80'sの音楽が好きだった!

内緒ですが、じつは80年代の音楽が好きだったりします。
今の音楽を聴いていても知らず知らずにそのルーツを探ってみたり。
そういう発見もまた楽しかったりしますね。

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1983年にファースト・アルバム『ファンタスティック』でデビューしたWham!。

デビューするやいなや出す曲出す曲が大ヒットし、瞬く間にビッグアーティストになってしまった彼らだけど、やはりジョージ・マイケルの才能は世界中の誰もが認めるところだよね。

そもそも、いくらデビューだからといって、短パン姿の美少年風なルックスに扮することが出来ること自体が只者ではない^^;
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余程のしたたかな計算無くしては、こんな衣装にはゼッタイに文句を言うと思う。
逆に言えば、勝てる自信があったからこそ、敢えてこういうイタい衣装を着て、人目を引く作戦に出たのに違いない。

そういう意味では、そんなマイケルの野望に、快くかは知らないけど、ちゃんと付き合ってくれたアンドリュー・リッジリーも偉かったのかもしれないね^^;


というわけで、彼らの隠れた名作「Everything She Wants」。

もともとWham!の曲は好きで聴いていたけど、この曲が発表されたときには、あまりの秀逸さに狂喜した記憶がある。
打ち込みをベースにしたリズムや、そこに乗っかるシンセの音も素晴らしいけど、マイケルの声も艶っぽくていいと思う。

そして、PV的には、有り物の別の曲を演奏しているライブ映像を編集して、そこにサクッと本人たちの映像やなんかを足しただけのものに見えるにも関わらず、さらにはマイケルがカメラ目線でAメロ分くらいをずっと歌っていたりするのに、全然飽きさせることなく、結局は何度も何度も見てしまう、まさにマイケルのパフォーマーとしてのスゴさも知らしめる作品に仕上がっているところに驚きを覚える。

ホントに、傑出した才能を持ち合わせたアーティストだったのだな、と改めて感心するよ。。



 


1981年、学生バンド仲間だったジョージ・マイケルとアンドリュー・リッジリーの二人組デュオとして活動を開始。音楽面をジョージが、ステージ構成やビジュアル面をアンドリューがそれぞれ受け持った。1982年にシングル『Wham Rap! (Enjoy what you do?) 』で彼らの友人が運営していたインナーヴィジョン・レコーズよりCBSレコード経由でのインディーズ扱いでデビュー。2枚目のシングル『Young Guns (Go for it!) 』で人気に火が付いた。ポップで快活な曲調と二人のルックスの良さも相まって話題となり、BBCの人気番組『トップ・オブ・ザ・ポップス』に出演。一躍アイドル的人気を得た。
翌年の1983年にファースト・アルバム『ファンタスティック』を発表。イギリスでは史上4組目となる、デビューアルバムの初登場1位獲得を達成。『バッド・ボーイズ』などのヒット曲を放ち、イギリスでは瞬く間にトップスターとなる。同時期にアメリカでもデビュー。ビルボード誌にチャートインこそしたが、大ヒットにはならなかった。年末にプロモーションで初来日し、『レッツゴーヤング』等の歌番組などにも出演した。しかしその後、所属していたインナーヴィジョン・レコーズが、12インチシングル『CLUB FANTASITIC MEGAMIX』(アルバム収録曲をメガミックスした楽曲を収録、日本未発売)を本人達の承諾を得ずに勝手に楽曲を編集、レコードを発売した為、この行為にジョージが激怒し「この12インチシングルを、絶対に購入しないように」とファンに呼びかけた。
1984年、所属レーベルをエピックに移籍し、アルバム『メイク・イット・ビッグ』を発表。このアルバムからは『ケアレス・ウィスパー』をはじめ数々の大ヒット曲が生まれ、英米のみならず世界中で爆発的な人気を博した。日本でもマクセルのカセットテープのテレビCMに2人で出演し(CMソングには『バッド・ボーイズ』と『フリーダム』が使われた。但し、歌詞が両方ともオリジナルとは全く異なる)、人気が上昇して1985年1月には来日公演も行われた。また、新御三家の西城秀樹と郷ひろみが、共にリアルタイムでワム!の曲『ケアレス・ウィスパー』をカバーしている(西城は『抱きしめてジルバ』の題で曲をリリース)。同年に発表されたシングル『ラスト・クリスマス』は、現在もなおクリスマスソングの定番曲として親しまれている。
1985年には、英米のポップ・アーティストとしては初めて大々的な中華人民共和国での公演を行った。その人気が絶頂を極める中、1986年にワム!は解散を発表。解散の理由としては、日本版ベストアルバムのライナーノーツなどには「ユニットとしてやることはやりつくしたから」というようなことが理由として挙げられていたが、実際は所属レーベルの親会社であるソニーが、当時アパルトヘイトを実施していた南アフリカ共和国と貿易を続けていることに抗議してのことだという。同時期にジョージがソロ活動を本格的に開始したことも理由の一つだった。 

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