2012年01月11日
2011年12月24日
2011年12月22日
髪切ったどー!
2011年12月21日
2011年12月03日
ライブツアーファイナル
ライブツアー、札幌から始まり、東京、福岡、名古屋、大阪と無事に終わりました!
たくさんイイ思い出ができた☆
そして明日はツアーファイナル。
オレの地元町田でのライブ。
今日は海老名のビナウォークにてインストアなので、久しぶりに実家に帰ります。
10年の締めくくり。
まだチケットあるみたいなので、みんな飛び入りでも遊びに来てくれたらうれしいです☆
生まれ育った町田で、新しいスタートを切るべく、思いっきり熱いライブにしますっ!
楽しみだーV(^-^)V
たくさんイイ思い出ができた☆
そして明日はツアーファイナル。
オレの地元町田でのライブ。
今日は海老名のビナウォークにてインストアなので、久しぶりに実家に帰ります。
10年の締めくくり。
まだチケットあるみたいなので、みんな飛び入りでも遊びに来てくれたらうれしいです☆
生まれ育った町田で、新しいスタートを切るべく、思いっきり熱いライブにしますっ!
楽しみだーV(^-^)V
2011年11月22日
10周年ライブ
おとといは東京、そして昨日は福岡でライブ。デビュー10周年の前日と当日に、本当に楽しいライブになった!
10年なんてあっという間だなぁと思いつつも、10年間で色んなことがあった。
当然楽しいことばっかりじゃあないわけで、3歩進んで2歩下がるの繰り返しだった。
でもやっぱり、ずっと胸の中で消えることなく宿っていたのは、歌を歌い、誰かを演じ、思いを届けていくことに、自分自身のアイデンティティがあるということ。
何かを生み出し、届けている瞬間に、自分が生きていることを実感する。
ホントに幸せだと思う。
自分のエゴにも思える作品を、聴きたいと思ってくれる人がいる。
これはもう感謝とかって言葉じゃ表せないこと。
でも言いたい。
この言葉しか持ってないので。。。
応援してくれるみんなへ
ありがとう。
落ち込んだ時に、まず深呼吸してみる。
息を思いっきり吸って、一気に吐き出す。
すると、少し気分が軽くなる気がする。
それでも気分が軽くならなければ、思いっきり泣いてみればいいと思う。
もしも泣けないならば、もしかしたら大した悩みじゃないのかもって自分に言い聞かせて、もう一回深呼吸してみる。
きっと気持ちはいくらか軽くなる。
そうやって生きているんだと思う。
そうやって生きていくんだと思う。
これからも、どうぞよろしく!
2011年11月12日
ツアー初日、札幌へ。
あー、飛行機乗りたくない
(-_-#)
でもガマンガマン。
待ってろよー、札幌!!
(-_-#)
でもガマンガマン。
待ってろよー、札幌!!
2011年10月28日
モノを書く
最近は、レコーディングも終わり、友人のミュージシャンのプロデュース手伝いとか、物書きに精を出しております。
そういやぁ、物書きって文章を書くこととか、その書いてる人のことを言うんだよね?
多分、いわゆる俗語ってヤツかな。
にしても、モノを書くとはどういうことなんだろう。
いや、その前に文章はモノなのか?
小説や歌詞を書いてると、切っても切り離せない問題が出てくることがある。
それは説明のための言葉。
芝居では、説明ゼリフとかって言うんだけど、ストーリーを進めるにあたり、この人はこんな人で、歳はいくつ。みたいなことはとても重要。
でも、僕は極力そういった説明を入れたくない。
つじつまを合わせたり、キャラクターをはっきり伝えるためには仕方ないことなんだけど、説明を入れすぎると、そこで作品が完結しすぎてしまう気がして、好きじゃない。(といっても、必要なものなので、入れますがね)
話は戻るけど、モノを書くって、そこに起こっている状況や感情を、文字にするってことだから、A君はBちゃんのことが好き、って書くと話や感情に動きがなくなってしまう。
どういうふうに好きなのかとか、何かがあったから好きだと気づいたとかって書かないと、そこに鮮度がない気がするのです。
マクドナルドのCMで、「I'm Lovin' It」って言ってるヤツ、知ってますよね?
あれが「I Love It」だと、ちと弱い。
「I'm Lovin' It」にすることで、今まさに好きなんだなぁ、的な感じが出てくる。
さて、またまた話は戻り、説明が必要でありながらなるべく減らしたい僕です。
んじゃ、分かりやすく説明の会話を作ってみる。
A 彼女とうまくいってんの?
B 最近、仕事が忙しくて会えてないんだ。
A そっかー。
B でも、まぁうまくいってるよ。
っていう会話に説明を入れていくと、、、
A なぁ、何だっけ、Cちゃんだっけ? 彼女。あの子とはうまくいってんの?
B 最近、仕事が忙しくて会えてないんだ。アイツも大学の卒論で忙しいみたいだし。
A そっか。お前も不動産屋で働いてたら2月3月は忙しいもんな。
B でも、まぁうまくいってるよ。俺ももう30だし、あいつが卒業したら結婚しようかなって。
という感じになる。
自然に入ってれば何の違和感もないけど、中身としては、彼女とうまくいってるかだけの話。
これが、後々ストーリーにつながると、重要になってくる。
でも説明しすぎると、なんかつまんない会話になってくる。
A子は、B男を一目見た時に好きになった。
っていう文章よりも、
A子はB男を一目見た時に、何故か懐かしい感覚と不思議な安堵感を覚えた。父親のような、兄のような、いやけれどそれらとは違う何とも言えない感情。その瞬間、A子は思わずB男に触れたいと思った。
とかって書くと、A子の感情が文章の中で生きてくるし、読み手の想像力が重要になり、読み手によって色んな色が生まれる気がする。
と言いつつ、なんか説明って難しい。
説明は必要で、気づいたら入れてるものだけど、わざとらしい説明文はなるべく入れたくない。
モノを書くことは、たくさんの人がやってることだけど、生きた文章を心がけたい今日この頃。
何が言いたいのか、自分でもよく分かりませんが、長々と書いてしまった。。。
すまねぇm(_ _)m
そういやぁ、物書きって文章を書くこととか、その書いてる人のことを言うんだよね?
多分、いわゆる俗語ってヤツかな。
にしても、モノを書くとはどういうことなんだろう。
いや、その前に文章はモノなのか?
小説や歌詞を書いてると、切っても切り離せない問題が出てくることがある。
それは説明のための言葉。
芝居では、説明ゼリフとかって言うんだけど、ストーリーを進めるにあたり、この人はこんな人で、歳はいくつ。みたいなことはとても重要。
でも、僕は極力そういった説明を入れたくない。
つじつまを合わせたり、キャラクターをはっきり伝えるためには仕方ないことなんだけど、説明を入れすぎると、そこで作品が完結しすぎてしまう気がして、好きじゃない。(といっても、必要なものなので、入れますがね)
話は戻るけど、モノを書くって、そこに起こっている状況や感情を、文字にするってことだから、A君はBちゃんのことが好き、って書くと話や感情に動きがなくなってしまう。
どういうふうに好きなのかとか、何かがあったから好きだと気づいたとかって書かないと、そこに鮮度がない気がするのです。
マクドナルドのCMで、「I'm Lovin' It」って言ってるヤツ、知ってますよね?
あれが「I Love It」だと、ちと弱い。
「I'm Lovin' It」にすることで、今まさに好きなんだなぁ、的な感じが出てくる。
さて、またまた話は戻り、説明が必要でありながらなるべく減らしたい僕です。
んじゃ、分かりやすく説明の会話を作ってみる。
A 彼女とうまくいってんの?
B 最近、仕事が忙しくて会えてないんだ。
A そっかー。
B でも、まぁうまくいってるよ。
っていう会話に説明を入れていくと、、、
A なぁ、何だっけ、Cちゃんだっけ? 彼女。あの子とはうまくいってんの?
B 最近、仕事が忙しくて会えてないんだ。アイツも大学の卒論で忙しいみたいだし。
A そっか。お前も不動産屋で働いてたら2月3月は忙しいもんな。
B でも、まぁうまくいってるよ。俺ももう30だし、あいつが卒業したら結婚しようかなって。
という感じになる。
自然に入ってれば何の違和感もないけど、中身としては、彼女とうまくいってるかだけの話。
これが、後々ストーリーにつながると、重要になってくる。
でも説明しすぎると、なんかつまんない会話になってくる。
A子は、B男を一目見た時に好きになった。
っていう文章よりも、
A子はB男を一目見た時に、何故か懐かしい感覚と不思議な安堵感を覚えた。父親のような、兄のような、いやけれどそれらとは違う何とも言えない感情。その瞬間、A子は思わずB男に触れたいと思った。
とかって書くと、A子の感情が文章の中で生きてくるし、読み手の想像力が重要になり、読み手によって色んな色が生まれる気がする。
と言いつつ、なんか説明って難しい。
説明は必要で、気づいたら入れてるものだけど、わざとらしい説明文はなるべく入れたくない。
モノを書くことは、たくさんの人がやってることだけど、生きた文章を心がけたい今日この頃。
何が言いたいのか、自分でもよく分かりませんが、長々と書いてしまった。。。
すまねぇm(_ _)m
2011年10月06日
区切り
なんかまたまた久しぶりのブログ更新になってしまった…。この一ヶ月半、社会との接点ほぼゼロでレコーディング漬けになってました。
デビュー10周年記念アルバム。
正直、10周年がめでたいだなんてちっとも思わない。
それどころか、10年前は28歳の自分はもっと大人でもっとすごいヤツになれてるって勝手に思ってたよ。
そう考えると、恥ずかしさと焦りが募る。
けれど、やはり10年続けてこられたことを考えると、紛れもなく応援してくれるみんなのおかげだと思ってます。
心から感謝しています。
そんな思いを抱きつつ作ったアルバムには、やはり切っても切り離せない大きな悲劇への思いが強く刻まれてます。
約7ヶ月前の震災を通して、みんなもそうであるように、オレ自身も深く考え、悩みました。
先ほど、みんなへの感謝という言葉を出しましたが、それをどうやって伝えられるだろうか。
表現者として、何ができるだろうか。
それは、今までを振り返ったアルバムを作ることではないと思いました。
今という時代と誠実に向き合い、自分のメッセージを強い意志を持って発信することだと思いました。
これ以上も以下もなく、真に自分らしいアルバムを作ること。
言い訳もごたくもない。
打算や妥協もない。
これこそが藤岡正明なのだと感じてもらえるようなアルバムを作りました。
誰かに左右されたり、誰かの受け売りみたいなアルバムじゃなくて、これがオレなんだって分かってもらいたい。
そんな意味を込めて、10年経った今、あえてアルバムタイトルを自分の名前にしました。
藤岡正明のニューアルバムのタイトルは「藤岡正明」。
書いた歌詞も、たくさんの思いを込めて書きました。
その中の一部を紹介させて下さい。
手紙
この手紙が君に届く頃には 君はここにはいないかもしれない
夕立の空 酸素濃度の値段 波に消えた街のぬくもり
時はいつも君を置き去りにして 人は知ったようなフリをする
僕もその中の一人 何も言えやしない
ただ嘘を重ねてる夜に 強く刻んだ
痛みを知る人はたくさんいるのに 誰がこの国を救えるのだろう
君の笑顔 戻る日が来ることが 僕の、そして皆の願いってことを
知っていてほしい
知っていてほしい
全11曲。
渾身のアルバムが、今日出来上がりました。
これが今のオレの全てであり、これが藤岡正明の音楽です。
早くみんなに届けたい。
楽しみにしていて下さい。





