日本共産党が、震災によるガレキの広域処理の受け入れに動き出したようです。
12日、北九州市議会で日本共産党を含めた「全会一致」で、「ガレキ受け入れ」の決議があがったのです。
NHK・・・北九州市議会 がれき受け入れの決議
こうした決議があがるのは北九州市議会が初めてのようです。
別の報道によれば、傍聴席には子連れの女性など40人が参加し、異論が噴出していたと言います。
ネットアイビーニュース・・・北九州瓦礫受け入れ問題、全会一致で可決も傍聴席は大荒れ
決議案は自民党などを中心にまとめられたようですが、当ブログとしては、日本共産党が決議案に堂々と賛成していたことに注目です。
声明が、日本共産党北九州市議団のホームページに掲載されています。
今回のような放射能汚染の心配のあるガレキの受け入れ問題というのは、日本の歴史上初めてのことですし、どういう解決方法が正しいのかについて市民的議論はまだほとんどなされていないというのが現状だと思います。健康被害が絶対にでないという保証はないのです。
にもかかわらず、ほとんど何の専門的知見ももちあわせていない「政治家たち」が形だけの議論でこういうことを決議してしまうというのは、民主主義の軽視であるといわざるをえません。日本共産党がその一翼を担っていたということを事実として確認しておきたいと思います。
筋道から言えば、まず大事故をおこした東京電力や政府の責任をはっきりさせる必要があると思います。いまだ誰ひとりとして刑事責任をとっていないのは異常です(江戸時代なら切腹だと思うのですが)。ガレキについては、「東京電力本社、首相官邸に保管する」など、事故の責任者たちが最低限の責任を早急に明確化しなければなりません。そして、それでも処理のできないガレキは、各地の住民相互でよく議論して、究極的には、選挙や住民投票などをして決する。そのようなプロセスが必要ではないでしょうか。
原発を推進してきた人間たちの責任をあいまいにしたまま、そして市民の健康に関わる重大な問題を市民の間で議論することをほとんどしないまま、ガレキ受け入れという結論だけを急ぐ。北九州市議会は「政治家の面子」のために、やってはいけないことをやってしまいました。こうした動きの中に日本共産党北九州市議団も入っていたという事実は、日本共産党の不条理性を端的に示しているという点で重要です。(ガレキの処理で「ひともうけしよう」という政治家や企業の論理も働いていたかもしれません)
翻って。
北九州市議会の決議の前日3月11日、ガレキ広域処理に関して、野田首相が記者会見しつぎのように言いました。
「日本人の国民性が試される」という言葉を持ち出すことにより、原発事故を起こし拡大させた政府自らの責任を不問に付して、事故の尻拭いを全国民に押し付ける宣言です。こんなことを言われたら、ガレキの広域処理に反対する人は「非国民」になってしまいます。このように、権力により国民の思想を無理やり統一しようとすることこそ、「ファシズム」ではないでしょうか。
今回の北九州市議会の決議、そして日本共産党北九州市議団の対応は、この無責任政権の宣言と軌を一にしたものということができると思います。
最後に。
日本共産党北九州市議団が今回のような対応をとったことを単なる一地方・一都市の問題とみてはいけないことを強調したいと思います。
当ブログですでに指摘していますが、日本共産党は、原発事故後の昨年7月、「放射能ガレキは福島県外で最終処分すべき」という主張をして、政府に「助け舟」を出していました。
つまりそもそも党の体質として、放射能ガレキを全国に広げることにあまり抵抗感がないのです。高濃度放射能ガレキを対象とした「最終処分」でさえ「県外」を求めるわけですから、今回問題となっている「通常の廃棄物相当と判断されるもの」についての「処理」はいうまでもなく「全国でやるべき」となります。
そのような党中央委員会の「指導」のもと、今回の北九州市議会での対応を皮切りとして、日本共産党が全国でガレキ受け入れの先導役を果たす可能性があるということを指摘したいと思います。
12日、北九州市議会で日本共産党を含めた「全会一致」で、「ガレキ受け入れ」の決議があがったのです。
NHK・・・北九州市議会 がれき受け入れの決議
こうした決議があがるのは北九州市議会が初めてのようです。
別の報道によれば、傍聴席には子連れの女性など40人が参加し、異論が噴出していたと言います。
ネットアイビーニュース・・・北九州瓦礫受け入れ問題、全会一致で可決も傍聴席は大荒れ
決議案は自民党などを中心にまとめられたようですが、当ブログとしては、日本共産党が決議案に堂々と賛成していたことに注目です。
声明が、日本共産党北九州市議団のホームページに掲載されています。
「通常の廃棄物相当と判断されるもの」との文言の挿入が実現したたことは、市民のなかに「被災地の復興のためにがれきを受け入れるべきではないか」との思いと、「放射能による健康被害」への懸念とが交錯するなか、市議会としてそうした市民の思いを決議に反映したという点で重要であると考えます。賛成した理由を説明している部分ですが、うさんくさい。
今回のような放射能汚染の心配のあるガレキの受け入れ問題というのは、日本の歴史上初めてのことですし、どういう解決方法が正しいのかについて市民的議論はまだほとんどなされていないというのが現状だと思います。健康被害が絶対にでないという保証はないのです。
にもかかわらず、ほとんど何の専門的知見ももちあわせていない「政治家たち」が形だけの議論でこういうことを決議してしまうというのは、民主主義の軽視であるといわざるをえません。日本共産党がその一翼を担っていたということを事実として確認しておきたいと思います。
筋道から言えば、まず大事故をおこした東京電力や政府の責任をはっきりさせる必要があると思います。いまだ誰ひとりとして刑事責任をとっていないのは異常です(江戸時代なら切腹だと思うのですが)。ガレキについては、「東京電力本社、首相官邸に保管する」など、事故の責任者たちが最低限の責任を早急に明確化しなければなりません。そして、それでも処理のできないガレキは、各地の住民相互でよく議論して、究極的には、選挙や住民投票などをして決する。そのようなプロセスが必要ではないでしょうか。
原発を推進してきた人間たちの責任をあいまいにしたまま、そして市民の健康に関わる重大な問題を市民の間で議論することをほとんどしないまま、ガレキ受け入れという結論だけを急ぐ。北九州市議会は「政治家の面子」のために、やってはいけないことをやってしまいました。こうした動きの中に日本共産党北九州市議団も入っていたという事実は、日本共産党の不条理性を端的に示しているという点で重要です。(ガレキの処理で「ひともうけしよう」という政治家や企業の論理も働いていたかもしれません)
翻って。
北九州市議会の決議の前日3月11日、ガレキ広域処理に関して、野田首相が記者会見しつぎのように言いました。
がれき広域処理は、国は一歩も二歩も前に出ていかなければなりません。震災時に助け合った日本人の気高い精神を世界が称賛をいたしました。日本人の国民性が再び試されていると思います。
「日本人の国民性が試される」という言葉を持ち出すことにより、原発事故を起こし拡大させた政府自らの責任を不問に付して、事故の尻拭いを全国民に押し付ける宣言です。こんなことを言われたら、ガレキの広域処理に反対する人は「非国民」になってしまいます。このように、権力により国民の思想を無理やり統一しようとすることこそ、「ファシズム」ではないでしょうか。
今回の北九州市議会の決議、そして日本共産党北九州市議団の対応は、この無責任政権の宣言と軌を一にしたものということができると思います。
最後に。
日本共産党北九州市議団が今回のような対応をとったことを単なる一地方・一都市の問題とみてはいけないことを強調したいと思います。
当ブログですでに指摘していますが、日本共産党は、原発事故後の昨年7月、「放射能ガレキは福島県外で最終処分すべき」という主張をして、政府に「助け舟」を出していました。
つまりそもそも党の体質として、放射能ガレキを全国に広げることにあまり抵抗感がないのです。高濃度放射能ガレキを対象とした「最終処分」でさえ「県外」を求めるわけですから、今回問題となっている「通常の廃棄物相当と判断されるもの」についての「処理」はいうまでもなく「全国でやるべき」となります。
そのような党中央委員会の「指導」のもと、今回の北九州市議会での対応を皮切りとして、日本共産党が全国でガレキ受け入れの先導役を果たす可能性があるということを指摘したいと思います。