February 03, 2015

東南アジア放浪記11 バンコク

バンコクに到着した。カオサンはあんまり好きじゃないのでシーロム通りの近くにあるホステルにした。しかしながらシーロム駅からは結構歩かなければならなかった。シーロム通りでは車道が封鎖されて夜店が並んでいた。何のイベントかわからないけど、チェックインした後は、夕食がてら適当につまみに行った。安いのを適当に選んだせいか、美味しいものには出会うことが出来なかった。


AKIHABARAの前でのムエタイ続きを読む

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January 12, 2015

東南アジア放浪記10 アユタヤ

電車はバンコクまで行くが、目的地はその2時間前くらいのアユタヤなので到着時間には起きてなければならない。エアコン無しの車両なので窓が空く様になっている。夜中には星がよく見えた。セットしていた目覚ましで起きるとかなり寒い。エアコンとは一体なんだったのか。。。列車は20分ほど遅れて着く。朝7時くらいだ。アユタヤの駅と街は川で隔てられてるが3バーツで乗れる渡し舟があるのでそれに乗りこむ。
 
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December 23, 2014

東南アジア放浪記09 チェンマイ

とりあえずオールドシティの寺を周る事にした。はっきり言って大小あれど多すぎて何処を周ったかは殆ど覚えていない。歩き周って疲れた事だけは覚えている。疲れたので適当なカフェに入って60バーツもするアイスタイティーを飲んだ。ちなみにご飯は一食40か50バーツで食べれる。夜はご飯を食べようとナイトバザーに行ってみた。歩ける距離であるけどかなり疲れる。そこら辺の飯屋に言って何か辛くないものはないか聞いてみたら全部辛いといわれるが、その中で一番辛くない食べ物を出してもらった。ギリギリ許容範囲の辛さだったがミルクティーも一緒に注文して辛さを中和した。
次の日はドイ・ステープとかいう所に行く事にした乗合いバスとやらを利用するといけるらしい。チェンマイでは赤の乗合いバスがタクシーの様な役目をしている。その辺の乗合いバスにドイ・ステープに行きたいと言うとドイ・ステープ行きの待合所に連れて行かれた。待合所にはイギリス人カップルと中国人夫婦が待っていた。この乗合いバスは10人乗りなのだが、厄介な所は料金を上客で割る計算になるので10人乗って初めて料金が最小になる。イギリス人カップルはドイ・ステープまでだが中国人夫婦はその先のロイヤルなんとかまで行くらしい。よく分からないがとりあえず自分もそっちに行く事にしたが料金を減らす為にはもっと人数を集める必要がある。運転手が出発を迫って来るが中国人が凄い交渉してる。頑張れ。最終的には6人まで集まって1人250バーツまでになった。先ずロイヤルなんとかで戻る時にドイ・ステープに行くらしい。面子の中に1人日本人がいた。普段インドで働いていて帰国ついでに旅してるらしい。前会った日本人もそんな感じだったな。ロイヤルなんとかはあんまり対した事はなかった。庭園があるのだがクオリティは高くない。ドイ・ステープは階段を666段だか登った先にある。中に入ると異様に派手な作りになっている。チェンマイは寺の作りが全体的に何かおかしい。帰った後は駅まで行く事にした。チェンマイの後はアユタヤに行く事にしたのでそのチケットを買う為。エアコン付きの下のベッドが良かったが、エアコンで上のベッドかエアコン無しの下のベッドか選択をせまられたが下のベッドを選んだ。年末に向けてシートが埋まってきてしまっている。旧市街に戻るとウィークエンドマーケットをやっていて物凄い人混みだった。夕食を食べようとタイ トラディショナルフードとかいう所で食べたら、物凄く辛くて食べた後ミロで中和した。
次の日の朝、サンカフェーンという所に温泉があるらしいので行って見る事にした。サンカフェーンには白い乗合いバスでいけるらしい。地球の歩き方にバス乗り場の場所が載っていたのでそこら辺まで行って見たがそれっぽい所は見つからなかった。地元のマップにも載っていたので間違っては無いと思うが、地元の人にしか正確には分からない系の場所らしい。時間も昼に近づいてきたので予定を変更して博物館に行く事にした。適当に乗合いバスを拾って行って見たが月曜日は閉まっているようだった。周りには何も無く、しかも高速道路の様な場所に放置された状態になってしまった。真っ直ぐ歩けば少し高級なショッピングストリートがあるようなので歩いてみた。MAYAというショッピングモールがあったので涼む為に寄る。ショッピングモールの先にショッピングストリートがあった。途中少し外れた所に安いパッタイが食べれたのでお腹を満たす。更に歩くといつの間にかショッピングストリートは終わっていた。大学のアートギャラリーがあったがそこも閉まっていた。途中幾つか寺に寄りながらホテルに戻る。
次の日は今度こそサンカフェーンに行こうと止まっていた寄り合いバスのおっさんにどう行けるのか聞いて見たら、連れて行ってやると言われた。ただし1000バーツで。白い乗合いバスはもっと安くいけるんじゃないか尋ねると、アレは固定ルートだから温泉には行かないらしい。他に行きたい客を集めるともっと安く行けるがレアな場所なのでそうそう集まりそうになかった。おっさんが800バーツにまけてくれると言うので行く事にした。乗合いバスは普通客は後ろのカーゴに乗るのだが、助手席に乗せて貰った。温泉はサンカフェーンの街は更に行った所にあった。入場料だけでは温泉に浸かれないが足湯だけなら出来る。奥の間欠泉で生卵が売ってるので買って温泉に浸けて温めた。それを足湯に浸かりながら食べた。足湯は間欠泉に近いほど熱い。卵は半熟にしてしまった為にむきずらくて仕方がなかった。温泉の後はアンブレラファクトリーに行った。傘を作ってる所を見る事が出来る。日本の番傘に似ている。その後はシルク工房、宝石屋、漆塗り的なのに連れて行って貰った。どれも無料で工房を見学出来るが出口にある売店での店員の買ってオーラのプレッシャーが凄い。宝石屋では入口でタイっぽい衣裳の凄い美人が客を出迎えでいた。運転手のおっさんに宝石は兎も角来て良かったろと言われた。最後は革製品売り場に来た。財布を買おうかと思ったが象の革で出来ていると言われたので、そんなものバンクーバーに持ち帰ったらエセ動物愛護家の人達に殺されると思ったのでやめた。他にもカンガルーの革出来てるのもあった。帰り際に運転手のおっさんに明日はどうするのか聞かれ、考えてないけどエレファントキャンプに行こうかなと言うと、俺が連れて行ってやると言った。他にもコブラや虎にも連れて行ってくれるそうだ。
次の日おっさんは乗合いタクシーでは無く普通の車で現れた。サンカフェーンはチェンマイの東にあったがエレファントキャンプとその他の動物達は北にある。エレファントキャンプに到着すると、結構な山の中で肌寒かった。エレファントショーとエレファントライディングと首長族訪問と牛舎乗りと筏下りでのパッケージで3000ちょっとかかった。エレファントショーでは象が鼻で絵を描いていた。YouTubeで見た事あるがどう訓練したのか謎だ。その後は象に乗った。だいたいの人は2人とかで乗っていたが自分は1人なのでその事をいちいち突っ込まれる。象は結構揺れるし、傾斜に入ると角度がそれなりにつく。自分の象だけが他の像のコースから外れて茂みを鼻で突っついたりしていた。途中にマラソンの補給所みたいな感じでバナナをあげる所があるが客が20バーツ出さなければならない。象に乗って着いた先には首長族の村があった。本当住んでいるのかは不明。アトラクション用に設置されてる感じもする。若い首長族の女の子が携帯をいじってて、サワディカップと声をかけると慌てて携帯をしまい苦笑いされた。そこから戻るのは牛車みたいなのに乗った。僕を前の操縦席に乗せてくれたが牛を操るおっさんが周りと比べ牛を必要以上に叩いていたのが不快だった。お酒が飲みたいからチップを100バーツくれと言ってきて手でクイっと酒を飲むポーズをしてきた。言葉がよく分からないフリに徹する事にして去り際に20バーツのチップを渡した。その次は筏に乗った。前後に棒で操縦する人がいるが客は自分1人なので広さを持て余す。他はカップルや家族で乗っている。途中で操縦させてもらったが結構疲れる。ここでもチップを要求されたが結構長い間乗ったし操縦は疲れる様だったのでそれぞれに100バーツわたしたが今思うと多すぎな気がする。そのあとはパッケージに含まれている食事をとった。やたら多かったが、高い代金を払っているので時間をかけて完食した。その後モンキースクールに連れて行って貰った。猿の芸が見れる。内容はそこそこ。次はアリゲーターショー。ショーのお兄さんがショーの前に仏像に祈って気合をいれているのが印象的だった。ワニの口に手を突っ込んで噛まれる直前に手を引っ込めたりかなりクレイジーな内容をコミカルにやっていた。その次はコブラのショーだ。お兄さんがコブラにキスをしたりする。こっちもかなりクレイジーだった。最後はタイガーキングダムという虎と写真を撮れる所に言った。スタッフの人が自分の写真を撮ってくれたがポーズを取らされたりしたので見直すと恥ずかしい写真が出来上がった。こんな感じで動物巡りの一日となった。エレファントキャンプ以外は全てひとつの通りに並んでいた。
次の日はチェンマイの街をぶらぶらした。散髪をした。150バーツで激安だが出来はかなり良かった。ただし髪型は何も聞かれずにいきなり開始された。その後タイマッサージに行った。タクシーのおっさんに教えてもらった場所で路地裏にあったので不安になったが、おっさんお勧めの通り担当したおばさんの腕はかなり良かった。ストレッチと指圧を組み合わせた感じだった。その夜、ホテルの近くでちょくちょく食べに行っていたタイ料理屋にいるいつも元気よく客引きをやっていた兄ちゃんが話し掛けて来て世間話になった。タイ人かと思っていたら実はベトナム人で各地でバイトしながら旅をしているらしく、タイの前はカンボジアにいたらしい。バイトしながらなので一箇所に長くとどまり、現地の人とも交流しながらのかなり濃い旅の様だ。ベトナムも貧乏な国だが、その国民の視点から見たさらに貧困な国であるカンボジアに対する感想などを聞かされた。こういった人と話をすると自分の思慮の浅はかさが浮き彫りになって恥ずかしいが、自分が漠然と感じていた事に輪郭を持たせてもらったようでありがたかった。
次の日はチェンマイ最終日で夕方には電車に乗らなければいけない時間があるので寺のchatting with monks僧侶と話そうプログラムに行って見た。糞真面目な話かと思ったら僧侶が日本語を勉強してるから教えてくれと言ってきた。軽いノリで駄弁ってるかんじだったが他の席では真面目に話をしている様に見えた。昼はベトナム人の兄ちゃんがいる所で食べてお別れを言った。チェンマイの駅へはタクシーを捕まえようと思ったが歩いてたら結局着いてしまった。今回の車両はきた時よりボロかったがまあまあ快適ではあった。

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December 18, 2014

東南アジア放浪記08 タイ鉄道

国境からバンコク行きの鉄道に乗るためには8キロほど先の駅に行かなければならない。ベトナムやカンボジアのノリでトゥクトゥクが大量に待機していて客引きをしているものかと思ってたが全く見当たらなかった。代わりにバンコク行きのシェアワゴンが幾つか待機していて乗客数で値段が安くなるようだった。ただ鉄道でも48バーツなのでかなり安いがワゴンの方が早く着くらしい。電車に乗りたいからと言って後にする。少し行った所の小さいモールのような所でトゥクトゥクを一台見つけた。形がカンボジアのと違う。カンボジアのはスクーターに荷台をジョイントした感じのだったが、タイのはバイクと荷台が一体化している。駅まで幾らか聞いたら100バーツと言われた。他にトゥクトゥクが居ないから交渉出来やしない。まだタイのバーツは手にいれてなかったからカンボジアのノリでUSドルでイイか聞いたらダメだった。両替所で20ドルを600バーツに替える。レートは良くない。駅に着いたのは1時位で電車は1時50分発だ。電車は一日に朝のとコレの2本しかないのでカンボジアからタイへ来て電車でバンコクへ行くつもりならこの時間に到着するようにしなければならない。駅では自転車で旅してるドイツ人のおっさんが周りの旅人に絡んで自慢話とかしていた絡まれると面倒だと思ったので、自分に話しかけても面白く無いですよオーラを出して避ける。用は素の自分を出すだけだ。電車は窓が空きっぱなしで進む。席もガラガラだし最初の方は風に吹かれて気持ち良かったが電車は砂ぼこりを巻き上げながら走っているので、暫くすると髪が砂でゴワゴワにになっていく。夜8時にバンコクに着く。今まで通過して来た街と比べるとハイテク近代都市の様に感じたがスラムっぽい地域も沢山ある様だった。本当はこのまま11時発の電車でチェンマイに行きたかったのだが座席のみで寝台は空きがないと言われたので次の日のチケットを取り、バンコクで一泊する事になった。宿の当ては皆無だったのでバックパッカーの聖地カオサン通りにタクシーで行く。通りを歩いてたら宿の客引きに声を掛けられる。200バーツで泊まれるとか言う。部屋を見て気に入らなければやめてもイイと言うので見てみる事にした。とてつもなく狭い収容所の様に区切られた部屋でセキュリティも不安を感じたが一回位こういう所に泊まって見るのもイイかと思って泊まる事にした。と言うかもう他を探すのが面倒だった。夕食のためにカオサン通りを歩く。外人達がバーでビールを飲みながら騒いでいる。予想通りである。ちょこちょこ屋台もあったので30バーツの立食いパッタイを食べた。
朝はもう少しで歩いて見ると屋台が沢山並んでる通りがあったりしたのでご飯と鳥肉のセットを頼んだ。屋台のおばさんが辛そうな調味料をかけようとするので断る。通りのMy Houseと言うホテルの前でおっさんが僕に向かって"This is my house"とドヤ顔で言ってきた。何て返せば良いのか分からないので苦笑いで通り過ぎる。昼前までブラブラして収容所をチェックアウトして駅まで歩く事にした。道を歩いてたらおっさんに声を掛けられる。少し話して自分がこれからチェンマイに行く事と宿をまだ決めてない事が分かると知り合いのツーリストインフォメーションだがに連れて行ってくれるとか言い出したので警戒レベルを上げるが、おっさんの仕事はクルマの保険屋で飯を食べてから仕事に戻っている所で、すぐ近くにそれがあるから寄って見て情報を手に入れると言いよという話だ。着くとそこは普通の旅行会社だった。中で水野晴夫に似ているおっさんを紹介して貰っておっさんは去って行った。旅行会社のおっさんは日本語が喋れるのだが話し方が少しオカマっぽかった。自分からタイでの旅行プランを聞き出すと勝手にスケジュールを組み立てて移動と宿泊で計7万だねとか言い出した。移動費を引いて見ると自分の設定している宿代平均2千円から遥かに高い。勿論長期のバックパックじゃなければ全然問題ない値段何だけどさあ。自分で探すからいいよと言うと今はタイの旅行ピークシーズンだからそんな安宿は無いと言い張る。もしくはボロくてくつろげない所だとか。ネットで探したらいろいろ出て来るしとか言っても。ありません!とか言ってくる。あーめんどくさい。そもそも元からツアー会社とかにパッケージ頼むつもり何か元から無くて流れでここに来てしまっただけなのに。とりあえずチェンマイだと何処ら辺に泊まるのがいいか聞いてみると、新市街のナイトバザー周辺でそこを提供出来ると言う。ホテルの詳細情報を見せて欲しいと言って見せて貰う良さそうなゲストハウスだったが裏をめくると場所が新市街のナイトバザーの近くではなかった。こっちが地理に弱いと思ってちょろまかそうとした様である。ある程度大まかな地図は行く前に把握してるんだけど。兎も角それをきっかけにその場を脱出出来た。おっさんはふてた様な顔になってた。駅までは4キロほどだったがバックパックを背負っているので結構きつい。ひとまず駅には着いたが出発の6時10分まではまだ時間がある。試しに近くの地下鉄に載って見る事にし、二駅ほど行って、辺りを散策しながら歩いて元の駅まで帰って来た。電車の寝台車は二等席で、席が向かい合って配置してあり、向かいの席の人と寝る時に二段ベットの上下に変形する。ベットは下の席を選んでいて、横に窓が来る様なりかなり快適だ。ベトナムの一等寝台車よりも快適である。向かいの席に座ったクリス・ヘムズワースに似たタンクトップのスウェーデン人が隣の旅仲間と遅くまで喋っていたが、必要な睡眠時間は確保出来た。
朝の8時ごろにチェンマイに着いた。ある程度の宿の候補はあったがそのためにはトゥクらないといけない。そんな中、宿の客引きをしている人がいて、一泊300バーツでしかも今なら宿に送迎してくれて、部屋を見て気に入らなければ泊まらなくても良いと言って来たのでついて行く事にした。部屋はそこそこな感じのだが300バーツなら充分なクオリティだったので泊まる事にした。場所も旧市街の北東で西側の大通りには食べる所も沢山あった。ある程度周りを確認したらその日は旧市街の寺を周りまくる事にした。

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December 10, 2014

東南アジア放浪記07 シェムリアップ

バスは1時間遅れの5時にシェムリアップに着いた。オンタイムは勿論期待していなかったが。着いたらRyogi Fugitaと書いた紙を持っている人がいた。値段交渉を始める。3日間のアンコールコンプレックス訪問だとこの様なプランになると提示される。そこは任せるとして、値段は80ドルになると提示された。ネットで調べた情報によるとトゥクトゥク一日貸切は15ドルだったので高い。遠くに行くから高いんだそうで15ドルは安すぎで再三取れないとかなんとか。70まで下げて雇う事にした。じゃあ今払ってとか言ってきたが断ったら30ドルならどうかと聞いてきた。金が無いから晩飯が食べられないとかなんとかかんとか。。。飯に30ドルとか日本でだって滅多にださんわと行って10ドル渡し、次の日に20ドル、最終日に40ドル渡す事になった。ホステルでそれが安いのかどうか聞いて見たら行く場所によるんだそうだ。朝8時にホステルに昨日のトゥクトゥクのおっさんが来たがトゥクトゥクはない。暫くすると別の人がトゥクトゥクに乗ってやって来てそれに乗っていけと言われた。おっさんに金払ったんだがおっさんが運転する訳じゃないのか!?そしてそのままアンコールワットに向かった。アンコールワットが目の前に現れたとき迫力と言うか存在感が凄かった。遠くから眺めても近くで見上げても飽きない。暫くしウロウロしているとここの楽しみ方がわかって来た。歴史のある太古の遺跡でロマンに浸るとかそう言うのもあると思うが、ここは完全なダンジョンだった。ここが通れる様になってるとかこっちにも部屋があるとか。次にアンコールトムに行ったがアンコールワットより壊れててダンジョン要素が強かった。ワンダと巨像の様な遺跡でセーブポイントまであった。見終わったらトゥクトゥクドライバーがオススメの飯どころに連れて行ってやるといって来た。そこは安いのか聞いたら安いといわれたが全然安くなかった。多分遺跡周辺の飯屋は全て観光価格だろうと諦めた。の後更に近場の遺跡を3つほどみた。暑過ぎなのでたまに遺跡の日陰で休んだりもした。シェムリアップの街に戻った後、ドライバーにあのお金を払ったおっさんはあんたのボスなのかと聞いたらそうだと言われた。お金はあのおっさんに貰えるらしいのだが多分マージンは引かれてると思う。ドライバーは若いのでトゥクトゥク見習いなのかしれない。あのおっさんは調子の良さそうな感じだったがこのドライバーは真面目で気が弱そうだった。あのおっさんにいい様に使われてるのではないかと思うと気の毒に思えて来たのでチップをいくらか出す事にした。ホステルはシェムリアップの中心街にとったのだか完全に旅行者向けのエリアと化している。パブストリートとかあって外国人観光客が集まって飲んでいる。ナイトマーケットとかあるが完全に観光客向けだ。そこから少しの所にやや安めの定食屋が集まってるところがあったのでそこにした。更にセンター街から外れようとすると危険な感じがしたので辞めた。もっと地元の人が集まる屋台のあるところが良かったけど、行った事がない街でそれをピンポイントで探すのは難しい。
次の日もトゥクトゥクで他の遺跡を見に行く。アンコールワットは浸食が少ないのか修復が進んでいるからなのか結構綺麗だけと他のはてっぺんが崩れて草とか生えてたりする。その雰囲気がすごくいい。3つくらい遺跡を見てトゥクトゥクに昼食に連れて行かれる。昨日より高かった。良心的なトゥクトゥクドライバーは昼食に一旦シェムリアップの街まで戻ってくれるらしい。このドライバーはガソリン代がかかるとか言う。明日は何か対策を練らなければ。昼食のあとは更に別の遺跡で今度のは広い水辺の中にあった。ただ入れるエリアが少ないのが残念。次の遺跡は結構大きくていろいろ探検出来た。奥から抜けると森の開かれた空間に出るんだけどそこでは物売りが抜けて来た観光客を待ち構えてていろいろ売ろうとして来る。小さな可愛らしい子供が日本語で「コレ シャシン 10マイデ1ドル オニイサン カッコイイ」とか言って来る。その次の遺跡は更にデカくかなり迷った。一旦出口に出てしまったが見逃した所が無いか戻って更に探検したりしたくらいだ。そして街に戻って夕食。遺跡巡りはこのルーチンワークである。
次の朝、遺跡巡りの前に適当なストリートフードで1ドルのお粥を食べる。50円くらいのベトナムのホットドッグみたいなのも売ってるのでそれを昼食代りに持って行こうか考えたが暑さの中で傷まないか心配してやめる。今日は少し街から離れた所へ行く。遺跡に着くと子供たちがあそんでいた。地元の子供たちだろうか?それに遺跡の各所にはパートのおばさんなのか遺跡に座って観光客の監視をしている人がいるのだが、その人たちが子供を子守ついでに連れて来てたりもする。遺跡から出て来るとトゥクトゥクドライバーが子供たちに囲まれてた。スマホを弄っててそれに子供が群がってたみたいだ。そこへ近ずくと子供たちが物売りへと変貌し日本語でいろいろ売って来る。結構しつこいんだがトゥクトゥクが出発するとバイバイと手を振ってきて、直ぐに子供どうしで無邪気に遊びだす。そういえば学校には行ってないんだろうか?あの子達商売用だけと日本語と中国語と韓国語知ってて、英語だとコミュニケーションまでとれるのに。次の遺跡でも子供が沢山いた遺跡のベンチに座ってお絵描きをしてる子もいた。もうこの辺だと遺跡の大きさはそんなに大きくないのですぐ見終わる。最後の遺跡は寺院と一緒の場所にあって大規模修復中だった。どっちかと言うと建物よりはモニュメントに近い。その後ドライバーがメコン川のクルーズに連れて行くと言ったが30ドルかかると言い出した。そんなの聞いてないから用意してない。変わりに再びアンコールトムに戻ってもらう事にした。アンコールトムは広いのでまだ見てない所もあったからだ。適当に探検したり、スケッチをして時間を潰す。昼時にアンコールトム内の売店と飲食店がならぶ所へ向かう。売店では水とジュースを観光客価格からカンボジア人価格に負けてもらう。売店のおばさんと話してたらランチ食べたい?と聞いていたので、値段によると答えると割引きしてくれた。トゥクトゥクに戻ると昼飯食べる?と聞かれたからそこら辺でもう食べたと答えると、えっ!て感じの顔になりその後最初の日に昼食食べた所の店の定員と何か話していた。やっぱり。提携してコミッションフィーとか貰ってたな。そしてドライバーがボスに言われてたオリジナルの予定だったメコン川は行かない事になったし、もう行き先はないから街に戻るねと言い出した、おい、まだ時間はあるぞ。というわけでアンコールワットに戻って貰った。暫し口論になったが。最初にアンコールワットに来た時は朝でその時間だと太陽の位置が逆行になってしまう。なので午後の順光の時間にまた来たかったのだ。見終わったあとドライバーの所に戻りチップを払ってあげた。街まで戻ると最初の日のボスが待っているのかと思ったら居なくて、最初に交渉した残りの40ドルをドライバーに渡した。そしてカンボジア最後の夕食を取って寝た。
次の日の朝はタイの国境まで行くバスをホステルで取ってあった。時間の8時前まで朝ごはんがてらフラフラする。50円のホットドッグを食べた。7時半にホステルへ戻るとトゥクトゥクドライバーがいて、タイ行きのバスに乗るのはお前か?行くぞ。といって来た。え?8時だと思ってたらそれはバスの出発でその前にトゥクトゥクが送迎してるんだとか慌てて準備をしてバスまで送って貰ったが、近くて時間は余裕だった。隣の人がたまたま日本人だった。ベトナムのホーチミンで今まで働いていて、帰国ついでに旅をしてるんだそうだ。そういえば日本人と話したのは今回の旅で初めてだ。国境の街ポイペトまで2時間と聞いていたが3時間掛かった。その人も含めだいたいの人がバスでバンコクまでのチケットを買っていたが、自分は電車に乗りたかったので国境までのを買っていた。とは言え全ての人は一旦バスを降りないといけないのだが。バスから降りると先ずはカンボジアの出国ゲートを通る事になる。建物の外に切符売場みたいな感じである。その後は橋を渡ってタイの入国ゲートの建物に行く。途中で右の歩道から左の歩道に渡らされた。カンボジアの車道はアメリカとかと同じ右側通行だが、タイは日本と同じ左側通行だ。建物に入ると結構混雑していた。にもかかわらず審査官は3人しか居ない。30分位でやっと自分の番になる。入国に関し、日本を含め先進7ヶ国の国民は陸路でも30日の滞在許可が貰えると言う情報があるのだが、タイの外務省のホームページにも載って居ない。もし15日だと今後の予定を大幅変更しないといけないのだが、スタンプを押されて返されたパスポートには1月9日まで滞在可能となっていたので一安心。

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December 05, 2014

東南アジア放浪記06 プノンペン

バスはベトナムの国境に着いた。バスから降ろされて出国ゲートに行く様指示される。え!?パスポート受け取ってないよ?外国人観光客はみんな戸惑っていたが、暫くするとゲートの審査官がパスポートを順に処理してバスの人に渡され、乗客の名前を1人づつ呼んで順に通過する事が出来た。パスポートを再びバスの人に渡してカンボジアの入国ゲートへ向かう。暫くゲート前で待っているとバスの人が乗客のパスポートを持ってきて中にはカンボジアの観光ビザが添付されていて、それを渡されてゲートを通過出来た。カンボジアに入って少しの所で休憩が入った。20分のうちに昼食を取りたい人はとる。どうやらまだベトナムドンが使える様だが30,000ドンしかなく、殆どのメニューは40,000ドンだった。唯一25,000ドンのバインミーは売り切れだと言われた。ATMはない。売店でプリングルスみたいなのが20,000ドンだったのでそれをつまむ。バスに戻ろうとしたら子供の物乞いにお金をせがまれたが無視する。国境を超えるといきなりこれか。子供でこういうのはベトナムにはなかった。物売りならいたけど。バスは2時到着の予定だったけど4時に着いた。道中日差しが強すぎてクーラーでもカバーしきれないほど暑かった。プノンペンに着くとトゥクトゥクドライバーが大量に客引きをしていた。カンボジアではタクシーがあまり無くホテルに行くにはトゥクるしかない。どれが安全なドライバーかなんて見分けるスベはないので適当なのに着いていく。ホテルに着いて夕食がてら少し出歩く。プノンペンは少し治安がよろしくないと聞いていたので少しいいホテルをとっていたのだが失敗したと思った。回りに庶民が食べに行く様な定食屋が全くない。かわりにイオンモールがあるのでそこへ行った。なんか日本のイオンモールとあまり変わらない。見える所にはだいたい警備員が配備されてるのを除いては。値段もやや現地にしては高いとはいえ、日本人からしたらむしろ安いくらいだ。正直言って落ち着きすらする。250円くらいで天ぷら丼があったのでそれを買って食べてしまった。出来れは現地の食べ物を食べたかった。バックパッカーとして負けた気分になる。
次の日朝9時に昨日のトゥクトゥクドライバーが迎えに来た。一日貸し切りを20ドルで頼んであった。けどその人が忙しいという事で知り合いを紹介して貰った。そしてキリングフィールドへ向かう。途中でトゥクトゥクがパンクして整備士の所へ寄った。キリングフィールドには殆ど何もないと言っていい。ポルポト政権崩壊後に貧困に喘いでいた人達が使える物は何でも使おうと建物や道具などをほとんど解体し持ち出してしまったかららしい。入口で借りれる音声解説を聞きながら処刑の為に人々が連れてこられた場所や殺された場所、死体が埋められていた場所を巡るのだ。道の上には未だにある程度、当時の布切れや歯などが残されている様で、布切れは所々で見つかったが歯などは探す気にならなかった。大きな布切れや骨は回収されまとめられていて、頭蓋骨は慰霊碑へ収められている。場所自体もたいして広くないがここで2万人以上の人が虐殺されたのだ。次にトゥールスレン虐殺博物館へ行った。博物館と言っても元学校でクメールルージュがプノンペンから人々を追い出した後、反政府の疑いがかけられた人々にたいして理不尽な拷問が実際に行われた場所だ。2万人以上が連れてこられ、生存者はわずか7人。廃校の様な所で当時の血痕もそのまま残されていたりする。空気が重苦しすぎて、周りに人がいないと進みたくない。犠牲者の写真が大量に並べられているが子供の写真も多い。全て見終わっても暫く待ってくれているトゥクトゥクの所へ戻りたくなかったのでしばらくベンチでぼーっとしていた。トゥクトゥクへ戻って次は何処に行きたいか聞かれたがプノンペン滞在はまだ丸2日は残っていたし楽しい所は明日以降にしたかったのでとりあえず川沿いに行って適当な所で止まってもらい1時間くらいふらふらしたら戻ると告げてふらふらした。広いメコン川沿いに広場が整備されていて、道路の対角線上にレストランが並んでいた。ホテルはこの辺りにすれば良かったと思ったがレストランは旅行者価格だった。ホテルへ戻り夕食がてら辺りをうろつく。するとイオンモールとは反対側にプラスチックの椅子が並んだ屋台が幾つか店を構えていた。その辺の人が食べていたチャーハンを指差して幾らか聞いて見たら3000リエルだと言う。マジか!?100円以下だぞ。それを注文して食べてみた。いわゆる屋台飯の味でそこそこ美味かった。こういうのをさがしてたのだ。
次の日はまずロイヤルパレスに行った。やたらと豪華な建物が幾つかある。金や銀で出来た仏像や小物も沢山展示してあった。次に行ったのは博物館でこの建物もやたらと豪華であった。なかは主にクメール王朝時代の出土品などでシヴァとかヴィシュヌとかブラフマーとかの石像が展示されてるのだが、ちょっと似た様なのが多すぎじゃないかと思った。
次は昼食がてらセントラルマーケットに行きたいとトゥクトゥクドライバーに言ったら、マーケットに食べ物は無いけど周りにはあると言われた。いや、あるはずだけど?そしてなんか旅行者向けのレストランに連れていかれた。いや、こういうのじゃなくてローカルフードが食べたいと言ったら、ここにもローカルフードはあるよ。と言われた。いや、そういう事じゃなくてさあ。なんか気の弱そうなウェイターの人が出て来てオドオドしていたので素直に入る事にした。3.5ドルのチャーハンを頼んだら小綺麗に盛り付けてあってテンションが下がる。その後にセントラルマーケットに行った。あるじゃないか!食べるところが沢山。小さなスペースで人々がひしめき合いながら飯を食べていた。旅行者だからドライバーに気を使われてるんだろうか。昨日もキリングフィールドのあと旅行者向けのレストランに連れていかれたし。一通りみて回ったあとはワットプノンというところに連れて行って貰った。公園の中に寺院がある感じで寺院には1ドルではいれる。ぶっちゃけ入場はザルで入口は正面以外にもあるから普通に素通りで中に入れそうだった。時間が余ったのでロシアンマーケットとかいうところに連れて行って貰った。なぜロシアンなのかは分からないがセントラルマーケットより殺伐とした感じだった。ふらふらしてたら5時くらいになったのでホテルへ戻る。昨日と同じ屋台の集まる所へ行き別の店で焼きそばみたいなのを頼む。またもや75円。ホーチミンの1ダラーヌードルに似ていたがこっちの方が美味い。
次の日はメコンアイランドというところに連れて行って貰った。プノンペンの街からは少し遠くにある。道中の路面も結構悪い。途中で渡し船に乗って島へ渡る。島へ入ってから路面はさらに悪い。道中家々の間を進んで行くが地元の子供たちが無邪気に遊んでてかわいい。暫くしてシルクの機織りをしている家へ寄らせて貰った。実際に少しだけ織らせて貰ったりもした。特に入場料とかもなく普通に見せて貰っていろいろ説明してもらったのだが、なんか悪い気がしてシルクのスカーフを2枚購入した。20ドルだったけど19ドルに値切った。たがそれが正規の値段かは分からない。少しぼられてる気がしなくも無い。その後はメコン川沿いの避暑地っぽい所に行った。水辺に屋根付きの壁の無い小屋みたいのが沢山建てられててそこで涼む事が出来る。2000リエル取られるけど。そこはパッと見ると良さげな場所に見えるが、近く行くとゴミが大量に捨てられててとてもきたない。いや、訂正。近づかなくても分かるレベルだ。ベトナムもそうだったけどカンボジアは路上に大量のゴミが散乱しててポイ捨てとか普通になってる。その後はセントラルマーケットへ行ってもらった。そこで少し遅いが昼食を食べる為だ。肉盛りご飯みたいなのを食べた。2ドルだった。ウロウロしたあとトゥクトゥクに戻って何か他に行くとこあるか聞いてみたがもうだいたい観光エリアは行ったらしい。ショッピングモールでも寄ってみればとか言って近くのソリアとか言うビルディングを教えて貰った。別に興味もなかったが暇つぶしに行ってみた。フードコートの飯が2.5ドルくらいで売っていた。安くも無いがツーリスト価格ほどでは無い適度な値段だった。ショッピングモールを出ようとした時にいきなりフィリピン人に日本人ですかと声を掛けられた。来年に日本の病院で看護師として働くから話を聞かせて欲しいとか言われた。今は親戚の結婚式でプノンペンに来ているらしい。暫くするとその人の姉が合流した。そして日本の病院から送られてきた日本語の書類を翻訳して欲しいと言う話になった。自分が明日の朝にはバスでプノンペンを離れるという事が分かると、その為に自分にその人の泊まっているホテルへ一緒に来て欲しいと言われた。結構強引に話を進められたのでトゥクトゥクが待ってるからドライバーに説明してこなきゃと言うと、じゃあここで待ってるから話して来てと言う事になった。道中冷静に考えてみるとやっぱり怪しいよなとは思った。ドライバーに話すと、話し的に怪しいけど君次第だなと言われた。このまま無視してホテルへ帰ろうと思ったがそれもひどいので冷静に考えて会ったばっかりの見知らぬ人に着いて行く事は出来ないと言う事を話す事にした。本人は買い物をしてるらしかったが姉が待っていた。話をすると妹を助けて欲しかったが君の言う事も分かると言われた。むしろ戻って来てくれてありがとうとも。とりあえず自分のメールアドレスを渡して日本語で助けが欲しいなら送ってくれと言って立ち去った。きっと日本の書類の話は本当でこの人たちも悪い人ではないんだろうけど今回自分にはそれを確実と判断する材料と時間がなかった。信じることは素晴らしいかもしれないがそれにはお互いの信頼関係を築く為の努力と時間がいる。それをすっ飛ばして信じろ信じろと軽々しく言ってくるのは詐欺師かぼったくりである。誰もがすんなりお互いを信じられるようにするには人を騙すような奴を一人残らず駆逐するしかないのだ。そして自分のホテルへ戻り屋台に向かう。プノンペン最後の日だからイオンモールにしようかとも思ったが屋台にした。また別の屋台で焼きそばを食べた昨日よりやや豪華だったが1.25ドルだった。
次の日トゥクトゥクでバス乗り場まで送ってもらう。シェムリアップに着いたらその人の友人が待っていて街まで送ってくれるんだそうだ。そして8時半のバスでシェムリアップへと向かった。10ドルのバスのチケットにはペットボトルの水とおしぼりとトイレの写真があたかも提供されるが如く載っていたがそんな物はバスに付いてなかった。クメール語で書いてるから読めないけどきっとそんな事は書いてないんだろう。

fujitarium at 23:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)東南アジア放浪記 | TRAVEL