
オニオンに女ができたというのは、少なからずショックだった。
オニオンは女ができるとすっかり男仲間から離れ、女に入り浸り、
しばらく姿を見せなくなるという性質があるからだ。
俺とオニオンは、週休二日祝祭日休み無しくらいのペースでつるんでいたので、
オニオンに女ができたとなると、つるむ仲間 が一人減り、
いわゆる「暇」といわれる状況に置かれてしまう。
俺は「ウーン」と少し考え、オニオンの残していった新潟の酒を空け、
「暇になる、暇になる、 暇になる……」と76回数えたところで酔いが回り寝てしまった。
翌日、哀しいかな早くも暇になった俺は
「そうだ車を買おう!車があれば彼 女ができる!彼女ができれば暇ではなくなる!」
と三段論法ふうに大前提と小前提を展開し、歪曲した結論を導き出した。
そして間髪入れず、
「そのためには金がいる!金を稼ぐにはバイトだ!バイトをすれば車が買える!」
ともう一度三段論法を展開し、正しくも
「そんなに大袈裟に言うな」と言われそうな単純な結論を導き出した。
そうとわかると俺は人目を気にして小さくうなずき、学食の食器をさっさと片づけ、
学食二階の売店の奥に、木曜日になるといつも置いてある「DOMO」という
無料アルバイト情報誌の元へと早歩きで階段を昇った。
「DOMO」はあたかも俺のために何十年も待っていたかのように、一冊だけ
そこにあった。俺はもう一度人目を気にし、あわてた素振りを見せずさりげなく
それを手に取り、「万引きじゃないのよ」と狸のような顔のレジのおねーさんに
それを見せるようにして、自分でも驚くくらい実にさりげなく食堂へと戻った。
[DOMO」は俺の通う、静岡県立大学とその近辺(静岡大学まで)、
静岡南、静岡北、静岡街中、清水・・というふうに地域別に掲載されていて、
求人側にとってわかりやすくなっている。
しかし俺は、そんなことには目もくれず、手っ取り早く金を稼ぐために
時給の高いバイトをしらみつぶしに探した。
「バンデロール」というかわいい女の子の働いているパン屋、
横浜屋というラーメン屋など草薙駅周辺の店、
「スーパーいやま」という、俺がいつも買い物をするスーパーマーケットもアルバイトを募集していた。
他には、交通量調査や警備員のような一日限りのバイトから、キャバクラ等の風俗店まで、
そこにはあらゆる求人が載っていた。
しかし、そのどれもが時給が安いか、もしくは女性のみというものが多く、すんなりと思う
ようにはいかなかった。
それでも俺は目を凝らし、希望を抱きページをめくり続けた。
すると、静岡北と分けられたページの中に
「スポーツインストラクター、時給1500円、夕方5時より深夜4時まで、その他:交通費支給」
と書かれた求人を見つけた。
不況で社員でさえもボーナスカットを強いられているこの時世に、
時給1500円でしかも交通費まで支給とは……。
「ウオオオオオゥ、これだ!」
思わず戦の勝ちどきをあげるかのように叫んだ。
俺はグラウンドの真ん中に落としてしまったコンタクトレンズを奇跡的に見つけたような衝動を
受け、それをあわてて水道で洗い、目に装着するかのように、そこに載ってあった電話番号へ急
いで電話した。
「チュルルルルー、チュルルルルー…」
「はいもしもし、こちらスポーツクラブ、エグザスです」
「あの『DOMO』の求人を見てお電話したんですが、担当の方をお願いします・・」
俺は電話の対応の声があまりにカラッとしていて、さわやかだったため一瞬気後れし、しかし即座
に気持ちを持ち直し、負けまいとハツラツと話した。
「今代わりますので、少々お待ちください」
そう言って受話器を置くと、小学校の掃除時間に校内放送で流れていたような、待ち受けの音楽が
流れた。俺はその懐かしさに思わず引き込まれ、膝でリズムをとりそれが何の曲であったか思い出
そうとした。そして喉元まで思いだしかけたところで突然、音楽が切れた。
「はい、担当の野田です。」
俺はもたれ掛かっていた壁が突然なくなったように、少しよろめいた。
「あ、あの『DOMO』の求人を見てお電話したんですが、藤木慎介と言います」
「はい、ではとりあえず面接をするので、月曜日の夕方5時にこちらまでおいでください」
「は、はい、月曜日の5時ですね。ええっと…わかりました。」
「それでは失礼します」
「あっ、はい失礼します」
突然夢から起こされたように何が何だかわから ないままアッという間に電話は終わり、
とりあえず月曜日の5時に面接ということになった。
俺は「フーッ」とひとまずため息を吐き、さっきまで流れていた音楽がいったい何だったのか
もう一度思い出そうとしたが、10円玉を入れてもこぼれないコップの水のように、
思い出せそうでとうとう思い出せなかった。