心脳迷宮

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耳感染症が慢性化したの子どもの多くは,筋緊張低下症を抱えている。全身の筋緊張低下症は,発達の遅れた子どもによく見られる。この全般的な筋緊張の低下は,耳の筋肉にも影響を及ぼすため,彼らは特定の音の周波数に焦点を絞ることができない。したがってそのような人には未分化の音や鈍った音のみが聞こえるか,一度にあまりにも多くの音が聴こえ,聴覚皮質が明確な信号を受け取れないため,正常な発達を遂げられない。・・・(中略)・・・つまり彼が聴くあらゆる音が鈍っていたために,彼の発する言葉のすべてが不明瞭なつぶやきになり,また,聴覚脳マップの差異化がしっかりとなされていなかったのだ。同様に,自閉症スペクトラムを抱える子どもの多くは,聴覚ズームの機能に支障をきたしている。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.448)

聴覚過敏と筋緊張低下症とが関係しているようです。低緊張について調べてみます。

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低緊張とは、自分の体を支えるための筋肉の張りが弱い状態のことをいいます。専門的には、筋緊張低下症といわれており、その状態の子どもをフロッピーインファント(floppy infant)ということもあります。フロッピー(floppy)とは「ぐにゃっとした」、インファント(infant)は「子ども」という意味で、それらをつなげた言葉です。

低緊張の子どもは、姿勢がよくなかったり、体がふにゃふにゃとしていたりするという印象がもたれます。というのも、低緊張の子どもは体を支えるための筋肉の張りが弱く、思うように体の動きをコントロールすることができないためです。

低緊張の子どもは、体の筋肉の張りの弱さゆえに、運動発達に遅れがみられる傾向にあります。首や腰がすわるのが遅れることにより、その症状が顕在化し、乳幼児健診の際に医師から指摘されることが多いようです。

低緊張には2つの種類があります。一つめは、良性筋緊張低下症といわれるもので、生後間もなくは、体がだらんとした状態にあるものの、発達の経過とともに低緊張が改善される場合です。二つめには、何らかの疾患や障害があり、その症状の一つとして体がだらんとした低緊張の状態が現れる場合です。例として、筋ジストロフィーやダウン症候群などが挙げられます。

体がふにゃふにゃしている、長い間立っていられない、など低緊張の状態に気付いた場合には、原因となる疾患や障害がないかどうか調べ、専門的なアプローチを行うことが必要です。疾患や障害の程度にもよりますが、適切なリハビリを行い、筋肉を十分に使うことで少しずつ改善されていきます。

   ・・・(中略)・・・

アスペルガー症候群などを含む広汎性発達障害(『DSM-5』では自閉症スペクトラム障害と診断名が変更されました)のある子どもの中には、身体的発達に遅れが見られる場合もあります。身体的発達の遅れている子どもが、同時に低緊張の状態を見せることがあります。
>>>(子どもの低緊張(筋緊張低下症)とは?フロッピーインファントの具体的な症状、治療法、相談先について

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トマティスは,電子耳を使って音を操作することで,聴覚ズームを訓練することができると考えた。未分化の聴覚マップを持つ人には,緩んだ耳の筋肉と関連する脳の神経回路を交互に刺激したりリラックスさせたりする,周波数の異なるいくつかの音を聴かせた。トマティスがアレンジした音楽を聴く人は,より差異化された脳マップを形成する訓練を受けているのだ。そしてそれによって,背景のノイズから言語音を識別できるようになる。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.448)

他者の話を普通に聴くことができるようになるだけで,知的機能も対人スキルも向上するような気がします。
ASDの子どもの脳においては,それ以上の変化も起こるのでしょうか。

耳の奥の構造
耳の奥はだいたいこんな感じです。

トマティスによれば,「耳は受動的な器官ではなく,特定の音に焦点を絞ってその他のノイズを排除する,いわばズームレンズのような働きをする。」(脳はいかに治癒をもたらすかP.446)そうです。これを彼は「聴覚ズーム」と呼びました。

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ほとんどの人においては,聴覚ズームを可能にするこの筋肉の調整は,たいがい無意識のうちに自動的に生じる。たとえば,突然の大きな音は反射的に締め出される。しかし聴覚ズームは,うるさい部屋の中で重要な会話に聴き入ろうとするときや,外国語を学ぶときなど,意識によっても部分的にコントロールできる。
>>>(同P.447)

視覚情報は,見ようとするものの方向に眼球を向け,ピントを合わせるために水晶体の厚みを変える必要がありますが,これらは,過去の経験によって自動的に,あるいは意識的にできるようになっています。聴覚も,意識していないかもしれませんが,耳の内部にあるいくつもの筋肉を動かして,聞きたい情報を取りに行っているようです。

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二つの筋肉のうちひとつはアブミ骨筋で,この筋肉は緊張すると,高周波音の邪魔をする低音を消して,言語の発する中高域の周波数音への知覚を強化することで,環境から言語音を抽出することを可能にする。もう一つの筋肉は鼓膜張筋で,鼓膜の緊張を調節する。アブミ骨筋を補完し,緊張すると背景のノイズである低周波音の知覚を減退させる。
   ・・・(中略)・・・
トマティスはまた,これらの筋肉が弱くて十全に機能していないと(子どもの多くはこの状態にある),低周波音,つまり背景のノイズを過剰に受け取り,高周波の音声を十分に受け取れなくなることに気づいた。
>>>(同上)

ASD(自閉スペクトラム症)で時々見られる聴覚過敏は,上記のような,中耳にあるアブミ骨筋等の筋肉の機能不全に起因するものということになるのでしょうか。

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音声に合わせられるこれらの中耳の筋肉は,脳によって調節される。メリーランド大学の神経学者ジョナサン・フリッツらの研究によれば,重要な情報を運ぶ特定の周波数の音を耳にすると(たとえば実験では,ある音が鳴ったあとに電気ショックを与えられるという設定の場合など),その周波数に対応する聴覚皮質の脳マップ領域は,それに聴き入るために,数分以内に増大する。その周波数の音が止まると,その領域は元の大きさに戻るか,ときにそのままの大きさを保つ。すなわち,聴覚ズームには,神経可塑的な要素が含まれるのである。
>>>(同上)

聴覚領域の増大は,神経細胞の数の増加を示すものではなく,必要に応じて構造的な変化を伴って機能を向上させるという程度のことなのでしょうか。「神経可塑的な要素」については,まだ解明されていないということかもしれません。


猛暑のお盆時ですが,トルコのリラが急落したというニュースが流れていたことから「リラ冷え」を連想し,爽やかなリラの花咲く5月頃の札幌をイメージして,なぜか記憶にあるシャンソンをYoutube で検索して載せてみました。

お盆休みで通勤のバスは閑散としていました。昼間は関東近辺で激しい雷雨がありました。今夜はペルセウス座流星群の極大で,多数の流星が見られる見込みです。

私の夏季休暇は1週間前には終わったはずですが,世間の休みが,想定していなかった夕食への影響につながり,つい飲みすぎて,トマティス物語を書くことを控えるに至りました。健康状態はすこぶる快調です。

このブログは,基本,気まぐれに書かれているのですが,ここ1週間以上,土日も含めて訪問者数が70を上回っていることがカウンターで表示されると,頑張って書かねばならないような気持ちになってしまいます。・・・行動が伴っていない言葉は,説得力を欠きますね。

飲酒量を減らすために,こうした励まし(あくまで主観です)の力を利用するという方法が使えるような気がしてきました。

酔っぱらいの戯言の最後に,「リラ冷え」について引用しておきます。

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「花冷え」は、春に気温が上がり桜の花が咲くころになって急に冷え込むことをいいます。同じ「寒の戻り」でも、春の訪れが遅い北海道では桜にかわってリラの花咲くころ―5月下旬ごろ―思いがけなく寒くなることがあり、これを「リラ冷え」といっています。一般には馴染みが薄いことばですので、全国放送などで「リラ冷え」を使う場合には、説明をつけるようにしています。

なお、リラ―lilas―はフランス語で、英語名はライラック―lilac―です。「札幌市の木」に指定されており、札幌では毎年5月下旬に「ライラック祭り」が開かれます。

(NHK気象ハンドブックP84ほか参照)
>>>(北海道の「リラ冷え」、本州の「花冷え」と同じ?

オペラ歌手に用いた電子耳は,著名なオペラ歌手の歌声をベースに作られていたこともあってか,治療を受けた歌手が,電子耳から聞こえてくる歌手の声の周波数だけでなく,アクセント(訛り?)にも影響を受けていることにトマティスは気付きました。

ここからトマティスは,外国語の学習についての新たな着想を得ました。フランス人がイギリス英語を学習するとき,それぞれの言語で音域の違いがあるために習得が困難になっているのであれば,電子耳を通して学習しようとする言語の音域を設定することによって,習得がスムーズになるのではないかと考えました。イギリス英語を学習するフランスの子どもに電子耳を通してそれを聴かせたところ,イギリス英語の上達を見ることとなりました。

結果はそれにとどまりませんでした。なぜか理由は不明ですが,彼らはイギリス英語だけでなく,他の教科の成績も向上したのです。

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トマティスは,探求の焦点を「さまざまな耳」と言語,学習,重度の学習障害の関係へと次第に絞っていく。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.446)

ここで「重度の学習障害」が出てくるのは唐突な感じがしますが,「トマティス物語2」で書いたように,トマティス自身が,医師を志して勉強する中で,「音読」によって学習が進むようになったという体験を持っていることから,耳と学習,そしてディスクレシア(識字障害)等が関連しているという漠然としたイメージを持っていたのかもしれません。

fMRIなど,先進的な機器を活用すれば,こうしたトマティスの研究を別の角度から検証して,新たなエビデンスを付け加えることができ,応用範囲を広げることができるのではないかと思います。

声を損なったオペラ歌手の支援のために,トマティスは「電子耳」を考案しました。

電子耳とは,マイクとヘッドフォン,そして任意の周波数を遮断するフィルターと,強調する増幅器のシステムから構成されていて,これが彼のあらゆる治療の基盤になっています。治療を受ける歌手は,マイクに向かって歌ったり話したりし,ヘッドフォンを通じて加工された自分の声を聴きます。

検査の結果,声を損なった歌手は,高周波の音をうまく聴くことができていないということが分かったので,低音域を遮断し,高音域がよく聴こえるように設定した電子耳を用いたところ,歌手の声に劇的な変化が見られました。

「損なわれた耳に,失われた,もしくは阻害された周波数の音を正しく聴く機会を与えれば,その周波数は,直ちに,そして無意識に,発声において回復される」というトマティスの第2法則は,このようにして導き出されました。

さらに,この訓練を数週間実施したことによって得られた聴覚と発声の能力は,電子耳を使わなくなった後まで持続することが分かりました。「適切な周波数に耳をさらす訓練は,リスニング(したがって脳)と発声の能力に恒久的な効果を及ぼす」というのがトマティスの第3法則です。
恒久的な変化は,脳の可塑性の証でしょうか。

これらの法則と言われるもの以外にも,被験者の変化が見られることにトマティスは気付いていました。

一つ目は活力が増すことです。
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「ただ一人の例外もなく全員が気分の高揚を感じた。自分が歌手でなくても,歌いたくなったと打ち明けた人が大勢いた。」高周波音が聴こえると,被験者は自然にオペラ歌手のように胸をふくらませ。背筋を伸ばして深く息を吸い,自分の声によく耳を傾け,活力がみなぎったように感じた。逆に,高周波数を遮断すると,彼らは生気のない声で話し始め,姿勢が前かがみになった。声は単調で,聴き取りにくくなり,聴き手を疲れさせる場合すらあった。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.444〜445)

二つ目は,リスニング姿勢があることです。
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トマティスは,耳が平衡感覚のみならず,体の姿勢にも緊密に結びついていることを見出した。クラシック音楽に聴き入っているときによく見られる,はっきりとしたリスニング姿勢がある。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.445)

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その際,ほとんどの人は,頭部と右耳がわずかに前方に出る。このリスニング姿勢は身体の全般的な筋緊張に結び付けられ,その人は活力に満ちあふれ,集中しているように見える。・・・(中略)・・・トマティスの主張によれば,耳からの入力は,全身の垂直性と筋緊張に影響を及ぼす。もちろん,ある種の音楽は,人を立ち上がらせて踊りたいと感じさせる。
>>>(同上)

電子耳によって,それまできちんと聴こえなくてもやもやしていたものが聴こえるとスッキリし,クリーンヒットを打った時のような快感がもたらされるような気がしますから,その快情動がドーパミンの分泌を促し,活力をもたらすのではないかと考えます。

耳と情動とがつながってきました。この先に,障害を持つ子の治療への応用が近づいている気配が漂っています。

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1940年代後半,トマティスは,咽頭が歌うための主要な器官だとする従来の見方を批判し続けた。そしてそれとは逆に,低い声の歌手が高い声の歌手より大きな咽頭を持つわけではないことを示した。・・・(中略)・・・パワフルなテノール歌手は,800〜4000ヘルツの周波数で歌うが,それはバリトンでもバスでも同じであり,唯一の違いは,より低い音を聴くことができるがゆえに,バリトンとバス歌手がそれらの音を加えられることである。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.441)

たとえば,ものすごい騒音の中では,自分の声が聞こえません。このような中でも歌を歌うことはできますが,自分の声のフィードバックがないと,正しい音程で歌えている確信が持てないような気がします。4000ヘルツ近辺の,ある一定の範囲に対する難聴は,このような意味で,歌手の声のコントロールを奪うのでしょう。

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そのことを指してトマティスは「人は耳で歌うのだ」と,簡潔かつ挑戦的に主張したのだが,周囲からは嘲笑された。
>>>(同上)

上記のように理解していけば,「人は耳で歌うのだ」という彼の主張も首肯できます。これがトマティスの第1法則です。最初は嘲笑された彼の主張ですが,後に,ソルボンヌ大学の研究者がトマティスの実験に関連する研究論文を提出したとき,「発することのできる声の周波数は,耳が聴くことのできる周波数のみである。」と結論付け,「トマティス効果」と呼ばれるようになったそうです。

彼の次のプロジェクトも,歌声に関するものです。この研究は,もともとは歌声の研究として始められましたが,研究が進む中で,障害を持つ子どもの治療の基礎になる発見がもたらされます。

勝手ながら連載中の「トマティス物語」は今日はお休みして,別のことを書きます。

ここ10年くらいの間に,国内を何カ所か回りました。各地の児童自立支援施設などの実情を聞く機会があり,どの地域の施設にも,抑制が利かず,物を壊したり,職員や他の児童に対する暴行を繰り返す子が少なからずいて,苦慮しているということでした。ある地方では,施設に10名足らずしかいないのに,すべての児童が精神薬を服用しているという話も聞かれました。

児童によって症状は様々なのでしょう。また,乳児期からの虐待などを経て,いくつもの問題を同時に抱えている児童もいることでしょう。今日は,その中から,上記のような破壊的で抑制の利かない子を取り上げます。

施設は,集団で過ごす場ですから,みんなが気持ちよく生活できるようにルールが設けられています。また,他の子に迷惑をかけるような行為があれば,そのようなことをしないようにと抑制が求められます。多くの家庭と比較すれば,施設にいることによって,より抑制的であることを求められます。多動傾向のある子は,そもそもじっとしていることが苦手なのに,施設においては,家庭で過ごすよりもさらに多くの抑制を求められるばかりか,失敗したときには叱責を受け,一層厳しい監視下に置かれて,ただでさえ弾けやすいバネを,ギリギリと押さえつけるような対応をされてしまいます。

そのように押さえつけられるからこそ,弾けて破壊的な行為に及びますし,無理な指導を無視するようにもなってしまいます。こうして指導の限界を超えると,精神薬によって興奮を抑制することとなります。薬によって破壊的な行為を抑制することは可能ですが,児童の活力も奪ってしまいます。ボーとして座っていることも容易でなくなったり,手のふるえ(震顫)が出てきて,本来の活動に著しい支障をきたすほか,他の児童から,そのような状態をからかわれたりして,不快感を蓄積させることになり,これが興奮を後押しする要因ともなります。

こんなことの繰り返しになってしまいますから,薬で破壊的行為を抑制しつつ,どうにか生きて行ってもらうしかないという暗い話にしかなりません。

どうにかできないものでしょうか。ということで思い出したのが「じゃれつき遊び」です。11年余り前にこのブログでも取り上げていました。

前頭葉の抑制機能を高めたければ,扁桃体を解放して,思い切り情動発散をすることです。じゃれつきあって楽しく遊ぶことで,扁桃体が強く活動します。その間は,前頭葉機能が抑制することを休むことができます。このように,脳の働き方に注目して施設での生活を見ると,過剰な抑制とのバランスが崩れて,扁桃体が無軌道に情動発散に向かうのが破壊的行為になっているように思えます。じゃれつき遊びが,そのバランスを回復する力になることが考えられます。

モデルは今もあります。宇都宮市にある学校法人さつき幼稚園です。児童養護施設等において,じゃれつき遊びを導入することで,施設運営が円滑になる可能性があります。検討してみる価値はあると思います。

トマティスが空軍に勤務していたとき,航空機工場の騒音が原因で,4000ヘルツ近辺の聴覚能力を失うことを発見したことについては,昨日記載したとおりです。

その同じころ,トマティスの父親の友人であるオペラ歌手が,耳鼻咽喉科のトマティスのところに治療に訪れていました。当時は,声のコントロールを失ったときには,のど(声帯等)の治療を行うのが一般的な治療方法でした。

こうした患者に対して,トマティスは,航空機工場における聴力検査を行い,工場労働者と同様,オペラ歌手も4000ヘルツ近辺の聴力を喪失していることを発見しました。

トマティスが何を考えてオペラ歌手に聴力検査を実施したのか,詳細は不明ですが,それを推測する手掛かりは昨日の引用の中にあります。(のどの異常が見られないので他に原因があると考えていたことも,背景にあったかもしれません。)

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ジェットエンジン,砲撃,爆発などの音による聴覚喪失が,運動障害や心的な障害を引き起こす
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.440)

おそらく,聴覚喪失した多くの工場労働者を診る中で,発話やその周辺の問題を持つ事例に接することが多く,聴覚と発話(さらには歌を歌うこと)との関連性に気づいたのではないかといったことが考えられます。

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トマティスは,オペラ歌手の声量のデシベルを測定する装置で検査を始めた。・・・(一部略)・・・歌手から1メートル離れた場所に設置された測定装置が130デシベルを検知していることから,耳に直接影響を及ぼす頭蓋内の音量は150デシベルに達すると見積もった。(彼が航空機工場で測定したフランス製カラベル・ジェットエンジンの音量は132デシベルである。)つまり,特定の周波数のもとでは,歌手は,歌うことで図解内に生じる音の強度のために,自らの聴覚能力を損なっているとも言える。
>>>(同上P.441)

オペラ歌手と航空機工場労働者とが同じような負荷を耳に与えているエビデンスが示されました。

しかし,上記引用のすぐ後に書かれている「要するに,彼らの歌が劣化するのは聴覚能力が低下するからだ。」と言い切るまでのエビデンスが示されているようには思えません。トマティスがそのように結論付けた理由は他にもあると考えられます。

トマティスは,パリ大学の医学部に入りましたが,ほどなく第二次世界大戦が始まり,召集されます。どの部隊に所属し,どこに出征したかは調べてみないとわかりませんが,彼の所属する部隊が,戦争初期にドイツとイタリアの軍隊の捕虜になったことは間違いないようです。ここでの捕虜としての生活はそれほど長く続きませんでした。トマティスは,捕虜になった仲間と協力して逃走し,成功します。きっと命懸けの極めて危険な行為であったのでしょう。どんなハラハラ・ドキドキがあったかは想像するしかありません。ここで彼が命を落としていれば,トマティスメソッドは生まれていません。この危機の体験は,彼の人生や物の考え方に多かれ少なかれ影響を与えたであろうと思いますが,彼をトラウマ研究には向かわせることはなかったようです。

その後トマティスはフランスのレジスタンス組織に参加し,収容所での医師の手伝いを経て,フランス空軍に配属されます。彼は,耳鼻咽喉科を専攻することとしました。サルトルとの出会いや,命懸けの逃走体験よりも,オペラ歌手であった父親の影響の方が大きかったということでしょう。この当時まだトマティスは幼少時から続く身体を締め付けないではいられないような感覚に悩まされていたでしょうから,それにこだわる背景にある母親との複雑な感情が父親との絆を強めたいという気持ちを助長し,彼の専攻の選択にも影響したのではないかといった推測もできます。

戦争が終わると,トマティスは空軍のコンサルタントを務めます。耳鼻咽喉科の医師としての様々な洞察が見られるようになるのは,この頃からです。

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聴力測定器を用いて,航空機製造工場に勤める労働者が4000ヘルツ近辺のある一定の範囲に対する聴覚能力を失うという重要な発見をして,騒音による職業上の健康災害を指摘した最初の人物となる。また,ジェットエンジン,砲撃,爆発などの音による聴覚喪失が,運動障害や心的な障害を引き起こすことに気づく。耳には,これまで知られていない身体との結びつきがあるらしいことにトマティスは気づいたのだ。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.440)

「それまでに知られていなかった聴覚と身体との結びつきの発見」こそが,今後ここでも取り上げることになるトマティスの偉業です。

続きが気になりますね。連続ドラマみたい。

トマティスの高校(リセ?)時代の教師の一人に,サルトルがいます。サルトルがパリで教鞭をとったのは,1936年から1939年頃のことのようです。

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1936年から1939年にかけてル・アーヴルやパリで教鞭を執る傍ら、哲学・文学両面にわたる執筆活動を行い、1938年には小説『嘔吐』を出版して名声を博した。
>>>(サルトル

サルトルは,この少し前に,幻覚剤の使用の体験をしています。
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1935年に想像力についての実験のため、友人の医師・ラガッシュによってメスカリン注射を受ける。サルトルはこの際に全身をカニやタコが這いまわる幻覚に襲われ、以降も幻覚を伴う鬱症状に半年以上悩まされることになる。甲殻類に対する恐怖は生涯続いた。
>>>(同上)

幻覚にはタコも現れているのに,軟体動物に対する恐怖はなかったのでしょうか?甲殻類は恐怖を形成しやすいのでしょうか?私自身,50年以上前の幼児体験を機にカニ恐怖が形成され,現在も続いているので,サルトルの脳においても,幼児期の私と同じようなことが起こった可能性があります。これは余談です。

上記引用やそのリンク先を見れば,サルトルがかなり個性的な人(分かりやすく言うと変人)であることは明らかです。30代前半のサルトルがトマティスにどのような影響を与えたかは定かではありませんが,常識にとらわれない物の考え方には共通するものがあるのかもしれません。

この後,トマティスはパリ大学の医学部に進みます。

トマティスには,常に身体への強い圧力があることを求めないではいられないという不合理な欲求が存在していたことと,消化器疾患を抱えていたことを除けば,特段の問題があったわけではないようです。ただし,父親がオペラ歌手として年の半分を巡業で不在とする中,母親との愛情関係は円滑でなかったようで,「親密な触れ合いを求めると,つねにはねつけられていた。」と不満めいたことを述べています。身体への圧力へのこだわりは,出生後の母親との関係に根差すものである可能性があるのではないかという推測もできます。

接する機会の少ない父親を理想化していたようですが,これは母親との関係の悪さの裏返しであるかもしれません。病気がちであったトマティスが医師になりたいと父親に言ったとき,父親はパリで学ぶことを勧めます。そして,11歳のとき,単身でパリに行き,孤独な下宿生活を送りながら勉学に励みます。

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落第したあと,音読が学習に効果的であることに気づく。それから熱心に勉強し始め,仕事中毒の父に倣って,夜は遅く寝て,朝は四時に起きたモーツァルトの音楽を聴きながら勉強することが多かった。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.439)

「音読」,「モーツァルト」は,後にトマティスメソッドにも取り入れられることになる要素です。着想の起源はこの辺りにあったようです。トマティスにとって音読が効果的であったということは,音読でないと読んでも理解が深まらないということになるでしょうから,読字障害(ディスクレシア)はあったのかもしれません。

ちなみに,Wikipediaでディスクレシアを見ると,「識字プロセスには、文字や単語を構成する音に結びつけて分析する「音韻的処理」(主に表音文字)から、単語、文章そのものからダイレクトに意味を理解する「正字法的処理」(表意文字も含む)までいくつかの段階がある。」との記載が見られます。広く言えば,単語から意味を理解することの障害に該当するものと思われますが,「単語」は文字という視覚情報によるか,聴覚情報によるかで,脳における処理方法が異なるものと考えられますから,トマティスの場合は,文字から意味を理解することに困難があるものの,聴覚による言葉の情報の処理には問題がなかったのではないかという推測が成り立つように思います。

トマティスは,自身が未熟児として出生したこともあり,胎児に及ぼす母胎の影響や未熟児として生まれた乳児の胎外の環境等について関心を持っていたようです。

自身にもたらされた困難について,トマティスは,母親が妊娠を隠すために腹部を圧迫していたことによるものではないかと推測して,次のように語っています。

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明らかにあの圧縮が,私の人生の前半40年間を,衣服をきつく巻き付けて暮らさなければならない状況にした。体を二つに引き裂くようなベルトをし,きつい靴を履かなければならなかった。夜間は,八枚毛布を重ねなければ眠れなかった。寒かったからではなく,母の子宮で感じていた生存に必須の状況を再現するために,自分を取り巻く世界の圧力をつねに経験し続ける必要があったのだ。
>>>(脳はいかに治癒をもたらすかP.438)

上記の引用の後には次のように書かれています。

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自閉症の作家テンプル・グランディンは,身体に深い圧力を受けると落ち着くことを発見し,気分を鎮めるための「圧搾機」を考案した。トマティスは自閉症ではなかったが,自閉症者や未熟児が経験する異常な渇望のいくつかを経験した。しかし,ひとたび圧力に対する渇望の起源について理解が得られると,彼はその必要性を感じなくなったそうだ。
>>>(同上)

後に示されるトマティスの洞察の数々とは異なり,このエピソードについては感覚的にしか述べられておらず,科学的根拠が示されていなくて残念なのですが,とりあえずそのようなこともあるかもしれないと受け止めて先に進むことにしましょう。

2018年7月13日に紹介したトマティスメソッドのトマティスは耳鼻咽喉科医です。

1919年12月にフランスで生まれたトマティスは,当時16歳だった母親にとっては望んでいなかった子であり,妊娠を隠すために腹部をきつく締めていたことから早産となったようです。

これが,トマティス自身の特異な感覚,つまり,衣服をきつく巻き付けたり,ベルトを締め付けたり,毛布を8枚重ねて身体への圧力を与えたりしないでいられなかったことと関係しているように感じていたようです。さらに,生まれつき病気がちで,消化器疾患を抱えていたことも,早産に起因しているかもしれないと考えていたようで,こうした体験が医師への道を進ませることに大きく関わっています。

トマティスの父親はオペラ歌手であり,声のコントロールに難を抱えている父親の友人の治療を行っていたこともあって,聴覚についての研究を進め,そこでいくつもの洞察を得ています。それが,上記のトマティスメソッドへと発展しています。

トマティスの研究は,聴覚に関するものですが,以前にも紹介したように,自閉症様の症状を呈する患者を劇的に改善させるなど,精神科領域の治療にもかかわってきます。脳の神経細胞の可塑性とも関係します。

こうした関心から,何回かに分けて,トマティスの研究について,ここで紹介したいと思います。

地蔵岳オベリスク

小淵沢駅の展望台から望遠で撮影した南アルプスです。湧きたつ雲の上に顔を出している山のうち,中央の尖っているのが鳳凰三山地蔵岳のオベリスクだそうです。

麓からは雲が邪魔して頂上が見えないときでも,標高の高いところに行けば,雲の上に頭を出した山が見えることが少なくありません。頭を雲の上に出す富士山も,雲の上の高さの他の山からならば見ることができます。

立ち位置を変えることで,見えないと思っていたものが当たり前のように見えるのです。

人類にとって謎となっている多くのことも,別の高みから眺めることで見えてくることがあるに違いないと考え,謎にチャレンジしていくことにしましょう。

それにしても暑い今日この頃です。

4月にマイカーを処分して,カーシェアの会員になりました。6月まで一度も車を運転しないままで経過しましたが,この一週間で三度使いました。主な目的は,荷物運びです。片道30分程度の距離なので,宅配便を使うよりも安上がりです。車の維持費を考えると,格安で車を使うことができます。

カーシェアに加入すると,キャンペーンをやっていたり,ポイントが付いたりするのはどこも同じです。しかし,「お得」だけのキャンペーンやポイントではありません。

現在エントリーすることができるキャンペーンは,エコドライブに関するものです。環境省も協賛し,順位を付けて,1位の会員には「環境省から記念の表彰状を授与」されるほか,「エコドライブと判定された利用の総走行距離に応じて、最高24時間分無料で利用できる電子クーポンをプレゼント」されるそうです。

キャンペーン以外でも,エコドライブ度がgoodだと,常時3ポイントが付きます。逆に,駐車違反や事故を起こすと,一度にー100ポイントとなります。車を使うマナーが悪い場合も減点されます。

こうした仕組みは,加速度センサーや通信機能等を搭載して実現しているようです。スマホの,「安全運転サポートアプリ」と同じような仕組みになっているのでしょう。

行動経済学のナッジ理論を応用し,安全運転へと誘導するための仕掛けが採用されているということです。

限界もあります。無車検・無保険・無免許といったルール無用の最も問題のある人は,そもそもこうしたカーシェア等の仕組みを利用しないので,社会全体の運転環境をより安全・安心なものとするには,別の方法も考えなければなりません。

明日は出勤です。私の夏休みは終わりです。

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