2005年01月22日

第4話 開幕前夜

セントポーリア入り口






スポーツクラブのバイトが始まったおかげで、俺の生活リズムは完全に夜型になった。

深夜4時に帰宅し、シャワーを浴び、髪の毛も乾ききらないうちに寝たかと思うと、
8時過ぎに起き9時から始まる授業のために学校に行った。
4時10分に授業が終わると、4時半から主将をやっている部活のサッカー。
それが7時に終わり、飯を食ったあと9時からまたバイトという生活を繰り返した。

本来なら3年生にもなると、1,2年のうちに大抵の単位を取ってしまうため、
90分の授業を4〜5コマ程取り、週に3日ほど学校に行けばいいのだが、
案の定俺は、単位を幾つも落としていたため、3年生になっても、
幾つかの単位を落とすことを計算した上で15コマ程授業を履修していたため、
毎日のように学校に行かなければならなかった。

それでも始めのうちはまだ良い方で、朝早く学校に行っても
結局授業を受けながら机の上で寝てしまうので、一週間もしないうちに、
どうせ寝てしまうのだからと午前中の単位を半ばあきらめ、昼まで布団にもぐりこむようになり、
ようやく昼頃になって腹が減り、授業を受けに、
というより腹を満たすために学校…というか学食へ行った。
 
 うちの学校には二つ食堂があり、校舎に挟まれた、
100メートル程の坂を上った所にある比較的広い食堂を「上食」、
坂の下の管理棟と呼ばれる建物の地下にある少し小さめの食堂を「下食」と皆呼んでいた。

「上食」は色々な学部の生徒が集まり賑やかなのに対し、
「下食」は場所柄、食品栄養学部と薬学部の近くにあるため
それらの生徒や研究中の大学院生も多く、白衣のまま飯を食うひとがいたり、
薬品の匂いがする人がいたりと、年齢層も高く、雰囲気も暗い…というか落ち着いていた。

 俺はいつも「上食」で昼飯を食っていた。
「上食」には麺類コーナーと定食ものやおかずを置いているコーナーがあり、
「ご飯がなければそれは飯ではない」という帝食主義のもと、
常に俺は麺類コーナーをOut of 眼中にし、ご飯もののコーナーへ行った。

そこでは、ご飯や味噌汁、おかず等一品ずつ皿を取っていくというやり方で、
定番でハヤシライスがあり、日替わりで340円のおかずと260円のおかず等があった。

俺はよほど今日のおかずにはキレがある、という以外は「上食」の数少ない選択肢の中でも、
常に誇り高く振る舞い、気品と風格を漂わせ、見る貧乏学生の視線を思わず避けさせてしまう、 漆風の箱に入った日替わり弁当500円(味噌汁付き!)を食った。 しかも、
「おばちゃん、味噌汁の代わりに豚汁にして。」
と静かな湖に石を投げるような発言をし、
周りの学生の唖然とする視線を背中に感じながら、
首の骨をコキコキと鳴らす余裕の態度で豚汁を受け取る。
そして味噌汁を豚汁に替えた差し引き540円を噂の千円札で払い、
更に余裕を見せるためにドレッシングを控えめに掛ける、
という一連の動作を一瞬の迷いもなくこなす他の学生とは一線を画した、
カレンダーで言えば日曜日のような存在だった。

そのころ実際には、金はなかったのだが、
「ジュースは100%、ゴミはゴミ箱へ」という身体に優しく地球に優しい学生を目指していたため、
「残さず食う」、「飯には金を掛ける」という定食主義のもと偏りがちな栄養を摂るために、
意識的に昼飯にはバランスの良い食事を摂ることにしていた。
 
ということで、俺は大抵540円の豚汁付き弁当を、
昼時になるとどこからともなく集まってくる同じ学部のサッカー部の連中と食べていた。

そこにいるメンバーはといえば、いつも俺が飯を食う時にはいる無口なクボ、
つかみ所がないが女には手を出すのが早いトリイ、
そして身長187�僂離Ε┘犬世辰拭�

俺は飯を食う時、サッカー部ではもちろん、授業やその他でもこいつらと一緒のことが多かった。
クボは何故か俺が飯を食う時にいつも姿を見せ、
トリイやウエジとは二年の時に同じラーメン屋でバイトをしていたこともあり、
世間で言う、気の許せ合う仲間だった。

その日もいつものように、飯を食っていると、

「お前バイト始めたらしいな」
とトリイが聞いてきた。

「あぁ、スポーツクラブのバイトで深夜4時までちゃ。金貯めて車買うんよ。」 
言い忘れたが俺は九州の福岡の行橋という街の出身で、
静岡に来ても我を貫き通し北九州弁を話していた。

「だから、最近午前中見かけなかったのか」
とウエジが飯をほうばりながら言った。

「そうよ、だいたい昼まで寝ちょんよ。」
言い忘れたが北九州弁は語尾に「たい」とか「と」のつく博多弁とは違い、
語尾に「ちゃ」とか「ちょう」がつく。
ちなみに北九州弁を話す有名人では「うる星やつら」の主人公ラムちゃんがいる。

「この春巻き美味いな」
クボがぼそりとつぶやいた。

「お前バイト始めたのは良いが、もうすぐワールドカップが始まるぞ、
朝までバイトやってたら見れないだろ」
とウエジが飯をほうばばりながら、ら抜き表現で言った。

「そうやん、フランス時間で放送だから、日本は夜か!」
俺は、6月にあるサッカーのワールドカップに備えて衛星放送を取り付けていたものの、
バイトの時間と重なるということには気がついていなかった。

俺は頭が少しパニックになり、「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ…」と47回数えたところで、
「おい、授業行くぞ」というトリイの声で我に戻り、足早に食器を片づけ、授業へ行った。
 
この時、このワールドカップが人生の一つの大きな出会いをもたらすとは、
若干21歳、前頭三枚目一階角部屋104号の藤木慎介はまだ知る由もなかった…。


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