ゆうこのゆるゆる通信

おとぼけ天然キャラ(*^_^*)箏奏者・福田優子の周りで起こる、日々諸々のこと

「はだ色」について

子供の頃は絵を描くのが大好きでした。絵の具でも色鉛筆でもクレヨンでも、色を重ねてリアルな色合いに近づけて行くのはとても楽しい事でした。
当時の学校教材用の絵の具には「はだ色」という色がありました。
大体この辺りの色を指します。
5005

人の顔を絵の具で彩色する時はこの「はだ色」を使い、ない時は白にほんの少しのオレンジや黄、赤などを混ぜて再現し、図画工作の時間を楽しんでいました。

さて、フランスの小学校に通い始めた頃です。その小学校の図画工作にあたる授業は、自由に頭の中で想像したものを描くのではなく、黒板に貼り付けられた見本の絵を写すスタイルでした。おまけに彩色の道具は12色のマジックで、重ね塗りで色の変化をつけられないのでかなり不自由に感じました。
人物像を塗るのにもマジックではやたら真っ黄色になるか果物のようなオレンジになるので、オレンジ色を可能な限りかすれるように薄く塗り、出来るだけ淡い色合いになるように工夫を凝らしていました。

その時に奇妙に思ったのは、周りの友達が一様に人物像の肌をピンクで彩色していた事でした。
全体をピンクに塗りたくられ、まるで赤鬼のようになった人物像を誰も変だと思わないのです。
いくらマジックの選択肢がないとは言え、ピンクを選ぶのは変だと思っていましたが、しばらくするうちに、皆が肌の色を表現する際にオレンジよりもピンクの方がよりリアルだと感じていて、たしかに友達の肌の色はその方が色味が近いことに気付き、大変な衝撃を受けました。
私が「はだ色」だと思っていたのは私の肌の色であって、人によって「はだ色」は違うと言う事を理解したからです。

わずか10ヵ月の異文化体験で、これが今でも一番印象に残っています。
私の心の内で起こったほんの小さな事件だったのですが、その後のものの見方に大きな影響を与えたように思います。

五線譜と縦譜とリズムとパルス(2)

前回の続きです。
今回は楽譜の読み方の切り替えについて書きます。

私が縦譜と呼んでいる箏用の楽譜の記譜法は大きく分けて二種類あります。
数字譜を縦書きにしたような正派邦楽会式と、時間を帯グラフにしたような縦型枠式の記譜法です。
私の所属する沢井箏曲院では、古曲を演奏する時は縦型枠式の記譜法で書かれた宮城会系の楽譜を使っています。
FullSizeRender
箱一つが四分音符の長さに相当し、時間の長さを視覚的に捉えやすいので、五線譜が苦手な人でもこの記譜法なら弾ける人はかなり多いです。

忠夫先生の半分くらいの曲と、比河流先生の曲もこの記譜法で出版されています。
実は私、古曲と比河流先生の曲では楽譜の読み方が全く異なっています。

まず古曲の場合、音楽にパルスがないので小節線は無視しています。裏から入ろうが表から入ろうが、それが節の頭ならそこが始まりになるので、拍の線すら見ていない事もあります。その代わり脇に書いてある口三味線を節を判別するガイドとして見ています。

それから前歌から手事へ入る部分、手事から後歌へ入る部分、曲終わりなどの、大きくのったり緩んだりする部分ですが、
私は先生の歌う節と打つ拍をまるごと耳で覚えてコピーしています。
と言うのも、この部分は楽譜の記述と実際の演奏が全然違う事が多いからです。
楽譜通りに厳密に弾くと必ず「違う」と言われる、そう言う体験をして戸惑っている人は多いのではないでしょうか?

思うに古曲の時間感覚は、流れている時間を分割するのではなく「一塊の節に対してこのぐらいのテンポ感」という風に認識し、その節の時間が伸縮自在なのだと思います。そのため定量記譜法の縦譜に古曲を移すと、緩んだりのったりする所を演奏通りに表現するのが難しくなるのだと思います。

という事で古曲を弾く場合、楽譜は弾く弦と節の判定のためのガイドとして使い、曲中のテンポが大きく変わる部分での音価(音の長さ)の表記は間(ま)の長短の雰囲気を伝えるものとして読んでいます。
もし、五線譜で古曲を弾けと言われたら、最終的には縦譜と同じように節の判定に使い、音価はそれほど厳密に読まなくなるのではないかと思います。

さて一方、比河流先生の曲は西洋音楽に連なる手法で作曲され、コード進行があってポリリズムが多用されるので、この時は定量記譜法の楽譜としてガッチリ読みます。
ただ、縦譜は音高が分からないのが欠点です。漢字がズラズラと並ぶので、音やリズムの動きの感覚的な把握がしにくいです。
それから特にスコアの場合、パッと見た時の印象が平面的で、立体感のある楽曲構造がペシャっと二次元に押しつぶされてしまっているような印象を受けます。
元々パルスのない音楽のために作られた記譜法だからかもしれません。
そのため、比河流先生の曲はできれば五線譜で弾きたいよなぁと常々思っています。

このように、同じ記譜法でもジャンルによって読み方を変えているのですが、そう言う意味で弾きにくいのは忠夫先生の曲です。
忠夫先生の曲は、西洋音楽の要素と古曲の要素が共存したり入れ子になっていたりする事があるのです。
例えば「千鳥幻想」の十七弦はベースのような役割を負うのですが、実はそのリズムパターンはパルスではなく古曲の「千鳥の曲」の節に対して付けてあります。楽譜で指定されている4分の4に従って弾いていると、聞こえてくる曲の流れと楽譜が一致せず小節の頭が行方不明になったりし、目を白黒させる事態になります。ですから、この曲の十七弦は小節線は見ないようにし、基本は古曲だと思って「千鳥の曲」の節を念じながら弾いています。
基本的に忠夫先生の曲は、定量記譜法の楽譜として音価は正確に読みつつ、パルスを入れた方が良いかは曲の部分によって判断しています。拍子の指示はあっても、実際には無パルスの方が流れが良い時があり、過去の音源を聴いて先生がどう弾いて欲しくて書いているのかを推測して判断しています。

ところで最近、耳に入ってくる節で楽譜の見え方が自動的に切り替わる現象に困っています。
昨年、市川慎くんの縁で坂東玉三郎丈の公演で演奏する機会を頂き、この時は慎くんが曲を縦譜で書いてくれました。長唄がメインになり箏が待っている部分を、慎くんは律儀に4分の4の数小節の休符で表現してくれていたのですが、合せの際に長唄三味線の典型的なパルスのない節を聞いていたら、感覚が勝手に古曲モードに切り替わり、聞こえている節と楽譜の関係が分からなくなると言う現象が起きました。
古典的な曲でも新曲の最初の合わせは様子が分からないので定量記譜法的に読むのが基本です。
が、三味線の節を聞くたびに聞こえる節と楽譜が一致しなくなり分からなくなるので、とうとう楽譜に長唄の節を口三味線で書込みました。

そもそもは古曲をなんとかして古曲らしく弾きたいと研究を重ねた結果なのですが、こんなことになるとは困ったものです。
過ぎてないのに及ばなくなってしまった!


五線譜と縦譜とリズムとパルス(1)

ご無沙汰しております。
なかなか文章がまとまらず、更新が遅れに遅れてしまいました。
今回は音楽のリズムと楽譜について思う事をつらつらと…

1ヶ月ほど前に公開された川島素晴さんのケチャに関する動画です。一番最後に大変重要な事を言っているので是非最後まで見て下さい。
この動画を見ると、西洋音楽の作曲家は本当に色々な音楽を研究し理解していて、全く歯が立たないと感じます。
川島さんが指摘していること、実はこれ、私が常々感じている現代邦楽と古典のギャップの問題そのものなんですよね。

子供の頃、名のある現代邦楽の演奏集団の演奏を聴いても
「何か変だなぁ、下手だなぁ」
と感じていました。沢井忠夫合奏団の演奏のみがキレが良くいつも素晴らしいと感じられました。
今思うと下手なのではなく、他の合奏団の演奏には4分の4というような拍節感、いわゆるパルスが希薄だったので、私の耳には奇妙に聞こえたのだと思います。

日本の伝統的な音楽にはパルスは存在しません。西洋音楽と同義のリズムの概念もありません。そのため、元々ない感覚を獲得し西洋音楽ルーツの現代邦楽を演奏するのは、初期の頃は並大抵の苦労ではなかったと思います。

二十代半ば、その当時現代邦楽で活躍している演奏家達が、実は
  • 付点四分音符が出てくると、刻んでいるテンポがつられて付点四分音符の長さになってしまい、一定のテンポを通して刻めなかった
  • 裏拍が取れないので、実は拍を細分化して数えていた
  • 三連音符の時に一拍を均等に3分割できなかった
と言うエピソードを持っていた事を知り、驚いた事があります。
私より上の世代の演奏家の多くは、元々ない感覚を獲得するために苦労して乗り越えてきた人達なので、最初からサラッとできる私は「今の若い人は直ぐにできて良いわね」と羨ましがられました。
その代わり、私はパルスも和声もない古曲を長い間音楽として聞き取れず、間が取れず、節も決まらず、ノルこともユルむ事も出来ず、大変な苦労をしました。
今も古曲はあまり自信がありません。

この身についた音楽的感覚は大変強固で変えるのは難しく、前掲の川島さんの動画ですら4分の4のパルスが生まれ、裏拍は裏拍のエネルギーを持ってしまっているので、自分のフィールド外のものを実演するのは大変な事だと分かります。
(長唄三味線の人にやってもらったら、最後まで一続きに無パルスで出来たかもですね)

西洋音楽の人がこんなに民俗音楽のリズムの本質を理解して言語化しているのに、箏の人は、曲を弾く時に自分が使っている感覚が曲と合っているかどうかについて、少し無頓着じゃないかと感じます。

まぁ、そう思うのは自分がジャンルに合わせて感覚を切り替えるとこが出来なくて苦しんでいるから過敏なだけかもしれません。

思えば長澤先生の8分の6拍子の曲を合奏した時、
八分音符で数えて1拍目と4拍目にアクセントを付けるよう指導されました。
訓練しないとパルスの感覚は獲得できないという前提で、アクセントを付ける事で強制的にパルスを感じさせようという指導法でした。でも、その当時の若者である私達は拍子の強拍弱拍はなんとなく自然に取れており恐らく必要なかった指導法で
「変なの〜」
と思いながら弾いていたのを思い出します。
なので私が日頃拘っている事も、今の若い人はとっくに解決済みでもはや悩む必要はない事かもしれませんが。

ともかく、私にとっては大事なことなので、次回は楽譜から情報をどう読み取るか、楽譜の読み方について面白いと感じている事についてと、時間感覚の切り替えについて書きたいと思います。
ということで今回の投稿はなんと、長い長い前振り、枕でございました。

メトロノーム入眠法

子供の頃から夜更かしで、3歳ですでに夜寝るのが22時を超えていたそうです(今では珍しい事ではありませんが、40年前の子供達は夜8時までに寝るのが一般的でした)。

夜になると体調が良くなり、23時頃が最も調子が良くなります。頭はスッキリしているし元気で動きたいくらいなところ、止む無くお布団に入るので全く眠れません。
残念ながら社会の仕組みは夜型人間には全く妥協してくれないので、この10年ほど睡眠導入剤のお世話になっています。

ところが、今年に入ってストレスのかかる日々が数ヶ月に渡るようになると、薬の効きが悪くなってきました。
夜布団に入っても何時間も眠れず、朝起きるととても具合が悪く1時間くらいは起き上がれません。おかげで一日10時間以上布団の中にいるような状態で生活に支障が出てきました。

5月の下旬でしたか、寝入るまでに何時間もお布団に入っているのは暇だし時間がもったいないと思い、眠くなってから布団に入ろうと試してみました。何かの記事で「眠くなるまで布団に入らない方が良い」と書いてあるのを見たからです。結果、2日連続、朝9時過ぎに布団に入りました。そして午後に目が覚めたら深く熟睡したせいかいつもと違ってスッキリ起きられました。
ほんとうに生来の夜型人間のようです。

さて、実は2週間ほど前に睡眠導入剤がなくなってしまいました。効きの悪い薬を飲んでも仕方がないし、ちょうど自粛中で寝坊しても大丈夫なので、この機会に睡眠導入剤がなくても眠れるようになるか試したいと思い付きました。
まずは自然に早く入眠する方法を考えました。
深夜は頭が良く回転するので、布団に入っても色々考え事をしがちです。頭がフル回転して止まらなくなると眠れないので、音楽をかけてみました。ところが、音楽をかけると今度はそちらに集中してしまいやはり眠れません。
「羊が1匹.羊が2匹…」的な短調な何かが良いんだな、ということでメトロノームを36bpmと言うゆっくりのテンポで小さ目の音で鳴らすという事を思い付きました。音も木琴系の柔らかくて落ち着いた音に設定して鳴らしたところ、音楽のように分析的に聞くこともなく、呼吸がテンポに合わせて自然とゆっくりになり、考えにふけってもメトロノームの音に阻害されて過度に集中しないので、なかなか良さそうです。
今のところ1時間以内に入眠できる日が多いので、継続して試したいと思います。

私は色々な物を目的外利用する事が多いのですが、お布団脇でメトロノームを鳴らしながら横になっている姿は、想像するとちょっと可笑しいですね。

ただ、入眠のコントロールはなんとかなっても、短時間で起きたり眠りが浅かったりするのは対処が難しいので、やはり薬に頼る事になるかもしれません。
眠くなったら寝る生活を一度長期間試してみたいものです。早寝早起きって本当に体に良いのかしら?

新入りスピーカー

イヤホン・ヘッドホン以外で音楽を聞く時には、若い頃に買ったVictorのCD-MDポータブルシステムを使っていました。
はいこちらRC-MD33です。
IMG_3367
お恥ずかしいですが、普段使っている機材はこんなレベルです。本当はもっと良いものを使うべきなんでしょうけど…

この機械は買った当初から電源コードの接続が甘かったのですが、交換が面倒だったのでそのままにし、まず数年でMD再生が出来なくなり、その後数年してCDを認識しなくなり、その後テープ再生も怪しくなり、ラジオはこの辺りの電波の状態が悪くてまともに受信できず、スピーカー出力機能だけを使っていました。
しかしこの1年ほどAUX端子が接触不良になり、とうとうスピーカーも使えなくなりました。
計算すると20年以上使っていることになるので、それは壊れますよね…お疲れ様でした。

と言う事でAmazonで探して新たに買ったスピーカーがこちらです。
IMG_3369
サンワサプライの400-SP091です。
最も重要だったのは

・Bluetooth接続ができる事
・パソコンからUSBで出力できる事
・3.5ミニプラグで出力ができる事

この3つの条件を満たしている事で、なおかつ今まで使っていたRC-MD33と同等かそれ以上の性能をもったスピーカーを探しました。
が、3つの接続の条件を満たしたスピーカーはほぼなく、これしか選択肢がありませんでした。

最大出力は5w+5wの10w
周波数特性は100〜20000Hz
BluetoothオーディオコーディックはSBC

最大出力は20wくらいが良かったけど…
周波数特性の下が20Hzくらいなら嬉しかったけど…
BluetoothのオーディオコーディックがAACだと嬉しかったけど…
一番重視したのが接続方式だったので、仕方ないですね。

早速聞いてみたら、思ったよりも満足のいく性能でした。
飾り気のないクリアな音質でパート毎に聞き分けやすいです。
前のRC-MD33は、数字上の性能はこのスピーカーと殆ど同じなのですが音が籠っていてあまり好きではありませんでした。基本的にやや金属的とも言えるクリアな尖った音が好きです。
低音が弱目なので意識しないとベースの音が耳に入ってこないのは残念ですが、結果的に人間の声の音域が目立つので、ボーカルを中心に聴きたい人には良いかもしれません。
あと、低音の振動音を心配しなくて良いので音量を上げやすいかもしれません。
不満な点もありますが、今まで何とか保たせてきたスピーカーに比べれば大分マシなので、良しとしましょう。

ところで、家電製品を通販サイトで買おうとすると仕様をはっきり書いてないものが多いですね。「○○機能により○○な低音を実現」など情緒的な言葉と素敵な写真は並ぶのですが、具体的な性能が分からないので選びにくかったです。
中にはメーカーのサイトでも仕様一覧のない製品があり、選ぶのに苦労しました。
紙のカタログでも、スタイリッシュな写真の部分は飛ばして一番後ろの仕様一覧で商品を探す方なのですが、こう言う選び方はもうあまりやらないのかしら?

久々に着物

一昨日は久々に演奏のお仕事をしました。まる2ヶ月間着物を着ていない間に季節は春から夏へ移っていました。
いつもなら6月は薄物を着ているのですが、今年は先週あたりから曇りや雨で比較的気温が低かったので、順当に単衣でも良いかなぁと紬の単衣を用意しました。
が…出かける直前に急に晴れて暑くなってしまい、薄物に変えている時間がないので仕方なくそのまま持って行きましたが、弾いてみたらやはり暑い…
袖を通して汗もかいてしまって、悔しいからあともう一回着ます。
FullSizeRender
母の着物です。帯は誰のだったかしら…
着物の素朴な柄と風合いがお気に入りなのですが、なにせ若い頃から常に私より細い母の着物なので、見ての通り身幅が足りません。
それからお腹周りも気になります。20年ほど前、この控え室で着替えていたら休憩中の中居さんが
「貴女も胴にタオル巻くのね」
「あ、はい。着付け教室で寸胴にするよう習いました」
「私は必要ないのよ」
「…」
当時はタオルを3枚使っていました。
今は汗取りに薄い日本手拭い1枚で十分です。
悲しい…

紬は摩擦が強いので正座での演奏ならなんとか強引にはだけないように着ることができますが、立っているとちょっとした拍子に前がはだけてしまうので、身幅出ししないとダメかなぁ。
あぁ明日起きたら急にスリムなってたりしないかしら。

参考用動画を作るつもりが…

オンラインレッスンに切り替えてから2ヶ月近くになります。
対面のレッスンとはやれることが違うので、参考用に動画をYouTubeに上げたところ、生徒さん達が明らかに全体像を明確にイメージしながら演奏するようになり、思いがけなく手応えを感じています。

私自身は先生方から「音源を聞いて練習するな」と言われて育ちました。譜読能力を上げる妨げになるからです。音源がないと曲が弾けないのでは先々困るので、これまで指導においても音源を聞かずに自力で譜読みする事にずっと拘って来ました。
しかし、箏の楽譜を読めるようになってから、楽譜の記述内容から全体像を把握するまでの間には大変なレベルの差あるのも事実です。
あまりの劇的な効果に、これまでちょっと厳しすぎたかなと反省しました。

というわけでレッスン用に継続して作成する事にし、3分程の小品をいくつか作成した後に取り組んだのが忠夫先生の「金襴」です。
が、ここで大変な壁にぶつかりました。
まず、それ程難しくない曲なのに、間違えずに1曲通して弾くのが至難の技でした。CDなどの演奏は実は間違えたところはエンジニアさんが出来の良いテイクから切り貼りして修正してくれています。しかし私はそういうことのできる高級なソフトウエアは持っていませんので、間違えずに最後まで弾くしかありません。
撮ってはチェックし、撮ってはチェックしの繰り返しです。
本番用に練習していないので当然と言えば当然ですが、自分が思った以上に雑な演奏をしているのがなかなかショックでした。
数日かけてようやく1箏と2箏をパート毎に撮り終え、せっかくだから合奏した状態の動画も作りたいなと思いました。
メトロノームに合わせて弾いているので、動画編集ソフトに2パートを取り込んで合成すれば上手く行くかなと思ったのです。が、そうは簡単にいきませんでした。
メトロノームにきっちり合わせているつもりでも、実際の演奏は自分が思っているよりもタイミングが合っておらず、一瞬出遅れたりします。それが合成するとものすごく目立つのです。

これは流石にレベルが低すぎて上げられないと思い、合成する前提で撮り直す事にしました。
面白かったのは、両方のパートをメトロノームに合わせて撮るよりも、片方だけメトロノームに合わせて撮り、もう一方は動画と合奏しながら撮った方が上手くいった事でした。
人間同士の演奏の場合、インテンポで弾いているつもりでも無意識に相手の出方に合わせて微調整しているんですね。
しかし今回は過去の自分と合奏するので、こちらが合わせても向こうは合わせてくれません。過去の自分に翻弄されつつ、ようやくこれならあまり酷くないかと言うものが出来あがりました。自分同士のくせにあまり息は合っていません。本当に、曲の雰囲気が分かってもらえれば良いかな程度の、酷くはない演奏です。
リンクはこちら↓
https://youtu.be/8mEMoTpkInw


さて、どちらがどちらに合わせているでしょう?
自分が思っている程タッチをコントロールできていないことが分かったので、勉強がてらこれからも二重奏動画を上げていきたいなと考えています。
最早ほとんど自分のためです。
livedoor プロフィール

ゆうこ

福田優子のWebsite
Archives
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ