2018年01月27日

人生は蟹の穴掘り

多忙と暇

今はスペインの合宿中だ。
先日、イタリアでチームプレゼンテーションをすまし、翌日 ペスカーラから、ベルガモ経由でスペインのヴァレンシア空港に入り合宿が始まった。
そうかと思ったら、3日後に自分はヴァレンシアからボローニャにとび、イタリアの監督の資格を取りに行き。
1日で終わってから(無事資格を取ることができました)その夜にベルガモからまたヴァレンシアへ。朝の1時に合宿先のカルペの宿に入り、その翌日から今日まで毎日選手の練習にチームカーでほかの監督と帯同して、終わったら今期のレースの準備の日々。
 非常に充実した日々の中にも家族に電話をかける時間、ランニングをする時間を設けて体重も落ちてきました。

 今日は少し早めに部屋に戻れたので、トイレで思いついたことを書いてみます。
 こういった多忙な日々は、余計なことを考える暇さえ与えてくれません。
 とはいっても、自分はまだ余裕がある方でマンゾーニ監督は日々のプログラムと練習コース、年間プログラム、レースの下調べ、選手のコンディション。選手スタッフの送り迎えのプログラム、配車など仕事が集中していたので、食事と夜の散歩の時間以外は常に頭がいっぱいで今自分が書いているような余計なことをする時間はなさそうです。

ただ、自分はこのように多忙な日々の中にもふと海辺にいって波打ち際で波を見ているうちに小さな生き物の生活を垣間見るといった時間を大切にしたい。
しかし、アリカンテの海というのは非常に長くてきれいなビーチであるのですが閑散期で人がいないのはいいとして、砂浜に生き物すら見当たらない。釣り人も全然釣れていない。これはヨーロッパ全体に言えるのですが非常に無機質な感じがする海なのです。

そんな海を眺めながら(この浜辺に見当たらない)蟹は毎日潮が満ちたら埋まってしまう穴を掘るのに忙しいですが、生きていることにも何の疑問もなければ、生き甲斐なんて全く関係がないわけで、ある意味非常に理想的に見えます。
迷いがない事は美しい。しかし、人間、余計なことを考えるから人間らしいともいえる。蟹も意外とふと波打ち際で潮が満ちたら埋まってしまうアジトを丁寧に作りながら、自分がやっていることの意味なんて考えることがあるのでしょうか?
ただし、人間もスパンは違えどやっていることはさして変わらない気もする。
などと、暇がありすぎると余計なことばかり考えて、そういうのは精神衛生上良くないのですが、この忙中閑あり。この時間でこれからもまたしょうもないブログを書いてみようと思った次第です。



Posted by fugushima at 06:53│Comments(0)

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