2005年01月22日

第3話 アサコ

バイトは、驚くほどすんなりと採用が決まった。
予定された時間にスポーツクラブまで行くと、二階の休憩室のような所に通された。
すると、そこにいた頭の寂しく、胸板の厚い男が頭を下げ「野田です」と言った。


「あぁこれが電話に出た、担当の野田という人なのだな」
と薄くなった頭頂部を見ながら俺はそこにあった椅子に座った。
そして、ありきたりの質問をいくつか受けた。

「そうか県立大学の学生か…サークルか何かやっているの?」
「はい、サッカー部主将ですっ」

と俺は背筋を伸ばし、圧倒的に体育会系の迫力で眉間にしわを寄せ言い放った。
野田さんは明らかに一瞬ひるんだ様子を見せ、その瞬間から俺を見る目が変わった。
それで決まりだった。

「サッカー部主将」という言葉はその内容がどうであるにしろ、
大抵の人であれば「そうか…主将でおられるか」と鼻息をあらくさせてしまう作用がある。
これは決して「サッカー部キャプテン」などという西洋風の響きでは、
「ああ、夏は花火でムフフッ、冬はゲレンデでデヘヘッ
なんちゃって男女イベント系サークルのキャプテンね」
と甘く見られてしまい、効き目がない。
俺は「主将」という響きの持つ先入観と効力、そしてその実用化に早くから目を付けた、
数少ない学者の一人だと勝手に自負していた。

「うちはスポーツクラブだからね、ある程度のスポーツに精通した人が欲しかったんだよねぇ」
と野田さんは明らかに、少し緊張気味に履歴書を確認しながら言った。
「フンフンフン…わかりました、それでは後日採用か否か連絡します」
それで面接は終わった。

翌日、野田さんから電話があり、その翌週から俺はそのスポーツクラブで働くことになった。

スポーツクラブでのバイトは実に面白かった。
二週間の研修で俺は人口呼吸の仕方からトレーニング機器の使い方、
食物栄養学にスポーツ科学等あらゆる知識を教えられた。
スポーツクラブには色々なプログラムがあり、
研修期間中は生徒としてそのコースにも参加した。
バタフライで黙々と泳ぐプログラム、
空手の有段者プログラム、そしてエアロビクスまでやった。

色々なプログラムに参加するうちに、
このスポーツクラブには実に色々な経歴を持つ人がいることがわかった。
国体出場者はもちろん、スキューバダイビングのインストラクター、
プロミュージシャンだったボディビルダー、
そして俺の面接をした野田さんはやり投げの元オリンピック候補という肩書きを持っていた。

とはいえ、そういった本格派ばかりではなく、俺のような学生アルバイトも何人かいた。
そしてその中に見覚えのある女がいた。

それがアサコだった。
 
アサコは俺と同じ県立大学の同じ国際関係学部で俺と同じ3年生だった。

「藤木君だよねぇ?」

二週間の研修期間も終わりに近い頃、
アサコはずっとタイミングを探していたように、
タイムカードを打刻し仕事を始めようとした俺の背中越しに声を掛けてきた。

「藤木君だよねぇ?バイトに来てるんだ、もう慣れた?」
俺は不意に声を掛けられたので一瞬返答に困ったが、
「あぁ、もう随分慣れたよ、翌朝の授業は眠いけどね」
と自分でも褒めてやりたいくらいクールに答え、
「俺今からプールの監視なんだ、早く行かなきゃ」
とアサコの視線を勝手に背中に感じながらプールへと向かった。

それ以来、アサコとはよく話すようになった。
学校が同じということでバイトのシフトも必然と同じになり、
行けば必ずと言っていいほどアサコと一緒だった。

ある時はプールに入れる塩素を地下の倉庫に取りに行き、最近の芸能ニュースの話をした。
ある時は照明の少し落ちたダンスホールで清掃をしながら大学教授の悪口を言った。
ある時は深夜、誰もいなくなった室内プールのプールサイドで、
流行っている映画のラストシーンについて話した。
俺は授業が終わるとスポーツクラブのバイトに行き、行けば必ずアサコと話をした。

 
 そういう風にして98年の夏は始まった。
夜図書館から

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