2009年03月28日

遺骨収集レイテから戻る〜御遺骨収集基金設立へ〜


 昨年から始めた遺骨調査ですが、今回は「遺骨調査」から念願の「遺骨収集」となった。3月17日、日本出発。フィリピン・セブ島へ。3月18日、セブ島から船に乗り込みレイテ島へ。これでレイテ島は二回目となる。まずオルモックに上陸し、ここを拠点に玉砕地となったカンギポット山などでの遺骨調査に収集活動開始。

レイテ島の村々を巡り遺骨に関する情報収集を行う。右・倉田宇山氏
レイテ島の村々を巡り遺骨に関する情報収集を行う。右・倉田宇山

カモテス諸島、ポロ島の海岸付近で無数のご遺骨を発見
カモテス諸島、ポロ島の海岸付近で無数のご遺骨を発見

 今回の最大の目的は今まで発見したご遺骨を祖国に帰すことである。昨年までは、発見しながらも当時の様々な事情により我々民間団体によるご遺骨収拾は禁じられていた。空援隊の倉田宇山氏はじめ多くの隊員と悔しい思いをしながら我々、空援隊の隊員だけで帰国しなければならなかった。

 しかし今回は厚生労働省、外務省の許可を頂き民間団体によるフィリピンでの遺骨収集が可能となった。空援隊による強い要望もあり、厚生労働省は昨年11月、フィリピンでの遺骨収集に限り、鑑定士による鑑定がなくても地域住民の証言によって持ち帰れるようにすると大きく方向転換した。

 そもそもバラバラに飛び散っているご遺骨を日本人であるのか、ないのか、と鑑定すること自体に無理があったように感じる。ご遺骨と一緒に発見される遺留品(日本軍が使用していた武器や水筒、薬などの所持品)からみても、日本の将兵のご遺骨であろうことは容易に想像できるが、祖国日本は「状況判断では認めない」となり、その見解が遺骨収集にとって最大の障害となっていた。

 我々のような主に現場で活動する団体とお役所とでは時に温度差が生じ、また立場の違いなどからすれ違うこともある。えてしてそういうものですが、大切な事は仮に部分的であろうが一歩一歩共に歩んでいく努力であり姿である。今回はご遺骨収集後に行われる焼骨式から政府派遣受領団(厚生労働省援護局の職員2名)が合流。私たちが願っていた官民の連携がようやくスタートした。

P1030171御遺骨を部位ごとに分ける


御遺骨を部位ごとに分ける

 国から許可が出続けないのでれば、こっそりと隠しながら非合法であろうとも、ご遺骨を日本に持ち込むことも最終手段として可能であろうし、またそんな事を考えていたのも事実です。しかし、お国のために亡くなった英霊たちをまるで犯罪者の如くこっそりと帰国させるのは彼らに対しこの上なく失礼だ。「60年間、お疲れ様でした。お帰りなさい」と正式にお迎えするべき。故に祖国から理解を得て一緒に帰国できることになった事がなによりも嬉しかった。

 この度の空援隊御遺骨収集団は2班に分かれて活動を行った。1つは冨田一也さん(ルソン統括事務所長)率いるルソン島を中心にしたルソン班。そして私が参加したレイテ班(レイテ島・カモテス諸島・セブ島)。

 レイテ班の参加者は9名(倉田宇山、小林元喜、藤岡誉司、野口剛、湯山由美子、坂井勝千代、西村秀一、鳥羽ひより)。

 倉田さんはNPO法人空援隊の設立代表発起人。空援隊は「何が何でもご遺骨を祖国に還す」という倉田さんの強い想いによって設立された。西村さん、鳥羽さんは倉田さんと共に歩んでいる空援隊のスタッフ。
小林元喜は野口健事務所のスタッフ。藤岡さんは大阪でハーレーダビッドソン(オートバイ)を販売している。昨年10月に続き今回で2回目の参加。湯山さん、坂井さんは横田米軍基地で勤務。野口剛さんは私の行きつけのお寿司屋さん(金多楼)の若旦那。

バラバラに砕けたご遺骨
バラバラに砕けたご遺骨をホテルに持ち帰り何体分になるのか細かく調査が行われる

 昨年10月にレイテ島で発見し確保していたご遺骨と再会し、個体数の特定のためにご遺骨の部位分け作業を行う。頭、手、足、背骨、など部位ごとに分ける。なにしろバラバラに砕け、また全てがそろっているとは限らないご遺骨であるから個体数を割り出すのに時間がかかる。例えば右足が一本しかなくても左足が二本あれば二名分とカウントされる。可能な限り何人分のご遺骨なのか把握するためにも細かく砕けた部位ごとに分ける緻密な作業が必要なのだ。

前回、レイテでのご遺骨調査で発見されたご遺骨
前回、レイテでのご遺骨調査で発見されたご遺骨

国立博物館職員によって個体数の特定が行われる
<国立博物館職員によって個体数の特定が行われる


 ご遺骨の個体数を特定し、公正証書とご遺骨証明書を取得してから焼骨式が行われた。鳥羽ひよりさんによる「君が代」演奏に涙した。あの灼熱地獄のジャングルの中で聴いた君が代は生涯忘れることができないだろう。振り返ると小林も藤岡さんも同じく涙であった。

空援隊隊員、鳥羽ひより氏による「君が代」吹奏
空援隊隊員、鳥羽ひより氏による「君が代」吹奏

焼骨式に準備
焼骨式に準備


こうしてご遺骨の焼骨式が始まった
こうしてご遺骨の焼骨式が始まった

 今回は我々が収集したご遺骨はルソン島232体、レイテ島23体、カモテス諸島(ポロ島)45体、セブ島187体の合計419体。1月には空援隊が調査した500体ものご遺骨がすでに帰還されているので3ヶ月間で1000体を超えた。今までフィリピンに限らず戦場となった世界各地から日本に帰還するご遺骨は年平均600体。したがってこの空援隊による1000体もの収集は過去を大きく上まった。

あまりにも永かった60年間・・・
あまりにも永かった60年間・・・

 今までの遺骨収集と空援隊との違いはどこか。まず空援隊が徹底して行ってきたのは現地での情報収集。セブ島やルソン島に現地事務所を設置し、現地のスタッフによるフィリピン中を歩き回り情報提供を呼びかけている。闇雲にジャングルを歩いてもご遺骨がそう簡単に見つかるわけではない。戦争当時、日本軍と戦ったフィリピン兵士や村人などの証言を集めその現場を1つ1つ巡る。この情報が途絶えるとご遺骨収集は極めて困難となる。したがって我々が焦っているのはあと5年も経てば当時を知る人々が確実に減っていく。故に情報が集まりやすいこの5年間が勝負なのだ。

焼骨後のご遺骨を集める
焼骨後のご遺骨を集める

 時にお役所から見れば空援隊のやり方は強引にうつるのかもしれない。しかし、私はこの問題は、決意の問題だと感じている。何が何でもご遺骨を日本に還すのか、それとも還さないのか。強い決意と覚悟があればたかだか数ヶ月間で1000体ものご遺骨を帰還させることができたのだ。逆に消極的ならばやらない理由を探すだろう。

 国のために命を落とした英霊たちを国は野ざらしにしている。にも関わらず、多くの日本人はご英霊の存在すら忘れている。また私たちが遺骨収集を行っているのは英霊やご遺族のためだけではない。国のために命を賭けた人々に対して敬意を払わなければ、これから一体誰が国のために命を賭けるのか。そんな国はいずれ滅びるだろうに。

 実際にこのようなデーターがある。2000年の電通総研の調査によれば「国のために命を賭けられますか」といったアンケートに日本人は15パーセント、ドイツ人は33パーセント、アメリカ人は63パーセント、ロシア人は63パーセント、韓国人にいたっては75パーセントだ。愛国心を強要するするつまりは毛頭ないけれど、祖国を愛せないのは悲しいことです。我々、空援隊はこれからの日本のためにも遺骨収集を続ける。

 7月25日、ご遺骨と共に帰国。驚いたことに成田空港に小島敏男先生(自民党副幹事長)、戸井田とおる先生(自民党・厚生大臣政務官)、中山泰秀先生(自民党・外務大臣政務官)、泉ケンタ先生(民主党)、安部知子先生(社民党)といった政治家の先生方がご遺骨のお出迎えのために整列されていた。そしてメディアの数々。やっとやっとこれで堂々と凱旋帰国できたのかと思うと、グッと込み上げるものがあり、取材にも声が出なくなり、記者会見では不覚にも涙してしまった。

レイテ島 229
やっと日本の土を踏むことができました


 来年度の収集目標は2500体。厚生省に対し収集活動費に関する予算を付けて頂きたいと要望し、またこの問題は国のみならず全ての日本人、また日本社会にも関係があると私は強く感じています。帰国後、成田市内で記者会見を行い「御遺骨収集基金」設立を発表。基金を通してご遺骨の措かれた状況を訴え、多くの日本人と一緒になって一体でも多くのご遺骨を祖国日本に還したい。

DSCF0970
帰国後の記者会見
 
 帰国後、自民党本部にて遺族会会長の古賀誠先生と面会。国の協力をお願いしました。古賀先生のお父上もレイテで戦死されていらっしゃる。「野口さんたちの活動に対し遺族を代表して感謝します。私の父も喜んでいるでしょう。これからはいつでも相談してください。精一杯対応させて頂きます」と、そして靖国神社に参拝。

P1030339
古賀誠先生と


戸井田と野口3
厚生労働大臣政務官の戸井田とおる先生にご報告と今後のご協力をお願いした

P1030323
靖国神社に参拝し、今回の活動活動報告を行った


空援隊はこれからフィリピン全土で調査を行う。私もヒマラヤから帰国した後、空きからフィリピンでの活動に合流したい。


 最後にレイテ島に住まいを構え遺骨を捜し続けている青木和子さん(82歳)の言葉を紹介したい。

レイテで遺骨調査を続けてきた青木和子さん
レイテで遺骨調査を続けてきた青木和子さん

 「私の兄は21歳の時にレイテで戦死しました。何一つ、還ってこなかったんですよ。私はこの30年間ずっとレイテで兄を、日本兵のご遺骨を、探し続けています。遺族にとっては指一本でも見つけ日本に返したいんです。それが遺族の気持ちです。それなのに国はなにもしてくれない。国のために死んだのに、そんな国ってありますか」


御遺骨基金の振込先
  三菱東京UFJ銀行 京都支店  
  普通口座 6816051
  口座名 トクヒ)クウエンタイ
お問い合わせ窓口は 空援隊事務局 電話075−321−4661になります。

以前に参加したご遺骨調査の詳細はこちらから
2008年3月「遺骨調査団に参加して」
2008年10月レイテ島・遺骨調査の報告

毎日jp 野口健さん:海外戦没者の遺骨収集 比で活動開始

毎日jp 野口健さん:比で419体の遺骨収集 声詰まらせ帰国


kokka
御遺骨収集に対する思いを本の中でも書いておりますので、
こちらも是非ご覧ください。
日経プレミアシリーズ
「自然と国家と人間と」本体 850円(税込893円)
発売元:日本経済新聞社



2009年3月27日 野口健


fuji8776 at 00:55│Comments(16)TrackBack(0)遺骨調査 | 戦争

トラックバックURL

この記事へのコメント

1. Posted by 野口剛   2009年03月28日 01:16
健さんお疲れ様でした。健さんの心労が一緒に活動中、何度も目に見えました

今回の遺骨収集活動を通して一人でも多くの人の胸に戦争の悲惨さや遺族の無念が伝わりますように…
2. Posted by れんママ   2009年03月28日 02:35
空援隊の収集部隊のみなさん、本当にお疲れ様でした。現場で汗をかく人間が一番偉いといいますが、今回の様な危険な場所では尚更で、頭が下がります。
全ての御遺骨が帰国する事は不可能ですが、「何が何でも御遺骨を祖国に還す」という想いが、犠牲になった方々の魂の浄化を助けるのだと、私は思っております。
時間との戦いですが、一体でも多くの御遺骨が帰国出来る事を切に願います。
また、国を愛する教育を受けず、国歌・国旗に敬意をはらわない教育者がはびこる中、焼骨式での君が代が流れる件では、読んでいるこちらも思わず涙が出てきました。
3. Posted by とうふ   2009年03月28日 03:03
野口さん、そして御遺骨の収集に心血を注いでいただいた方々に感謝いたします。
おなじく、現戦地であった硫黄島。
今もアメリカ軍の舗装した滑走路のしたに無数の御遺骨があるとのこと。
レイテと違って硫黄島は東京都です。
今まで以後遺骨の収集が行われなかったことがおかしいのですが、関西の青山繁晴さんの出演なさっている番組によると、
この度予算がつき、アスファルトをはがしての遺骨収集が始まるようです。
もし関心がある方がおられましたら、Youtubeで『青山繁晴 硫黄島』で検索すると関連の動画が見ることが出来ます。
現在の日本からすると、私を含め多くの方が実際に想像すらできないような過酷な状況のなか、
今の私たちのために戦い、亡くなられた英霊たちが日本へ帰ってくるのとリンクするかのように、
日本でいろいろなことが露呈し、変化しているような気がしてなりません。
英霊たちの遺志を引き継いで、次世代に素晴らしい日本をつなぐことが出来るようがんばりましょう。
4. Posted by サムライ   2009年03月28日 08:07
今までで見た最も厳しい野口さんの表示です。とっても悲しい目もしています。知ることとは背負うこととは野口さんのお言葉ですが、野口さんは日本や世界のために多くを背負いすぎています。帰ってきてから病院に運ばれたとも聞いていますし、あまり自分を追い詰めないでください。明日からヒマラヤにご出発ですね。無事に帰ってきてください。日本最後のサムライはまだまだ散ってはなりません。生きて生きて生き続けてください。
5. Posted by いちご   2009年03月28日 10:05
5 本当にお疲れさまでした.健さん そして健さんの周りの方々に敬意をはらいます…あまりにも過酷な状況を中央突破する事は相当なエネルギーが必要ですね… かけがえのない健さんです 火だるまになっては.元々がなくなります。絶対に体は無理はせず、コツコツ前へお進み出来る事を.する事を.いつも祈念しております。どうぞお気をつけてお帰り下さいね。
6. Posted by (ハチ公)   2009年03月28日 10:30

野口さん!

本当にお疲れ様でございました。

拝読していて、私も涙が出ました。

祖国帰還と官民連携の実現、本当に
よかった。

政界の注目は、野口さんのご活動・存在に
よるところが大きいと存じます。

今後のご予定を変更する
ことは許されないのでしょうけれど…、
どうぞ、本当にほんとうに、
お身体を大事になさっていただきたいです。

この国にとって、大事な、代えがたい
方なので…。心配です。



(小林氏も参加されたのですね。)

7. Posted by さとべりぃ   2009年03月28日 10:45
60年ぶりのご帰還に涙です。
健さん、皆さま、ありがとうございました。お疲れ様でした。
厚生省や政治家の方々も、全く知らん振りではないことに安堵しました。
健さんだけが背負ってはいけません。知るということで、日本中で背負っていかなくてはいけませんね。
健さんのお顔から哀しみとお疲れの様子が伺えて心が痛いです。。
8. Posted by カトマンズのミキ   2009年03月28日 14:31
野口くん、みなさん、おつかれさまでした。

ある面、ヒマラヤでの活動以上に心配していましたので、ご無事の帰国にほっとしました。日々多忙な生活と思いますが、元気にネパールにお越しくださいね。

野口くんを支えておられる事務所の皆さまも、くれぐれもご自愛ください。
9. Posted by ハスユ   2009年03月28日 17:23
5 健さん、空援隊のみなさん、おつかれさまでした。
 健さん、おからだはだいじょうぶですか?
病院にいると聞いて、心配で心配でたまりませんでした。ブログがかけるくらいによくなったのですか?
 遺骨の写真を見て、正直こわいと思いましたが、話を聞いて、悲しい気持ちになってきました。戦争のない世界にしていきたいです。そのために機会があったら、環境とともに訴えていきたいです。
 今日ヒマラヤへ出発予定だそうですが、行かれたのでしょうか。12日のヒマラヤ・富士山
同時清掃は楽しみにしていますが、無理はしないでください。おからだを大切にしてください。元気になった健さんとまた一緒に富士山で清掃したいです。
10. Posted by APG   2009年03月29日 00:21
本来ならば国がやらなければならないことです。国の責任を背負って戦っている日本人がいることに、勇気ずけられました。野口さんや空縁隊の方々にありがとう。
11. Posted by くうえんたい   2009年03月29日 01:44
野口さんの苦しみを一緒に背負いたい。一人に押し付けていいわけがない。野口さんの言葉に私まで涙を流しました。野口さんの苦悩、心労は写真からも伝わってきます。みんなで一緒に背負いましょう。
12. Posted by aiji   2009年03月29日 10:06
健さんへ

健さん、空援隊の皆様、お疲れ様でした。

私は健さんと同じ世代なのに、健さんのブログを読むまでご遺骨のことを考えたこともありませんでした。戦死した方が沢山いらっしゃったとは知っていてもその後のことなど考えたこともありませんでした。今の私達の暮らしは戦争や戦争で日本のために戦ってお亡くなりになった方々のお陰なのに、何も知りませんでした。

今回のブログはその様子が記録としても分かり易く、それ以上に胸が熱くなり涙をしました。

私は健さんに自分の知らないことを沢山教えてもらっています。多分、私だけではないでしょう。お役所の方も一般市民も沢山いると思います。本当に、ありがとうございます。私も私にできることを考えていきたいと思います。
13. Posted by 北斗七星   2009年03月29日 13:50
野口さんのように素直に愛国心を表現される方は日本では少なくなりました。特に著名人は人目ばかりに気を使いきれいなことばかりです。野口さんの言動に批判的な人もいるのでしょうが、野口さんはけっしてぶれない。

私たちも応援するだけではなくなにかをしなくてはなりません。
14. Posted by よしこ   2009年03月31日 00:26
野口さん、遺骨収集隊の皆様、お疲れ様でした。御遺骨の個体数の同定など、考えただけでも涙が出てきます。
野口さんは、今回カンギボット山周辺で収集活動をされたとのこと、その地こそ私の父の最期の地だということで、その遺骨の中に私の父も居るかもしれないと思うと感無量です。
今まで、遺骨さえ帰らぬ父を思うと、君が代を素直に歌うことが出来なかった私ですが、ジャングルに響き渡ったトランペットの音色はこの耳に大きく聞こえてきそうな気がします。
ようやく日本に帰れて本当によかったね。安心してやすらかに眠ってくださいね。という思いでいっぱいです。いますぐにでも会いに行きたいところですが、母をおいて東京まで出かけることは今は無理だけど、いつかきっと行きたいと思っています。
厳しい状況の中での捜索収集活動、頭が下がります。くれぐれもご健康に留意されてご活動ください。
15. Posted by ユミ   2009年03月31日 22:38
健さん、お帰りなさい! そして「ヒマラヤ、お気をつけて行ってらっしゃい!」

空援隊御遺骨収集第1班に参加させていただきましたユミです。
今回この活動に参加するきっかけを下さった健さんに改めて心から感謝申し上げます。

レイテ島カンギポット山は私にとって非常に思い入れの強い場所でしたので、健さんがまさにその山で遺骨調査活動をしたと知った時、やっと救世主が現れてくれた!と感銘を受け、参加する決意をしました。

カンギポット山の洞窟で昨年健さんが発見された御遺骨を今回引き取り、私が座っていた席の真後ろに乗せて次の収集先へ移動する際、後ろの方から何とも表現し難いくらいの強烈な安堵感を感じました。私は霊媒師でも何でもありませんが、とにかくホッとした様子がものすっごい伝わってきて、皆さんがお疲れで爆睡している間、1人止まらぬ涙と格闘してました。

実は今回このツアーに参加することを実家の母に止められていました。否定的なことも散々言われました。けれど私が帰国した翌日、地元の新聞に空援隊の今回の活動が健さんの写真とともに載ったのを見た母から電話があり、「あの野口健さんも参加していたんだ?!大変なプロジェクトに関わっていたんだね。あなたは私達の先祖に対してこれ以上できないってぐらいの孝行をしてくれた。ありがとう。」と言われまして、とても嬉しかったです。


健さんも健康第一で、元気に日本へ帰ってきて下さい。

これからも更なる御活躍を影ながら応援させていただきます。
16. Posted by 会社員 山口県   2009年04月05日 09:07
野口さんの活動を心から、ご支援し、感謝の気持ちでいっぱいです。。
あなたの活動は、ほんとうに、無私で、立派な活動をされていると思います。

遺骨収集には、5年以内が勝負なのですね。

60年もほっておいた、国や、マスコミは大いに責任があり、恥入るべきです。


この記事にコメントする

名前:
URL:
  情報を記憶: 評価: 顔   
 
 
 
Twitter
プロフィール
野口健プロフィール


野口健関連リンク
野口健公式サイト
セブンサミッツ持続社会機構
野口健 メディア出演情報
野口健 書籍情報
ヒマラヤに学校をつくろうプロジェクト
野口健の父 野口雅昭のブログ 中東の窓