2019年09月20日

紗由美の冒険 第5章 21


 裏通りとは言え、銀座だ。歴史のありそうなお店が建ち並んでいる。そんな中に、古めかしい入り口があった。看板も何も出ていない。ここがお店だよと言われても、入る勇気など出ないだろう。

 まるで自分の家に帰ってきたように、自然な感じで入っていく北山の後を、オドオドしながら着いていく。木枠の引き戸風に見せかけて、人感センサーの自動ドアは、音もなく開閉した。

『あ、わざと、こういう設えにしてあるのね?』

 銀座で商売をするなら、この手の「老舗風」の仕掛けは必要なのだろう。

『思った以上に広いのね! それに、明るいし』

 二十畳ほどの室内は、美術館と紛うばかりに静かで、清潔な空間だ。間接照明が使われているが、絵に応じたLEDスポットが当てられるように、天井に埋め込まれているため、静謐と明瞭が両立した空間になっていた。
 
 奥側の壁には、巨大な液晶モニターが見えていて、隠しスピーカーからの、ごく自然な環境音。

『明治時代の建物かと思ったら、思いっきり未来的じゃないの!』

 もちろん、あちこちをキョロキョロ見回すようなぶしつけはしないが、古さの仲に隠れている新規性に、戸惑うばかりだった。

 まるで自分の家に帰ったかのように、ずかずかと入り込んでいくのに着いていくのがやっと。すると、マントルピースかと紛うようなデザインの通路から一人の男がでてきた。入って来た人間が誰であるのかわかっていたように、確かめもしない。

 衿無しの紺のシャツ。ゆったりした白のパンツは、洗いざらしの綿? いやひょっとしたらデニム地? かと思った。事実は、本物の帆船に使用された帆布を使ったモノ。大変高価になるのだが、それをワザとザックリとした、チープな仕立てにしてあるのだ。風合いを好んで、これにしたという主張が入っているのだが、もちろん、紗由美には、そこまでは分からない。ただ、そこに何かのこだわりがあるのだろうという予想だけはついていた。

「よぉ」
「ああ」

 大げさな挨拶すら省くほどに仲が良いのだろうと思える。

「ほら、約束通りの美女付きだぜ? 大歓迎してもらおうか」
「なんだよ。いつもは口ばっかりのクセに」

 ニッコリ笑った男と目が合った。

「あ、あの、初めまして。北山さんの会社から絵本を出しております平田紗由美と申します」
「お〜 あの有名な、と言いたいところだけど、オレって、絵本とか詳しくなくてさ、ゴメンね」
「そう言うだろうと思ったよ。お前が、仕事の合間に絵本を見てたら、こっちが驚くけどさ。ゴメンね、平田先生。こいつ、独身で子どももいないから、絵本なんて知らないんだ。それと。絵描きもやってて、こいつの才能は本物だけど、自分の好きな絵しか認めないヤツだからね」

 ウィンク

 さっきの「作家のワガママ」の話のことなのだろう。

「うるせえな。仕事がどうだろうと美女は、それだけで正義だって、認めてるよ、オレは」

 ツカツカツカと、紗由美の前に寄ってくると、さっと、右手を大きく振って、左手を腰の後。
大げさな、古めかしい、頭の下げ方をしながら、首をコリッと曲げてみせる。

 一瞬髪型が理解できなかったのは、後ろで、ちょんまげにしていたからなのだと、妙なところで納得してしまう紗由美だ。

「改めまして。オレの名は、ひがし、てつといいます。東西南北の、東に、てつはテツでも、アイアンじゃなくて、フィロソフィーの方のテツね。よろしく」
「よろしくお願いします」

 さゆみは、頭の中で「フィロソフィーって、哲学ってことだよね? じゃあ、東 哲 さんというのかしら? 名字と、名前で二文字なんだ?」と驚いている。

「じゃあ、さっそくだけど、下、使って良いか?」
「ああ、もち の ろん。ちゃんと、例のブツも用意してあるぜ。だけど、どうなの? 彼女、その後を了承してるの?」
「それはどうかな? まあ、無理やりってわけにはいかないし、ね。それはご本人が決めるだろ」
「あの、私が何か?」
「あ、それは、後の話です。平田先生。まず、下に行きますよ」
「はい」
「いってらっしゃ〜い。あ、オレは、いつでも行くから、なんか面白いことをするなら、仲間に入れてね」

 なにげないそのセリフには、限りなく淫靡なモノが込められている。そんな空気くらいは、さゆみにだってわかる。端的に言えば、下の部屋で紗由美が北山とセックスするんなら、自分も仲間に入れろ、ということだろう。

『あ、ひょっとして、私、もう、そういう関係だって思われちゃったのかな? そんなこと、絶対にないのに…… あれ? 私、大丈夫だよね? セックスしようとしてないよね?』

 露骨なことを言われたのに、怒りの気持ちはちっとも浮かばない。むしろ「恥ずかしさ」が頭を占領する。反射的に思い浮かべてしまったイメージが、二人の男に挟まれて裸になっているベッドシーンなのだ。

 頭をブルブルと振って、慌てて妄想に消しゴムをかけなくてはならない。

 そんな、頭の中の大騒動を気取られぬように、奥歯の、さらに奥で噛みつぶしている。

 そこには、わずかな間があった。

「じゃあ、下に来てくださいね。待ってますから」

 あっと思った時には、トントントントンと、小さな足音をリズミカルに立てながら、下に行ってしまった。
一瞬遅れて動き始めた紗由美の後ろから声がした。

「え〜っと、さゆみちゃんだっけ?」

 振り向くと、思ってもみないほど真剣な表情で、真っ直ぐに見つめられていた。

「はい?」
「下の部屋を使ってもらうのはかまわないし、資料は好きなように使ってくれ。ボクのコレクションを、紗由美ちゃんが、仕事に役立ててくれるなら嬉しい。けど、たった一つだけルールがあってね」
「ルールですか?」
「そう。ルールなんだ」
「いったい、どんな?」
「それはノース、あ、えっと、北山から説明を受けてよ。ただ、その前にね、言っておくと」
「はい。あ? ノースさんて呼ばれているんですか?」
「まあ、仲間内ではね、オレとセットなんだ」
「あ、じゃあ、東さんがイースト?」
「惜しい。元はイーストだったんだけど、いつの間にかキンだよ」
「キン?」
「たぶんイースト菌ってのあたりから、考えたんだろうね。昔パン作りにも凝ってたし」
「なんか、面白いですね。キンですか〜」
「いや、まあ、何が何だかわからないけどさ」

 東は「で、そのノースはね」と短く言葉を切ってから、真面目な顔をして「アイツに絵を描く才能はまったく無いから」と言い切った。














fsatosi at 21:00コメント(0) 
作品 | 紗由美の冒険

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