2020年07月20日 21:26


 近石一族の墓は、さすがに綺麗に整っていました。

 白い玉砂利の中に浮かぶ敷石を前景に、青みがかった本小松石の墓石は、空の青によく映えています。

 線香の煙が薄らと白くたゆたう中で、さゆの両親が眠る墓に向かって、少年が手を合わせていました。

 ずいぶんと長い時間をかけて、墓に眠る人に何を語っていたのか聞くことはできません。私と並んださゆもまた、ただ黙って少年を見つめるだけでした。

 立ち上がって、こちらを向いた少年は、迷いのない真っ直ぐな瞳で見つめてきます。少年を見守るさゆの顔には微笑が浮かんでいました。

『きっと、これでいいんだよ、さゆにとってと言うよりも、彼にとって、ね』

 宗教的な話はわかりませんが、お墓に向かって語りかけることには、おそらく意味があるのだと思います。和樹君にとって、墓の中で眠る人に語りかける何事かには、きっと意味があるのです。
 一方で、さゆはさゆなりに「犯人の息子」がお墓に語りかける姿を見つめることに、やはり意味があったはずなのです。

 そこには許しとか、贖罪とか、そんなものとは違う、もっと優しい何かがあるはずでした。

 つかの間、見つめ合った二人は、何事かを心で語り合ったに違いありません。とても清々しい顔であったのは確かです。

 真摯な目が、今度は私に向けられて、ぺこりとお辞儀してきました。

「ありがとうございました。連れてきてくださって」

 初めて会ってから、まだ一時間も経っていません。言葉少ないながらも硬質な何かを持った、実にしっかりした子だなという印象を受けました。同時に、その硬さからが、なんとも繊細というか危うさのようなモノが見て取れました。

「まあ、とりあえず、いろいろと案内しよう。実家も、それに、叔父さん達がこっちの人達のために建てた病院も見せるから。それに、見たいところがあるなら、言ってよ、どこでも連れてくよ」

 さゆと和樹くんが並んで歩き出して、自然と私はすぐ後ろに付いていくカタチとなりました。

『さゆよりも小さかったはずなのになぁ』

 今や、頭一つ分高くなっているのが、三年の時間を感じさせています。肩の辺りもガッチリして、少年は「男」へと確実に近づいているのです。

「ありがとうございます。あの、お言葉に甘えても良いですか? 実は、あの……」
「いいのよ? 遠慮しないで」
「はい。ありがとうございます。あのぉ、 父が……」
「お父さんが、どうしたのかしら?」
「すみません。あの……」

 チラリと目線がさゆに向かったのを見逃しませんでした。腹の底がヒヤリとして、とっさに、わざとノンビリした顔を作ります。

「ひょっとしたら、彼はアパートを見たいんじゃないかな?」

「あっ」

 声は、さゆと和樹君の両方から出ました。彼が見たかったのは、父親がかつて一人暮らしをしたアパートです。それは同時に少女時代のさゆが置かされた場所でもあります。

 けれども、さゆは、ほんの一瞬もたじろがないどころか、笑顔を見せています。

「あ、やっぱり見たいわよね? いいわ。案内してあげる、と言っても、もう取り壊されてしまっているから、建っていた場所をね」
「ごめんなさい」
「謝ることなんてないわ? あなたが見たがるのは当然だもの。むしろ、こっちで先に考えてあげるべきだったわね」

 ホッとした表情を見せています。

『どうやら、和樹くんは、全部知っているんだな。殺人の件だけではなくて、さゆが騙されたきっかけとなる、あの事件のことを。叔父さん達あたりか?』

 ふと、さゆの笑顔が目に入ります。

『案外、本人が教えたのかもな』

 時々、和樹君とメッセージをやりとりしていたことは知っていました。中身こそ見ていませんが、案外、サラッと教えたのかもしれません。どんな傷跡であっても、私に許されてしまった今となっては、少女時代のエッチなんて、もはや傷跡ではなくなっていますから、何かのきっかけで話しても不思議はありませんでした。

「わがままを言ってしまってすみません」
「いや、お安いごようさ」

 私への言葉に、一瞬の間が開いたのは、おそらく、さゆの表情をうかがったからでしょう。

「いえ。わがままです。でも、父が…… 四人で暮らしていた頃の父が、母が出かけた夜に、たった一度だけ話してくれたことがあるんです」
「へぇ〜 お父さんから何を聞いたの?」
「大学生になった頃、本当に短い一人暮らしをしていて、その時が一番楽しかった。けれども、そこで、とっても大きな間違いをしてしまったから。だから……」

 そこで言葉を切って、さゆを見ました。まだ、さゆよりも背が小さい和樹くんの表情は、少年ではなく、ずっと大人びて見えました。

「お母さんを恨んじゃいけない。お父さんは、こうして君たちの役に立つのが嬉しいんだよって言ったんです」
「恨んじゃいけない?」

 意外な言葉に、思わず聞き返してしまいました。

「はい。あの…… 母の名前は、裕美と言います」
「裕美?」

 聞き返したのは、私とさゆ、同時でした。

「はい。えっと、それで、父と籍を入れる前の名字なんですけど、ゆあさと言います。ずっと気付かなかったんですけど、ついこないだ思ったんです。ゆあさ・ゆみって……」

 あっ! と言う声を、またしても私とさゆが同時。

「そうか。ゆあ、さゆみ、さんておっしゃるんだね」

 コクリと頷いた少年は俯きました。

 その瞬間、少年がわざわざ、ここまでやってきた本当の理由がわかった気がしたのです。

『そうか。少年は、これを教えたかったんだ。極悪非道な行いをした父親が、自分たちに優しい理由が「償い」のつもりであったってことを。そして、父親は、本当は後悔していたのだと、伝えたかった?』

 少年は思った以上に、大きなものを抱えてきてくれたようです。私は大きくため息をつくしかありませんでした。

『もちろん、だからと言って、ヤツのしたことをゼロにするつもりもないけどさ』

 けれども、刑務所帰りで、またしても罪を背負い込んだ男が、どういうきっかけで裕美という女を見つけ、何を思って結婚したのか。ほんの少し見えた気がしました。

『たとえ、それが罪を償うつもりでいても、いや、償いのつもりで結婚した相手の裏切りに苦しんだとしたら、やっぱり屈折するよな…… いや、そもそも、償いで結婚という手段を選ぶこと自体が、既にヤツが相手を裏切っていたのかもしれないわけだし』

 グルグルと、考えが巡ります。。

 青空を見上げます。山のそばに雲が出てる、こんな光景を、かつてのヤツも、そして、さゆも、いつか見たのでしょうか。

 まぶしい日差しを振り切って、私は笑って見せたのです。

「ごめんなさい」

 和樹くんは、自分が吐き出した言葉の意味をちゃんとわかっているのだと思えば、私にできることは、たった一つでした。

「さて、君のお父さんが育った街を見てもらうとしようか。それに叔父さんには言ってあるから、しばらくウチに泊まって、明日からは気の済むまで好きなところを歩いてみれば良いさ」
「そ。今日は、お姉さんが、腕によりを掛けてごちそうするからね。あ、嫌いなものがあるなら、今のうちに教えてね?」
「あ、えっと、ピーマンがちょっと」

 なんとも、しっかりした少年の、いかにもお子様な発言に、私も、さゆも、つい笑いを漏らしてしまいました。

「わかった。じゃあ、今日は、ピーマンの肉詰めを付けておいてあげるぅ」
「そ、そんなぁ」
「ふふふ。うーそ」
「ええええ!」

 クスクスクスと、一切の屈託無く笑顔を青空に弾けさせたさゆは、愛おしげな表情で少年の肩をポンポンと叩いたのです。

 




2020年07月18日 16:02

やく2ヶ月

更新出来ずにごめんなさい

そして

心配をしてくださった方々に
お詫びと、お礼を申し上げます。

まあ、愚痴を書き出すと
軽く2千字くらい行っちゃいそうな勢いで
いろいろとありまして
五月頃に限界が来ていたのかなと
振り返ると思えます。

更新を止めていた
「紗由美の冒険」も
当時のものを、今、読み返すと
ひどいデキで、ごめんなさい。

ともかく終章は消しました。
これから、リライトして
順次掲載いたしますので
もう少し、お待ちください。


それと、古川は東京人なのですが
本日の陽性者が290名だとか。

幸いにして
携帯型の消毒スプレーの在庫は
まだ持っています。
(コロナ騒動前からの備蓄です)

マスクも、最近は出回っていますので
備蓄分プラスで手に入れて
予防策は十分に行っております。

でも、正直に言って、怖くて
お店には入れませんから
外食をしなくなりました。

電車の座席も、立っている人からの飛沫と
隣の人との接触が怖いため
座ることができずにいます。

東京の重症者は10名

警戒宣言の頃は100人以上でしたから
現在1割に達しています。

陽性者の増え方ら見て
3週間ほど経ったときの
医療機関がどうなるのか
心配しております。


心配と言えば
熊本県の皆様
心からお見舞い申し上げます。
本当に些少ですが
ヤフーを通じて、募金いたしました。

一日も早く日常が取り戻せますよう
お祈りいたします。




2020年05月14日 17:00


 ため息を一つ、こぼしてから、話題を戻しました。

「まあ、オレ達が言うべきことではないけど、叔父さん達が、あの二人を引き取ってくれて良かったよ」

 和樹くんと美紀ちゃんの兄妹。

 ヤツが逮捕された瞬間から、直面したのは子どもたちのこと。もちろん母親の行方は全くつかめません。けれども「むしろ、子どもを捨てていった母親と、その相手に渡してもロクなことにならないだろう」というのは児童相談所の人の意見だったそうです。

 叔父夫妻は「祖父、祖母」ですから、本来は、引き取ることに何の問題もありません。しかし「血縁」でも無いことをハッキリと知っていて、それでも、あえて引き取ったのは「息子が育てようとした子ども達だから」という叔父達の意志が強く働いている気がします。

 既に、一緒に暮らしているそうですが、いざ、引き取ってから「事件の関係者が引き取れるのか」という問題が指摘されたそうです。幸いにして、警察の捜査にウソをついたことは罪に問えず、犯人隠匿も、肉親の場合は、罪に問われないということ。そして、最後の最後で、決め手になったのはも、引き取り手がいないより「血縁者」が孫を引き取る形が良いだろうと言う理由でした。

「本当は全く血のつながりがないのに、血縁だからって認められたんだもんなぁ。まあ、和樹くん達にとっては良かったけどさ」

 皮肉と言えば皮肉でした。けれども、さゆの頬には微笑が浮かびます。

「ええ。そうね。でも、叔父さん達にとっても、それが、一番良かったと思うわ」
「うん。そうかも」

 ふっと窓の外を見つめながら、その時に何を考えていたのか、わかりません。ただ、私がカップを空けると、見ていないと思っていたのに「いかが?」とティーポットをすかさず手に取ったのに驚かされました。

「あ、うん。お願い」

 静かに紅茶を注いでから、ティーポットの残りを自分のカップに入れて、こっちを見つめました。

「ね、やっぱり、私、受けるわ」
「近石家のことだね?」
「ええ」

 生来の、真面目で、強い意志がみなぎる瞳を、久し振りに見つめます。

「だって、そうしないと、やっぱり、父と母が可哀想だもの。私の一人暮らしも、結婚して家を出るのも、いっぱい、いっぱい、わがままを言っても、何一つ文句も言わないでくれたのだって、元はと言えば」
「んんっ」

 咳払いで「レイプ事件のせいで、自分に甘かったから」という続きが出る前に、ぶった切ります。

「良いお父さんだったね。とっても優しいお父さんだった」
「ありがとう」
「それにしても、ようやく決められたね」
「ごめんな……」

 ハッと口を閉ざしたさゆに向かって「これはいいでしょ」と言って、頷いて見せました。

「きっと、君は、そう言うだろうと思ってた」
「ただ、それだと、ずうずうしいけど、お願いがあるの」
「わかってるよ。今までみたいに、なんちゃって跡継ぎじゃないからね。後継者である君の夫、つまり、オレが総領にならないといけないんだよね」

 地方ゆえなのか、旧家のしきたりと言うべきか、近石家の正式な総領は男性なのです。娘が跡を継ぐ場合は、娘婿が正式な総領になるのが仕来りであると、結婚した時に聞かされていました。

「ええ。あなたに迷惑を掛けてしまうけれど。それに……」
「ああ、わかってる。姓を近石にしないとね。やり方は、結婚した時に、さんざん脅されたから、よ〜く覚えてるよ」
「いくら形式的なものであっても、やっぱり離婚届は気が進まないのよ?」
「ま、ホントは結婚の時に、オレが近石になっていれば簡単な話だったけど、君は、オレに気を遣ってくれたんだから、今さら、ちょっと面倒なくらいは、仕方ないよ」
「ううん。ごめんなさい。あなたが近石に振り回されることはないって思ったのに、結局、もっと、ご面倒を」

 近石一族が連なる集まりでは、結婚は認めるにしても「紗由美が平田姓になること」に最後まで反対があったのだという話は結婚してから聞いたこと。

「でも、姓が変わるまで、時間がかかるよ?」
「叔父さんによれば、それまでは、平田のままで良いって。一族会にも、ちゃんと根回ししてあるそうです」
「さすが。手が早いなぁ」
「頭の良い人ですから。でも、あなたに押しつけて申し訳ないって書いてありました」
 
 私たちの姓が「近石」になるために一番手っ取り早いのは離婚することなのです。それで、さゆが「近石」姓に戻り、改めて結婚して、妻の姓を名乗るという手段を取らねばなりません。違法ではないけれども、ギリギリ、グレーゾーン。けれども、一番確実で、手っ取り早い方法です。さゆは、この「離婚届を出す」というステップに、ものすごく抵抗感が強かったのは事実です。

 縁起でも無いというか、実際に本当に離婚届を出すのですから、さゆの心中は察して余りあります。私は、敢えてニヤつきながら、話題を逸らしました。

「ふぅむ。じゃあ、向こうに行ったら、社長さんかぁ」
「ええ。きっと、まだ、向こうには、きっと、もっともっとたくさん、いろいろなトラブルとか厄介事が待ってると思うわ」

 ごめんなさい。と改めて頭を下げたさゆに、じゃあ、さ、と、私は楽しげな声を出しました。

「どうせ社長をやるなら、社長秘書に、とびきりの美人さんを雇うよ。オフィスラブに、社長室のエッチ、やり放題にできるんじゃないかな」
「え?」

 小さく首をかしげるさゆに向かって、ニヤリとしました。

「実は、旧姓、平田さんっていう、美人秘書さんに心当たりがあるんだ。どう? 雇ってもいい?」

 私の前に座る、未来の社長秘書である美人さんは、見開いた目をパチパチと瞬きました、それから、唇を尖らせて「む〜」と言ってから、改めて背をピーンと伸ばしました。

「お願いします。社長サマ」
「ああ、よろしい。末永く頼むぞ。雇用期間は、オレが死ぬか、地球が終わるかどっちかなんで、覚悟しておくように。あ、ずっと先の将来も、君がオレより先に死ぬってことだけは、就業規則で禁止しておくからね」

 クスクス
 ふふふ。

 二人の笑いが同時に弾けました。

 さゆの表情は、朝の光に照らされた、透明な笑顔でした。














2020年05月13日 21:00


「叔父さん、どうしても引退するって?」
「ええ。医師免許だけは役立てたいって。東北の無医村に夫婦で行きますって書いてありました。叔母さんも元看護師さんですもの。きっと、喜ばれると思う」

 一口飲んでから、カップをそっと置いて、こちらを見つめます。
 叔父夫婦からの分厚い手紙が届いたのは昨日。寝不足の目をしています。ひょっとしたら寝てないかも知れません。

 おそらく、叔父からの言葉を飲み下すまでに、一晩が必要だったのでしょう。

「あとの病院は?」
「院長は、今の副院長先生に任せて、経営権だけは…… 一族のものにするって。格安になるけど、有償でね。逆にタダってことだと、税金の問題があるんですって。譲って得たお金で、向こうに、ちゃんとした診療所を建てるそうよ」

 昔と違って、近石家の作った企業も土地も、一種の持ち株会社が所有する形になっています。つまりは、近石家の総領は、その社長となるわけです。

「自分が救える人を、ひとりでも多く救いたいって。それがせめてもの償いだと思うって書いてありました」

 口元が小さく微笑んで「叔父さん達、立派だわ」と、ぽつり。

 考えようによっては叔父夫妻は、両親を奪った犯人をかくまった、いわば「仇」とも言える相手ですが、既に、さゆの中では整理がついたのは間違いありません。それに、このところ、わざと、はしゃいで見せたり、こうして微笑すら浮かべられる瞬間がでてきました。

『うん。順調だよね』

 心の回復ぶりが、私にとって、何よりも嬉しい気持ちにさせてくれます。

「それで、叔父がね、くれぐれも謝りながら、でも、って書いてきたわ」
「ん?」
「今度は、何十年後になるか、ううん。自分の生きているウチに会えるかわからないけれど、息子が出てきたら、そこに迎え入れたいって。そこで、ちゃんと教育して、今度は、地元のために骨を埋める人間にしてみせるって」
「そっか」
「それとね、ほら、児童館に来ていた、あの二人」
「ああ、あの中学生クンと妹のこと?」
「そうよ。和樹くんと、美紀ちゃん。血のつながりは美紀ちゃんの方だけだって話だったけど、叔父さん達は、二人とも引き取りたいって仰るの」
「そっか。年齢がおかしいって思ってたけど、名前は、たまたま似ていたってこと?」

 一つ頷いた後、あのねと、続けます。

「美紀ちゃんも、本当は違うみたい」
「え?」
「健康診断をした時に血液検査をしたんですって。もちろん、本人達には言わないけど、血液型が出たのね?」
「血液型?」
「和樹くんはプラスのAB型。そして美紀ちゃんもプラスのAB型なの。叔父夫妻は、お二人ともO型よ」
「となると、春樹はO型のはずで、それならAB型は、ありえないってことか」

 中学生にでもわかる理屈です。

「そう…… そして、ね、DNAパターンが二人とも似てるんですって。母親だけが同じというのでは説明が付かないレベルで」
「えっと、和樹くんと美紀ちゃんの遺伝子が似てるって?」
「和樹くんと美紀ちゃんは、同じ両親の可能性が高いそうよ。でも、叔父夫妻は、二人を育てる、それも、自分たちの役目だからって」

 唖然とせざるを得ません、

「それって、ヤツは知っていたの?」
「わからないわ。ただ、和樹くんから、妹は義父、つまり春樹さ…… 春樹の本当の子どもだって聞いていたって。だから、知らなかったのかもしれません。母親が、男と出ていったのが去年らしいけど、それまでも、親子の関係は良かったみたいなの。でも、ずっと、その裏側に男の人がいたのかもしれないわね」
「和樹くんは、それに気付いていた?」

 物言いたげな口元に、思わず聞いてしまいました。

「思春期の男の子は、侮れないわね。何となく、そんな気がしていたけど、父親には言えなかったって言ってました」
「そっかぁ。じゃあ、ヤツが二人を育てたことだけは認めないとかも、だな」
「そう…… ですね。悪い話は、一つもないそうです。優しい父ですと言ってくれたと」
「じゃあ、奥さんが家を出た後、二人の子どもを育てようとしていたのは、認めないとか」

 さゆが、カップを持ったまま小さなため息をついて、コクリ。

「だから、お金、必要だったのかしら」

 一攫千金というか、ヤツが近石家の総領を望むために、さゆの両親を亡き者にしたというのが、今のところの犯行理由。そして、紗由美が邪魔だったと供述しているのも確かです。

『でも、それなら、ずっと、さゆに近づいてこなかったのは、大いなる矛盾なんだよな』

 仮に、ほとぼりを冷ますつもりだったとしても「再会」するまでの時間が長すぎるし、そこまでの足取りを調べた結果でも、これまで、さゆに近づこうとした形跡が全く見られませんでした。

 つまり、再会そのものが。運命のイタズラだったと言えるのかも知れません。

『これは、ヤツにとっても不幸な再会だったってことか』

 さゆの唇が、自然と「む〜」と突き出されています。そのやるせなさが、一体どこに向けられているのか、想像はつきます。人の運命を変え、自分もまた、恐るべき罠にはまり、その根源を恐れながらも、両親の思いを考え……

『相当悩んだよな? けれども、そろそろ結論が出たってことか』

 そのとき、ふっと、関係の無い言葉が口を突いて出てきました。

「托卵か」
「たくらん?」
「いや、なんでもない。うん。なんでもないよ」

 私の頭に浮かんだ、さゆを犯している春樹の顔は、なぜか、いつも泣き顔だった気がしました。




2020年05月12日 21:00


 我が家のリビングに、いつものテーブル。サラダに添えたドレッシングは、ヨーグルトを使ったさゆの特製。最後のひとすくいまで食べきった食卓に、ティーカップの出番です。

 さゆがポットの用意をしている間に、ネットニュースの隅々までチェックします。そして、さらに入念に検索をかけるのが、このところの習慣になっています。

 何も出てきませんでした。

「もとから、あっちはニュースと言うほどのことじゃなかったからね」

 言わずもがなな言葉を、つぶやきます。さゆは、それを聞いているのかどうか。

 我が家にとってはどちらも重大事件ですが、実際問題として、片方は、あまりにも小さいのです。

 あっちは、ネットにすら載らない地元紙だけの扱いです。「コンパニオン紹介業を名乗っている二人の男が管理売春と客を脅迫した容疑で逮捕された」という主旨の三センチ×5センチほどしかない短い記事。むしろ、同じ地元紙の扱いながら、県内の私立女子校で、校長が急に辞職した、ということのほうが大きな扱いだったほど。事務長も一緒に辞職したことから、なんらかのトラブルがあったのではと結ばれていました。

 まして、教材会社の営業担当者が離婚することになっても、そんなことが記事になるはずもありません。

 このあたりは、私の八つ当たりと言うべきかも知れませんが、どうしても、コイツらをそのままのさばらせておく気になれなかったのです。

 けれども小さな復讐は、しょせん社会にとってはちっぽけなこと。

 けれども、話が「殺人」ともなれば、全く違います。

「今週も、まだ、週刊誌が追っかけてるね」

 まだまだ、扱いが小さくなりません。なにしろ「医師を挫折した男の計画殺人」「地方名家の伯父を殺害」「実の両親が涙の懺悔で緊急逮捕!」と言った、マスコミ垂涎のネタが幾重にも折り重なっているのですから。

 結婚しても、気にしないようしていたし、妻の地元に近づかなかったので気付きませんでした。近石家は、やっぱり、今でも隠然たる影響力を持った地元の有力者なのです。しかも、一族筆頭格で、いくつもの病院長を務める医師が「十五年前の偽証を悔いて、息子の犯罪を訴えた」というのですから、あることないこと書き立てた者勝ちの様相を呈しています。

 中でも某週刊誌が、石田春樹のレイプ事件を書いてしまったことには、ヒヤッとさせられました。
けれども、どこが、どう働いたのかはわかりませんが「被害少女の身元」については、結局、どこもたどり着けなかったようです。

「そうですね。このままだと、近石の家は、確かに、バラバラになってしまう。父の本意では無いと、私も思います」
「君は、どうしたいの?」
「気乗りがしないっていうのが本当の気持ちです」

 ティーポットから保温カバーを外しながら、思ったよりもハッキリとした口調でした。

「でも、結局、私が、ずっと曖昧にしていたせいもあるのかなって」
「君が決断するなら、それはそれで尊重するよ。ま、身軽になったしね」
「ご、ごめ」

 言いかけた言葉を、ハッと閉ざしたのは、私の目を見たから。この件についての「ごめんなさい」を言わないのが二人の約束です。

 さゆを追うために、会社に辞表をたたきつけた私に、後悔は全くありません。結果的に、二人が本家を継ぐという選択肢を選べるようになっているのですから。しかし、さゆが、それを避けてきたのも事実でした。

 コクンと、黙って頷いてから「ありがとう」と一言。

 静かに紅茶が注がれます。クッキリとした香りが部屋全体の空気を塗り替えるような錯覚をするほどです。

「お? 珍しいね、セイロンをストレートで?」
「ええ、すごい! あなた、わかるようになったんですね?」
「そりゃ、少しは。それに、これだけクッキリとした強さだったら、さすがに間違えないと思うよ」
「でも、あなた、最初の頃はジャスミンティーのことを、ダージリンだとか……」

 なんだか、恋人時代のように、はしゃぐ感じです。無理しているなと思います。けれども、その「無理」すらできなかった時から比べると、着実に、回復しています。

「それを言ってくれるな! だって、君と付き合う前は、紅茶なんて男が飲むもんじゃ無いって!」
「ふふふ。でも、ちゃんと、わかるようになってくれました。すごいです。あなた」

 愛情を込めた、あなたという呼び方に、なんだかほっとさせられます。これが全てです。これがあれば、何もいらないのです。

 そして、私は、決意を込めて、話題を振ります。

「ま、いまだに、ダージリンとアールグレイは、ごっちゃになっちゃうんだけどね」
「ごめんなさい。最初、置き間違えちゃったのよね? 最初に間違っちゃうと、直すのが大変ですもの。私のせいだわ」
「そ。ダージグレイ事件」
「そうですね。間違えちゃいました」

 大学時代、私の部屋に来るたびに、少しずつ紅茶の葉を揃えてくれたさゆは、うかつにも、ダージリンと書いた入れ物にアールグレイを入れて持ってきたのです。しばらく、それに気付かぬまま、ひとりでせっせと飲んでいた私は、見事に「すり込まれて」しまったわけです。

 今でも、二人の間では「ダージ・グレイ事件」として笑い話にしているネタです。

「うん。あれは、全面的に君が悪いと思うよ?」

 珍しく、私が「さゆのせいだ」と非難する口調に、意外を感じたのか、ヒョイッと私の目を見つめてきました。

「だってさ、信じている相手に何をされたって、その間違いには気付くはずがないだろ」

 え? という、その目は、次第に見開かれました。

「信じて、間違えた方は、ぜんぜん悪くないよね? ぜ〜んぶ、間違えさせた人の責任ってことだろ? うん。決めた。これからは、それでいくから。いいよね?」
「あな、た……」

 目を見開いくと、そこでグッと息を一つ呑んでから、私を見つめたまま、ウンと頷きました。

「そうよ。ちっとも悪く…… うん。そうよ。うん…… ありがと、あなた」

 さゆの目に涙が、またも浮かんでしまったのを見て、私はあわてて話題を変えようとしました。










2020年05月11日 21:18


「紗由美さん。失礼だが、ご両親が亡くなられたのは?」
「はい。事故でした。父が運転を誤ったとかで。ちょうど、母と二人で菩提寺からの帰りでした」

 痛ましいことではあっても、さすがに時が経っています。さゆの顔は哀しみに浸るよりも、疑問符が中心になっています。

「事故の記録があります。山道で運転を誤ったとなっています。車に乗っていたのはお二人。ところで、なぜ、お寺に行くことになったのかは、ご存じですか?」
「いえ。おそらく、その頃話が進んでいた本堂の改築のことではないかと、勝手に思っていました。事故の後はドタバタしていて、詳しい話を聞くどころじゃなくて」
「申し訳ない。別に責めているわけではありません。ただ、近石春樹…… いや、獄中で姓を変えていたので、石田春樹ですが、ご両親が事故に遭われた日の一週間前に出所しています」
「あの、それが」

 そこに叔父が、言葉を割り込みました。

「春樹が出所して、家に戻ってくるな。そのまま遠くへ行けと弁護士を使って出所の時に金を与えてあったのですが」

 父親の手がワナワナと震えていました。

「私が悪かったんです。本家に申し訳ない、紗由美さんに、ごめんなさいと思いながらも、やっぱり我が子を突き放すのに忍びなくて、とにかく落ち着くまではと、手持ちのマンションに置いてやったんです、そ、それが、あの、うっ、ひっくっ、ああ、わたしが」

 母親が、俯いたまま、しきりにハンカチを使っていました。嗚咽になって喋れなくなった母親の言葉を引き取ったのは、川島さんでした。

「当然、警察は事件、事故の両面で捜査したそうですが、山間のカーブを曲がりきれなかったそうです。直前でブレーキを踏んだ跡があったことから、居眠り運転でカタをつけたのです。ところで、事故の翌日から春樹は、マンションに帰らなかったそうです」

 叔父が、カクンと頭を振ります。

「え? あの、なんだか、それだと……」
「もう一つ。ご住職は、当日、石田春樹を目撃したそうです。なにしろ、一族の菩提寺ですしね、小さな頃から見ているので、間違えるはずがないと仰っています」

 さゆの唇が、閉じなくなっていました。

「そして、ですね、決定的なモノは、お父様の身体から、トリアゾロベンゾジアゼピンが検出されています。当時、お父様は、不眠症を訴えておられた。医師である弟さんに処方してもらっていたクスリと同じ成分だそうです。警察は間違って飲んだ、あるいは、夜に飲む量を間違えたのだろうと結論づけたんですけどね、でも、そもそも半減期が5時間ほどのクスリで」
「春樹のせいです!」

 川島さんの説明を、叔父の絶叫に近い声がぶった切りました。

「え?」
「私たちが育て方を間違っていた! それに、私も親馬鹿だ。息子が、どんな馬鹿なことをしでかしても、かばおうとしてしまった。いや、息子がやったんじゃないと思える材料だけを考えて、勝手に、無関係だってことにしてしまったんだ」

 母親がウワッ! と泣き崩れるのと、ガバッと椅子から飛び降りるように、父親は再び床に額を打ち付けたのは、同時です。

「まさか、まさか、春樹が、こんなことを。私たちが悪かったんだ。私たちが庇わなければ」
「警察も馬鹿じゃない、春樹を疑ってはいたらしいんですよ。けれども、地元にいないはず。まして、クスリなんて手には入るはずもなく、仮に手に入れたにしても、お父様の使っているクスリと、ちょうど同じものを手に入れられるなんて、ありえないだろうとね。なによりも、当時、今、そちらで頭を下げていらっしゃる父親が、すごい剣幕で、息子は縁を切ったんだと、怒鳴りまくっていたそうで」

 紗由美は、目の前で土下座する人物に、頭を上げるようには言えませんでした。ただ、目を見開いて、呼吸を荒くしています。

「近石さん達は、当時の警察へウソを吐いたことと、春樹にも睡眠導入剤を渡していて、伯父に渡しているモノと同じだと口を滑らせたことも、これから警察に行って証言すると約束してくれました」

 川島さんは、紗由美の顔を見つめながら、言葉を続けます。

「まあ、他にもいろいろと傍証はありますけど、それは警察に任せましょう。今となっては、近石さん達の証言で、ほぼ逮捕は確定、と言う事実だけをお伝えしておけばいいですよね?」

 それは、紗由美に対する最後の一撃とも言うべき言葉。
 見開いた目で、土下座する人物を見つめる、蒼白な顔。呼吸がどんどん速くなっていました。

「紗由美さん。まだ、言葉がいりますか?」

 その一言が紗由美の身体をポンと押したように、いきなりイスから崩れ落ちたのです。














2020年05月10日 21:02

「すまなかった!」
「ごめんなさい。言葉もありません」

 イスから滑り落ちるようにして、夫妻は、泣きながら、土下座をします。

「あの子が、あの子が、また、あなたにご迷惑を掛けてしまうなんて」

 ひたすら額をこすりつけているのは、父親、涙混じりに、わびているのは母親でしょう。たとえ、縁を切ったとは言え、実の子のなしたことが、余りに大きいことに変わりはないのです。

 私にとって、いや、私たち夫婦にとっての、せめてもの救いは、両親が常識的な人であったことかもしれません。解決を急いだ私にとっては、あらゆる法律を駆使するよりも「あの時」の声を両親に聞かせるのが、一番、成果が得られたのですから。

「とにかく、一度、おかけになってください。さゆも、こっちに座るんだ」

 額を床に打ち付けるように頭を下げ続ける叔父夫婦の土下座と、なんとかやめさせようとするさゆとの愁嘆場を、いったん回収しなければ、話が進みません。

 叔父の腕を掴んで、半ば強引に座らせると、ようやく、さゆも一緒に、私の横に座ったところで、「お誕生席」ポジションに座る人物を紹介しました。

「こちらが川島さん。全てを調べ上げてくれた人だ」
「初めましてと言いたいところですが、ノクターンです」
「え? あ、あの」
「川島さん、説明は私の方からしても、いいですか? お手柄を取ってしまうようで申し訳ないのですが」
「いえいえ。今回は、平田さんご自身が解決なさったんですから」
「滅相もない! 全部、みなさんにおんぶに抱っこでしたから。でも、この場はあえて、恩に着て、私から喋らせていただきます」

 私が向き直ると同時に、向かいに座った春樹の両親は「改めて。申し訳ありませんでした」と頭を下げました。それを放置して、私はさゆの方に身体を向けます。

 何かを察したように、背筋をピンとして、私を見つめる紗由美。緊張の表情です。

「あのね、君が、最初に犯された時の会話を、全部、聞いてもらった」
「え? あ、えっと、あの」

 親類に、セックスシーンの会話を全て聞かれたと言われたのですから、そのときのさゆの顔は、羞恥と困惑で、真っ赤になったり、真っ青になったり。

「ごめん。オレの独断だけど、でも、どうしても必要だと思った。そして、わかったんだよ」

 川島さんとのやりとりや、春樹の両親をなだめたり、脅したりしたことは全てをいったん置いて、まずは事実を全て話してしまうことを、私は、いえ、私たちは、選んだのです。さゆが受け入れようと受け入れまいと、まずは事実からです。

「わかったって?」
「近石春樹は、刑務所に入った。それは事実だけど、殺人でも、傷害でもなくて、彼の罪状は、未成年者略取、ならびに脅迫、及び監禁と強姦罪だ。つまり、君を犯した罪だ」
「え? だけど、あの、でも」
「念のために言うけど、君が許したとか許さないとかじゃないよ? 当時の君は十二歳。刑法で十四歳未満は、本人の合意のあるなしにかかわらず、逮捕される」
「だ、だけど、あの、悪くないの、だって、あの時、私が」

 さゆは、言葉を切ったのは、その名前が言えなかったから。

「近石正義さんのことだろ?」

 コクリ

「近石正義は、君を憎んで殺そうとした、あるいは、殺すまではいかなかったのかも知れないけど、事実としては、殺人未遂で逮捕状が出た。といっても、本人が病院に入っている間に自殺してるけどね」
「自殺? あの、でも、ケガが元で、亡くなったって。それに、正義兄ちゃんが私を憎んでた?」

 目が見開いています。このあたりは、さゆにとって一番以外であることは予想のウチ。

「そうだよ。遺書はないけど、当時の春樹の証言だと、ほぼ確実だと思うよ」
「ハル兄ちゃんを?」
「近石正義は、当時、二重に苦しんでいたらしい。告白した相手が、振り向いてくれないこと。そして、その人物が幼いいとこに夢中であることをね」

 ハッと息を呑むさゆが言葉を出す前に、川島さんが口を挟みました。

「容疑者死亡により、立件されてないため、裁判記録としても残っていませんが、石田春樹の公判資料は調べました。近石正義が、紗由美さんを殺してやると叫びながら首を絞めているのを見た、と言う言葉が残っています」
「いつか、君は、蘇ってきた記憶を話してくれたよね? 君が首を絞められたシーンのこと」
「あっ」

 目を見開く紗由美。私は一呼吸置いてから、調べた結果と、春樹の両親から聞いた話を語り続けました。

「首を絞められた君は、もがいているウチに、そばにあった包丁を取って、振り回したらしい。もちろん、子どもの力じゃ傷を負わせるのがせいぜいだけど、それは正当防衛だ」
「そして、紗由美さんがかろうじて振りほどいたところに、春樹が間に入ろうとしたらしい。そこから、胸に乗られて殴られたと供述しています」
「その意味で、身代わりと言う言葉が君にしみこんだ可能性がある。実際、入院した直後の記録では『自分の身代わりにひどいことをされた』とくり返し訴えていたそうです。紗由美さんが入院したのは、こちらの近石さんの系列病院で、そこから、少しだけ教えてもらえました」

 そう言った後「近石さん?」と、川島さんが顔を向けて、何かを促しました。

「紗由美さん。私たちが馬鹿だった」
「え? で、でも、叔父様達は」
「今回、石田がやったことを聞いてもらって、叔父さん達は、自責の念に駆られたということらしいよ。それは、ご自分の口から、仰いますよね?」
「申し訳ありませんでした」
「いえ、それは、もう良いので、どうぞ、紗由美に説明を」
「はい」

 もう一度、テーブルに頭が着くほど「ごめん」と頭を下げた後、しばらく、荒い息づかいを押さえ込むと、目を上げないまま、ぽつりぽつりと話し始めました。

「あの時、紗由美ちゃんにすまないという気持ちがあったのは本当なんだ。それは信じて欲しい。だけれど、親の欲目と言うんだろうか、なんとか、息子のことを悪く思わないで欲しいという気持ちを持ってしまった。だから、系列病院とは言え、派遣したカウンセラと打ち合わせをしていた。もちろん、治療が第一なのはわかっている、それは決してないがしろにするはずがない。ただ、報告受けた中で、催眠療法を取り入れると言うことになった時に、チャンスだと思ってしまった」

 チラリと横目で見た、さゆの表情からは、何も読み取れませんでした。ただ、唖然としているのか、それとも、事態が飲み込めてないのか。

「今回のことをなるべく、記憶からぼかしてしまう。完全に記憶を取り去ることは不可能だけれど、少しだけ曖昧にして、別の記憶を上に塗るという方針を決めた。そこまでは純粋に治療として必要だと思った。今も、そう思える、けれども、その過程で、しきりに紗由美ちゃんが言っていた、身代わりと言う言葉を利用することを考えたのは、私なんだ」
「身代わり…… を?」
「そうなんだ。トラブルがあった。それに警察の事情聴取もあった。これ自体は消せない。そこに整合性を持たせないと催眠は万能ではない。だから、上塗りする合理的なストーリーが必要だったんだ」
「ストーリー?」
「そうなんだ。だが、実際にはいろいろなストーリーは、ありえた。それなのに、ドタバタの結果、春樹があなたの代わりに警察に捕まることになったという記憶を選んで植え付けたのは、私のせいなんだ。私が指示したことだ」
「あなた。違います。私が、私があなたにお願いしたんです。ごめんなさい。紗由美さん。それがまさか、こんなに経ってから、春樹が悪用するなんて…… なんてことを…… ごめんなさい。紗由美さん」

 紗由美の唇がわずかに開いています。さすがに驚きは隠せないのでしょう。

「ここまでは、紗由美さんに直接関係のある話でした。ご質問は?」

 大きく一つ息を吐き出したさゆは、わずかに首を振りました。

「もしも、後で思いついたら、どうぞ、何でも聞いてください。じゃあ、次の話。紗由美さんに直接ではないけれど、とても大きく関係することです」

 紗由美は声を出すことなく「?」を浮かべます。

「あなたのご両親のことです」
「わたしの、ですか?」
「ご両親は、自動車事故で亡くなられた。そうですよね」

 向かいに座った夫婦は、ますます身体を縮こまらせていました。

 


2020年05月09日 21:00

さてさて

いよいよ、大波乱の 第7章も
まとまりつつあります。



本日もこちらでごらんください。











2020年05月08日 21:24

公開時間が遅れてしまいました。
すみません。

ようやく、です。



本日もこちらでごらんください。











2020年05月07日 21:00

集中力に欠けますが
なんとか書けてます。



本日もこちらでごらんください。











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