短期催眠NLPカウンセリング(千葉船橋)近藤ひかるの、幸せへのサイコ・ダイビング

短期カウンセリング・心理技術で人と社会に貢献するセラピストの、日々の気付きと感謝!

吉田松陰寅次郎先生

私がカウンセリングを行ったり、心理技能の指導を行っている場所は、千葉県の飯山満町という場所だ。

県民にさえ何と読むのかわからないといわれる難解地名であるが、「飯山満」と書いて、「はさま」と読む。

良く言われるのは、「いいやまみつる」とか、「いいやままんまち」とか。間違われて当然だと思う。

それでも、東葉高速鉄道という都内まで30分圏内の路線が出来、近年は、ベッドタウンとして開発が進んでいる、非常に住みやすい町である。

これまで何人かの方に、都内じゃないとダメだよ。とか、快速が止まる駅前じゃないと人が来ないよ、とかアドバイスを頂くが、この場所から動いたことがない。

建物に関しても、テナントオフィスではなく、ごく普通の4世帯のアパートの一室である。

これも、度々驚かれる。

「ええ!こんな場所でやってらしゃるんですか!?」とか、「HPがしっかりしてるので、ちゃんとしたビルの中だとばかり思ってました!」とか。


ちなみに、隣も同様のアパートで、どにらも、子育て世代が多く、いつも小さな子供の声が外から聞こえてくる。

建物の周囲は、空き地と畑で、広々としているので子育てには良い環境なのだろう。

これが、とっても良い感じだ。

子供が外でキャーキャー言っているだけで、心が和む。

都内じゃ、有り得ない環境のオフィスだ。

そもそも、人が何かを求める時、場所やハードには、それほど影響されないように思う。

かの松下村塾は、長州の片田舎の辺鄙な場所にあったにも関わらず、その後の日本に多大なる影響を与える偉人たちが多く育っている。

何度か萩に残っている史跡にも訪れてみたが、観光名所として再建されているのだが、あの建物はお世辞にも立派とは言えず、当時はおそらくもっと見窄らしいものだったと思われる。

それでも、志の高い人物たちは、あの場所に通った。

いや、志は、後付けだったのかもしれない。

己の何者であるのか。己に何ができるのか。

己の為すべきことは何か。

あるいは、ただそれぞれの求める何かを求め、野を越え山を越え、師の元へ通ったのだ。

志士と一括りに言っても、個性はそれぞれ違う。

松陰先生の類まれなる才能は、それを見抜き、尊重し、的確な指導を行うことにある。

思想的な学び舎であるから、そこに集う塾生の中にも、自ずと正否優劣の競い合いが生じる。

血気盛んな青年たちなので、それは時として激論となり喧嘩沙汰にもなる。

あるとき、「長州の離れ牛」の異名をとる勝ち気な高杉晋作が、村塾の双璧の一人である久坂玄瑞に食ってかかった。
そんな時、松陰先生は超然として言い放つ。

「考えとしては久坂君の方が優れています」。

晋作は、憮然として、さらに問う。

「どうしてですか!」

「あなたの発言は、こうあるべきという理想論であるが、具体的な行動となってはいない。それは口先だけの理想論であって、最も日本男児の恥ずべきことである」

「むう・・・」

「しかしながら、高杉くんの理想には、これからの世を照らす可能性が見える。そこには、自分自身も大いに学ぶべきところがあると思っている。だから、高杉くんがこれを実行する時が来れば、私は君を大いに尊敬するだろう」

自分は、こういうところに感動を覚える。

流石、幕末の先覚者、吉田松陰先生。

そして、何もかもが心理学的だ。

いや、そんな生易しいものではない。

この時代が持っていた熱気と狂気。

そのギリギリのやり取りの中で育まれる「魂の教育」。

本当に、素晴らしい。

指導者となって、ますますこのような姿に憧れているが、これをそのまま行うのは愚かだと思う。

幕末と現代は、違いがあるからだ。

幕末時の教育とは、概ね師の指導通りに忠実に記憶し、行動することが求められていた。

目指すのは、「お国のために役立つ人間」とか、「殿様に忠節を尽くせる人間」とかだ。

その中でも、松下村塾には傑出したものがあった。それは、塾生と、共に学び合うという松陰先生の指導スタイルである。

一方的に「教えてやろう」というものではなく、「君たちは、どう思うんだい?」という相互関係での学び合いだ。

だからこそ、松陰さえも舌を巻く有能な人物が排出されたと思う。

これを現代に活かすには、さらに工夫が必要だと思う。


実際、よく聞かれるのも、、「どんな風に躾をすればいいのか迷っている」という親御さんからの教育についてのご相談だ。

ゆとり教育世代と言われる子供たちは、「将来はお金持ちかサラリーマンになりたい」と答えると言う専門家がいた。

だが、聞いたことがない。

私の周囲の子供は、「将来はサッカー選手」とか、「パン屋さん」とかがあった。

ちゃんと夢を語ってくれる。

「サッカー選手って、君にとってどんなとこが良いの?」

「だってさ、かっこいいじゃん!」

「かっこよくなりたいの?」

「もちろん!」

「へー、それでさ、どういうとこがかっこいいの?」

「そりゃ、シュートとか決めたりさ、本田とか、世界で大活躍してるじゃん」


私は、シュートを決めることの価値、そして世界で活躍することの価値、についてもさらに聞いてみたい。

その子が精一杯語ってくれる何かを興味深く聞きたい。

この子が、本当に求めているものは何かを知り、そして応援するためにだ。

なぜ、そんなことを思うのか。

自分にとって、子供の頃、そんな大人がいてくれたら、どんなに良かっただろうと思うからだ。


本年、秋、十月。

秋津小学校で、僭越ながら「教育」について講演をさせて頂きます。

保護者父兄をはじめ、指導的立場にある皆様、私自身、現在最も心血を注ぐ内容になります。

よろしかったら、是非お越し下さい。


受講生の高橋さんが、ブログで私の事を紹介してくださいました。
アラフォーちゃん☆

高橋さん。ありがとうございます。

兄弟船

先日、休みを取って花見川に行った。

花見川は、印旛沼から八千代市、千葉市を流れる川で、鮒やブラックバスなどが沢山生息している。

いつもあちこちに太公望が竿を出している。

街中を流れる川で、もちろん水も濁っているが、周辺の風景も和やかで、結構自然が満喫できる。

今回、そこで初めて釣りをしてみた。

最初、あまりにも田園風景が心地よく、周辺を散歩した。

水路にはメダカ、カエル、オタマジャクシ、カメ、ヤマカガシ、イナゴなど、たくさんの生き物がいた。

水面には、あちこちに魚影があり、魚が跳ねている。これは期待できる。

早速、岸からルアーを投げてみた。

一時間。

全く釣れない。

一回、レストランでスイーツを食べながら休憩。

ポイントを変えて、また一時間。

川の合流地点で、しかも橋の下という良い場所なのに、全く釣れない。

対岸の鮒釣りの親父さんは度々釣り上げているのに。

疑似餌でのゲームフィッシングって、攻めの釣りだけに、何度も何度もキャスティングするのでしんどくなる。

途中、船外機付きのフィッシングボートが通った。

気分良さそうだ。

『へー、水上を優雅に、いいなぁ』

あれなら、釣りじゃなくても、気分最高だろうな。

思えば、観光地に行って、いつも水辺に行くと観光船に乗りたくなる。

急に欲しくなった。

そう言えば、船に乗って、いつもふと口ずさむのが「兄弟船」。

例え小さくたって、自分の船なんて、憧れる。

山も良いけど、関東近隣の山は、ブームで混みすぎてるし、こうなったら優雅な水上だな。

船名は、「近藤丸」。

よっしゃ、今年は良い夏だし、いざ、大航海へ出航ぜよ。











初段レベルの腕前です

この季節が来た。

春から初夏にかけては、まだ鮮やかな新緑の中で、庭の数本の木を見つめる。


玄関前の、最も枝ぶりの広がった高い木。

崖下の柿と隣接した雑草にまみれた古木。

門の右側の高く伸びた木。

裏庭の倉庫の傍の低木。


これらの木は、同種である。

この季節に、芳醇な香りを放つ実をつけるのだ。

冬の終わりとともに、美しい花を咲かせ、その受粉によって、果実をもたらす。

それは、それぞれの木によって大きさや形が微妙に違っており、それもまた楽しみの一つ。


梅だ。


昨年は、大忙しだった。

8リットル瓶2つは、満々と梅干しを漬ける。

そしてもう二つは、梅酒だ。


はっきり言うが、店で飲む梅酒などとは天と地の違いがある。

自作の贔屓があるのも事実だが、実際に美味い。

親戚の奥方は、他の酒はほとんど口にされないが、これだけは飲める。

しかも、幾度もリクエストされるというレベルだ。


梅酒は、普通、3ヶ月から半年で封を開ける。

私は違う。

丸1年、じっくりと冷暗所で寝かす。

梅は、ホワイトリカーに対して通常の1.5倍、逆に氷砂糖は半量とする。

出来上がった梅酒は、まるでブランデーの如き琥珀色となる。

色も味も、売っているものとは別格だ。

自称、梅酒仕込み初段。


ワインも焼酎も日本酒も洋酒も好きだ。

だが、それらは作れない。

そして、総じて栄養価も低い。

せいぜい、赤ワインのポリフェノール程度だ。

そんなものは、グレープジュースでも摂れる。

梅酒は違う。


「クエン酸」だ。


梅は、血液をサラサラにする、「クエン酸」を持ち、これが氷砂糖の糖分と結合することで、「ムメフラール」という物質を生み出す。

これは、肝臓に脂肪が溜まるのを防ぐとともに、血液をサラサラにして、動脈硬化や脳梗塞、心筋梗塞などの生活習慣病、成人病にも有効だ。

クエン酸は、疲労のもとである乳酸を分解する。つまり、疲労回復にも効果がある。

さらに、梅酒の独特の爽やかな香りは、「ベンズアルデヒド」という成分だが、これがアロマテラピー効果を生み出している。
この成分は、大脳を刺激し、アルファ波を出すとされ、心身ともに非常にリラックスした状態になる。
自立神経にも作用して、気持ちを安定させてくれ、ゆったりとした気分になれる。

特に梅酒の場合、梅の種の中にある、仁とよばれる制ガン物質の成分を引き出し、効率よく摂取できる。
善玉コレステロールを増加させる働きや血流をスムーズにする作用もある。これは梅干を食べるよりも有効だといわれている。

クエン酸は、レモンでは2%、梅干では5%、梅肉では30%だ。
いかに梅に含まれるクエン酸量が多いのかがわかる。

江戸時代には、コレラが大流行し、人々は、強力な抗菌能力を持つ梅干を食べた。

現代人は、欧米化した食生活によって、肉類のような酸性食品に偏り、身体は弱アルカリ性を保つために、骨などに蓄えられたカルシウムを使って中和しようとする。
しかし、追いつかなくなると、カルシウム不足に陥り、骨がもろくなったり、精神が不安定になったりしてしまう。

いくらカルシウムを多く含む食品を摂取しても、カルシウムは非常に吸収されにくい性質があるようで、なかなか体に定着してくれないが、クエン酸がそれを助ける。

このように、滋養強壮剤であり、生薬のようなもの。


それが、梅酒なのだ。

梅酒でなければ、意味がないのだ。



が・・・・・・・・・・・・、しかし・・・・・・・・・。

梅が、実らない・・・・・。

ずーーっと、見守ってきたが、ごくわずかしか実がないではないか。


今年は、今までにない不作だった・・・・・・・。

昨年は、大きなカゴ2〜3杯も収穫できたのに。



おそらく雪だ。

あの連日の大雪・・・・・。



ま・・・、まあいい。

こんな年もあるさ・・・・・・・・。


しかし、梅の隣にある柿が豊作だ。

見れば、いつになく、若い実が、たわわに実っているではないか。


今年は、柿を楽しもう。


自然は、こうしてバランスを保っているのだから。




著名な先生について

最近、「解決!ナイナイアンサー」という番組で、あるカウンセラーが注目されている。

各界から選ばれた数十名の相談員が、ひな壇に座り、ゲスト芸能人の抱えるお悩みに答えるという趣向だ。

どの先生も、教育や文化、芸術など、それぞれの領域で活躍されている方々のようで、経験豊かな猛者揃いなのだろうと思われる。

バラエティー番組ながら、見ていると、提示されるお悩みは、なかなかに深刻味のあるもので、真剣な返答が求められる雰囲気だ。

そして、メンバーが一斉にその悩みへの回答を示す。
これがまた、百人十色のバラエティーに富んだもので、独自の理論や解説を加えて回答するのだが、心理的な技術をお持ちでない場合、ともすれば、相手を辛辣に打ちのめすだけのような回答をされる場面が多々見られる。

「あんたは、甘ったれてんだよ!」
「頭が悪いよね」
「そんなことでは、絶対にこうなるよ」

こんなことを一方的に高圧的断定的に言われたら、番組とは言え、傷ついたり、落ち込んだり、あるいは反抗的になるのが落ちだろうと思う。

「あ〜あ、辛いなー」
「何もわかってないくせに!偉そうに言うな!!」
「お前こそ、バカじゃないか!」

そのように反発されるだけの気がしてならない。
これでは、役に立つ協力はほとんど不可能となる。
いや、むしろ否定的なものしか生まれないだろう。

バラエティーに正論は必要ない。必要なのは楽しさであり、視聴者の関心さえ引けばいいのかも知れない。

が、しかし、ある人物の回答で、場が激変するのだ。

彼は、心理カウンセラーの心屋仁之助氏。

その一言一言に説得力があるばかりか、理論的でありながら愛情深い。
一挙手一投足が、びっくりするほど鮮やかだ。

それまでの先生方の回答が色褪せて見えるほどのスキルの高さである。

専門的に言えば、生育歴からくる未解決の思い、その時に去来したであろう感情を見立て、それを解消する言葉を導き出して、直接その場で声に出してみるよう促すのだ。

「私は、本当は〇〇なんだよ」
「〇〇なんて、大嫌い!」
「もっと〇〇してほしかったんだよ」

本当に言いたかったのに言えなかったこと、我慢して隠してきたこと、見たくなくて逃げてきたことなど、心の底にある思いに介入し、禁止令を解く。
「魔法の言葉」と紹介されているが、これを心理療法の一派で、ゲシュタルト療法という。心屋先生の場合、それに精神分析や論理療法が加わり、さらにNLPの要素も感じられるが、最も駆使しているのがゲシュタルトだと言える。

このセラピーは、感情が激しく揺さぶられることが多く、腕の立つ先生だと、場が一瞬で激変するような鋭くも優しい介入をし、涙に包まれる。
私も、何度も様々な先生のトレーニングを受け、その度に感情が湧き立ち、涙した。
そして、びっくりするほど楽になったり、許せたり、感謝できるようになれた。

道具もなく、薬もなく、言葉とコミュニケーションだけで、相手を変化させていく技術の一つだ。

心屋先生には、本当に驚かされるばかりだ。

実は、彼の名前は数年前から至るところで耳にしていたので知ってはいたが、噂に違わぬ技術者だと感じた。
同業者としても、見事としか言いようがない。

この番組は、彼のものだと言っても過言ではない。
このような功績を挙げたカウンセラーは、今までに存在していない気がする。

これまで、「うさんくさい」だの、「怪しい」だのと言われ続けてきた民間のカウンセリング、セラピー業界において、圧倒的な業績だ。

彼の様な、大学や病院、学会に属さない一カウンセラーが、このように業界を底上げしてくださるのは、心からの感謝しかない。

よく、クライアントさんにも聞かれる。
「本やテレビで活躍されている心屋仁之助さんってご存知ですか?」と。

聞くところによると、卒業したスクールやNLPのトレーニングに関しては私の後輩にあたるという。

なのに、こんなに差がついてしまって、正直自分の恥だ。

だが、オピニオンリーダーとは、いつもたった一人で戦っているものだ。

国家資格を持つ精神科医にも、文科省認可の臨床心理士にも出来ない、プロフェッショナルな技術を、彼は持っている。


だからこそ、心から応援する。



NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる



出雲國。人と神と山と海

ここ数年、カウンセラーでNLPトレーナーの安達さんの御計らいで、出雲にお呼び頂いています。

毎年開催されている研修の中で、「催眠の理論と技術」を請け負っているのですが、今回はテキストも一新し、気分も新たに臨みました。

出雲(島根)では、十月の旧暦である「神無月」のことを「神在月」と呼びます。
日本全国に住まう八百万の神々が、この時期だけは出雲に集結して会議を行うと言われています。
いわば、神々の故郷であり中心地が、この出雲の國なのです。

今までにも、7〜8回は行っているのですが、行くたびに新たな発見が有り、魅了される場所です。

本当は、9月に予定されていたのですが、念が通じたのか神在月に移り、しかも六十年に一度の大遷宮直後ということで、例年にも増して意義深いものがありました。

わざわざ前日入りして、伯耆の国(鳥取)に嫁いだ姉の義兄にお願いして、米子空港まで迎えに来てもらい、出雲大社に参拝しました。
吹き替えられた屋根の檜皮の美しさは見事なもので、宮大工さんの心意気を感じさせるものです。しみじみと、人の技の冴えと、神々の神威を感じられました。まさに西行法師の、「かたじけなさに涙こぼるる」です。
伝承によれば、会議の真っ最中か、はたまた旧暦通りの時期なのか。

そして、チェックイン後、城下町の大橋界隈で食事をすると、これまた地元料理を出してくれる良い店で、山海の美味しいものが沢山味わえました。白イカは、甘くて絶品です。
3時間ほど義兄と楽しく飲んで、京橋川のほとりを一人歩きしていると、ストリートミュージシャンの女性の美声が橋の上から聞こえてきて、ちょっと旅路の良い気分に浸れました。こんな出逢いも旅ならではです。
宍道湖畔の宿までの城下の景色も、松江らしい風雅が漂っています。

翌日は、仕事前に、これまた念願の足立美術館へ。
アメリカの専門誌が選んだ、美しい日本庭園No1で、ミシュラン3ツ星!
ただでさえ美術館好きでもあり、世界一の日本庭園と日本画のコラボレーションという、一度は行ってみたい憧憬の場でした。

ここは、まさに一見の価値有り。
京都の枯山水の庭園にも勝るとも劣らない、名庭です。
岩や石を高山に見立て、丸く刈り込まれた木を低山とし、流れる川を砂利で表す枯山水。彼方に見える周囲の山稜とのコントラストなども考え抜かれた遠近感と広がり。
苔と木々の緑と赤松の赤、炭の黒。遠くに見える滝さえも人工という、手の込みよう。
いつまでも見ていられる、究極の庭でした。
そして、巨匠横山大観の息を呑む名作大作の数々。
それは、この環境でこそ、なんです!なるほどとうなってしまいます。

松江にとんぼ返りで、向学心の熱い皆さんとの研修。
催眠について、Mエリクソンの特徴、意識と無意識の構造、臨床例、誘導、ワーク、質疑。
17時まで、集中して全力でお伝えしました。

その後、懇親会は、イタリア料理とワイン。
何もかも美味しくて、最高でした。
出雲そばも最高ですが、これもまた最高です。

その後、もう一件の居酒屋で、地元の銘酒「オロチ」を頂くと、なんと飲みやすい!
そして、どの店の方も、笑顔で親切で、旅人に優しく接してくれる方ばかり。
出雲の夜は更けて、本当に満たされました。

翌朝は、飛行機の時間まで少しあるので、観光地を巡るレイクラインバスに乗りました。
約1時間かけて、城下のお堀や天守閣、小泉八雲の住居、宍道湖、寺院、美術館などを巡ってくれます。
車窓を眺めているだけでも面白く、ワクワクします。
宍道湖は、まるで海のような広さを感じさせるのですが、波がなく、静かで、神秘的です。

熊野大社や八重垣神社など、周囲に点在する神社や史跡に足を伸ばさなければ、松江は確かにコンパクトな観光地だと思います。
しかし、いつ行っても魅了される場所なのです。


NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

「問題」と見なされている人

「問題」とは、個人的な概念に過ぎない。

例えば、不登校の子供がいたとして、その両親がその子を「問題」だと意味付けたとする。

そして、その問題の背景には、家族の会話不足や不仲などという「問題」があり、さらに、同級生からのイジメという「問題」が関係している、と意味付けられているとする。

このように、問題が問題を作り出し、連鎖しているとする。あるいは、そのように訴えてくる場合がある。

ただし、そういった分析は、所詮は仮説に過ぎない。

物事には、「必ず」や「絶対」が無く、例外もあるからだ。

つまり、同様の、あるいはもっと問題的な環境にある子が普通に登校していると、ここに矛盾が生じる。

貧しい家庭に育ち、幼少時に虐待を受け、周囲から白い目で見られ、性格が気弱で、障害を抱えていて・・・、それでも、結構頑張って何とかやっている子がいる。

どんな状況下にあっても、逞しく生きている人がいる。

これは、事実である。


しかし、とかく人は、理解不能な出来事に出会うと、「問題」探しを始めたがる。

なぜ、このようなことが起こったのだろう?
何が問題だったのだろう?と。

そうして、際限なく「問題」らしきものが生み出されていく。

あの人の、〇〇が「問題」
あの家庭の、××が「問題」
現代社会の、△△が「問題」
政治の、□□が「問題」・・・。

問題とは、「意味付け」に過ぎない。

そして、「問題」と見えるものは、全く別の視点から見ると、そうではなかったりすることが多い。

本当に、それは単純に「問題」だと言い切れるのか。
いや、逆に大切な何かに気付くチャンスなのではないか。
それに関わる誰かの成長の糧となるのではないか。


不登校をして、誰かを守っている子。
誰かと誰かを繋げている子。
誰かを助けようとしている子。

実は、とても優しくて素直で、愛情深い、素敵な子。

そういう子が「問題」だと意味付けられていることがある。

だから、もっともっと「問題」だと決めつけられ、辛い思いをしている子(人)に出会いたいと思っている。



NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる




こんなお父さんで、ごめんな

人間は、一人では生きていけない。

私たちは、誰かの恩恵を受けなければ生きていけない、弱い存在かも知れない。

そして、この世は、人同士が支えあって、協力し合って存続している。

男と女が出会い、愛し合うと、やがてイザナギとイザナミや、アダムとイブのように夫婦になる。

そして、子供が生まれて、家族になる。

夫婦というコミュニティーから、親と子供という異世代コミュニティーへと発展し、それは継承の図式を描き出す。

種が維持され、繁栄すること。それが、人類のDNAに刻印されているからだろう。

子供にとっても、親にとっても、そこに新しい人生の学びが生じる。


男女が夫婦になって、子供が生まれる。

それは、決して「何となく・・・」ではないだろう。

いや、逆に明確な目標や目的を持っている人は少ないのかもしれない。


なぜ、お二人は結婚したんですか?

なぜ、その方をパートナーに選んだのですか?

なぜ、お二人のお子さんを作ろうと思ったのですか?

そう聞けば、多くの方が黙り込んでしまう。

「もっと、こうだったらよかったのに・・・」
「こんな家族だったら良かったなぁ・・・」

不満ばかりが湧き出すこともあるかもしれない。


しかし、最初は「何となく」の縁だとしても、そこには掛け替えのないものが生まれる。

絆。

認め合い育み合う喜び。
誰かと共に生きている安心感。
誰かを守ろうとする勇気。

そうやって、人と人は、共に学び合い成長するものなのだろう。


完璧な人間などいない。

完璧になろうとする必要もない。

「こんな私で、ごめんね」
「困らせてばかりでゴメンな」
「でも、いつもそばにいてくれてありがとう」


完璧でないことを認め、許し、支え合うこと。それが互いに尊重しあえる道なのではないだろうか。







NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる


運動能力の祭典

皆さん。

東京に、例の世界的なお祭りがやってきます。
オリンピックです。

スポーツをある程度練習したことがあれば、あの桧舞台に立つことが、いかに超絶的な運動能力を要するかを実感されるでしょう。

しかし、人間の持てる機能、筋力やバランス、集中力といったものが、あれ程までに鍛え抜かれるという事実に、本当に驚愕させられます。

そして、実は私も、そんな選手たちのメンタルトレーナーとして協力させて頂いたことがあります。

その方は、世界記録を樹立した金メダリストのアスリートでした。

彼らの世界が、いかに過酷なものかを知るに付け、自ずと自分に課せられたやり甲斐を感じました。


勝負師には、メンタルのケアとサポートが不可欠だと思います。

なぜなら、孤独と重圧に苛まれながら、一点の集中を保つことが求められる、ストイックな世界だからです。

ある種、あの祭典は、彼らの人生そのものであり、同時に国の威信を懸けた戦いでもあります。

国民の期待と夢と日の丸を背負った戦士たち。
それでも、やはり一人の人間でもあります。

カウンセラーとしても、メンタルトレーナーとしても、そんな彼らの、理解ある伴走者でありたいと思います。

7年後なんて、まだまだのような、もうすぐのような・・・。



NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

ある英雄の物語(HEROES)

英雄とは何か。

自分なりに定義すれば、誰かが、その人の事を英雄だと感じたら、その人物は英雄である。


このプロモーションビデオに登場する少女は、幼い頃から不思議な能力を持っていました。
そして、その力を使うときがやって来ます。

それは、思いもよらない、「人類を救う」という目的のためだったのです。

迫り来る巨大隕石に、たった一人で立ち向かう少女の姿は、まさに人類の英雄そのものです。

そして、そんな大役を担う英雄には、昔から近くでそっと見守り続けていた少年がいます。

命を懸けて大役を成し遂げた少女に歩み寄り、いつも通りに言葉をかけます。

「早く帰ろうぜ」


さて、確かにこの少女の能力は、特別なものかもしれません。
しかし、私たち一人ひとりにも備わっているものと同じだとも思うのです。

計算が得意
走るのが速い
歌声が綺麗
誰にでも優しい
人を笑わせるのが得意

なんでも同じです。

その人が持っている力を、最大限に活かすとき、その姿を誰かが見たとき、
きっと何かが生じると思います。
感動とか、喜びとか、感謝とか、元気とか、励ましとか、笑顔とか。

そして、誰でもが、誰かの英雄になれるんじゃないかと思います。


きっとあなたは、誰かにとっての「ヒーロー」です。





NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

催眠出産のご依頼

英国のキャサリン妃が、ちょっと聞きなれない特殊な出産方法を選択していることが話題になっています。

歴史ある、かの大英帝国の王家のお妃様だけあって、その一挙動に影響力が生じます。


「ヒプノバース」

それは、深いリラクゼーションとポジティブなイメージ誘導によって、出産をより楽で、素晴らしい機会にしようとする試みです。

これこそ、私たち催眠療法家にとっても非常に関連があるもの、すなわち、催眠状態というものを最大に駆使した、お母さんと赤ちゃんのための心理的な援助なのです。

出産とは、「産みの苦しみ」の言葉のごとく、大変な苦痛と向き合わねばなりません。

バース・トラウマ(出産時心的外傷)という言葉もあるように、この時の苦痛によって心に傷を受けると主張する方々もいます。

出産をナーバスに捉えることには異論もありますが、一理あるかもしれません。


少子化が進み、一生のうちでも大きなイベントである出産を、より素晴らしいものにして頂きたい。
そんな思いから、ヒプノバースはなされているのです。

私がお勧めするのは、まず、ご自分のメンタルケアです。

マリッジブルーとか妊娠うつということも言われていますが、何よりも生命の母体であるお母さんの精神状態が最優先されることがベストでしょう。

安定した命のベットであればこそ、そこに眠る赤ちゃんも安らげます。

しかし、それを維持するものこそ、お母さんを取り巻く環境です。

旦那さんはもちろん、ご両親やお友達といった皆さんとの関係性の善化が求められます。

もしかすると、そこにセラピーが必要な場合もあります。

残念ながら、赤ちゃんを可愛いと感じられないという方々もいらっしゃるのです。

そういった新たな生命を迎え入れる基盤のためにも、妊娠4〜5ヶ月くらいから面接を受けて欲しいのです。

そのまま月に2〜3度のペースでカウンセリングを行い、出産を迎えます。

潜在能力を活かした、安心と幸福感に満ちた出産への道のりです。


お母さん、どうか一人で抱えないでください。

出産は、だれかの力添えを借りてもいいのです。


やり方も安全ですし、受け方も簡単です。



イメージは実現すると言います。

素晴らしい出産をイメージしていますか?

それとも、マイナスのイメージをしていますか?



NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

法円坂ホラー研究会で感激したこと

先月の、フジテレビさんに続き、今月は、TBSさんから連絡があった。

BS−TBSで放送されている「法円坂ホラー研究会」への出演依頼であった。

内容は「前世催眠」ということだったので、それなら何かご協力できるだろうと、早速承諾。

番組のMCが、芸人のスピードワゴンさんで、出演者がフジ7ガールズの皆さんと、バーチ・アータリさん。

ホラーバラエティーという新ジャンルで、スタジオも不気味な感じなのだが、現場は、とても活気があって、良い雰囲気だ。
スタッフの皆さんも色々と親切に気配りをしてくださって、有難かった。


7ガールズの女性たちに催眠を体験してもらうという企画なのだが、いくつものカメラが回る中での実演で、なかなかの緊張であった。


さて、スピードワゴンさんと言えば、自分も良く知る有名な芸人さんだが、お二人共、初対面の自分にとても丁寧に挨拶してくださった。もちろん、自分もさせていただいたが、小沢さんなんて楽屋に入られるときに目が合うと「ニコッ」と微笑みを見せてくれて、ちょっとびっくりだった。

テレビからは、もっとワイルドなロックテイストな方と受け取っていたもので。

小沢さんと、井戸田さんとも、テレビよりもとてもカッコよくて、何よりも礼儀正しくて優しかった。

井戸田さんは、撮影の合間も、ずっと立ち位置など細やかに気を使ってくださって、とても感動した。

収録中、スタッフの方が物音を立ててしまい、撮影が一旦止まってしまったのだが、その時も、全く動じず、温和であった。

撮影後も、小沢さんの方から「ありがとうございました」と、深々とお辞儀をしてくださった。

そういう、お二人であった。


良い仕事は、良い現場にある。

そういうことだと、つくづく感じる。


楽しい現場でした。お世話になった皆様、本当にありがとうございました。



NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

めざましどようびに出演しました

先日、フジテレビの制作の方から電話を頂きました。

ご依頼の内容は、映画「ヒプノティスト」に関するもので、催眠の専門家としてインタビューを受けて欲しいというものでした。

公開前の映画なので、もちろん内容はわかりません。
ただ、あらすじによると、殺人事件の被害者となった少年の記憶が消失し、それを主人公の精神科医が退行催眠によって記憶を蘇らせ、事件の解明に協力する。
そこで、恐るべき真実が明らかになる!というものです。

キャスターの高見侑里さんが事務所に来られ、インタビューを受けました。

「催眠療法とは何ですか?」
「映画のように、催眠で犯罪捜査をしあことがありますか?」

などです。

せっかくの全国放送で発言できる機会ですので、思うところを真剣にお答えしました。

高見侑里さんは、まるでアイドルタレントさんのような魅力的な方でしたが、優しくて誠実なお人柄で、カメラが回っていない時間も、色々と丁寧にお話を聞かせてくださいました。

制作のスタッフの皆さんも、手際の良い仕事ぶりで、沢山の機材を迅速に設置し、ピンマイクを付けてくださる際も、「失礼します」とか、「申し訳ありません」とか、とても親切に接してくださいました。

テレビ番組を作るというのは、とても責任ある、やりがいのあるお仕事だと思います。

どの道にも、プロフェッショナルが存在します。

自分も、益々精進していきたいと、皆さんに出会えて思いました。




NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる

誕生日

僕は、誕生日を祝うという習慣が無い。

それ程良い思い出がないし、あまり気にならない方だ。

しかし、思わずメールなどで祝福を受けると、かなり嬉しかったりする。

人に気に掛けてもらっていると感じるからだ。


あなたは今日、生まれて何年目ですね。

おめでとうございます。

今後のご活躍をお祈りしています。

どうぞステキな一日をお過ごし下さい。


そうか…、気に掛けてくれているんだなぁ。

思えば俺も○○才か。

なーんて、皆さんに返信を書きながら、ふとこれまでを振り返るひと時だった。

最近の僕は、ありがたいことに仕事が立て込んで、こうしてブログの更新なんかも何と一年振り。

やるべき仕事があるのは幸せなことだと思うから、今の状況が割と気に入っている。

そうなると、忙しい=幸せ、ということになるのかも知れない。

働き盛りという言葉があるが、自分も40代始めの働き盛りの真っ最中だと思う。

やるときにやらないのは、不完全燃焼になりかねない。

僕は今、エネルギーを熱く滾らせる時期なのだ。

そんな今だからこそ出来ることがある。

だから…、明日からも、目一杯働かせて頂きます。


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横浜

横浜。

僕は、横浜とか神戸が好きだ。

あの二つの町は、独特な異文化臭が漂っている。
長崎もそうだが、貿易の窓口となった街というのは、一言で言ってハイカラだ。

駅周辺の繁華街を過ぎると、瀟洒な住宅街が広がっている。

なぜか坂が多いのも、港町のつきもの。
雨の横浜。絵になる風景だ。
洒落たカフェレストランに石畳、洋風の赤煉瓦の建物、緑深く手入れされた海の見える公園。
休日の横浜は、女性のカラフルな傘が咲き乱れ、まるで花畑のよう。

ここで、Sさんに誘われての講演会へ。

Sさんは、僕の尊敬する方。
豪放磊落、天衣無縫を地で行くような偉大な方。そんな風でありながら、愛が溢れていて、優しくて、大好きだ。…時々心底怖いけど。

K社長は、僕の親友。
彼を誘って、本当に良かった。何事も共有したい、広い心の同志だ。

Nさんも、ものすごく意識の高い人だし、転換期を共にした、これまた同志。Sさんに、「誘った人選が良い!」と言って頂いた。惜しかったのは、向学心に満ちたGさんにお声掛けすれば良かったということだ。

心理系では無い講演は久しぶりだが、この講演会には、独特な重要性がある。
非常に科学的であり、深く納得できたが、それだけではないと思う。

元香川の高校の先生、Aさんからのご紹介だったが、本当にご縁を感じる。

港町横浜よ。
忘れられない…、忘れることの出来ない記憶となったが、どこかで冷静にもならざるを得ない。

知らないことが多すぎるが、知った以上、もっとチャレンジをして行きたい。
帰り道、ふと夜景を見ながら、僕なりの今後を思い描いていた。


我思う故に、我有り。


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珠玉の逸話

彼女は、嘆き悲しんでいた。

その苦しみは、身を裂き、心をも打ち砕いた。


あろうことか、最愛の一人息子が眠ったまま、目を覚まさないのだ。

それから…、彼女は失意のどん底にあった。


人々は、そんな彼女を不憫に思った。

しかし、村人の中には、すでに現実を察している者がいた。

「あの子は眠っているんじゃない。彼女は、愛する息子の死を受け入れられないんだ…」

しかし、どんな励ましや説得を受けても、深い心の傷は一向に癒えぬまま、そして、現実を拒絶したままであった。


みんな、わかってない!

どうして、わかってくれないの!

なぜ、自分だけがこんな目に逢わなければならないのか!

この子は、眠っているだけなのに!


ある日、一人の男が村を通りかかった。

聞けば、多くの迷える者を導いてきた導師だという。

村人は、彼にこの一件を伝え、どうか女を助けてやって欲しいと願った。


絶望した女は、彼に会うなり訴えた。

「お願です!どうか私の苦しみを和らげて下さい!」

「それは、嘆かわしいことです・・・」

「この子は眠っているだけなのに、みんなして、死んでいるなんて言うんです!ひどいです!」

「本当だ。良く眠っている。可愛い寝顔だね」

「…ああ、やっと分かってくれる人がいた」

男は、彼女の思いに寄り添った。

そして、一つの提案をした。

「この子を目覚めさすために、良い方法があるんですが…」

彼女の表情が輝いた。

「はい。それはどのようなことでしょう?」

「今日から、村中の一軒一軒を訪ねて回り、施しを受けるのです」

「は、はい…」

「しかし、一つだけ約束して下さい」

「どのようなことでしょう?」

「その家の者の身内に、もし、死者があった場合、その家からは決して施しを受けてはなりません」

「わかりました」

それから彼女は、来る日も来る日も、その言いつけを守って、村中を尋ねてまわった。

しかし、幾日経っても、全く施しが受けられないのだった。


やがて彼女は、再び男の元を尋ねた。

そして、目に浮かぶ涙をこらえつつ、こう言った。

「私は間違っていました。…この子は、すでに死んでいるのです」


この世に、身内に死者の無い家など、存在しない。

彼女は、指示に従って行動すればするほど、“人の死”を、受け入れざるを得なかったのである。

そして、女は静かに語った。

「あなたのお力で、どうかこの子を供養して下さいませんか」

「ご協力しましょう」

「ありがとうございます」

合掌する彼女の姿は、見違えるように力強く見えたという。


人は、失って初めてその価値を知る。

病になって健康のありがたみを知り、誰かを失って初めてその人の素晴らしさが身にしみるのだ。

人生には、問題や苦難はつきもの。

しかし、何事も「節から芽が出る」と言う。苦難の節の中から新しい芽が出るのだ。

まさに「難が有って、有難い」。


そして、この導師の名を「釈迦」といった。


お釈迦様って、カッコいいんだな。


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悲しい歌

仕事から帰ったある日、ふと子守唄のような歌を聞いた。

その詩が、とても切ないものだった。


「もう泣かないで坊や。あなたは強い子でしょう…。もう泣かないで坊や…。るるるるる…(この先、わからない)」


マイナーコードの、物悲しく切ないメロディー。

実際、思いがけず胸に染みた。


調べてみると、森山良子さんの古い曲だった。

反戦歌らしく、戦死した父親の話も出てくる。




「愛する人に歌わせないで」

 
もう泣かないで坊や あなたは強い子でしょう

もう泣かないで坊や ママはそばにいるの

あなたのパパは強かった とてもやさしかった

だけど今は遠い 遠いところにいるの

 

あなたのパパは坊や 私たちのことを

あなたのパパは坊や とても心配してたの

戦いに行くその日まで きっと無事で帰ると

かたい約束をして 出掛けていったのに


 
あなたのパパは坊や あんなに言ったけれど

あなたのパパは坊や ここに帰らないの

あなたが大きくなったら 愛する人に二度と

歌わせないでちょうだい ママの子守唄を




名曲だが、この詩は、どうかと思う。


泣かないで坊や → (辛いことや悲しいことがあっても)泣いてはいけない。

あなたは強い子でしょう → 強くなってね=泣いたら強い子ではない。



え??……男だって、別に泣きたいときは泣いても構わないんじゃないの?しかも子供でしょ?

大体、「強い子」って何なのか?
例えば、精神的にタフってことだとしたら、「あなたは強い子でしょう」なんて、親の勝手な独断を一方的に決め付け、それを押し付けている気がするが。

しかも、止むに止まれぬ理由で戦死した父親を、暗に「約束を破って帰ってこない」という視点でしか説明していない。
実に、反戦歌ゆえの視点だといえる。

しかし、ことをこんなこと言われたら、そりゃ子供だって泣きたくなるかも知れない。


「一方的に言ってるけど、僕の気持ちを全然わかってくれてない」って。


こうして、親の信頼は知らず知らず失われていくのではあるまいか?


仮に、戦争の悲劇を繰り返さないために歌うのだとすれば、これは、明らかにミスコミュニケーションだ。

愛情という名のボタンの掛け違いは、手に負えない。



僕ならば、こう歌う。


泣きたいときは泣いてもいいよ、坊や

あなたは、あなたらしくあれば、それでいいんだよ

お父さんは、私たちの住む国を守るために命を懸けてくれたんだよ

でも、本当はいつまでも私たちのそばにいてほしかったね




しかし、それもちょっと甘すぎるかな?

まぁ、いいか…。



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9.11

あの事件から5年。


月日のたつのは、早いものだ。


僕は、学生時代にあのWTCビルに登ったことがあり、当時の報道映像を見て、信じられぬ思いだった記憶がある。

数年前に、実際に自分が行った場所が、黙々と粉塵を巻き上げて崩れ落ちていく。

それはまるで、ハリウッド映画のCG映像でも見ているような…。



学生の頃は、強く豊かなアメリカに何となく憧れているだけの気楽な若者であり、先進国日本の平和と豊かさを、あたりまえのように感じて生きていた。

その思いのままに、親の金で物見遊山のアメリカ旅行だった。


そして、西海岸で夢のようなハリウッド、ビバリーヒルズを闊歩し、ダウンタウンでは、おびただしいホームレスに出会い、東海岸ではボストンのアカデミックさも、ハーレム、ブロンクスの恐ろしさも味わった。


様々な意味で、「生きること」そのものを実感させられる経験であった。


その旅の間、ワシントンにあるベトナム戦死者のモニュメントに足を運んだことがよみがえってくる。


黒い石の壁に、延々と刻まれた戦死者の名前。

大国アメリカの、負の歴史である。


夕暮れ時、そこで遺族であろうご夫人が、身内であるらしい一つの名前の前に立ち止まっている姿に出会った。

僕は、ふと、その様子に見入ってしまった。


幾度も幾度も、やさしくゆっくりとその名前を撫でている。


赤く染まりつつある空の下、それはまるで、時が止まったかのような静けさだった。


やがて、目を閉じて何かを語りかけているように小声で語りかけた後、背の低い彼女は、少し背伸びをして、そこにそっとキスをした。



そのアメリカに、僕らの国は多くの命を奪われている。

しかも、原爆を二度も落とされているのだ。


現実は、いつでも二面性を持つ。


光があれば影があるように…。




あなたの大切な人のご冥福をお祈ります。


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ミッドナイト・ライダース

先日、催眠療法OFF会で、最高のナイスガイに出逢った。

彼は、いわゆる(マスコミ)業界人。

実は、第一印象は、いかにもそれっぽいような斜に構えたクールな雰囲気で、ちょっと近寄りがたい感じだった。


しかし、どうして業界人って、こういう眼光の鋭い切れ者タイプが多いのだろう?

むしろ、こういう方でないと務まらない世界なのかも知れない。


彼とは、別に話す機会もなく、OFF会は終了。

ところが、ちょっと質問を受けてから会話をしているうちに、印象が随分違っていたことに気付いた。

2次会では、席が近かったのだが、自由で気さくで気構えがなく、話していてとても面白い。

かなり個性的でバイタリティーも豊か、そして、命懸けみたいなハードなスポーツに熱中していたり、いろんな経験をしている。

そういう人の話には、興味が尽きないのもの。


かくして、意気投合。

ソフトドリンクばかり飲んでいると思ったら、バイクで来ているという事で、これまたありがたいことに、今日が初対面なのに家まで送ってもらうことになった。


ヘルメットを余分に持ち歩いてたり、ジャケットやサングラスを貸してくれたり、凄くいい奴!

いや〜、バイクなんて何年ぶりだろう。

しかもタンデムシートなんて、ほとんど経験がない。


これがまた、想像以上にとても恐い!

タクシーの脇をすり抜ける恐怖、交差点でのハングオン、おまけにオフロードバイクだからって、地下道の階段を駆け下りたり…、お、おいおい、無茶すんなよ!恐いだろーが!

途中、何度も『後悔』の二文字が頭をかすめた。

『ひ、ひえ〜!素直に電車で帰ってれば良かったよぉ〜(泣)』


だが、だんだん慣れてくると、深夜の都内の夜景の美しさに目が奪われる。

ライトアップされた東京タワー、レインボーブリッジからの高層ビルの群れ。

夜のディズニーランドを眺めつつ、風を受けながら湾岸を爆走。


こんな経験、初めてだ。

そして、無事に送ってくれた後、気の利いたセリフを吐いて、さりげなく見送ってくれた。


お前、本当にいい奴だな。


ありがとう!

ちょっと三上博似の兄ちゃん!


NLP催眠カウンセリング(千葉船橋)ふじまる


GWのイベント

GWが終わった。

例年、どこにいっても混雑するので、特に休みを取らないが、今年は、思い出深い仕事が入った。

あるレストラン・オーナーの方のご好意で、連休中の店内で、イベントをさせて頂いたのだ。

そのレストランは、とてもお洒落で、エコロジーや衣食住に関する情報を発信してる上に、センスの良い雑貨なども揃っているため、地域のアンテナショップになっている。

来店されているお客さんも、おのずと意識の高い方ばかり。

そんな素敵なお店の一画で、カード・カウンセリングをさせて頂くという機会を得た。

ユングの「シンクロニシティー理論」を踏まえたセラピーテクニックであるが、シンプルでダイナミックな気付きを促す。


連休中で、店内は大混雑。

そこへ、受講生の皆さんと、セラピスト・チームを組んで乗り込んだ。

次から次とお客さんが来てくれて、ちょっと疲れたけど、最高に刺激的だった。

まるで、占い師になったような気分。


嬉しかったのは、受講生の皆さんの雄姿だ。

一人ひとりに丁寧に、真剣に対応されている姿は、感動的であった。

誰かの為に、懸命になっている姿は、人間として、とても美しいものだ。

こうして、カウンセリング・マインドが育まれるのだろう。


更に、嬉しいサプライズは、お店のスタッフの皆さんにまでご依頼頂いて、喜んでいただけたことだ。

きっと、この体験は、受講生の皆さんにとっても、何よりの体験になられたことだと思う。


今日の出逢いに感謝します。


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ZENMAI侍

君は知っているか?

一度は、死界を彷徨いながらも、生還した一人の男を。


彼は元々、世間に反旗を翻すアウトローであったが、ある晩、盗賊まがいの盗みを働き、過って古井戸に落ちて命を落とす。

そこで、謎の人物に出会い、あるメッセージを受けたのだった。

「お前は、死んだのだ。しかし、もう一度甦えらせてやろう。その為には、日々、善を行うのだ。しかし、逆に悪事を行えば、与えた命は削られる。そして、108の善を積み重ねれば、元通りに生きていくことが出来るのだ」


甦った彼の頭には、何と!“ぜんまい”が…。

「そのぜんまいが、善を行うたびに巻かれていくのだ。今日からお前は『ぜんまい侍』と名乗るが良い」

腰には、“必笑だんご剣”が。

そして、彼は甦った。


このだんご剣、コンセプトが良い。

だんご剣が振り下ろされる時、どのような悪人でも瞬時にして幸せな気持ちになって、悪事を改めるのだ。

これは、柳生の“活人剣”を思わせる。

挑みかかった相手、戦った相手を、ことごとく虜にしてしまう剣。

相手を殺さず、相手を活かす。

これぞ、柳生の活人剣だ。


最近のNHK、深いね。

子供向けアニメですけど…。


主題歌、エンディングテーマも、渋いです。

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