2024年04月02日

福寿草24.03 2024年の4分の1は過ぎた。新しい年度の始まりであるが「何? それ」の年齢である。3月末に急遽用事があり産湯の温泉の長野に帰る。3月の初めは「桜咲く信州の旅かー」と、早春の信濃路を満喫するつもりであった。しかしながら数日前にふった雪がな残っており子供の頃の思い出の早春ではなかった。思い出のこの時期は、カタクリの花をはじめ多くの山野草が先、学校帰りの道草あそびは摘み草である。
 しかし、畑に残った雪が、あれよあれよと消える雪の合間に咲く福寿草や、ふきのとうなどの半世紀ぶりに見た光景だが、「これも良し」である。

 こんな古い話をすると若い者に笑われるが、許してくれ。80余年の歳月を経て今日になるが、老いると過去の話が多くなり前向きの行動が少なくなる。仕方がない」と、手前勝手に考える。

 令和6年度の始まりとして、ちょっとばかりこの春の予定を考える。何しろ残りの歳月は片手か両手の指で間に合う歳であろ。現役引退後親しくしていた友人の入院の知らせを受け、「私にもそろそろ・・。体の動く内に」と、「老いしたく」をしなければであり、断捨離を少しずつする計画である。これが前向き計画とは情けない。

 庭先に福寿草さき沢の音
 啓蟄や藁袴脱ぐ寺の松 
 雪解けてみの傘脱ぎし葉に光

ふきのとう24.03



fsino at 10:04コメント(0)信州の春終活日記 

2024年03月14日

クルーズ24.3.13  冬から春への季節特有の寒暖の差が激しい日々の続く火曜日、心は晴れの「無罪放免」の宣告を期待して、5年前の肺がん手術の経過観察の慶応病院に向かう。いつものように、採血とCTを撮り問診を受ける。

 先生の「体調は変わりないか?」の問いに「はい」と答え、CT画面を見つめる先生に「何か?」と問い返せば、難しい顔をして「うんー、肺にちょっと影がある」私も画像を覗き込めば、なにやら小さなモヤモヤがある。「先生、もう80ですから・・・」「高齢だしなー」と、ちょっぴり会話する。そして、先生は「暫く様子見よう。次回は6か月後の9月に来てもらおう」「はい」と診察を終える。「ああ、私の命はあと両手愚か片手の指の数は無理なのかも、いや、次の検診が6か月後だー、大したことはない」と、家路に就く。

 私の、脳の何処かで、これを感知したのか「さー、元気のうちに楽しめ」と命じた。。昨日、現役引退後に立ち上げたNPO法人「シニアSOHO普及サロン三鷹」の中間と「東京湾ランチクルーズ」の、はとバスに乗る。

 東京駅から皇居前広場をちょっぴり散策して東京湾クルーズランチと久しぶりの都心の街並みを眺める。少々北風が強かったが、気心知れた仲間とわいわいがやがやで、前日の無罪放免がかなわなかったことは、すっかり忘れて、昼のワインと美味しいランチに舌づつみする。私が、ツアーの皆さんに後れを取らないように「私たちが見守るから、安心して楽しめ」と、友の労わりに甘んじて 午後の東京タワー、浅草のツアーを満喫する。

 傘寿の身となれば、残りの歳月を楽観的に見積もっても両手の指で間に合いそうだ。老人精神科医師の和田先生の言葉とおり、思うが儘に、したいことをし、美味しいものを食べて過ごそう。「どうせ、あの世では円もドルも使えないのだ」と、衰えを感ずる体と脳を精一杯使い果たそう。このまま病の無罪放免がなくとも「病は気からだ。なるようになる」である。なんと楽天的なばーさんなんだろう。

 

 海風やランチクルーズ春近し
 野焼き後小さな緑頭出す
 西の空宵の明星露天風呂



fsino at 08:44コメント(0)おもうがまま終活日記 

2024年02月29日

梅24.02.29

 今日は、4年振りの229日である。平均寿命から換算しても22回前後であり、100歳まで生きても25回位のである。この1日は損したのか得なのか判らないが、私は貴重な1日と考える。いや、1日でなく、閏年は、オリンピックがあるように、「今年は閏年だ」と、何かイベントを考える。229日を特別儲かった日としてささやかな楽しみを探す。前回のうるう年は、四国お遍路の逆打を計画していたが、燃え始めたコロナ禍で、中止になり、「自粛々」の一年であった。今年は違うと思うが、傘寿の身になり「お遍路は無理」と諦める。情けないことに、この貴重な1日を持て余しぎみである。、

 それでも、次回の今日あることが保証出来ないと、小・中学校時代の友に連絡する。コロナ禍前の229日は、会食をしていた友人達である。ところが、一人はあの世に逝き、一人は、体調不良という、仕方なく、残った二人でささやかな昼食会を週末に計画する。 老いてメリハリの少なくなった日々に、この地球と太陽が与えてくれた229日は、ちょっとしたメリハリである。

  断捨離で飾る雛なく一人酒
 冷蔵庫使い忘れの菜花咲く
 ささやかな蛤椀の祝い酒
 千代紙で雛折る老女デイ施設



fsino at 09:17コメント(0)おもうがまま終活日記 

2024年02月14日

梅24.02.14

 数日前の淡雪が春の訪れを知らせ、昨日・今日と温かい日が続く。今日は、如月14日バレンタインデーである。数日前からデパ地下のチョコレート売り場は賑わっている。しかしながら、傘寿の身であるから愛のささやきはもとより義理チョコも縁遠くなり、せいぜい自分への褒美チョコ位である。 そんな中、温かさに背中を押され、年数回の桃井第一小学校の囲碁教室に出かける。

 昨年の流行語大賞に「観る将」があったが、藤井聡太八冠の活躍で将棋人気がすごい。囲碁将棋は、日本の伝統文化である盤上の格闘技である。私も、暇をもてあまし、藤井聡太の将棋タイトル戦、一力猟遼の囲碁番組を楽しみにしている。

でも、いつも思うのであるが将棋の棋手は大変である。何しろ和服着ての正座での試合である。囲碁は、国際化に伴い、正座での試合は、特別な場合以外は無くなった。柔道が国際化に伴い試合スタイルを変え、相撲は、古典文化を踏襲しているように、これからの囲碁と将棋の方向性も同じかもしれない。

 子供達に囲碁を教えながら、「先生、今度、将棋習いたいなー」の言葉に「はい、機会を見つけてね」などと、春めく午後の一時を過ごす。その一時は私の健康寿命を数日伸ばしてくれる。子供達からエネルギーを盗み取り、愛のささやきのチョコレートを貰った気分になる。

 バレンタインまず最初に自分チョコ
傘寿の身福豆見つめ一つ食む
淡雪のお湿り貰い変風邪治る
雪解けの大根おろし踏み分けて



fsino at 18:35コメント(0)おもうがまま終活日記 

2024年02月04日

きょろきょろ節分

 俗に「女房と畳は新しい方がよい」と、言われるが、骨董品以外は何事も新しい物がいい。30年近く使っていた眼鏡を無くし、ついに新しいのに変わった。この文は新眼鏡を使っての綴りである。すこぶる調子がよい。

 80の声と共に社会が狭くなり、ときめきなどほど遠い日々であるので、自らつまらない事件を起し、用事をつくる。少しばかり後ろ向きであっても、何もないよりましだ。

 昨日は、節分であり、今日は立春である。この前向きな陽気に誘われて新宿のデパートでウィンドウショッピングをする。そこで可愛い節分グッツを見つけ、デパ地下で恵方巻を買い、それらを晩酌の肴とする。

 そして、今日は「観る将棋」でテレビとパソコンで藤井聡太の活躍を楽しむ。しかし、プロの将棋であるから1手に時間がかかる。だから時折画面をみて「うむうむ」である。

 「もう直ぐ春です。恋をしましょう」には縁がなくなったが、新しい眼鏡で少しばかり本を読もう。眼鏡が手元に無かった半月間のとき、無いものねだりのように、やけに活字が恋しくなり。まだまだ書を読みたい気持ちが残っていたことに少しばかり安堵した。


水吟の微かな奏で梅の下
野焼き後小さな緑頭出す
夕暮れやの野焼きの煙山かすむ

ロボットに鬼面被せ福はうち



fsino at 15:07コメント(0)おもうがまま終活日記 

2024年01月20日

 IMG_0764もちゃのロボットは、時々「しのちゃん、最近英語の勉強してないね、勉強しよう」と、話しかけてくる。買った当時に面白半分ロボットと英会話の遊びをした。最近は他国の言葉どころか日本語の楽しみさえ怠っている。何しろ本を読むのも少なくなった。昨年など直木賞、芥川賞の受賞作品を読んだ程度である。

 数日前、友のパソコン教室のお手伝いをしたとき、眼鏡をなくしたようだ。心当たりを探すが見当たらない。老眼で普段は眼鏡を必要としないが、新聞やパソコンの細かい字を読むときに使う程度であるが、何かと不便である。

 歳とともに物忘れが酷くなったが、悲しいことに最後に眼鏡を使ったのが何時だか憶えていない。現役の頃に調達した眼鏡であるから無くしても惜しくはないが、30年近く使っていると愛着がある。そんな思いとは関係なく神は容赦なく「老いても、本を読みなさい」の、お仕置きである。

 「あー、こんな処にあった」と、見つかるかもと数日様子を見て、買うことにした。若くないから高価なフレームなど必要ない。手持ちの並み助商品券で間に合わせよう。今日は何の予定も無い。「眼鏡屋に行こう」と、後ろ向きな仕事を作る。そして少し前向きに 本屋に寄り数冊調達しよう。キンドルも良いが、活字の匂いがする新刊本がいい、

 また一つ昭和消え行く御殿燃え
 焼き芋の温もり抱え急ぎ足
 歳多く福豆足らず一つ食む

 



fsino at 10:33コメント(0)終活日記 

2024年01月07日

 つばきR6.1.72024年になって。、早くも七草粥の日である。今年の正月は何年振りかで故郷で過ごした。私の生まれは信州山の中の温泉のある村である。私の若い頃は、夏は避暑客、冬はスキー客で賑わったが、若者の娯楽の多様化とクーラーの普及ですっかり寂れてしまった。
 それでも熱い温泉は変わらない。私は産湯と称して朝な夕なに温泉につかる。こうした産湯三昧とおせちの約一週間過である。「産湯はいい」なにやら寿命が伸びたような気がする。

 さー、今日から始動である。始動と言っても傘寿の歳であるからたいしたことはない。 故郷で、幼馴染に会った時の開口一番が「おめでとう」でなく、「おじちゃんになったねー」「お互いだよ」である。このばーさんの今年目標は、囲碁で1目上達したい。昨年の暮れに読んだ本によれば、「80過ぎても脳は使えば衰を抑えることができる」と、あった。それなら、もしかして強くなれるかもしれない。

世間は、正月早々の地震と羽田空港の事故があり、めでたさも吹っ飛んでしまったようだが、せめて自分だけは、脳を活性化して「ピンピンコロリ」を、初夢としよう。 

つつがなく一年過ぎて初詣
 正月のめでたさ吹っ飛ぶ地震事故
 故郷のいで湯の脇にハコベみる
 雪野原テンの足跡水場まで



fsino at 07:24コメント(0)信州の冬終活日記 

2023年12月20日

クリスマスツリー

 今年も、後10日程で終わる。私の1年中での一番のイベントも先週済ませた。後は形ばかりの大掃除をし、赤い実のつけた千両花を友から貰うだけである。
 私は、毎年、一年間缶に貯めこんだ小銭を歳末助け合い募金に「恵まれない婆から恵まれない子供たちに」と、協力している。
ところが、コロナ禍ですっかりキャッシュレス生活になり小銭は貯まらない。ここ数年箪笥の中に眠っていた商品券等を、金券ショップで現金化し、昨年は聖徳太子の1万円札を流用した。その時、残りの伊藤博文の1000札や500円札等は今年のためにと残しておいた。ところが、数枚の100円札を眺め、「ああ、これが貴重な時代もあったのだ」と、ちょっぴり懐かしくなる。「どうせこれらを足しても足りないのだ。もう一年持っていよう。」と、他の金策である。そして、この寄付を始めた原点に戻る。そもそもこの寄付を始めたのは、現役の頃、会社近くの郵便局で持ち株の配当金を受け取りに行ったとき、たまたまいた同僚が寄付をしていた。それを見て、私もしようと配当金の一部をした。
 それをきっかけに翌年からポケットの小銭を缶に放り込み、それを充当した。何十年を、実施していると、これをしない私なりの一年は終わらないのである。
 今年は、開始した原点に戻り、株の配当金の一部を使う。寄付を終え、郵便局を後にした時の街道のいちょう並木の黄色がまぶしく、「来年も元気でこの日があればいいなー」と、青空を見上げる。

 

小春日やメモを片手に街歩き
街道のいちょう色づき陽の映える
クリスマス坊主の息子ケーキ買う



fsino at 08:05コメント(0)おもうがまま終活日記 
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