が泣きながら息子の顔をなでる。
先日、ナーソンで亡くなったウアンの母親のパーソワエの小さくなった背中が思い出される。
自分の子供に先立たれる親の気分を考えると、自分の4人の子供たちは無事、大きく育てたいと祈る気分になる。
それから、オギが火葬の部屋に移動して、自分たちは別室で2時間ほどカラオケのお経を聞きながら待った。
外に出ると、野生の九官鳥が屋根の上にいて鳴いている。
緩やかな丘陵地帯。
そして、オギが白い小さいツボに入って出てきた。
外に出て、埋葬する場所に移動。穴にオギのツボを入れて順番にスコップで一掬いずつ砂を入れる。一巡すると
どこから大量の砂を持ってきて一気に埋めて、石を置いて花を飾って皆は戻っていった。
自分はここで初めて1枚の写真を撮った。

帰りの車の中も皆は終始無言だった。

オギの娘さんは韓国人のフィアンセと一緒に来ていた。
まだ、婚礼の予定はないが、韓国でスポーツマネージメントを勉強しているらしい。
母も娘も気丈な人たちだ。

ウランバートルに戻り、オギの墓所の場所の場所を調べるとウランバートルから50kmも離れていた。

午後は、チンギスカンのモニュメントにアギとビルグンと彼の友人と案内された。
どでかい像の中にはモンゴルの人の生活が再現されていたが、人間以外の動物はすべてはく製で、子犬なども妙にリアルであった。
日本であったら、動物愛護団体が黙ってはいないであろうが、ここモンゴルは全く問題にはなっていない。
人と売り見終わった後に、アギが自分に伝統的な衣装を着せて地下の王座で写真を撮った。

怒った顔でとか、いろいろリクエストにこたえたができてきた写真の出来があまりに良かったので現在のフェイスブックのプロフィール写真にしている。
そして、夕食はビルグンの家に招待された。
アパートの一室にあるその家は決して裕福ではない。
部屋の真ん中にカセットコンロに圧力釜が置いてあり、中にグロテスクな羊の肉がかなり大きな塊で入っていた。
その量が多いうえに大きな油の塊を皆かじっている。
ビールを飲みながらの歓待であったが、自分も後半はかなりきつかった。
昔、祖父のお葬式の後におばあさんと親せきと焼き肉を食べに行って、参加していなかった本家のお兄さんに「火葬場の帰りに焼肉なんて」と言われたこと思い出した。

のちにフランスでテストを受けたガンツムールの体脂肪が15%もあったという報告を受けたが、モンゴル人は寒いところだから脂肪は蓄えなくてはいけないのはわかるが、選手としてはかなり改良するところがある。
その内、母親がガードマンの格好をして出かけて行った。
帰りにアイリッシュパブによって、僕と唯一の海外からの参列者 香港からのコリンと散々飲んだ。
コリンがふといった。
「オギがシートベルトをしてさえいれば、死んではいない」
シートベルトをしていなくて車外に放り出されたそうだ。発見されたときにはすでに息絶えていたらしい。
なんとも、いたたまれない気持ちを抱えたまま、翌日、ウランバートルを後にした。
オギは格別心に残るのは、彼がモンゴルの選手の為にすべてをしていたからであろう。
自分はモンゴルにおいては彼の協力者に過ぎなかった。
今回、彼の死をきっかけに訪れることになったウランバートルであるが、彼のスピリットと人脈を受け継ぐことになる。
52歳と若くしてこの世を去ったオギ。彼が遺したパワーが自分の推進力になる。
少なくとも、彼の力を引き継いでいるのは自分だけではない事がわかった。