2016年09月18日

過積載の発展途上

日本人はやたらと中国のことを悪く言うのが通例になっている。
しかし、自分は思ったよりも悪くないなと感じている。

なにしろ、この広大な土地で莫大な人口の人間たちがまじめに働いている。
世界を差し置いて景気がいいのは当然である。
今は武汉市にいるがここも人口が1千万人
ここでは100万都市は小都市である。
これだけの人間があまり文句も言わずに(言えないのかもしれないが)
働くのだから、それは強い訳である。
バカンスのために働いているフランス人とは違う。
日本人も昔ほど働かなくてもよくなってきた。
しかし、景気を良くしたければ、バズーカ どうのこうの言う前に
やはり、汗水たらして働く事が大切である。

選手も最近は練習量よりも質であるという方法が横行しているが
今の30歳以下で自分が強いと思える日本人選手はいまだに現れない。
どの選手もガラスのように壊れやすい。

泥棒もイタリアなどに比べれば少ない。

もちろん、フェイスブックなどが使いにくいのは不便に感じることもあるが
1995年ごろの時代に戻ったと思えば(こんな便利なものはなかったが)全く苦にならない。

車の運転では追い抜き車線を走っている車は後ろから車が来ても車線を譲らない。
だから、走行車線側から抜くのであるが、どの車も徹底して譲らないのでかえって安全である。
中途半端に譲る車があるとかえって危ない。

高速の脇を歩いている人もいるし、逆走バイクもあるので合流するときはしっかり前も見ていないといけない。

チンハイレイクと違い、ツールドチャイナはチームカーを渡されて勝手に携帯のナビゲーションを見ながら
会場までの行き帰りをさせてくれる。

それも500km超という距離をである。

自由を愛する自分はこれが結構楽しい。

さて、レースはツールドチャイナの最終ステージ
アンドローにチームと協力してスプリントに持ち込んだ。
マリーニは惜しくも2位であった。

明日から、ツールドチャイナ2が始まる。
初日はプロローグ。
好調のスタキオッティーがどこまでできるか楽しみだ。

それにしても、過積載が多い国である。
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Posted by fugushima at 00:40Comments(1)

2016年09月16日

横取りされたプレゼント

ツールドチャイナ
第5ステージ
今、レポートを第五ステージから書いている。
それまでなぜかけなかったのか?
一応、その日その日のチームへの報告は書いているのだが、日記というものを書いていない。
問題が多く、それは自分の反省であったり、批判であったり、勝てない理由であったりするのだがそれをいちいち、チームへの報告以外書く意味がなかったのである。
 ヨーロッパでの高地合宿終えて万全の態勢で来ている選手たちが、時差、過密スケジュールでの疲労、トラブル、誤采配によって成績が出ない時は、修正しながら正しいことを続けるだけである。それが思うようにいかないからと言って、椅子を蹴り上げたりはしても意味がない。
初日、2日目は石橋、窪木、ニバリを中心にイニシアチブをとってスプリントに持ち込んだ。しかし、スプリントがうまくかみ合わなかった。
3日目の山では昨年の総合優勝者であるコッリがいきなり遅れて総合圏外に、のぼりのために連れてきたニバリが石橋のアシストを受けながらそのままちぎれて、それでも調子がいいスタキオッティーの為に好調の石橋をフルに使ってスプリントに持ち込もうとしたがいかんせん、駒がなさ過ぎた。
そして、スタッキオの足が攣った…
4日目は総合が関係ないので温存していたら最後の35kmで50人の集団に5人という最高の態勢になった。
ここから一気にイニシアチブをつかんでコッリのスプリントの為に逃げを追い。もう少しで捕まるというところでコッリが下りアタックしてしまい。結果、コッリはゴール直線で捕まり、前を逃げていた二人をぎりぎり捕まえられずにゴール。
この日は自分の誕生日であった。
力があるチームでかみ合わず勝てないとき誰が悪いか?
それは監督だ!
ただ、俺は誕生日には勝ったことがないが、誕生日の翌日には勝ったことがある。
そして、翌日窪木が逃げてマリーニが勝った。コッリも3位。

選手がゴールラインを超えた後、チームカーの中で優勝者のアナウンスを待ちながら、選手のいるテントに向かう。
今日も失敗したのではないか?
もしかしたら勝っているかもしれない。
他チームの選手が喜ぶ姿を見て、小さくため息をつく。
テントの脇を抜けるとき、彼らの雰囲気を見て
「ああ、今日も勝ってない」と独り言を言い車を止めに入ろうとした瞬間、ニバリが「イエーイ」とガッツポーズした。
「勝ったのか?」と聞いたら、「マリーニが勝った、コッリが3位だという」
嘘だろ!本当か!
選手が勝ったのもうれしかったが、俺の心境を逆手にとって、わざわざ沈んだ小憎い演技のほうが嬉しかった。
俺の誕生日プレゼントかと思ったら、この日はマッサージャーのフィリッポの誕生日。
翌日は飛行機での移動日なので夜に一緒にビールでお祝いをしたが、なんだか俺のプレゼントを横取りされた気がしてならなかった。
  

Posted by fugushima at 00:13Comments(0)

2016年09月01日

天才

芥川の本が好きだ。
どのようにしたらあのような文章が書けるのか?
やはり、天才にはかなわない。
うまい文章とは難しい単語を使わずに簡単な組見合わせで微妙なニュアンスを伝えるテクニックであると思っている。
もちろん語彙を持つことは大切だが
羅生門で登場する「きりぎりす」を使って、時間の流れを描写しているところなどは絶妙である。
  

Posted by fugushima at 00:13Comments(3)

祖母のおもひで

お盆に岡山に赴きおばさん宅に泊まりながら墓参りをしてきた。
そして、おばあさんの事を思い出したので書いてみる。


「すんだ、すんだ」

まるで、トイレからでて、手を洗った後ような気軽さで祖母は言った。
当時 99歳であった祖母は100歳の誕生日を終えてあの世に旅立っていった。
もう、長い間老人ホームで過ごしていたが、ある日、脚の付け根の血管が詰まってこのままでは壊死してしまうといわれた祖母は、手術は必要ないといい。その後に
「すんだ、すんだ」と言ったのだった。
そこには悲壮感も大きな仕事をやり終えた達成感もなかった。
つまらない映画を見て、さあ家にかえってご飯にしようか。
そんな、感じで普通にさらりと言ってのけたのだ。

ヨーロッパにいた自分は祖母の葬式には参列できなかった。
僕のレースでの無事を毎日、祈ってくれていた祖母はそうやったたびだっていった。

オオカミ少年

実家から家出してきた祖母が大阪のわが家に一か月ほど過ごした。中学3年か、高1だった自分はその祖母をよく騙した。
何かと、うそを吹き込んで
「しんちゃん、ほんとう?」と眼鏡越しに上目遣いで見る祖母をおちょくって楽しんでいた。
祖母は決して怒らなかった。

社会人になってから、祖母にフランスから電話をしたことがあった。
敬老の日であったか、誕生日であったかは覚えていない、。何度、「晋一だよ」と言っても
「しんちゃんはいまフランスにおる。フランスからは電話はできんはずじゃ。よしたか(祖母の近くに住むいとこ)じゃろう。」といって最後まで信じてもらえなかった。
まだ、オレオレ詐欺もない時代である。
祖母だけは詐欺に引っかからなかったのではないかと思っている。

その後、本当にぼけてしまって、僕のこともわからなくなった時の寂しさと比べたら、今思えば大したことではなかったが、当時は信じてもらえなかったことがショックであった。
しかし、今思えばそれは祖母が無意識のうちにしたささやかな仕返しだったのかもしれない。  

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2016年08月29日

イタリアでの地震について

地震のあった朝は僕は北イタリアのスイス国境近く、リヴィーニョにいました。
今回地震があった中部イタリア ペスカーラは春の合宿をした地域であり
ジュリアーニ監督の住んでいるところです。

幸い、数日前に戻っていた監督ですが無事が確認されています。

ペスカーラの地域ですが、人は山の上に藤壺のようにぎっしり町ができています。
美しいのですが見るからに地震には弱そうな建物が多く、今回もそのような建物が崩壊しています。

なくなった方々の冥福をお祈りします。  

Posted by fugushima at 08:03Comments(0)

リヴィーニョに来ています。

長らくご無沙汰しております。
更新していないと、いい内容を書かないといけないというプレッシャーから
さらに更新しにくくなりますね。

もう、見てくれる人も減ってしまったかもしれませんが、気負わずにまず書いてみます。

今年は台湾 ノルウェー コリア チンハイレイクと第一監督を務めさせてもらいいい経験を積めました。
次は9月9日から26日までのツールドチャイナ1,2です。

中国は嫌いではないです。

チンハイレイクではマリーニがステージ1勝。コッリがポイント賞を獲得してくれました。
面白い話もあったのですが、あまりに話が貯まりすぎて何から書いたらよいのかわからないのが実情です。

昨日まで3日間はツールドラブニールに参加してきました。
残念ながら、小野寺選手一人の完走になった今回のレース。

自分も減りゆく選手を見ながら、もどかしい日々を送ってきましたができることはほとんどなく。
ツールドフランスの登竜門であるレースはやはり厳しく。
日本のレースを走りながらこちらに突然来ても通用するはずもなく。

最低でもフランスのアマチュアトップカテゴリーで勝ちまくるかUCIの第2カテゴリーで参加資格のある23歳以下のうちに勝つ選手を輩出し、その中から調子のいい選手を選抜して初めて通用するものであると感じました。

NIPPO VINI FANTINIも同様です。

日本人に活躍してほしいのは自分も同じですが今のところ、スプリント、登坂力をとっても日本人以外が優れています。
だから、彼らのアシストをすることは自然で、アシストをしっかりこなしながら、実力を磨いていくしかない。

監督も経験が命、状況は全く同じです。

なんだか、まじめな話になってしまいましたがこれからもちょくちょく更新していくので、よろしくお願いします。
  

Posted by fugushima at 07:13Comments(1)

2016年07月08日

フランスに戻ってきました。

4月の後半にノルマンディーの家を後にして、レースの連戦続きだった。
弟の康司にノルマンディーで走るボンシャンスの選手達の世話を任せてきたが
このタイミングで戻ってこないと、選手のいるうちには戻ってこれない可能性があるので
7月17日から始まるチンハイレイクにはヨーロッパから入ることに決めたのだ。

日本で家族と過ごす事も考えたが、家族と1週間も過ごすとしなくてはならないことが
次々と浮かんでくるのだ。

家にいる時間、娘が日記を書いていた。
「パパが帰っていく日」
「行く」と「来る」の区別があいまいな小2の娘は「来る」と書きたかったのであるが
この間違いを見て、「うまいこと言っているな」と感心している場合ではない。

今日はオマールで選手と久々に2時間の練習に出た。
ほど、2か月乗れてなかった自分である。
サドルの感覚から尻の筋肉が落ちているのがわかる。

練習不足で乗る自転車ほど苦しいものはないが、集団になると体が自然と動いて一人で走るよりも圧倒的に速く走れるのは、やはり脳みそを体を動かしている証拠である。

昨日は倉庫の大掃除。今日は車のオイル交換。
明日は選手のレースに帯同する。

  

Posted by fugushima at 20:52Comments(0)

2016年06月24日

手放しでは喜べなかった監督初優勝

ツールドコリアはグレガ ボレが第6ステージでリーダージャージを獲得。
7、8ステージと残る3人のアシストで守り切った。
総合2位がイタリア人の監督であるノボチームであったことと、韓国の友人たちの助けも借りての
総合優勝であった。

これが自分にとっては監督3年目にして、初めての優勝となった。
マルセイユでは単独で指揮を執ったのは1レースのみ。
今年になって、台湾、ノルウェーに続く3レース目で総合優勝を手にできた。
確率的には悪くはないが、これが全く自分の手柄だという気がしないのは
今回、グレガボレという素晴らしい選手がいたこと。
ワンプロチームが第5ステージで圧倒的な力でリーダーを獲得した後に、一番きついステージで総崩れして
自分たちがタイミングよくリーダーをとれたことにすぎないということである。

第4ステージではグレガが後ろに残り、ベルラートだけが乗る23人の逃げが逃げ切りそうであったが
同じく、1人が乗るカザフチームと誰ものせていなかった香港チームが追って土壇場で振り出しに戻した。
この時は運を天に任せるしかなかった。
ただ、こういう事があって、こういう事になるのもレースである。
そして、ツアーオブジャパンの結果を見てもわかるようにアシスト3人(もしくはそれ以下)でも総合優勝できるのもレースである。

レースを終えて、嬉しいというよりも、ほっとしたのが正直なところ。
失敗しなければ、守れるのは分かっていたのではあるが最後の最後まで気の抜けない2日間であった。
昔から知るアジアの監督達に祝福してもらえたことは嬉しかった。

長かった連戦の日々が終わり日本で家族と過ごしながら今後の計画と領収書の整理に追われている。

日本は荒れ模様の天気ではあるが平和なものだ。
毎日、貯まったイタリア語講座を聞いている。
非常にわかりやすい。

思えば、自分は大学を卒業して何気なくイタリア語会話を聞いていた時期もあった。
当時はジローラモさんが司会をしていて、女性にやたらとボディタッチが多いなと思いながらみていた。
ただ、当時は必要度が低かったせいか全く身につかなかった。

そして、この連戦。

大事なことは英語で話していたが、徐々にイタリア語も耳に入ってくるようになってきた。
やはり、必要は発明の母である。

全日本選手権は個人ロードの会場のみ顔を出す予定です。  

Posted by fugushima at 00:12Comments(2)

2016年06月03日

あわただしく韓国に向かいます

イタリアから戻り
2か月半ぶりに会った1日の家族サービスをしてから、ツアーオブジャパン 飯田ステージに向かった。
テレビの取材を受けたが、内容は幸也の話ばかり。
立場上幸也の応援ばかりしているわけにはいかないが
今回はプライベートな参加なので、幸也の話も沢山させていただいた。

結果は飯田ステージを2回勝っているデネグリは3位に沈んだ。
向かい風が強い中、250mから先行してしまったのだ。

自分も身に覚えがある。
飯田の直線は1km以上ある。

遠くからゴールが見えるので見余ってしまうのだ。

沢山の方に会えたが、ゆっくり対応する暇がなくて残念。
今はツアーオブコリアに行くために関空に向かう電車の中です。

久しぶりの韓国でもあります。
今回のメンバーはグロス、グレガ、元喜、石橋、ベルラート、ビオラ。
いいメンバーなので4勝しないと首にするぞとステファーノ監督に脅されています。

乞うご期待!  

Posted by fugushima at 10:01Comments(3)

グランモトーレ

途中ノルウェーに抜けたが、ジロデイタリアを最初から最後まで参加することができた。
人数も多いし余裕があるのかと思いきや、仕事の量もその分多く。
トラブルも多く。

選手だけでなくスタッフも疲れ切ってジロを終えた。
最終ステージのゴール。
普段はバスの中でテレビを見ながら選手を待つのだが、フランチェスコが見に行こうという。
たまにはいいなと思って、行ったのであるが
行きながら選手を迎えに行くという意味があったことに気が付く。
最後はゴール後の直線でオーロラビジョンの前で選手を待った。

2日前に下りで雪の壁に突っ込み大けがをしたグロスがあわやステージ優勝かと思ったが
捕まって、泣き崩れる彼をねぎらいながら
やはり、魅力的な選手をサポートするんのは楽しいなと思った。

そして、元喜を迎えに行ったわけである。
今年最初から、ジロを完走することを目標にしていた彼が完走したので
それは、有言実行で素晴らしいことである。

駆け付けた自分に彼が

「最後の1周、おろされたんですが大丈夫ですかね?」
「まじ!」出鼻をくじかれた自分のネットに出ている複雑な顔の裏には
「完走扱いになっているよな?!ここまで走って降ろされることなんてあり得るだろうか?今日のステージはまさかおろされるとは思っていなかったからオーバータイムチェックしてなかったけど、序盤、ゆっくりだったからタイムアウトは…」とシャンパンに酔った頭で必死に考えている顔です。

最終ステージも周回はとても危険で落車で3名がリタイヤした。
元喜も落車した傷がいたそうであった。
長い間最後尾を走っていたのは落車の影響もあった。

今回、自分はレポートを書くことが少なかったが
ある時は山の上で新聞と温かい紅茶を配り、ある時はバスでスポンサーの案内をし、ある時はチームカー。
ある時はカメラマンのアテンダントといわゆる何でも屋をしていたので、時にはレースの展開もわからないこともあり
大きなチームの歯車の一つなので、選手ほど書くことがないのです。

もちろん、チームカーにも乗りましたし、1日ですが運転もしました。


レースを終えて、マリオ第2監督とミラノに帰ったのですが彼が車の中で
グランツールの監督はグランモトーレでないといけないといった。

大きなモーターというわけであるが、選手、スタッフ、招待客などのロジスティックをしながら
全体を統制して、選手を管理する。

パソコンのようにたくさんのウィンドゥをひらいても固まらない余裕を持つ。
固まらないために、一つずつ確実に終わらせる。
まずは、自分をマネージメントしなくてはいけない。

そして、ユーモアも忘れずに…

自分はチームカーの中でコースの把握に必死になっているときに
毎週マリオは女性カメラマンに手を振っていたらしい。
そのことにも自分は気づかなかった。

まだまだ未熟である。
  

Posted by fugushima at 09:50Comments(1)

2016年05月22日

お久しぶりです。

ブログを見てくださっているかた。更新が滞ってすいません。
トレンティーノ、トルコ、ジロ、ノルウェイまでが明日で終了します。
フェリーで明日、ノルウェイからデンマークに渡り、車でデンマーク ドイツを縦断して、オーストリア、イタリアに戻り。
クネゴが山岳ジャージを守るジロに合流します。

ブログの更新がなかったのですが、NIPPO VINI FANTINIのページをはじめ、フェイスブックのボンシャンスのページなどに分散して投稿していたのです。
ただし、かれこれ18年ほど書き続けているブログは自分の思うことをかけるページ。
大切にしていきたいと思います。
とはいえ、監督となると そうそう本音ばかり書くわけにはいきません。
それは面白くないですね。

毎日、朝から晩まで働いて寝る毎日。
充実しています。
監督は車を運転するので寝るのも大切!
また、書きます。  

Posted by fugushima at 07:23Comments(2)

2016年05月04日

体が脳を動かす

ツールドトルコから直接オランダに入った。
トルコはとても好きな国だが、食事の味が濃くて後半は少々きつかった。
海辺のリゾート地を転々とするレースはその瞬間、その瞬間、とてもいい景色を見せてくれるが
佇んで思いにふける余裕も自分にはなく
忘却の彼方に消えていく。

自分にとって、楽しむ事は基本的に自由でなくてはいけないが
人を制約しなくてはならない立場の監督にとっては、まずは自分を制約しなくてはならず
その狭間で、楽しみを謳歌できなかったというのは当然と言えば至極当然のことである。

経験を積んで、余裕が生まれれば仕事をしながらでももっと楽しめるのであろう。

監督とは、同時に多くの事に意識を集中させねばならない仕事である。

車を運転しながらラジオツールを危機状況を把握するのであるが
選手をペーサーなどしているときはそちらに神経が行ってしまい、ラジオツールを聞き逃してしまうことが多々あった。

おふくろから勧められて聞いている「武田鉄也の今日の3枚おろし」で
脳がからだを動かすんじゃなくて、体が脳を動かすんだ。
と、自分が選手として学んできた事の逆を突く話があった。

オランダのホテルでジロのコースマップを頭にいれながら
途中で第1監督をするノルウェーの準備もする。

フランスの若い選手たちの情報はどんどん入ってくるし
子供たちは自分の帰りを楽しみにしている。

この生活を続けて行けば、余裕が生まれてくるであろう。
楽しみながら、みなと共に乗り切って行こうと思う。
  

Posted by fugushima at 00:58Comments(1)

2016年04月26日

カッパドキアより

ツールドトルコに来ています。
フェイスブックのボンシャンスのページにも載せたのでご覧になっている方も多いと思いますが
今回の一連の梅肉エキスの事で思うことがあったので載せさせてもらいます。
以下文章です。


梅丹本舗には自分は脚を向けて寝られません。
というのは、2006年暮れチーム解散の危機を救ってくれたのは、梅丹とNIPPOでした。
自転車を愛する社長が自転車のサプリを作り始めたのは、チームを救う為の口実でした。
ハッキリ言って、梅丹は儲け度外視で自転車選手をサポートしてきてくれた企業です。
古式梅肉エキスは梅丹の梅丹あるゆえんのエキスなので、これを外すわけにはいきません。
自分もレースの時はもちろん、東南アジアでお腹を壊しそうなとき、風邪気味の時、数多くの場で助けられてきました。
そして、今回の禁止薬物含有問題です。
梅丹の古式梅肉エキスは半端でないほど
濃縮されているので、今回の違反物質がエキスから検出されてしまったのですが、これはドーピングに陽性になる量と比べるとまったく桁が違います。
そして、今回違反物質が検出されなかったにもかかわらず、その他の古式梅肉エキスを含む商品も使わないでくださいというこの企業姿勢。
その理論でいうと、みなさん 梅干しを食べてもドーピング陽性になりますよ!
社長が頭を下げる姿を見て心が痛みました。
http://www.meitanhonpo.jp/…/wp-…/uploads/2016/04/hp_0421.pdf  

Posted by fugushima at 05:16Comments(4)

2016年04月22日

最近はNIPPOのホームページにレースレポート書いています。
お腹の膨らみと共に薄れていく選手気分ですが今年のレースだらけのプログラムは
自分にとって非常に良いことになっています。

今はトルコに来ています。
この国は何回か来ていますが、文化の交差点でとても気に入ってます。
とくにイスタンブールのガラタ橋の雰囲気がいいです。

自分の夢はガラタ橋で釣りをすること。

いつ叶うかなぁ。

  

Posted by fugushima at 18:26Comments(0)

老いたルーキー

長い間更新できずにすいません。 NIPPO VINI FANTINIに入ってから、飛ぶように月日が経っております。 日本に残してきた家族とも数日しか会えません。 フランスに残してきた選手たちにも数日しか会えません。 代わりに康司コーチに見てもらっています! 参加するレースもレベルが高く 仕事も分業されているのですが求められるものも多く。 常に気の張った状態で過ごしております。 今年はこういう年なのです。 先日、娘にビデオチャットした時の話です。 娘が開口一番 「パパ! 帰ってくるの?帰ってこないの?」 こうやって聞かれるうちが花なのでしょう。 「パパはね、まだいつか分からないけど。きっと帰るから」 昨日はジロ デル トレンティーノの第2チームカーを一人で運転して 逃げているベルラート選手のサポートをしておりました。 そして、レース後オーストリアからイタリアンボローニャに戻り 今日の飛行機でトルコにやってきました。 24日から始まるツールドターキーの第2監督をした後、直接アムステルダムに飛んで ジロのスタートに備えます。 そして、5月6日から始まるジロに帯同しながら、途中で抜けて5月18日〜22日までのツールドノルウェイの第1監督をして、それが終わるとジロに再合流。 ジロが終わってから、ツアーオブジャパンに途中から合流して(おそらく飯田ステージのみ) 6月5日から12日のツールどコリアの第1監督をする。 その後は全日本に備えて伊豆で合宿をして、全日本を終えて ほっと一息 もう初夏ですね。 はたから見るとすごいスケジュールですが、NIPPO ヴィーニ ファンティーニではスタッフの標準的なスケジュールよりも少し多いかなといった風な感じです。 選手時代も「老いたルーキー」と言われていた時期がありましたが、今でもその状況は変わりません。 また、ちょくちょくアップしていきますね!!   

Posted by fugushima at 00:25

2016年02月05日

突然の訃報

サンツアーも3日目。
きつい紫外線のなか、選手は奮闘しております。
チームスカイは序盤から強く、フルームは総合だけではなく
山岳賞まで狙っているので、なかなか隙がありません。
今日は小石選手が逃げて山岳賞を26ポイント獲得しました。
一緒に逃げていた選手が山岳賞獲得。
いいところで走れています。

チームからレースリポートの依頼を昨日もらったので
ホテルに着いてからパソコンを開いた。
まず最初に入ったのが、大学の自転車競技部で同期であった池田君の訃報だ。

白馬でペンションをしながら雪崩の研究をしているとは聞いていたが、卒業後
会っていなかった。
同じ大学の医学部生であった、仲の良かったお兄さんを山でなくしてから
自転車から姿を消してしまった。

彼は赤いランクルを乗り回して、一度
「駒ヶ根林道でランクルが横転しちゃったよ」
なんて、大学まで歩いて戻ってきた彼の車を起こしにみんなで行ったことがある。
その時の理由がダートをランクルで下っていて
鼻をかもうとして手を放したら、ハンドルがすごい勢いで回り始めて
つかんだら手を火傷した。
その後横転したらしい。

そんな彼も雪崩の研究では第一人者になって本まで出していた。

昨日、大学で集まった時に次は池田のところで集まろう(彼の消息をだれもつかんでいなかったので)なんて
言えるほど、20年以上あってなくても話題に上る奴だった。
もう、彼には会えないし、昔の話もできない。

自分はこのままヨーロッパに戻るのでお葬式には参列できない。
レポートを書くにも、まずこの事を書かないと、筆が進まないので書かせていただきました。
私事ですいません。
  

Posted by fugushima at 20:32Comments(0)

2016年01月16日

素晴らしい環境

NIPPOVINIFANTINI合宿

イタリアに来てはや8日間がたとうとしています。
今回は日本人が選手3人、スタッフ6人と多いため、日本語を使う機会も多いです。
チームプレゼンは非常に華やかでした。
普段の練習もクネゴとガルゼリというジロの総合優勝者2人を含む環境。
監督のジュリアーニとマンゾーニともにジロのステージ優勝者と
世界のトップが非常に身近な存在は自分を含め若い選手にとっては
なかなか得難い環境です。

そんなか、緊張感を持って過ごしています。

そんな、緊張感から解放されるのが夕食時のワインでしょう!

こちらに来てから、毎晩ファンティーニのワインが出てくるのですが、自分も随分と飲んでいます。
美味しいので毎日飲んでもまだ飲めます。

NIPPOがスポンサーしてくださっているお蔭でこのような素晴らしい環境で働けることに感謝しながら
いかにこの状況をさらに良くするかを考えて過ごしていきたいともいます。
(もちろん、ファンティーニもお蔭でもあります)

マルセイユでもいい経験が出来ましたが、プロコンチは選手17人に対してスタッフだけでも27人。
大所帯です。

いままでいい練習が出来ていましたが今週末は天気が崩れて雪の予報です。
最終日、日曜の練習はキャンセルになりました。

自分はこの後、オーストラリアのカデルエバンスとサンツアーに行くのですが、その前にフランスのノルマンディーに戻り選手受入れの準備をしてきます。

ノルマンディーはマイナス4度!

お土産のワインを持って里帰りです。
チームのウェブサイトは
http://www.nippovinifantini.com/
イメージビデオや華やかなプレゼンの記事が見れます。  

Posted by fugushima at 01:57Comments(1)

2016年01月03日

謹賀新年!

今年もよろしくお願いします。

やはり、自分は日本人だと実感する時は
お雑煮を食べてうまいと思う時
風呂に浸かって大きなため息をするとき
そして、正月を厳粛に迎えたいとき

今まで、フランス、タイ、香港、オーストラリアなどで新年を迎えた事がありますが
やはり、正月は日本で迎えるのが一番!
なんだか、年を越した気がするんですね〜
(選手時代はどうしても正月太るので、タイで過ごしていました)
なんだか、空気が引き締まった感じがするのは自分だけなのでしょうか?

大みそかはやはり紅白の、みんな盛り上げようと頑張っている姿をみて
ほのぼのとするのがいいですね。

さて、皆様に報告があります。
日本に戻り、僕の家族は大阪の箕面市に住むことになりました。
これから、海外遠征が続く中 祖父祖母の家の近くの方が安心できるからです。

ボンシャンスは今まで通り、長野県飯田市を中心に活動していきます。
今年はチャンピオンシステムに加入していた徳田鍛造選手、昭和第一高校出身 中村圭祐選手などが加入します。

徳田選手は自分の古巣である フランスのトップアマチュアチーム ノジョンチームに、中村選手はフランスのディビジョンナショナル3のチーム。ECアブビルに加入します。
また、日野竜嘉選手は北部のジュニアの名門チーム、「オリンピック グラン サント」に所属することになりました。
現在、日本ではJプロツアーで各チーム年間100万円を払って、出走料がかからないというシステムになりましたが、こういうシステムでは海外に選手を送り出しているボンシャンスのようなチームにとっては、なかなか厳しいものがあります。
実際、現状では―23の選手がJプロツアーで勝つのは非常に困難であり、Jツアーの下のカテゴリーで優勝を狙って走った方がいい経験になるのですが、上の層が薄いため、Jプロツアーにすぐ上がれてしまうという難点があります。

ボンシャンスは今まで通りE3からE1に上がって行き、そこから先は有望な若者はフランスのアマチュアレースでステップアップしてプロ※入りを目指す、という方法を貫きたいと思っております。

今年はフランス ノルマンディーの住み慣れた土地 オマールに家を借りて選手を育成していきたいと思います。
この家ではNIPPO VINI FANTINIの選手とボンシャンスの選手がともに寝食をともにしながら暮らします。
有望な若手でしたら、最短 2週間から受け入れますので希望する方は
allezallezbonnechance@hotmail.com
まで

というわけで
今年はフランス、イタリア、大阪、飯田を激しく行き来する1年になりそうです。

今年もよろしくお願いします。

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Posted by fugushima at 19:39Comments(1)

2015年12月28日

年の瀬に

自転車が全てじゃないことが解った。
昔、引退したオランダの選手に引退後何が変わったかを聞いた時の答えだ。

そして、それを聞いた後も
自分は自転車が全ての生活を20年間続けて、現在に至る。

若い選手にこういうことを言うべきではないかもしれない。
しかし、この言葉で人生が変わるようであったら
やはり変わるべき人生であったのであろうと思う。

自転車は奥が深い。

NIPPO VINI FANTINI イタリアの合宿に参加して思ったが
学ぶことばかりだ。

イタリア語も奥が深い。(ついでにローマ史も…)

そして、今の自分は、選手を引退した時点で自転車が全ての生活は終わっている。
監督業(仕事)と自転車に乗ること(心と体のメンテ)は真逆である。

他の人と同様に自分にとって、自転車とは乗るものである。
監督はレースが多ければ多いほど、自転車には乗れなくなるものである。
  

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2015年12月11日

ハノイ弾丸ツアー

ベトナムのハノイにありますブリヂストン ハノイの竹野さんに招待していただき
ハノイにサイクリングに行ってきました。
ブリヂストン ハノイさんはボンシャンスのスポンサーを去年からしていただいております。

ベトナムは3回目の訪問ですが、やはり東南アジアに行くと心が和みます。

現地の日本人のサイクリスト一緒に片道180km走って、サムソンビーチまで走っていったのです。
雨の中、数回の休息をしながらの行程でしたが
自分は久々に自転車に乗れるのが楽しくてあっという間でした。

夜 現地のクラブの人に強いお酒で歓迎をしていただいて、

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翌日、(天気は回復しました)帰ってきてそのまま飛行機に乗るという
あわただしい日程だったのですが、本当に楽しかったです。

現地に駐在なさっている方はみなさんとてもパワフルで、話もあうので
また行きたいと思います。
出国の前にいただいた焼肉を食べながらの、笑って腹筋が攣りそうになりました。
その感覚 久々でした。

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Posted by fugushima at 15:17Comments(3)