December 18, 2014

東南アジア放浪記07 タイ鉄道

国境からバンコク行きの鉄道に乗るためには8キロほど先の駅に行かなければならない。ベトナムやカンボジアのノリでトゥクトゥクが大量に待機していて客引きをしているものかと思ってたが全く見当たらなかった。代わりにバンコク行きのシェアワゴンが幾つか待機していて乗客数で値段が安くなるようだった。ただ鉄道でも48バーツなのでかなり安いがワゴンの方が早く着くらしい。電車に乗りたいからと言って後にする。少し行った所の小さいモールのような所でトゥクトゥクを一台見つけた。形がカンボジアのと違う。カンボジアのはスクーターに荷台をジョイントした感じのだったが、タイのはバイクと荷台が一体化している。駅まで幾らか聞いたら100バーツと言われた。他にトゥクトゥクが居ないから交渉出来やしない。まだタイのバーツは手にいれてなかったからカンボジアのノリでUSドルでイイか聞いたらダメだった。両替所で20ドルを600バーツに替える。レートは良くない。駅に着いたのは1時位で電車は1時50分発だ。電車は一日に朝のとコレの2本しかないのでカンボジアからタイへ来て電車でバンコクへ行くつもりならこの時間に到着するようにしなければならない。駅では自転車で旅してるドイツ人のおっさんが周りの旅人に絡んで自慢話とかしていた絡まれると面倒だと思ったので、自分に話しかけても面白く無いですよオーラを出して避ける。用は素の自分を出すだけだ。電車は窓が空きっぱなしで進む。席もガラガラだし最初の方は風に吹かれて気持ち良かったが電車は砂ぼこりを巻き上げながら走っているので、暫くすると髪が砂でゴワゴワにになっていく。夜8時にバンコクに着く。今まで通過して来た街と比べるとハイテク近代都市の様に感じたがスラムっぽい地域も沢山ある様だった。本当はこのまま11時発の電車でチェンマイに行きたかったのだが座席のみで寝台は空きがないと言われたので次の日のチケットを取り、バンコクで一泊する事になった。宿の当ては皆無だったのでバックパッカーの聖地カオサン通りにタクシーで行く。通りを歩いてたら宿の客引きに声を掛けられる。200バーツで泊まれるとか言う。部屋を見て気に入らなければやめてもイイと言うので見てみる事にした。とてつもなく狭い収容所の様に区切られた部屋でセキュリティも不安を感じたが一回位こういう所に泊まって見るのもイイかと思って泊まる事にした。と言うかもう他を探すのが面倒だった。夕食のためにカオサン通りを歩く。外人達がバーでビールを飲みながら騒いでいる。予想通りである。ちょこちょこ屋台もあったので30バーツの立食いパッタイを食べた。
朝はもう少しで歩いて見ると屋台が沢山並んでる通りがあったりしたのでご飯と鳥肉のセットを頼んだ。屋台のおばさんが辛そうな調味料をかけようとするので断る。通りのMy Houseと言うホテルの前でおっさんが僕に向かって"This is my house"とドヤ顔で言ってきた。何て返せば良いのか分からないので苦笑いで通り過ぎる。昼前までブラブラして収容所をチェックアウトして駅まで歩く事にした。道を歩いてたらおっさんに声を掛けられる。少し話して自分がこれからチェンマイに行く事と宿をまだ決めてない事が分かると知り合いのツーリストインフォメーションだがに連れて行ってくれるとか言い出したので警戒レベルを上げるが、おっさんの仕事はクルマの保険屋で飯を食べてから仕事に戻っている所で、すぐ近くにそれがあるから寄って見て情報を手に入れると言いよという話だ。着くとそこは普通の旅行会社だった。中で水野晴夫に似ているおっさんを紹介して貰っておっさんは去って行った。旅行会社のおっさんは日本語が喋れるのだが話し方が少しオカマっぽかった。自分からタイでの旅行プランを聞き出すと勝手にスケジュールを組み立てて移動と宿泊で計7万だねとか言い出した。移動費を引いて見ると自分の設定している宿代平均2千円から遥かに高い。勿論長期のバックパックじゃなければ全然問題ない値段何だけどさあ。自分で探すからいいよと言うと今はタイの旅行ピークシーズンだからそんな安宿は無いと言い張る。もしくはボロくてくつろげない所だとか。ネットで探したらいろいろ出て来るしとか言っても。ありません!とか言ってくる。あーめんどくさい。そもそも元からツアー会社とかにパッケージ頼むつもり何か元から無くて流れでここに来てしまっただけなのに。とりあえずチェンマイだと何処ら辺に泊まるのがいいか聞いてみると、新市街のナイトバザー周辺でそこを提供出来ると言う。ホテルの詳細情報を見せて欲しいと言って見せて貰う良さそうなゲストハウスだったが裏をめくると場所が新市街のナイトバザーの近くではなかった。こっちが地理に弱いと思ってちょろまかそうとした様である。ある程度大まかな地図は行く前に把握してるんだけど。兎も角それをきっかけにその場を脱出出来た。おっさんはふてた様な顔になってた。駅までは4キロほどだったがバックパックを背負っているので結構きつい。ひとまず駅には着いたが出発の6時10分まではまだ時間がある。試しに近くの地下鉄に載って見る事にし、二駅ほど行って、辺りを散策しながら歩いて元の駅まで帰って来た。電車の寝台車は二等席で、席が向かい合って配置してあり、向かいの席の人と寝る時に二段ベットの上下に変形する。ベットは下の席を選んでいて、横に窓が来る様なりかなり快適だ。ベトナムの一等寝台車よりも快適である。向かいの席に座ったクリス・ヘムズワースに似たタンクトップのスウェーデン人が隣の旅仲間と遅くまで喋っていたが、必要な睡眠時間は確保出来た。
朝の8時ごろにチェンマイに着いた。ある程度の宿の候補はあったがそのためにはトゥクらないといけない。そんな中、宿の客引きをしている人がいて、一泊300バーツでしかも今なら宿に送迎してくれて、部屋を見て気に入らなければ泊まらなくても良いと言って来たのでついて行く事にした。部屋はそこそこな感じのだが300バーツなら充分なクオリティだったので泊まる事にした。場所も旧市街の北東で西側の大通りには食べる所も沢山あった。ある程度周りを確認したらその日は旧市街の寺を周りまくる事にした。

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December 10, 2014

東南アジア放浪記07 シェムリアップ

バスは1時間遅れの5時にシェムリアップに着いた。オンタイムは勿論期待していなかったが。着いたらRyogi Fugitaと書いた紙を持っている人がいた。値段交渉を始める。3日間のアンコールコンプレックス訪問だとこの様なプランになると提示される。そこは任せるとして、値段は80ドルになると提示された。ネットで調べた情報によるとトゥクトゥク一日貸切は15ドルだったので高い。遠くに行くから高いんだそうで15ドルは安すぎで再三取れないとかなんとか。70まで下げて雇う事にした。じゃあ今払ってとか言ってきたが断ったら30ドルならどうかと聞いてきた。金が無いから晩飯が食べられないとかなんとかかんとか。。。飯に30ドルとか日本でだって滅多にださんわと行って10ドル渡し、次の日に20ドル、最終日に40ドル渡す事になった。ホステルでそれが安いのかどうか聞いて見たら行く場所によるんだそうだ。朝8時にホステルに昨日のトゥクトゥクのおっさんが来たがトゥクトゥクはない。暫くすると別の人がトゥクトゥクに乗ってやって来てそれに乗っていけと言われた。おっさんに金払ったんだがおっさんが運転する訳じゃないのか!?そしてそのままアンコールワットに向かった。アンコールワットが目の前に現れたとき迫力と言うか存在感が凄かった。遠くから眺めても近くで見上げても飽きない。暫くしウロウロしているとここの楽しみ方がわかって来た。歴史のある太古の遺跡でロマンに浸るとかそう言うのもあると思うが、ここは完全なダンジョンだった。ここが通れる様になってるとかこっちにも部屋があるとか。次にアンコールトムに行ったがアンコールワットより壊れててダンジョン要素が強かった。ワンダと巨像の様な遺跡でセーブポイントまであった。見終わったらトゥクトゥクドライバーがオススメの飯どころに連れて行ってやるといって来た。そこは安いのか聞いたら安いといわれたが全然安くなかった。多分遺跡周辺の飯屋は全て観光価格だろうと諦めた。の後更に近場の遺跡を3つほどみた。暑過ぎなのでたまに遺跡の日陰で休んだりもした。シェムリアップの街に戻った後、ドライバーにあのお金を払ったおっさんはあんたのボスなのかと聞いたらそうだと言われた。お金はあのおっさんに貰えるらしいのだが多分マージンは引かれてると思う。ドライバーは若いのでトゥクトゥク見習いなのかしれない。あのおっさんは調子の良さそうな感じだったがこのドライバーは真面目で気が弱そうだった。あのおっさんにいい様に使われてるのではないかと思うと気の毒に思えて来たのでチップをいくらか出す事にした。ホステルはシェムリアップの中心街にとったのだか完全に旅行者向けのエリアと化している。パブストリートとかあって外国人観光客が集まって飲んでいる。ナイトマーケットとかあるが完全に観光客向けだ。そこから少しの所にやや安めの定食屋が集まってるところがあったのでそこにした。更にセンター街から外れようとすると危険な感じがしたので辞めた。もっと地元の人が集まる屋台のあるところが良かったけど、行った事がない街でそれをピンポイントで探すのは難しい。
次の日もトゥクトゥクで他の遺跡を見に行く。アンコールワットは浸食が少ないのか修復が進んでいるからなのか結構綺麗だけと他のはてっぺんが崩れて草とか生えてたりする。その雰囲気がすごくいい。3つくらい遺跡を見てトゥクトゥクに昼食に連れて行かれる。昨日より高かった。良心的なトゥクトゥクドライバーは昼食に一旦シェムリアップの街まで戻ってくれるらしい。このドライバーはガソリン代がかかるとか言う。明日は何か対策を練らなければ。昼食のあとは更に別の遺跡で今度のは広い水辺の中にあった。ただ入れるエリアが少ないのが残念。次の遺跡は結構大きくていろいろ探検出来た。奥から抜けると森の開かれた空間に出るんだけどそこでは物売りが抜けて来た観光客を待ち構えてていろいろ売ろうとして来る。小さな可愛らしい子供が日本語で「コレ シャシン 10マイデ1ドル オニイサン カッコイイ」とか言って来る。その次の遺跡は更にデカくかなり迷った。一旦出口に出てしまったが見逃した所が無いか戻って更に探検したりしたくらいだ。そして街に戻って夕食。遺跡巡りはこのルーチンワークである。
次の朝、遺跡巡りの前に適当なストリートフードで1ドルのお粥を食べる。50円くらいのベトナムのホットドッグみたいなのも売ってるのでそれを昼食代りに持って行こうか考えたが暑さの中で傷まないか心配してやめる。今日は少し街から離れた所へ行く。遺跡に着くと子供たちがあそんでいた。地元の子供たちだろうか?それに遺跡の各所にはパートのおばさんなのか遺跡に座って観光客の監視をしている人がいるのだが、その人たちが子供を子守ついでに連れて来てたりもする。遺跡から出て来るとトゥクトゥクドライバーが子供たちに囲まれてた。スマホを弄っててそれに子供が群がってたみたいだ。そこへ近ずくと子供たちが物売りへと変貌し日本語でいろいろ売って来る。結構しつこいんだがトゥクトゥクが出発するとバイバイと手を振ってきて、直ぐに子供どうしで無邪気に遊びだす。そういえば学校には行ってないんだろうか?あの子達商売用だけと日本語と中国語と韓国語知ってて、英語だとコミュニケーションまでとれるのに。次の遺跡でも子供が沢山いた遺跡のベンチに座ってお絵描きをしてる子もいた。もうこの辺だと遺跡の大きさはそんなに大きくないのですぐ見終わる。最後の遺跡は寺院と一緒の場所にあって大規模修復中だった。どっちかと言うと建物よりはモニュメントに近い。その後ドライバーがメコン川のクルーズに連れて行くと言ったが30ドルかかると言い出した。そんなの聞いてないから用意してない。変わりに再びアンコールトムに戻ってもらう事にした。アンコールトムは広いのでまだ見てない所もあったからだ。適当に探検したり、スケッチをして時間を潰す。昼時にアンコールトム内の売店と飲食店がならぶ所へ向かう。売店では水とジュースを観光客価格からカンボジア人価格に負けてもらう。売店のおばさんと話してたらランチ食べたい?と聞いていたので、値段によると答えると割引きしてくれた。トゥクトゥクに戻ると昼飯食べる?と聞かれたからそこら辺でもう食べたと答えると、えっ!て感じの顔になりその後最初の日に昼食食べた所の店の定員と何か話していた。やっぱり。提携してコミッションフィーとか貰ってたな。そしてドライバーがボスに言われてたオリジナルの予定だったメコン川は行かない事になったし、もう行き先はないから街に戻るねと言い出した、おい、まだ時間はあるぞ。というわけでアンコールワットに戻って貰った。暫し口論になったが。最初にアンコールワットに来た時は朝でその時間だと太陽の位置が逆行になってしまう。なので午後の順光の時間にまた来たかったのだ。見終わったあとドライバーの所に戻りチップを払ってあげた。街まで戻ると最初の日のボスが待っているのかと思ったら居なくて、最初に交渉した残りの40ドルをドライバーに渡した。そしてカンボジア最後の夕食を取って寝た。
次の日の朝はタイの国境まで行くバスをホステルで取ってあった。時間の8時前まで朝ごはんがてらフラフラする。50円のホットドッグを食べた。7時半にホステルへ戻るとトゥクトゥクドライバーがいて、タイ行きのバスに乗るのはお前か?行くぞ。といって来た。え?8時だと思ってたらそれはバスの出発でその前にトゥクトゥクが送迎してるんだとか慌てて準備をしてバスまで送って貰ったが、近くて時間は余裕だった。隣の人がたまたま日本人だった。ベトナムのホーチミンで今まで働いていて、帰国ついでに旅をしてるんだそうだ。そういえば日本人と話したのは今回の旅で初めてだ。国境の街ポイペトまで2時間と聞いていたが3時間掛かった。その人も含めだいたいの人がバスでバンコクまでのチケットを買っていたが、自分は電車に乗りたかったので国境までのを買っていた。とは言え全ての人は一旦バスを降りないといけないのだが。バスから降りると先ずはカンボジアの出国ゲートを通る事になる。建物の外に切符売場みたいな感じである。その後は橋を渡ってタイの入国ゲートの建物に行く。途中で右の歩道から左の歩道に渡らされた。カンボジアの車道はアメリカとかと同じ右側通行だが、タイは日本と同じ左側通行だ。建物に入ると結構混雑していた。にもかかわらず審査官は3人しか居ない。30分位でやっと自分の番になる。入国に関し、日本を含め先進7ヶ国の国民は陸路でも30日の滞在許可が貰えると言う情報があるのだが、タイの外務省のホームページにも載って居ない。もし15日だと今後の予定を大幅変更しないといけないのだが、スタンプを押されて返されたパスポートには1月9日まで滞在可能となっていたので一安心。

fujitarium at 08:55|PermalinkComments(0)TrackBack(0)東南アジア放浪記 | TRAVEL

December 05, 2014

東南アジア放浪記06 プノンペン

バスはベトナムの国境に着いた。バスから降ろされて出国ゲートに行く様指示される。え!?パスポート受け取ってないよ?外国人観光客はみんな戸惑っていたが、暫くするとゲートの審査官がパスポートを順に処理してバスの人に渡され、乗客の名前を1人づつ呼んで順に通過する事が出来た。パスポートを再びバスの人に渡してカンボジアの入国ゲートへ向かう。暫くゲート前で待っているとバスの人が乗客のパスポートを持ってきて中にはカンボジアの観光ビザが添付されていて、それを渡されてゲートを通過出来た。カンボジアに入って少しの所で休憩が入った。20分のうちに昼食を取りたい人はとる。どうやらまだベトナムドンが使える様だが30,000ドンしかなく、殆どのメニューは40,000ドンだった。唯一25,000ドンのバインミーは売り切れだと言われた。ATMはない。売店でプリングルスみたいなのが20,000ドンだったのでそれをつまむ。バスに戻ろうとしたら子供の物乞いにお金をせがまれたが無視する。国境を超えるといきなりこれか。子供でこういうのはベトナムにはなかった。物売りならいたけど。バスは2時到着の予定だったけど4時に着いた。道中日差しが強すぎてクーラーでもカバーしきれないほど暑かった。プノンペンに着くとトゥクトゥクドライバーが大量に客引きをしていた。カンボジアではタクシーがあまり無くホテルに行くにはトゥクるしかない。どれが安全なドライバーかなんて見分けるスベはないので適当なのに着いていく。ホテルに着いて夕食がてら少し出歩く。プノンペンは少し治安がよろしくないと聞いていたので少しいいホテルをとっていたのだが失敗したと思った。回りに庶民が食べに行く様な定食屋が全くない。かわりにイオンモールがあるのでそこへ行った。なんか日本のイオンモールとあまり変わらない。見える所にはだいたい警備員が配備されてるのを除いては。値段もやや現地にしては高いとはいえ、日本人からしたらむしろ安いくらいだ。正直言って落ち着きすらする。250円くらいで天ぷら丼があったのでそれを買って食べてしまった。出来れは現地の食べ物を食べたかった。バックパッカーとして負けた気分になる。
次の日朝9時に昨日のトゥクトゥクドライバーが迎えに来た。一日貸し切りを20ドルで頼んであった。けどその人が忙しいという事で知り合いを紹介して貰った。そしてキリングフィールドへ向かう。途中でトゥクトゥクがパンクして整備士の所へ寄った。キリングフィールドには殆ど何もないと言っていい。ポルポト政権崩壊後に貧困に喘いでいた人達が使える物は何でも使おうと建物や道具などをほとんど解体し持ち出してしまったかららしい。入口で借りれる音声解説を聞きながら処刑の為に人々が連れてこられた場所や殺された場所、死体が埋められていた場所を巡るのだ。道の上には未だにある程度、当時の布切れや歯などが残されている様で、布切れは所々で見つかったが歯などは探す気にならなかった。大きな布切れや骨は回収されまとめられていて、頭蓋骨は慰霊碑へ収められている。場所自体もたいして広くないがここで2万人以上の人が虐殺されたのだ。次にトゥールスレン虐殺博物館へ行った。博物館と言っても元学校でクメールルージュがプノンペンから人々を追い出した後、反政府の疑いがかけられた人々にたいして理不尽な拷問が実際に行われた場所だ。2万人以上が連れてこられ、生存者はわずか7人。廃校の様な所で当時の血痕もそのまま残されていたりする。空気が重苦しすぎて、周りに人がいないと進みたくない。犠牲者の写真が大量に並べられているが子供の写真も多い。全て見終わっても暫く待ってくれているトゥクトゥクの所へ戻りたくなかったのでしばらくベンチでぼーっとしていた。トゥクトゥクへ戻って次は何処に行きたいか聞かれたがプノンペン滞在はまだ丸2日は残っていたし楽しい所は明日以降にしたかったのでとりあえず川沿いに行って適当な所で止まってもらい1時間くらいふらふらしたら戻ると告げてふらふらした。広いメコン川沿いに広場が整備されていて、道路の対角線上にレストランが並んでいた。ホテルはこの辺りにすれば良かったと思ったがレストランは旅行者価格だった。ホテルへ戻り夕食がてら辺りをうろつく。するとイオンモールとは反対側にプラスチックの椅子が並んだ屋台が幾つか店を構えていた。その辺の人が食べていたチャーハンを指差して幾らか聞いて見たら3000リエルだと言う。マジか!?100円以下だぞ。それを注文して食べてみた。いわゆる屋台飯の味でそこそこ美味かった。こういうのをさがしてたのだ。
次の日はまずロイヤルパレスに行った。やたらと豪華な建物が幾つかある。金や銀で出来た仏像や小物も沢山展示してあった。次に行ったのは博物館でこの建物もやたらと豪華であった。なかは主にクメール王朝時代の出土品などでシヴァとかヴィシュヌとかブラフマーとかの石像が展示されてるのだが、ちょっと似た様なのが多すぎじゃないかと思った。
次は昼食がてらセントラルマーケットに行きたいとトゥクトゥクドライバーに言ったら、マーケットに食べ物は無いけど周りにはあると言われた。いや、あるはずだけど?そしてなんか旅行者向けのレストランに連れていかれた。いや、こういうのじゃなくてローカルフードが食べたいと言ったら、ここにもローカルフードはあるよ。と言われた。いや、そういう事じゃなくてさあ。なんか気の弱そうなウェイターの人が出て来てオドオドしていたので素直に入る事にした。3.5ドルのチャーハンを頼んだら小綺麗に盛り付けてあってテンションが下がる。その後にセントラルマーケットに行った。あるじゃないか!食べるところが沢山。小さなスペースで人々がひしめき合いながら飯を食べていた。旅行者だからドライバーに気を使われてるんだろうか。昨日もキリングフィールドのあと旅行者向けのレストランに連れていかれたし。一通りみて回ったあとはワットプノンというところに連れて行って貰った。公園の中に寺院がある感じで寺院には1ドルではいれる。ぶっちゃけ入場はザルで入口は正面以外にもあるから普通に素通りで中に入れそうだった。時間が余ったのでロシアンマーケットとかいうところに連れて行って貰った。なぜロシアンなのかは分からないがセントラルマーケットより殺伐とした感じだった。ふらふらしてたら5時くらいになったのでホテルへ戻る。昨日と同じ屋台の集まる所へ行き別の店で焼きそばみたいなのを頼む。またもや75円。ホーチミンの1ダラーヌードルに似ていたがこっちの方が美味い。
次の日はメコンアイランドというところに連れて行って貰った。プノンペンの街からは少し遠くにある。道中の路面も結構悪い。途中で渡し船に乗って島へ渡る。島へ入ってから路面はさらに悪い。道中家々の間を進んで行くが地元の子供たちが無邪気に遊んでてかわいい。暫くしてシルクの機織りをしている家へ寄らせて貰った。実際に少しだけ織らせて貰ったりもした。特に入場料とかもなく普通に見せて貰っていろいろ説明してもらったのだが、なんか悪い気がしてシルクのスカーフを2枚購入した。20ドルだったけど19ドルに値切った。たがそれが正規の値段かは分からない。少しぼられてる気がしなくも無い。その後はメコン川沿いの避暑地っぽい所に行った。水辺に屋根付きの壁の無い小屋みたいのが沢山建てられててそこで涼む事が出来る。2000リエル取られるけど。そこはパッと見ると良さげな場所に見えるが、近く行くとゴミが大量に捨てられててとてもきたない。いや、訂正。近づかなくても分かるレベルだ。ベトナムもそうだったけどカンボジアは路上に大量のゴミが散乱しててポイ捨てとか普通になってる。その後はセントラルマーケットへ行ってもらった。そこで少し遅いが昼食を食べる為だ。肉盛りご飯みたいなのを食べた。2ドルだった。ウロウロしたあとトゥクトゥクに戻って何か他に行くとこあるか聞いてみたがもうだいたい観光エリアは行ったらしい。ショッピングモールでも寄ってみればとか言って近くのソリアとか言うビルディングを教えて貰った。別に興味もなかったが暇つぶしに行ってみた。フードコートの飯が2.5ドルくらいで売っていた。安くも無いがツーリスト価格ほどでは無い適度な値段だった。ショッピングモールを出ようとした時にいきなりフィリピン人に日本人ですかと声を掛けられた。来年に日本の病院で看護師として働くから話を聞かせて欲しいとか言われた。今は親戚の結婚式でプノンペンに来ているらしい。暫くするとその人の姉が合流した。そして日本の病院から送られてきた日本語の書類を翻訳して欲しいと言う話になった。自分が明日の朝にはバスでプノンペンを離れるという事が分かると、その為に自分にその人の泊まっているホテルへ一緒に来て欲しいと言われた。結構強引に話を進められたのでトゥクトゥクが待ってるからドライバーに説明してこなきゃと言うと、じゃあここで待ってるから話して来てと言う事になった。道中冷静に考えてみるとやっぱり怪しいよなとは思った。ドライバーに話すと、話し的に怪しいけど君次第だなと言われた。このまま無視してホテルへ帰ろうと思ったがそれもひどいので冷静に考えて会ったばっかりの見知らぬ人に着いて行く事は出来ないと言う事を話す事にした。本人は買い物をしてるらしかったが姉が待っていた。話をすると妹を助けて欲しかったが君の言う事も分かると言われた。むしろ戻って来てくれてありがとうとも。とりあえず自分のメールアドレスを渡して日本語で助けが欲しいなら送ってくれと言って立ち去った。きっと日本の書類の話は本当でこの人たちも悪い人ではないんだろうけど今回自分にはそれを確実と判断する材料と時間がなかった。信じることは素晴らしいかもしれないがそれにはお互いの信頼関係を築く為の努力と時間がいる。それをすっ飛ばして信じろ信じろと軽々しく言ってくるのは詐欺師かぼったくりである。誰もがすんなりお互いを信じられるようにするには人を騙すような奴を一人残らず駆逐するしかないのだ。そして自分のホテルへ戻り屋台に向かう。プノンペン最後の日だからイオンモールにしようかとも思ったが屋台にした。また別の屋台で焼きそばを食べた昨日よりやや豪華だったが1.25ドルだった。
次の日トゥクトゥクでバス乗り場まで送ってもらう。シェムリアップに着いたらその人の友人が待っていて街まで送ってくれるんだそうだ。そして8時半のバスでシェムリアップへと向かった。10ドルのバスのチケットにはペットボトルの水とおしぼりとトイレの写真があたかも提供されるが如く載っていたがそんな物はバスに付いてなかった。クメール語で書いてるから読めないけどきっとそんな事は書いてないんだろう。

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November 30, 2014

東南アジア放浪記05 ホーチミン

電車はとてつもなく長い。午後4時到着の時間までひたすらベッドでゴロンとしていた。同室の他の乗客はナチャンと言うところでおりたのだが、次の乗客のために電車のスタッフがベッドメイキングをしにきた。布団は
交換せずにたたみ直しただけだった。乗客が残していったペットボトルなどのゴミは拾って窓から投げ捨てた。途中でベトナム人女性が乗ってきたがひとことふたこと会話しただけで後はお互いずっと寝ていた。すごい暇だったが何とかホーチミンことサイゴンに到着した。駅には沢山のバイクタクシーが乗客を待ち構えていたが無視してタクシーに乗り込んでホステルへ行った。部屋は6人部屋で鍵がさせるロッカー付きで結構良かった。ホステルを出ようとするとスタッフの人に地図を渡されていろいろ周囲のオススメの店とかを教えてくれた。とりあえずブラブラした後、スタッフの人が教えてくれたコムタムを食べれる定食屋にいって見た。メニューが多く何をどう頼んだらいいのか全く分からない。英語も全く通じなかった。適当に指差して頼もうとしたら、カエルの丸焼きを盛られそうになったので全力で否定して隣のスペアリブを指差した。その後ホステルへ戻ると誰もまだ居なかった。しばらくガイドブックを見てくつろいでいるとニュージーランドの人が帰ってきて、俺のカバンが開けられてると言い出した。ぶっちゃけ部屋には自分しかいなかったわけで自分は十分容疑者候補になり得るので何だかバツが悪い。その人はインターネットでバイクパーツのセールスをやりながら旅をしているいわゆるノマドであった。
ホーチミン最初の一日は市内をブラブラ歩く事にした。朝食で一緒になったドイツ人のおじさんはカンボジアからやってきて、これからハノイまで北上する、じぶんとは逆コースの人だったので情報交換した。まずは近くにあるベイタン市場まで行く。適当に見て、後でまた来てシャツでも買う事にした。インデペンデンスパレスに行く。議会の席とかばかりが展示してあり、ここであの協定が結ばれましたよと言うものばかりだった。ベトナムの近代史を知っていればもう少し面白いのかもしれない。次は戦争博物館に行った。アメリカはこんな酷い事をやったんだよ。と言う内容の展示写真とかがある。枯れ葉剤の影響を受けてしまった人達の写真とか衝撃的なのもある。いろいろ感じるものはあるがなんと言葉にしたらいいのか分からない。その後は有名な教会とかを見て回る。日本人街と言われる、レタントン通りにも行って見る。日本食屋が沢山ならんでたが800円かそれ以上した。高くはないが普段300円以内とかで食べてるし、ベトナム料理に満足していたので結局地元民が行く様な定食屋にした。ドンコイ通りの先の誰かの像のあるところで休んでるとバイクタクシーが話しかけてきた。しかし適当に流してこちらに乗る意思がないとわかるとどっか行った。しかしさらに別のバイクタクシーが話しかけてきた。今度は日本語だ。手帳に日本人客の「この人はぼったくりじゃない。オススメです。」レビューがビッシリ書き込んであった。スゲー胡散臭い。勿論これも適当にあしらう。その後市場に行ってシャツを買う。幾つか売り場を回って交渉してみた。だいたい450,000ドンくらいから始めて来るが有り得ない値段なのでどっか行こうとする。じゃあ幾らなら買うんだと聞いてくるので50,000ドンとか適当に提示する。最初の店では「ねーよ」って感じで尻をひっぱたかれて追い出された。結局3っつ目の店で120,000ドンで手に入れた。店員にはいい顔されなかったがこれでも少し高めなんじゃないかと思っている。ホステルに戻る道でさっきの日本語バイクタクシーと再び遭遇した。今度はいいマッサージ紹介してやるとか言って来た。手帳を見せて来て「チップ無しで女の子触り放題でした。この人に紹介してもらって間違いありません」とか書いてある。横で「可愛い娘シッテル。オッパイモミモミフリーね。」とかおっさんが喋ってる。仮にそれが本当だとして、オッパイをフリーでもさせる可愛い女の子がこんなおつと繋がってると思うと絶望的な気分になる。とは言え歩き回って疲れたのでフットマッサージくらいはしたいと思っていた。ホステルの人に教えてもらっていた健全なプロフェッショナルのマッサージの所に行ってみたがみつからなかった。なので適当な所で客引きしてたフットマッサージに入ってみる。表でやっているフットマッサージなら健全だろう。1人の女性がやって来てマッサージしてくれる事になったのだが、その女の子がはっきり言ってドストライクだった。そういう店なのかと心配したがおばさんのマッサージ師も多く、たまたま自分の所だけ若い女の子のようだった。マッサージとかあまりしないのでその子がどれだけ上手いのか知らないが結構気持ち良かった。しかもこっちが日本人だと分かると「キモチイイ?」とか聞いてくる。理性かが崩れ去って行くので辞めて欲しい。そしてマッサージはスペシャルコースとかそう言うのは無く普通に終わった。あの娘が健全なマッサージ師であった事に安心する。値段はチップ混みの1時間で200,000ドンで1000円くらいだ。例え1000円くらいのお金でも、ここベトナムではそこそこの金額であるので、何と無く浪費した気分になってしまい、夕食はメインストリートでいつも「1ダラーヌードール」と言って焼きそばを売っているおばさんの所で買って食べた。味は1ドル並の味だった。
次の日はメコン川のツアーに申し込んであった。バスで2時間くらいでメコン川に着いて、そこからボートに乗り換える。このボートで広いメコン川にある島々をめぐるツアーだ。最初の島ではココナッツキャンディを作っていた。ココナッツキャンディが出来上がる工程を一通り見せてもらったあとはお土産売場へ案内される。その後はロバの馬車に乗せられて何処へ行くわけでも無く元の場所に戻って来た。次の島では昼食を食べた。米と肉と野菜とスープである。これはツアー料金に含まれているが、足りなければ追加料金で注文できる。オーストラリアの夫婦三組で旅してる人達と一緒の席になった。その中の1人がベトナム出身の人で、名前は忘れたがトゲの生えた赤い殻の中にマスカットの様な物が入ったフルーツを買っていて、持ち歩きたく無いからと言って沢山食べさせてもらった。次の島は蜂を飼って蜂蜜を取っている島だった。いったん席に座らされて、蜂蜜をお湯で溶かした様な飲み物を頂いた。各テーブルに1人のスタッフが着いて飲み物を作ってくれるのだが自分のテーブルは若くて可愛らしい女性だった。その人に言えば蜂蜜をお土産として買えるので、買いたい気持ちはあるものの、自分の長旅には荷物になってしまう。自分のテーブルには他に韓国人女性2人とベトナム人のおっさんが座ってたのだか、ベトナム人のおっさんがスタッフを差し置いて韓国人女性の2人に知ったかぶっていろいろ説明していた。しかも蜂蜜のお土産を買ってあげるよと言い出したが2人は全力で断っていた。当たり前である。見ず知らずのおっさんにいきなりプレゼントあげるとか言われても気持ち悪いだけだ。韓国人女性の2人は自分でお土産を買うことにしてスタッフにお金を渡すと「カムオン、カムオン(ありがとう)」と小さくお辞儀しているのがとても可愛らしかった。おっさんはまだ俺が払うとか言ってお金を取り出そうとしていた。その島では蛇も飼っていて触りたい人は触らせてくれた。次の島ではジャングルっぽい所を手漕ぎボートで進んで行くツアーだった。漕ぎては前と後ろに1人づつ客は4人乗りで自分はその一番後ろに座った。到着したところで後ろの漕ぎてにチップを要求された。他の3人が要求されてないのはベトナム人だったからだと思う。 その後はフルーツを食べながら現地の女性の方達の歌を聞いた。テーブルに造花が置いてあってそのつぼみにチップを突っ込んで歌い手の人に渡す仕組みらしい。さっきのおっさんがチップをいれて他の女性観光客に花を渡してそれを歌い手に渡す様にと言っていた。そんな感じのメコン川ツアーだった。その夜は久々にフォーを食べに行ったが備え付けのペッパーをいきなり間違って口にしてしまい、あまりフォーの味を堪能出来なかった。残りのベトナムドンが300,000ドン日本円にして1500円くらいになっていた。使い道を考えなければならない。昨日のあの子のフットマッサージをもう一度受けるかどうかとか…。
ベトナム最後の日になる今日の午前はクチトンネルのツアーに参加した。ガイドとバスとドライバーが昨日のメコン川ツアーと同じだった。ガイドは同じ所にずっと行っているのかと思っていたがそうでは無いらしい。同じ所に行くのは最高でも3日連続らしい。クチトンネルに着く前にお土産屋にトイレ休憩で止まる。ちなみにベトナムのツアーでは道中必ずお土産屋に止まる。お土産屋にはいろいろな細工物が売っていてそれらは政府のプログラムによりトレーニングされた障害者の方達によって作られてる。障害者の方達の中には枯れ葉剤の被害者の方達もいるそうです。そしてクチトンネル。ベトナム戦争に置いて近代兵器で攻めて来たアメリカを、地の利を活かしたゲリラ戦で苦しめた際に掘られた戦術トンネルでその全長は200kmにもおよぶらしい。入場料はツアーに含まれてなかったらしく90,000ドン取られた。これで再フットマッサージはなくなった。まずは概要をムービーで見てツアー開始。アメリカ兵を罠にかける為のえげつないトラップをいろいろみる。トンネル内の生活のための小道具とかもある。実際にトンネルをくぐったりもした。そこそこキツかったが自分は小柄なので他の人達ほどでは無いだろう。トンネルはアメリカ人観光客などの為に当時よりは広げてあるらしい。当時は小柄なベトナム兵は通れたがハンバーガーを食べるアメリカ兵は通れなかったらしい。所々明かりはあるが結構暗い。暗闇の中で後退して来たフランス人女性のケツが自分の顔面にヒットした。その後はタピオカを食べたり、タイヤを削って作ったサンダルを見たりして終わった。バスはホテルにつく前にベンタン市場で止まってくれたのでそこで降りて昼食をとった。ベトナムのパンケーキ、バンセオをまだ食べてなかったのでそれを食べた。見た目はオムレツに近い。備え付けのキャベツに挟んで食べるらしい。普通にボリボリ食べてたからお店の人が説明してくれた。ウロウロしていたら豪雨が降って来た。暫く雨宿りしていると弱くはなってきたがやむ様子は無かったのでホステルに戻る。フロントの人がタオルを貸してくれた。その人に今日が最後で残りのお金が100,000ドンちょっとなんだけどオススメの食べ物あるか聞いて見たら近くの店のテューフューとかゆうフォーの麺が細いバージョンが美味しいと教えてくれたので雨が弱くなってからいってみた。テューフューのスペシャルが69,000ドンと飲み物でシントーが39,000ドンを頼んだ。凄い美味かった。麺はそうめんみたいだけど肉のダシでこってりした感じだ。日本やカナダで食べた時のベトナム料理はそんなに美味いと思った事は無かったけどこっちで食べたご飯はどれも大満足だった。ダナンで上半身裸のおっさんが作った油麺以外は。
そして次の日。まだベトナムに滞在していたかったがビザ無しで滞在出来る日数の15日なので出なければならない。ホステルから予約していたバスが迎えに来た。バスの中でパスポートとカンボジアのビザ代行費用を渡して出発。バスの人が乗客全員の出国手続きをいっきにやってくれるのだ。去ってゆく街を眺めていたらインドのマハラジャっぽい人が無駄に豪華な車に乗ってお金を撒き散らしながら走行しているのを目撃した。そして2時間ほどで国境へ着いた。

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東南アジア放浪記04 ダナン

ホイアンからホテルの用意してくれた送迎車でダナンのホテルへ。途中マーブルマウンテンと言うところで休憩したのだが30分だけ見てきて良いよと言われた。マーブルマウンテンはマーブルで出来た小高い山が幾つか連なるダナンで最も有名な観光名所だ。30分、、、通常なら2時間くらい見て回るのに掛かるらしい。とりあえず山の入り口にダッシュで向かう。15,000ドンの入場料を払い階段を駆け上がる。各所で写真を撮りながらひたすら進む。特に頂上とかはなさそうでいろいろ分岐がある。15分をメドに戻る。一通りはまわったと思う。ただしマーブルマウンテンは他にも山が幾つかあるのだが、そっちは勿論見る時間がない。車に戻った時には汗がダラダラでもう体力は残ってなかかった。ぐったりした状態でダナンのホテルへ着いた。時刻は調度チェックイン可能な2時だったがフロントで暫く待たされた。部屋へ入る時ポーターがバックパックを運んでくれたのでチップに5,000ドンを渡そうとしたら20,000ドン要求して来た。100円なので大した額ではないがなんかうっとおしい。ただ部屋に関してはとてつもなく素晴らしかった。東横インレベルの綺麗さで一通り設備が整っている。そしてそれが2000円だ。暫く部屋でぐったりしてTVでディスカバリーチャンネルのMyth Bustersを見てた。外には出たく無かった。明日のホーチミン行きの列車の時間までクーラーの効いたこの部屋でずっと横になっていたかったがそういう訳にもいかないので外に出る事にした。ホテルの周辺にはホテルしか無いらしい。つまり何もないのである。適当に歩いて最終的に海に向かった。とてつもなく広い!泳いでいる人はそこそこいた。後、沿岸では大きめの籠の様なものに乗って漁らしき事をしている人達がいた。暗くなってきたのでホテルに戻るのとその前に夕食を何処かで食べる事にした。ホテルの真横に屋台っぽい所があったのでそこにした。手招きしてきたおっさんに何があるのか聞いたら大量の魚介類を見せられたが暑くてあんまりそういうのは食べたく無かった。ライスかヌードルがないか聞いたらメニューを渡され、これがステアーヌードルだと言われたのでそれにした。出て来たものは見た目は豪華だが油がぎとぎとで食べてると気持ち悪くなってきた。そしてお金を払おうと手を挙げるとさっきとは違う人が来て80,000ドンプラスコーラ10,000ドンと告げられた。馬鹿な!?ベトナムの標準の倍以上の値段だ。しかもここはレストランとかではなくプラスチックの椅子とテーブルが並べられた庶民が足を運ぶ様な所。このお金を受け取りに来たおっさんが自分の懐に入れようとしているのでは無いかと疑った自分は最初の料理をしてくれたおっさんの所に向かったがそのおっさんも同じ金額を提示して来た。メニューには実は値段が書いて無かったのであるがこの金額は予想してなかった。納得いかないながらもとりあえずその金額を払った。正規の金額としてあり得ない額ではないが、旅行者価格としてぼっている可能性は多いにある。元はインスタントヌードルだったし…。とりあえず上半身裸のおっさんの作る料理は二度と食べないと誓う。
次の日の朝、ホテルの朝食はバイキングだった。すごく豪華でホイアンで食べ損ねたホワイトローズまであった。バランス良く食べて昨日の油ヌードルの毒素を中和する。その後はまたビーチに行ってチェックアウトの時間までぼーっとする。チェックアウトのあとは荷物をフロントに預け、夜の列車の時刻までダナンの街を観光する。相変わらずのベトナムで歩行者は自分以外ほとんど見当たらず、全ての人がバイクを移動に使ってる様だった。ちなみに歩道はバイクを駐輪する為に存在するので歩行者は道路へはみ出して歩かなければならない。ダナンにも寺院や博物館の類はあるようだったが見当たらなかったのでビーチに行く事にした。ビーチチェアが20,000ドンで借りれたのでそこに日が沈むまで座っていた。そしてホテルで荷物を受け取ってタクシーで駅まで行った。10時50分発の列車だったので4時間くらい時間があったがベトナムのホットドッグ、バインミーを食べながらベンチでじっと座っていた。テレビではサッカーのベトナム対フィリピンがやっていてベトナムが優勢らしく駅の職員のアオザイのおばさんが興奮していた。最初はガラガラだった駅のベンチも出発1時間前くらいにはいっぱいになって来た。時間の30分くらい前に列車が到着して乗り込んだ。今回は偽職員らしき人物は現れなかった。

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東南アジア放浪記03 ホイアン

夜行列車でダナンまでやってきた。車中お腹の調子はあまり良くなかった。多分薬によって強制的に下痢を抑えてたのだろう。電車内のトイレの紙は速攻でなくなっていた。人ごとみたいに言ってるが半分以上使ったのは自分だ。ティッシュを持って行ってなかったら確実に死亡していた。ダナンからホイアンまでは結構距離がある。シャトルバスとかもあるらしいがお腹の調子を考えて素直にタクシーに乗る事にした。430,000ドンくらいかかった。ホテルはAgodaでVIP garden homestayという所を予約していた。部屋はダブルベッドの部屋を予約していたが空室の都合でファミリールームにされた。クッッソ広い。その後は早速ホイアン旧市街に行ってみた。趣のある街並みで、提灯とか飾ってある。体力が全然出ない。お腹が空いてるのだろう。昨日の夜に肉団子を少し食べて以来何も食べてなかった。かと言って食欲があるとは言えなかった。空腹が行き過ぎるとこういう状態になる。レストランが幾つか客引きをやっていてそれに捕まる。あんまりお腹が空いてないと言うと、じゃあカオラオを食べなよと進められた。カオラオはホイアン名物のスープがすくないフォーみたいなのでいわゆるかけうどんである。凄く食べやすく、直ぐに食欲がもどっきた。ついでにフルーツジュースも注文した。暫くうろついていたがホイアンは異常に暑くホテルに戻って夕暮れまで休憩する事にした。ホイアンといえば夜がきれいと聞いていたので5時くらいから再び旧市街へ繰り出した。夜のホイアンは提灯がライトアップされたとても美しい街へと変貌していた。とてもロマンチックな街並みである。カップルで来ればそれはそれは素敵な時間を2人で共有できるだろう。しかし自分はシングルトラベラー。何となく場違いな心情を感じてしまう。
次の日起きてホテルの朝食を食べているとホテルのオーナーのおじさんがツアーを勧めてきた。ミーソン遺跡に80,000ドンプラス入場料100.000ドンで行けたので行ってみた。ツアーは1時間後だったがその場で申し込んで電話して貰って参加できた。ミーソン遺跡はトゥームレイダーっぽい雰囲気の壊れかけた遺跡に植物が生い茂っているとても見応えのある場所だった。あとサングラスのガイドのおじさんがしゃべり始めにレディーエンドジェントルマンと言うのが結構ツボった。少し心配していたお腹の調子ももう気にならなかった。
ホテルに戻った後は昼食も兼ねて旧市街へ。違う店だがまたカオラオを食べた。昼食が終わり、辺りをウロウロしてなんとなく海を目指していた。ビーチまでは17kmである。無心で歩いていたら到着した。しかしビーチ自体はでかい工事か何かをやっていて、あまり美しいものではなかった。戻りの道でバイクタクシーがたむろしてる所を通りかかり、50,000ドンでホイアンまで行くよ。と言われたが50,000ドンなら歩いて帰ると答えて通り過ぎた。すると別のバイクタクシーが来て40,000ドンでどうよ?と行ってきた。が40,000も無いと答えて通り過ぎた。するとさらに別のが来て30,000ドンと言ってきたが、メインの財布を見せて28,000ドンしか無いと答えると、じゃあそれで良いと言ってきた。勿論サブの財布にはもっと入ってるがともかく28,000ドンでホイアンまで戻る事が出来た。ホイアンではアイスコーヒーとパイナップルジュースを飲んだ。そしてまた暫くホテルで休んでから夜の旧市街へと繰り出した。ベトナムではどこでもそうだが物売りが沢山いてしつこい。どこに行っても飛び出す紙細工を売ってたりするが勿論量産型だ。多分あれは裏でネズミ講の構造になってるのではないかと想像する。他に灯篭なんかも売っていて、買って川にながせる。小さな可愛らしい子供も売り子をしてて思わず買ってあげたくなるがそれは両親の狙いだ。かと言ってその家庭にも子供も働かないと食べさせてあげられないなどの裏事情があるのかもしれない。先進国で生まれ育った自分がとやかく言っていい事ではないのだ。
次の日はホイアン最後の日でダナンに移動する日だ。午前に適当にみて回ったが暑くてホテルに戻る。最後にホイアン名物ホワイトローズを食べようかと思ったが80,000ドンしてやめた、400円くらい払えば良いのだが普段食べてるものは200円とかである。ホテルに戻るとオーナーがベトナムティーを差し出してくれた。いろいろ話して、Agodaで良いレビューを書いてくれとかいわれた。ホテルのクオリティ的には大満足だったので後で書くことにする。その後はホテルの用意してくれた送迎車てダナンへと向かった。280.000ドンである。

fujitarium at 20:54|PermalinkComments(0)TrackBack(0)東南アジア放浪記 | TRAVEL