2005年02月06日

第10話 草薙の頃 再開

セントポーリア入り口








「ちょとーーーーー!!」
「どういうことよーーーーーー!」
「ありえなくなーーーーーーい!」


電話の向こうは、タカコだった。
あまりにその声が大きいので、俺はしばらく電話を耳から話し、しばらく距離を置いてその内容を聞いていた。


「なによあれーーーーーーー!」
「ケムマキの子分の猫の影千代って、どういうことよーーーー!!」

前回(第9話)タカコのことを書いてから、うすうす何かアクションがあるのでは、とビクビクしていたが、予想通り、電話の向こうのタカコは、テレビでよく見る、迫り来るテキサスのトルネードのように怒り狂っていた。


「ありえなくなーーーい!!」
「最低!!」
「忍者ハットリ君に出てくる、ケムマキの、しかも子分の影千代ってどういうことよぉ!!」


「いやっ・・・あの・・・。」
俺は、結構詳しいじゃないかと思いながらも電話のあまりの勢いに、「ちょとーーーーー!!」の小さい「っ」が抜けてるぞ、とは思っていても突っ込めず、しばらく何も言えないでいた。


「ちょとーーーーー!!」
「ケムマキって悪役じゃないのよ!!」
「しかもその子分の影千代ってどういうことよ!! え!!」

「いや・・っ、その、例えが、難しかったんだ・・・例えが。」
俺はとりあえず繕いなおし、なんとか言葉を発した。

「猫じゃないのよーー!!」
「せめて人にしなさいよ!!」
「本っ当っ、猫って何!?もっとキュートでかわいいキャラに例えなさいよ!!」

「いや、これから、その・・、これから徐々にかわいいキャラを出していくつもりだったんだ・・・。」
その場しのぎで、俺は何とか答えた。


「いいわ、ヒロインにしなさいよ!!」
「ヒロインに!!」
「訴えるわよ!!」


「ゾクッ」
俺はタカコの脅しに、おれおれ詐欺とはこういう感じなのだろうな、とビビりながらも懸命にタカコを静める方法を模索していた。

「と、当然だろ・・・。さ、最終的にヒ、ヒロインだよ・・・。」
「決まってるじゃないか、最終的にヒロイン・タカコのハッピーエンドの物語になる予定に・・・。」


「そう?」


単純だった。
あまりの単純さに頭が下がる。

「やっぱり?」
「そうよねぇ。」
「いや、そうかと思ってたんだ実は。」

「そうだよ。」
「シンデレラもマッチ売りの少女も最初は最悪のシチュエーションだったじゃないか。」
「でも、最終的にハッピーエンドだろ?」
俺はタカコの心の隙間を突くように、ちょっと持ち上げた。


「・・・そうよね!!」
「いや、わかってたんだけどね!!」
「そうよね、いや、ごめんね忙しいのに。」



「そうだよ。」
「最終的にヒロインになるんだから、心配するなよ。」
「それに結構、今のキャラもおいしいだろ?」

「うーーーん、ちょっとね!」
単純だった。
ほんとうに。
タカコは、ちょっと考えるとそう答えた。


それを聞くと、俺は話題を変え、タカコの怒りを静め、何とか電話を切る事に成功した。
危うく白雪姫の例も口から出そうになったが、何とかタカコの単純さに救われた。


さて、では張り切って「草薙の頃」再開と行こう!!
  
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2005年01月22日

第9話 コトミ

夜図書館から







「彼女と別れたちゃ。」
練習が終わり部屋に戻ると、我が家の主であるモリタが、サッカー雑誌を見ながら憶えたての北九州弁で言った。

「は?何でだ?お前、俺の家にばかりいて、彼女と喧嘩する暇もないだろうが、いきなりなんで別れるんだ?」
洗濯物を洗濯機にほうりこみながら俺は尋ねた。
「うーん。ずっと会ってなかったから別れたんだよ。こっちにいるほうが楽しいからな。」

モリタは、その時流行っていたトム・ハンクスの映画に影響されたのか、メールを通じて数ヶ月前にその彼女と知り合い、メールを何度か交換するうちに親しくなり、付き合うようになったのだった。

「それで、なんて言って別れたんだ?」
「うーん。普通に、こっちでワイワイやってたほうが楽しいから別れよう、と。」
「それじゃ、俺が合わせる顔がねえじゃねえか。」

モリタの彼女は、俺と同じ国際関係学部、英米コースで俺もよく知っている女の子だった。
そういえば、「最近、藤木君の話ばかりなのよね」とその彼女が授業の合間に言っていたような。
しかも、よくよくモリタの話を聞くと、モリタは、自宅通いの彼女が部屋に来ている時も関係なく、俺の部屋に寄生しつづけ、ワールドカップを見ながら大声で叫び、落胆し、試合が終わると「ムフフッ」と笑い、カップアイスクリームを二つほうばり、竹千代とその日の試合について2時間ほど議論し、時々喧嘩しながら、朝を迎えていた。そしてその間彼女は、いつ帰ってくるかもわからない(翌朝荷物を取りに帰るだけの)モリタを部屋で忍んで待っていたらしいのだ。


ろくでなしである。

俺は「そうか。」と、ひとつうなずき、理不尽な責任を感じつつ茶碗を洗った。

「俺のことより、お主は好きな女の子の一人くらいいないのか?」

相変わらずサッカー雑誌を見ながら、モリタが俺に言った。

「お、俺か。」
俺はそう聞かれて、そういえばと、いろいろと思いを巡らせた。
「そういえば、俺は誰が一番好きだろうな。」
まず、アサコが浮かんだ。けれど、「好きか?」と聞かれてすぐに「ハイ」とは言えなかった。それから、何人かの女の子の顔が浮かんだが、これだと答えられる子はいなかった。

「一人ぐらいいるだろ。」

モリタは、まもなく始まる予選リーグの好カード、スペイン対ナイジェリアの試合を前に少し興奮したように言った。

「好きな女の子はいないのか?」

モリタの言ったその言葉は、試合が始まっても俺の頭の中を洗濯機のようにグルグルと泡を立てて回っていた。






「藤木さん、コトミのこと好きでしょ?」

木曜日だった。
東海地方は例年より10日遅く、それでも去年よりは3日早く、ようやく梅雨入りし、週末にかけて雨の多い天気になる、とニュースで言っていた。
俺は雨が降っていたので、電車で大学まで行くことにした。

アパート近くの静岡鉄道の御門台駅から電車に乗り、一つ隣の草薙駅で降り、県立大学へ向かう坂を登りながら、御門台駅で一緒になったタカコが不意に言った。

タカコは俺の住むセントポーリアの近くのアパートに住んでいて、忍者ハットリくんに出てくるケムマキの子分の、猫の影千代みたいに何かを企んでヒョッコリ表れる女の子だ。今でいうとモーニング娘の辻ちゃん加護ちゃんみたいにガヤガヤうるさく、それでいてちょっとだけカワイイ部分もあったりして(笑)、目障りな妹のような感じ。どういう感じかよくわからないと思うが、なんとなくそんな感じの子で、学部も同じだったので時々顔を合わせた。


「藤木さん、コトミのこと好きでしょ?」

俺は突然のタカコの言葉にハッとし、最近ハッとしたり、不意をつかれたり、突然とか多いよなと思いながら、タカコの顔をみた。

「最近の藤木さん見てたらわかるよ。だってコトミを見るとき恋する目になってるもんね、それに私に訊いてくる話題もコトミの事ばかりだし。」
コトミというのは、タカコの親友で背が高く、12時30分を指す時計の針のようにスタイルが良く、夕立の後の空のような気持ちのいいさわやかな子で二人はいつもトムとジェリーのように、仲良く喧嘩しながら一緒にいた。俺はそれまで、かわいいなあとは思いつつそんなことを考えたこともなかったが、そういえばコトミのことばかりタカコと話していたかもしれないと思い、うっすらと笑みを浮かべてこちらを見上げるタカコの顔をみて、顔が次第に赤くなっていくのが自分でもわかった。

「そ、そんなわけないだろ。」
と俺は必死に答えたが、タカコは「さーどうでしょうねー。」と確信したように下唇をとがらせこちらを見上げ、ヒーロー漫画に出てくる悪役のセリフを吐いた。


名悪役だった。

この日は、1限から4限まで授業があった。
昼飯の時に学食に行くと、
「お前グラウンド以外で見るの久しぶりだな。」
とウエジが言った。
「夜中サッカー見て、朝起きられないんだよ。」
と俺が言うと、
「あーだめだめ、駄目だ。サッカーの話はするな。昨日のスペイン対ナイジェリア戦まだ見てないんだから言うな。今日帰ってビデオでみるからそれまでは駄目だ。」
とウエジが慌てて言った。
「今度の日本戦、お前の家で皆で見ようぜ。」
鳥居が言った。
「おーいいな。俺も行くよ。クボ、お前も来いよ。」
そうウエジが言うと、クボは、
「足りんな。うどん食うかな。」と目の前の和風ハンバーグを平らげてボソッと言った。


久しぶりに朝から授業を受けたおかげで、4限目にはすっかり疲れていた。

4限目は、英文学史の授業だった。
国際関係学部棟3階の3314という、小さな教室だった。
去年、単位を取り損ねたおかげで、俺は3年生なのに、2年生20人女ばかりの中でたった一人その授業を取っていた。


そこにコトミもいた。

コトミは、いつも一人でちょこんと黒板から見て右後ろ、窓際から一つはなれた席に座っていた。
俺はいつもその後ろ、窓際の席から視界の端にコトミを置きながら授業を受けた。
そしていつも、授業の始まる前に、決まって予習で読まなければならない本の話、そして最近のどうでもいい話をした。

俺は朝のタカコの顔を思い出し、武者震いをしながら若干緊張し、その日も窓際一番後ろの席に座り、授業を始まるのを待つフリをしながらコトミを待った。
しかし、いつもは俺よりも先に席についているはずのコトミは授業開始の時間になっても現れず、少し遅れて講師が来てもコトミは来なかった。
コトミは授業をサボるような子ではなかったので、俺は遅れてやって来はしないかとずっと授業の間、ドアの方を気にかけていたが、その日、とうとうコトミは姿を見せなかった。

4限の授業が終わり、俺はコトミの姿を探すように学部棟をうろうろし、よくコトミが授業のないときに自習をしていた図書館も探した。
しかし、どこにもコトミの姿はなかった。

俺は図書館の新聞コーナーのソファに座り、今朝のタカコの言葉とコトミの顔を窓に透かせて、胸がせつなくなるような不思議な気持ちを感じ、朝から降り続く雨を窓越しに見ていた。

***************


「いやー、ウエジ、本気で怒ってたわー。あんなに怒らなくてもいいのによー。スペイン対ナイジェリアの試合のこと話しただけなのによー。」

その時、センチメンタルに浸っていた俺の前にモリタが現れ、俺の気持ちを察しもせずに
「ウオチョー、今日アイスクリーム3割引だぜ。たくさん買って帰ろうぜ。ムフフッ。」と首をすくめて言った。


俺はもう一度窓の外を見た。

窓の外で、雨が激しくなった気がした


  
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第8話 編集長登場

静鉄御門台駅中






 「アサコはどうなった!、くだらないことばかり書いてないで、早くアサコの事を書け!」
 夕方からの練習を終え、現在の俺のアパート、シティハイムコジマ103号に戻り、シャワーを浴び終え、パンツを履こうと思った瞬間に、さっき脱いだばかりのジャージの中で携帯電話が鳴った。
「おーあぶねぇ。買い換えたばかりなのに、また洗濯機で回してしまうところだった。」
 俺は思わず、掴んでいたパンツを放し、電話を取った。
「あーもしもし。」
「おーフジか。お前アサコはどうなったんだよ。つまらねえ事ばかりばらさないで早く書けよ。締め切り遅れてるぞ!」
「小説のことか?」
「そうよ!もったいぶらずに早く書けよ。アサコの事も、コトミの事も早く書いちゃえよ。」

 それはもう何年も聞き慣れた声だった。
「アサコの事はそろそろ書こうかと思ってたから心配すんな。ぼちぼち書くからよ。」
 俺は床に落ちたパンツをもう一度拾い直し、答えた。
「だったらいいけどよ。あと俺のことを書くのは良いけど、もうちょっと大袈裟にするとか手を加えろよ。本当にそのままだから、何書かれるか心配だからよ。」
「わかった。わかった。今シャワー浴びたばかりだから、とりあえずパンツ履かせてくれ。」
「おー、わかった。じゃあ頼んだぞ。また静岡でな。」
 電話を切ると、とりあえず俺はパンツを履き、いつだったかユニクロで買った寝間着に着替えた。
 そして、小説の締め切りが遅れていたことを思いだし、それと同時に、キレやすい編集長の馬顔がぼんやりと浮かんだ。
「あーそろそろ書かないとな。やー書かないとな。うー書くかな。めんどくさいなー。でも書かないとなー。明日にしよっかなー。でも明日夜遅いからなー。やっぱり今日書くかなー。どうしよっかなー。」
 と、ぐだぐだ考えていると、俺が以前、「お前は所詮、こたつの足よ。」と軽く冗談を言ったつもりだったのが、「プチン」と編集長の逆鱗に触れ、怒りに荒れ狂う般若のようになったことがあったのを思い出した。
 俺はそれを思い出して少し身震いし、「編集長は怒らすと、そこら辺のホラー映画より怖いからな。」と思い直し、俺は牛乳を一口飲み、パソコンの前に座った。
「ふーっ」
 そして話は1998年に戻るのであった。



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 モリタが、俺の家に寄生し始めて一週間が経とうとしていた。
 まだ一週間だというのに、すでにモリタは俺よりもこの部屋の主らしく堂々とし、冷凍庫の中にはモリタの買ってきたカップアイスクリームが色とりどりに並んでいた。
 竹千代はテレビでワールドカップがある度に、太陽が東から昇るように規則正しく、その時間にポテトチップスを持って現れ、試合が終わると何か食い物はないかと首を振り、最終的にインスタントラーメンを食い、一寝入りした後で、太陽が海に沈んでいくように、規則正しく帰っていった。
 俺はこの生活の中でも、試合のない日など時間を見つけ、それでも週に3,4日程スポーツクラブでバイトをしていたので、そう考えると、モリタや竹千代は明らかに俺よりも俺の部屋にいる時間が多かった。

 この日も俺は試合がなかったので、久しぶりにバイトに行った。
「なんか、久しぶりだね。」
 トレーニングマシンを見回り歩いていると、背中のほうから声がした。
「ワールドカップが始まったから、家でずっとサッカーばかり見てるんでしょ。」
 振り向くと、少し髪の短くなったアサコがそこに立っていた。
「あ、あぁ。」
 俺は、髪をきったせいか、少し雰囲気の変わったアサコに少しドギマギしながらうなずいた。
 アサコというのは、話を少し巻き戻してもらえればわかるが、俺と同じ大学に通う色白で広末涼子似(本当だ)の女の子だった。
「最近学校でも見ないもんね。どうしてるのかなって思ってたよ。」
 それまでアサコの顔をはっきりと見たことはなかったが、初めて間近で見たその顔は、目や鼻、唇がとてもやさしく、肌も白く、とても透明感があった。
「あ、あぁ、毎晩夜遅くまでサッカーばかり見てるから、昼間は学校行けずに寝てるんだよ。」
 俺は少し見とれて、遠くに行きかけた意識を引き戻しながら、答えた。
「結構私も見てるんだよ、ワールドカップ。藤木君もこれを見てるんだろうなって思いながら。」
 髪の短くなったアサコに、俺は必要以上に緊張しながら、しばらくワールドカップの話、そして学校での話、アサコが最近読んでいるという村上春樹の本の話をした。

「明日プールの水を替えるから、今日は9時になったら清掃を始めてくれ。」
 野田さんが慌しそうにジムの外から声をかけて行った。時計を見ると、もう9時までショートケーキ、ワンカット分の時間だった。
「今日、二階のダンスホールの清掃でしょ。私もなんだ。」
 アサコが首を傾けていった。
 ダンスホールは、20帖くらいの広さのフローリングでエアロビクスをやったりする。
 この日はアサコと二人、ここの清掃だった。
 床にモップをかけると、二人で床に座り1メートルくらいのストレッチマットを拭いていった。100枚ほどあるストレッチマットを丁寧に拭いていると、アサコがダンス用の音楽のスイッチを入れた。それはenyaのファーストアルバムで、ダンス終了の時によくかけるものだった。
「これ聞くと落ち着くのよね。」
 アサコはアルバムのジャケットの向こうで顔をのぞかせながら、笑った。
 そして、「あのダンス難しいよね。こうだったっけ。」とアサコが音楽に合わせてレッスンでやっているダンスを踊り始めた。
 淡いオレンジ色の小さな中間照明が二つ、enyaの音楽にあわせてアサコの影の中で揺れた。
 俺はストレッチマットを一枚ずつ右から左へ置き換えながら、水の中で踊るアサコを見ていた。


   「小人が出てきて『一緒に踊りませんか?』と言った。」


 村上春樹の短編小説に出てくる言葉がふと浮かんだ。本当に小人が出てきそうな、そんなやわらかい空気だった。
「おーい。もう終わるぞ。」
 と不意に野田さんがダンスホールのドアを開けた。そこで、小人は踊るのを止めた。
 そしてアサコは音楽を止め、俺は照明を落として1階に降りようとした。
 その時、アサコが俺を呼び止めた。
「ねえ藤木君、今週末空いてる?」
「よかったら、ドライブ行こうよ。私、水族館に行きたいんだ。」


   『一緒に踊りませんか?』


「あぁ。」
 俺は小人に呼び止められて、少しドギマギしながら、再び遠くに行き始めた意識の中でなんとか答えた。
  
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第7話 三馬鹿結成

3






「おかえり。今日も遅かったな。」
スポーツクラブでのバイトを終え、海を映したような、まだ日が昇る前のどこまでも青い朝の下、自転車を飛ばし部屋に戻ると、モリタタロウはソファに堂々と座り、こちらに背を向けテレビを見ながら、そう言った。
「おぉっ、ただいま。」
俺は不意をつかれ、すかさず答えた。
「いやー今日も凄い試合だったわー。竹千代は試合終わってさっき帰ったわ。おれもそろそろ寝るかな。ムフフッ。」
そう言うと、モリタタロウはソファの上でエビのように丸くなり幸せそうに目をつむった。
「寝るかなってお前ここで寝るのかよ。おい!」
と俺は思わず、さまぁ〜ず風に激しいつっこみを入れたくなったが、モリタはすでに幸せそうに目をつむっていたので、とりあえず手のフリだけにして言葉には出さなかった。
 俺もそのまま寝てしまいたかったが、疲れた身体をラストスパートさせ、熱いシャワーを浴びて疲れを洗い流した。そしてユニクロで買った寝間着に着替え、ロフトに上がって電気を消し、布団に身体を放り投げた。そして目をつむろうかという寸前、「ここは本当に俺の家だよな。」と急に不安になり、もう一度電気をつけて確かめ、やはり間違いないことを確認した後で、ロフトの下で幸せそうによだれを垂らして眠るモリタタロウを眺め、「ウーン」と少し考えたが、「まいっか。」と疲れていたので考えるのをやめ、下で眠るモリタタロウに毛布を一枚投げ、俺もエビのように丸くなり、目をつむった。

「おかえり。今日も遅かったな。」
次の日、バイトから帰ると、モリタタロウはまたもやソファに堂々と座り、こちらに背を向けテレビを見ながら、ビデオテープを再生するかのように言った。
「いやー今日も凄い試合だったわー。竹千代、眠くなってさっき帰ったわー。俺もそろそろ寝るかな。」そう言うとモリタタロウは大きなあくびをした。
「寝るかなってお前今日もここで寝るのかよ。おい!」
と俺はまたもや、さまぁ〜ず風につっこみを入れたくなったが、まだモリタタロウは寝ていなかったので、気づかれないように小さな手のフリだけにしておいた。

 翌日もその翌々日もそれからほとんど毎日、モリタタロウは日に一度、草薙一里山という自転車で10分のとこにある自分の部屋に荷物を取りに帰る以外は俺の部屋に出没した。

 ある日、俺は部活の後、バイトがなかったので久しぶりに体育館の二階に行き、ジャズダンス部の女の子を確認しながら筋トレをやった。
「う〜ん、新入生もだいぶ、様になってきたなあ」
と我が子の成長を見守る親のように顔を緩ませながらシャワーを浴び、部屋に帰ろうとすると、同じく体育館でバスケットボールをやっていたモリタがやってきた。
「おぉ、今日、豚のショウガ焼き食わせてやるけよ。一緒に帰ろうぜ。」
と何故か北九州弁で言い、そういうと、モリタは急いで着替えを済ませ、親父にもらったという茶色の革の鞄を肩に掛け、
「ウオチョー行こう。ウオチョー。」と言った。
「ウオチョー」というのは、大学の坂を下り、南幹線沿いにあるスーパーマーケットのことで、スーパーマーケットのくせになんと二階建てで、一階は食料品、二階には日用品が置いてあり、エスカレーターまで備え付けた、県立大学の学生(通称:県大生)にはお馴染みのスーパーマーケットだった。

 俺とモリタは風を切るようにチャリンコを飛ばし、ウオチョーへ向かった。ウオチョーに着くと、モリタは 豚肉の駒切れを二パック買い、
「やっぱりショウガはおろさんとなぁ」とショウガを買い物かごに入れ、ひととおり店内を回った後で、
「これ好きなんだよ。ムフフッ。」と笑みを浮かべ、100円のカップアイスクリームをひとつ手に取り、こちらをチラッと見、少しためらいを見せながら、俺の分を考えてか、もう一つカップアイスクリームをかごに入れた。
そしてレジを済ますと、また二人してチャリンコにまたがり、静岡鉄道(通称:静鉄)の線路沿いを飛ばし、俺の部屋であるセントポーリア104号室へと向かった。
部屋に着くなり、モリタは腕をめくり早速、豚のショウガ焼きを作り始めた。ショウガをおろし、豚肉を焼いた。俺がシャワーを浴び終えるともう豚のショウガ焼きは出来上がっていた。そして、
「お前相当食うだろ。」
と言うと、俺の前に多く豚肉の乗った皿を置き、茶碗にご飯を大盛りについで、二人で豚のショウガ焼きを食った。そして食いながら、
「俺、昔料理人になろうと本気で思ったことがあるんよ。」
とモリタは言った。そう言ったモリタの作った豚のショウガ焼きは美味かった。
豚のショウガ焼きを食い終え腹一杯になると、モリタは冷凍庫に入れて置いたアイスクリームを取り出し、
「ムフフッ」
と肩をすくめ、今度は二人でアイスクリームを食った。
腹一杯になり、
「もう後はサッカー観るだけだな」
ソファに寝そべりながら、そう思っていると、突然ドアが開き、竹千代がポテトチップスとサッカーマガジンを脇に抱えて入ってきた。
「こんばんわー。」
竹千代は、やけに白々しく蚊の泣くような声でそう言い入ってくると、
「ありゃ、何食ったんだ?上手そうな匂いだな。」
とショウガのたれのついた皿を持ち上げた。
「豚のショウガ焼きよ。最高美味かったちゃ。」
そうモリタが言うと、
「なんで呼んでくれんがや〜。」と何処の方言かわからない口調で言った。
あまりに残念がっているので、
「ラーメンなら食ってもいいぞ。そこにインスタントのがあるだろ。」
と俺が言うと、
「ホ、ホント?これかぁ〜。」と竹千代は犬のように嬉しそうにそれを手に取り、こっちを見て、
「ご飯ももらっていい?」と遠慮なく言った。
美味そうにラーメンを食っている竹千代に、
「お前、飯食う時、本当に幸せそうに食うよな。」
とモリタが言った。
そして三人ともこれ以上ない満腹感に満足し、サッカーを観た。
あまりに三人とも満足していたので俺が、なにげに
「やっぱり、人生大盛りだな。」
というと、モリタは
「たまに良いこと言うんだよな。そうよ。大盛りよ。名言だな。」
と言い、竹千代も、
「う〜ん。そうかもなぁ。」とポテトチップスの底をまさぐり、サッカーマガジンを見ながら、こちらにプリッとしたケツを向けたまま言った。

三馬鹿だった。
  
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第6話 モリタタロウ登場

セントポーリア入り口中






ワールドカップが始まってから、サッカー部にはいつも以上に部員が集まっていた。
ジャッキー・チェンの映画を見たあとに、「アチョーッ」などと
興奮して壁を蹴ってしまう現象と同じで、
おそらく皆ワールドカップを見たせいで、自分が画面の中の
スーパースターにでもなったつもりでいるのだろう。
練習はいつも以上に熱が入っていた。

 「いつもこれくらい集中してやってくれればとんでもなく強いチームになるのになぁ」
キャプテンとして、この状況と普段の状況とのギャップに頭を悩ませるふりをしながら、
練習後に水道の水を飲んでいると、

「フジ、今日のイタリア対チリの試合一緒に見ようぜ」
と竹千代が言ってきた。

「昨日はバスケ部の友達と見たんだけど、そいつがうるさくてさ、ゆっくり見れなかったんだ」
「おお、いいぞ。じゃあ後で俺の部屋に来いよ」
それを聞くと、竹千代はそそくさと着替え、帰っていった。

俺は練習後いつも、
体育館2階の隅にあるトレーニングルーム(といっても部屋の仕切りさえ無いのだが)
で筋トレををやるふりをしながら、
隣で踊っているジャズダンス部の女の子をチェックするという、
筋肉もついてかわいい女の子も眺められる、これ以上ないくらいの勝ちパターンを
2年間の大学生活をかけ修得していた。

そして、いつものようにひととおりチェックし終えると
シャワーを浴び、深い満足感に顔を緩ませながらチャリンコをとばし、家に帰った。
家に着くと、時計はもう8時を回っていた。
俺は急いで米を研ぎ、それが炊けるのを待ちながら洗濯物を洗濯機に放り込み、
まもなく始まるイタリア対チリの試合に備えていた。

「チュルーン、チュルーン」

そのとき、電子ジャーが保温に切り替わるのと同時に、
まるで合図のように携帯電話が洗濯機の中で、鳴った。
「危ねぇ。危うくまた洗濯機に回してしまうとこだった」と
ほっとしながら電話をとると、竹千代だった。

「おお、フジ。今日のサッカー、バスケ部の友達も連れていっていいか?
「モリタタロウ」ていって、うるさいんだけどさ。」
「おお、いいぞ。そいつなら顔は知ってるわ。カマキリみたいな奴だろ。」
「おお、カマキリっぽいかもな。じゃあ連れて行くわ」
そう言うと竹千代は電話を切った。

俺はいつもサッカー部の練習後、体育館で筋トレをしながらジャズダンス部の女の子を見ていたが、
そうみせかけて実はバスケ部のマネージャー、バレー部の女の子、
そしてバドミントン部の女の子までもをチェックしていたのだ(、、ガーン)。
しかも、「ゲッチュー」という俺の友達もバスケ部にいたため、「森田太郎」という名と、
その顔くらいは知っていた。

俺は急がなければ試合が始まる、と炊き立てのご飯をいれ、
実家から送られてきたキュウリを千切りにし、最近ハマッているインスタント味噌汁をお椀に出し、
最後にご飯にふりかけを掛け、「いただきます」の「す」を言い終えるカウント2、9秒
「おい3秒言ってるじゃねえか、八百長だ!」という観客の
ヤジと椅子が飛んできそうな微妙な瞬間に家のドアが開いた。

「おお、フジ。飯食ってたのか」
そう言うと竹千代は、ポテトチップスをほおばりながら入ってきた。
そしてその後ろから、骨と皮でできたカマキリのような男が、ちょこんと頭を下げ入ってきた。
「なんか貧相な飯食ってるな」
竹千代は俺の高貴な夕食を侮辱するかのような発言をし、
カマキリ男も俺の夕食に目をやった。そして、

「おおぅ、これはすごい。まさに日本の正しい食事だな。すごい。すごい。すごいぞぅ。」
と、まるで水たまりが太平洋であるかのように、大袈裟に言った。
俺はあまりにカマキリ男が大袈裟に言うので少し照れくさくなり、

「ちょっとだけならキュウリ食っても良いぞ」
と自分でもよくわからない発言をし、
わけがわからないまま何となくぎこちなく3人でキュウリを食った。

そうこうするうちに試合は始まり、先制したイタリアにチリがマルセロ・サラスのゴールで
追いつくという展開で、点がはいる度にカマキリ男の絶叫は初対面の遠慮を無くし、
そのたびに俺は竹千代と顔を合わせた。
しかし、初めはぎくしゃくしていた空気も徐々にうち解け、試合が終わる頃には、
もう何年も連れ添った仲間であるかのように自然になっていた。

その夜、竹千代とカマキリ男は俺の家に泊まり、朝までサッカーの話や大学の話、
どうでもいい話をして過ごした。

それが森田タオル、ではなくモリタタロウとの最初の出会いだった。
  
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第5話 W杯開幕

定食






 1998年6月、サッカー、フランスワールドカップは開幕戦で、前回優勝のブラジルがスコットランドにセザール・サンパイオのゴールなど、貫禄の内容で勝ち、始まった。

 俺は「最近体調が悪いんです。ゴホッゴホッ。」と、バイト先の野田さんに伝え、
「そうか、あまり無理するな」という野田さんの了承を取り付け、
ワールドカップの期間中、バイトの日数を減らすことに成功していた。
 
 サッカーをしている者にとってワールドカップは特別なものだ。
俺がワールドカップを始めて見たのは1990年イタリア大会だった。

 期待されたマラドーナが徹底マークにあい、思うようにプレーできないまま何とか勝ち続け、
相反して順調に勝ちあがってきた西ドイツと、前回86年大会同様の組み合わせで決勝だった。
試合はほとんどボールにさわれないマラドーナに対し、
クリンスマンが受けたPKを当時世界最高の左サイドバックのブレーメが冷静に決め、
この1点を守りきった西ドイツが優勝を決めた。

 この試合はワールドカップ史上最もつまらない決勝戦といわれたが、
それでも初めて経験したワールドカップは、サッカーを始めて間もない若干13歳、
汚れを知らない藤木少年の心をとらえた。

 その後1994年のアメリカワールドカップでは、当時高校生となり、
女の子のパンツの中に手を突っ込むことしか考えていなかった、
若干汚れ気味の藤木慎介17歳の心を再びつかみ、
それを見るために学校を休んで職員室に何度も呼ばれながら、
当時イタリアのエースだったロベルト・バッジオを追いかけた。

 …と、ここまで話せば俺がワールドカップにどれだけ熱を入れているか
わかってもらえるだろう。この小説風エッセイ、もしくはエッセイ風小説を
読んでいるだけでは、読者にただの暇を持て余してサッカーをやっている、
本当は週末になると街に出てナンパしてムフフッ、のなんちゃって大学生に
思われはしないかと実は最近不安だったりしたのだ。
ウーン、結構俺って小心者かも(矢沢永吉風)。

 とまあそんなかんじで、この開幕戦もバイトを休むことに成功し、
粗大ゴミで捨てられそうになっていた所を偶然通りすがり、
「それ捨てるならもらっても良いですか?」という突発的な言葉によって
我が屋の一員になった高級牛革風座椅子形ソファ(修飾語の連続にも疲れを見せず)
にもたれ、試合後に流れるハイライトを見ながら
始まったばかりのワールドカップに期待を膨らまし、
そのときめきから少女漫画の目になったりしながら過ごしていた。

 ワールドカップが始まってからというもの、
次の日学校に行くと俺の周りにはサッカーをしているやつが多いこともあって、
前日の試合の話で持ちきりだった。
トリイやウエジもこのワールドカップに備えてBSアンテナを購入し、
昨日の開幕戦を見たようだった。

「まさか、セザール・サンパイオがゴール決めるとは思わなかったよな」
とトリイが言った。
「バカ、まだビデオ撮って半分しか見てないんだから言うな。俺のいないところで話せよ」
ウエジはまだ前半しか見ていないらしく、俺たちがウエジの見てない試合のことを話すと、
激しく怒りだし、俺たちに話をやめるように言った。
クボは相変わらず飯を食うことにしか頭がないようで、
俺が「ブラジル勝ったぞ」
と言うと、
「そうか」
とうなずき、そのことに全く興味を示さず、「この豚カツ堅いな」とボソッと言った。

 大学に行っても、そこに出てくる話といえば、ワールドカップの話だった。
俺がサッカー部の部室で練習着に着替えていると、
竹千代が「昨日は良かったわー。でも、大事な試合が一つ終わってしまった。」
と、言った。

 竹千代は、俺の家の近くにある御門台駅から、草薙とは逆の、清水方向に
一駅行った狐ヶ崎駅近くにある、ジュエ狐ヶ崎というアパートに住んでいて、
髪の毛はボサボサで、部屋は靴のまま上がりたくなるようなゴミだらけの部屋で、
何かの集まりには必ず遅刻し、いつも金を借りて回るという
時間と金にルーズな男で、その上全く女に縁がなく、実にモテず、
具体的に言うと、「ひどい男」だった。

 竹千代は俺の家からそんなに遠くないこともあって(500メートル程)、
よく俺の家に酒を飲みに来てはサッカーの話をする仲だった。
普段はひどい男だったが、俺の家に来て
政治や興味のあるロシアの話やサッカーの話をするときは
普段とは違う一面を見せ、その話は面白かった。
しかし、酒が入ってくると口が回らなくなり、絡んできたり
ひどいときにはゲロを吐いたりと普段よりも威力を増してろくでなし!になった。
先日行われたサッカー部の新入生歓迎コンパでも、他人の服の上にゲロを吐き、
それに気づかず口を開け、そのまま寝ていた。

「大事な試合が一つ終わってしまった。」
竹千代がそう言ったのは、サッカー好きにとっては、
ワールドカップは4年に一度しか開かれず、
次の大会まで4年待たなければいけないため
そのうちの一つの試合が終わったことにちょっぴり寂しさも感じたのだろう。

竹千代はデル・ピエロというイタリアのエースが熱狂的に好きで、
その日もデル・ピエロの所属するチームのユニホームを着て、
明日に控えたイタリアの試合を楽しみにしていた。

竹千代が楽しみにしていたのは予選リーグの好ゲームの一つ
「イタリア対チリ」の試合だった。
  
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第4話 開幕前夜

セントポーリア入り口






スポーツクラブのバイトが始まったおかげで、俺の生活リズムは完全に夜型になった。

深夜4時に帰宅し、シャワーを浴び、髪の毛も乾ききらないうちに寝たかと思うと、
8時過ぎに起き9時から始まる授業のために学校に行った。
4時10分に授業が終わると、4時半から主将をやっている部活のサッカー。
それが7時に終わり、飯を食ったあと9時からまたバイトという生活を繰り返した。

本来なら3年生にもなると、1,2年のうちに大抵の単位を取ってしまうため、
90分の授業を4〜5コマ程取り、週に3日ほど学校に行けばいいのだが、
案の定俺は、単位を幾つも落としていたため、3年生になっても、
幾つかの単位を落とすことを計算した上で15コマ程授業を履修していたため、
毎日のように学校に行かなければならなかった。

それでも始めのうちはまだ良い方で、朝早く学校に行っても
結局授業を受けながら机の上で寝てしまうので、一週間もしないうちに、
どうせ寝てしまうのだからと午前中の単位を半ばあきらめ、昼まで布団にもぐりこむようになり、
ようやく昼頃になって腹が減り、授業を受けに、
というより腹を満たすために学校…というか学食へ行った。
 
 うちの学校には二つ食堂があり、校舎に挟まれた、
100メートル程の坂を上った所にある比較的広い食堂を「上食」、
坂の下の管理棟と呼ばれる建物の地下にある少し小さめの食堂を「下食」と皆呼んでいた。

「上食」は色々な学部の生徒が集まり賑やかなのに対し、
「下食」は場所柄、食品栄養学部と薬学部の近くにあるため
それらの生徒や研究中の大学院生も多く、白衣のまま飯を食うひとがいたり、
薬品の匂いがする人がいたりと、年齢層も高く、雰囲気も暗い…というか落ち着いていた。

 俺はいつも「上食」で昼飯を食っていた。
「上食」には麺類コーナーと定食ものやおかずを置いているコーナーがあり、
「ご飯がなければそれは飯ではない」という帝食主義のもと、
常に俺は麺類コーナーをOut of 眼中にし、ご飯もののコーナーへ行った。

そこでは、ご飯や味噌汁、おかず等一品ずつ皿を取っていくというやり方で、
定番でハヤシライスがあり、日替わりで340円のおかずと260円のおかず等があった。

俺はよほど今日のおかずにはキレがある、という以外は「上食」の数少ない選択肢の中でも、
常に誇り高く振る舞い、気品と風格を漂わせ、見る貧乏学生の視線を思わず避けさせてしまう、 漆風の箱に入った日替わり弁当500円(味噌汁付き!)を食った。 しかも、
「おばちゃん、味噌汁の代わりに豚汁にして。」
と静かな湖に石を投げるような発言をし、
周りの学生の唖然とする視線を背中に感じながら、
首の骨をコキコキと鳴らす余裕の態度で豚汁を受け取る。
そして味噌汁を豚汁に替えた差し引き540円を噂の千円札で払い、
更に余裕を見せるためにドレッシングを控えめに掛ける、
という一連の動作を一瞬の迷いもなくこなす他の学生とは一線を画した、
カレンダーで言えば日曜日のような存在だった。

そのころ実際には、金はなかったのだが、
「ジュースは100%、ゴミはゴミ箱へ」という身体に優しく地球に優しい学生を目指していたため、
「残さず食う」、「飯には金を掛ける」という定食主義のもと偏りがちな栄養を摂るために、
意識的に昼飯にはバランスの良い食事を摂ることにしていた。
 
ということで、俺は大抵540円の豚汁付き弁当を、
昼時になるとどこからともなく集まってくる同じ学部のサッカー部の連中と食べていた。

そこにいるメンバーはといえば、いつも俺が飯を食う時にはいる無口なクボ、
つかみ所がないが女には手を出すのが早いトリイ、
そして身長187僂離Ε┘犬世辰拭

俺は飯を食う時、サッカー部ではもちろん、授業やその他でもこいつらと一緒のことが多かった。
クボは何故か俺が飯を食う時にいつも姿を見せ、
トリイやウエジとは二年の時に同じラーメン屋でバイトをしていたこともあり、
世間で言う、気の許せ合う仲間だった。

その日もいつものように、飯を食っていると、

「お前バイト始めたらしいな」
とトリイが聞いてきた。

「あぁ、スポーツクラブのバイトで深夜4時までちゃ。金貯めて車買うんよ。」 
言い忘れたが俺は九州の福岡の行橋という街の出身で、
静岡に来ても我を貫き通し北九州弁を話していた。

「だから、最近午前中見かけなかったのか」
とウエジが飯をほうばりながら言った。

「そうよ、だいたい昼まで寝ちょんよ。」
言い忘れたが北九州弁は語尾に「たい」とか「と」のつく博多弁とは違い、
語尾に「ちゃ」とか「ちょう」がつく。
ちなみに北九州弁を話す有名人では「うる星やつら」の主人公ラムちゃんがいる。

「この春巻き美味いな」
クボがぼそりとつぶやいた。

「お前バイト始めたのは良いが、もうすぐワールドカップが始まるぞ、
朝までバイトやってたら見れないだろ」
とウエジが飯をほうばばりながら、ら抜き表現で言った。

「そうやん、フランス時間で放送だから、日本は夜か!」
俺は、6月にあるサッカーのワールドカップに備えて衛星放送を取り付けていたものの、
バイトの時間と重なるということには気がついていなかった。

俺は頭が少しパニックになり、「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ…」と47回数えたところで、
「おい、授業行くぞ」というトリイの声で我に戻り、足早に食器を片づけ、授業へ行った。
 
この時、このワールドカップが人生の一つの大きな出会いをもたらすとは、
若干21歳、前頭三枚目一階角部屋104号の藤木慎介はまだ知る由もなかった…。
  
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第3話 アサコ

バイトは、驚くほどすんなりと採用が決まった。
予定された時間にスポーツクラブまで行くと、二階の休憩室のような所に通された。
すると、そこにいた頭の寂しく、胸板の厚い男が頭を下げ「野田です」と言った。


「あぁこれが電話に出た、担当の野田という人なのだな」
と薄くなった頭頂部を見ながら俺はそこにあった椅子に座った。
そして、ありきたりの質問をいくつか受けた。

「そうか県立大学の学生か…サークルか何かやっているの?」
「はい、サッカー部主将ですっ」

と俺は背筋を伸ばし、圧倒的に体育会系の迫力で眉間にしわを寄せ言い放った。
野田さんは明らかに一瞬ひるんだ様子を見せ、その瞬間から俺を見る目が変わった。
それで決まりだった。

「サッカー部主将」という言葉はその内容がどうであるにしろ、
大抵の人であれば「そうか…主将でおられるか」と鼻息をあらくさせてしまう作用がある。
これは決して「サッカー部キャプテン」などという西洋風の響きでは、
「ああ、夏は花火でムフフッ、冬はゲレンデでデヘヘッ
なんちゃって男女イベント系サークルのキャプテンね」
と甘く見られてしまい、効き目がない。
俺は「主将」という響きの持つ先入観と効力、そしてその実用化に早くから目を付けた、
数少ない学者の一人だと勝手に自負していた。

「うちはスポーツクラブだからね、ある程度のスポーツに精通した人が欲しかったんだよねぇ」
と野田さんは明らかに、少し緊張気味に履歴書を確認しながら言った。
「フンフンフン…わかりました、それでは後日採用か否か連絡します」
それで面接は終わった。

翌日、野田さんから電話があり、その翌週から俺はそのスポーツクラブで働くことになった。

スポーツクラブでのバイトは実に面白かった。
二週間の研修で俺は人口呼吸の仕方からトレーニング機器の使い方、
食物栄養学にスポーツ科学等あらゆる知識を教えられた。
スポーツクラブには色々なプログラムがあり、
研修期間中は生徒としてそのコースにも参加した。
バタフライで黙々と泳ぐプログラム、
空手の有段者プログラム、そしてエアロビクスまでやった。

色々なプログラムに参加するうちに、
このスポーツクラブには実に色々な経歴を持つ人がいることがわかった。
国体出場者はもちろん、スキューバダイビングのインストラクター、
プロミュージシャンだったボディビルダー、
そして俺の面接をした野田さんはやり投げの元オリンピック候補という肩書きを持っていた。

とはいえ、そういった本格派ばかりではなく、俺のような学生アルバイトも何人かいた。
そしてその中に見覚えのある女がいた。

それがアサコだった。
 
アサコは俺と同じ県立大学の同じ国際関係学部で俺と同じ3年生だった。

「藤木君だよねぇ?」

二週間の研修期間も終わりに近い頃、
アサコはずっとタイミングを探していたように、
タイムカードを打刻し仕事を始めようとした俺の背中越しに声を掛けてきた。

「藤木君だよねぇ?バイトに来てるんだ、もう慣れた?」
俺は不意に声を掛けられたので一瞬返答に困ったが、
「あぁ、もう随分慣れたよ、翌朝の授業は眠いけどね」
と自分でも褒めてやりたいくらいクールに答え、
「俺今からプールの監視なんだ、早く行かなきゃ」
とアサコの視線を勝手に背中に感じながらプールへと向かった。

それ以来、アサコとはよく話すようになった。
学校が同じということでバイトのシフトも必然と同じになり、
行けば必ずと言っていいほどアサコと一緒だった。

ある時はプールに入れる塩素を地下の倉庫に取りに行き、最近の芸能ニュースの話をした。
ある時は照明の少し落ちたダンスホールで清掃をしながら大学教授の悪口を言った。
ある時は深夜、誰もいなくなった室内プールのプールサイドで、
流行っている映画のラストシーンについて話した。
俺は授業が終わるとスポーツクラブのバイトに行き、行けば必ずアサコと話をした。

 
 そういう風にして98年の夏は始まった。
夜図書館から  
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第2話 求人

静鉄草薙駅






オニオンに女ができたというのは、少なからずショックだった。
オニオンは女ができるとすっかり男仲間から離れ、女に入り浸り、
しばらく姿を見せなくなるという性質があるからだ。
俺とオニオンは、週休二日祝祭日休み無しくらいのペースでつるんでいたので、
オニオンに女ができたとなると、つるむ仲間 が一人減り、
いわゆる「暇」といわれる状況に置かれてしまう。

俺は「ウーン」と少し考え、オニオンの残していった新潟の酒を空け、
「暇になる、暇になる、 暇になる……」と76回数えたところで酔いが回り寝てしまった。

  翌日、哀しいかな早くも暇になった俺は
「そうだ車を買おう!車があれば彼 女ができる!彼女ができれば暇ではなくなる!」
と三段論法ふうに大前提と小前提を展開し、歪曲した結論を導き出した。
そして間髪入れず、
「そのためには金がいる!金を稼ぐにはバイトだ!バイトをすれば車が買える!」
ともう一度三段論法を展開し、正しくも
「そんなに大袈裟に言うな」と言われそうな単純な結論を導き出した。

そうとわかると俺は人目を気にして小さくうなずき、学食の食器をさっさと片づけ、
学食二階の売店の奥に、木曜日になるといつも置いてある「DOMO」という
無料アルバイト情報誌の元へと早歩きで階段を昇った。
 
「DOMO」はあたかも俺のために何十年も待っていたかのように、一冊だけ
そこにあった。俺はもう一度人目を気にし、あわてた素振りを見せずさりげなく
それを手に取り、「万引きじゃないのよ」と狸のような顔のレジのおねーさんに
それを見せるようにして、自分でも驚くくらい実にさりげなく食堂へと戻った。

 [DOMO」は俺の通う、静岡県立大学とその近辺(静岡大学まで)、
静岡南、静岡北、静岡街中、清水・・というふうに地域別に掲載されていて、
求人側にとってわかりやすくなっている。
しかし俺は、そんなことには目もくれず、手っ取り早く金を稼ぐために
時給の高いバイトをしらみつぶしに探した。

「バンデロール」というかわいい女の子の働いているパン屋、
横浜屋というラーメン屋など草薙駅周辺の店、
「スーパーいやま」という、俺がいつも買い物をするスーパーマーケットもアルバイトを募集していた。
他には、交通量調査や警備員のような一日限りのバイトから、キャバクラ等の風俗店まで、
そこにはあらゆる求人が載っていた。

しかし、そのどれもが時給が安いか、もしくは女性のみというものが多く、すんなりと思う
ようにはいかなかった。

 それでも俺は目を凝らし、希望を抱きページをめくり続けた。
すると、静岡北と分けられたページの中に

「スポーツインストラクター、時給1500円、夕方5時より深夜4時まで、その他:交通費支給」

と書かれた求人を見つけた。
不況で社員でさえもボーナスカットを強いられているこの時世に、
時給1500円でしかも交通費まで支給とは……。

「ウオオオオオゥ、これだ!」

思わず戦の勝ちどきをあげるかのように叫んだ。
俺はグラウンドの真ん中に落としてしまったコンタクトレンズを奇跡的に見つけたような衝動を
受け、それをあわてて水道で洗い、目に装着するかのように、そこに載ってあった電話番号へ急
いで電話した。

「チュルルルルー、チュルルルルー…」
「はいもしもし、こちらスポーツクラブ、エグザスです」
「あの『DOMO』の求人を見てお電話したんですが、担当の方をお願いします・・」

俺は電話の対応の声があまりにカラッとしていて、さわやかだったため一瞬気後れし、しかし即座
に気持ちを持ち直し、負けまいとハツラツと話した。

「今代わりますので、少々お待ちください」

そう言って受話器を置くと、小学校の掃除時間に校内放送で流れていたような、待ち受けの音楽が
流れた。俺はその懐かしさに思わず引き込まれ、膝でリズムをとりそれが何の曲であったか思い出
そうとした。そして喉元まで思いだしかけたところで突然、音楽が切れた。

「はい、担当の野田です。」

俺はもたれ掛かっていた壁が突然なくなったように、少しよろめいた。

「あ、あの『DOMO』の求人を見てお電話したんですが、藤木慎介と言います」
「はい、ではとりあえず面接をするので、月曜日の夕方5時にこちらまでおいでください」
「は、はい、月曜日の5時ですね。ええっと…わかりました。」
「それでは失礼します」 
「あっ、はい失礼します」
 
 突然夢から起こされたように何が何だかわから ないままアッという間に電話は終わり、
とりあえず月曜日の5時に面接ということになった。

 俺は「フーッ」とひとまずため息を吐き、さっきまで流れていた音楽がいったい何だったのか
もう一度思い出そうとしたが、10円玉を入れてもこぼれないコップの水のように、
思い出せそうでとうとう思い出せなかった。
  
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第1話 初夏の頃

草薙







その年は6月というのに雨が少なかった。

俺の住むセントポーリア104号室の窓の外では、
アジサイが「まだかまだか」と雨を待ちわび、
砂漠の旅人のように干涸らびかけていた。

 その頃俺は大学のサッカー部のある重要な立場にいた。

日本風に言えば主将である。
埼玉辺りから出てきた坊主頭の青年が背筋をピンと伸ばし、
「そっ、そうでありますか、若輩者ですがよろしくお願いします。」
と言われかねない立場。

西洋風に言えばキャプテンである。
ポニーテールのマネージャーが「センパイッ、良かったらこれ使って下さい」
などと、グランド脇の水道で顔を洗っているときにタオルを差し出してくれ、
しかもそのタオルには「S・F」などとキャプテンのイニシャルが入っていたりするという立場である。

そこで俺は一見厳しい男の世界の雰囲気を漂わせつつ、男女夏物語にでもでてきそうな
「イヤンッ。そこはだめですぅ」
という青春チックでもある誤解されかねない役割を担っていたのである。


 その日も7時過ぎに部活を終え、サッカー部も含め飯を食う時には
必ず一緒にいるクボと大学の食堂で飯を食い、
何という事もなく清水市御門台にある俺のアパート、セントポーリア104号室に戻ったところであった。

「チュルーン、チュルーン。」
さあニュース・ステーションでも見て、せめて表面的であっても
世間の情報を入手しようとしていたその瞬間、
一度洗濯機に落とし、あわや水死体となる寸前に決死の覚悟の俺の右手に救われた
携帯電話が鳴った。

「あぁ、モシモシ」
「フジか?俺だけどよ。お前の家に今から行くわ」
「オニオンか?何か用か?」
「とりあえずそっち行ってから話すわ」
と、オニオンは自分の用件だけを告げると、さっさと電話を切った。


オニオンというのは、俺が大学に入ったばかりの頃一緒にサッカー部に入っていたのだが、
その後「やりてぇ事が他にある」と言い放ち、女と姿をくらました、
もう知り合って3年目にもなる俺の数少ない仲間の一人だった。

俺とオニオンは会えば喧嘩になるのだが、基本的には仲が良く、
一年の時には二人でヨーロッパに貧乏旅行したこともある。
オニオンは御門台から静岡鉄道で一駅行った(500メートル程しかないのだが)草薙という街で、
この春から一人暮らしをしていた。
それまで静岡市の藁科という山奥にある実家から
バイクで草薙にある大学まで通っていたオニオンが、
なぜ大学三年にもなって今頃一人暮らしを始めたかというと、
何度か通学途中に事故を起こし、親に危ないからと言われやむを得ず、
と、何とも情けない事情からであった。




 「相変わらず、お前の部屋は異様な臭いがするなあ」
 オニオンはそう言いながら、半分入った新潟の地酒を持って、
呼び鈴も押さずに部屋に入ってきた。
オニオンはここに来る前も部屋で飲んでいたらしく、顔がほんのり赤く、足取りもおぼつかなかった。

 オニオンは窓にもたれるように「ドカッ」と座り、
「ニターッ」と鼻の下を15冂伸ばし、
「フジ、俺よぅぅぅっ新しい女が出来たんよぅぅぅっ」と、回らない口調で言った。

「本当か?どこの女だ?」
「同じゼミで知り合った『ミドリ』という女だ。学年は俺達と同じだが、歳は二つ上だ」
「今流行の年上の女か!」
 俺は年上という響きに胸を躍らせ、身を乗り出すように聞いた。

「やっぱり女は年上の女に限るゼ、色々と世話焼いてくれるからヨ」と、
語尾をカタカナにしたくなるように自慢げに言った。

 オニオンは、一年ほど付き合っていた前の彼女と別れ、
一時期は学校にも全く行かず麻雀漬けの生活を送っていたが、
3年生になり、ゼミが始まったことで最近では学校にも行くようになり、
そのゼミでミドリという女と知り合ったということだった。

「ゼミで知り合ってな。それ以外も一緒に過ごす時間が増えてな。昨日、高台まで二人で歩いて
『今しかない!』と思ってチューしたんだ。そして付き合うようになったんだよ。デヘヘッ。」と、
鼻の下をもう5センチ程伸ばし、オニオンは笑った。

 その後もオニオンは、年上女の良さに関する自分の考えをダラダラと話し、
「もうわかった」という俺の言葉を無視し続け、それを三回繰り返すと満足したのか帰って行った。

  
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