。結果として何が起きたかと言えば純粋な好意だったのにご近所からやっかみの嫌なうわさを立てられて引っ越しをせざるを得なくなったという不幸な話もあります。

多くの人は「後見人を立てるほど持つものはないから」とおっしゃる方も多いでしょう。しかし、それは謙遜というもので高額資産を持っているのはほとんどが高齢者です。そして、死ぬ時までにすっからかんに使い切れる器用な人はまずおらず、必ずなにがしかの資産は残るものなのです。その上、わずかな残った資産をめぐって家族親戚で大バトルが繰り広げられるとすれば財産を適当に残して死んでいく人に恨みの一つも言いたくなってしまいます。

結局は自分の始末は自分でするという世界に突入したということでしょう。老後の備えとはそういうことです。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

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ではまた明日。
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