2011年08月16日

8月15日に感じる事  後編


 1枚目 沖縄の遺骨収集現場にて
沖縄の遺骨収集現場にて

フィリピンや沖縄での遺骨収集活動に加わり約5年目。遺骨収集活動を始めた動機などはこのブログや著書にも散々書いていますのでここでは省略しますが、先の大戦での海外戦没者数は約240万人、その内の約125万柱が日本へと送還されている。つまり未帰還のご遺骨は約115万柱。日本政府は敗戦から30年が経過した1975年度を遺骨収集における一つの区切りとし、その後は主に民間団体等から情報があった場合に収集してきた。つまり民間任せの状態が続いている。

 確か尾辻厚生大臣の時代だっただろうか。厚生省は「おおむね3年間を目処に南方地域で集中的な遺骨収集を行う」と発表したが、なぜ3年間なのか、また、06年度からの「集中的な情報収集」に関しても民間団体に任せきりだったのではないか。そもそもこの3年間の間に民間団体抜きに国がどれだけ具体的なアクションを起こしてきたのだろうか。この事を厚労省に何度も質問したが、いつも歯切れが悪かった。

 「ああ〜この国は本気でやろうとしていないな。やらない理由を一生懸命さがしているのか。または取り残されたご遺骨に関し国民に早く忘れてほしいと思っているのでは。戦友、遺族が高齢化している。時間の問題で風化していく事を望んでいやしないか」などとそんなことばかりを感じていた。

 アメリカが全て正しいとは思わないが、こと遺骨収集に関しては国を上げて徹底的に行っている。菅政権になってようやく力を入れ始めた硫黄島もアメリカは既に徹底的に調べ上げ米兵の遺骨収集活動を行っていた。情けない事に日本政府はアメリカサイドから硫黄島の情報を入手しなければならなかったのだ。

 そして沖縄も・・・。昨年から沖縄での遺骨収集にも関わり始めましたが、例えばレイテ島などの海外や自衛隊しか駐在していなかった硫黄島と違い沖縄は日本であり、そして多くの人々が生活している。その沖縄本島にはいまだ多くのご遺骨が洞窟や豪の中に埋もれたままだという。「本当かな」と半信半疑、沖縄へと向かった。そこで出会ったのが国吉勇さん(当時71歳)。国吉さんはたった一人で50年間遺骨収集、遺品収拾を行ってこられたのだ。その国吉勇さんとご一緒させて頂き昨年の10月、12月、そして今年の6月と3回ほど遺骨収集活動に参加させて頂いた。真っ暗やみの豪の中をスコップで掘ればその土砂の底からご遺骨や遺留品がいくつも発見された。6月26日に糸満市で行われた遺骨収集活動では約30体ものご遺骨が発見。たった1日の活動で・・・。しかも住宅街のすぐ裏で。

 フィリピンなどの海外に遺骨が取り残されているのも当然問題であるが、国内でしかも人が住んでいる沖縄がこの様な状況である事はさらに大問題だ。そしてご遺骨と一緒に掘り起こされるのは無数の不発弾。私もたかだか3回の沖縄での活動で数え切れないほどの不発弾(迫撃砲、38式銃の弾、手榴弾など)を見つけていた。
2番目 蒸し暑い豪の中で収集活動が続く
蒸し暑い豪の中で収集活動が続く
3番目

4番目

5番目 国吉さんたちと
国吉さんたちと

 毎年、8月15日になると決まって「靖国神社」が注目され、参拝する政治家に対し「公人としてか」「それとも私人としてか」、などとそんなことばかりを繰り返している。語弊があるかもしれないが、長年もの間、国のために戦い亡くなっていた英霊を放置してきたこの国の政治家たちに私は言いたい。「靖国神社に参拝しただけで満足してくれるな。未だにあの薄暗い洞窟、豪の中で土砂に埋まり、フィリピンなどのジャングルでは未だに野ざらしにされたままに、日本から忘れ去られた英霊たちの無念、それが分かりますか。ご遺骨が私たちの迎えを待っているんだということを肝に銘じて政治を行ってほしい。そして具体的なアクションを起こして頂きたい」と。これも色々な場で発言してきましたが、私が何故に遺骨収集活動を行っているのか。国のために戦い亡くなっていった方々を大切にしない国は滅びていく、私はそう感じている。遺骨収集は過去を振り返るようでいて、しかし、同時にこれからの日本を思えばこそやらなければならない活動だと思う。そして遺骨収集は国家のプライドの問題だとも。

 靖国神社参拝の国会議員の「公人としてか、私人としてか」など私は、全くもって興味がない。そんな事よりも8月15日にだけ(ばかりに)靖国神社に参拝する事にどれだけ意味があるのだろうか。私も靖国神社には毎年、何度も参拝している。日本人とても大切な事だと思う。しかしそれは心があればのこと。私の偏見かもしれないが、もし仮に政治的なパフォーマンスとしての靖国参拝ならばむしろ英霊に対して失礼ではないか。

 テレビ画面に映し出される8月15日の靖国神社の騒ぎが私にはどうしても滑稽に映ってしまう。

 「前編」に引き続き「後編」も実にクドクなりました。しかしこのテーマはサラリとはいかない。色々と語弊があるかもしれませんが、所詮は一介の登山家の独り言と思って頂ければそれで結構です。ここに書いた事はあくまでも私が現場から感じた事に過ぎない。人それぞれの考え方がありますから、意見の食い違いは当然のこと。当たり前です。議論している内はまだいい。そんな事よりも最も懸念しなければならないのは「無関心」であるということ。何よりも怖いのがこの国の人々が無関心になっていくことです。

 2009年11月13日、天皇陛下御即位20年を祝う記念式典が開催され、これに先立ち、記者会見で陛下は日本の将来への心配を問われた際に「私はむしろ心配なのは、次第に過去の歴史が忘れられていくのではないかということです」とお話しされ、第二次世界大戦にも触れられたあとに、「過去の歴史的事実を十分に知って、未来に備える事が大切に思います」と述べられました。遺骨収集活動も、まさに陛下のお言葉そのものです。

 前編、後編と「8月15日に思う事」を書かせて頂きましたが、これは私にとっての8月15日。皆さんにとってもそれぞれの8月15日があるでしょう。それを語り合う事も大切だと思います。それではここで終わりとします。ありがとうございました。

6番目 遺骨収集について那覇市にて講演
遺骨収集について那覇市にて講演

7番目 遺骨収集活動後に対馬丸記念館に訪れて
遺骨収集活動後に対馬丸記念館に訪れて

8番目 775人もの子どもたちが犠牲になった・・・。

775人もの子どもたちが犠牲になった・・・


8月15日 野口健


fuji8776 at 15:53│Comments(38)TrackBack(0)戦争 | 遺骨調査

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この記事へのコメント

1. Posted by かえる   2011年08月16日 16:11
4 前編に引き続き、後編も熟読させていただきました。どの事実も知らないことばかり…これから私達の身近な先祖が経験した敗戦をもう一度自分自身で辿っていきたいです。
コメントはその後で。
2. Posted by ごっちん   2011年08月16日 16:15
健さんが遺骨収拾に行かれるたび、頭が下がる思いです。

日本のために戦ってくれた人達のために、本来なら仕事を休んででも行かなければならないのに行くことができず、負い目を感じています。


国を動かすため、ネット上からでも声をあげていかなければなりませんね。

今から愛知県護国神社の献燈祭に行ってきます。
3. Posted by fumi   2011年08月16日 16:20
5 写真にではありますが、御遺骨に合掌。
色々な活動をされて、なんと労えば良いかわかりません。敢えてお疲れ様と言わせて頂きます。色々な情報も有難うございます。
沖縄に不発弾がまだある事や、未だ日本に戻る事のない御遺骨がある事を沢山の人に知って欲しいです。
本島で不発弾が見つかると大騒ぎになって大変なのに、ニュ−スにさえならないのが、不思議です。
4. Posted by とってぃ   2011年08月16日 16:29
5 いつも健さんの言葉が自分が住む国のことを考えるきっかけを与えてくれます。
考えるうえで歴史を、実際にあった事実を知りたい。書籍も記録も著者の視点である以上、客観的な事実を抽出することは難しいかもしれないけれど。それでも多くの資料や意見に触れることで事実に近づいていけたらいいと思っています。

自らの家族をはじめとしたこの国に住む者、この国に生まれてくる者のために命をかけて戦った先人のご遺骨を放置しておいていいはずがない。それは日本の戦争の是か非かとかいう問題とは全く関係なく、やらなければならないことだと考えます。僕も行動を起こさなくては。
5. Posted by 豆   2011年08月16日 16:47
5 本当同感です。いや、登山家のひとり言なんておっしゃらなくてもいいですよ!知ったかぶりをする奴とは違って、色んな方向から考えられた素晴らしい意見だと思います。
6. Posted by どくろべぇ   2011年08月16日 16:59
「国のために戦い亡くなっていった方々を大切にしない国は滅びていく」という考えに私も賛成です。この国の指導者たちは国民の生命を祖末に扱いすぎると思います。
7. Posted by MASU   2011年08月16日 17:21
5 「靖国神社に参拝しただけで満足してくれるな。その通りです。日本の歴史教育は、第二次世界大戦を十分に教えていない。小学校の英語必修、高校の世界史必修などとバカなことを考える暇があったら、祖国の歴史や文化を十分に教える方法を考えるべきです。
8. Posted by Mint   2011年08月16日 18:03
この国の未来のために。

今の若者に(我々年よりもそうかも)失われた「未来志向」ですよね。

何が悪かったのだろうと常日頃考えます。

結局、日本は人材育成(教育)を蔑ろにして経済優先で来たのではないか。
それが国際化(グローバリゼイション)と進歩的な事だとしてきた。

国際人である野口さんの日本を見る目を我々社会も共有したいものです。

最近のマスコミは「意見は沢山有って良い」ではなくて「私の言うことを信じなさい」になっていると感じる。

多様な意見を認める社会の先鋒に立っていらっしゃるのがその行動力から解ります。

率先垂範、これも今の日本が失っている規範かもしれませんね。
9. Posted by チェリーママ   2011年08月16日 19:23
私は広島に生まれ育ちました。県北に実家があるので原爆の被害にあった親戚の話は聞いていませんが、祖父はビルマなどの戦地へ召集され、祖父の弟は戦後シベリアへ抑留され運よく生きて帰国出きたと生前祖父が話してくれました。戦争について多くは語らなかった祖父です。国は国民に対して敬意を持ち、戦争で犠牲になられた方々にたいして誠意ある態度、行動が必要だと思います。
日本人の冷酷さがあからさまにされ、恥ずかしいいです。
10. Posted by もも   2011年08月16日 19:50
父が幼い頃、飛行機やミサイルが頭上を飛び交っていたそうです。
草むらに裸足で逃げ、飛び込み、のがれる様にしていたとか。。。
口にもしたくなかったそうですが
最近やっと話してくれる様になりました。
私は介護士のお仕事をさせて頂いていますが
命は履かなく尊い。。。
感情移入をするな!と言われますが私はあえてしたい。
利用者様からも戦争のお話をお聞きするが多々あります。
悲しい現実。。。
11. Posted by MIHO   2011年08月16日 21:28
子供の頃、戦争を経験した伯母が「一時期敗戦記念日とも云っていた時代があった。そう敗戦で良いんだよ・・・」とツイートしていました。無茶な戦争をしておきながら、敗戦と呼ばず終戦と呼ぶなんて・・・と。
1952年4月28日が事実上の終戦とは初めて知りましたが、8月15日はやはり忘れてはいけない大切な日だし、多くの国民が精神的に開放された日ならば「終戦」としても良いのでは?と私は思います。戦争経験者で、負け戦に大切な人を奪われた方々からすれば「敗戦」と言うのがしっくり来るのかも知れませんが、「敗戦」と言う言葉には勝負が残っていて、私はいつかまた「勝戦」に拘る日が来るのではないかと思ってしまいます。
本当に本当に、たくさんの方々の命が奪われ、遺された遺品や証言や、経験者の方々のお話を見聞きする度、涙がこぼれない日はありません。
決して、あの時代を忘れてはいけないけれど、日本の為に戦って、日本を守ろうとして下さった方々のためにも、「戦争は終わったよ」という意味の「終戦」であって欲しいと願います。
健さん、貴重な問いかけをありがとうございました。
12. Posted by リアルドッグフード   2011年08月16日 21:56
恥ずかしいですが、今日初めて知りました。
本当に恥ずかしいと思いました。
知らないということは、知ろうとしていないだけなんだと。
震災後、今までやったこともないボランティア活動を今日までさせて頂いています。日が経つにつれ、どんどん深い問題に直面していきます。ひとつひとつ、根が深すぎて個人で解決できるレベルではありません。今この瞬間も繰り返されています。国が変わらなければ、国民の意識は変わりません。いつまでも、ごまかし続け、後回し後回しでは、問題は解決しません。
先頭を切って、国民を導く役目が政治家の皆さんなのではないのでしょうか?
NHKの中継を見ていると、小学生の教室のようにしかみえません。言った言わないの喧嘩にしかみえません。
野口さんとは畑が違いますが、これからも何かを変えることができると信じて活動していきます。頑張って下さい。
13. Posted by 長岡休斎   2011年08月16日 22:20
5 【1】先の8月15日考に付きましては、お忙しい中ご丁寧なお言葉を頂きまして本当に感謝と恐縮でした。

 今回は靖国神社の8月15日の賑わい等の参拝の在り方についてですね。

 実際に元戦地であった地へ渡り遺骨収拾の作業の多くに携わった野口さんなればこそ言える言葉かもしれません。政治家が年一回の参拝で靖国の英霊に敬意を表したつもりになっているのではと指摘されても仕方無い状態ですね。

 私個人としては政治家がパフォーマンスと言われ様と参拝されるニュースを観られている間は、何と無く安心感を時の総理大臣に抱いていました。ある自民党元総理大臣は、御先祖が知覧の土地を提供されたとかで、如何なる形でも参拝をすると言う、けして形だけではない英霊、戦災犠牲の安らかなるを祈る方であると知りました。

14. Posted by 長岡休斎   2011年08月16日 22:23
5 【2】 一般国民の8月15日の賑わいは、東京或いは近隣県の人だけではなく、貴重な盆休みを使い、普段遠くて来られない方々がせめて終戦記念日だけでも遠出してでも参拝しようと集まる方々もかなりいらっしゃいます。私はとても良い事だと思います。ツイッターでも数日前から話題に登り、靖国神社まで来られない方々は『各県に一つは在る護国神社へ行こう』などと、戦地に散華されました御霊にご挨拶と感謝、眠られる英霊の永遠の安らかを祈りに行く事を楽しみにしていました。

 実際に現在進行形で遺骨収拾事業に参加しつつけていらっしゃいます野口さんには頭が下がる思いです。

15. Posted by 長岡休斎   2011年08月16日 22:25
5 【3】靖国の多少服装が乱れた若い人達の賑わいも、靖国の英でし御霊に触れた事を機会に真剣に歴史問題に向き合おうとする人が生まれるきっかけになるかもしれません。

 私は父が高齢の時の子供ですので、現在の私が四十過ぎのオジサン程度の年齢にも関わらず、生前の父は大正生まれの帝国陸軍騎兵隊に所属していました。そんな父から、靖国は常に自分が出来る範囲で最高の礼服で行かなくてはいけない厳かな聖地であると言い聞かされて育ちました。

 やはり、野口さんが仰る賑わいの違和感を理解出来ます。

しかし、今日その日御霊に触れた事を切っ掛けに、現在自分達が生かされているのは誰のお蔭かを考える切っ掛けにして頂ければ良いと思いますし、そう在って欲しいとも思います。真剣に向き合う事を知った若い人は必ず一回り大きくなるはずです。自然と足繁く靖国或いは地元の護国神社へ通う様になるのではないでしょうか。少しプラスに考え過ぎかもしれませんが、一度でも良いから御霊に触れて見る事が尊い事だと思います。

またまた、長文ですいません。

By 長岡休斎


16. Posted by pen   2011年08月17日 01:17
今夏、健さんと健さんの著書に出会って初めて焦点があったのが、この終戦に関する事でした。
今まで無関心に過ぎてきた自分を恥ずかしく思います。
確かに、玉音放送が流れた時間を持って終戦記念日とし、式典を行い黙祷してきました。
…あれ?それって日本側の敗戦宣言の日であって、戦争はまだ終わってないじゃない…
勝戦側からしたら、両国が揃って調印した日が、実際の停戦=終戦日だと思います。
しかし、第二次世界大戦が本当の意味で終結した日は、もはや復興のため必死に生きてる人にとっては、遠くの話だったのかなぁと思いました。
停戦の調印した日よりも、終戦した日よりも、初めて賜る天皇陛下の慈悲溢れる肉声が流れた日を、終戦記念日とした日本人の心を、もう一度考え直したいと思います。

続く
17. Posted by pen   2011年08月17日 01:18
そういえば、私が子供のころ、まだ戦争が終わってないと思って頑張っていた日本兵がミクロネシアで発見され、帰還した記憶があります。
そんな国です。
前線に出て必死に戦い無線情報が入らなくなってしまえば、探しに来て貰えなければ永遠に終戦は知る由が無い。

遺骨収集が放置されたままという事実を私は最近まで知りませんでした。
沖縄では国松さんが時々この時期になるとTVで放送されるので、偶然それを目にした時に、
沖縄戦に関して積極的に子供達に学習させ、観光客にも解りやすく説明してくれる沖縄県が、いまだに民間頼りで遺骨収集に力を入れてこなかった事に驚きました。
けれど、国が力をいれてこなかった結果とは思う由もなく。
そのまま「TVを見流して」終わりました。

今回、健さんの著書を読み、愕然としました。

私はダイバーなので、ミクロネシアや東南アジア地域を何度も潜ってきました。
沈船は回収する予算がないのでしょうが、戦車や砲がそのまま取り残されているのを移動船上から観光しつつ、何も感じず潜っていました。
まさか国のために命を落とした方々が置き去りにされたままとは知らず…
あまりのショックに自分の無知を恥じる日々です。

沖縄は大好きなところです。
今日のZEROにて、遺骨収集の窓口があると知りました。
個人的に力になる事ができるのであれば、出来ることをご協力させて頂きたいと思います。

健さん、問題提起をありがとうございました。
18. Posted by Lim   2011年08月17日 01:31
5 はじめまして。
「東京の窓から」との石原都知事との対談を観てから、このブログを読ませて頂いております。

もし、自分が戦争に行ったとしても、お国のために、と戦うことなどできないと思います。生きて帰りたい。ただそれだけ。

日本人は、戦争をした日本は悪いと短絡的に決めつける前に、戦争からもっと学ばなければならないと思う。多くの人が「平和を愛する」「戦争を反省する」と口にする。しかし、これだけの膨大な数の放置された遺骨の収集もしない日本。本当に戦争を反省しているのでしょうか?本当に戦争から何かを学んだのですか?と聞きたい。平和平和と上辺だけで良いことを言っているようにしか思えない。

先日、NHKが制作した"日本人はなぜ戦争へと向かったのか"という番組を観た。その感想は、今の日本の情勢(政治家やマスメディアの体質)は、太平洋戦争前の政治情勢にとても似ているということ。そして、日本(特に政治家とマスメディア)は敗戦から何も学んでいないのだということ。

自分は今年25になります。
自分を含め、若い世代はもっと日本の歴史を学ばなければならないと心底思います。終戦or敗戦?を調べることからでも良いキッカケになると思います。
同世代の友人に対して「戦争・防衛」に関する議論をするやいなや「右だ左だ」「暗い」「軍事オタク」だのと茶化されます(笑。
太平洋戦争を経験された方々の思いを伝えることは大切です。そして、太平洋戦争という事実を感情抜きで眺めることも同じくらい大切だと思います。さもなければ、平和を愛する私たちが住んでいるこの国は、平和でなくなるかもしれないと強く思います。

マスメディアと政治家は、もっと責任を持って仕事をして欲しいです。

自分は戦争を知らない世代です。命の尊さなど、頭だけでは分かりません。戦争を経験してこられた方々に対して失礼な発言をしていたらごめんなさい。
19. Posted by さとべりぃ   2011年08月17日 01:32
健さんがご遺骨収集をされるようになってから、色々な事実を教えて頂きました。そして新聞やテレビで関係する話題に目が向くようになりました。
本当に、今までどれだけ知らずにいたことか。そして今なおご遺骨が野ざらしにされているという事実に虚しさを感じることか。
知ることから、関心をもつことから、が必要ですね。
国吉さんの活動もニュース番組の中で拝見しました。関心がなければするっと見て終わりだったと思いますが、国吉さんの「(遺骨収集は)楽しみですよ。日が当たる明るいところへ出してあげたら嬉しいでしょう」という言葉が突き刺さりました。単純に人を想えばこその活動で、靖国神社の参拝がどうのこうのの問題なんか関係ないのです。人を想う気持ち、これだけなんです。必要なのは。

話は少し逸れますが、
戦争を題材にした映画やドラマなど、今までは気が重くてあまり見なかったのですが、最近はせめてそれだけでも考えるきっかけになればいいな、と思います。先日は沖縄の兄弟が戦争によって敵になる実話をやってましたが、今も兄弟はご存命で生の声を聴けたのは大きかったです。沖縄本土で「鉄血勤皇隊」という少年達による白虎隊のような隊が結成されていたことも知りませんでした。
一人一人の尊い命の犠牲の上に今があることを噛みしめる8月です。
NHKでは戦争をなぜやめられなかったのか?といった実録テープなどを聴かせるかなり深く掘り下げた番組もありました。同じ過ちを繰り返さないように、敗戦から学ぶことが大事なのですが、利権にとらわれた今の政治の世界では同じようなことが繰り返されているようで恐ろしくもなりました。
批判ばかりしていられない。国民として、もっとこの国のことを考えなくてはいけないことを思い知らされました。
20. Posted by 雅人   2011年08月17日 07:07
5 初めてコメントさせていただきます。
まず、野口さんのご活動に敬意を表します。

歴史や事実関係の知識を持たない私の意見ですが、戦争という社会の未成熟が原因と思われる争いに対して「勝った」「敗れた」という表現はどちらも適当ではない気がします。

どの国でも、自国の人間が戦死しており、憤りはあるのだと思います。

結果的に、当時の総合的な国力の差で決着はついたのでしょうが、戦争という人間社会の争いは醜いものです。

その醜い争いに対して、戦死者の尊厳や軍の尊厳は別にして、その争いのみに焦点をあてたなら、虚しい諍いです。

その虚しさに遺恨を介入させないためには、今の私は逆に全ての国家が「終戦」という表現を使うべきだと、このブログを読んで考えました。
21. Posted by まぁちん   2011年08月17日 13:00
5 前編に引き続き共感です。

私が戦地に残留したままのご遺骨に関して知ったのは、恥ずかしながらたった数年前です。
関西テレビのニュース番組『アンカー』で青山繁春氏が取り上げていて、号泣しながら現状を訴えられる姿に衝撃を受けました。

http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid930.html

それまでは若かったという事もあり、暗くて重いのは嫌だから戦争モノは見ないというスタンスでした。
一番タチの悪い無関心というやつです…。
野口さんに対しても、今までテレビで拝見していて正直「おちゃらけた」感じのイメージで受け取っていました。
それが偶然Twitterでお見かけしてブログにおじゃまし、震災後の避難区域に放置された動物の記事を拝読し、こちらもまた衝撃を受けました。
この件はテレビでも何度か取り上げられていましたが、人を呼ぶあの鳴き声を1度聞いただけで辛くて耐えられなくて、その後は動物の報道は見ないでいました。
でも野口さんの、知る事は責任を負うという事だ、という文章に貫かれました。
支離滅裂なコメントになりすみません。
野口さんの活動は家族には浸透させましたので、これからもっと広めて行きますね。お体大切にされて頑張ってください
22. Posted by 愉快。   2011年08月17日 15:36
私個人は、御遺骨は御遺族の元に と思っており靖国神社の参拝を日本人なら当然とするのには反対なんですが、わざわざ8月15日に靖国参拝反対のデモまであったそうで・流石にそれは先人たちを冒涜する行為・。自由の意味を履き違えていると思います。

同様に政治家のパフォーマンス参拝も それならば参拝しない方が遥かにマシだと思うのです。

何もかも震災や原発につなげるのもどうかと思いますが、今の不透明な政治体質や、靖国や8・15を政治利用する風潮を見ると 戦後66年経っても変わらない体質と 終わらない戦争を感じます。
23. Posted by ☆祐子☆   2011年08月17日 23:56
5 野口 健さん

初めてコメントさせていただきます。

先日白山登山に参加させていただきました!
あの日は初めて野口さんにお会い出来た忘れられない日になりました。

いつもこちらのblogやツイッターも拝見していますが、恥ずかしくてなかなかコメント出来ないでいました。


でも昨夜ニュースで遺骨収拾の話を特集していて、国吉さんのインタビューや実際の遺骨収拾の映像も放送されていたのを偶然拝見し、強い衝撃を受け、野口さんのブログ内容も読ませていただき、コメントをさせていただいています。

今回の遺骨収拾のお話や先日の残された動物達の事実など、もしかしたら多くの人が目をそらして向き合わなかったような事実を野口さんは私達に伝えてくれます。


野口さんに出会えなかったら、きっと私は気づかずに暮らしていた事が沢山あったと思います。

私の考えなど人に話すには拙い内容ですのでここには書きづらいので控えますが、でも野口さんのおかげで私なりに色々考える機会をいただいています!

またこれからも野口さんの文章を待っています。

まとまりなくてすみませんが今日は野口さんに感謝の気持ちを伝えたくてコメントさせていただきました。多くの活動でお忙しいと思いますが、これからも頑張って下さい!
24. Posted by ☆祐子☆   2011年08月18日 00:16
再びコメントさせていただきます…


私、先程のコメントで遺骨収集の字を間違えて投稿してしまいました。

申し訳ありませんでした。
訂正させていただきたいと思います。

大変失礼致しました。それでは…また。
25. Posted by えいこ   2011年08月18日 00:32
野口さんこんばんわ。
私は野口さんのおっしゃる『無関心』の一人だと思います。。テレビで参拝の報道を見て『そんな時期か』としか思っていませんでした。恥ずかしながら参拝しに行ったこともありません。こんな私ですが、何気なく見た野口さんのブログを真剣に読みました。そして衝撃を受けました。野口さんの言葉の数々に平手打ちをされたような衝撃です。無知ほど恥ずかしいものはないですね。。この瞬間に『無関心』がひとつ減りました。
26. Posted by しば   2011年08月19日 19:54
5 私の祖父も無謀極まりないインパール作戦で亡くなりました。
私の母親が祖母の胎内に宿っていることを知らず、孫やひ孫がおかげで生かされていることも知らず。
どれだけ暑く、ひもじく、疲れ、虚しく、痛く、惨めだったかと祖父の想いを想像するに、私はどんな厳しい現状にも耐えられる気がするのです。
戦地で極限にある時の、もしかしたら重たい歩みの原動力になったかもしれないのは国を守りたいという使命感だったのではないかと思うんです。
私は東京に行くと靖国神社と千鳥ヶ淵戦没者霊苑に行きます。そして今の日本を詫びるのです。
いつか祖父の亡くなったビルマ、ミャンマーに行って祖父の歩んだ道に触れたいと思います。孫とひ孫を見てもらいます。
遺骨収容作業、ありがとうございます。
祖父の遺骨が千鳥ヶ淵に眠っていてくれるといいなといつも思います。
27. Posted by mika(ツイッター)   2011年08月21日 01:15
8月21日。野口健さんヽ(´▽`)/お誕生日おめでとうございます http://www.youtube.com/watch?v=8UE6gzNuUKo&sns
28. Posted by 無用ノ介   2011年08月28日 00:31
「ああ〜この国は本気でやろうとしていないな」・・・「この国」ではなく、「わが国は」、または「わが祖国は」が言葉の出てくる源ではないのか?
29. Posted by 無用ノ介   2011年08月28日 00:39
1 「ああ〜この国は本気でやろうとしていないな」・・・「この国は」ではなく、「わが国は」、または「わが祖国は」とあって欲しいが、残念なことに気がつかないのだろう。
30. Posted by thuu   2011年10月18日 14:06
はじめまして。
死んでまでも「英霊」として戦わされた人たちが、どうすれば安らかになれるのかを考えれば、「敗戦」でも「終戦」でもどちらでもよいと思います。 敵味方関係なく戦死されたすべての方に花咲く春がくればと・・・。
ただ、被曝された方々の生きている限り続く痛みを思うと、その方々の痛みが無くなるまでは、戦争は終わらないと思うのです。
ヒロシマ・ナガサキ議定書に全世界が賛同していただくことを切に望みます。
また、戦争では真っ先に教育が狙われます。戦争ではどちらも勝者ではないこと、正しいことなどないこと、など美談化されずに事実が教室で語られ続けて欲しい。 そんなことをこちらの記事で感じました。

31. Posted by bmw��糸��   2011年11月27日 00:48
緇喝涯��� ��ŝ����� ��≪�鴻����� 蕭�蕁����莢桁��鐚�
羯�莖� S600L 蕭�箴≧�糸�����
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32. Posted by careers game   2011年12月30日 12:37
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33. Posted by documentaries download   2012年01月05日 23:53
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34. Posted by set download limit   2012年02月13日 12:26
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35. Posted by saxon b download   2012年02月13日 20:21
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36. Posted by inyouchu shoku download   2012年03月30日 19:02
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37. Posted by sniffer download   2012年04月01日 00:09
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38. Posted by TN Pas Cher   2012年04月19日 15:34
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