ゆうこのゆるゆる通信

おとぼけ天然キャラ(*^_^*)箏奏者・福田優子の周りで起こる、日々諸々のこと

学校公演終わりましたo(^▽^)o

今年も学校公演を無事に終え、東京に戻ってきました!

昨年よりも沢山の学校を回ったのですが、最後まで体調を維持できてとても達成感があります。
考えてみれば、体調を崩して病院に行くメンバーもいませんでしたし、月曜日に現地入り、火曜から金曜日まで公演をして帰京、というスケジュールだったのが良かったと思います。
オフ日が自宅で過ごせるか、慣れないホテルで過ごすかはかなり大きな違いでした。
また、果物を意識的にたべるなど、食事に気をつけたのも良かったと思います。
地方に行くと、つい土地の名物料理を食べたくなり、友達が一緒だとついお酒も飲みたくなるのですが、これが続くと栄養が偏り良くないようです。

今年は後半になるほど集中力が増して、体調の良し悪しが演奏の出来に直結することを如実に感じました。
金沢・富山に行ったのにお鮨を食べていないし、福井の越前蕎麦も食べていないし、B級グルメも食べていません。残念だけど、これだけ影響があると仕方ないですね。
練習よりも体調管理の重要性が年々増して来ているこの頃です。

和楽団の公演には、自分達の住む土地の民謡を知ってもらうと言うプログラムがあります。
福知山で、民謡の仁美ちゃんが「ご存知の方は一緒に踊って下さい」と呼びかけたら、地域の方が福知山音頭に合わせてそれは見事な踊りを披露してくれました。
誰もがスッと腰を落とし、それは美しい手振りで舞うので圧倒され、演じ手と観客が逆転する程でした。
最後の公演となった小学校では、今度は半分くらいの子供達が三国節を上手に披露してくれて嬉しくなりました。
一方、振りが難しくて和楽団チームはボロボロ(笑)。
昔、テレビで民謡の後ろで同じように手だけ振りをした事があります。舞の基本を知らないど素人の「芸」を全国放送で流されるのは本当に嫌でたまりませんでした。
でも、地域の人の舞に下手でも一緒に入るのは意味合いが全く違いますね。
一緒に舞っていると、芸能やそれを伝承している人に対する尊敬の気持ちが強まり、これはむしろ私にとって良いことでした。

昨年以上に学ぶ事の多い公演でした。
来年もあるそうなので、またよろしくお願いいたします。

学校公演

学校公演で北陸を回っています。
おなじみの「さくらこまち和楽団」
今年は9月半ばからのスタートで、私は2週目から参加しました。

合流した最初の週は25℃を越える暑さの中、体育館で、暗幕しめて、照明も妥協せず、過酷でした。
特に2日目は湿度も高く、公演中に目眩がしてきて倒れるかと思いました。
1週目はさらに過酷だったんじゃないでしょうか?
揃いの単衣の衣装欲しいな〜
先週はぐっと気温が下がってかなり楽だったせいか集中力も上がり、それなりの出来でした。
公演の一コマ
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学校のステージの広さは様々です。
今までは小さくても無理矢理ステージに全員乗っていましたが、下の写真の学校では試しにスペースに合わせて箏が下に降りてみました。
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太鼓の体験演奏の時も、楽器を前に出すことができるので、見ている子供達にも様子がよく分かり、非常に良かったです。ただ、椅子に座って鑑賞する学校だと、箏がやや見にくいのが難点です。
10年以上一緒にやっていますが、定番になっていることも変えてみたり工夫すれば、いくらでも磨けるんだなと改めて思いました。

さて、せっかくの観光地金沢に滞在と言えども遊び歩いて体調を崩すわけには行かず、自重してホテルに引きこもっておりました。が、3日目の公演は午前中で終わり14時頃にホテルに戻れたので、念願の金沢21世紀美術館に行きました。
現代美術を収集している美術館です。
好きな作品も今ひとつ共感できない作品もありましたが、八谷和彦氏のメーヴェが見られたりして楽しかったです。
コロンブスの卵的着想があっても、それを表現する手法が着想と一致しないと、
「コンセプトは分かるけど、それなら別の表現の方が良かったのでは?」
と感じる作品になってしまい、現代美術は求められるハードルが高くて厳しいなと思いました。

その後は同じ和楽団の仲間と合流し、尺八の咲山さんの知合いに紹介してもらったチェコ料理のお店で、美しいお皿に供される美味しい料理とお酒を堪能しました。
チェコ料理の特徴は、内陸にあるために保存食を利用した物や煮込み料理が中心という事です。
ソーセージのピクルス、カマンベールチーズのオイル漬けなど、保存食をさらに保存?とびっくりしましたが美味しかったです。
手間暇かけて作るので、材料がなくなると臨時休業して仕込みをする必要があり、事実上不定休の営業になっているそうですが、それほどまでに妥協せずにやっているだけあって、非常に豊かで複雑な味わいでした。

店を出た後、お向かいの露地の飲み屋さん街にて。
翌日も公演があるので見学だけで飲みませんでしたが、どうです!このリラックスして楽しそうな私!!
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印鑑を朱肉に押し付けたら…

捺印の必要な書類を書く時間が無かったので、久しく使っていなかった(超)安物の印鑑ケースに判子を入れて、書類と共に実家へ持ち帰りました。
書類を書き上げ「さあ判子」と印鑑をケースに付いている朱肉に押し付けたら、奇妙な感覚が。
なんじゃ?
と思って刻印面を見たら、
なんと朱肉のスポンジが劣化していて圧力で崩れ、溝に全て埋まっていました。
その残りの大穴がこれ
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細密な溝に入り込んだ風化スポンジを洗い落とすのはかなり大変でした。

花より団子(夕焼けよりカレー)

今夏の東京は高温の上に湿度が高く、辛い日々でした。
9月に入ってようやく気温が下がり、萎れた花に水をやるように、面白いくらいにシャキーンと元気になったのも束の間、この所の蒸し暑さでまた萎れております。

先日、仕事中に降っていた大雨が夕方には止んで、綺麗な夕焼けになっていました。
湿度が非常に高いせいか、いつもの夕焼けとは趣の違う、滲んだような独特の色彩。帰りの電車の窓から幻想的な空を堪能したかったのですが、東急線沿線は線路の高架よりも高い建物が意外に多く、やや欲求不満で電車を降りました。

改札を出て歩きながら、帰り道を外れて数分歩いた先に、環状七号線上を跨ぐ橋があり、それがちょうど北西方向の空を見渡せる事をふと思い出しました。
以前、私はそこで、秩父の山々に雷が猛烈な勢いでいくつも落ちて、夜空が白く光っているのを眺めた事があります。

しかしお腹はペコペコ。
そしてインド人がやっているカレー屋さんでカレーを買って帰るのを朝から楽しみにしていたので、迷いました。
テイクアウトを待っている間に日が沈んでしまいます。
でも、疲れているので、橋で夕陽を眺めた後、1km近く歩いてカレー屋さんまで戻るのも嫌。

カレーか…

夕焼けか…

……

で、カレーを選びました。
でもその後先輩のブログを見たら、見事な夕焼けの写真がアップされていて、ちょっと後悔しました。
カレー屋さんはいつでもテイクアウトできるけど、見事な夕焼けにはなかなか巡り遭えません。

そして気が付いたのですが、東京は住宅地でも幅の狭い道に面して3階建ての家が密集しているので、空が箱庭みたいですね。見上げると箱庭の空に網の目のように電線が架かっているので、なんだか空を見た気がしません。

沢井一恵リサイタル Kazue Sawai plays Yoichi Sugiyama(3/3)

ご無沙汰しております。
沢井箏曲院の試験があったり子供コンサートがあったりして慌しくしておりましたら体調を崩し、すっかり更新が止まっておりました(歳ですね)。
おかげで随分時間が経ってしまい今更な感じですが、予告どおり一恵先生のリサイタルについて…

箏の演奏会と言えば、一曲ごとに演奏者が引っ込み、楽器を入れ替えて次の曲を演奏、と言うスタイルが一般的です。
しかし、今回のリサイタルでは曲ごとの転換を排した演出でした。
予めステージ上に三曲分の楽器を全て並べ、開演と共に一度会場は暗くなります。
暗闇の中、真っ白な衣装を着た一恵先生が現れ、楽器の前に座るとスポットライトが点灯。
曲が終われば暗転、隣の楽器へ移動しスポットライトが点いたら演奏。
曲間の拍手がないので緊張感が継続し、1ステージが一つのまとまった空間になりました。
特に前半は、五絃琴や七絃琴の小さな音に耳を澄ます繊細な空気が分断さなかったので、とても良かったです。

今回使われた五絃琴と七絃琴は、いずれも正倉院に伝わった物を国立劇場が30年ほど前に復元したものです。
その特徴は、何と言っても音量が非常に小さいと言う事です。
休憩中に一恵先生が「ステージに上がって楽器を見て下さい」と仰って下さり、かなり大勢のお客様が間近で観察しました。
七絃琴は儒教の楽器として現在も一応伝わっていますが、五絃琴は珍しいので写真を撮りました。
最古の五絃琴はBC5世紀の曽公乙墓から発掘され、BC2世紀前漢時代の馬王堆古墳から出土した棺の蓋にも五絃琴の絵が彫られているそうです。
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下のわずかに膨らんでいる部分が共鳴胴です。
驚くほど小さく、一見して鳴らないことが予想されます。
恐らくは人に聞かせるのではなく、神に捧げたり自分のために弾く楽器だったのではないかとの事でした。
後で調べたら、編鐘の調律に使ったのではないかと言う説もあるようです。

楽しみ消費するための音楽に慣れ、着信音や発車メロディなどの環境音に四六時中晒されている私にとって、聞こえるか聞こえないかの音に一心に耳を澄ますと言う行為は、新鮮で心地良かったです。そしてとても尊いものに感じました。
音楽は多様であると言うことも思い出しました。

「現代邦楽」と言うジャンルが出来て60年程。一恵先生の今回のリサイタルは一つの到達点だったと思います。
元々「現代邦楽」は演奏家から見れば西洋音楽(特に現代音楽)を取り込むこと、作曲家から見れば非西洋の手法を試みることでした。
しかし今回は、両者ともひたすら音楽の方だけを向いてごく自然に自分の持っているものを使った感じがし、西洋・東洋など、元の出自を問うのはあまり意味がない次元での演奏会だったと思います。
終演後、
「とうとうここまで来たか」
と言う思いを感じました。
今の日本の音楽の成果として海外でもこの公演をやったら、とても意義があるのではないかと思いました。

それにしても一恵先生は一体どこまで進化するのでしょうか。
どこまでも付いていって、先生の進化を見ていきたいです。

沢井一恵リサイタル Kazue Sawai plays Yoichi Sugiyama(2/3)

前回の投稿に引き続き、一恵先生リサイタルのレポートです。

休憩を挟んで後半は
・復元七絃琴と録音された復元五絃琴のための「峠(たむけ)」
・十七絃箏とエレクトロニクスのための「盃(さかつき)」
の二曲でした。

"復元七絃琴と録音された復元五絃琴のための「峠」"は、録音をされた「手弱女」を流し、同時に一恵先生先生が「真澄鏡」を演奏すると言う趣向でした。
前半と同じようにステージ下手から五絃琴、十七弦、七絃琴と並べ、先生は七絃琴を弾きます。
先生だけでなく、五絃琴にも薄っすらとスポットライトが当たります。

この音響のセッティングをしたのは有馬純寿さんだと思いますが、とても絶妙で、会場のスピーカーから音が出ているはずなのに、まるで五絃琴本体が音を発しているように聞こえました。
そのため、この世のものではない感じがし、イザナギがイザナミを慕って黄泉の国へ行くエピソードが思い浮かびました。
何年か前に見た渋谷慶一郎さんの「THE END」で、どことなく生々しい初音ミクに「私は死ぬの?」と問いかけられた時に、ものすごくゾワっとしたのですが、五絃琴がひとりでに発する「手弱女」にも似たような感じを受けました。機械を通すと、この世のものでない感じが生まれるのでしょうか?

本当はこの曲は中臣宅守(なかとみのやかもり)の

「畏しこみと 告らずありしをみ越路の 峠にたちて 妹が名告りつ」

がモチーフになっています。
万葉の人々は峠を越える際に相手の名前を声に出すとその人が祟られると考えていたようです。
淡々とひとりでに鳴る「手弱女」に、「真澄鏡」がいくら必死に呼びかけても応えない。
生きている男女の話ですが、絶対に遭えない、通じ合えない断絶感を感じました。

余談ですが、実際の狭野茅上娘子(さのちがみのおとめ)は「手弱女」とはとても言いがたい、情熱的で激しい気性の女性だったと思います。万葉集には中臣宅守と狭野茅上娘子が交わした相聞歌が六十三首残っていますが、狭野茅上娘子の歌は恋い焦がれる激情や不安感がほとばしる感じです。

プログラムの最後、"十七絃箏とエレクトロニクスのための「盃」"
こちらは唐の詩人、李白の詩を題材にしたものです。
5月に白河スーパー薪能で初演された時は野外で行われ、本当に素晴らしいものでした。
今回は短縮バージョンとの事でしたが、実際に聞いてみると、せっかくだからフルバージョンでやって欲しかったと思いました。
時間の制約のせいか、有馬さんの即興が控え目でサクサク行ってしまった気がします。
短縮バージョンと言っても30分のところを20分ですから、決して短いわけではありませんが、有馬さんの即興は本当に良くて、初演の時は一恵先生との絡みを堪能しただけに少し残念でした。
もうちょっと長く楽しみたかったなぁ。
次回再演するときは是非フルバージョンで聴きたいです。

初演とは正反対の、屋内、しかも小ホールという条件でしたが、会場の小ささはあまり気になりませんでした。
そして、やっぱり凄い曲でした。
とにかく仕組みが凄いです。
李白の詩、一字毎に旋律を当てていて、一恵先生は任意の文字に飛びながら曲が進みます。
有馬さんはマイクから拾った音素材をリアルタイムで加工したり、ストックして別のところで加工して流したりします。
一恵先生はそれを聞いて次に飛ぶ文字(旋律)や飛ぶタイミングを決めていたと思います。
きちんと理解はできませんが、詩を一字毎に解体する、任意に飛ぶと言う形式そのものに、音楽的意味が付加されているのではないかと思います。

後半二曲は圧巻でした。

西洋音楽の作曲家の作品は、聞いて楽しく喜びを感じることが多いです。
曲の構造から作り込んでいて、その作品に思想・哲学・これまでの思索が全て盛り込まれ、密度の濃い、充実感を感じられる作品が多いからです(邦楽出身の作曲家の作品は残念ながらここが弱いと思います)。
杉山さんの作品も、楽器の選択、編成、構成、構造、すべて考え尽くされていて、聞いていて深い満足感を感じました。

と言う事で一先ず今回は後半の感想。
次回はその他に感じた事を書きたいと思います。
しかし、まとめられる気が全くしない。

沢井一恵リサイタル Kazue Sawai plays Yoichi Sugiyama(1/3)

7月18日(火)、杉並公会堂にて沢井一恵先生のリサイタルがありました。
イタリアはミラノ在住の作曲家、杉山洋一さんの作品のみを取り上げる企画。

前回の一恵先生のリサイタルで何人かの作曲家の作品を取り上げた際、杉山洋一さんの作品は、一恵先生が生き生きと演奏していたので一番印象に残っていました。
目指している音楽や世界観が、一恵先生のそれとかなり近いのではないかと感じ、杉山さんと一恵先生は相性が良いという感想を持ちました。
そう言う訳で今回のリサイタルは、理想を同じくする作曲家と演奏家の組み合わせという、聴く前から期待の高まるものでした。

そして、本番はあまりに密度の濃い素晴らしい内容で、感じた事が沢山ありすぎて整理がつきません。言語化できない印象も沢山あります。
取り敢えずプログラム順になんとか書いていきましょう。

前半のプログラムは
・復元五絃琴のための「手弱女(たわやめ)」
・十七絃箏のための「鵠(くぐひ)」
・復元七絃琴のための「真澄鏡(まそかがみ)」
の三曲でした。

"復元五絃琴のための「手弱女」"は、万葉集に収載された、狭野茅上娘子(さのちがみのおとめ)の歌、

「逢はむ日の 形見にせよと手弱女の 思い乱れて 縫へる衣ぞ」

をモチーフとしています。
これは、流刑に処される夫、中臣宅守(なかとみのやかもり)へ送った歌です。
五絃琴は大変音の小さな楽器です。
「手弱女」は、まるで呟くように似たような旋律を繰り返し、耳をそばだてないと聞こえません。
それなのに、ボロンボロンと微細な音をたてる度に、楽器の周りに「哭」の感情が降り積もっていく感じがしました。
能の「狂女物」で、表情の殆ど変わらない面から激しい感情が流れてくるのと似ているかもしれません。

一転、次の"十七絃箏のための「鵠」"では、
大きな音量に我に返ります。
強く弾いている訳ではないのにとても大きく聞こえ、演奏会用に作られた楽器だと言う事がよく分かります。

この曲は、作曲家三善晃の死を悼んで書かれました。
雅楽で「誄歌(るいか)」と言う葬礼楽があります。天皇の葬儀の時に歌われるもので、日本武尊(やまとたけるのみこと)の死を悼む四つの歌からなり、和琴の伴奏が付きます。
「鵠」はこれをモチーフにしており、「誄歌」にならい四段からなります。
グリサンドが印象的で、そう言えば十七絃の音は和琴と似た雰囲気があると思いました。
一恵先生も恐らくは和琴の音色を意識して、張力を思い切り緩めていました。
さて、不勉強につき「誄歌」の存在を知らないまま聞いた私。単純にその音の印象から水辺を飛翔するイメージだけで聞いていて、あまり追悼と結びつきませんでした。
リサイタルが終わってから「誄歌」について初めて調べ、その過程で昭和天皇の大葬の礼の際に奏された「誄歌」も聞き、自分が全く無知だったことに気がつきました。これは先に「誄歌」を知っていたら、もっと多くのことが聞こえたはずだと残念に思いました。悔しいからもう一回聞きたい。

三曲目の"復元七絃琴のための「真澄鏡」"は、一曲目の「手弱女」の相手、中臣宅守の歌で

「真澄鏡 懸けて偲へと奉り出す 形見のものを 人に示すな」

がモチーフになっています。
七絃琴も非常に小さい音色の楽器ですが、五絃琴の「手弱女」と随分異なり激しく鋭角的な印象を受けました。
開放弦だけではなくポジションを押さえたりハーモニクスを使うせいでしょうか?
同じ、会えない相手に託した形見についての歌を題材にしていますが、こちらの曲の方が感情がダイレクトに出ているような印象を受けました。

七絃琴は孔子が重んじた楽器で儒教のイメージが強いせいか、五絃琴と七絃琴を男女に割り当てるなら、私は七絃琴を男性に割り当てます。
杉山さんの選択の根拠は分かりません。
ただ、なぜ二つの曲に二つの違う楽器を用いたかは、恐らく後半の「峠(たむけ)」の構想があったからではないかと想像しますが、今回はここまで。
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