統一地方選挙で東京都新宿区議会議員選挙で維新の党より公認を取得して立候補予定です。
立候補を決意した一番大きな理由は、「世の中人の為に貢献したい」と云うものですが、実際には母の介護の為に前職を擲(なげう)って中国から帰国した事により、縁を強く意識した為だと言えます。

維新の党は2011年当時、維新塾に入会しようとした時から共感を感じており、時代は正に平成維新であると思う処がありました。
それも2012年に中国への就職が決まった事に拠り(維新塾への入塾は)無くなってしまいましたが、維新の党が提唱する基本政策・マニュフェストは私の主張するものと全く一致していました。

1981年に三井物産に入社して以来、電力機械部(国内電力会社向け発電設備・サービスの販売)、台湾での中国語の語学研修、8年に亘る台湾・中国への駐在を経て情報産業本部で勤務をし、その後2000年前後のITバブルを間近で体験した後、2003年に早期退職制度を利用してKDDI株式会社への転籍をしましたが、2006年に退職して会社の先輩と独立したものの2008年のリーマンショックで打撃を受け、インドの最大財閥のタタグループの通信子会社の日本代表を勤めた後、2012年に台湾三井物産勤務中に付き合いのあった台湾系の化学会社の中国工場のHQ(本社)に勤務する事になりました。

2014年春に母が自宅で転んで骨折し、入院・特別養護施設へ入った時には兄が面倒を見ていましたが、4年間の肺癌ステージ4との闘病の末、2014年夏に亡くなり、私が日本に帰国して母の介護をする必要が生じましたので、昨年末に帰国して母を引き取りました。

舛添東京都知事がご自身で政治に転向したきっかけを「母親の介護」とお話しされていましたが、高齢化する日本の現状を鑑みるに、今後はもっと親の介護が人生設計を大きく変えるインパクトになる事は想像に難く有りません。
 
維新の党は唯一(日本共産党を除く)、企業から政治献金を受けない事を党の規約としている政党であり、企業とのしがらみ、政治と金の問題が無い為に岩盤規制撤廃に手心を加える事が無く、規制緩和・改革を実行出来る政党であります。 
大阪府と大阪市の二重行政の解消に拠る大幅な経費の削減が出来るのも維新の党ならではです。
今後はこの力を東京を始めとする他地域にも拡大し、地方政治から根本的に日本の政治を変えて行きたいと考えております。