
「おかえり。今日も遅かったな。」
スポーツクラブでのバイトを終え、海を映したような、まだ日が昇る前のどこまでも青い朝の下、自転車を飛ばし部屋に戻ると、モリタタロウはソファに堂々と座り、こちらに背を向けテレビを見ながら、そう言った。
「おぉっ、ただいま。」
俺は不意をつかれ、すかさず答えた。
「いやー今日も凄い試合だったわー。竹千代は試合終わってさっき帰ったわ。おれもそろそろ寝るかな。ムフフッ。」
そう言うと、モリタタロウはソファの上でエビのように丸くなり幸せそうに目をつむった。
「寝るかなってお前ここで寝るのかよ。おい!」
と俺は思わず、さまぁ〜ず風に激しいつっこみを入れたくなったが、モリタはすでに幸せそうに目をつむっていたので、とりあえず手のフリだけにして言葉には出さなかった。
俺もそのまま寝てしまいたかったが、疲れた身体をラストスパートさせ、熱いシャワーを浴びて疲れを洗い流した。そしてユニクロで買った寝間着に着替え、ロフトに上がって電気を消し、布団に身体を放り投げた。そして目をつむろうかという寸前、「ここは本当に俺の家だよな。」と急に不安になり、もう一度電気をつけて確かめ、やはり間違いないことを確認した後で、ロフトの下で幸せそうによだれを垂らして眠るモリタタロウを眺め、「ウーン」と少し考えたが、「まいっか。」と疲れていたので考えるのをやめ、下で眠るモリタタロウに毛布を一枚投げ、俺もエビのように丸くなり、目をつむった。
「おかえり。今日も遅かったな。」
次の日、バイトから帰ると、モリタタロウはまたもやソファに堂々と座り、こちらに背を向けテレビを見ながら、ビデオテープを再生するかのように言った。
「いやー今日も凄い試合だったわー。竹千代、眠くなってさっき帰ったわー。俺もそろそろ寝るかな。」そう言うとモリタタロウは大きなあくびをした。
「寝るかなってお前今日もここで寝るのかよ。おい!」
と俺はまたもや、さまぁ〜ず風につっこみを入れたくなったが、まだモリタタロウは寝ていなかったので、気づかれないように小さな手のフリだけにしておいた。
翌日もその翌々日もそれからほとんど毎日、モリタタロウは日に一度、草薙一里山という自転車で10分のとこにある自分の部屋に荷物を取りに帰る以外は俺の部屋に出没した。
ある日、俺は部活の後、バイトがなかったので久しぶりに体育館の二階に行き、ジャズダンス部の女の子を確認しながら筋トレをやった。
「う〜ん、新入生もだいぶ、様になってきたなあ」
と我が子の成長を見守る親のように顔を緩ませながらシャワーを浴び、部屋に帰ろうとすると、同じく体育館でバスケットボールをやっていたモリタがやってきた。
「おぉ、今日、豚のショウガ焼き食わせてやるけよ。一緒に帰ろうぜ。」
と何故か北九州弁で言い、そういうと、モリタは急いで着替えを済ませ、親父にもらったという茶色の革の鞄を肩に掛け、
「ウオチョー行こう。ウオチョー。」と言った。
「ウオチョー」というのは、大学の坂を下り、南幹線沿いにあるスーパーマーケットのことで、スーパーマーケットのくせになんと二階建てで、一階は食料品、二階には日用品が置いてあり、エスカレーターまで備え付けた、県立大学の学生(通称:県大生)にはお馴染みのスーパーマーケットだった。
俺とモリタは風を切るようにチャリンコを飛ばし、ウオチョーへ向かった。ウオチョーに着くと、モリタは 豚肉の駒切れを二パック買い、
「やっぱりショウガはおろさんとなぁ」とショウガを買い物かごに入れ、ひととおり店内を回った後で、
「これ好きなんだよ。ムフフッ。」と笑みを浮かべ、100円のカップアイスクリームをひとつ手に取り、こちらをチラッと見、少しためらいを見せながら、俺の分を考えてか、もう一つカップアイスクリームをかごに入れた。
そしてレジを済ますと、また二人してチャリンコにまたがり、静岡鉄道(通称:静鉄)の線路沿いを飛ばし、俺の部屋であるセントポーリア104号室へと向かった。
部屋に着くなり、モリタは腕をめくり早速、豚のショウガ焼きを作り始めた。ショウガをおろし、豚肉を焼いた。俺がシャワーを浴び終えるともう豚のショウガ焼きは出来上がっていた。そして、
「お前相当食うだろ。」
と言うと、俺の前に多く豚肉の乗った皿を置き、茶碗にご飯を大盛りについで、二人で豚のショウガ焼きを食った。そして食いながら、
「俺、昔料理人になろうと本気で思ったことがあるんよ。」
とモリタは言った。そう言ったモリタの作った豚のショウガ焼きは美味かった。
豚のショウガ焼きを食い終え腹一杯になると、モリタは冷凍庫に入れて置いたアイスクリームを取り出し、
「ムフフッ」
と肩をすくめ、今度は二人でアイスクリームを食った。
腹一杯になり、
「もう後はサッカー観るだけだな」
ソファに寝そべりながら、そう思っていると、突然ドアが開き、竹千代がポテトチップスとサッカーマガジンを脇に抱えて入ってきた。
「こんばんわー。」
竹千代は、やけに白々しく蚊の泣くような声でそう言い入ってくると、
「ありゃ、何食ったんだ?上手そうな匂いだな。」
とショウガのたれのついた皿を持ち上げた。
「豚のショウガ焼きよ。最高美味かったちゃ。」
そうモリタが言うと、
「なんで呼んでくれんがや〜。」と何処の方言かわからない口調で言った。
あまりに残念がっているので、
「ラーメンなら食ってもいいぞ。そこにインスタントのがあるだろ。」
と俺が言うと、
「ホ、ホント?これかぁ〜。」と竹千代は犬のように嬉しそうにそれを手に取り、こっちを見て、
「ご飯ももらっていい?」と遠慮なく言った。
美味そうにラーメンを食っている竹千代に、
「お前、飯食う時、本当に幸せそうに食うよな。」
とモリタが言った。
そして三人ともこれ以上ない満腹感に満足し、サッカーを観た。
あまりに三人とも満足していたので俺が、なにげに
「やっぱり、人生大盛りだな。」
というと、モリタは
「たまに良いこと言うんだよな。そうよ。大盛りよ。名言だな。」
と言い、竹千代も、
「う〜ん。そうかもなぁ。」とポテトチップスの底をまさぐり、サッカーマガジンを見ながら、こちらにプリッとしたケツを向けたまま言った。
三馬鹿だった。