いよいよamazonからkindleが発売され、日本の電子書籍時代が幕を開けたと言われている。一方で、オープン当初のラインナップは5万冊にとどまり、amazonが出版社との交渉に難航している様子がうかがわれる。

一般消費者から見たら、「どうせデータはあるんだから、それをPDFにするだけじゃないか。なんで電子書籍を出さないのか?」という疑問があることだろう。

その理由としてよく言われるのは「中抜きされることを恐れてどうの」とか「書店への配慮がどうの」という意見だ。しかしこれらは本質的な論点ではない。というのも、

・一般の読者が考えているよりも、本づくり(それがマンガや小説であっても)において編集者と作家の二人三脚は欠かせない。作家がひとりで締め切りを守って作品を作るということは、ほぼ不可能である。中にはそういう人もいるかもしれないが、実際は、打ち合わせをしてアイデアを練ったり、そろそろ締め切りですよと追い込みをかけたり、ドラフトを読んで感想を伝えたり、そういうプロセスが絶対に必要だ。これは僕が編集の仕事をしているからといって保身のために言っていることではなく、出版業界全体を見渡してのことだ。出版社は「作家が自分で本を作ることなんてあり得ない」と考えている。

・書店への配慮といっても、現状ですでに、大手出版社以外の中小〜零細出版社(もっとも電子書籍に興味があるクラスター)は従来から、書店へのケアというのは希薄になりつつある。営業に人員を割けないから、回れる範囲に限界がある。どうしても、数を売る大手書店、地域の一番店、アンテナショップ的な書店などに限られる。電子書籍への制作に移行したとしても、そういった書店は最後まで残るだろうことは明白だ。だから出版社として、電子書籍の制作にあたって「得意先としての書店」を考えたとき、彼らへの配慮で躊躇するということはほとんどない。

では、いったい出版社が電子書籍の制作を躊躇する理由はなんだろうか。

※「本の手触りを大切にしたい」「紙で作られた作品という物質的価値を重視する」といった感性的な理由ももちろんある。しかしこの際、それらはいったん吟味せずに、ビジネス上の障壁について書いていく。


1)見かけの売上高が減る
電子書籍にしたときに最もカットできるのは印刷費だ。1冊の本に占める印刷費の割合はおよそ15%〜30%。

【本の原価はこうなっている】
印刷費 15~30%
印税 10%
流通経費(書店や取次のマージン) 25〜35%
出版社利益 残り

書店や取次のマージンである「流通経費」は、電子書籍になってもamazonやappleなどのプラットフォームが持っていくから、そこまで変わらない。

ということでストレートに電子書籍の値付けをしようと思ったら、紙の本の70〜85%になる。この価格であれば、1冊の本を売った時の出版社の利益はほとんど変わらない。

が、しかし。鋭い方ならお気づきだろうが、もし販売される冊数が同じなら、利益は同じなのに、見かけの売上も70〜85%となる。

企業の本質は事業利益だから、本来「減収増益」あるいは「減収だが利益確保」であれば利益率が上がって良いことのはずだ。しかし、上場している出版社の経営者をはじめとして、世の中の社長は異様なまでに「売上」という神話にこだわっている。売上金額ダウン=とにかく悪なのである。

だから、出版社の経営者としては、電子書籍での販売「額」が紙媒体よりも多くなる、つまり、全体の販売数が大きく伸びて、単価値下げ分を相殺できるという確証が持てない限り、電子書籍に取り組むインセンティブが弱い。


2)「カラ売り」による決算ができなくなる
本の販売は、再販制度という特殊な制度に守られている。これは、小売店(書店)には定価での販売を強制できる代わりに、自由に返品を認めるという条件だ。

書店は、(実際にはキャッシュが動くものの)仕入れて売れなかったら自由に返品ができる。だから並べたいだけ並べて、売れたら良しという売り方がスタンダードだ。このことを利用して、書店の生き残り策としての大型化が進んでいる。大型化したら普通は家賃リスクだけでなく在庫リスクも拡大するのだが、書店にはそれがない。

この制度下では、出版社の営業マンは書店に対して非常に売り込みやすい。「あかんかったら返品してくださったらいいので、とりあえず仕入れてもらえませんか」という言い方ができるのだ。

この再販制度をどんどん(悪い意味で)活用していくと、決算前の直前、たとえば3月に大量の新刊を出し、書店に仕入れてもらっていったん仮の売上と利益を計上する。そして決算期をまたいでから返本を受け付けて、そこで損失を計上するのだ。そして次の3月が来たら、また大量の新作を出すということを行う。これを僕は「出版社のカラ売り」と呼んでいる。

誰が見ても自転車操業なのだが、それが出版業のおそろしいところで、帳簿上の黒字が簡単に作れてしまうのだ。そして、苦し紛れに自転車操業をしていたところ、いきなりベストセラーが出て「隠れ負債が一気に解決…」といったことが本当に起きたりするのだ。それがわかっているから、いつまでも「隠れ負債を持ったまま一発逆転を夢見る」ということが起きる。


電子書籍の時代になれば、売上は全部クリアになる。電子的に、売上が発生したら金額と時間がはっきり出る。再販制度を利用した上記のような「カラ売り」はできなくなる。

そのことが多くの出版社にとっての参入を思いとどまらせている。カラ売りは1度手を出したら止められなくなるから、しばらくは電子書籍と紙媒体について、併売するということは止められないはずだ。その理由がここにある。


3)カラ在庫によるバランスシートの偽装ができなくなる
本の実際の「原材料」は知恵なり知識という無形財だ。だから、在庫が積み増しされていったり、倉庫に膨大な在庫があっても、評価減をする心配も、評価損を計上しないと言い切ることも不可能ではない。「賞味期限」は「ない」と言い切ることができるのだ。

だから何が起きるかというと、売れそうもない本でもたくさん印刷すると、期末時点での棚卸資産が増え、当期の販売原価が押し下げられ、帳簿上の利益が増えるのだ。

事業上の累積損失が膨らみ、バランスシートが悪化するのを防ぐために、このような方法が使われやすい。

電子書籍だと在庫の計上方法は「冊数」ではなく、原盤権のような扱いになる。投入コストで資産評価することになるのだろうが、印刷などがないため「何を投入コストにするのか」という基準がなく、会社によって評価の仕方がかなり違い、税理士や会計士泣かせだろう。

いずれにしても、紙媒体のときには可能だったテクニックが使えなくなる。


以上の3点が、大手出版社、特に厳しい経営を強いられている中小〜零細出版社が電子書籍に踏み込めない理由だと考えている。


12/4追記:
本稿では再販制度の是非を云々するつもりは全くなく、「再販制度の下で、旧来の出版社は電子書籍に前向きになれないのはなぜか?」を考察したものです。

業界の人間なら誰しも、最終稿をPDFで手に入れるのは簡単なことを知っているわけで、電子書籍ってのはそれをちょっと加工するだけで出来上がります。

「じゃあ、なんでそんな簡単なことなのに併売しないのか?」ってことを研究したら、こういう理由が挙げられるのではと思い、書きました。

当然のことながら再販制度が出版文化を支えている面があるのも事実なので、当面、再販制度が維持され、紙媒体の世界はずっと残っていくと思うのですが、電子書籍の市場が広がりつつあるなかで、中小企業こそ積極的にチャレンジしていくべきと考えています。なのになぜ中小企業がどんどん新しい挑戦をしないのか?というところに本稿の主眼があります。


さらに余談として…
・実際は日販ルートで「書店買い切り制度」がちょっとずつ広がっているよね?という話

・これだけ出版社が多い現状で、「500円→10円」になってしまうのはおかしい、出版は特殊なんだ、家電業界や食品業界とは違うんだ!って主張するのは、やっぱり無理がある気がする、という話

・今後買う層が誰なのか?という話で、それが高齢者ならいいと思うんだが、電子書籍のユーザーは若年層。つまり、これからまだまだ本を買う層。そういった層が興味を持つマーケットなんだから、もっと出版社側も研究した方がいいのでは、ということ

・出稿データをそのままPDF化すれば電子書籍になる文芸書と違って、雑誌はそのままPDFにしても最適化されておらず読みにくい(紙媒体形式がもっとも読みやすい)ため、雑誌はしばらくは紙のフィールド優勢、あるいはずっと紙が残るんじゃ?ということ

を考えています。

でも個人的にもっとも気になるのは、amazonその他の「IT側/リベラル」と、「出版側」に、ITリテラシーの大きな差があり、共通のフィールドで議論できていないことです。先入観が妨げになっているというか。共通の前提がまだ構築しきれていないのかなという印象を受けます。