人間

November 24, 2012

いきもの(第869回)

ikimono






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いきものを見て君は可愛いと思えるか。


その姿、動きとってもかわいいよ。


魚、山椒魚、蛙、すこし怖いが爬虫類。


でも、やはりけなげな様子に感動するよ。


生きものはめでたい。


元、同じはらから。


人間は大いなる同胞。


これを愛せなくてはひとを治すことはできないよ。


人を愛することができないものに医療は成り立たない。


何をもって医療人としてあるのか。













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fujimoto1005 at 05:00|PermalinkComments(0)

October 14, 2010

第126回 恥じらい

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何時まで経っても初々しさは大切。



反対にふてぶてさは大いに問題。



人として、初対面での印象は大きい。




 

初めての患者さんを診る時、「恥じらい」がどれくらいあるかは以後の診療に大いに参考となる。





表面上の恥じらいはともかく、本質としてのものは優れて有効なメルクマ―ルとなる。



治療をする場合の信頼関係も実はこのような問題が極めて深刻のように思える。




 

かくいう筆者も長く本業をやっているが、何時まで経っても「恥じらい」が取れない。



実に稚拙な治療者だとも思うが、でもこれは患者さんに対する挨拶の一こまとも思っている。

 

 






 
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September 10, 2010

第92回 気づく

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「村井氏提供」






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ある遠方の弟子。



研究会に入りかなり活躍してくれている。



当初、身体の具合が悪いと訴え、よく鍼治療を求めてきた。



異常に緊張し、手足の裏から発汗していた。






あれから十年近くになろうか。



今日もまた身体を診た。



かつてに比べかなり好くなっている。



「気づく」・・・・・・。



そう患者さんから学んだのだ。



診療を通じて。



「ものを苦にしない」ことに気づいたのだ。



「わかったみたいだね」と。



笑顔で頷(うなづ)いた。



「この〔気づく〕を広めよう」と。



また笑顔で頷いた。







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August 22, 2010

第72回 背に腹は変えられぬ

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「筆者画・石川五右衛門」
 

 






 

 

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人間この未知なるもの、とは誰かの言葉。

 



石川五右衛門の釜茹(かまゆ)で〔釜煎り〕の話をご存知か。


茹でられた当初は子供を抱いて守ったが、熱さが酷くなると


わが子を下敷きにして乗ったというのはかなり有名。

 



背に腹は変えられぬ。


差し迫った危険を掃(はら)うため、子供のことを顧みるゆとりが無くなったのだ。



 

ここでは己の危急を避けるための咄嗟(とっさ)の反射的行為となる。


いわば、生物の「自己存続本能」とでも呼べる行動に出たのだ。




このような点をかんがみると、繰り返される子殺し、親殺し、いわば親族殺人〔殺人罪の中では刑がかなり重い〕などがある程度説明できるように思える。




また、後になっての戦時中の元兵士の反省、反戦の言葉をよく聞く。


これとても、がんじがらめの国の命令の中では、躊躇(ちゅちょ)する間もなく行った所業と言えるのではなかろうか。




人がひとを殺し合い傷つけあう「愚かしさ」は何時でも誰にでも起こりうることだ。

 






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