2016年06月24日

手放しでは喜べなかった監督初優勝

ツールドコリアはグレガ ボレが第6ステージでリーダージャージを獲得。
7、8ステージと残る3人のアシストで守り切った。
総合2位がイタリア人の監督であるノボチームであったことと、韓国の友人たちの助けも借りての
総合優勝であった。

これが自分にとっては監督3年目にして、初めての優勝となった。
マルセイユでは単独で指揮を執ったのは1レースのみ。
今年になって、台湾、ノルウェーに続く3レース目で総合優勝を手にできた。
確率的には悪くはないが、これが全く自分の手柄だという気がしないのは
今回、グレガボレという素晴らしい選手がいたこと。
ワンプロチームが第5ステージで圧倒的な力でリーダーを獲得した後に、一番きついステージで総崩れして
自分たちがタイミングよくリーダーをとれたことにすぎないということである。

第4ステージではグレガが後ろに残り、ベルラートだけが乗る23人の逃げが逃げ切りそうであったが
同じく、1人が乗るカザフチームと誰ものせていなかった香港チームが追って土壇場で振り出しに戻した。
この時は運を天に任せるしかなかった。
ただ、こういう事があって、こういう事になるのもレースである。
そして、ツアーオブジャパンの結果を見てもわかるようにアシスト3人(もしくはそれ以下)でも総合優勝できるのもレースである。

レースを終えて、嬉しいというよりも、ほっとしたのが正直なところ。
失敗しなければ、守れるのは分かっていたのではあるが最後の最後まで気の抜けない2日間であった。
昔から知るアジアの監督達に祝福してもらえたことは嬉しかった。

長かった連戦の日々が終わり日本で家族と過ごしながら今後の計画と領収書の整理に追われている。

日本は荒れ模様の天気ではあるが平和なものだ。
毎日、貯まったイタリア語講座を聞いている。
非常にわかりやすい。

思えば、自分は大学を卒業して何気なくイタリア語会話を聞いていた時期もあった。
当時はジローラモさんが司会をしていて、女性にやたらとボディタッチが多いなと思いながらみていた。
ただ、当時は必要度が低かったせいか全く身につかなかった。

そして、この連戦。

大事なことは英語で話していたが、徐々にイタリア語も耳に入ってくるようになってきた。
やはり、必要は発明の母である。

全日本選手権は個人ロードの会場のみ顔を出す予定です。  

Posted by fugushima at 00:12Comments(2)

2016年06月03日

あわただしく韓国に向かいます

イタリアから戻り
2か月半ぶりに会った1日の家族サービスをしてから、ツアーオブジャパン 飯田ステージに向かった。
テレビの取材を受けたが、内容は幸也の話ばかり。
立場上幸也の応援ばかりしているわけにはいかないが
今回はプライベートな参加なので、幸也の話も沢山させていただいた。

結果は飯田ステージを2回勝っているデネグリは3位に沈んだ。
向かい風が強い中、250mから先行してしまったのだ。

自分も身に覚えがある。
飯田の直線は1km以上ある。

遠くからゴールが見えるので見余ってしまうのだ。

沢山の方に会えたが、ゆっくり対応する暇がなくて残念。
今はツアーオブコリアに行くために関空に向かう電車の中です。

久しぶりの韓国でもあります。
今回のメンバーはグロス、グレガ、元喜、石橋、ベルラート、ビオラ。
いいメンバーなので4勝しないと首にするぞとステファーノ監督に脅されています。

乞うご期待!  

Posted by fugushima at 10:01Comments(3)

グランモトーレ

途中ノルウェーに抜けたが、ジロデイタリアを最初から最後まで参加することができた。
人数も多いし余裕があるのかと思いきや、仕事の量もその分多く。
トラブルも多く。

選手だけでなくスタッフも疲れ切ってジロを終えた。
最終ステージのゴール。
普段はバスの中でテレビを見ながら選手を待つのだが、フランチェスコが見に行こうという。
たまにはいいなと思って、行ったのであるが
行きながら選手を迎えに行くという意味があったことに気が付く。
最後はゴール後の直線でオーロラビジョンの前で選手を待った。

2日前に下りで雪の壁に突っ込み大けがをしたグロスがあわやステージ優勝かと思ったが
捕まって、泣き崩れる彼をねぎらいながら
やはり、魅力的な選手をサポートするんのは楽しいなと思った。

そして、元喜を迎えに行ったわけである。
今年最初から、ジロを完走することを目標にしていた彼が完走したので
それは、有言実行で素晴らしいことである。

駆け付けた自分に彼が

「最後の1周、おろされたんですが大丈夫ですかね?」
「まじ!」出鼻をくじかれた自分のネットに出ている複雑な顔の裏には
「完走扱いになっているよな?!ここまで走って降ろされることなんてあり得るだろうか?今日のステージはまさかおろされるとは思っていなかったからオーバータイムチェックしてなかったけど、序盤、ゆっくりだったからタイムアウトは…」とシャンパンに酔った頭で必死に考えている顔です。

最終ステージも周回はとても危険で落車で3名がリタイヤした。
元喜も落車した傷がいたそうであった。
長い間最後尾を走っていたのは落車の影響もあった。

今回、自分はレポートを書くことが少なかったが
ある時は山の上で新聞と温かい紅茶を配り、ある時はバスでスポンサーの案内をし、ある時はチームカー。
ある時はカメラマンのアテンダントといわゆる何でも屋をしていたので、時にはレースの展開もわからないこともあり
大きなチームの歯車の一つなので、選手ほど書くことがないのです。

もちろん、チームカーにも乗りましたし、1日ですが運転もしました。


レースを終えて、マリオ第2監督とミラノに帰ったのですが彼が車の中で
グランツールの監督はグランモトーレでないといけないといった。

大きなモーターというわけであるが、選手、スタッフ、招待客などのロジスティックをしながら
全体を統制して、選手を管理する。

パソコンのようにたくさんのウィンドゥをひらいても固まらない余裕を持つ。
固まらないために、一つずつ確実に終わらせる。
まずは、自分をマネージメントしなくてはいけない。

そして、ユーモアも忘れずに…

自分はチームカーの中でコースの把握に必死になっているときに
毎週マリオは女性カメラマンに手を振っていたらしい。
そのことにも自分は気づかなかった。

まだまだ未熟である。
  

Posted by fugushima at 09:50Comments(1)

2016年05月22日

お久しぶりです。

ブログを見てくださっているかた。更新が滞ってすいません。
トレンティーノ、トルコ、ジロ、ノルウェイまでが明日で終了します。
フェリーで明日、ノルウェイからデンマークに渡り、車でデンマーク ドイツを縦断して、オーストリア、イタリアに戻り。
クネゴが山岳ジャージを守るジロに合流します。

ブログの更新がなかったのですが、NIPPO VINI FANTINIのページをはじめ、フェイスブックのボンシャンスのページなどに分散して投稿していたのです。
ただし、かれこれ18年ほど書き続けているブログは自分の思うことをかけるページ。
大切にしていきたいと思います。
とはいえ、監督となると そうそう本音ばかり書くわけにはいきません。
それは面白くないですね。

毎日、朝から晩まで働いて寝る毎日。
充実しています。
監督は車を運転するので寝るのも大切!
また、書きます。  

Posted by fugushima at 07:23Comments(2)

2016年05月04日

体が脳を動かす

ツールドトルコから直接オランダに入った。
トルコはとても好きな国だが、食事の味が濃くて後半は少々きつかった。
海辺のリゾート地を転々とするレースはその瞬間、その瞬間、とてもいい景色を見せてくれるが
佇んで思いにふける余裕も自分にはなく
忘却の彼方に消えていく。

自分にとって、楽しむ事は基本的に自由でなくてはいけないが
人を制約しなくてはならない立場の監督にとっては、まずは自分を制約しなくてはならず
その狭間で、楽しみを謳歌できなかったというのは当然と言えば至極当然のことである。

経験を積んで、余裕が生まれれば仕事をしながらでももっと楽しめるのであろう。

監督とは、同時に多くの事に意識を集中させねばならない仕事である。

車を運転しながらラジオツールを危機状況を把握するのであるが
選手をペーサーなどしているときはそちらに神経が行ってしまい、ラジオツールを聞き逃してしまうことが多々あった。

おふくろから勧められて聞いている「武田鉄也の今日の3枚おろし」で
脳がからだを動かすんじゃなくて、体が脳を動かすんだ。
と、自分が選手として学んできた事の逆を突く話があった。

オランダのホテルでジロのコースマップを頭にいれながら
途中で第1監督をするノルウェーの準備もする。

フランスの若い選手たちの情報はどんどん入ってくるし
子供たちは自分の帰りを楽しみにしている。

この生活を続けて行けば、余裕が生まれてくるであろう。
楽しみながら、みなと共に乗り切って行こうと思う。
  

Posted by fugushima at 00:58Comments(1)

2016年04月26日

カッパドキアより

ツールドトルコに来ています。
フェイスブックのボンシャンスのページにも載せたのでご覧になっている方も多いと思いますが
今回の一連の梅肉エキスの事で思うことがあったので載せさせてもらいます。
以下文章です。


梅丹本舗には自分は脚を向けて寝られません。
というのは、2006年暮れチーム解散の危機を救ってくれたのは、梅丹とNIPPOでした。
自転車を愛する社長が自転車のサプリを作り始めたのは、チームを救う為の口実でした。
ハッキリ言って、梅丹は儲け度外視で自転車選手をサポートしてきてくれた企業です。
古式梅肉エキスは梅丹の梅丹あるゆえんのエキスなので、これを外すわけにはいきません。
自分もレースの時はもちろん、東南アジアでお腹を壊しそうなとき、風邪気味の時、数多くの場で助けられてきました。
そして、今回の禁止薬物含有問題です。
梅丹の古式梅肉エキスは半端でないほど
濃縮されているので、今回の違反物質がエキスから検出されてしまったのですが、これはドーピングに陽性になる量と比べるとまったく桁が違います。
そして、今回違反物質が検出されなかったにもかかわらず、その他の古式梅肉エキスを含む商品も使わないでくださいというこの企業姿勢。
その理論でいうと、みなさん 梅干しを食べてもドーピング陽性になりますよ!
社長が頭を下げる姿を見て心が痛みました。
http://www.meitanhonpo.jp/…/wp-…/uploads/2016/04/hp_0421.pdf  

Posted by fugushima at 05:16Comments(4)

2016年04月22日

最近はNIPPOのホームページにレースレポート書いています。
お腹の膨らみと共に薄れていく選手気分ですが今年のレースだらけのプログラムは
自分にとって非常に良いことになっています。

今はトルコに来ています。
この国は何回か来ていますが、文化の交差点でとても気に入ってます。
とくにイスタンブールのガラタ橋の雰囲気がいいです。

自分の夢はガラタ橋で釣りをすること。

いつ叶うかなぁ。

  

Posted by fugushima at 18:26Comments(0)

老いたルーキー

長い間更新できずにすいません。 NIPPO VINI FANTINIに入ってから、飛ぶように月日が経っております。 日本に残してきた家族とも数日しか会えません。 フランスに残してきた選手たちにも数日しか会えません。 代わりに康司コーチに見てもらっています! 参加するレースもレベルが高く 仕事も分業されているのですが求められるものも多く。 常に気の張った状態で過ごしております。 今年はこういう年なのです。 先日、娘にビデオチャットした時の話です。 娘が開口一番 「パパ! 帰ってくるの?帰ってこないの?」 こうやって聞かれるうちが花なのでしょう。 「パパはね、まだいつか分からないけど。きっと帰るから」 昨日はジロ デル トレンティーノの第2チームカーを一人で運転して 逃げているベルラート選手のサポートをしておりました。 そして、レース後オーストリアからイタリアンボローニャに戻り 今日の飛行機でトルコにやってきました。 24日から始まるツールドターキーの第2監督をした後、直接アムステルダムに飛んで ジロのスタートに備えます。 そして、5月6日から始まるジロに帯同しながら、途中で抜けて5月18日〜22日までのツールドノルウェイの第1監督をして、それが終わるとジロに再合流。 ジロが終わってから、ツアーオブジャパンに途中から合流して(おそらく飯田ステージのみ) 6月5日から12日のツールどコリアの第1監督をする。 その後は全日本に備えて伊豆で合宿をして、全日本を終えて ほっと一息 もう初夏ですね。 はたから見るとすごいスケジュールですが、NIPPO ヴィーニ ファンティーニではスタッフの標準的なスケジュールよりも少し多いかなといった風な感じです。 選手時代も「老いたルーキー」と言われていた時期がありましたが、今でもその状況は変わりません。 また、ちょくちょくアップしていきますね!!   

Posted by fugushima at 00:25

2016年02月05日

突然の訃報

サンツアーも3日目。
きつい紫外線のなか、選手は奮闘しております。
チームスカイは序盤から強く、フルームは総合だけではなく
山岳賞まで狙っているので、なかなか隙がありません。
今日は小石選手が逃げて山岳賞を26ポイント獲得しました。
一緒に逃げていた選手が山岳賞獲得。
いいところで走れています。

チームからレースリポートの依頼を昨日もらったので
ホテルに着いてからパソコンを開いた。
まず最初に入ったのが、大学の自転車競技部で同期であった池田君の訃報だ。

白馬でペンションをしながら雪崩の研究をしているとは聞いていたが、卒業後
会っていなかった。
同じ大学の医学部生であった、仲の良かったお兄さんを山でなくしてから
自転車から姿を消してしまった。

彼は赤いランクルを乗り回して、一度
「駒ヶ根林道でランクルが横転しちゃったよ」
なんて、大学まで歩いて戻ってきた彼の車を起こしにみんなで行ったことがある。
その時の理由がダートをランクルで下っていて
鼻をかもうとして手を放したら、ハンドルがすごい勢いで回り始めて
つかんだら手を火傷した。
その後横転したらしい。

そんな彼も雪崩の研究では第一人者になって本まで出していた。

昨日、大学で集まった時に次は池田のところで集まろう(彼の消息をだれもつかんでいなかったので)なんて
言えるほど、20年以上あってなくても話題に上る奴だった。
もう、彼には会えないし、昔の話もできない。

自分はこのままヨーロッパに戻るのでお葬式には参列できない。
レポートを書くにも、まずこの事を書かないと、筆が進まないので書かせていただきました。
私事ですいません。
  

Posted by fugushima at 20:32Comments(0)

2016年01月16日

素晴らしい環境

NIPPOVINIFANTINI合宿

イタリアに来てはや8日間がたとうとしています。
今回は日本人が選手3人、スタッフ6人と多いため、日本語を使う機会も多いです。
チームプレゼンは非常に華やかでした。
普段の練習もクネゴとガルゼリというジロの総合優勝者2人を含む環境。
監督のジュリアーニとマンゾーニともにジロのステージ優勝者と
世界のトップが非常に身近な存在は自分を含め若い選手にとっては
なかなか得難い環境です。

そんなか、緊張感を持って過ごしています。

そんな、緊張感から解放されるのが夕食時のワインでしょう!

こちらに来てから、毎晩ファンティーニのワインが出てくるのですが、自分も随分と飲んでいます。
美味しいので毎日飲んでもまだ飲めます。

NIPPOがスポンサーしてくださっているお蔭でこのような素晴らしい環境で働けることに感謝しながら
いかにこの状況をさらに良くするかを考えて過ごしていきたいともいます。
(もちろん、ファンティーニもお蔭でもあります)

マルセイユでもいい経験が出来ましたが、プロコンチは選手17人に対してスタッフだけでも27人。
大所帯です。

いままでいい練習が出来ていましたが今週末は天気が崩れて雪の予報です。
最終日、日曜の練習はキャンセルになりました。

自分はこの後、オーストラリアのカデルエバンスとサンツアーに行くのですが、その前にフランスのノルマンディーに戻り選手受入れの準備をしてきます。

ノルマンディーはマイナス4度!

お土産のワインを持って里帰りです。
チームのウェブサイトは
http://www.nippovinifantini.com/
イメージビデオや華やかなプレゼンの記事が見れます。  

Posted by fugushima at 01:57Comments(1)

2016年01月03日

謹賀新年!

今年もよろしくお願いします。

やはり、自分は日本人だと実感する時は
お雑煮を食べてうまいと思う時
風呂に浸かって大きなため息をするとき
そして、正月を厳粛に迎えたいとき

今まで、フランス、タイ、香港、オーストラリアなどで新年を迎えた事がありますが
やはり、正月は日本で迎えるのが一番!
なんだか、年を越した気がするんですね〜
(選手時代はどうしても正月太るので、タイで過ごしていました)
なんだか、空気が引き締まった感じがするのは自分だけなのでしょうか?

大みそかはやはり紅白の、みんな盛り上げようと頑張っている姿をみて
ほのぼのとするのがいいですね。

さて、皆様に報告があります。
日本に戻り、僕の家族は大阪の箕面市に住むことになりました。
これから、海外遠征が続く中 祖父祖母の家の近くの方が安心できるからです。

ボンシャンスは今まで通り、長野県飯田市を中心に活動していきます。
今年はチャンピオンシステムに加入していた徳田鍛造選手、昭和第一高校出身 中村圭祐選手などが加入します。

徳田選手は自分の古巣である フランスのトップアマチュアチーム ノジョンチームに、中村選手はフランスのディビジョンナショナル3のチーム。ECアブビルに加入します。
また、日野竜嘉選手は北部のジュニアの名門チーム、「オリンピック グラン サント」に所属することになりました。
現在、日本ではJプロツアーで各チーム年間100万円を払って、出走料がかからないというシステムになりましたが、こういうシステムでは海外に選手を送り出しているボンシャンスのようなチームにとっては、なかなか厳しいものがあります。
実際、現状では―23の選手がJプロツアーで勝つのは非常に困難であり、Jツアーの下のカテゴリーで優勝を狙って走った方がいい経験になるのですが、上の層が薄いため、Jプロツアーにすぐ上がれてしまうという難点があります。

ボンシャンスは今まで通りE3からE1に上がって行き、そこから先は有望な若者はフランスのアマチュアレースでステップアップしてプロ※入りを目指す、という方法を貫きたいと思っております。

今年はフランス ノルマンディーの住み慣れた土地 オマールに家を借りて選手を育成していきたいと思います。
この家ではNIPPO VINI FANTINIの選手とボンシャンスの選手がともに寝食をともにしながら暮らします。
有望な若手でしたら、最短 2週間から受け入れますので希望する方は
allezallezbonnechance@hotmail.com
まで

というわけで
今年はフランス、イタリア、大阪、飯田を激しく行き来する1年になりそうです。

今年もよろしくお願いします。

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Posted by fugushima at 19:39Comments(1)

2015年12月28日

年の瀬に

自転車が全てじゃないことが解った。
昔、引退したオランダの選手に引退後何が変わったかを聞いた時の答えだ。

そして、それを聞いた後も
自分は自転車が全ての生活を20年間続けて、現在に至る。

若い選手にこういうことを言うべきではないかもしれない。
しかし、この言葉で人生が変わるようであったら
やはり変わるべき人生であったのであろうと思う。

自転車は奥が深い。

NIPPO VINI FANTINI イタリアの合宿に参加して思ったが
学ぶことばかりだ。

イタリア語も奥が深い。(ついでにローマ史も…)

そして、今の自分は、選手を引退した時点で自転車が全ての生活は終わっている。
監督業(仕事)と自転車に乗ること(心と体のメンテ)は真逆である。

他の人と同様に自分にとって、自転車とは乗るものである。
監督はレースが多ければ多いほど、自転車には乗れなくなるものである。
  

Posted by fugushima at 00:08Comments(0)

2015年12月11日

ハノイ弾丸ツアー

ベトナムのハノイにありますブリヂストン ハノイの竹野さんに招待していただき
ハノイにサイクリングに行ってきました。
ブリヂストン ハノイさんはボンシャンスのスポンサーを去年からしていただいております。

ベトナムは3回目の訪問ですが、やはり東南アジアに行くと心が和みます。

現地の日本人のサイクリスト一緒に片道180km走って、サムソンビーチまで走っていったのです。
雨の中、数回の休息をしながらの行程でしたが
自分は久々に自転車に乗れるのが楽しくてあっという間でした。

夜 現地のクラブの人に強いお酒で歓迎をしていただいて、

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翌日、(天気は回復しました)帰ってきてそのまま飛行機に乗るという
あわただしい日程だったのですが、本当に楽しかったです。

現地に駐在なさっている方はみなさんとてもパワフルで、話もあうので
また行きたいと思います。
出国の前にいただいた焼肉を食べながらの、笑って腹筋が攣りそうになりました。
その感覚 久々でした。

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Posted by fugushima at 15:17Comments(3)

2015年11月24日

ツールド玉川

日本に無事帰国しました。
フランスではテロの脅威が渦巻き、人々は恐れながらも戦う姿勢を見せています。
もちろん、テロほど卑怯なものはありません。
しかし、撲滅できるものでもありません。
恨みの連鎖の先に平和は訪れません。

自分の考えでは、もともと植民地政策でヨーロッパの列強が多くの国を植民地化してきたこと。
そして、アメリカが中東に欧米の合理主義を持ち込んで介入した「つけ」がまわってきていると言わざるを得ません。

自分の恐れることはこのテロが宗教間の争いに発展することです。
僕はどちらの側にも立たずにできるだけニュートラルな姿勢を保っていきたいと考えています。

やはり、大切なことはお互いに対するリスペクトです。


さて、帰国して2日後にJOCやJCFへ研修の報告に上京して、翌日愛媛に飛びました。
ツールド玉川に参加するためです。

日本のイベント参加は2年ぶりです。
幸也、小森亮平とも久しぶりの再会

イベント自体は地元の方々のホスピタリティーを感じられる非常に楽しい内容で
招待選手という立場では、サービスをする立場なのですが、純粋に地元の方々の暖かさに触れて自転車を楽しめた2日間でした。

コースは田舎の道を占領して走れる区間も多く、しかも獲得標高は1600m、景色のいい中食べる獅子汁は最高!

まるでタイ合宿をほうふつとさせる、和やかなイベントでした。



  

Posted by fugushima at 10:26Comments(1)

2015年11月09日

さよなら南仏

スイスのUCIに監督のライセンスを取りに行った後、2年の研修を終えて帰国します。
住み慣れたオバーニュとも明日でさようならです。
この2年間は非常に自分にとって悩ましい2年間でした。
選手生活を終えてフレッシュな状態でやってきたわけですが、選手気分が抜けきらないために
ジレンマを感じ、また生活するための手続きに追われ。
自分が選手時代に所属したチームであったら幾分か楽であったと思われる点も多々ありました。
子供たちがいる間は、とにかく事故に遭わないようにびくびくしていたのですが
一足先に家族を日本に戻した後は、町を歩いていても子供たちの影ばかりがちらつく状態になり
家族でフランスで過ごした日々がかけがえのないものであったことに今気が付いたのでした。

一人この町に戻ってくると街の風景がまったく違ってみえる。

子供がいるおかげで、多くのところに行って、多くの人に会い。
町に溶け込めていたことに気が付きました。
子供もいきなり、フランスの学校に放り込まれて大変だったと思いますが
大変さの基準がない 子供たちは文句も言わず楽しそうに通っておりました。

路上にバイオリンを弾いてお金を集めている人がいました。
彼の姿に魅かれてサイドミラー越しに写真を撮ったのですが
どこの世界も同じですが生きていくことは非常に大変です。

子供の時は大人というものはしっかりしたものだと思っていました。
それは、自分の周りにしっかりした人が多かっただけだったというよりも
自分が大人を過信していたんだ。
と言うことが分かりました。

大人でも恵まれない人はいるし、子供よりも大人は救いようがない。

世の中には完璧な人間などいない。
そして、完璧になれない人間であるからこそ、お互い補い合って生きて行かなくてはいけない。
だからと言って、だれでも家に招き入れることはできない。

そのジレンマが今移民が大量に流入しているヨーロッパの苦悩なのです。

この2年間は研修制度のおかげで非常に恵まれた有意義な2年間でした。
来年から、本当の勝負が始まります。
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Posted by fugushima at 03:42Comments(1)

2015年10月23日

忙しいオフの予感

ご無沙汰しております。
僕のマルセイユでの研修も残り1か月を切りました。
早いものです。
先日、日本で発表になりました通り、来季はNIPPO VINI FANTINIで監督をすることになりました。
自分はプロコンチレベルのチームで走ったのは、プロになった最初の年
ベルギーのマルルクスチームだけでしたが、こうやってプロコンチのチームの監督ができることは
非常な喜びであると同時に、プレッシャーでもあります。

コンチネンタルチームの中にもプロコンチで走る選手よりも強い選手がいて
プロコンチやワールドツアーのチームを負かすことがあります。

自分もコンチネンタルに所属していましたが、自分はプロとして標準的な力はあると自負して走ってきました。
ただ、それ以上でもなかったし、プロコンチチームで走る機会はありませんでした。

しかし、世界のトップのレースはコンチネンタルのチームには開かれていません。
プロコンチ以上のレベルで活躍し続けることは力の証明であるのです。

今のところ、このレベルに居続けられているのはフミと幸也の2人のみです。

この人数を増やすことが僕の課題です。

そして、幸也も言っていましたがイタリア語も練習しなくてはなりません。

忙しいオフになりそうです!

がんばるぞ!
  

Posted by fugushima at 02:55Comments(3)

2015年09月15日

馬鹿親の親ばか

ブログをチェックされていた皆様
すいません。
友人から誕生日のメッセージのお祝いと共にブログを更新してくれというメッセージをいただくと
嬉しい反面 非常に申し訳なくなる。

元気にやっていました、
最近、バイシクルクラブなどの執筆もあり、日記を書くタイミングで
やはり、このネタは連載にとっておいた方がいいんじゃないかなんてことを考えているから
遅れているわけです。

ここは素直にすいません。

先週は萩原選手が1週間ほどマルセイユに合宿に来てくれていました。
なかなか、練習パートナーが見つからず
自分がお相手していたのですが、おかげですっかり調子が良くなってしまいました。

子供たちも随分と遊んでもらってすっかりなついておりました。
そして、昨日彼女がマドリッドで落車、鎖骨にひびが入ったニュースを聞きました。

今シーズン、大躍進した彼女ですからしっかり休養を取って来期に備えてくれると思います。

という訳で
その昨日は自分の44回目の誕生日で近くにある遊園地に家族を連れて行ってきました。
子供たちは大喜び。
その喜ぶ、子供たちを見て自分の事のように嬉しかった自分ですが
妻に怒られた事がありました。
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どうやら、2枚目の写真の方が正解のようです。

こんな、子供達ですがたくましく育っております。

ちょっと、長女が走り書きした絵が良かったのでスキャンしてみました。


彼女の絵の登場人物はいつも笑っています!
親ばかですね
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Posted by fugushima at 07:52Comments(4)

2015年08月29日

小舟の船長の思い付き

岡本太郎さんの言葉に
「人にとって成功とは、自分の夢に向かって自分がどれだけ挑戦したか、努力したかということではないだろうか?」という節がある。

資本主義とは人の嗜好にあったものが成功する。
だから、数字が大事になってくるのであり、数字が稼げないものは淘汰されていく。

そして、今は世界中がこの数字に翻弄されている、。

この数字というものは人間が造ったものだ。

人工のものの反対は自然であるが
自然と書いて
自分の然るべきある姿
という風に解釈もできる。

人工なものは長持ちしてたかだか1000年。
自然が作ったものは、それが自然である限り
永遠と続く。

もともと、自然の対義語に人工を持ってくるなど、人間の傲りのほか何物でもないのではないだろうか?

周囲の嗜好に合わせて生きれば、もしかしたら 夢によっては叶うかもしれないが
世の中そう甘いものでもないから、やはり 夢中になれることに打ち込んだ方がいいのではないかと悩む、小舟の船長。  

Posted by fugushima at 18:33Comments(0)

2015年07月30日

調子が上がってきました。

最近、自転車に乗る機会が増えてコンディションもアップしてきました。
というのは、ここ2週間ボンシャンスの日野竜嘉選手がフランスに来ていたのだ。
ついて3日めに参加したジュニアのステージレースでタイムトライアル、ノーマル使用で37位。
午後のロードは1周目に落車したのち、残り2周で集団から遅れる。
ジュニアの監督はいい選手だとほめていた。
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そして、帰国前日に参加したロードレース(第2、3Jカテゴリー)では18位(ジュニア2位)で完走。
12人の逃げに乗れなかったのが残念であるがいい感触を残して帰っていった。

たった2レースの参加でもったいないところもあったが、今回の目的は見ること。
最初から優勝などは期待していない。
もちろん、かつての自分がそうであったように、参加するすべてのレースで優勝するつもりで走ってほしいところだが…

そういう意味では、言葉が話せないと どうしようもないことをちゃんと理解して対策を練ってこいよと話しておいた。
しかし、のど元過ぎれば熱さを忘れるもので、帰って日本人スイッチを入れてぼーっと過ごす選手も多い。

そういう選手には教えないことにしている。

困り度が足りないのか、向いていないのか、どちらかであろう。

写真は社会見学!
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Posted by fugushima at 06:24Comments(0)

2015年07月20日

夏真っ盛り

先週までツールドオーストリアに行っていました。
バイシクルクラブに書いたので興味のある方は見てくださいね。

オーストリアを終えてチームも一休み。
ツールドフランスをテレビで見る毎日である。
レース界に詳しくなればなるほど見るものは多い。


自分にとって、ツールを見て情報をえるのも大事な仕事の一つ。
自分と一緒に走っていた選手もベテランに数人残っているだけです。
アレドンドも走っていますが去年のジロほど活躍できていません。
タイミングもあるのですがそれほどツールは厳しいのでしょう。

今、ボンシャンスの日野竜嘉選手が2週間の予定できています。
今日はリオンの北で1日2ステージのレースにラポムのジュニアのメンバーと参加。
タイムトライアルは30位前後と健闘したようですが、午後のステージでは最後2周で遅れてしまったようです。

まだ、フランスについて4日ほどなので少しきついものがあったようです。
彼には、もちろん成績を出せるに越したことはないのですが
まずはフランスの空気を吸って、同じプロを目指す選手と同じ飯を食って
集団の中に入って、肌で自分の目標を感じてもらえればそれでいいと思っています。

彼が何を感じたかを聞くのが楽しみ。
来週はツールも近くに来るので家族を連れて行ってみようと思っています。  

Posted by fugushima at 02:57Comments(1)