一本鍼の由

November 12, 2010

第156回 一本鍼の由 ・その5

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27、8歳のころの患者さんがつい最近、またまた訪れてきた。



凡そ40年前の方。



数日前、脳梗塞で倒れたが、軽くすんだとのこと。



どうか再発を防いでくれと懇願してきた。



当時の鍼治療を回顧して、「一本鍼」がよく効いたという。

  





この頃、大阪市立大学医学部解剖学教室に毎週水曜日通っていた。



付いてくれたのは解剖学専門の学者だったが、この医学に大変興味を抱いていた人で、鍼灸師を「医者」と認める人だった。

 

西洋医学の一部を垣間見るとともに「ロジック」の必要性を大いに学んだ。



「ロジック」を鋭利にするため論文を書くことを勧められ大いに励んだ。



後年、学問と一本鍼開発のためこれが優れて有効に働いた。



当時のこの業界の書物、論文をみるに「ロジック」に関して確かに希薄だとの印象が未だに残っている。

 






さらに一本鍼を極めるにあたって重要な出来事がある。



それは息子達がよく病気をし、殊に高熱を発することが多かった。



〔己の医療として家族を守れなければ、・・・・どうして他人さまに対して医療行為ができるのかという〕医者魂があった。



まさに真剣勝負だった。



真剣勝負は鍼一本の重みを深く教えてくれた。

  






そこから、日本古来の「打鍼術」と「舌診学」へと目が開いていった。




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October 27, 2010

第140回 一本鍼の由・その4

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開業して間もなくだったが結構流行った。



だから、多くの患者を診ることができ経験を豊かにすることができた。






つい先日、〇〇と名乗る50歳前後の男性が尋ねてきた。



今より40数年前に大阪堺にて「喘息」を治してもらったものだという。



知り合いの国立医学系大学院助教授が「三叉神経痛」で困っているので助けてあげてくれ、とのこと。



あの頃可愛かった子供さんが成長し、「喘息」を治してもらったという記憶で来院したのだ。






開業して日が浅かったが既にこのような病を治していたのだと、感慨深い。



背候診を中心に診立てていたが、このころ「夢分流・鍼道秘訣集」を紐解き勉強していた。



よって、 背候診と腹診をもって治療していた。


脈診はいまだ六部定位診が中心だった。



これによって、当時手足の重要穴を本穴とし、これに背部の輸穴を加えたり、或いは背部の輸穴に数穴の治療を施していた。


いずれにせよ、刺鍼する数は略4、5穴以内であった。






このころは睡眠時間、4時間ほどで、近所は向かいの極楽湯の銭湯しか知らなかった。


仕事時間は長く、朝9時より昼食、夕食を入れて夜の9時位までだったことを記憶する。







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August 03, 2010

第54回 一本鍼の由 その3

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背候診を中心にした診断をもとに四肢の原穴に一本鍼を試みた。



いや、左右両方に施術したから二本鍼だ。



さて、当時著された漢方、鍼灸の書物を多数乱読(らんどく)したものだった。



大変立派な装丁と紙質だったことを思い出す。



中国・文化大革命で世の中は騒いでいたころだ。



大阪・上六、大阪外国語大学のそばに東方書店なる小さい本屋さんがあった。



独特のニオイのする書物を開いた。



中医学書との初対面。〔本文は当然中国語〕



紙はザラ紙、装丁は酷いものだった。



分からないなりに読む。



「中医学は祖国医学の伝統文化・・・・・」から始まる文。



興奮した。


日本漢方、鍼灸にないものを覚えた。





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日本鍼灸古典学派は「臓腑、経絡」概念〔弁証〕に集中していたように思う。



ところが、弁証も八綱陰陽を大綱とし、臓腑、経絡の弁証はその下に位置していた。



八綱陰陽は後に手がける「舌診学」展開に繋がった。



往時鍼灸の世界には「舌診学」などはほぼ皆無であり、筆者は先駆けて「鍼灸舌診学」なる学問を創造し「鍼灸舌診アトラス」の書物を著すに至った。



今でこそ、鍼灸専門学校、鍼灸大学において教材に取り上げられ、国家試験に登場するほど評価されだしてきたが・・・・・。

 





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July 29, 2010

第49回 一本鍼の由 その2

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「やぶ医者の故郷」





 
学校を卒業すると同時に独立開業した。1964年のことである。



現在の診療所・藤本漢祥院の玄関ほどの空間が診療の場であった。



一か月もすると日に14、5人の患者さんが来てくれた。



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時間があれば、霊枢経・九鍼十二原から始まる文言を、大き目の画用紙に毛筆で筆写した。



この時すでに難経流の脈診治療に疑問をもっていた。



先に記したように「記載」のとおりに実行した上で。



《霊枢経》は鍼経と言われるぐらいこの医学の原典中の原典であったからである。



澤田健氏の診療記録・《澤田流聞き書き》がかなりの参考になった。

 

この中から、霊枢経・経脈篇の内容を詳細にしたとされる《十四経発揮・中国元代》に注目しこれをとくと調べた。



また、澤田氏の診察診断が背部輸穴にまなこを向けたものであることを知ることとなった。



そこで、背部輸穴と手足の原穴との相関性に興味をもち、原穴に一本鍼を打ち、背部輸穴の反応を探った。






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July 22, 2010

第40回 一本鍼の由 その1

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「一筋に咲く一輪の花」







今や、99%は一本鍼の治療だ。




よい臨床家になろうとした。確実に成果が上がることをひたすら願い邁進していった。



鍼灸学校在学中のことだ。


先代の勧めもあり、

《難経本義・中国元代》や

《頻湖脈学・中国明代》(有名な本草綱目の付録の部分)、を筆写しよく記憶に留めようとした。(いうまでもなく漢文
)



《難経》などは、記載に従って鍼をうち脈を診て効果を確かめた。

 

また、近所に重篤な患者がいることを耳に挟むと直ちに行って脈診を試みたものだ。



書物の記載と実際とが一致せねば納得ができなかった。(学術ともに未熟であったが)

 

当然のことながら、学校での授業は信じていなかった。ほぼ国家試験受験に向けての内容だったから。


国家試験の中身は「東洋医学の本質」とは異なっていた。


西洋医学が中心であったのである。






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