柳川牛乳(福岡)

2019年04月09日

桜城館で調べもの♪

桜城館で調べもの♪

佐賀県小城市の図書館、桜城館に行ってまいりました〜。

 ※図書館の公式サイトは → コチラ

先日佐賀県立図書館で見せていただいた昭和7年発行の「佐賀縣畜産要覧」。
明治11年に小城郡小城町の松枝常訓さんが、
在来牛で搾乳販売業を始めたと掲載されていたのですが、
その次のところに、西山秀作さん、石井忠清さん、関海蔵さんが
東松浦地方から内国種の牛を連れて帰り、搾乳業を始めた・・・
みたいな事が書いてあったのです。

というわけで、桜城館で係のお姉さんにお願いし、探してもらうと、
福富町誌の「教育・文化」に西山秀作さんの名が、
多久市史の「多久の政治と社会」に石井忠清さんの名が見つかりました。

福富町誌多久市史

それぞれ搾乳業を・・みたいなことは書いてないのですが、
福富町(現白石町)、多久市に行って調べれば何かわかるかもしれません。

それにしても柳川牛乳を始めた藤嶋さんの名前、
どこかで出てきませんかねぇw









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2019年02月21日

佐賀県立図書館で調べもの。

佐賀県立図書館で調べもの。

佐賀県庁横にある佐賀県立図書館に行ってまいりました。
どうしても読みたい本が、ここに所蔵されているのです。

 ※佐賀県立図書館の公式サイトは → コチラ

で、読みたい本とはこちら、
昭和7年に発行された「佐賀縣畜産要覧」。
じつは柳川牛乳の由来を調べる一環なのです。

佐賀縣畜産要覧

昨年3月から乳業会社「柳川牛乳」の由来を調べています。
現在、柳川牛乳は柳川市にありますが、
社長さんによると、柳川牛乳の創業者、藤島豊太郎さんが、
佐賀県の小城で牛を増やし、明治時代に移転してきたとのこと。
なぜ小城なのか、それはいつごろなのか、調べる必要が出てきたのです。

 ※柳川牛乳での調査の様子は → コチラ

で、この佐賀縣畜産要覧によると、佐賀県の酪農の始まりは、なんと「小城」。
明治11年に小城郡小城町の松枝常訓さんが、
在来牛で搾乳販売業を始めたとあるじゃないですか〜♪

畜産の沿革 2 乳牛

今回の調査で、明治初期の小城で酪農が営まれていたことがわかりました。
あとは、藤嶋さんと松枝さんがつながっていれば、
藤嶋さんが酪農を始めたきっかけが明らかになりそうです。
問題は、それをどうやって調べるか、なんですけどね。





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2019年01月21日

千代香&柳川牛乳

千代香&柳川牛乳

柳川の和菓子「千代香」を食べながら、柳川牛乳を飲む。
おいしいよ〜〜〜♪

というわけで、柳川牛乳が登場するかもしれない
KBCテレビ「ドォーモ」は、
今夜24時20分(22日(火)0時20分)から放送予定。
皆さん、見てね〜〜〜♪

 ※ドォーモの公式サイトは → 
コチラ

 ※ドォーモのフェイスブックページは → コチラ

DUOMO





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2019年01月12日

柳川牛乳&柳川牛乳シェイク♪

柳川牛乳&柳川牛乳シェイク♪

和菓子調査のついでに、道の駅みやまのフードコートへ。
ここは柳川牛乳を気軽に飲むことができる貴重なポイントなのです。

 ※道の駅みやまの公式サイトは → コチラ

いつのまにか増築されてて、お店がいろいろ増えてたけど、
柳川牛乳のアイテムも増えてました〜。
これまで「柳川牛乳」「柳川コーヒー」と
「柳川牛乳ソフトクリーム」の3種だったんだけど、
そこに「柳川牛乳シェイク」が仲間入りです〜〜〜♪

というわけで、ちょっと遅めのお昼ごはんは、柳川牛乳と柳川牛乳シェイク。
どっちも美味しかったですよ〜〜。









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2018年07月27日

拓本の技術を習得しました。

拓本の技術を習得しました。

小郡市三沢にある福岡県の施設、九州歴史資料館で
「拓本」の技術を教えていただきました。

 ※九州歴史資料館の公式サイトは → コチラ

九州歴史資料館は、大宰府史跡をはじめ、
福岡県内の様々な遺跡の発掘調査や研究を行っている施設。
土器とか仏像とかの展示をしている傍ら、
発掘された資料を見てさわって学習する体験プログラムを実施しているのです。

九州歴史資料館

というわけで、
ホンモノの瓦をつかって拓本とりを教えていただきました。

遺跡から出土した瓦

瓦に画仙紙をかぶせ、刷毛で静かに濡らします。
全体がぬれたら、こんどは乾いた布で押さえながら空気を抜き、
瓦の模様が浮き出させます。

画仙紙を乗せ刷毛で濡らします。

大小2つの「タンポ」という道具で、
ぽんぽん叩きながら墨をつけ、
瓦の模様がきっちりわかるようになったらできあがりです。
どうです、なかなか上手でしょw

乾いた布で画仙紙を押し付けたら2つのタンポで墨をのせます。

で、なぜ朝倉2号が拓本の技術を学んでいるのか?
じつは佐賀市大和町梅野にある、
柳川牛乳創業者の父、藤嶋こうぞう氏の記念碑を解読したいのです。
明治時代に建てられたものなんで、カビ?コケ?が生えてて、
「藤嶋」の下になんて書いてあるのか読めませ〜ん。

読みたいのはコレ、藤嶋こうぞうさんの石碑です。

拓本の基本はなんとか習得できたので、あとは実行あるのみ。
画仙紙、たんぽ、墨などを買いそろえて、
解読に挑戦したいと思います。
その前に、どうやって石碑にのぼるかが課題なんだけどねw





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2018年06月22日

続・矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「柳川牛乳の由来調査」

続・矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記

矢澤先生による調査の最後は、福岡県柳川市にある柳川牛乳の由来調査。
前回の調査で、柳川牛乳の社長さんから
「明治時代に佐賀県小城市から移転してきた」とお聞きしたのですが、
その時期や小城のどこから来たのかってところが全くわかりません。
というわけで、その先を掘ってみました〜♪

 ※前回の調査
  「小城由来の柳川牛乳」は → コチラ
  「柳川古文書館で柳川牛乳を探る」は → コチラ

 ※朝倉2号の追加調査
  「柳川牛乳の由来調査・続報」は → コチラ

訪問したのは、追加調査の際に探り当てた子孫の方のお宅。
80歳を超えてるとのことなんですが、
とてもそうは思えない矍鑠とされた元気なおばあちゃんでした♪
で、いろいろと教えてもらいましたよ〜。

 〇藤嶋こうぞうさん(創業者の父)
  ・小城の祇園川の北にある「ふじおい」にある武家屋敷に住んでいた。
  ・奥さんは御典医の娘で美人だった。
  ・明治維新後、奥さんの里に近い梅野に移り、寺子屋で漢学を教えていた。
  ・梅野にある石碑は寺子屋の教え子が建てた。

 〇柳川牛乳
  ・御料牧場と同じ構造の牛舎で、通路にトロッコのレールがあった。
  ・牛を出す運動場があった。
  ・牧夫は島原、天草の人、朝鮮の人だった。
  ・終戦後は乳が出ない母親や病人を優先し、家人も飲めなかった。
  ・友人が刈った草を牛のエサとして買い取っていた。

子孫の方からお話を伺います。

おばあちゃんのおかげで、柳川牛乳の由来調査が少し前進♪
丁寧にお礼申し上げ、次の目的地に出発です。

というわけで、次に到着したのがこれ、藤嶋こうぞうさんの石碑です。
矢澤先生、平田さんにも見てもらったんですが、
やはり「こうぞう」の漢字は判別つきません。
こうなったら最後の手段、「拓本」しかなさそうですね〜。
ちなみに石碑の裏には何も書かれていませんでした。

藤嶋こうぞう氏の石碑

何やら話し合うふたりw裏には何も書いてありません


最後の訪問地は小城。
3月末にできたスマートインターのすぐ近くに祇園川が流れているのです。
こうぞうさんが住んでいた「ふじおい」は祇園川の北側とのこと。
それがどのあたりかわかりませんが、こうぞうさんのことを思いつつ、
祇園川にかかっている橋の上で記念撮影し、今回の調査は終了しました。

祇園川にかかる橋

酪農乳業史調査は掘れば掘るほどいろいろでてきて、
どんどん広がり深まっていきますね〜。
今回の調査でも結論まで行きつかなかったし、
こいつは3回目の調査をするしかないでしょw

矢澤先生、平田さん、よろしくお願いしますね〜♪



村岡総本舗と羊羹資料館 じつは和菓子についても
 調査研究をしている朝倉2号。
 「羊羹のおいしさ講座」でお世話になった
 村岡総本舗は祇園川の橋のすぐ近く、
 寄らなかったら社長に怒られる〜w

 ※和菓子研究の成果は → コチラ

 というわけで、お土産をいっぱい買って帰りました♪





今月は牛乳月間

運動と牛乳で暑さに強い体へ!

詳しくはコチラ→牛乳は「熱中症」を防いでくれる強い味方です!

愛してミルク?

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2018年05月07日

柳川牛乳の由来調査・続報

柳川牛乳の由来調査・続報

3月はじめに行われた、
日本酪農乳業史研究会の矢澤先生による福岡県内の調査。
柳川市にある柳川牛乳において行われた調査では、
じつは明治時代に佐賀県小城市から移転してきた藤島牧場が
その由来であることが判明しました。
しかし、その時期ははっきりせず、
さらなる調査が必要という結論だったのです。

 ※矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記は → コチラ

30年度に本格的な調査が行われることは決まってるんですが、
それまでじっとしているなんて性に合いません。
勝手に追加調査を行うことにしましたw

まずは小城市の図書館「桜城館」を訪ね、
関連ありそうな本を片っ端から調べます。

まずめくったのは佐賀藩着到帳集成。
これは小城藩を含む佐賀藩士の名簿です。
その名簿によると明治維新の直前、慶応時代の小城藩には、
確かに「藤嶋さん」がおられましたが、5名もおられるんです。
しかも、柳川牛乳の創始者である「豊太郎」ではありません。
さらに小城町史や小城郡誌もめくりましたが、
藤嶋さんに関する記述はありませんでした、残念。

小城市の桜城館佐賀藩着到帳集成&小城町史

次に向かったのは、佐賀市大和町梅野地区。
じつは社長さんから、藤嶋豊太郎氏のお父さん、
藤嶋こうぞう氏の石碑があると聞いていたのです。
ただ、「こうぞう」の漢字は不明で、
なぜ梅野地区に石碑があるかもわからないとのこと。
とりあえず、石碑を探すことにしたのです。

まずは梅野の集落内にある厳島神社に参拝。
ぶじ見つかるよう祈願し、石碑探しを始めました。

梅野の集落にある厳島神社田んぼのなかにある石碑、これ?

田んぼのまんなかにそれらしい石碑を見つけたんですが、
イノシシよけのネットが張り巡らされていて近づけません。
「む〜〜」と考えながら歩いていると近所の方を発見。
「藤嶋こうぞうさんの石碑を探してるんですが・・・」と相談すると、
親切にもご存知の方のところにお連れいただき、
もうちょっと山の方だと教えてもらうことができたのです。
こんな怪しいオヤジにも親切にしてくれるなんて、
梅野の皆さん、いいひとだ〜〜〜♪

というわけで、教えていただいたところに石碑を発見。
国道263号線沿い、川上川第五堰のすぐ横にありました。
台座を含めた高さは5メートルほどもあるでしょうか。
藤嶋こうぞうさんが、この梅野でなした功績がどれほど大きかったのか、
この石碑を見ればわかろうというものです。

国道263号線沿い立派な石碑がありました。

川上川第五堰のすぐ横

で、「こうぞう」なんですが、イマイチはっきり読めません。
「行」は読めるんですが、その下に2文字あって、
さらに「之」とあるので、之の下は碑でしょうか?
じ〜〜〜〜〜〜っと見てると、なんとなく、
藤嶋行應三
って読めるような気がしてきました、なんとなく、ですが。
もし読める方がおられたら、ぜひご一報ください。

藤嶋行應三?

この藤嶋こうぞうさんについて、大和町の図書館で調べたんですが、
大和町史にその記述は全くなし。
ただ、図書館の職員の方から、
詳しい方がいらっしゃるという情報を得たので、
また後日、続きを調査したいと思います。

というわけで、柳川牛乳の由来調査、現時点までのご報告でした。





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今月は

6月1日は世界牛乳の日って事をアピールしたい月間!



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2018年03月14日

矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「柳川古文書館で柳川牛乳を探る」

矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「柳川古文書館で柳川牛乳を探る」

柳川牛乳を出発した矢澤先生御一行様。
川下りの船がゆったりといく川沿いを進み、
すぐに柳川古文書館に到着しました。
こちらは歴史を生のまま語る貴重な古文書などの史料を収集、保存、整理して、
郷土学習など生涯教育の場として活用されている施設です。

 ※柳川古文書館の公式サイトは → コチラ(柳川市HP)

 ※柳川古文書館の非公式ツイートは → コチラ

川下りの船がゆったり進みます。

柳川古文書館お雛様

ちょうどお雛様の季節なので、
館内にはひな壇飾りや、柳川名物の「さげもん」がいっぱい。
柳川には「さげもんガールズ」もいるんですよ〜。



というわけで、学芸員さんにお願いして、
「柳河新報」で柳川牛乳を探してもらいましたが、出て来ません。
むぅ〜と唸ってると「藤島豊太郎ならありますよ」との声。
「牛乳」「牧場」など関連しそうなキーワードで検索してくださったのです。
そうでした、当時は柳川牛乳ではなく、藤島牧場でした。

すると出るわ出るわ。
藤島豊太郎さんは地元の名士だったようで、
柳河町会議員や柳川軌道にお名前があるし、
大正になると法人化して筑州蓄産株式会社になってるし、
なんだかもう大活躍です。

矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「柳川古文書館で柳川牛乳を探る」

さらにこんなものまで見せていただきました。
時期は不明なんですが、「柳河 藤島牛乳店」の
色鮮やかな引き札(チラシ)です。
おめでたい鶴は羽が立体的な印刷になっていて、かなり気合が入ってます。

「柳河藤島牛乳店 瀬高出張販賣 藤丸善太郎」の引き札

立体感のある印刷

というわけで、柳川牛乳の創業者、
藤島豊太郎さんの大活躍は確認できたのですが、
柳河新報自体が明治36年からの発行なので、
それ以前の消息はつかめませんでした。
ということは、佐賀の小城藩での調査が必要なのかな〜。


<追記>

柳川古文書館では、
ただいま「松井家・立石家のおひな様」展を開催中。
柳川名物さげもんとともに、大正時代のりっぱなお雛様が飾られています。
入場無料ですので、ぜひどうぞ〜。

 ※「松井家・立石家のおひな様」展の詳細は → コチラ









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2018年03月13日

矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「小城由来の柳川牛乳」

矢澤好幸先生の酪農乳業史探訪記「小城由来の柳川牛乳」

矢澤先生の酪農乳業史調査@福岡県の2日目は、
柳川市にある明治35年創業の柳川牛乳で始まりました。
この日は朝からいいお天気。
現地で元オーム乳業勤務の平田さんと待ち合わせ、
柳川牛乳の社長さんからお話を伺います。

柳川牛乳の工場建物は木造です

社長さんからお話を伺いました。

ひと世代前のビン
社長さんから聞く柳川牛乳の歴史は驚きの連続でした。

・廃藩置県後、佐賀の鍋島藩は酪農を奨励。
 同藩(小城)の士族、藤島豊太郎氏(昭和8年没)が
 牛とともに柳川市の現在地に移転したのが
 柳川牛乳の始まり。
 柳川は寺が多く、草があったので決めたらしい。
 現在地は沼のようなところを埋め立てた。
 創業した当時は同じように牛を飼い牛乳を売る牧場が
 周囲にたくさんあった。
・大正10年に会社組織とした。
・藤島豊太郎氏のあとは、甥の江村氏が継いだ。
・酪農は昭和末期か平成はじめにやめ、生乳を購入する形とした。
・現在の牛乳ビンは10年くらい前から。
 その前はゴシック黒の横書きで、その前は縦書きだった。
 なぜ黒なのかを先代に聞くと「柳川牛乳は黒」と言われた。
・じつは正確な創業時期は不明だが、
 明治35年ごろの「柳河新報」に広告が載っていると人から聞いた。
 そのため明治35年創業と称している。
 その「柳川新報」は柳川古文書館にある。

柳川市民に親しまれている柳川牛乳が、
じつは小城由来だったとは、しかも廃藩置県が絡んでいる。
明治35年どころか、明治維新あたりまでさかのぼりそうな感じです。

工場内を見てまわります冠帽機

通い箱も古い

工場も見せていただき、そこに並ぶ古い機械に感激する矢澤先生。
もうそのまま持って帰っちゃいそうな勢いですw
牛乳ビンが入った黄色い箱も古い。
市外局番が09447の時代のやつですねぇ。

前日の大庭牛乳もそうだったんですが、
酪農乳業史調査は聞けば聞くほど謎が深まるんですw
とりあえず少しでも謎を解くため、予定を変更。
社長さんにお礼を申し上げ、
「柳河新報がある柳川古文書館」に向けて出発したのでした。




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2018年01月21日

道の駅みやまでお昼ごはん。

道の駅みやまでお昼ごはん。

九州芸文館の広重展で東海道五拾三次を見た後は、
道の駅みやまでお昼ごはん。
ここは、柳川牛乳を気軽に飲むことができる
貴重なポイントなのです。

 ※道の駅みやまの公式サイトは → コチラ

玉めし、とろとろ〜♪

というわけで、柳川牛乳と玉めしでお昼ごはん。
半熟たまごが入った玉めし、とろとろ〜♪
柳川牛乳と一緒に、美味しくいただきました。





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