2005年01月22日

第5話 W杯開幕

定食






 1998年6月、サッカー、フランスワールドカップは開幕戦で、前回優勝のブラジルがスコットランドにセザール・サンパイオのゴールなど、貫禄の内容で勝ち、始まった。

 俺は「最近体調が悪いんです。ゴホッゴホッ。」と、バイト先の野田さんに伝え、
「そうか、あまり無理するな」という野田さんの了承を取り付け、
ワールドカップの期間中、バイトの日数を減らすことに成功していた。
 
 サッカーをしている者にとってワールドカップは特別なものだ。
俺がワールドカップを始めて見たのは1990年イタリア大会だった。

 期待されたマラドーナが徹底マークにあい、思うようにプレーできないまま何とか勝ち続け、
相反して順調に勝ちあがってきた西ドイツと、前回86年大会同様の組み合わせで決勝だった。
試合はほとんどボールにさわれないマラドーナに対し、
クリンスマンが受けたPKを当時世界最高の左サイドバックのブレーメが冷静に決め、
この1点を守りきった西ドイツが優勝を決めた。

 この試合はワールドカップ史上最もつまらない決勝戦といわれたが、
それでも初めて経験したワールドカップは、サッカーを始めて間もない若干13歳、
汚れを知らない藤木少年の心をとらえた。

 その後1994年のアメリカワールドカップでは、当時高校生となり、
女の子のパンツの中に手を突っ込むことしか考えていなかった、
若干汚れ気味の藤木慎介17歳の心を再びつかみ、
それを見るために学校を休んで職員室に何度も呼ばれながら、
当時イタリアのエースだったロベルト・バッジオを追いかけた。

 …と、ここまで話せば俺がワールドカップにどれだけ熱を入れているか
わかってもらえるだろう。この小説風エッセイ、もしくはエッセイ風小説を
読んでいるだけでは、読者にただの暇を持て余してサッカーをやっている、
本当は週末になると街に出てナンパしてムフフッ、のなんちゃって大学生に
思われはしないかと実は最近不安だったりしたのだ。
ウーン、結構俺って小心者かも(矢沢永吉風)。

 とまあそんなかんじで、この開幕戦もバイトを休むことに成功し、
粗大ゴミで捨てられそうになっていた所を偶然通りすがり、
「それ捨てるならもらっても良いですか?」という突発的な言葉によって
我が屋の一員になった高級牛革風座椅子形ソファ(修飾語の連続にも疲れを見せず)
にもたれ、試合後に流れるハイライトを見ながら
始まったばかりのワールドカップに期待を膨らまし、
そのときめきから少女漫画の目になったりしながら過ごしていた。

 ワールドカップが始まってからというもの、
次の日学校に行くと俺の周りにはサッカーをしているやつが多いこともあって、
前日の試合の話で持ちきりだった。
トリイやウエジもこのワールドカップに備えてBSアンテナを購入し、
昨日の開幕戦を見たようだった。

「まさか、セザール・サンパイオがゴール決めるとは思わなかったよな」
とトリイが言った。
「バカ、まだビデオ撮って半分しか見てないんだから言うな。俺のいないところで話せよ」
ウエジはまだ前半しか見ていないらしく、俺たちがウエジの見てない試合のことを話すと、
激しく怒りだし、俺たちに話をやめるように言った。
クボは相変わらず飯を食うことにしか頭がないようで、
俺が「ブラジル勝ったぞ」
と言うと、
「そうか」
とうなずき、そのことに全く興味を示さず、「この豚カツ堅いな」とボソッと言った。

 大学に行っても、そこに出てくる話といえば、ワールドカップの話だった。
俺がサッカー部の部室で練習着に着替えていると、
竹千代が「昨日は良かったわー。でも、大事な試合が一つ終わってしまった。」
と、言った。

 竹千代は、俺の家の近くにある御門台駅から、草薙とは逆の、清水方向に
一駅行った狐ヶ崎駅近くにある、ジュエ狐ヶ崎というアパートに住んでいて、
髪の毛はボサボサで、部屋は靴のまま上がりたくなるようなゴミだらけの部屋で、
何かの集まりには必ず遅刻し、いつも金を借りて回るという
時間と金にルーズな男で、その上全く女に縁がなく、実にモテず、
具体的に言うと、「ひどい男」だった。

 竹千代は俺の家からそんなに遠くないこともあって(500メートル程)、
よく俺の家に酒を飲みに来てはサッカーの話をする仲だった。
普段はひどい男だったが、俺の家に来て
政治や興味のあるロシアの話やサッカーの話をするときは
普段とは違う一面を見せ、その話は面白かった。
しかし、酒が入ってくると口が回らなくなり、絡んできたり
ひどいときにはゲロを吐いたりと普段よりも威力を増してろくでなし!になった。
先日行われたサッカー部の新入生歓迎コンパでも、他人の服の上にゲロを吐き、
それに気づかず口を開け、そのまま寝ていた。

「大事な試合が一つ終わってしまった。」
竹千代がそう言ったのは、サッカー好きにとっては、
ワールドカップは4年に一度しか開かれず、
次の大会まで4年待たなければいけないため
そのうちの一つの試合が終わったことにちょっぴり寂しさも感じたのだろう。

竹千代はデル・ピエロというイタリアのエースが熱狂的に好きで、
その日もデル・ピエロの所属するチームのユニホームを着て、
明日に控えたイタリアの試合を楽しみにしていた。

竹千代が楽しみにしていたのは予選リーグの好ゲームの一つ
「イタリア対チリ」の試合だった。


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