河内にて

日本でのあわただしい日々を終えて、タイ合宿のためにハノイに来た。 いや、これでは説明が足りない。 柿作りの慌ただしい日々を終えた、妻が息子を連れてれの里帰り ベトナムのお正月テトの前のハノイに同伴して、私は1泊でタイのチェンライに向かうのだ。 当初、2月10日から23日に予定していたタイ合宿 飛び込みや、キャンセルの都合を考えて、選手の都合の最大公約数で2月1日〜19日に変更したのだ。 とはいえ、9日間も伸びたのだから、私も暇人だと思われるかもしれないが 剪定、新しく熊谷さんから引き継いだTOJの実行委員長、地元の役など決して暇ではないのです。念のため。 ご迷惑をかけております皆さま、すいません。 とはいえ、ハノイの妻の家族と路上に座って、骨だらけの鳥の肉にむしゃぶりつきながら、骨の捨て場に困っていると、妻がそれは路上に捨てたらいいんだよと教えられ。 気を付けてみてみると皆そうしていた。 鶏肉のフォー、春雨は絶品。 睡眠時間2時間で、車を運転して空港まで行き。 飛行機の中では、息子に寝させてはもらえず。 妻が以前一人で息子を連れて帰り、今回は同伴してくれと言われた意味がよく分かった。 誰に似たのか、落ち着きがなく、聞き分けの悪い息子と妻がベトナムに持ち帰る大量の荷物はとても両立不可能。 その意味を理解したうえで、今からバンコクに飛びます。 ハノイの雑踏も年を重ねるうちに愛着がわいてくる。 妻の家族との関係も深まり、歓迎してくれるが、一向に頭に入ってこないベトナム語。 機内でユーチューブを見ながら、勉強してみたが、やはり睡眠2時間の頭には入ってこなかった。 フランス語であなたを意味する TOI がベトナム語では自分ということだけ。
ベトナム語はフランス語をもとに作られたというがはなはだ疑わしい。
 さて、タイに行ってきます。

c451e374-227d-4463-917e-75caf21c729d

新年あけましておめでとうございます。

2025年が終わり、2026年が始まりました。

毎年、新年は厳粛な気持ちで過ごしてきましたが、

今は変わることは変わるし、変わらないことは変わらない。変えるべきところは、変えるべきだし、変えられないことを考えても仕方ない。

といった、なかなか理解に苦しむ境地で過ごしています。

最近、snsで外国の人を揶揄するコメントが目に付くようになりました。

私は海外で自転車競技をやって、常にアウェイで人に助けられながらやってきました。

いま日本にいる外国人の逆の立場で生きてきたわけです。
馬鹿にされて、それを優勝で見返して、自分たちの居場所を作ってきました。

しかし、一度も、帰れと言われたことはありません。

いや、一度あります。
19歳で初めて、オランダに行ったときに認識の甘い私に日本人の先輩が
「帰ったほうがいいんとちゃうか?」と言われました。
今ではその言葉に感謝しています。その言葉の裏に愛情があったからです。(その時は気が付つかず、見返すために…)

私は日本にいる外国の人に祖国である日本を好きになって欲しい。
と真におもっています。

日本に働きに来る人に、日本の魅力がお金だけでなく、日本での生活も楽しんで、日本を好きになって欲しいと考えています。

私は、このような外国人排斥運動がおこった後に、それまで黙っていた、相手の立場に立って物を考えられる人の発言が、世論を動かすとひそかに期待しています。皆が政治に関心を持ったこと自体は素晴らしい事です。

アウェイでたくましく働き、生きている人は強いです。
我々は、その強い人を敵にするのではなく、味方にして繁栄する道を画策するべきだと考えます。
その為にはお互いのコミュニケーション、相互理解が大切だと思います。

最近の日本の若者は、とてもアウェイでたくましく生きていけないような軟弱な子供たちが目立ちます。教師も本気で教育できず、皆が保身に走っているこの世の中で、アウェイでも逞しく生きて行けるような人材が育つのでしょうか?

私はアジアサイクリングアカデミーでアジアの選手を強くすることをコンセプトに掲げていますが、これは決して、日本人の敵(ライバル)に塩を送っているつもりはありません。
日本人である私がアジアの選手に貢献できることは、日本の株を上げる事だと考えています。
そして、アジア全体のレベルが上がることが日本のレベルを上げていくのだと思っています。

真の愛国とは、誇れる国を作っていくことで、国を食い物にする行為ではないはずです。

そして、誇れる国というのは、外国の人でもここをホームだと感じられる暖かい国だと思うのです。

さーて、来週のひまわり日記は

「日本は日本人のものなのか?」

「そもそも、地球は人間のものか?」

「ところで、イルカやクジラとミジンコは何が違うのか?」

の3編です(笑)

前述の「変えられないことは考えても仕方ない」

これは妻が教えてくれました。

今年もよろしくお願いします。
写真は我が家の手作り門松と初日の出です。

IMG_3967
IMG_3971




伸び代

雨のツールドランカウィ
若い時は雨のレースは嫌いだった。
あの、シューズの中に水が入ってくる感覚。
まあ、それも一瞬でぬれてしまえば、一緒だったが

熱帯の暖かい雨は、わるくない。
ただ、路面が滑りやすくなるのでストレスが増すし
サングラスが曇ったり、撥ね上げが口に入ることさえ気にしなければ
快適だった。

ただ、マレーシアの都会の路面は極端に滑りやすいイメージがあり
それも嫌だった。

寒い雨はさらに厳しくなる。
指が動かなくなり、補給食が取れなくなる雨はつらいものだ。

そのネガティブな感情も、そういう状況の中優勝したら吹き飛んでしまう。

いちど、フランスのレース
グランプリ・サンテチェーンは雪が降っていた。

以前、寒いレースは捨てていた私はたくさん着すぎて、スタート直後の登りで遅れそうになったが
服を脱ぎ棄て軽くなり、最終的に5人の先頭集団にいた。

ロアンヌチームが2人、クレジットアグリコールの選手が2人。日本人一人。

アタック合戦になり、2チームが前でそろいそうなときだけ私が潰していた。

残り、10km 私がアタックして単独で抜け出すと2チームがお見合いした。

楽勝だった。

それまで、天候が悪いレースは捨てて、天候がいいレースだけ頑張っていたが
それから、雪のレースでも自信がついた。

逆境を好きになったら乗り越えられる。
そもそも、みんな同じだから、逆境ではない。

頭の思い込みをいかになくすか?

落車した後はどうしても、下りが怖くなるが、それも単なる思い込みである場合が多い。

それができるかできないかで、選手としての伸び代も変わってくると思う。





アジアのレース参戦

今はツールドランカウィが行われている。
2002年から2013年まで参加したこの大会は10回参加した。
今では便利な世の中になってこういう本人ですら、定かではない記録を集計も出してくれる。
Most starts by race for Shinichi Fukushima
昔は2月に行われていたが今は9月になって、雨も多いようだ。

アジアサイクリングアカデミーもマレーシアのステージレースに参戦する。
tour Gateh d'tranung.
ジャラジャトレンガヌ。7日間のステージレース
柿で忙しい時期なので監督は私が序盤、後半はワンカンポさんとマレーシアのダニーさんも代役で来てくれる。

選手は日本人2人、マレーシア人一人、シンガポール人1人、香港人2人、台湾人1人のアジアンミックスチームだ。

久々のマレーシア 今から楽しみである。


ベクトルは世界

李選手が豊丘村に滞在してしばらくになる。
彼は中国での落車からのリハビリを兼ねて
滞在しているが、かなりハードに乗り込んでいる。
昨日は大池と夕立神(大鹿村)
今日は茶臼山。
この土地の良さを彼が見つけてくれている。

私もこの土地に根を下ろしたし、自転車を通して人を集めたいと思う。

その為には楽しさが大事だ。

人が集めれば楽しさが生まれる。

私も一人ではわざわざ旧知の観光地に行こうという気もあまり起こらない。
しかし、お客さんがくれば行ってみようかと思うようになり、行ってみればそれなりに楽しいものである。

それなりに煩わしいことも増えるが、その煩わしさも楽しめる心の余裕を持っていきたいと思う。

ベクトルは世界に向けて

突然のお別れ

7月29日に児玉忠弘さんがお亡くなりになっていたことの連絡をいただいたのは8月下旬の事だった。

慶応大学の応援団長をされていた児玉さんと出会ったのは、彦根クリテが最初であった。
当時、大学5年目で「エキップあずみの」という実業団で走っていた。

以前に元ブリヂストン所属で大学時代からロードレースの事を沢山教えていただいた三谷さんから、当時、ブリヂストンサイクルのレース部長をされていた児玉さんに私の事をご紹介いただいていた。
児玉さんとスタート前に挨拶して、レースがスタート。
イノアックの藤野さん、BSの藤田さん、愛三の横井さん、チームメイトの梶さんの4人の逃げが決まり、私は単独ブリッヂ(集団から飛び出して前を追う事)をかけに行った。
結局そのブリッヂは成功しなかったが、ゴール前で再度単独抜け出し、5位でゴールした。
大学を休学してオランダに武者修行に行った翌年、クリテには自信があった。

その走りの成績よりもガッツを買った児玉さんが私の採用を決めてくださったのだ。
あの、彦根クリテでの走りが私のレーサーとしてのキャリアを押し上げてくれた。

その後、会社を辞められた後も児玉さんは私の活躍をとても喜んでくれていた。

児玉さんはダルニーという東南アジアの子供たちを支援する活動もされていて、私もタイのつながりでも連絡を取り合っていた。
吉祥寺のご自宅にも幾度も泊めていただいた。

公私にわたり相談に乗っていただいた。

2年前に奥さんと老人ホームに入られた時は、ずいぶんと早めに入られたなぁと思った。

老人ホームからも児玉さんが主宰するK流会(児玉さんのご友人の社長さんのセミナー)を相変わらず主催されていたし、抜け出しては寿司を食べに連れて行ってくださったりした。
そして、老人ホームから大量の干し柿の注文を自分のところにしてくださった。

昨年、飯田に行ってみようと思うと言っていただき、いつ来ていただこうかと考えていた矢先にご家族から連絡をいただいた。

訃報のメールをご家族から頂いたときに、やってしまったと思った。

アメリカに行かれたり、活発に活動されていた児玉さんは、自分の死期を悟っていたのではないか?
それで、世界中を旅行されたりしていたのだ。

恩を受けるだけ受けて、私はそれに甘えていただけで、まだ元気だからとのんびり構えていた。

常に前向きで勤勉で、人の為に尽くされた人生。
ご冥福をお祈りします。
合掌

IMG_8495

再びアジアへ

いつの間にか、夏真っ盛りですね。
気が付けば、7月。
草刈りの季節です。

育てようとする作物は、手間暇かけてもなかなか育たないのに雑草は刈っても刈っても生えてきますね。
世の中そういうものですが、雑草もよく見ていると変遷があり、やはり環境に適したものも年によって変わっていくものです。

世の中にはバランスというものがあり、人間の都合の良いものばかり残そうとしても、その崩れたバランスをまた、取り戻そうとする作用があるのではないかと思います。

雑草の中で育った野菜は美味しいというので、適度に雑草を残しつつも、日当たりだけは確保しながらやっております。

今の世の中は明らかに人間が多すぎる(1950年の3倍)ので、バランスという意味ではよくない。

現代の少子化というのは、そういった意味で人間の自己防衛本能が働いて起こっているとも言えなくはありません。


今は東京に向かうバスの中です。
農作業を一休みして、香港に出張に行ってきます。
今年、ACAで走ってくれるパクソンベク選手、中国の落車から回復した台湾の李選手も来る予定です。
ワンカンポとパクソンベクと深圳にも行ってきます。

アジアというテーマでしつこくやっている私ですが、アジアはやはり楽しいです。
どのような展開になるか楽しみです。



プレの長いお話し

南信州の豊丘村で農業をしながら、自転車チームの運営を続けているが
くる仕事をどんどん受けていたら、今年の4月、5月は大変忙しかった。

ツアーオブジャパンのプレイベントを担当するようになって、3年目になる。
昨年、龍江に加えて、大鹿村での2連戦にした。

そして、今年はさらに以前から自転車のイベントの要望があった下久堅も加え5月3、4、5日の3連戦にした。
フランスではバカンスの時期に一週間のレースとかもあるので、それをモデルにしている。

地元の方、大学の先輩後輩、地元の自転車関係者の理解と協力。そして、好天にも恵まれて大会は成功裏に終わることができました。

大会が終わって、ほっとする暇もなく埼玉まで自転車を取りに行き
下久堅小学校での自転車教室。

昨年までは講義だけに終わっていたが、今年は是非子供たちに自転車にのせてあげたいと考えていた。
昨年も企画したのだが、学校まで自転車を持ってこれない親が続出して、そもそも自転車を持っていない子供が全体の30%。
これは、危機的な状況である。

この伊那谷の地形は南北に走る天竜川を底に両側に急峻な登り。
川沿いは交通量が多く道も狭い。
子供が安全に走れる環境は皆無と言っても過言ではない。

埼玉県浦和市にあるのディスカウントショップで私の市田柿を昨年から売っていただいているディスカウントショップ「ロヂャース様」が自転車教室用に持たれている自転車をトラック一式貸していただけることになった。バスで埼玉までトラックを借りに向かった。

選手を始めたころからの友人である、自転車のトライの吉田基宏さんが全校生徒105人中、自転車に乗れない30人超を担当してくれた。

実は一時、協力者不足で自転車に乗せることを断念していたが基宏さんの
「自分の娘の学校では自転車教室で自転車に乗れない子供は歩いて参加する。これはどうかと思っていた」という彼の後押しで実行を決めた。

全校生徒でツアーオブジャパンの話を1時限、その後、実技を低・高学年に分かれて1時間ずつという短い時間の開催であったが行い、子供たちは非常に喜んでくれた。
乗れる子供は私が担当して、乗れない子供を基宏さんがやってくれたが大変だったようだ。

自転車レースを見るのは楽しいが、走るのはもっと楽しい。
乗れない子供が乗れるようになるきっかけになってくれたら嬉しい。

自転車教室を終えて、田起こしと代掻きを終えて地域の田植え。私は会計。
土砂降りの雨の中を集落の皆と3日間かけて無事田植えを終えた。

その後に、シマノの山田拓海選手の出身校である緑が丘中学校で自転車の講義。
自分の今まで行った国を挙げて、説明した。

世界には多くの国があり、多くの価値観、人種がある。
今はSNSで多くの情報があふれているが、実際に自分の目で見て、価値観に触れて、自分で判断することの大切さを最後にちょこっと話した。SNSで国や人種を一括りにして、対立をあおる動画の多い事か?もちろん逆に世界を旅して暖かい出会いにほっこりするものもある。

よそをみなければ、自分がいる場所の良さもわからない。自分への対応も、自分次第で良くも悪くもなる。外国に限った話ではない。

話がそれてしまったので、ツアーオブジャパン信州飯田ステージの話は後ほど
496303716_10161541304047636_482323157022126980_n













500218324_10161598725682636_9152623305453465373_n

カードがないとゲームができない?

トランプが世界をひっちゃかめっちゃかにしている。
私はこれは、良い事だと思っている。

まるでジャイアンの様に利己的なことを億すことなく主張するアメリカの大統領は
毎朝、新しい話題を提供してくれて、毎朝 ニュースを見るのが楽しみだ。

トランプ、78歳

普通なら、隠居してのんびり余生を楽しみたい年齢だ。
彼のバイタリティーはどこから来るのだろうか?
自分が正しいことを証明したい。
それだけではないか?
ある意味、非常に純粋な気持ちでやっている気がする。
私はこの変化は日本にとってはチャンスであると思う。

これだけ、わがままな事がまかり通るわけもなく。
アメリカは孤立するのではないかと思う。
そして、日本もアメリカから真の意味で独立するチャンスだと思う。
今こそ、主権を取り戻し、国民の為の政治をするべきだと思う。

アジアの為になり、日本の国益になる。
真のWINーWINの関係をどの国とも築くべきだ。

日本のカードは太平洋だ。

そのためには自分の国は自分で守ることが大前提。

ただ、アジアの分断を私は望まない。

昨晩の夢

車を運転していて

どんどん、すすまなくなり

なんだかトラブルに遭い

そして、真剣に解決しようと喘いでいた。

そのトラブルが何だったか

目が覚めた時は、それが夢であったことが信じ難いくらい

その世界の住人になっていた。

 

そして、徐々に夢であったことに気が付いて

全てがチャラになったと安堵していた。

だいたい、私の夢は現実よりも悪い。

 

起きてから、1時間半がたち

その記憶は波打ち際の砂の上に書いた文字の様に

消え失せた。

 

前世があるとすれば

その記憶もそういったものなのだろう。

おそらく、赤子は前世の記憶をもって生まれてきて

物心がつくにしたがって、その記憶は消えてゆく。

ただ、その記憶を記す手段がないだけで

 

赤子はその過渡期なのかもしれない。

そう、生まれることは起きる事

死ぬことは眠ること。

 

そして、眠っている間は、死んでいるようなもの。

ということは、死ぬということは夢を見に行くという事

 

しかし、死んでいる間ぐらいは、現実よりも良い夢を見たいものである。


fukushimashinichijpg
月別アーカイブ
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計: