2009年12月27日

4370体のご遺骨祖国に戻る


 日本ではほとんど報道されませんでしたが、フィリピンで足止めされていたご遺骨4370体が12月9日に空援隊の倉田宇山さんと共に帰国を果たした。これで2009年の空援隊(フィリピンにて遺骨収集を行っているNPO団体)によるご遺骨収集は合計8670体。近年、国家事業として行われてきたご遺骨収集は年平均すれば600〜800体であったわけですから空援隊による収集数がいかに多かったが分かる。
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旧日本兵のご遺骨の焼骨式 フィリピンにて

 昨年までは我々のような民間団体には認められていなかったフィリピンでのご遺骨収集活動。今年になり厚生労働省からご遺骨収集の許可を頂きこれだけのご遺骨を収集してきましたが、
トラブルも多かった。

 1つにはご遺骨の焼骨を行うのだが、ホテルの許可を頂きながら敷地内で行ってきたのだが、後になって「聞いていなかった。遺骨の焼却行為が話題となり客のキャンセルが相次いだ。賠償してもらう」と訴訟にまで発展。しかし、私もその現場にいたが、ホテルの従業員も一緒に手伝ってくれ作業を行った。またホテルの経営者もその場にいたのを私は知っている。したがって後になって問題とされた事に理解できなかったが、実はホテルサイドから空援隊に対しホテルの買収話が持ち込まれ断った直後の訴訟問題。なるほど金目当てであったのかと発展途上国には在りがちな展開であった。
 
 そして今度はフィリピン政府から野外での遺骨の焼骨行為は違法行為と指摘されたが、これも事前にフィリピン政府サイドには伝えてあり把握していたはずであった。ご遺骨を焼骨してから日本に持ち帰る方法は戦後の日本政府による遺骨収集団から一貫して行ってきたわけです。それが突然問題とされたのは私たち空援隊だけでなく厚生省や日本大使館含め大変驚いた。

あまりにも永かった60年間・・・


 裏で何かが動いているのではないかと思い始めた矢先に今度は11月に4370体のご遺骨を焼骨後、日本政府の正式な派遣団として日本に持ち帰ろうとしたらフィリピン政府から「ご遺骨の持ち出しは認められない」と止められてしまったのだ。

 
 その際に、「最近、日本からのODAが減っている。だから協力できない」と役人が伝えてきたとのこと。ODAへの取引材料としてご遺骨を人質扱いとするのならば極めて不謹慎であり日本政府はフィリピン政府に対し厳重に抗議するべきであると、本当に悲しくまた情けなかった。
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 一言で4370体といってもピンとこないかもしれないが、よく考えてみてください。もの凄い人数です。フィリピン全土で遺骨調査を行いそして一か所に集め、バラバラになっているご遺骨を部位ごとにわけ何体分かを数えるのですが、これが永遠と続く作業であり、1つ1つの骨を手にし「これは肋骨」「これは鎖骨」といった具合に分ける。細かな作業であると同時に骨の1つ1つを手にすることで彼らの無念であった思いのようなものが体の中に流れてくるような額にはじっとりとした汗がにじみ出、全身が鉛のように重たくなる。この作業を行いながら、次にご遺骨の焼骨式が行われるのだが、薪の上にご遺骨を並べ焼骨するのだが、灰と混ざった細かな骨の1つ1つを袋に入れていく。

 灼熱地獄の中でこの作業は実に過酷でこまめに水分補給しないと脱水症状で倒れてしまう。私は今年2回参加したが、3月は417体、8月は1555体、その数だけでも数日間休む暇もなく永遠と過酷な作業が続くわけで、今回の4370体のご遺骨焼骨は限られた滞在日数との戦いで24時間休む事もなく夜中まで焼骨が続けられた。私は今回は参加していなかったが、今までの経験から空援隊のメンバーがどれほど過酷な状況の中、歯を食いしばって作業を行ってきたのかは分かるつもりです。

 しかも、逮捕されるかもしれないといった異常事態の中、一人の脱落者も出すことなく「一体でも多くのご遺骨を日本に戻したい」といった気持一つで自腹を切ってまで参加してくださったのだ。空援隊の理事としてそのようなメンバーに恵まれた事を誇りに感じる、また日本もまだまだ捨てたもんじゃないと微かな希望の光をそこに見た。

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数百体ものご遺骨

フィリピンのジャングルの洞窟で見つかった数百体のご遺骨

 フィリピンに飛び立つ前夜、倉田団長が「野口さん、明日からフィリピンに行ってきますよ。ご遺骨の奪還だ。必ず日本に一緒に帰ってきますよ」と話していたが、私は仕事の関係上一緒に現地に飛べなかったことがなんとももどかしく、無事にご遺骨が戻ってくる事を祈り続けるしかできない自分に腹正しかったが、倉田団長ならなんとかしてくれると信じていた。

 そして12月9日、フィリピン政府に止められた4370体のご遺骨が倉田団長と共に祖国日本に帰還。御遺骨を奪還したのだ。戦後60年以上もの間、放置され続けてきたが、こうしてやっと帰国を果たしたのだ。

 ご遺骨は国のために亡くなった方々です。国のために亡くなった人たちに対し最後まで国がきちんと責任を果たす。この当たり前の事があまりにも軽視され国民からもその存在自体すら忘れさられてしまっていた。
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 ご遺骨が戻ってきたその日、私は自民党の国会議員が多く集まった勉強会で講演を行ってきましたが講演会の最後に


「遺骨収集に関して私は民主党政権に多くは期待していませんが、しかし、この問題は民主党ではなく、長年にわたって政権与党であった自民党の責任です。自民党がしっかりとこの問題に取り組んでこなかったから未だに115万体ものご遺骨が放置されています。保守政治を目指すとおっしゃるけれど、国のために亡くなった方々を放置しておいて保守などあるわけがない。自民党の責任としてこの問題を解決して頂きたい」

とお願いしてきました。自民党の議員さんやその関係者600人がシーンと静まり返りこれはひんしゅくだったかなぁ〜と思いもしたが、私は事実を話したわけですから、ただしっかりと伝わってくれればそれでいいと会場を後にしました。その一週間後、会場にいらした森元総理からお便りが届き「野口さんの講演を聞きました。英霊の声なき声をしっかりと受け止めなければならないと肝に銘じました」と書かれてあった。また衛藤晟一先生は「野口さん、私も空援隊のメンバーに加わります。そして一度フィリピンでの遺骨収集に参加します」と空援隊の顧問議員団に加わってくださった。ちゃんと伝わっていたのだ。

 私は度々、この遺骨収集活動にイデオロギーを持ち込みたくないと発言してきました。なかには「遺骨収集を行うとはお前はあの戦争を美化しているのか」などといった声を未だに耳にすることがありますが、そんな話ではない。あの洞窟の現場で散乱したご遺骨を目にして誰が戦争を美化するものかと、甚だ見当違いである。

 そんな事ではない。国のために亡くなった方々に対して冷たい国は、そんな国はいずれ必ず滅びていく。これから先の日本を思えばこそ、この活動はしっかりとやらなければならない。したがってこの活動に自民党も民主党もない。超党派での活動であり、また国会議員や官僚だけの役割ではなく全ての国民にも何らかの形で加わって頂きたい。また知って頂きたい。何故ならば私たちの国、日本のために亡くなってくださった方々なのですから。全ての日本人にとって無関係ではないということ。年が明けたら再び遺骨収集を開始。私は来年3月、再びフィリピンに向かいます。
 


2008年3月22日遺骨調査団に参加して
2008年12月10日 僕の遺骨収集記(文藝春秋掲載)
2008年10月23日 レイテ島・遺骨調査の報告
2008年10月23日 私が遺骨調査を続けるわけ
2009年3月27日 遺骨収集レイテから戻る〜御遺骨収集基金設立へ〜
2009年8月27日 遺骨収集〜1555体と共にフィリピンから戻る〜
2009年8月27日 ご遺骨収集活動報告〜確かな前進と新たな課題〜
2009年11月2日 金多楼寿司にて麻生太郎前総理と遺骨会談
2009年11月2日 鳩山総理へご遺骨収集に関する公開質問状
2009年11月7日 鳩山総理からの回答
2009年11月13日 <「比戦没者遺骨収集 首相答弁書を野口さんが批判」 〜産経新聞 報道〜/a>
2009年11月15日 遺骨収集、新たな環(わ)」
2009年11月27日 4370体のご遺骨日本に戻らず





fuji8776 at 03:47│Comments(34)TrackBack(0)遺骨調査 | 戦争

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この記事へのコメント

1. Posted by なおすけ   2009年12月27日 04:57
5 野口さんのブログで初めてご遺骨収集の活動を知りました。
戦時中は赤紙一枚で召集され、それが運命の分かれ道でした。野口さんの言う通り、戦争を美化する云々のレベルの低い問題ではありませんよね?。生まれる時代が変われば、我々もご遺骨として収集されるのを待ち侘びる身になり得たわけですから。
尊いこの活動を支持します。ボランティアで活動されているとの事ですが、我々にも出来る事があれば(募金等)させて頂きたいと思いました。
2. Posted by りこ   2009年12月27日 07:26
はじめまして。

登山に興味があり、野口さんのことは存じておりましたが、片山右京さんの件をきっかけにこちらのブログを拝見するようになりました。

人として、親として、自分に何が出来るだろう…と考えさせられました。

国籍に関係なく多くの人々の命を奪った戦争が繰り返されたこと

未だ異国の地にたくさんのご遺骨が放置されたままであること

ご遺骨を祖国に返すために、地道に活動している方々がいらっしゃること

まずは子供たちにきちんと伝えます。
3. Posted by ハスユ   2009年12月27日 07:55
5
健さん、おはようございます、ハスユです。
そして、倉田団長さんはじめ空援隊のみなさん、健さん、お疲れ様でした。
ご遺骨が日本に帰って来られて本当によかったです。

 この話を初めて聴いたのは、昨年のさいたま市での講演会でした。お爺様がご遺骨を日本に返したいとおっしゃっていらした話、よく覚えています。母は、まだご遺骨が海外にたくさん放置されたままになっていることを知って、ショックを受けたといっていました。

 僕もお年玉が入ったら、寄付したいと思います。もう少し待っていてください。
 
4. Posted by 野口剛   2009年12月27日 08:20
健さんとフィリピンに一緒に行き現地で思った事は、教科書でも先生も教えてくれない戦争の残した傷跡でした…


生まれた国から程遠い場所に取り残された私達の先人方の御遺骨…

戦争が終わって
祖国に帰る事が出来ないどころか64年経ってからも政治に利用され…

亡くなった方の御遺骨を決して政治や金銭の交渉道具として利用されてはいけないと思いました。

私は戦争という愚かな行為が当時世界中で行われていた事を悲しく思います…
5. Posted by そらまめ   2009年12月27日 09:00
5 野口さんが遺骨収集の活動をしているのはまったく知らなかったです。写真一枚一枚がとても重たく写真で見ても重たいのですから実際に現場で見てしまったら・・・言葉も見つからないでしょう。国がやらなければならない事をボランティアでフィリピンにまで行って遺骨を調査して焼骨して妨害されながら持って帰る。そのような事をしている日本人がいたことに驚きと同時に感謝の気持ちです。ありがとう。
6. Posted by 鼓動館   2009年12月27日 09:43
健さんと同じ現場で遺骨収集の作業をさせていただき、本当に現場でしか理解出来ないことって山程あるのがよく理解出来ました。

あの重い空気は現場でないと判らないものですね!また声無き声って感じるものですね。

この灼熱のジャングルで弾薬も食料もなく、マラリアにかかりながら、現地人のゲリラや米軍に怯えながら、援軍を待ちわびて最後に訪れる死を覚悟した将兵の方々の無念の思いは、現場に行くとヒシヒシと感じてしまい、全員無言になってしまいます。

そして現在の日本人はその戦線でこれだけ多く亡くなられた事実も知らない現状。

政治的課題とハードルは多いですね。

また来年も出来る限り現地へ行ってお手伝いさせていただきます。よろしくお願いします。


7. Posted by 空援隊 倉田   2009年12月27日 16:04
健さん、今年一年色々ありました。
お疲れ様でした。
また、来年は気合いを入れ直して、3万体に挑みます。
現地では、スタッフが連日、現場からの報告を上げてきています。
健さんの行く3月は多分、ミンダナオかパラワンになるでしょう。まだ決まっていませんが・・・。

ごく少人数の編成でいかないとヤバそうな所も多いので悩んでいます。

そういえば、これに書き込んだのが始まりでしたよね。

健さんのおかげで、随分、皆さんに知って貰うことが出来ました。

年末になって、4370体の持ち出し禁止事件があって、火がついたように、北海道と高知支部が発会しました。年明けには、神奈川支部も始まります。

国内の体制もどんどん出来ていくのに呼応して、現地は益々、態勢を強化して、出来る限り皆さんが現場に入って貰えるように整備します。

そして、一体でも多く、一刻も早く御遺骨の全てを返せるように頑張りましょう。

良い年を迎えてください。


8. Posted by カリント   2009年12月27日 16:06
遺骨収集のことは知りませんでした。考えたこともなかったです。こんなことになっていたなんて・・・。ビックリです。野口さんは大変なことばかりやっていますね。
9. Posted by ヤマザクラ   2009年12月27日 16:43
遺骨収集の活動はこのブログで初めて知りました。4370柱の遺骨が日本に帰ってきたことがどうして新聞やテレビなどで報じられていないのでしょうか。報道されなければ大多数の国民は知る機会を与えられません。国も報道機関も遺骨収集についてもっと大きく取り合えるべきだと思います。

ODAとの絡みで遺骨がフィリピン政府によって一時拘束されてしまったことも納得がいきません。今日、初めて遺骨収集の活動を知って驚きましたが、これからは私も調べてみたいと思います。まずは野口さんの本を読んでみます。ありがとうございました。
10. Posted by hiro   2009年12月27日 23:16
5 野口さんがご遺骨収集にご尽力なさっていることブログで初めて知りました。本来なら国が率先してやるべきことなのにNPO団体に任せきりとは悲しいことですね。国を思い国の為に亡くなった方達なのに。他の方もコメントされていらっしゃいますが、こういったニュースは殆ど報じられないため知らない人も多いと思います。ネットでこうして野口さんの活動を知る機会を頂きましたが、近年のマスコミは本当に酷いと感じています。


野口さんご存知でしょうか?毎日新聞は海外に向けて、日本や日本人をおとしめる報道を長年行っていました(酷すぎてここには書けません)
http://www9.atwiki.jp/mainichiwaiwai/m/pages/16.html?guid=on
新たな参入が認められていない許認可事業はこうも堕落するのかという良い見本だと思います。
話が逸れてしまいましたが、フィリピンに眠るご遺骨が一日でも早く戻って来られるように私も周りの人に伝えていきたいと思います。
11. Posted by 宮川晶子   2009年12月28日 03:19
5 失礼な言い方ですが、自民党の方の反応は、弱っても元与党って感じですね。(誤解を招きましたらお許しください。)
ちゃんと責任の所在を知っていらっしゃると思いました。

と、のんきな事を言える立場ではありません。
私の祖父もフィリピンで戦死し、遺体は帰ってきていません。
祖母はこの間亡くなり、長男も病没いたしました。
(次男の父は生きております。)

私もほんのわずかであれ、何か行動を起こすべきと思いました。気づくのが遅すぎましたが、お許しください。
野口さん、感謝しております。
12. Posted by nor   2009年12月28日 03:29
こういう活動もあるのですね。 勉強になります。 有難うございます。
13. Posted by もずく   2009年12月28日 04:21
以前日本兵の遺骨が現地で観光スポットになっているという話を聞いたことがあり
とても憤りを感じました、私の親類もシベリアで亡くなりました、なんだか涙が止まりません、私も何か行動したいと思います。
14. Posted by 彩雲   2009年12月28日 10:03
「遺骨収集活動にイデオロギーを持ち込みたくない」という野口さんの思い、とてもよく理解できます。それでも「あの戦争を美化している」という声があるのですね。いろんな考え方があるとはいえ、少々疑問に思います。

国のために亡くなった方々を鎮魂するのは至極真っ当なこと。平和を享受している我々が忘却の彼方に押し遣ってはいけないと思います。

野口さんはじめ、実際に現地に赴き活動なさっている方々に深く感謝いたします。
15. Posted by スカラベ   2009年12月28日 11:07
5 麻生元総理や森元総理が野口さんに手紙を書いたことが印象的です。一般国民には知らない一面が元総理たちに共通してあるのですね。下野しているとはいえ自覚や責任感は今の与党以上でしょう。「自民党の責任で解決してください」のお言葉は自民党の人達にとってはこれ以上にないエールとなったと思います。国のために亡くなった方々を粗末にしていては罰があたります。私は遺骨収集基金に寄付すことから始めたいと思います。

野口さん、空援隊のみな様ありがとうございました。
16. Posted by くどみ   2009年12月28日 11:58
「御遺骨収集シンポジウムin大阪」の入場券、
自宅に到着っ!!!

気合入れて1月19日に臨みますっ!!!

17. Posted by 伊藤 清信   2009年12月28日 17:37
野口さん1年間お疲れ様でした。

8月の時は、課題が多い物の、現地の人々の温かい笑顔と、何1つ嫌な顔をせず手伝って頂いた子供たちには、申し訳ないという気持ちでしたね。その行動には1人の日本人として忘れていた何かを根生えました。
でも野口さんは、世界の村々をまわり、日本人として欠けている何かを講演会・環境教室などで、補なおうとしている事は、日本だけに居るとわからないですけど、とても大切な事なんだな。と思いました。

野口さんの背中を見ながら、この1年を振り返り、備前焼の街並みで散策していた時にメモした詩で、締めくくります。

はじめなく をわりもなきに
我が心
生まれて死すも
空の空なり
18. Posted by 恵美子77   2009年12月28日 21:22
あまり知られていない内容を知ることが出来ました。

いまだに115万体が放置されているとは、驚きです。

いまだに戦争の終わっていない日本人も沢山いるのが良く分かりました。

来年も真なる記事よろしくお願いいたします。
19. Posted by 六本木の住民   2009年12月28日 22:36
野口さん、心より本当にありがとうございます。

私は死がその人の全ての終わりと思ったことはありません。死とはその人の肉体の終わりであって、魂は正に生き続けると信じて疑ったことはありません。

しかしながら、これらの御遺体の方々の魂を考えた時、皆様が一体どれだけ嬉しいであろうと思うと胸が震え、涙が溢れます。

これからの日本が真なる日本である為に、野口さんのなされている事がどれだけ大切であるかを私たちは見せて頂いているんですね。

野口さん、ありがとうございます。
20. Posted by ぽん   2009年12月29日 03:24
5 野口さん、空援隊の皆さん、心よりありがとうございます。

夏のTBSの放送を観てご遺骨が未だに海外に放置されている事実にショックを受け、また遺骨収集という活動を知り、検索で野口さんのブログにたどり着きました。登山家の野口さん?と驚きましたが、それ以来拝見しています。

なぜこの様な大切なニュースが報道されないか不思議です。またフィリピン政府のODA云々は残念です。今回無事に4370人の方が帰国できた事、何よりでした。
 
野口さんのお言葉には真の力があり、話題に関わらず毎回野口さんの文章に感銘を受けています。

今身体を壊している自分にできる事など微力ですが、できる事から実行したいと思います。

今後の活動もどうかお気をつけて。
21. Posted by 大田区住民   2009年12月29日 03:25
本来ならば国がやるべきことです。それなのに多くの困難にも逃げず国のために戦ってくださり心からありがとうと伝えたいです。ありがとう。
22. Posted by 産経新聞で野口さんコメント   2009年12月29日 03:52
「国のために命をなげうった人たちじゃないですか。国の責任で帰すのは当然のこと。国家としてのプライドの問題だ」
 昨年、超多忙のスケジュールを縫ってフィリピンへ2度、渡った。熱帯のジャングルの洞穴で放置されたままの無数の遺骨を目の当たりにした。きれいな歯が残っていて、20歳前後と思われる遺骨も多い。「故郷に帰りたかっただろうな」と思うと胸が詰まった。
 海外での戦没者の5人に1人強(約52万人)がフィリピンで亡くなっている。そのうち、祖国に戻ることができた遺骨は、いまだ約13万人にすぎない。
 「激しい戦闘があったレイテ島では、約8万人が亡くなっている。補給もないまま、追い詰められて…。1万人以上が立てこもってひとりも帰らなかった山もある。その遺骨の多くが、いまだに帰っていないんです」
 遺骨収集の問題は、“時間との闘い”でもある。戦後60年あまりが過ぎ、情報はどんどん少なくなる。「急がなきゃ」と思う。なのに、政府の遺骨収集事業ははかばかしい成果が挙がっているとはいえない。政府高官から“幕引き”を示唆する発言が飛び出したこともあった。
 「あの戦争に正面から向き合っていないと思う。こんなことでは今後、国のために命をかける人はいなくなる。政治の力で『絶対に連れて帰るんだ』という意思を示してもらいたい」
 かつて、富士山やエベレストのゴミの問題に取り組んだときも最初は冷ややかだった。だがいろんな場所で深刻さを訴えて協力を呼びかけ、今では大きなムーブメントになった。
 「僕の役割はできるだけ多くの人に『伝える』こと。ほとんどの国民は遺骨収集のことをよく知らないのです。でも、反響は思ったよりすごい。確かな手応えを感じてますよ。                   
23. Posted by だいすけ   2009年12月29日 12:06
ありがとう ありがとう ありがとう

野口さん、本当にありがとう
24. Posted by 泥の人   2009年12月29日 15:41
5 来年の3万体奪還に向けて奔走しています。今日、健さんのブログを見て涙が止まらなくなりました。3月は選りすぐりの現場です。See ya!
25. Posted by κ   2009年12月29日 17:38
野口さん達の活動に
日本人としてただただ感謝いたします。
ご遺骨の方々と同じ日本人として彼らに恥じない日本にしたいです。
26. Posted by X’mas   2009年12月29日 20:47
世界にODA一杯払って国連の分担金も世界2位の日本が自分の国のために死んだ人たちをほったらかしにしているのはおかしいよ。日本みたいにお金ある国がどうして?国の命令で戦場に行ったんでしょ。どうしてほっとけるの?日本人の気持ちわからない。アメリカは日本とちがう。死んだ人を大事にする。日本人は死んだ人は大事じゃないの?このままジャングルにすてたままでは死んだ人がかわいそう。日本人はつめたい。
27. Posted by さとべりぃ   2009年12月30日 00:47
よかったです!年内に嬉しいお知らせです。
足止めされる理由などありませんよね。ほっとしました。
健さんの活動範囲が広がって、私のような者も知ることができた遺骨収集の現状でした。
全ての日本人に無関係ではないこと。無関心のつめたい人間にはなりたくないです。
28. Posted by 百合   2009年12月30日 02:25
初めてコメントします。野口さんのブログを見て空援隊の事を知りました。

どんなにか祖国に帰りたいと思いながらも亡くなっていった多くの日本兵。ようやく祖国の土で眠る事が出来ます。

本当にありがとうございます。
29. Posted by ご無沙汰してますのRより♪   2009年12月30日 03:34
5 >国のために亡くなった方々に対して冷たい国は、そんな国はいずれ必ず滅びていく。

⇒国に限らずもっと小さい単位でも言えるかと思いますが・・
私も同じように思いますよ・・

遺骨収集活動お疲れ様です
そしてブログの更新もお疲れ様でした


30. Posted by 周南市民   2009年12月30日 20:17
5 私の今年一番の出来事は大津島での公演を拝聴できたことでした。職場でも健さんの本を休憩室に置いたら、皆読んでくれています。遺骨収集のことは衝撃を受けています。女性ばかりの職場で、子供を持つ人が多いのですが、健さんの本を子供に読ませたいという人が多かったです。仕事もあり、私は現地へ行くことができません。その分しっかり働いて、寄付という形で支援したいと思います。これしか私に出来ることはありませんでした。来年早々には空援隊の賛助会員になることにしました。周りの人や子供にも、機会があれば伝えていきます。空援隊の皆さん、お体に気をつけて。そして、日本の為に亡くなった方々を連れて帰って頂いて本当にありがとうございます。
31. Posted by じ   2010年01月02日 01:28
別ブログのヘッドライン経由で拝見しました。
フィリピン当局の妨害のニュースは以前聞いたことがあります。
その後どうなったか心配していたのですが
無事帰国されたのですね、安心しました。
野口さんがこの帰国事業に関わっておられたこと、今回初めて知りました。
人も自然も苛烈な土地で大変なことと思います。せめてもの声援と謝辞をお送りします。ありがとうございます。
32. Posted by ぽてち   2010年01月03日 15:21
はじめまして。
>国のために亡くなった方々に対して冷たい国は、そんな国はいずれ必ず滅びていく

全くそのとおりだと思います。今の日本は(というか戦後からずっとですね)「戦争があった」という事実と向きあおうとしていません。戦争に関することに触れてはいけないという風潮が未だにある気がします。このままではいつまでたっても日本が本当の戦後を迎えることができないじゃないでしょうか。

僕には空援隊のみなさんを応援することしかできませんが、こういった活動があることを周りの人間に伝えていきたいと思います。

33. Posted by 電池U   2010年01月25日 00:32
このような活動が行われているとは全く知りませんでした。
伝えていかないといけない活動ですよね。
とても共感しました。応援しています。
34. Posted by ぽぽ   2010年03月21日 02:46
私の祖父も、フィリピンから戻ってきませんでした。遺骨も不明です。私の父は男親を知りません。お墓の中は空ですが、戦後60年を経ても夏になると祖父の法要を行います。
未だに遺族は健在です。できるものなら見つけ出してお墓に納めたいと、孫の私ですら思います。
ですから、このような活動をされていること、本当に有難いことだと思います。

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